第190話 恐怖の記憶 後編
ヒンダス帝国の帝都ラホルスでは、即位式典の軍事パレードのリハーサルが早朝より行われており、チーノ人民共和国で製造された戦車やミサイル車両、トラクターがラマール庭園の前を走り、太子宮殿のバルコニーに姿を現した皇太子にして、暫定後継者シャー・ラーオ・バッラールーシュが手を振る。
年齢は今年で25歳、フランソワのエリート養成学校グランゴールを首席で卒業後、国の実質的な指導者となった。
容姿はターバンを頭に巻き、黒いサングラスをかけ、口元にトレードマークの赤い女性物のスカーフをしており、このことから自国や周辺国から若き指導者、赤い閃光とも言われている。
ヒンダス帝国の歴史は、元は世界を創出した海神ニョルズが文明を作り上げたヒンダス文明時代から、女神フレイアを崇める勢力との戦国期を経て、その後女神フレイアを崇めるに至る数千年以上の歴史ある国家である。
300年以前は、中央ナージアの超大国バブイール王国とも深く繋がり、東ナージアの中核国として、チーノ大皇国、極東ジッポンと勢力を三分しており、ヒンダスは高い芸術文化を築き、東西の交易路の一つとなる。
彼の国の主な産業は、宝石類産出、化学関連製品、医薬品、シルク、麻、綿毛などの衣類品、そして食品保存にも用いられる香辛料や嗜好品の煙草や紅茶など。
その後の世界大戦期は、悪の帝国ハーンの脅威と、国内が最悪とも呼ばれた麻薬ファンタジアが蔓延して、厳格な身分制度社会が崩されて騒乱状態となり、麻薬禍で千年以上続く皇帝家、バッラールーシュ家が滅亡寸前に至ったとされた。
彼らを救ったのは彼らが崇拝した女神フレイアではなく、伝説の存在ヴァルキリーとその軍団であると伝説に残っている。
ヒンダスは、ヴァルキリーが生まれたナーロッパに恩義を感じ、その後も西欧と交流を深めていたが、ナーロッパ人は有色人種のナージア人を見下すようになり、人種間対立が燻る中で100年前に転機が訪れた。
遺伝子技術の発展により、この世界のヒトの遺伝子が解明されると、ナーロッパ人の祖の遺伝子は、バブイールとヒンダスなど中央ナージアから発生したアーリアン人と判明し、この事によりヒンダス人は民族的優位思考を西欧ナーロッパに抱くようになった。
我らこそが人類の文明の担い手、偉大なるアーリアン人であるという、民族的優位思想からくるナショナリズムが高まった超国家的思想とも呼ばれる、歪んだ愛国主義が高まる。
特に厳しい身分社会であるヒンダスにとって、最底辺の身分だった不可触民や被差別民にこの超国家思想が広まり、帝国軍にかつてないほどの志願者が殺到し、ヒンダス帝国は世界最大の陸軍を持つに至った。
これら人種の変遷の真相は、最初にこの世界のヒトを南アスティカにいた猿の一種へ神の因子を混ぜ合わせ、生み出したのはニョルズ神で、古代ヒト種文明の発祥地は数万年前のジッポン。
この古代ジッポン人をベースに、ニョルズは世界の文明の多様性を生むため、古代チーノ人と古代ヒンダス人を生み出す。
そして古代ヒンダスアーリアン人は中央ナージアで発展し、当時は原始的な社会だったナーロッパにヒンダス人の亜種である始祖ナーロッパ人が誕生。
ロマーノ帝国の前身、ロマーノ王国とカルロ王国、アテナイ都市国家郡が生まれ、これが後に南ナーロッパを支配したロマーノ帝国、現イリア共和国となった。
その後のナーロッパ人種は、女神フレイアの影響もあり、始祖ナーロッパ人とフレイ神が管轄する北欧ノルドの精霊人と混血した事で、現代のナーロッパ人になる。
ヒンダス人とチーノ人に関しては、遺伝学的に元は兄弟民族でもあったが、ヒンダスの民族的優位性を示すために、30年前にマリーゴールド財団を利用し、当時皇太子だったヒンダス皇帝シン・ラーオ・バッラールーシュと、虹龍国際公司がチーノ七カ国平等革命の音頭をとり、傀儡化。
