第19話 兄弟(チョーデー) 後編
ヴィトーは、早速フランソワの王子に連絡を取り付けた。
凶暴につき、大胆不敵かつ狡猾な、前世の自分の兄貴分、清水が考えた陰謀を実行に移すためである。
「よう、アンリ君元気? ヴィクトリーとの戦争準備の具合はどうだい?」
すると通信先のアンリ王子が舌打ちする。
「よくないな。どこからともなく現れた、モンスター集団が攻勢に出て、国境の騎士団に損害が出ている。敵の怪物集団は、想定よりも厄介で数が多い。そちらは?」
「うちの海軍も襲われた。でっかいタコの化け物でさー、少なからず損害が出ている。ヴィクトリーのエリザベス、あれは思った以上に厄介さー」
なぜ語尾を伸ばす?
こいつこんな喋り方だったか?
アンリは疑問に思うが、話を続ける。
「それでアンリ君さー、良い情報と悪い情報がある。良い情報は、マリー姫が五体満足で生きてた」
「な……それはまことか! ヴィトーよ!」
通信先でアンリは、思わず目頭が熱くなり、ガッツポーズする。
「本当さー、うちの国に亡命しにきた。他の王子とも話がしたいって言ってる」
「ああ、俺も話がしたい。でかしたぞヴィトーよ、して、悪い情報とは」
通信がしばらく沈黙し、ヴィトーが笑い出す。
「俺ぁ、マリー姫にフラれちまったさー」
アンリは一瞬キョトンとした後、吹き出して大爆笑した。
「ぶっ、ハッハッハッハ! お悔やみ申し上げる。今度、俺の国の年代物のワインを送ってやるから、飲んで忘れろ。して、マリー姫は今も息災か?」
「ああ、元気でやってるさ。亡命する前、だいぶ辛い思いをしたようだがね。みんなと話すのを楽しみにしてるって言ってたさー。1週間後、このナーロッパの状況について対策閣議を開きたいって」
「そうか! 俺も楽しみにしていると、お前から伝えろ! 他に話は?」
「実はねえ……悪い話はそれだけでなく、2、3問題があって……」
ヴィトーは、シシリー島の植民事業の話をして、時折勇者の陰謀の情報を混ぜ込んだ。
「なんだと? お前の配下の諸侯、シシリー王が原住民の声に押されて、開発植民公社に影響だと?」
「そう、ちょっちゅ調整が必要ありかもねー」
「我が軍で蹴散らせば良いだろ? 原住民風情に何を手間取ってるのか」
アンリの回答に、ヴィトーは怒りを覚える。
この男は王子として、人間として気立てがいい男ではあるが、自分より下の身分の人間に対する情がほとんどない。
身分が下の者や民草を、人間とも思ってない独善的な心根に、ヴィトーは嫌悪感を覚えた。
「まあ、こっちとしても何とかするさー。他にもう一個、我々にとって……いや世界にとっていい事か悪い事かわからんけど、驚愕の事実が判明したんだ」
「驚愕の事実?」
「英雄が現れたさー。ジークの再来、いやジークそのものかも知れない男が、この世界に降臨した」
ヴィトーの話に、通信先でアンリが身を乗り出す。
「まことか!? どんな奴だ?」
「うちらロマーノ人のように、黒い髪さ。違うとすれば、肌はやや白みがあって黄色っぽく、瞳は黒の、年は俺と同じか少し上くらいに見えたさ。さっき言ったタコの化け物を討伐したり、マリー姫を救出したのも、英雄さ」
英雄ジーク。
千年以上昔に、突如大陸中央に出現した、伝説の騎士にして、偉大なる王の話。
「確かなんだろうな?」
ヴィトーの話に、アンリは椅子に腰掛けながら、貧乏ゆすりを始め、幼い時に聞いたお伽話の英雄に、心が昂るのと同時に不安を覚える。
「おそらく間違いないさ。マリー姫の証言や、実際に俺……私はその男の戦いを見たから言う。あれは英雄さ」
英雄がこの世界に再び現れた。
それが意味する事は、邪悪な魔王を討伐し魔物を殲滅した、英雄譚がある一方、世界的な騒乱が引き起こされると言う事。
無論ヴィトーの話は、勇者が吹き込んだ陰謀の一つである。
「確か、この世界に昔、英雄ってのがいたらしいな。多分俺と同類だろうが、それ利用すっか。俺、今から英雄になっから、おめえこの世界に影響力ある、その馬鹿王子の誰かに吹き込んどけ」
アンリとの通信の前、勇者は、通信でヴィトーにある陰謀を提案していた。
「兄貴、なに考えてるのさ?」
ヴィトーも悪い顔になって、勇者にその意図を聞こうとする。
「おうそれな。かくかく、じかじか。あれをこうしてそんで、これもんよ」
「本当に兄貴は悪い男さー。でも大義名分作りにはいいかもねー」
「だろ? おめえもよくわかってっと思うけど、極道の喧嘩には大義名分がいる。それを作ろうと思ってな」
ヴィトーは、自分の前世の兄貴分で、この世界でも自分の兄貴分になってくれた、清水の陰謀を思い出しながら、アンリと他の王子に陰謀を仕組む。
あとはマリーの方がうまくいけば、世界の状況が好転するような、世界を救うための陰謀である。
「英雄ジークの再来か、会ってみたいものだな。して、お前の印象は?」
「全てにおいて規格外さ。戦闘、魔法技術、知恵と知識、そして何より勇気と気迫がすごい……男の中の男さー」
男の中の男と言う言葉に、アンリは心躍り、是非とも会ってみたいと願う。
「お前が、そこまで言うのなら、そうなんだろうな。その男、マリー姫とはどういう関係だ?」
来た!
