表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
最終章 召喚術師マリーの英雄伝
194/311

第189話 恐怖の記憶 前編

 マリーは食事の後、与えられた自室で、イワネツも交えてマリーオとジッポンの世界会議に向けて入念な打ち合わせと、財団理事の麻薬部門について情報を聞き出す。


「なるほど、ヒンダス帝国のマハラジャという理事がヘロインを製造しているのね」


「カレー屋みてえな名前しやがって阿呆(アショール)め。なんかこいつ、マリーの事を麻薬漬けにしちまうとか言ってやがるぞ?」


「いい度胸してるわね。最初に潰した方がいいかもしれないわ。しかし麻薬がまだこの世界で猛威をふるってるなんて」


 ヴァルキリーとイワネツの静かな怒りに、マフィーオの首領にしてシシリー国王、マリーオは怯えながら同席していた。


「マリーオ、あなたはマハラジャについて心当たりは?」


「おそらくは、ヒンダス帝国の皇族の誰かと思われます。このマハラジャは、ついこの間、代替わりしてまして、今のマハラジャは3代目です、はい」


 マリーは300年前を思い出す。


 自身の師匠であるマサヨシの組織が、ヒンダスに乗り込み、麻薬組織化したジューの貴族勢力を拉致し、アヘン畑を片っ端から燃やして回る。


 ヴィクトリーの麻薬で植民地化されそうだった当時のヒンダス王バナージー・ラーオ・バッラールーシュは、感謝の証として二度とヒンダスで麻薬を作らせないことを約束したのだ。


「300年前の最悪の麻薬ファンタジア。この世界ではもう作れないだろうけど、あれによって疲弊したナーロッパでは数千万人単位で中毒者を出し、悪意が伝染して世界中が麻薬欲しさの騒乱になってしまった」


「ああ、当時の八州武士団やハーン共もみんな麻薬(ヤク)キメてかかってきやがった。あれはオーディンのワルキューレ達がしてきた狂戦士化と同様、戦闘の高揚感を生み出し、痛みも感じねえブツだった。俺がこういうのもなんだが、怖かったぜ。そして俺の前世の罪の意識を抉られた」


 イワネツは、八州武士団との死闘を思い出す。


 博田湾を手中に収め、ハーンの海軍を壊滅させたイワネツに、南ジッポン西都を守護する日向守の武士団、防人だったハヤテ族の血が濃い日宇雅守の嶋津家は、機動力と勇猛さで知られる武将、修羅の異名を持つ北畑秋家と共に福丘平野にて布陣。


 この両家の軍師についたのは、イワネツをして厄介と言わしめた松長弾正忠秀久に加え、征夷大将軍の楠木正成が水晶玉通信で全軍指揮をとる戦場で、イワネツは大いに苦戦し、精神を揺さぶれられ極限まで追い込まれる形となった。


「あの時は、南側を楽に潰せると思ったが考えが甘かった。奴ら八州南端の鹿児嶋、前野浜を魔法で地形変えやがって、大陸から戦略物資を運び出せるようにしやがったんだ。そしてヒンダスからヘロインが鎮静剤代わりに大量に入ってきて、人間に擬態したエムの手下の魔人も、琉庵島を征服してて、コカインを南朝に入れてやがった」


「なるほど、手傷を負ったらヘロインを薄めたモルヒネのような鎮痛剤で使い、攻撃する時は興奮作用のあるコカインを摂取して来たと」


「ああ、そしてあのファンタジアだ。再開した南北戦争は地獄よりも酷かった。襲ってくる奴らのほとんどが薬中よ。入れ知恵してたのは、エムと繋がってたハーン側の軍医だった。あの時は、俺の前世の悪行がまとめて襲い掛かって来たかのようなよ。あれは……試練だったかもしれねえな、俺自身の業の」


 イワネツは、博田を拠点にして福丘平野で死を顧みない八州武士団と戦闘状態に陥った事を思い出す。


ーー300年前


「さあて、シューティングゲームの次は、ウォーシュミレーションゲームか。もっとも敵のフェイズなんか与えねえ、ずっと俺のターンよ。コ●エー三國志シリーズで呂布使って無双するようなもんだ」