財団が生み出したチーノ人民共和国の人類平等思想とは、ヒンダス同様に身分制度が厳しく貧富の差が激しいチーノに、社会平等主義という題目を唱えさせた、いわば富裕層への不満をかわす目的のガス抜き国家である。
世界各国にいる貧富の差に疑問を持つ思想家や、身分制度に反感を覚える不穏分子を巧みに誘導してチーノへ追いやり、財団がこれら不穏分子を管理することも目的とする。
こうして財団のコントロールに置かれた平等思想を持つ者達は、思想を誘導され、財団の意向に反する政府を崩すために利用される。
これとは別に皇帝シンは、父である先代ラー、初代マハラジャからある話を授けられていた。
「シンよ、皇太子よ。我らヒンダス皇族は、かつてのこの世界のヒトの始祖の一族、純血種の王の一族じゃ。ハーンに蹂躙され雑種ばかりとなったチーノをも支配し、我らがヒンダスの純血種が世界を支配する。財団を通じていずれはナーロッパの雑種共も、ジッポンも全て我らがヒンダスの手に」
「陛下、お任せあれ。我らヒンダス帝国に栄光を」
こうしてマリーゴールド財団の力を背景に、ヒンダスは世界統一のため財力と武力を蓄えつつあったが、10日前に財団理事会長エムより連絡が入る。
エム:今までご苦労様なんだマハラジャ。君もそろそろ歳なんだし後進に譲りなよ♪
マハラジャ:ご冗談を会長。私の後継者は若く、まだまだこの財団の理事を務めるには早いかと
皇帝シンが個別にエムとメッセージを交わし合い、侍従が手渡した麦酒を口に含むと、数分後激しい動悸と共に冷や汗が湧き、苦しみ出した。
麦酒に毒が盛られたのだ。
エム:具合悪そうだけどやっぱり歳だね君も。ねえ三代目マハラジャ? わたしね、実を言うと差別主義者は大っ嫌いなんだ
どうして自分が毒を盛られ、苦しむ様子が手に取るように会長に把握されているのだと、胸を抑えながら見上げた先に、ターバンを頭に巻き赤いスカーフを口元に巻き、水晶玉を手にした息子の姿を見る。
「陛下、これからの帝国は、会長命令で余が取り仕切ります。陛下、父上は退位……いや逝去なされよ」
「き、貴様……親である余に……」
「あなたは良き父であり皇帝だったが、エム会長の意にそぐわなかったのがいけなかったのだよ」
その場に突っ伏し、シンは崩御する。
こうしてシャーが皇帝となる即位式典が近日中に行われ、敬礼する兵士達に応えるため、皇帝であることを誇示するために優雅に手を振り続けた。
「ふふ、このパレード、余の即位式典のみならず、良いデモンストレーションになるだろう。チーノ人共に作らせた兵器は、ナーロッパよりコストパフォーマンスに優れる。これより戦乱が訪れるだろうジッポンや、東ライヒ一帯にも高値で売れるな」
「なるほど、それで武器を買わせて騒乱状態にして、植民地化。あとはお前んちの麻薬もばら撒いて、財団と一緒にボロ儲けするって寸法だろう?」
「ふむ、その通りだ。商いとは、常に二手三手先を読んで行うものだ……え!? なんだお前は?」
シャーの隣に、いつのまにか透明化の魔法を解除した、ダブルのスーツに身を包むイワネツが咥え煙草で佇み、魔法で火をつけると鼻から紫煙を吐きだす。
「お前、昨夜の記者会見を見てなかったのか? 勇者イワネツ様だよ阿呆」
「勇者イワネツだと? 目的はなんだ」
「それな、俺は言うなら女神から悪の軍団潰してこいって送り込まれたガ●ダムみてえなもんだ。お前、俺と俺の神の縄張りで、なめたことしようと考えているみてえだな?」
突如現れたイワネツに対し、シャーは首と目線で合図を送り、警護のスナイパー達に射殺せよと命じる。
その瞬間、大口径軍用ライフルが何発も放たれ、常人ならば頭が破裂するほどの威力だが、大口径ライフル弾が当たっても、イワネツの頭部に傷一つつかなかった。
「お前、こんな攻撃で俺が死ぬわけねえだろ? 勇者なめてんのかよピズダ」
咥え煙草のイワネツが、盾にするかのようにシャーの胸倉を掴みながら持ち上げると、バルコニーの手すりを蹴り壊し、地面まで10メートルの高さまで持ち上げると、シャーは足をバタつかせる。
