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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第一章 王女は楽な人生を送りたい
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第20話 マリーが学ぶ交渉術

 英雄の存在が明らかになった翌朝、アヴドゥルは第4夫人の寝室を離れ、朝日が差す礼拝堂で座禅を組み、魔力を練る。


 バブイール王国の広大な国土は、昼間は摂氏40度以上、夜は摂氏0度となる過酷な砂漠気候か、雨季と乾期を繰り返すサバナ気候。


 植物の育成にはあまり向いておらず、乾燥に強い樹木を植え、その実を収穫する果樹栽培や、酪農や灌漑農業を大昔から営んできた。


 2千年前、亜人から金属加工技術と魔法技術を得た英雄、カンビナスがこの地を統治し、初代バブイール王国の大王(カリーフ)となってから、この地は飛躍的に発達した。


 かつて存在した西方の大ロマーノ帝国と中央海を通じて交易を結び、西方と東方の交わる地イースターに首都を遷都した結果、大陸東西の交易品が集まる豊かな国となり、富を蓄え超大国となった。


 しかしカリーフの名を冠する彼には、ある深刻な悩みを抱えていた。


 子が出来ても急逝してしまうという悩み。


 バブイール王国は根強い血縁部族社会であり、建国の英雄カンビナスの血を絶やさぬため、従兄妹婚や兄妹婚も珍しくなく、王族が千人を超える規模ともなったが、近年は近親婚により血が濃くなってしまい、癲癇(てんかん)や知的障害、そして病弱な子供が生まれる確率が高くなり、アヴドゥルは王国の祖カンビナスが信仰したとされる女神フレイアへ、信仰の祈りを捧げていた。


 奇しくも、亜人と人が結ばれて建国されたフランソワ王国と、バブイール王国は信仰する神を同じくしていたのだ。


「我らが神フレイアの名の下による、聖戦(ジハード)となれば、フランソワに力を貸してやるのも、やぶさかではないの」


 年老いた父王、ハキームよりフランソワ支援が正式に決定されたある日、フランソワ王国の王子アンリから、もたらされた情報。


――マリー姫が生きていた。


 アヴドゥルは、正直嬉しく思う。


 自分が30年生きてきた人生の中で、初めて心を動かされた少女だった。


「ふふ、何としてもこの私があの薔薇姫をものにしてやるぞ。アンリも悪くない男だが、奴にはもったいない、あの極上の薔薇姫をな」


 魔力と気力が充実した時、宮廷の侍従から連絡が入った。


「皇太子殿下、ヴィクトリー王国のマリーと名乗る女から、殿下へ取次いでほしいと」


 座禅から立ち上がり、金銀煌めく応接の間に、寝巻のまま駆け足で赴く。


「私だ、アヴドゥル・ビン・カリーフだ! マリー姫で相違ありませぬか?」


「はい、殿下とまたお話しできて嬉しく思います」


 マリーの声を聴き、アヴドゥルは思わず目頭が熱くなる。


 政略結婚を繰り返し、20人もの夫人がいる彼が、初めて恋という感情を抱いた王女の声。


「息災か!? 何か辛いことはないか? 私ができる事なら何でもしよう!」


 しばらく通信先で間があり、マリーが答える。


「実は私の亡命先、ヴィトーの国にあるシシリー島で、フランソワと領主が絡む植民事業、島民が虐げられようとしてます。私は何とかしたく、今ネアポリという町で奔走しているのです。植民公社を買収して、債権を手にしたいのですが、今の資金では難しい。殿下にぜひご協力をと思いまして」


 マリーの傍らで、悪い笑顔をしながら勇者が陰謀を吹き込んでいた。


 事前に、勇者と打ち合わせした内容を、マリーは思い出す。


「いいかい、マリーよお。ヴィトーとも話したが、今からおめえさんが連絡を取るアヴドゥルって野郎は、他ならぬあのヴィトーが警戒する、頭がかなりキレる野郎だ。前にも話したと思うが、そういう野郎を相手にする場合は……万全な準備してから、下っ腹に力を込め、胆力を練ってから交渉事するのさ」


 マリーは連日連夜の賭博で練った胆力をイメージし、下っ腹に力を込めながら、表情を変えないようにする。


 寝る前にやった、ネアポリ直伝のオリーブオイルエステと、レモンパックで肌は潤い、朝の化粧もばっちりで、相手が見えない水晶玉の通信とはいえ、ドレスをバッチリと着こなす。