 巨大な太刀や戦斧を持つ嶋津の兵達が、目を血走らせて一斉に襲い掛かるが、金属バットのようなアマノムラクモを装備するイワネツに片っ端から殴り飛ばされる。


「性懲りも無く正面から来やがって! オラオラどうした! 張り合いがねえぞ!」


 瞬く間に嶋津の兵達が引き下がり、イワネツは福丘平野を暴力で制圧していくが、築紫山地一帯で異変を感じる。


「おかしいな、奴ら張り合いが無さすぎる。前回の南北戦争の時ならば、こんなに早く奴らは引き下がらなかった筈だ。何かがおかしい」


 すると、水晶玉に龍ことアヴドゥルから連絡が入った。


「私だ! 今どこだ!?」


「おう、片っ端から八州の武士共をボコボコにしてやってるぜ。そっちの博田はどうだ?」


「こっちは、可悪(クソ)! おそらくは瞞天過海の計略だ。お前は単身で敵の奥深くにおびき寄せられている! こっちの博田は竜に乗った武士団が出現し、港は火の海だ! 奴らこの港を放棄するつもりだぞ」


 イワネツは、一瞬苦虫を噛み潰したような表情になり、自分と龍が分断されて集中攻撃を受けていた事に気がつく。


「龍、お前は一旦空に引いて退避しろ。俺も一旦お前のところに戻って……!?」


 ススキが埋め尽くす高原から、一斉に攻撃魔法や火矢がイワネツに向けて放たれ、伏兵達が次々とイワネツへ白兵戦法で挑みかかる。


「クソが! 小癪な真似しやがって!」


 宙を飛んでやり過ごそうとすると、上空には無数の軍竜に跨る武士団が出現し、地上から上空のイワネツに対して矢と魔法が一斉に放たれた。


「チッ、こいつら頭使いやがったな」


 すると大鎧を着た武者に後ろから切りつけられ、イワネツはカウンターで裏拳を放つも、風の魔法を駆使した小鬼のような顔の武者に避けられる。


「クックック、従三位北畑修羅推参! おどれも今日で終わりや、悪鬼め」


 修羅は太刀を振るうと、空間そのものを切り裂くような風の斬撃を次々と繰り出し、上空の軍竜から一斉に炎のブレスが放たれた。


「クソが! それくれえで俺を殺せるわけねえだろ阿呆(アショール)!!」


 体勢を整えようとするイワネツに、今度は褌一丁の毛深い武士が、軍竜から飛び降りて、巨大な大槌でイワネツの頭部を強打し、地面に叩き落とす。


「さすがやで、嶋津最強の武士が一人。嶋津中務よ」


「修羅どんとオイがおれば、魔王憲長といえど手傷ば負う。釣り野伏は成功し、後は松永どんの策が通り」


「せや、ここがおどれの死に場所や、悪鬼憲長。鉄砲隊、いてまえ!」


 イワネツの落下地点に、ススキの中から現れた鉄砲隊が、次々と魔力銃多根が島が打ち込まれ、着実にダメージを与えていく。


「チィ! この野郎ら甘くみてた」


 ススキの中に咄嗟に身を隠すイワネツだが、その時ススキの原で焦げ臭さを感じ取る。


「まさか野郎ら火を放ちやがった!」


 ススキの原上空を包囲した軍竜が、一斉に地上に向けて炎のブレスを吐き、刺激臭と一酸化炭素が発生したことから、イワネツはたまらず地面に伏せると、今度は油の匂いもうっすら嗅ぎ取った。


「野郎ら、俺を着実にぶっ殺す気か」


 地面が一気に燃え上がり、イワネツは七色鉱石の魔力銃を、PKP ペチェネグ軽機関銃に変えて、上空の軍竜を迎撃し、ススキ野原からいきなり飛び出して斬りつけてくる嶋津の武士を倒すも、煙で行動と視界が制限されて追い込まれていく。