「や、やめろぉ! この高さだと余が、余が大怪我が下手すると死んでしまう」
「あ゛? ぶっちゃけ俺はお前が死のうが怪我しようがどうでもいいんだよ。お前、俺やマリーの事をなめてんだろ?」
たしかにシャーは、伝説のヴァルキリーも所詮女だからどうにでもなるとタカを括っていたのは事実であり、ジッポンの英雄にして勇者イワネツなど、実在するかどうか疑わしい存在であったため、恐るに足りずと思い上がっていた。
しかし実際に相対して、凄まじい気迫と暴力性に恐れを抱き、なんとかその場を取り繕うとシャーは考える。
「金、金ならやる、女も、名声も。お前の欲しいものなんでも用意できる力を余は持っている。だから助けてくれ」
「そうか、じゃあそれは後でいただくとしよう。それでよお、なんで俺がわざわざこの世界に戻ってきたかわかるか?」
「?」
「わかんねえか。じゃあお前に教えてやる。それはな」
イワネツはシャーの胸倉をパッと離す。
「お前のような子悪党を滅ぼすためだ」
「ああああああああああああああああ」
悲鳴を上げながらバルコニーから落下し、シャーは両足と腰骨を折る重傷を負う。
「殿下ああああああ」
「あの賊を排除だ!」
「撃て、撃て」
皇太子宮にいた警備の兵士達が、次々にイワネツに自動小銃で銃撃するも全く効かず、痛みで呻き声をあげるシャーの側に、イワネツも飛び降りて着地する。
「あ゛あ゛ぁぁぁぁ痛い痛い痛い」
のたうち回るシャーを見たイワネツは、一瞬表情を変えて笑うと、空の注射器を取り出した。
「これくれえでピーピー泣きやがって。ほれ、痛み止めくれてやんよ」
イワネツは精製所から盗んだ粉を注射器に入れて、水魔法で中を満たしてシャーの静脈に注射した。
「痛みが引いてきたか?」
ヘロイン特有の神経を抑制する作用が起きて、シャーの脳内にいいしれぬ陶酔感がラッシュのようにやってくる。
「……引いた。これは一体」
「それな、お前がカンダバルで作ってたヘロインだよ」
「!?」
無表情のままイワネツが告げると、シャーは絶句し、曲がったサングラスの奥の瞳が涙目になる。
「お前はもう終わりだ。痛みはじきに消えるだろうが、一生麻薬中だ。ヘロインってのは一度ハマると抜け出せねえのよ。禁断症状がやべえからな、お前も知ってるだろ?」
「そ、そんな。余を麻薬漬けにいいいいいいい」
「お前のせいで麻薬漬けになった連中はごまんといただろう。自業自得だ阿呆め」
シャーを守るため、ヒンダスの陸軍精鋭の空挺コマンドーと対テロ特殊部隊クシャトリア、パレードで飛ぶ予定の空軍航空機や戦闘ヘリも上空に現れる。
「たかがこれだけの戦力で俺を殺そうとか、なめやがって。俺は歴戦の勇者イワネツだぞ?」
特殊部隊員が周囲を取り囲み、一斉にライフルを向けるが、イワネツは余裕で煙草の煙を吐き、吸殻を放り投げると、体内のチャクラを解放すると光輝き、ヒンダス帝国軍をオーラだけで圧倒する。
「こ、皇太子様をお守りしろ!」
「無礼者め! 我らはヒンダス帝国陸軍精鋭だぞ」
「対象にはライフルが効かん、バズーカを!」
黒づくめの特殊部隊が一斉にバズーカ砲を向けるが、イワネツは鼻で笑い、右手でかかってこいと手招きする隙に、シャーの身柄を特殊部隊員が確保した。
「来いよ、撃ってこい」
「殺せ! こいつを殺せえええ!」
挑発するイワネツに、シャーは怒り狂い抹殺命令を下す。
「了解! ファイア!!」
バズーカが一斉に火を噴き、辺り一面大爆発を起こす。
バズーカから発射されたのは、モンローノイマン効果を持つ成形炸薬弾、別名HEATとも呼ばれ、先端部が対象に接触すると、液体金属の超高速噴流が起き、これにより戦車や装甲車の装甲を貫通させ、炸薬が爆発する仕組みとなる。
「やったか!?」
