第200話 守護天使の召喚魔法
指輪の召喚を発動して、生命力と魔法力を大幅に消費したのと引き替えに、サーバー空間に天使が召喚された。
光の羽が背中に生えてて、黒のスーツを身にまとい、光の輪が頭に浮かぶ黒髪はオールバック。
首からロザリオを下げて右手に聖書を持つ、元マフィアでもあり勇者でもあった天使が。
「天に在します我らが創造の主よ、数多の世界でその御名が聖とされますように、御国がおとずれますように。主の御心が天に行われるとおり、この地にも行われますように。アーメン」
微笑みながら祈りの言葉を唱えた天使マルコに、私は深々とお辞儀をした。
「お久しぶりです、天使マルコ様。召喚に応じてくれてありがとうございます。実はこの世界、以前天使マルコが勇者ロバートの名で活動していたニュートピアです」
「おお、勇者よ懐かしい。ここはかつてのニュートピアですか? しかしなんでしょう? 見ると頭痛がするような、重苦しい地下の広大なコンピュータサーバールームに見えるのですが?」
かつての勇者ロバートは、数々の功績が認められたそうで、閻魔大王様の推薦で天界の天使に出世してて、私達勇者のサポートにも応じてくれたり、人間界で力を示したり、悪霊の類なんかを成仏させるような仕事にもついている。
「実はニュートピアでエムが復活しました。今は救済難度がB相当ですが、エムが確認された以上難度A以上は確実の世界です。そこのコンピューターの中にいる魂は、エムの側近でアンデッドです」
「what the fuck!? goddamn,Shit!!」
めっちゃしかめっ面になって、天使らしからぬ言動したけど、すぐに元の微笑みに戻り、ジャンのサーバーを前にして、ファブリーズみたいな容器を左手に持ち、シュッシュと聖水を撒き始めた。
超強力な聖水にサーバールームが反応して、バチバチと、火花が飛び散り始めたけど、電化製品に水って、ショートとかしてあんまりよくないんだけど、ジャンを倒すには有効なのかな?
「ヨゴレた魂よ、主の御意志に反して成仏できない、よくわからんコンピューターにいる哀れなアンデッドよ。創造の主と私マルコの名において、罪を悔い改めるが良い。しかしベリーファッキンに酷いヨゴレですね、シュッシュと」
あ、サーバーが煙吹き出した。
同時に高温の有毒ガスが溢れ出し、私は解毒魔法を唱えながら、口元に水の魔法で酸素を作り出す。
「な、なんだこいつはあああああ」
「天使マルコです。あなたのお父さんのファンだった人でもあるわね」
かつての勇者ロバートは、デリンジャーの大ファンで、地球のニューヨークのマフィアのボスだった時代は、デリンジャーの墓石のかけらを肌身離さず持ってたくらいの熱狂的なファンだった。
「なるほど、冥界魔法で読ませていただきました。私が今も敬愛するミスターの落とし子か。なるほど愚かな魂よ、私はお前の愚かさを憐れみをもって創造の主に祈り、お前はここで罪を懺悔するのです」
サーバー空間がめっちゃバグってきて、ドーム内でノイズが走る中で、微笑みを絶やさない天使マルコとは対照的に、突如サーバー空間に実体化したホログラムのジャンの分身は、天使マルコに駆け寄る。
「やめて、助けて、天使様。お許しを、許して……」
ニッコリ微笑む天使マルコは、ジャンと間合いをとって聖書とファヴリーズのような容器を雑に放り投げ、天使らしからぬ禍々しい闘気を放つ。
「ええ、あなたの罪を天使である私は赦しましょう。だが……」
天使マルコが、微笑みから一転して凶悪な顔つきに変わり、両手にかつてデリンジャーが所持していたトンプソン機関銃、別名シカゴタイプライターとも、トミーガンとも言われた魔力銃を具現化させた。