「お、気合十分じゃねえか、それだよ。相手と重要な交渉する時はなあ、相手から足元みられねえよう、気を充実させて、ビシッとおめかしするんだ。絶対に相手の風下に立たねえって気概が、重要なんだ」


「はい」


「まずアヴドゥルって奴の情報について、もう一度整理するぞ。妻が20人いて、子供はいたが急逝してる。父親は大陸一の賢王とされる70歳の、ハキーム・ビン・カリーフ。国土のほとんどが砂漠で、その代わり魔法技術が発達し、東西交易で莫大な富を蓄えてる超大国。くそが、まず妻が20人ってのが気に入らねえ、俺でさえ10人もいねえのに……。おっとそんな事はいいや、奴の子供の話には触れるな、多分地雷だ」


 こうして、事前に調べ上げた情報をもとに、マリーと勇者は入念に打ち合わせをする。


「あとは、交渉に入る前にマリーにはこれを心掛けてほしい。俺達の今の目標は、シシリー島の救済。これはフランソワの軍事資金調達を頓挫させ、戦争自体を止めることが目的。そして、これをいかに相手に魅力的なのかって言う、共感を得る事よ。カタギさんが言う、プレゼンってやつな」


「はあ……」


「考えてみ? ヴィトーからの情報によると、なんで奴がフランソワとヴィクトリーの戦争に与するのか。それはな、ヴィクトリーって国を大陸各国でかっさらうのが目的、縄張りの拡大だ。奴の国は砂漠だらけで、交易くれえしか生産性はねえから、西方に土地を欲しがってるわけよ」 


 マリーはハッとした顔をした。


 つまり、大陸東方と呼ばれるバブイール王国の、西方進出の足掛かりになるのが、この戦争の目的。


「そういう事。だったら、逆にこう考えるんだ。ヴィクトリーの領土のかわりに、シシリー島への投資を奴に呼び掛けることで……」


「ヴィクトリーへの侵攻理由は消える。私が、アヴドゥルへシシリー島に投資を促すことが、フランソワをシシリー島から追いやり、バブイールの西方進出への代替え案となる……ですか?」


 勇者は悪い顔をしながら、マリーに頷いた。


「そんであそこは、ヴィトーの縄張り。野面かまして、アヴドゥルのバブイールの使者が来ても、何とでもなる。あとは、マリーちゃんがその確約を取り付けたら、交渉担当を代わってくれ」



 勇者との打ち合わせを思い出しながら、マリーは水晶玉でアヴドゥルの回答を待った。


「なるほど、シシリー島というと、イリア首長連合の西方に位置する大きな島ですな」


「はい、土地は肥沃で農作物が沢山とれ、ナッツやオリーブ、レモン、ブドウ、ワインや塩が特産品です」


 マリーは、交渉先の相手が見えない水晶玉の通信ではあるが、握った掌にじんわりと汗をかく。


 額からも汗が噴き出し、その度に化粧を崩さないよう、ハンカチで汗を拭いた。


「なるほど、なぜマリー殿下は縁もゆかりもない土地の人々を助けようとするのですか? そこがいまいちわからないな」


 なぜ益に繋がらないような、人助けとやらをするのか、アヴドゥルはわからなかった。


 その疑問をマリーに投げかける。


「はい、殿下。シシリー島を植民事業にする事で、フランソワはヴィクトリー侵攻の軍事資金にするつもりです。私は、フランソワとの戦争を止めたい。そして、戦争のためにシシリーの人達が酷い目に遭わされるのを見過ごすことはできません」


 水晶玉から沈黙の間があった。

 アヴドゥルは、何やら考え込んでいるようだった。


 一方アヴドゥルは、疑問に全て合点がいく。


 マリーが祖国とフランソワとの戦争を止め、そのせいでシシリー島が悲惨な事となるのを止めたいという回答に、自分が描いたヴィクトリー王国の領土簒奪の絵図とすり合わせをしようとした。


――この姫が、ここまで聡明かつ心優しい娘とは思わなかった。処刑騒動や亡命先で辛い目に遭ったことで、本来彼女の持つ政治力が覚醒した? それとも彼女が呼びだした英雄とやらの入れ知恵か? もしくはその両方……ならばここは。


「ふむ、シシリー島のフランソワの植民公社の件だが私も出資しましょう。そちらの資金にもよるが、我が国の資金力であるならば、買収に一日もかからない」


 やった!