爆発の煙は、イワネツが発するチャクラでかき消され、スーツとシャツがあとかたもなく燃えてしまったが、体には傷ひとつついておらず、両胸の襟骨に入れた盗賊の星の刺青が黒々と発色する。
「俺の女からプレゼントされた服が消えちまったじゃねえか。お前ら覚悟はできてるな?」
「ば、化け物だああああああ!」
「皇太子殿下をお連れしろ! 急げ!」
パレードに参加していた戦車砲の砲身がイワネツに向き、上空の戦闘機やヘリがミサイルを一斉にレーザー照射し、イワネツにロックオンする。
さらに高空の戦略攻撃衛星も、地上のイワネツの姿を確認し、太陽光パネルが電気のエネルギーに変換され、戦術高エネルギーレーザーをいつでも放てるようにした。
「敵を排除しろ! 我がヒンダス帝国の力を見せてやるのだ!」
「行くぞクソッタレ! この世界で子悪党が調子乗るのも終わりにしてやらあっ!」
イワネツは戦車隊に対して、肩幅に足を開き、ゆったりとリラックスして両手を下げ前をじっと見据えた。
「目標テロリスト。照準角良し!」
「装弾完了!」
「大隊長より各位、対榴……撃てぇ!」
戦車砲が発射されるも、イワネツは裏拳で砲弾を弾き飛ばし、一気に隊長車両まで間合いを詰める。
「え!?」
「Давай!」
大隊長戦車がイワネツのパンチを受けて吹っ飛び、ゴロゴロと横回転に転がってひっくり返り、キャタピラが虚しく空転した。
「ば、ば、化物だ! 戦車が!!」
戦車や装甲車がイワネツにちゃぶ台返しのようにひっくり返されて宙を舞い、サイボーグ兵士達も全く歯が立たず、イワネツに蹂躙される。
「至急、至急、航空隊!! こちら陸軍旅団長、援護を!! 航空支援願う!! 助けてくれ!!」
「首都防空91飛行隊了解。目標テロリスト、全弾発射せよ! フォックス2! フォックス3!」
赤外線誘導ミサイル次々と発射されるも、イワネツは上空を飛び、ミサイル郡を次々に蹴り飛ばし、回転するヘリのローターを掴む。
耳をつんざく異音がしたあとローターが停止し、ヘリは急速に落下し始めた。
「に、人間じゃない。墜落するううううう」
ヘリの搭乗員が一斉に脱出してパラシュートを開く中、イワネツは表情を変えないままローターに力を込めた。
「ちょうどいい得物が手に入ったぜ」
墜落するヘリのローターを、イワネツは素手で引きちぎり、全長8メートルの巨大なブレードにして、上空の戦闘ヘリや戦闘攻撃機を両断していく。
「オラオラ! 誰に喧嘩売ってるかわかってんのかよ犬畜生が!!」
「メーデー、メーデー、メーデー! 化物だ! 畜生、俺たちは化物を相手にしてる!!」
戦闘機がシャーの太子宮殿に落下し、轟音と共に宮殿が大炎上する。
「余の、余の宮殿がああああああああ」
輸送機から全身をサイボーグ化した空挺部隊が出現するも、パラシュート降下する兵士を、イワネツはローターをハリセンのようにして片っ端から空挺部隊を殴り飛ばし、その様子を報道ヘリがカメラに収めていく。
「VBCヒンダス特派員、ジェーン・ブラウンです! 現在、ヒンダス帝国首都ラホルスで、即位式典パレードが開かれるはずが、皇太子宮殿が燃えて、戦闘機が次々墜落! 何が起きてるか、これ以上は近づけないですが、更なる一報が分かり次第……!?」
報道ヘリのキャスターと空飛ぶイワネツは目が合い、イワネツはキャスターにウインクしながら、次々と上空の戦闘機を撃墜させていく。
「シャー殿下! 我が軍精鋭が歯が立ちません!」
「殺せえええええええ! 戦略衛星アグニと生物特殊兵器も投入! 切り札のガルダアーマーを出撃させよおおおおおお!」
ヘロインの効果でガンぎまりしたシャーの命令で、数分後宮殿近くの地下基地より、大型輸送ヘリ4機が牽引する、全長80メートルの人型機動兵器、ガルダアーマーが姿を現す。
黄金色の装甲に羽根のような飛行翼、可変式でマッハの速度で飛行が可能で、背中には6発のジェットスラスターと、両腕に大型の高周波ブレードを装備し、背中にはレールガンを装備した、無線操作も可能な大型機動兵器である。
