第194話 世界の明日を夢見た義賊 前編
私は当時の記憶を思い出し、それを言葉にする。
エムの攻撃でナーロッパ各地に甚大な被害が出て、私達は新たに仲間になった元ロレーヌ皇太子で、後に聖騎士と呼ばれるようになるフレッドと、歴戦の勇者だがスランプに陥り、人間状態になったヘラクレスことアルケイデスと人々の支援に乗り出した時だった。
エムの攻撃で、ナーロッパのあちこちの街が壊滅的な被害を受け、被災者を救い出してて、アルケイデスは瓦礫を物凄い勢いでどかして、瓦礫から見つけた人へ片っ端からポーションとか回復魔法を私達が使用するという形で実施。
多分、エムの攻撃の発端は自分だって意識があったから、スランプに陥り、当初は腐ってたアルケイデスも人を助けるのに必死だったんだろう。
けど先生、私の師匠勇者マサヨシは最初ヘラクレスのやる事なすことに、いちいち舌打ちするし、ロバートさんに至っては完全に無視してて、彼は仲間に入れてもらえず孤立していた。
当初は私とフレッドとしか話し相手がいなかったっけ。
「なるほど、僕の本来の適性はいわゆる“救世主“と呼ばれるものですか? アルケイデス」
「ふん、そうだ小僧。お前は見たところ、頭がキレるから本来は魔法使い向きだ。それと、この世界でも何度か命を落とすくらいの戦いや怪我でも復活しただろう? それが神の奇跡だ。救世主は神界から祝福されて奇跡が起きるからな」
このアルケイデスは、上級神ヘラクレスだったこともあり、勇者だとか救世主だとか賢者、それと強力な魔力や呪術を持つ、導師と呼ばれる人間の適性について詳しかったっけ。
「フレッドは救世主の適性があるようですが、私の適性は、どうでしょう」
「ん? あー小娘。お前は魔法使いの適性とヴァルキリー、神の戦士としての適性を持っている。見たところ賢さは少々あるが、どちらかと言うと戦士向きだ。女戦士と言えばアマゾネスを思い出すな、あの女共は強い戦士だった。俺のオスとしての力でアマゾネスのメス共を屈服させてやったがな」
傲慢の二文字で生きてきたアルケイデスは、性格に難ありで、自信たっぷりだったけど、今思えば彼の知識と傲慢さと勇者としての自信が、後に私達を助ける心強い精神的な主柱になったっけ。
一方、先生達はデリンジャーと深刻な話をしていたのを覚えている。
「ミスター、被災地で意図的にこいつがばら撒かれていた。被災地で活動する売春グループがこいつを」
ロバートさんは麻袋に入ってる、赤みがかかった岩塩のような結晶を皆に見せていた。
「……アヘンか? ロバート」
「ああ、ミスター。アヘンからさらにバージョンアップしたブツ。被災地で疲労に効く万能薬という名目で、麻薬がばら撒かれてやがる。成分を分析したら通常のヘロインを遥かに超えてて、中毒性が極めて高く、人間の潜在能力を引き出し、凶暴化させる恐ろしい何かだ。おそらく十中八九エムが裏で手を引いてやがるだろう」
先生とロバートさんは、販売ルートをしらみつぶしに子分の人を動員させ潰し、中毒者を保護してエルフの薬で治療するけど、ネズミ算式にどんどん中毒者が生まれて、とんでもない量と規模の、恐ろしい麻薬ファンタジアがナーロッパに広まっていた。
しかもこの麻薬ファンタジアはタチが悪いことに、人間の潜在能力を覚醒させ、中毒者が暴れ出すと通常の人間であっても超人のように変えてしまう代物。
この麻薬欲しさに殺人事件等の凶悪犯罪が激増する。
「こんな馬鹿げた量と中毒性が高い麻薬、製造元と卸元をぶっ叩かねえと、ヤク中が増えてキリがねえ。一体どこでこんな量を」
「シミーズ、それについてはジローがロマーノに帰ってきて、麻薬の出所を洗ってる。可能性として考えられるのは、ヒンダス、東ナージアの何処かと南アスティカ……っと?」
デリンジャーは、目眩がしたのか体をふらつかせる。
「お、おい大丈夫かよ」
「ミスター、やはり無理しない方がいい。特に、あのクレイジーキャノン、多用しすぎないほうが」