「クソ! 炎の中に突っ込んで来るとは、八州の奴ら気合が入ってるじゃねえか! ん?」


 倒した嶋津兵の見開かれた目をイワネツが見ると、交感神経が刺激された状態、瞳孔が不自然に開く興奮作用のある薬物を投与された状態であると気がつく。


「や、野郎ら! クリスタルメスかコカインかわかんねえが、薬物(ヤク)キメてやがる!?」


 山道に飛び出したイワネツは、九頭龍ドラクロアの龍化の術を使い、防御力を高めた状態で走り抜ける。


「修羅どん、これしきで死ぬような男やなか。時間ば稼いで着実にあいつん首を獲っど」


「おうよ、単騎で来るとはワイら舐めおって。おっと、松永弾正忠からの通信や」


 イワネツを追い込んだ軍師松永から、北畑に通信が入る。


「せや、今のところお主の思うように進んどるで。後方は火をつけたさかい、予定通り進行方向は築後川の例の場所。これにて足止めは成功や」


 山道を抜けたイワネツは、築後川辺りの宝山の築後15城と呼ばれる、自身が打ち取った大鳥の本拠地の城下町まで追い込まれる。


 広大な城下町に追い込まれ、人気のない街をイワネツは周囲を見渡し観察する。


ーーまるでソ連の戦略都市のチュクチだな。住民を蔑ろにして、戦略物資を得るためだけの閉鎖都市。陰鬱で、町の空気が死んでやがる


 ただならぬ空気を感じたイワネツは、鉄と薬品の匂いがする重苦しい街並みの居住区の長屋に入り、住民のハヤテ族に金を渡して身を隠す。


ーーさて、まずは体勢の立て直しだ。こういう状況になったのは一度や二度じゃねえ。民警(チェーカー)や敵対する盗賊組織(ブラトノイ)に追い込まれて、郊外に身をかわした事だって何度もあった。まずは体力を回復する時間と、機を待つ。おそらく敵の南朝は俺が退く事も、前に進む事も想定しているだろう。


 イワネツは、懐からポーションに浸したオトギリソウを傷口に塗りつけて傷を癒す。


「チィ、染みるな。痛み止めのモルヒネなんかがあればいいんだが」


 すると、長屋の子供達が薬瓶を渡す。


「痛いの痛いの飛んでいけ薬」

「お侍さんがこの街に集めてる」


 イワネツは薬瓶を手に渡され、中身を嗅ぐ。


 すると粗悪品のヘロイン特有のアンモニア臭がして、それが南朝各地で独自で作られる麻薬であると理解し、子供達の目もよく見ると中毒者特有の目、虹彩の光が無くなり瞳孔が拡大していた。


「母様もこれで痛いの痛いの治ったの」


 子供達が指差す納屋にイワネツが赴くと、目の光を失い、口から涎、鼻から水を垂れ流し、恍惚の表情を浮かべる女の姿を見る。


 この築後15城は南朝側の麻薬を完成させる実験都市で、イワネツが当初考えていたヘロイン造りを、南朝も目論んでいたのだ。 


「母様痛いのなくなった」

「お侍さんから勧められて助かった」

「もう母様苦しむ事なくなった」


 イワネツは目に涙を溜めオーラが体から溢れ出る。


 すると子供達は薬瓶を持ちながら、イワネツを見て困惑し始めた時、上空に南朝の軍竜が多数現れ、次々に魔力と爆薬を込めた大型の壺を投下していき、イワネツがいた城下町に隠されていた火薬と薬品に誘爆し、子供達もろとも木っ端微塵に吹き飛ばす。


「うおおおおおおおおおおお!」


 イワネツは、雄叫びをあげてバサラの姿を解放して周囲が光に包まれるも、爆発の影響で活火山だった啊蘇山の地脈も連動し、大轟音と共に街からマグマが噴き出して水蒸気と反応して水蒸気爆発を起こし、広範囲が吹き飛んだ。