「こいつが許すかな! トミーガンだファック野郎!!」
浄化の聖水を込めたマシンガンを、サーバールームでド派手にぶっ放す元マフィアな天使に、思わず私もドン引きする。
「天使マルコの力も借りて、マリーゴールド財団理事ロワことジャン! あなたの暴走を思いを止める! 行くわよ、王となろうとした哀れな魂よ!」
サーバー空間には、ホログラムで作り出されたジャンと、液体金属の実体を持つジャン達が入り乱れて、激しい銃撃戦になる。
私は彼の弱点がわかっていたが、ジャンも頭を使ってホログラムで幻惑し、弱点をカバーする動きを見せる。
だが、そうした彼の意志や行動も、かつて歴戦の勇者で天使になったマルコは全て看破して、的確な制圧射撃をジャンに加えていく。
「なるほど、電磁力を利用したレールガンと、高温のプラズマ兵器ですか。有害な放射線も放っていて、長期戦は勇者が不利ですね。ならば勇者ヴァルキリーよ、私が天界魔法で電離障壁を作り出す! 突発性電離層擾乱障壁」
防壁魔法にデリンジャーの名前つけてる。
この人、いやこの天使、どんだけデリンジャー好きなんだろうか。
しかし、ホログラムで分裂させ、分身の術みたいになったジャンはやはり手強い。
私はギャラルホルンを振るい、ジャンと一定の距離をとってサーバー空間内を駆け巡った。
「勇者よ、この悪霊を倒すためには現世のしがらみや、執着を無くさなければなりません! そうだよなあマザーファッカーが!! クソみたいなエムの手下に成り下がりやがって!」
残りの魔力を杖に込めて、サーバールームに次々と現れる無数のジャンをギャラルホルンをライフルのように構えて、浄化の水魔法を射出して相手にする。
「実体がわからなきゃ、出てくるやつに片っ端から私の砲撃を浴びせてやるわ!」
「berry good!! 勇者時代の私が教えた通りの、模範的な射撃ポジションをとっているようですね、勇者ヴァルキリーよ」
「はい、おかげさまでどこの世界に行っても、私は悪と戦えています!」
私は頭上に現れたジャンに、杖に込めた浄化の水魔法で吹っ飛ばし、その隙に天使マルコがトミーガンをサーバーに直接撃ち込み、サーバーが火花を散らしてついには変な音まで立て始めた。
「ほ、本当に天使かこの男!! 破壊活動や私を撃つことに全く躊躇が無い」
「名誉ある男で天使だアスホール! チッ、浄化の聖水だけではヨゴレが落ちねえな。それによくわからんターミネーター出てくるようなロボがうざってえ!」
「天使マルコ! 攻撃や動作の瞬間、サイボーグ体の一部のどこかが光ります。それが敵の弱点です!」
サーバー空間で具現化された無数のジャン達に、私達は銃撃や砲撃を順調に与えるが、嫌な予感が私によぎる。
最初で戦った彼の切り札、液状化からの光の電子魔法を温存しているような感じ。
「何か狙ってるわね。来なさいよ、来い! デリンジャーの子のジャン。正々堂々、あなたの最強の技を私達に見せてみろ! あなたの父、デリンジャーのように男らしく!」
するとジャン達がホログラムの光で弱点をカバーしながら一斉に液状化効果を高めて、霧よりも細かい粒子になり、サーバー空間が真っ赤な光に染まって、壁面や天井や床も鏡の空間になる。
「ただではやられんぞ……この私のナノマシンを粒子化させて光の魔法を受けるが良い!!」
同時に激しい振動と共に空間内の電子が振動し、光熱を帯びた光が乱反射し始め、乱反射した電子と放射線が……中性子束の光に変わる。
「くらえい! 生物であるならば一撃で死に至る光の魔法を、虐殺光線」