彼の体調に、明らかな異変が起きていた兆候だった。
あの時もう少し早く、彼を戦線から離脱させておけば……いや、言っても彼は戦い続けただろう。
彼はヒーローだったから。
龍さんとイワネツさん達は、ジッポンの現状について、魔法の水晶で報告を始める。
「清水、南ジッポンはまずい状況だ」
「ああ、麻薬の生産拠点ができてやがる。南ジッポンの奴らにも出回って、みんなヤク中になってやがった。ヘロインの亜種だけじゃねえ、コカインの一種も出回ってやがる」
私達は、エムの悪意に振り回されていた。
「それがしの幕府も、南軍に苦戦中です。奴らは防衛線を徐々に下げながら、南海道両備まで我が軍はおびき寄せられました。追撃した我が軍は、水軍によって進軍を阻まれた後、陸と海からの包囲網を敷かれております。農民に化けたハーンめらの一揆勢力に苦しめられ、強取した城も取り返され、兵站も燃やされて……正味な話、劣勢でござる。南側の将軍は戦術の天才でござるな」
マツ君、私の時代は松平家康と名乗った将軍が、戦術の天才と呼ばれた南ジッポン将軍の楠木正成率いる南軍と衝突する。
その後、敗走したふりを南軍側はとり、北朝幕府をわざと南朝領土深くに進撃させたそうだ。
北朝側はまんまとおびき寄せられたことで、ゲリラ戦とか兵站を狙われ、北軍側の出血を強いられるような泥沼の戦場にされてたみたいだった。
「チッ、クスノキに加えて、多分敵に厄介な参謀がついてやがる。マツ、俺の部下のタコを使え。奴は策謀にも長けて頭もキレる。前世は日本の戦国時代で武勇を誇った男だ」
「相わかり申した。憲長殿は?」
イワネツさんは、拳と拳をぶつけ合わせ、ニヤリと笑う。
「南側の首都ぶっ潰して戦争を終わらす」
私達が方針を固めていた時だった。
ロキの弟子を名乗る彼から私に直で連絡が来る。
「黄金堕天使? 個別のメールみたいなの来たけど、誰?」
黄金堕天使と名乗る彼は、エリの作った半グレチート7に属しており、ロキから私達への情報提供者でもあった。
彼の連絡により、一大生産拠点が南アスティカであることが判明し、エムはオーディンとも手を結び、麻薬生産の拠点がヴィクトリー王国、ヒンダス帝国、そしてジッポン南の琉奄諸島であることが判明する。
彼がなぜエリやエムから目をつけられず、情報提供者でいられたのは謎だけど、きっと水晶通信を生み出したのがロキだから、彼と私たちのやり取りを感知させないようにしたんだろう。
彼は私達と同年代で死んで、同じ時代に生きてたから、私達の身の上を正直に話したら、彼も私たちを信用してくれたみたいで、私やフレッドとも打ち解けることができた。
フレッド:そうなんだ、君もアニメとか好きだったのか?
黄金堕天使:まあな。ドラゴ●ボールとか超人気でさ、ワンピー●なんかも人気あったね、あとボ●テスVね
マリー:ワンピとか超なつい。ボ●テスVは知らないけど。私達、地球時代は同い年の2004年生まれだったんだね
フレッド:そうだね。マリーは16で死んだけど、僕は14の時に死んだから、マリーから聞いた伝染病、コロナだっけ? 時期的にかぶってないけど、どんな感じだったの?
黄金堕天使:コロナとかマジでやば杉内。俺の地元だったフィリピンでも外出禁止令とかでてた
マリー:そうだね、私も学校に行けなかったっけ。それでそっちのチート7とかいう組織はどうなってるの?
黄金堕天使:あいつらガキばっかで苦労知らずばっかなンだわ。世の中なめてるね。白薔薇は知恵が回るが、ロキ師匠も教育に苦労してる。あとエムってやつスパニッシュも話せるが、ラリってて薬ボケだし、天はイラつかせるガキだし、スカーレットは馬鹿だし、翡翠に至ってはサイコだし。まともなのがクロヌスって女しかいねえ
マリー:そうなんだ。君は、フィリピン出身なんだっけ? 何してたの?
黄金堕天使:マニラのギャングだよ。コピー品と麻薬売って食い繋いでた。あんたは?