 マリーは思わず水晶玉の前でガッツポーズする。


「ただし、いかに我が国の力をもってしても、もはやヴィクトリーとフランソワの戦は止められませぬ。フランソワは聖戦と称し、ヴィクトリーを殲滅するまで戦争は止まらないでしょう。そしてもはや悪の王国と化した、魔女エリザベス女王。和睦など結べぬくらい、ナーロッパ各地を怪物で荒らし回った。シシリー島の件で、戦争の遅延はできるかもしれぬが、問題はヴィクトリーの動向と、魔女エリザベスなのですよ」


 戦争の遅延はできるが、戦争自体はもはや止められない。


 マリーが落胆する中、勇者はマリーの肩をポンポンと叩き、悪い笑顔で右の親指で自分を指した。


 交渉担当交代である。


「なるほど、問題はエリザベスのガキと、ヴィクトリーの動向ってやつね。よくわかりやした、アヴドゥル皇太子殿下」


 通信先で、アヴドゥルは思わず身構える。


――誰だ、この若い男の声は? もしかして、フランソワのアンリから話題に上がった、英雄の再来?


「じゃあ、こうしましょうや? 今から1か月以内に、あたくしがヴィクトリーの魔物やエリザベスを無力化し、マリーをヴィクトリーの女王にする。そうすりゃあ、くだらねえ喧嘩は止まる。そうでしょう?」


「すまぬが、君は何者だ? 君がマリー王女殿下を救った男なのか? 世界各国の王子達は、君を英雄の再来だと言ってるようだが?」


 男の情報が少ないことに不安を覚えたアヴドゥルは、まずは通信先の男から、情報を入手することが先決であると、探りを入れようとした。


「英雄ねえ……まあそんなようなもんだと思ってくれていいですよ。その上で、そちら様は何が聞きたいんで? あたくしも色々忙しくてねえ、質問に3つ応えますが?」


 すごい、交渉の主導権を一気に勇者が支配したとマリーは感心した。


 さっきまでのマリーの立場は、アヴドゥルの好意に甘えた、あくまでもお願いする立場だったため、立場的にはマリーがかなり不利な状況にあった。


 しかし、この勇者が交渉担当をしたことで、場の空気がガラッと変わる。


 場の空気を一瞬で一変させ、選択肢を3つしか与えないという場の変化に、一番重圧を受けてるのがアヴドゥルだが、彼もまたバブイール王国を背負う次期王位継承者。


 場の空気に呑まれまいと、正体不明の男と通話する。


「まず第一に、君は何者だ? マリー姫が召喚したという情報しかなく、私は君の正体を見極めたいのだが」


 それはこっちも同じよ。

 勇者は思いながら、アヴドゥルの質問に答える。


「そうですねえ、俺は悪党や魔物退治専門の、神に仕える戦士って所ですわ。神に見捨てられ、それでも神に祈るしかねえような、可哀そうな人々がいる世界を救済するのが、あたくしの使命なんですよ。そんで、どうやらこの世界には、神が認知してねえ強大なワルがいる気配がする。人々を虐げても、何とも思わねえ、人でなしのクズ野郎を打ち倒し、冥界送りにするのが、この俺というわけですわ」


 やはり……英雄。


 この世界に現れた英雄の再来にして、神に仕える戦士。


 アヴドゥルは、顔が見えぬ水晶玉の通信にもかかわらず、男の凄みと気迫に圧倒されそうになった。


「了解した。それでは第二の質問、君が英雄であるならば、今この場で力を示してほしいのだが?」


 通信先から凄みと気迫を感じさせられたが、この男が本当に英雄の再来という確証がないと、アヴドゥルは思ったので、自分に力を示せと無茶な注文をする。

 

 英雄の再来と呼ばれる男が、この注文を果たせぬなら、交渉の場を自分が一転させ、有利な状況に持ち込み、この英雄と目される男と、マリーを自分の手中に収めてしまおうと、アヴドゥルは考える。


「ほう? なるほどねえ。じゃあこうしましょうか? 皇太子殿下の国には、ご先祖さんが作った地下巨大貯水槽があったはず。今年は乾期が長えみてえで、水に恵まれねえみてえですねえ。宮廷魔導士がいくら水魔法入れても、焼け石に水でしょう? 貯水槽いっぱいにして見せましょうか?」


――え? そんな事が出来るのか?