アホが食いついたとヴィトーは、ほくそ笑む。
「英雄は、マリー姫が召喚したみたいだけど……その英雄は、マリー姫を娘みたいに思って、色々物事を教えているみたいさ。そしてマリー姫は多分……その男に惚れてる」
ヴィトーが通信する、水晶玉の向こうで、ガタっという椅子から立ち上がる音が、聞こえた。
「な!? なんだと!? じゃあお前がフラれたと言う話は」
「ああ、そう言う事さ」
アンリは、見る見るうちに顔が紅潮し、激しい嫉妬の炎が、心の中で燃え上がる。
「お前は、何処からともなく現れた英雄とやらに、好きな女を横取りされて悔しくないのか!? お前、それでも男か!」
「悔しいさ。けど、俺は逆に思ったね。その英雄を超える魅力と強さを身につけて、マリー姫を逆に振り向かせるくらいの男になろうと」
ヴィトーは嘘を言ってない。
心の底から発した真実の言葉である。
兄弟の契りはしたが、ヴィトーもまた男。
兄貴分を越え、マリーを振り向かせる決意を胸に秘めていた。
そしてアンリも、ヴィトーの言葉に一理あると考える。
「なるほど、お前もまた男のようだ。面白い、俺もフランソワを継ぐ偉大な男となり、我こそが英雄たらんと、マリー姫を惚れさせてやる」
アンリは息巻くが、そう遠くない先の未来で、その自信とプライドが、英雄と称される勇者によって尽くへし折られる事態になる事を、まだ彼は知らない。
「それと、どうせ黙っててもその英雄の話は、各国に遠くない将来、漏れるだろうから、今の話は、他の王子にも」
「うむ、俺からフレドリッヒとカリーフに話をしておく」
ヴィトーとアンリの通信は終了する。
そして、ヴィトーは勇者に連絡を取った。
「清水の兄弟、予定通りさ。兄貴が描いた絵図で、今のところ進行してる」
「へへ、そうかい。んじゃあ、シシリー島の開発公社の買収と、フランソワ軍のクソ馬鹿共をいつでも排除出来るぜ」
「その事だが兄貴、俺が思うに王子連中の中で、一番厄介なのは、バブイール王国のアヴドゥル・ビン・カリーフだ。あいつは頭がかなりキレる。フレドリッヒも天才だが、奴は権謀術数や奸計に精通する男。多分俺達と同じ、転生前はアウトローさー。アンリも多分そう、男気と豪快さの塊のような奴だ」
アウトロー。
無法者または、犯罪者を指す言葉。
転生前のヴィトーはアシバー、勇者は博徒のアウトローだった。
「ほう? 俺達と同じ極道か?」
「いや、違うと思う……だがかなりのものさー」
勇者はマリーと一緒に思考を巡らせる。
転生前、アシバーのジローとまで言われた男が、厄介だと言わしめる、アヴドゥル・ビン・カリーフに少なからずの不安を覚えた。
「なるほど、わかった。じゃあ柔軟な対応って奴が必要だな。明日、俺が直々にアヴドゥルとか言う野郎の性根を見極める。連絡先と野郎の情報を教えろ」
陰謀渦巻く滅びゆく世界、ニュートピアのナーロッパ大陸で、世界を救う勇者が暗躍を始める。
しかしヴィトーと勇者は思い違いをしていた。
この王子達の中で、最も警戒しなければならないのが、本当は誰なのかを。
そして、ヴィトーと同様、本来の魂を取り戻した結果、王子の中で、一番厄介な相手となる男の正体を、まだ彼らは知らなかった。
一方、ロレーヌ皇国から、フランソワに向けて騎士団を率いるフレドリッヒ・ジーク・フォン・ロレーヌは、母である教皇マリアと通信中だった。
「嫌です! なぜマリー姫を殺した、エリザベスを伴侶にせねばならぬのですか!? 生理的にあの女は受け付けません!」
「お黙り! そなたもよく考えればわかる事じゃろ? 我ら皇国の悲願は、我らが英雄ジークと祖を同じくする、ヴィクトリー王国と併合じゃ」
「いくら母上の頼みでも無理です! あんなエリザベスみたいな、魔女となんて汚らわしい」