マリー:私は東京出身で高校1年生してたけど、お父さんから殺された。
フレッド:僕は、アメリカ中西部ウィスコンシンって田舎の学生で、校内の銃撃事件で死んだ
黄金堕天使:マジか? 俺ら三人、前世で殺されてて草も生えねえ。東京って安全って聞いたがそうでもねえんだな。俺も死んだの16の時でさ、あの時はコロナでただでさえ世の中が殺気立ってたのを覚えてる。地元のギャングのパイセンが引きこもり拗らせて薬ボケになって、別の地区のギャングに撃ち込んだのがきっかけだった。俺もコカインとかキメてピストル忍ばせて抗争行ったけど、怖くてピストル撃てなくてさ。ヤク中になる前にギャング抜けようとしたら、姉貴レイプされて一緒に殺されたンだわ
彼もまた、魂に傷がついてこの世界に転生していた。
そして、彼の姉の転生後の姿が、ジョンの先祖にあたる、私の主治医のペチャラであることを知る。
黄金堕天使:金あったら姉貴と地元のトンド抜けて、川挟んで南側に行って、俺も学生とかやりたかったな。あ、そうだわ。前の俺の名でアンヘルディーナって名前のブランド品作ってんだ。ロキ師匠以外であそこで身バレしたくねえし、お前らとせっかく知り合ったから色々商売の話とかもしようぜ。あと今度うちの商品とか買ってくれよ。世界がやばくなって全然売れねンだわ
そんな感じで仲良くなって、私がエムの正体を教えると、彼はエムが扱ってる麻薬の生産拠点を教えてくれた。
彼もまた、貧困と麻薬を憎んだ人だった。
転生前の地元トンドに麻薬を送ってきたのが、米国西海岸とメキシコ一帯で影響力を持つエムだったからだ。
私は先生達に、その情報を伝える。
「ロキの野郎、何を考えてやがんだ。そもそもこの情報提供のガキ、信頼できるのかもわかんねえ」
「シミーズ、どっちみちナーロッパや世界を救うには、ヴィクトリー王国とルーシーランドをなんとかしねえとラチがあかねえ。それに東ナージアが予想以上にやべえ状況だ」
先生は考え込んだ後、ある決断をロバートさんと下す。
「イワネツの野郎も交えて、ロキの野郎と一旦手打ちにするしかねえ気がするな。エムのクソ野郎とオーディンのカス野郎に対処できねえ」
「同感だ兄弟。だが、あのロキのファック野郎信頼できねえ。信頼に足り得る確証が持てなきゃ、俺たちが奴にはめられる」
そう、ロキも悪神で、彼は自分の好奇心と楽しみのためならば、相手を貶めることを平気でしてくる性格最悪なやつだった。
そのロキの一派を説得するには、ロキが私たちに協力せざるを得ない状況にするのが絶対条件。
「というわけで露助野郎、おめえロキをこっち側に引き込む策はなんかあるか?」
「なんだクズ野郎、偉そうに上から物を言いやがって。策とか以前に、お前を先に殺すぞ」
「あ? んだコラ?」
先生とイワネツさんがお互い罵り合ってるなか、デリンジャーは何かを閃き打開策を打ち出す。
「そもそも、あのロキとかいう奴が復活した目的はなんだ?」
「ああ、それはあれだデリンジャー。この世界で家族と仲間達とよろしくやりてえのと、オーディンの始末だろうが……ハラショー、そういう事か」
「ああジョン、それにイワネツ、そういう事だな。交渉にはやつの家族と仲間の保証が条件となるだろう」
すると先生は唸りながら腕を組む。
「そうは言ってもよお、野郎は神界から重要手配くらってて、野郎の一派にも討伐命令が下ってる。まあ奴らの結束をぶっ潰す材料で、クロヌスをこっち側につける絵図描いてるが、それもティアマトとかいう女神復活させたもんだから、にっちもさっちもいかねえぜ」
すると話を盗み聞きしてたアルケイデスは、怒った顔をして先生に詰め寄る。
「何だと!? クロヌスを味方につけるだと!? ふざけるな! 奴はオリンポスを私物化し、反逆神の奴を討伐するのに多大な犠牲を払ったのだ。認められるかアホらしい!」
「なんだクズ野郎? この世界の救済は俺が命令されてんだ! 余計な因縁つけてくんじゃねえよボケ!」
先生とアルケイデスはお互いに睨み合いとなり、ロバートさんが咳払いしてイワネツさんと龍さんが映る水晶玉の方に向く。