「シィット! コックサッカーに魔法障壁が破られるぞ! バリアーを張るんだ勇者ヴァルキリー!!」
いやバリアーしても貫通される威力の光子魔法だ。
まずい、天使であるマルコさんならともかく、いかに光の鎧を纏った私でも、こんな大魔法じゃ戦闘不能に……。
すると魔法の水晶玉に午前0時、日付変更を知らせるアラームが鳴り始めた。
「私ってやっぱりついてるわ。運のステータスカンストしてるし、絶対防御」
ジャンが大技を放とうとした瞬間、日に一度使用できる絶対防御を発動させ、私と天使マルコの身を守る。
シシリー島のガルーダとの再戦で使ってしまっていたけど、日付が変わった今なら繰り出せる。
今まで私と多くの人々を守ってきた切り札だ。
一方、ホログラム映像のジャン達が消え、無数のジャンの軍勢も今の攻撃で半減していた。
「……やはり、私の力を持ってしても通じぬか。いや、今ならもう一度!」
すると空間に、天使マルコが放った特殊合金製の鋼糸が張り巡らされ、ジャン達を一気に拘束すると糸から高圧電流が流れる。
「ぐおおおおおお、これでは液化もできない!」
「さあ勇者ヴァルキリーよ、私が奴らを拘束しているうちに、あなたに浄化の加護を与えましょう。コンピューターサーバーに浄化の一撃を!」
私は、鎧に上級精霊ウンディーネを召喚と同時に同化させて、天使の加護を受けてギャラルホルンに魔力を込める。
「はい! サポート感謝します天使マルコ。いけえええええ聖水砲撃」
ジャンがとり憑くコンピューターサーバーへ、聖水と風の魔力を圧縮させた砲撃を繰り出す。
「人を、思いを、愛する心を尊んだデリンジャーの思い! 人殺しを悔いて憎んだヒーローの思いを、あんたに!!」
「コンピューターの出力が……力が消え……ぐああああああああああああ!」
先に天使マルコが撒いた聖水と反応し、サーバーが振動して拘束されたジャンが悲鳴を上げる。
無数のジャンが体を構成することが出来ず消滅し、静寂がサーバールームに訪れて邪気が消えた。
「ふむ、これで除霊の準備が整いました」
いや、めっちゃ荒々しい戦闘だったけど、これ除霊の儀式の一部だったんだ。
「ヴァルキリー、私は天使でもありますが、天界魔法と冥界魔法も同時にこなせるスキルがあります。さあ、この哀れで悲しいジャンとやらの一生をあなたもご覧になり、この魂が浄霊できるよう、創造の神に祈りを、叙述史」
サーバールームに、天使マルコが冥界魔法で映像化したデリンジャーの息子ジャンの一生が流れ始めた。
彼は補佐官ルイーズこと転生前はアンナという女から、戦後のニュートピアで生を受けて、ルイーズは生まれようとする我が子を見ることなく、出産時の失血性ショックで息を引き取ろうとしていた。
「ルイーズ、しっかりせよ! 早く屋敷の医務室に運べ医者共! 早く娘を助け出せ!! 私の孫もだ!! 腹の子は英雄たるブルボンヌの王子と公爵たる我が孫ぞ!! 早くせよ!!」
もう回復魔法とか宮廷魔術師なんかもいなくて、彼女の死後、帝王切開で生まれたのがジャンだった。
彼女が妊娠していた事も、私達やデリンジャーも全然知らなくて、彼はアンザス州知事の屋敷でひっそりと生を受けて、彼の存在とルイーズの死を、祖父であるザグゼンブルーは秘匿した。
そして彼は祖父ザグゼンブルーや家庭教師達より教育を授かり、幼少期をアンザス州の屋敷で過ごす。
彼はおじいちゃん子だったようで、祖父ザグゼンブルーとの心温まる光景が空間で流れていた。
「私の祖父ザグゼンブルーは、一人娘と君主である我が父を失ったことにより、私に人並み以上の愛情をかけてくれました。私の人生で最も最良の時代です」