 思わずアヴドゥルは絶句する。


 そして、なぜ自分の国の国家機密がバレてるのだと。


 アヴドゥルの沈黙に、勇者はニヤリとマリーに笑みを向けた。


「地球の中東でもそうだが、こういう砂漠の国にはな、絶対と言っていいほど、地下水道があるんだ。相手に貸を作るのは、うってつけってわけよ。マリー、フューリーの馬鹿呼び出せ。俺もあの姿になって、バブイールの砂漠地帯に雨降らせてやる」 


「はい、わかりました! 出でよ水のフューリー」 


 マリーの指輪が光り輝き、大量のHPとMPを吸収して、フューリーが呼び出された。


 ある世界のエルフの若き王から贈られた、寝間着姿に身を包んで。


「ちょっとお、なんで人が寝ようとするときに、また呼び出されなきゃなんないのよ!? また、あいつなの? アホ勇者の仕業なの!?」


 すると、勇者はフューリーの頭を思いっきりひっぱたく。


「うるせぇこらぁ! 人助けすんぞフューリー、力貸せ!」


 勇者はスキル、阿修羅一体化を使い、水の大精霊フューリーを説得し、バブイール王国へ向けて、フューリーの魔力を組み合わせ、嵐の大魔法を発動させようとしていた。


 アヴドゥルは水晶玉の通信先で、自分の知らない言語が展開されていることに困惑し、マリーは阿修羅一体化した勇者のステータスを見て、驚愕する。


「ちょ……レベル234って、何これ!? チートよこれ、チート過ぎるんですけど!? ステータス表記がなんかバグってるんですけど!?」


「いくぜええええええええええ、ナーロッパの中央界の海上で、風と水の魔力で熱帯低気圧を生み出し、空間転移! 人々を救う恵みの雨、極巨大台風(タイフーン)


「台風作ったのは、ほとんどアタシなんですけどね!」


 アヴドゥルは、宮殿の中にいても聞こえてくる、腹に響く様な落雷の音に気が付き、水晶玉を持ったまま、宮殿のバルコニーに出る。


 宮殿のある首都イースターから離れた砂漠地帯に、集中豪雨が発生していた。


 強大な力を持つ、英雄の魔力にアヴドゥルは思わず冷や汗を流す。


 自分も含めた、全宮廷魔導士が力を合わせても、こんな天変地異のような魔法を繰り出すのは、不可能だからである。


「へっへっへ、どうですかい? アヴドゥル皇太子殿下。他にもいろんなことを俺はできるんだが、これで二つ目の質問はかなえましたぜ。三つ目の質問は?」


 まるで、アラビアンナイトのランプの魔神のようだと、マリーは思った。


 アヴドゥルは、通話している男が、英雄の再来であると確信する。


 そして、三つ目の質問で自分の器量が試されている事を感じた。


「それでは、バブイール王国王位継承者にして、皇太子であるアヴドゥル・ビン・カリーフが貴方に問う! 貴方の掲げる信条を、男として英雄としての信条を聞きたい!」


 この世界に現れた、英雄や偉人の歴史を学んだアヴドゥルは、英雄が何を掲げ、何を理想にしているのかを聞いてみたかった。


 我こそもまた、英雄足らんとするために。


「ああ、そうですね。あたくしの信条は、弱きを助け強きを挫く! 力無き心優しい人々が救いを求めるのならば、強き悪が人々を虐げるのであれば……俺は弱き人びとの為の刀となり、銃となる! それがあたくしの生き方です、アヴドゥル・ビン・カリーフ皇太子殿下」


――男だ。


 ヴィトーがアンリに伝えた情報通り、まさしくこの英雄の再来と呼ばれる男は、男の中の男。


 だがしかし、アヴドゥルは英雄の再来と言われる男が掲げる信条を、否定せざるを得なかった。

 

 そんな思想が広まれば、陰謀渦巻く自国や、この世界の国々の民草が武器を取って、王家に反旗を翻す、革命と呼ばれる国家転覆が、そこかしこで起きてしまうからである。

 

「なるほど、私の問いかけ全てに応えていただき、感謝御礼申し上げる。しかしながら、この世は所詮弱肉強食。努力を怠るような弱き者は虐げられて当然かと思いますが、それについては……」 