 その噴煙は高度1万5千メートルまで及び、硫黄の匂いと共に軍竜に跨る八州の武士団が歓喜する。


「よっしゃあ! 松永の目論み通りや! ここまでやればあの悪鬼も木っ端微塵やろ」


「民の犠牲もありもうした、合掌ばい!」


 八州の武士団は勝利を確信するも、強烈なオーラと魔力の奔流、そして怒りの波動を感じた。


 バサラ化して宙に浮き、目に涙を浮かべた勇者イワネツの姿に、八州の武士団は恐怖のあまり硬直する。


「お前らは……手をつけちゃいけねえ領域まで踏み込んだ! もうこんな事なんざジッポンでさせねえぞ!! 犬畜生(スーカー)ああああああ!!」


 人智を完全に超えたイワネツに、八州武士団は総出でかかるも、イワネツは両手に込めたオーラを圧縮した光の奔流を放つ。


金剛光極(ヴァジュラヴァーニ)


 一撃で南朝の切込隊長の北畑に大ダメージを与え、多くの武士団が戦闘不能にされる中、大槌を装備した嶋津中務家悠は、ハーンの従医ノクセク・ソニンがエムの助言で生み出した、試作品が入ったガラス瓶を飲み干す。


「北畠どん」

「おう中務」


 すると、ただでさえ古代ドワーフの血を色濃く受け継ぐ屈強なハヤテの戦士、嶋津家悠の肉体がバンプアップし、赤い瞳は狂気の色に変わり、痛みも恐怖も感じない戦士へと変貌する。


 左手を失う重傷を負った北畑も、嶋津家悠と共にファンタジアを服用すると、金属製大鎧が爆ぜて筋骨隆々の肉体を晒し、太刀を片手上段に構える。 


 精霊や神の血を元にした魔界の麻薬、アリムタをさらにヘロインの成分、オピオイドを合成した最悪の麻薬、ファンタジアの試作品だった。 


「ハッハー! 生きる喜びと戦いの喜び、存分に感っずわ」


「ぶっ殺したる! 首獲ったるでえええええ憲長!!」


 北畑が一気に間合いを詰めて太刀をイワネツに振り下ろしてきたのを、左のパイルバンカーで受け止めたが、鈍い音と共に左の上腕骨が折れた。


「!? 神器で防御した筈!? ただの麻薬(ヤク)じゃねえ、力のタガが完全に外れてパワーアップした!?」


「死ねやああああああ!」


 2撃目をイワネツはアマノムラクモで弾き、左拳を北畑の顔面に叩き込み、パイルバンカーのギミックを発動させる。


「お前が死ね」


 杭が北畑の頭部を吹き飛ばすも、最後の気力を振り絞った3撃目の北畑の太刀が、イワネツの左肩を切り裂き、ダメージを与える。


「北畑どん、お見事でごわした。おいが相手じゃ憲長! ハーンから譲り受けし、最新の戦闘薬ふぁんたじあの効果、存分に血脈に染み渡り候! 嶋津中務家悠、推して参る!!」


 嶋津からファンタジアの名を聞いたイワネツは、顔を歪めて舌打ちした。


「そうか……裏を引いてやがるのはエム、お前か。このジッポンをぶっ壊す気だな馬鹿野郎(ブリャーチ)!!」


 ファンタジアにより、格段に肉体と魔力のパフォーマンスが向上した嶋津はイワネツは上空で一騎討ちを行う。


「チェストオオオオオオオオオ!!」


 フルスイングしてくる嶋津の大槌を、アマノムラクモで真正面から受け止めて、本来ならば致命傷のはずの一撃を頭部に与える。


「ぬうりゃああああああ!」


 しかし致命傷だったはずの一撃も、フェンタニルの回復力で軽減され、イワネツは大槌で顔面を殴打された。


 このフェンタニルの特徴は、魔力で精製されたポーションの効果をもつため、服用した対象が手傷を負ったら自動的に傷を癒やし、苦痛分の快楽を生じさせる点が挙げられる。


 そしてこの作用はエムを通じて、オーディンが生み出したヴァルハラの戦士の魂(エインヘリャル)と同化し、文字通り戦乱の申し子となるのだ。


「うはははは、やっぱい戦はよかねぇ! ゾクゾクすっわ! オイらハヤテにとって戦こそ喜び!!」


「こんな……こんな戦争、何が面白い! 麻薬も戦乱も弱い奴らを犠牲にする愚かな行い(グループィ)!! 楽しくもなんともねえ!!」


 地上で噴煙と溶岩が噴き出す中、アマノムラクモを背負い、今度はパイルバンカーを装備したイワネツが、嶋津家悠に次々と魔力を込めた拳を叩き込むが、何度攻撃を繰り出しても、致命傷を与えられない状況に、イワネツはわずかではあったが恐怖する。