「余が直接搭乗する! あの痴れ者を抹殺してくれるわああああああ!」
ヒンダス一美しいと言われる、ラマール庭園とラホルス宮殿周辺は、兵器の残骸がそこかしこに転がり、炎上する無残な状況になり果てる。
炎の中でイワネツはブレード代わりにしたヘリコプターのローターをその場に投げ捨てた。
「けっ、俺がこんな鉄屑共でやれるわけねえだろ」
イワネツが独り言ちると、バイオハザードマークが描かれた超大型カプセルが何個もパラシュートで降下して着地すると、中から体長3メートルを越す体躯に、鋭い牙を二本生やした虎がイワネツを見て吠え出す。
二足歩行をすると高さ4メートル以上、2トン近くの体重になる巨大熊なども出現する。
他にもプテラノドンのような人造ワイバーンや、肩高10メートルを超え、牙の長さだけでも4メートル、全長30メートル近い巨象も現れて雄叫びを上げた。
「なんだこりゃ、お次はサーカスかよ。見たところ魔力は感じねえから魔獣の類じゃなさそうだな。雑魚モンスター出してきやがって! やっぱり俺をなめてやがる」
異形の動物達は、遺伝子組み換え技術で凶暴性を高められた生物兵器、現代のニュートピアに蘇ったモンスター達でもあったが、魔獣ではなくあくまでも通常の生物の域を出ない。
「平伏せ! お座りだ!!」
イワネツが鬼の形相で怒鳴りつけると、モンスター達は自分達を圧倒するような恐るべきイワネツの強さを本能的に感じ取って、両足を地面につき頭を下げて服従のポーズをとった。
「生物兵器が、勝手に服従した」
「しかし皇太子殿下の命令」
「殺せ!」
ヒンダス兵が命令すると、悲痛な咆哮を上げてモンスター達がイワネツに飛びかかるが、サーベルタイガーも、大クリズリーも一撃で殴り殺され、急降下してきたワイバーンは首をへし折られる。
イワネツを踏み潰そうとしてきたナウマン像は、サッカーのジャンピングヘッドのような頭突きで頭蓋を粉砕されて戦闘不能にされた。
「生き物達の命を弄びやがって! ぶち殺すぞお前ら!」
一匹で数100人を殺傷できる生物兵器の群れも、イワネツに通用せず、ヒンダス帝国軍特殊機械化大隊クシャトリアは、圧倒的な力を持つイワネツに、勝てないまでも一矢報いようと高周波サーベルを抜く。
「我らクシャトリアの意地を見よ!」
「ヒンダス帝国軍に栄光あれ!!」
一方、ヒンダス帝国軍司令部は、突如現れた勇者により、皇太子が負傷したことで混乱状況になり、招集された帝国大臣達や将軍達は緊急通信の内容で半ばパニックに陥いっていた。
「軍事詔書閣下、パレード参加予定の陸軍戦車大隊が壊滅。戦闘車両50輌が大破し、戦闘ヘリコブラ20機も大破。スペシャルコマンドー、クシャトリア並び空挺コマンドー奮戦するも、劣勢。空軍戦闘機デジャス30機及び爆撃機マルートも4機撃墜されました」
「皇太子殿下の命令で、秘匿兵器が投入されるも我が軍は劣勢。信じられないことに、敵勢力は勇者イワネツと名乗る男のみであると」
「皇太子宮は爆発炎上! 皇太子殿下は退避されるも、冷静さを欠いており、御自ら機動兵器ガルダアーマーへ搭乗されるとのことです」
「偵察ドローンから映像が、ご覧ください」
高周波で振動する半月刀を掲げた全身サイボーグ部隊もイワネツに立ち向かうが、イワネツは両手を広げて回転し始める。
「うおりゃあああダブルラリアット!」
サイボーグ達は、次々と腕を引きちぎられるか、または殴り飛ばされる。
「ぎゃあああああ鬼だあああ」
「いやそんな生やさしいもんじゃない!」
「魔王だあああああああ!」
すると上空が一瞬ピカっと光ると、軍事戦略衛星からレーザーが照射されて、イワネツとその周囲をギガワット級の光熱で焼き尽くす。
「ぎゃあああああ」
「衛星レーザーだあああ」
「まだ我々も戦場にいるのにいいい」
サイボーグ達の鋼鉄の体が溶け出す惨状となるが、イワネツはジロリと空を見上げて、舌打ちした。