「おい! 何だとこの野郎? 質問4つ目、ルール違反だ。てめえの国の水不足解消してやった、この俺に喧嘩売るつもりかコラ?」


 マリーは今の勇者と、アヴドゥルのやり取りについて冷静に考える。


 勇者がアヴドゥルの質問3つに応え、完全に場の空気を支配しようとした。


 だが、アヴドゥルは逆に自分の国益を叶えたうえで、3つ目の質問の答えを逆手に取り、矛盾点を突くことで場の空気を一転させようとしたのだと、考察する。


 しかし、アヴドゥルの言葉の機先を制し、勇者が先に相手の落ち度を突いたのだ。


 落ち度を見せた相手に反論を許さず、恫喝を織り交ぜながら、隙を突いて場の空気を自分の思い通りにするのが、彼の交渉術なのだとマリーは悟った。


「てめえこの俺様に因縁つけるとは上等だ! てめえこの地下水道システムを利用することで、国の人間を上下水道操って、水を担保に生殺与奪を握ってんだろ? まあそうじゃねえと、でけえ国なんか治められんからなあ? だがよお、てめえの国をまずよくしねえで、よそ様の土地奪う根性、それこそが俺が裁く悪よ」 


「き、貴殿は我が国を悪と断じるか!?」


「ちげえのかよゴラァ! てめえの国が水不足で困ってんのに、よそ様の土地を戦争利用して、これ見よがしに奪う泥棒みてえな真似は、悪じゃねえのか!? マリーが殺されたからって大義名分作ったみてえだが、もうそんなもんは明後日に行っちまってんだよ! もとはと言えば、てめえがフランソワに、各国が協力するって空気入れて、復讐戦争を煽りやがったくせによお!」


 アヴドゥルは、唇を噛み締める。

 4人の王子が会談した内容が洩れてる。


 そして、この情報を漏らしたのはおそらくヴィトー。


 アヴドゥルは、あのヴィトーまでこの英雄に取り込まれてしまったのだと悟り、体中の毛穴が逆立つような悪寒が走り、冷や汗が体中から吹き出していく。


 この英雄は、奸計や政治力にも精通しており、その狡猾さは、自分を上回るかもしれないとも思った。


「おうコラ? ヴィクトリー救済の前に、さっきの雨に毒混ぜて宮殿に降らせ、てめえピンポイント攻撃して、滅ぼしてやってもいいんだぞ? てめえどうすんだ? 俺と喧嘩すんのか? どうなんだよアヴドゥル・ビン・カリーフ!!」

 

「わかった!」


 矢継ぎ早に、土砂をかけるような勇者の恫喝に、アヴドゥルは、まず同意を示した。


 このままではヴィクトリーとの戦争の前に、自分か国土が滅ぼされると思ったからである。


「何がわかったんだよ?」


「マリー王女殿下の、シシリー島投資に協力しよう。それに加えてヴィクトリーとフランソワの戦争、フランソワのアンリを説得してみる! そのかわり……ヴィクトリーの魔物とエリザベスを何とかしてもらわないと、私の説得は無駄になるだろう」


 勇者はニヤリと笑い、勇者が恫喝する度に肩をビクつかせたマリーの方を向く。


「いいかいマリー。ヤクザと役者は紙一重って言ってな、相手を追い込んで、交渉を有利にする為には、こういう怒った演技や、時には涙を流すような泣き落としも必要。覚えておきな」


 勇者は日本語の小声でマリーに告げ、今の恫喝は全部演技だったのかと思い、このヤクザの怖さの片鱗を感じた。


「よおし、わかってくれてみたいで、俺は嬉しいぜ。よろしく頼むぜ、アブドゥルさんよ」


 いつの間にか勇者はアブドゥルに、敬語や敬称も使わず、完全にこちらが上であると、知らしめているとマリーは思った。


 そして、水晶玉の通信が切れると、アブドゥルは自分の自尊心が崩され、その場にへたり込む。


――世界に、魔女エリザベスにも匹敵する脅威が現れた。薔薇姫マリーも、ヴィトーすら英雄に取り込まれてしまったのだ。


 アブドゥルは思いながら、フランソワのパリスにある、ルービック宮殿へ水晶玉の通信を試みる。


「アンリだが、どうしたのだカリーフよ」


「情報提供だ。私も英雄と呼ばれる男と、先ほど接触した」


「なるほど……して、どういう男だった?」


「あれは、紛れもなく英雄、すべてにおいて規格外の男だ。気を付けろアンリよ、君は奴に目を付けられている」


 陰謀渦巻くナーロッパで、また別の陰謀が繰り広げられようとしていた。

世界情勢が動き出し、視点は主人公へ戻ります

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