邪気が消えたジャンが映像を解説するよう独白するが、大戦後のフランソワはしばらく平和で、私達が残した大統領制がうまく機能していた。
ジャンはフランソワのため、英雄だった父の逸話を聞き、自分も力を示して英雄になるために、大戦後ナーロッパの麻薬事犯撲滅に力を入れていた国家憲兵隊から名前を変えた連邦捜査局、後の国際刑事機構に志願した。
だがジャンが成人して、国際刑事機構に入職した時代、フランソワ社会である変化が起きる。
戦後下級貴族と呼ばれた人達や、一般市民に商売で成功する者も増え出し、選挙でこういった人々が国会議員になる者も増え始め、国会議員達はかつて上級貴族と呼ばれ、自分達を差別した人たちに復讐を始めたんだ。
例えば旧貴族に対して、莫大な相続税がかかるようになると、貴族子弟達は一気に没落していき、こうした人達の中から、王政復古を望む王党派と呼ばれる右翼テロ集団が社会問題化する。
エリート警察官だったジャンも、その対策と取り締まりに追われていき、このテロ集団の首魁に関する情報が入り、部下達に王党派リーダーを捕まえさせたら、首魁の正体は彼の年老いた祖父ザグゼンブルーだった。
彼は失意の中、取調べ室で祖父と面会する。
「なぜ……お祖父様、このような事を」
「王党派の人々のためだ我が孫よ。それにお前は世が世なら正統な王位継承者。平民共は我ら旧貴族を蔑ろにし、旧伯爵家以下のかつての貴族達は家を失い、困窮しておった。だからワシは正そうとしたのだ。英雄デリンジャー、お前の父アンリ王子はヴァルキリー様と世界を救ったが……家族であるワシらは救われなかった」
彼は、フランソワの社会を救うか肉親である祖父をとるか板挟みになり、結局は肉親の情が勝ってしまい、祖父のザグゼンブルーは証拠不十分で不起訴にされる。
これは彼が初めて犯した汚職であったが、その後痴呆により人が変わったザグゼンブルーは、英雄デリンジャーへの恨みつらみを言うようになり、ジャンは次第に王党思想に感化されていくようになった。
これ以降、彼は警察官としての信念を曲げ、腐敗した官僚そのものとなり、王党派と呼ばれる旧貴族達と癒着するようになる。
官僚組織は警察を中心に腐敗していき、フランソワは、社会情勢不安と汚職官僚の利権で、徐々に財政難に陥り始めた。
一方、市民の中にもデリンジャーギャング団伝説が民間伝承に残されてて、元は市民の自警団や労働組合だったはずの集団がギャング化し、警察とも敵対状態となる。
そんな中、彼は元公爵デュポーン家令嬢と見合い結婚して、数年後に息子アレクサンドルが生まれ、裕福そうな家族団らんの映像に切り替わった。
「私は……政略結婚ではあったが妻と息子を愛していた。仕事であまり構ってられなかったが、休日は共に過ごし……だがそれを……市民達から奪われた!」
共和制で最低の無能大統領とも呼ばれる、平民出の元軍人、第7代ピエールの時代、警察長官のジャンは市民運動家のテロに遭う。
背景は、ジャンと癒着して脱税や汚職していた王党派の企業連合体が、機械化やAI化した影響で大量に従業員への雇い止めを行った結果、市民は職を失い市民活動家となる左翼ゲリラ集団が生まれたからだ。
その左翼ゲリラの資金は、フランソワ各地のギャング団から提供され、テロはどんどん先鋭化していき、ついにはジャン自らもテロの被害者となり、家族をテロによって失い、自動車爆弾による怪我で、体を機械化しなければ生きてはいけぬ体となった。