 元来スラヴ人は、脳が恐怖や不安を感じ取るセロトニントランスポーター遺伝子が、他の西欧人種より、やや欠如しているという説がある。


 このためなのか、普段恐怖をほぼ感じないイワネツではあったが、僅かばかりの恐怖が、瞬間的にパニックに陥らせ、反応が鈍くなり、嶋津の攻撃をモロにくらいダメージを受け続ける。 


 パニックが生じたイワネツは、本来のパフォーマンスが低下して、それを彼は自分の心の弱さであると感じる。


「チェストオオオオオオオオオ!」


 フェンタニルの効果で炎の魔力を大槌に込めた嶋津家悠は、噴火の溶岩を大槌に纏わせ、さらに巨大な大槌を形成し、全長数十メートルの炎を纏う巨大な大槌を振りかぶり、嶋津が振り下ろす。


「うおおおおおおおおお!」


 恐怖を乗り越えるため、イワネツは一気にオーラを噴出して間合いを詰めて全力の拳を叩き込むと同時に、膨大な魔力とチャクラに反応してパイルバンカーのギミックが作動。


 高圧電流と高圧放水の魔力が噴出して、嶋津家悠の脳髄を破壊する。


 嶋津家悠は戦いに満足したのか、笑みを浮かべ、溶岩噴き出す噴煙の火口に落下していった。


「よか……戦いでごわした。じゃっどんおいの兄上(あにょっどん)はもっと強か。悔やむは3年前の父上(おやっど)の仇が取れず、それだけが無念で……ごわす……」


 笑顔で逝った嶋津のサムライと戦い終えたイワネツは、やりきれない表情のまま、上空に現れた虹龍国際公司の飛空艇へと戻る。


「無事だったか。我らもなんとか博田から離脱できたが、その顔色、その目、酷い戦いだったようだな」


「ああ、龍。これから先は、俺の心の弱さとの戦いになるかもしれん。そして今の状況だと勝利は難しい。俺の女神ヘルにこれから連絡を取る。このままではエムや南朝に気持ちで負けるかもしれねえ。強さ……もっと強さが、心の強さが俺に必要だ」


 そして300年の月日が流れ、当時の麻薬禍を思い出したイワネツは、目に怒りの色を浮かべた。


 今も残る恐怖の記憶を払拭させるべく、彼は行動を起こそうと決意したのだ。


「もう、この世界で麻薬(ヤク)なんざ流行らせねえ! マリー、俺は行くぜ。今度こそ負の連鎖をこの俺が終わらしてやる」


「ええ、任せたわ勇者イワネツ。もう二度と、この世界で悪意を蔓延させるなんて、させるもんですか」


 イワネツはマリーに頷き、全身に溢れ出るオーラを纏わせて、ノーマン宮殿から夜の闇を飛び、東方ナージアにおける麻薬生成地点、チーノ人民共和国とヒンダス帝国国境の山岳地帯、カンダバルまで一気に飛んだ。


 時刻はナーロッパ時間午前3時、中央ナージア時間午前6時半、朝日を浴びたケシの花畑が一面に拡がっており、粗末な小屋が無数に立ち並び、小屋にイワネツは侵入する。


 黒手会(ブラックハンド)とは、現在のニュートピア世界における東ナージア一帯で活動する麻薬シンジケートで、所属組織は5000以上数10万人に及び、この辺り一帯を縄張りに持つのは、黒手会の中でも麻薬を扱う部門パスカス。


 イワネツは、黒手会の組織形態について考察する。


ーーロシアの盗賊ギルド(ブラトノイ)で言えば、トップは親方(パカーン)規律ある泥棒(ヴォールフザコーニャ)、続いて相談役(ソヴィエトニク)親方親衛隊(エリータ)会計管理役(オブスチャク)と続き、幹部会(ブルガディア)、最下層が兵隊とパシリだった。イタリアマフィアは首領(ドン)相談役(コングリエーレ)、その下に若頭(アンダーボス)がいて幹部会(カポレジーム)、その下が使いパシリの兵隊共(ソルダート)協力者(アソシエート)で構成される。こいつらの組織形態はどうなってる?