「じゃあ、こうするしかあるまい。オーディン討伐の協力と、やつの家族と仲間の保証を確約する。ロキもエムが出てきた以上、手をこまねいている筈だ。エムはオーディンにも協力体制をとっているから、いつあの凶悪なエムから自分や家族が標的にされるか気が気じゃない筈。だからあのボーイを情報提供役として我々に送ってきた」
「ロバート君の言う通りだ。奴はオーディンの勢力に自分達が脅かされるのを内心よく思ってない筈。じゃなきゃ情報提供役なんか送ってこないだろう。あと、私的な話だが先程起業してな、虹龍国際公司を作った」
「おお、龍! お前会社作ったのか? 一口乗るぜ。起業したなら金がいるだろう? 出資金出してやるよ。みんなも出資してやろうぜ」
こうして私達の方針が決まる。
まずはロキ一派との休戦と協力体制できるための交渉を行うことだ。
「ヴァルキリー様、質問です。そのロキと呼ばれる存在、どうして我々の住む世界に」
「はい、ジョンソン記者。このロキは悪に染まった女神フレイアが呼び出した存在。神の世界で犯罪を犯して、神専用の牢獄に囚われていた犯罪者でした。彼は女神フレイアを利用して、大邪神の一柱であるオーディンへの復讐を企てていたんです。それと家族と仲間が安心して暮らせる世界を求めていた。続きをこれから話します」
黄金堕天使ことディーナにそのことを伝えると、ロキの方から私達の前に姿を現す。
「ふーん、やっぱり君、ジッポンにいなかったんだ。イワネツのやつ、契約違反してたでしょ?」
私達が救援中のフランソワに現れたロキは、私の姿を見てヘラヘラ笑い出し、先生が私を庇うように前に立つ。
「細けえ事はいいんだよ。おめえと手打ちにしてえ。おめえ裏切ったセトのやつも俺らが倒してやった」
「へー、セトのやつ殺ったの? あいつ結構強かったと思うんだけど、やるじゃんアースラ……じゃないよね君? 何者だお前?」
ロキは、先生の魂と同化したアースラがいない事に気が付き、私の方を見る。
「なるほど、アースラはそっちにいたのか。出てきてよ、久々に話をしたいな」
すると、私からアースラの魔力体が分離して姿を現す。
罪神になったロキを封印したのが、アースラ含む戦闘に特化した神々だったそうだ。
「それと、そっちはゼウスのやつの眷属か? 僕が刑務所送りになった関係者が勢揃いとはね」
「破滅神ロキ。かつて親父が複数がかりで戦わんと封印出来なかった悪神か。どおれ、俺の棍棒で」
ロキに詰め寄るアルケイデスに、先生とアースラが二人同時に裏拳をくらわせてその場に昏倒させる。
「はは、相変わらず手が早い。で? 僕になんの用?」
「久しぶりだなあ先輩よお、相変わらずチビのくせに凶悪なオーラしてやがる。要件はそこのマサヨシのガキが伝えることになってる」
「ふーん、彼は人間……いや逸脱者か。君の分身みたいなのと理解したが、要件教えてよ」
先生は、ロキに私達が考えた条件を出す。
一時休戦と仲間と家族の保護。
そしてオーディン討伐の共闘。
「僕にとっても悪い話じゃないっぽいけど、お前はそれでいいわけ? 僕に昔やられたクソ雑魚最上級神」
私と同化したヘイムダルも姿を現した。
「久しぶりだなロキ。ニブルヘルはどうだった?」
「うん、最低最悪な所だったよ。モンスターばっかだし、古代神同士で抗争とか起きてたし、不自由極まりなかったね」
「罪を悔い改める気になったか?」
ヘイムダルに、ロキは邪悪に満ちた顔で嗤い、彼の顔面をストレートパンチして思いっきり吹っ飛ばし、魂が融合した私も吹っ飛ばされる。
「きゃああああああああ」
「反省? なにそれ? 僕さ、あっちで瞑想とか筋トレしまくってて、アホ共に復讐したくてしょうがなかったんだ。ユグドラシルのクソッタレ共に」
憎悪で顔を歪めるロキの前に、先生は対峙する。
「なるほど、おめえそんなにカミさんをぶっ殺されたことにムカついていたわけかい? あと息子もオーディンにぶっ殺されたんだっけか?」
「ふふ、お前、やっぱりムカつく感じだよね。殺すよ?」
先生の話に、ロキはせせら笑うと魔力を一気に高めて、戦闘が始まった。
アースラの魂が先生に再び融合して、万全の状態になった先生とロキはフランソワ上空で一騎討ちを始め、支援に回った私ごと無間地獄の暗黒空間に飲み込まれ、激しい戦いが繰り広げられた。