馬上にて、騎士達が震え上がりながら、フレドリッヒは水晶玉の通信で、親子喧嘩を繰り広げ、一方的に通信を切った。
フレドリッヒの天才とも言われる強さは、一国の軍事力をも上回ると言われる。
「急げ! グズグズするなクズ共が! 貴様らそれでも我らが先祖、偉大なるジーク帝の名を冠する、世界最強のジークフリード騎士団か!」
「は!」
フレドリッヒは、騎士団に当たり散らしながら、風の魔法を使い、フランソワ首都のパリスに行軍する途中、フランソワのアンリから通信が入った。
「何だ!? 僕は今お前の所に向かって……」
「我らにとって喜ばしい話がヴィトーから入った。マリー姫が生きていたぞ!」
「え!?」
フレドリッヒは、一瞬絶句して呆然とする。
マリーが生きていたとの報に、動悸が激しくなり、フレドリッヒの目から涙が溢れ出た。
「もう一度言う、マリー姫が生きていた。色々あったが無事らしい。一週間後、世界各国の代表、まあ俺とお前とカリーフだが、水晶玉の一斉通信で会談する手筈になった」
「……そうか……良かった、本当に良かった」
愛しの姫が生きていた事と、危うくヴィクトリーとの戦争後、無理矢理エリザベスと婚姻させられそうになっていた、フレドリッヒは目に涙を浮かべ、安堵した。
「そして、驚愕な事実がわかった。この世界に英雄ジークの再来が現れた。マリー姫を救出したのは、どうやらその英雄だ」
「え!?」
自分こそが英雄ジークの再来である。
そう親から言われて育てられた、天才とも称されるフレドリッヒに、衝撃が走る。
「どんな男だ? この僕を差し置いて英雄などと痴がましい!」
「黒い髪に黒い瞳、そしてヴィトーが言うには、戦闘、魔法技術、知恵と知識、そして何より勇気と気迫が規格外の男だと言う。あのヴィトーが、男の中の男とまで言っていた」
「……なんだとぉ」
自分の容姿が女のようだと、コンプレックスを持つフレドリッヒは、英雄ジークの再来と言われた男に激しい対抗心と、嫉妬心を覚えた。
彼には、母である教皇と、姉や妹がいるが、男は皇室に自分一人であり、ベルン王宮は、女官だらけで、ある意味自分は生まれながら孤独だった。
そしてロレーヌ皇国の男達は皆、体格に恵まれた偉丈夫が多く、顔が角ばってごつごつした男達の前に出ると、中性的な自分の顔立ちはかなり浮いてしまう。
「マリー姫が、召喚術で召喚したのがその英雄らしき男。英雄はマリー姫を自分の子のように接しているそうだ」
生まれてから父が定かでない、フレドリッヒはマリーを羨ましく思った。
確かにその男が、英雄ジークその人であれば、子孫であるマリーに、我が子のように接してもおかしくない。
「わかった。もしもヴィトーの話が事実ならば、英雄とまでは定かではないが、厄介な男が出現したかもしれない。英雄ジークは建国の祖だが、世界救済後、この大陸を二分する戦乱の世界になった」
「うむ、そう言う事だ。それともう一つ朗報がある」
「なんだ朗報とは? 僕が喜びそうな話か?」
間が出来たあと、一言だけアンリは呟いた。
「ヴィトーが、マリー姫からフラれたらしい」
アンリの一言に、フレドリッヒは馬上で大爆笑した。
そして、ロマーノ連合王国から中央海を挟んだ、ナーロッパ大陸の南東部に位置する、超大国バブイール王国首都イースター。
白と青を基調とする、大陸一美しいとも言われる、イースターのトップカップ宮殿で、妻達を侍らせながら、アヴドゥル皇太子は、フランソワのマリー生存の報を聞いた。
「なんと! 我らが薔薇姫マリー姫が生きておったと言うのか? 情報は確かかアンリよ」
興奮状態になった全裸のアヴドゥルは、寝室にいた3人の妻達を下がらせる。
「ああ、彼女はロマーノの何処かにいる」