「この機械化技術は、元々は初代虹龍国際公司初代社長、アヴドゥルが携わったと言われています。彼自身も大戦期で重傷を負い、大戦で手足を失う人々が多くいたため、機械化技術をかの会社が発展させたおかげで、私は一命を取り留めた」
……なんて皮肉。
龍さんは確かにあの大戦で重傷を負って、おそらく龍さんのことだから先生の組織がもたらした機械化技術を基にして、多くの人々を救おうとしたに違いない。
だけどそれが、ジャンという怪物が生まれた原因になってしまったんだ。
「私は市民達を許せなかった。妻と息子は市民共のテロで命を落とし……私は、奴らに復讐を始めました。あの無能なピエールをスキャンダルで脅し、私が立案した大統領令で平民共にも保障されていた権利を奪ってやりました」
こうしてジャンは警察権力を利用して、市民を弾圧するようになり、第7代大統領ピエールは、旧貴族勢力の王党派と癒着し、以後王党派のお飾りのような候補が大統領となり、ジャンは影の支配者となって、フランソワの共和制は終わりを迎えた。
これがこの世界の250年前に起きた、フランソワが警察国家的な恐怖政治に移行した背景。
「全ては……私の家族を奪った復讐だったのです。共和制なんかにした父デリンジャーも恨んでて……だから私は王となる事を決意しました」
私は、さらにジャンの記憶を垣間見ると今から150年前、彼が独裁者となって100年後にある社会問題が起きる。
世界で慈善事業活動する、世界的に有名だったマリーゴールド財団の、財政破綻問題。
そう、私の名前がついた今は悪の財団。
「元々は、ヴァルキリー伝説を広めながら慈善事業をする財団法人でした。記録では発祥は北欧、出資は虹流国際公司と、初代理事長が私の母ルイーズ。代理人が伝説のロマーノ王ジローであったと記憶しています」
「え? ジローが関わってた財団だったの?」
この財団の正体は、元々は私達に関わるものだったそうで、私はその事実を聞き困惑すると、天使マルコは私の方を向きやりきれない感じの表情になった。
「勇者ヴァルキリーよ、これは元々勇者時代の私と、私の兄弟分の彼、そしてミスターデリンジャーが発案したものです。財団法人を作って世界の役に立たせるという理念の元で私達が秘密裏に作ったものでした」
どうやら、元々この財団を作ったのは先生と、目の前の天使マルコ、そしてデリンジャーのようだ。
「おそらく勇者ジローのことだろう。この財団の存在を知って、私の兄弟分の意図を察し、未亡人となったルイーズ嬢や彼を支えるため。それと今後のこの世界の発展のため、君の名を冠した財団が生まれたのだ」
「そんな……この世界の人々のための善意が。発端は私たちの財団だったなんて」
全ては善意のために生まれたのが、マリーゴールド財団だった。
けど慈善事業で寄付が集まらなくなったため、財政難に陥ったのを、多額の寄付で財団を影響下に置いたのが……ジャンか。
「それで、あなたは財政難に陥ったこの財団を手に入れたと」
「その通りです。初代理事長が母の名義でしたので。今から150年前は激動の時代でございました。北欧で民族主義が起きてスカンザ共同体が分裂し、中東では工業化可能な油田が見つかり始め、ルーシーランドではキエーブ共和国とモスコー大公国が互いに小競り合いを始めていました。ロレーヌ皇国は皇位継承権問題で、東西に分裂。チーノ七カ国とヒンダス帝国の対立。そして、一人の天才少女が現れた」
「天才……少女?」
ジャンは当時を回想し、映像が流れ始めるが見た目的に10代にもなっていないような、妖精のように美しい女の子がフランソワの劇場で歌う映像が浮かび上がる。
プラチナブロンドに、エルフ同様の長い耳をしてて歌手なのだろうか?