ロキは、様々な神器を繰り出して先生を攻撃するけど、悉くかわされて阿修羅刀でダメージを受け続ける。
大魔王アースラの力は、対象から魔力を奪い取り己の魔力に変換できる力を持っていて、魔法使いタイプだったロキにとっては、相性最悪の相手だったと思う。
「……これはどうかな?」
「二度とくらうかボケ」
以前先生に与えたデバフを繰り出そうとロキも躍起だったが、隙も与えない猛攻でロキは反撃されていく。
私はバリアを張るのが精一杯で、先生とロキの戦いをただ見てるしかなく、ロキは万全の状態の先生の気迫と力に押されて、身体中切り傷だらけにされて、魔力を消耗して肩で息する。
「ククク……やはり前より強いか。スルトもなく、セトの不意打ちの傷も癒えてない中、君と戦うのは少し僕もなめすぎてたかもね」
先生はロキと戦闘になることも考慮してて、もしそうなった場合は、自分の力を示した上で、ロキとの交渉を有利に進めようとも考えていた。
私達の目的は、当初蘇った指定4類の神々の討伐から、世界を破滅に導こうとする、オーディンとエムへの対抗と討伐に目的が変わっていたためだ。
「気はすんだか? クソ野郎。おめえ、やっぱり自分の家族に対して未練ありありみてえだな」
「当たり前でしょ。父親や夫らしい事は何一つできなかったけど、家族を殺されてムカつかないやつなんている? いないよねえ」
「ま、そりゃあそうだわ。おっとそういや、おめえさんの息子、なんだっけかナルヴィだったか? 生きてるぞ」
再び先生を攻撃しようとしたロキの動きが、一瞬止まる。
「何それ? お前、でまかせ言うとぶっ殺しちゃうよ?」
「本当のことだ。馬の姿に変えられて、オーディンの軍馬にさせられてスレイプニルって名乗ってた。ヘルと共に、ジッポンでイワネツの野郎が保護してる」
「ふーん、あ、そう。オーディンのクソ野郎、僕の息子を馬に変えて軍馬としてコキ使ってたわけか。あいつやっぱ殺すしかないな」
オーディンの軍馬、スレイプニルの正体はロキの息子で、女神ヘルの兄神であることが、先生の調査で判明した。
証言したのはフレイで、オーディンが呪術で自分の軍馬としてロキの息子を馬に変えていたようだった。
「おめえのカミさんも、純粋な女神じゃねえだろ? 魔族出身だった。古の神々と敵対した魔界の女王シギュン。俺の親分は、昔魔界で大魔王しててよ、魔界を裏切った女王の話を俺に教えてくれたわけよ」
ロキの妻は魔族で、彼の子供達は巨神族と魔族のハーフであったそうだ。
女神ヘルは、神界法違反で神の力を失ったと当初思われていたが、彼女は神と巨人の力は残されてて、失ったのは魔族としての力であったという。
当時のロキは神と敵対する魔界の女王を悪知恵で籠絡し、表向き女王を殺したという事にしたことで、魔界の勢力を弱体化した功績により上級神になったようだ。
ロキは魔界から亡命した妻の身柄を匿い、オーディンの息子バルドルが命を落とす不幸な事件があったあと、それがオーディンにバレて殺されたのが真相だった。
「なるほど、全部神々にバレちゃってるわけか。で?」
自分の情報も、家族にまつわる話も全て先生に看破されたと悟ったロキは、先生と交渉する態度を見せ始める。
「俺が神々に、お前の娘二人も神として認めるよう掛け合ってやる。お前の仲間も神として復権できるようにな」
「お前にできんの? そんなこと」
ロキが先生を睨みつけるが、先生は不敵に笑う。
「俺に通せねえ話はねえ! 命、いや魂を賭けてやってもいいぜ? どうすんだロキさんよお」
ロキは先生の目を見ると、不敵に笑う。
「いいよ、それはそれで面白そうだ。できなきゃお前の魂を破滅においやる。あと、僕は好きにやりたいようにやるから。これが僕の条件だ」
「手打ちは成立だな。オーディンぶっ潰す段取り決まったら連絡してやる。それでいいな」
こうして私達とロキの休戦を成し遂げることができた。
ロキは表向き、エムに協力することと見せかけて、私達に裏で繋がるという裏取引を結ぶ。
ティアマトとクロヌスという化物じみた神々との戦闘も、一旦はこれで避けられるようにもなる。
そしてエリ、エリザベスの現状や黒騎士エドワードことアレクセイについても知ることができた。