ロマーノに潜り込ませた間者からの情報で、正体不明の要人がイリア首長連合のネアポリに、滞在しているとの情報を得ていた。
その人物こそが、自分の意中の姫、マリーに間違いなく、確度が高い情報であるとアヴドゥルは考えた。
そしてまだ彼は、イリア首長国連合が、ロマーノ連合王国に名を変えたのと、ヴィトーが国の支配者になった事を、まだ知らない。
ロマーノではなく、ネアポリにいるという情報は、アンリには伏せて置こうとアヴドゥルは思った。
「して、状況はどうだ?」
「うむ、マリー姫は突如現れた英雄の再来のような男に救出され、一週間後、我々と世界情勢について対策閣議を開きたいそうだ」
「英雄? お前達西方の伝説に残る英雄ジークか?」
千年前の大帝国、ロマーノ帝国とかつて勢力を二分していた、歴史ある国がバブイールであり、大帝国ロマーノが崩壊する事に繋がった、英雄ジークの再来という情報に、アヴドゥルは激しい危機感を覚える。
「ふむ、話は分かった。情報が少なすぎるな、私からヴィトーに連絡しよう。何かあればお前に連絡する。その男の特徴は?」
「お前の国の人間のように、黒い瞳に黒い髪。そして、あのヴィトーが男の中の男とまで呼んでいた」
男の中の男。
奸計に富み、男気も持ち合わせる、自分が最も警戒する男であるヴィトーが、男の中の男とまで称した男に、アヴドゥルは興味を示す。
「アンリよ、もしかするとヴィトーめは、その英雄とやらに、取り込まれているかもわからんぞ?」
「ああ、その可能性はあるな。金と女しか目が向いてなかった奴が、男の中の男とまで称した男、ただ者ではない。ある意味魔女と化したエリザベス以上に厄介かもしれぬな。俺も探りを入れてみよう」
アンリとの通話を終えたアヴドゥルはその日の夕方、ヴィトーの居城、ヴィナーレ宮殿を通信用水晶玉で呼び出した。
「私は、バブイール王国のアヴドゥル・ビン・カリーフである。ヴィトー殿下に取次願いたいのだが?」
「は! 生憎とヴィトー様は……その……城下街に繰り出してしまい……今日中の応対は難しいかと」
城下町に気軽に行けるとは羨ましいと、アヴドゥルは思う。
バブイールは、王族でも千人を超す大所帯であり、権力闘争が激しく、城下町に出ようものなら、敵対する王族の暗殺者に命を狙われる危険性があるためだった。
そして、この通話にヴィトーが出なかったことが、結果的に勇者の陰謀がアヴドゥルに見破られることがなく、ロマーノ連合王国とシシリー島を救う事になる。
一方、ヴィトーはというと。
「いいねえ君、可愛いねえ。この前新開発した三線ってギターあってさー、君可愛いからちょっと宮殿まで来て、聞きに来なよ? ねえ、りかよ!」
城下町ロマーノで夜の相手を求め、町娘に声をかけながら、傭兵団たちとロマーノの街を練り歩く。
「ヴィトー様、宮殿で是非とも我が店のフルーツを」
「今食うから寄こしてくんない? ほれ、代金! 周りにいる奴らも食え!」
ヴィトーは、市場の青果店でリンゴを頬張り、ひとしきり食べたら、手に持った改良型ギター三線をひき、歌いながら町の大通りの真ん中を歩き出す。
「格子戸を♪ くぐりぬけ♪ 見上げる夕焼けの空に~誰が歌うのか子守歌♪ 私の城下町~♪ すーきだと云えずに~ 歩く川のほとりー♪」
自分が転生前に死ぬ前に覚えた、本土の歌を口ずさみ、ゆったりとしながらも、堂々とした姿に、道行く女性が思わず振り返り、子供たちが小躍りし、男達が歌を口ずさむ。
カリスマ性に溢れた若き王、アシバーのジローの魂が蘇った伊達男、それが今のヴィトーの姿。
「兄弟、俺ぁこの心優しい民草達を、この国を豊かにする。そしてマリーちゃんを絶対に振り向かせて見せるさ」
王子の一人が王として覚醒し、次回は交渉回