その歌は、人々を魅了している彼女は幼い見た目ながら、世界中で有名な歌姫のようだった。
「まさか……彼女は?」
「はい、彼女はメアリーと名乗り、当初はナーロッパのみならずナージアにも知れ渡る、有名な歌謡歌手でした。その後彼女はメディアを通じて、お互い争い合う諸国に政治的な発言をするようになった。当時世間を賑わせた天才少女メアリーは……現マリーゴールド財団の会長エムです」
やはりこいつが蘇ったエム。
今から200年前にエドワードとエリとの間に誕生し、財団を悪に変えた張本人。
「うむ……この歌はdiscord……平和について歌っているように見え、その実特定の単語に不協和音を入れて人々を争い合うように仕向ける悪の歌……間違いない、エムですね」
天使マルコも、彼女の正体をエムであると看破する。
「彼女はその見た目とは裏腹に、まるで大人のような物言いで、フランソワを掌握し、国の在り方を長い年月で変えていき、かの財団を手にした私に接触してきました。私の行いを肯定して、共により良い世界を作ろうと持ちかけてきました」
「それであなたは、あのエムと繋がったと」
「ええ、そして彼女は魔法の力も使えると私に実践して見せて、自分に付き従うのなら、今まで以上の富をもたらし、望むものを一つだけ叶えると」
なるほど、それでメアリーことエムは150年前に財団を手中に収めたわけか。
「彼女と私は既存の理事達を懐柔するか、または追い出して完全に我々の私物にしたのです」
そしてチャット画面が現れて、エムとジャン以外の財団初期の理事が名が出るが、嘘……ちょっと待って、こいつ知ってるやつだ。
「翡翠☆の奴が関わってたの!? こいつは確かチート7の!」
エリが大戦期作った半グレ、チート7のメンバー翡翠。
その正体はハーンの主治医で、ジッポンを麻薬禍にして大戦終結後に行方不明になった、悪の転生者ノクセク・ソニン。
「この翡翠こそ会長の側近兼秘書です。私と同等の力を財団で持つ、財団の監査役で裏の理事。マハラジャを率いれたのもこの翡翠によるもの」
こいつが……エムと組んで財団で麻薬ビジネスなんかしてたんだろうが、あの大戦からジャンが財団を手に入れるまで、150年経ってるのに生きてる。
ていう事は、もしかして……。
「今でも、この翡翠は活動してるわね?」
「はい、私と同様、財団最古参の最高幹部です」
やはりか。
チート7はエムの加入で瓦解したようなものだけど、彼女は大戦期生き延びて、エムと手を組み続けていた。
「他に、財団の最高幹部の素性は?」
「あなた様に倒されていない財団理事は、ヴィクトリー王国王女ヴィクトリア、西ライヒ帝国皇帝の通称カイザー、そして赤盾ことロストチャイルド財閥の新参者。そして新たな理事候補に上がってるのは、ジッポン人の黄門です」
え?
黄門って時代劇とかで聞いたことあるけどなんだっけ?
あ、確かお爺ちゃんがお供連れてこの印籠が目に入らぬかとか言って、悪党を懲らしめる時代劇で有名なあの黄門。
私は前世の時代劇とかあんまり知らないけど、この黄門という存在が今のジッポンで財団と繋がって幕府転覆を企てる首謀者であると推測する。
「だがこの財団に反旗を翻す存在が、暗躍し始めたのです。彼らは手強く、世界に根差したネットワークを形成してて、我ら財団はこの謎の存在と暗闘を繰り広げました」
なるほど、それは私が作ったヴィクトリーの黄金薔薇騎士団達なんだろう。
「翡翠と会長は、闘争の資金源獲得のためにヒンダスのマハラジャを利用して、ケシの花で作られる麻薬を扱うようになりました。そして長年仕えた私に会長は褒美にと、私が願った願いを叶えてくださろうとしたんです」
「願いを、ですか?」
「はい、機械化技術とは別に、魔法と遺伝子工学を用いた技術です。会長は言った……失った家族を蘇らせてやると」
人を、蘇らせるですって?