「ざけやがって、俺の頭が紫外線で禿げたらどうすんだよ。女共口説けなくなるだろうクソが!」
戦闘不能になった戦車の砲を素手で引きちぎり、チャクラを込めて空に向かって槍投げのように投げ飛ばす。
光の矢のように白熱する、戦車砲の砲身が空に吸い込まれた後、上空がピカっと一瞬光った瞬間、ヒンダス帝国宇宙軍の戦略衛星の位置情報がレーダーから消え去った。
映像を見た将校や軍務詔書は、頭を抱えて絶望する。
「我らが先祖を救ってくださったヴァルキリー様が復活し、悪は滅べとおっしゃられた。そして我がヒンダスに、伝説の勇者イワネツが現れた以上、我らは……」
「閣下、シャー殿下が討ち取られた場合や、失脚した場合も考えなければなりませぬな。シャー殿下の妹君であらせられるアイラ姫殿下は幼い……」
「左様、もっとも我らが大ヒンダスが、ヴァルキリー様に許していただけたらの話だが……神よ、先祖をお救いくださったヴァルキリー様よ、我らヒンダスを許したまえ……」
大臣達も軍の将軍も、これ以上皇太子を援護しないと非情な決断を下す。
なぜならば、手段や理由はどうあれ軍や国民に超国家主義を広め、ヒンダスの国威高揚に尽力した皇帝シンは絶大な尊敬を集めていたが、そのシンを暗殺した疑惑があるシャーを、これ以上庇い立てする理由も、義理も彼らになかったためだ。
戦略衛星を無効化し、サイボーグ部隊を倒したイワネツの前に、大臣達や将軍から見切りをつけられたシャーが搭乗するガルダアーマーが現れて、スラスターを全開にして高周波ブレードでイワネツに切り付けてくる。
「シャーのくせに金ピカのロボ乗りやがって。いやスーパーロボ●ト大戦で、確か百式とかいうロボがいたっけか。まあいい、面倒くせえ!」
イワネツは片手で受け止めて、巨大なガルダアーマーを思いっきり蹴り上げた。
「余は愚民共を統べる世界を支配する一人、赤き閃光と呼ばれしシャー・ラーオ・バッラールーシュだぞ! 死んでしまえええええ!」
ガルダアーマーは空中で機体を立て直して音速で宙を飛び、レールガンによる攻撃や、ミサイルポッドから大量のミサイル、機銃掃射を地上のイワネツに向けて撃ち込む。
しかし体に傷一つつけられず、イワネツは地面に唾を吐く。
「ば、馬鹿な、直撃のはずだ」
シャーは、圧倒的なイワネツの力に心が屈し始め、一方のイワネツは期待外れの攻撃に飽き始めていた。
「当たってもどうというほどでもねえな」
音速で上空を飛び回るガルダアーマーに、イワネツは両手を突き出し、真言を唱えて魔力を高めた。
「オンバザラ、タラマキリクソワカ、ブルムハットフーン……」
ガルダアーマーは兵器を全て撃ち果たし、無線誘導で体当たりを敢行しようとする。
「殿下、急ぎ脱出準備を!」
「ええぃ! 勇者とは化物か。だがただではやられんぞ。このガルダアーマーの重さは200トン、これに音速の数倍の速度を加え、押し潰してやるわああああああ」
脱出ポッドが飛び出して、無線誘導で飛行形態になってガルダアーマーは地上のイワネツに突っ込むが、魔力とチャクラをチャージしたイワネツのオーラが7色に輝き、光の柱になった。
「な!? 何の光!?」
「吹っ飛べクソ野郎! 金剛光極!!」
チャクラのエネルギー波が熱と風と光に変わり、機動兵器ガルダアーマーを貫通した後、上空で木っ端微塵に吹き飛ぶ。
爆発は特大の花火のようになり、ヒンダス上空で7色に輝き、見ている人々を魅了する。
イワネツは脱出ポッドを追って市街地へ赴くと、1千万人都市の帝都ラホルス大通り公園に、パラシュート付きの脱出ポッドがゆっくり降下していった。
「ふん、脱出しやがったか。まあいい、生きていた方が利用価値が上がる」
周囲には地元の帝国テレビと海外特派員の報道記者やカメラマン、野次馬が集まりだし、イワネツは人だかりを押し退けて、降下してきた脱出ポッドの扉を素手でこじ開けた。