「エリは、エムの思うがままに操られていると?」
「まあそうなるね妹ちゃん。エリザベスちゃんや仲間の子達の意識も、エドワードって僕のおもちゃも、破滅に向かうようエムから意識を乗っ取られている感じだ。国の実権もエドワードってのに握られてるね」
彼らは悪意を操られ、世界を破滅に導くためにオーディンとエムに利用されているようだった。
「僕はね破滅神なんか言われてるけど、僕を通さず好き勝手やってるエムってやつに、内心ムカついてるんだ。そしてあのエムってやつは自分で意図的にやってるか知らないけども、世界を破滅に導く悪意を持ってる」
「エムは何度も転生を繰り返し、地球世界で力と悪意を高め、精霊界の駒にされていたけど、その悪意は逆に精霊を破滅に導いていた。私も彼女の声を聞いたけど、悪意に満ちていたわ」
「ま、どんな経緯であんな化物が生まれたかは知らないけど、あれやばいよ。このままだと全ての世界を破滅させるだろうね。そんなことされるとさ、破滅神って呼ばれる僕の沽券にも関わるじゃん? 破滅神は二人といらない」
ロキは、自分こそが破滅神でエムのことは、自分の存在意義を失わせる存在として、やっぱりムカついてたようだった。
先生と私はロキとの裏取引を終えて、世界を救うため、オーディンとエムを倒すために、チームわけをした。
エムとオーディンの追撃を警戒しながら、アレクセイとエリザベスの拠点、ヴィクトリー王国を攻略するチームが私とフレッドの黄金薔薇騎士団とデリンジャーのフランソワとアルケイデス。
ルーシーランドとヒンダス帝国、旧チーノ一帯攻略は先生とロバートさんの組織。
ハーン対策とジッポン攻略はイワネツさんと龍さんが担当することとなり、ナーロッパの救護と守備は旧ノルドスカンザと、改心したマリア帝のロレーヌ皇国、そしてロマーノ帰還中のジローが担当する事となる。
「質問ですヴァルキリー様、そのエム、ミクトランと呼ばれた大邪神の目的は結局のところなんだったのですか?」
「ええ、ジョンソン記者。エムの目的は麻薬で得られる快楽と悪意の伝播、そしてこの世界の人々を麻薬と殺人で命を奪う事で得られるエネルギーで自己強化し、この世界とは別の地球世界で復讐するのが目的でした。その先にあるのは、全ての世界の破滅」
「デタラメだ! この女はヴァルキリーを偽ってデタラメを言って、歴史を歪めようとしてる。ミッテラン大統領、こんな小娘相手にする必要ありません」
歴史を歪めてるのは、復活したエムと、あんた達悪の権力者だろって言おうとしたけど、私は無視してヴィクトリー王国救済の話をし始めた。
あれは、冬の時期だった。
エムの攻撃で大量の土砂が舞い上がり、日照時間が短くなってナーロッパに大寒波が訪れていた寒い冬。
デリンジャーは言っていた。
「この戦いが終わったら……俺はスポーツを通じてより良い世界にしてえんだ。ベースボールとかやってさ、アスリートが輝いて子供達が楽しめる世の中にしてえんだ」
「きっとそう言う世の中になると思う。もう悲しい世界にならないためにも、この世界はきっと……今日よりも明日を求めるような世界に、きっと」
「うん、この世界の明日を目指して」
私は彼に応えてフレッドはデリンジャーに頷き、アルケイデスも豪快に笑いながら棍棒を左手に携える。
「オリンピックだ!」
「オリンピック?」
「そうだ、選ばれしアスリート達がスポーツを通して心身を向上させ、文化・国籍などさまざまな違いを乗り越え、友情、連帯感、フェアプレーの精神をもって、平和でよりよい世界の実現に貢献すること。それがオリンピア精神」
アルケイデスの言葉に、デリンジャーは不敵な笑みを浮かべて彼とハイタッチする。
「あんた、スーパーヒーローらしくなってきたじゃあねえか。行こう、明日の世界を目指して。延長10回裏、相手のリードだが俺達みんなで逆転しよう!」
私は自身の騎士団と騎士隊長にしたフレッドと、デリンジャー率いるフランソワ軍、同行したアルケイデスと一緒にドーハ海峡を渡り、ヴィクトリー解放の戦いを始める。
それが英雄デリンジャーの、最後の戦い。
巨悪に対峙したヒーローとしての彼の光と、世界を救う彼の魂が巨悪の陰謀を覆した戦いでもあった。
中編に続きます