ありえない、人や動物は死ぬと魂の循環で天界か冥界に振り分けられ、次の生まれ変わりを果たすための措置が行われる。
心肺停止から復活させる魔法はあるにはあるけど、死後長期間経った肉体に魂を与える蘇りなんて、不可能だ。
「私は、会長に縋り死んだはずの家族を蘇らせてほしいと願った。すると会長は言った。私の息子アレクサンドルの肉体と魂を蘇らせると。だがその前に、会長は別の正体不明のもう一つの抵抗勢力から攻撃されそうになったのです」
「正体不明のもう一つの抵抗勢力?」
「ええ、正体不明の相手は自分を魔女と名乗り、会長を倒そうと攻撃を仕掛けてきたのです。結果的に、会長は自分の身を隠すことで凌いできました。私ですら、会長のエムが今どこにいるかはわかりません」
私の勘だけど、それはエリことエリザベスの仕業だ。
彼女はかつて魔女と呼ばれて、この世界の陰謀に巻き込まれた当事者だったし、彼女は自分の娘メアリーを止めようと活動したんだろう。
「私は、家族が、息子が蘇るのを250年以上待ち続けていた。つい最近、私はそれとなく会長に、あの件はどうなったのだろうと聞いてみた。すると会長からの返信は、私の願いが達成されたという返事と共に、通信画像にこれが」
ジャンがサーバー空間に、その画像を具現化したら私は思わず息を呑んで映像を見つめる。
「知っている者ですか? ヴァルキリー?」
「はい、天使マルコ。彼の名はアレックス・ロストチャイルド・マクスウェル。私をこの世界に召喚した者で、この世界の私の協力者です」
まさか、アレックスがジャンの息子だなんて思わなかったけど、どうやって彼は生まれたんだ?
「この少年は、尖った耳をのぞいてはほぼ私の息子と瓜二つでした。私は歓喜した、息子がまたこの世界で蘇ったと。会長は言っていました。翡翠の技術を利用し、私の息子の遺伝情報と会長の卵細胞を組み合わせ、魔法の技術で魂を宿らせたと」
……なるほど、謎は解けたわ。
ジャンの息子の遺伝情報をもとに、エムことメアリーの卵細胞を使って人為的に作り出し、仕上げに反魂の召喚を行なって生み出されたのがアレックス。
つまり彼は、ハーンと交わったルーシーランド王子と、ジークフリードを祖とするヴィクトリー女王エリから生まれたメアリーから、さらに人為的にフランソワ王家の遺伝情報を組み合わせてできた存在。
そして生まれたアレックスをエリは保護して、エドワードことデイヴィッドに保護させたんだ。
おそらくは、王の中の王として人為的に生み出され、エムの企むナーロッパ支配のための存在が彼か。
「だが息子は、会長の敵対勢力から奪われた。会長は、自身の弟子であるヴィクトリア王女を差し向けることで、奪い返そうとしたが……」
「私が現れたわけね」
私は、この話を聞いてエムに怒りが湧く。
やはり私がこの世界に戻ったのは必然だ。
あの悪意の塊のエムから、エリの家族を、デリンジャーの家族を取り戻す!
あいつ絶対に許さない、今度こそ報いを受けさせてやる。
「許さねえ、ファック野郎のエムめ。人の思いを、生き方を歪める外道めが! 勇者よ、この件は私が必ず創造神様に伝える。こんな悲しい非道、私は絶対に許さない! そして私の最も信頼する兄弟、マサヨシにこの件を伝えさせてもらう。この悲しい世界に救いを、今度こそ!」
天使マルコは憤り、私は全ての真相を知って頬から涙がこぼれ落ちる。
全ての独白が済んだジャンは、サーバーから魂が離れていき、完全に分離したのを見た天使マルコは十時を切った。
私はジャンが昇天するのを手で制し、彼が天に召される前に、決着をつけなきゃいけない問題を提起する。
「天使マルコ、彼が天に召される前に落とし前をつけなきゃいけない奴らがいます。彼を神輿に利用して、私服を肥やしたフランソワ貴族勢力を含めたケジメです。彼だけが悪いわけじゃない、だから今から落とし前をつけます」
私は、ジャンの力でフランソワの今の貴族勢力に発信して、サーバールームにリモートで呼び出した。
デリンジャーの描いた本来の理想を取り戻すため、私は世界が歪んだ元凶共と対峙する。
続きます