「うむ、苦しゅうない。余はシャーである……げっ!?」
「ようクズ野郎、ドーブラエ・ウートラ」
イワネツはシャーの襟首を左手で掴み、上背があるシャーの体を持ち上げる。
「た、たすけて神様! 化物だ! どうか余をお助けっ!」
「あ゛あぁ? その神に遣わされた勇者が俺だこの野郎」
右手でイワネツがシャーをビンタすると、曲がったサングラスと真っ赤なスカーフが吹っ飛ぶ。
「ちょうどいい、集まった市民や記者共、皇太子様がお前らに伝えたい事があるらしいぞ」
イワネツは集まったテレビカメラの前にシャーを放り投げた。
「な、なぜ余がこんな目に」
「なぜだとこの野郎!」
カメラの前でシャーはイワネツに殴る蹴るされ、その様子が外国人特派員により、ヒンダスのみならず全世界で中継される。
「お前が麻薬組織、黒手会の黒幕の一人で、世界中で麻薬ばら撒いてんだろうが!! 大勢の人々を食い物にしやがって! お前この野郎、この場で死ぬか? 人でなしが!!」
「うぎゃああああああ! お助けええええええ! 悪魔だああああああああ!」
ヒンダス帝国皇太子シャー・ラーオ・バッラールーシュは、イワネツに頭を叩かれながら、テレビカメラの前で全てを自白する。
世界で蔓延する麻薬組織の正体は、財団傀儡国のチーノ人民共和国と、世界的な大企業の虹龍国際公司、そしてヒンダス帝国の国家事業で、背後にいるのはマリーゴールド財団あると。
「魚は頭から腐るとはよく言ったもんだ。この世界の支配者層に言っておくぞ、腐った魚の頭は野良猫も食わねえ。それによう……」
イワネツはシャーの頭を思いっきり叩くとターバンが飛び、シャーはヘロインの効果が切れ、若くして禿げ上がった頭を晒して泣き叫ぶ。
「Заставь дурака Богу молиться, так он себе и лоб расшибет! 馬鹿に祈祷をやらせると自分の頭を怪我するって意味だハゲ!! 俺が勇者イワネツだ!! 俺とヴァルキリーマリーをなめやがった奴はぶっ殺す!! 覚えとけ!!」
群衆や報道陣は、ヒンダス皇太子が無様を晒し、皇太子宮殿が燃やされ、戦闘兵器が鉄屑にされたのを目の当たりにした事で、人智を超えし勇者の力に恐怖し始める。
「そういうわけだ。処刑の時間だゴミ野郎」
イワネツの全身から溢れ出るチャクラを発すると、シャーは悲鳴を上げた。
「お願いします、何でもしますので命だけはお助けください! どうか!」
両手を地面についたシャーの命乞いに、イワネツは無表情にその場でうんこ座りした。
「なんでもすんのか?」
「はい!」
イワネツは、自分のような盗賊になんでもするという言葉は禁句だとほくそ笑む。
「そうか、お前はいいやつだなシャー。じゃあお前皇太子やめろ。それで、お前の持ってる個人銀行口座を俺の名義にしろ。有り金を全部寄越せ」
「え゛?」
古今東西、盗賊に命乞いをし、何でもするという文言は、全てを差し出すという意味と同じである。
「なんだ? 何でもするんじゃねえのか? しょうがねえ、じゃあ、金はいらねえからお前の命を強奪するぜ」
「ひええええええええ! お助けえええええ! 言う通りにしますんで命だけはああああああ」
こうして世界に再び恐怖が蘇る。
一騎当千にしてヴァルキリーに導かれし最強のサムライ、大邪神と呼ばれしエムやオーディンすら怯えさせ、ジッポンで魔王とも呼ばれた勇者イワネツの恐怖を。
若き虹龍国際公司社長にして、マリーク首長国連邦首長アリー・ビン・ザイード・ナイーフ35歳は、朝のニュース生放送で、人智を超えし力を目の当たりにし、ガタガタと恐怖に震える。
「共犯者の虹龍国際公司社長、アリー・ビン・ザーイド・ナイーフ、次はお前だクソ野郎。金か命かどちらかを差し出せ」
テレビ越しに、シベリア永久凍土のような凍てつく脅迫を受けたアリー社長は、あまりの恐怖で泡を吹いて卒倒した。
次回は主人公の視点でお送りいたします