 イワネツは組織犯罪を壊滅させるには、組織形態を把握して、ボス、幹部、資金源の3つを潰し、組織の評判を地に貶めるのが有効と考える。


 イワネツは悪の組織解体を最も得意とし、神でも手が出せない対巨悪専門勇者であるからだ。


「なんだ貴様! ここは黒手会(ブラックハンド)の工場だぞ!」


「何者だ! 俺たちの縄張りに無断で!」


 警備の男達が、次々と自動小銃を構える中、イワネツは両拳に力を込める。


盗賊(ヴォール)だ! 世界を蝕む規律もねえゴミ共(ムラーシ)!! 俺がお前らの麻薬を殴って奪う!!」


 自動小銃の銃撃をものともせず、小屋で生成されたヘロインを次々と燃やしながら、山腹にある豪邸までイワネツは押し入る。


 自動小銃で銃撃してくる警備の男達を殴り飛ばし、豪邸のダブルベットで寝る、少女達二人に挟まれた金ピカのパジャマを着る、浅黒い肌の小太り男をイワネツは見つけ出す。


「よう、寝てるところ悪いが起きてもらうぞ」


 小太りの男は飛び起き、怯えながらも、枕に隠してあったスライド部分を黄金に装飾したピストルを取り出し、イワネツに向ける。


「き、貴様! 俺は世界で最も影響力がある黒手会パスカス首領アヴドラ・パルヴィーズだぞ! 何者だ!?」


「お前の目覚まし時計だよクソボケ(チョールト)


 気迫を込めた目で、麻薬の元締めアヴドラをイワネツは睨みつけると、アヴドラはその気迫に圧倒されて恐怖で身動きができなくなる。


「お、俺の縁戚は中東マリークをはじめ、ヒンダス皇族、マハーラージャの従兄弟の、そのまた従兄弟の娘婿でもあるのだ! 貴族だぞ俺は! お前は俺を知っての狼藉か!」


「うるせえんだよクソ野郎(カーカ)!!」


 イワネツは、一気に間合いを詰めてアヴドラの顔面をビンタで引っ叩くと、ベッドにいた少女達も悲鳴をあげる。


「ひっ、ひい! お前は一体!?」


「目覚まし時計だって言ってんだろ。麻薬扱ってる他の拠点教えろよ。じゃねえとお前の体をバラバラに引き裂いてやる」


 ダブルベットの支柱をイワネツが殴りつけた瞬間、金メッキのスチールの支柱がベッコリと折れ曲がり、あまりの力にアヴドラは顔面蒼白になった。


「は、はい全部喋ります。お願いだから殺さないで」


 イワネツは、麻薬部門パスカスのリーダー、アヴドラより黒手会の組織形態について聞き出す。


 黒手会は様々な組織の連合体であり、その組織形態は異業種・事業主が複数集まる、コングロマリットのような組織形態によって成り立っている。


 この組織で一番力を持っているのは、世界各地の金主であり、マリーゴールド財団のメンバーがこの黒手会の組織に投資し、資金を回収する方法をとっていた。


 そして、黒手会の麻薬部門の最大の出資者は財団理事のマハラジャで、資金源と麻薬を根絶させるにはこのマハラジャの正体を看破し、排除もしくは取り込むしかない。


「お前のボス、マハラジャが誰か教えろよ、さもなきゃ」


 イワネツは、鼻血にまみれたアヴドラの顔を右手で掴むと、片手だけで持ち上げ、アイアンクローを繰り出して、アヴドラは痛みで足をバタつかせた。


「教えます! 教えますんで命だけは!」


 人智を超えた力を感じ取ったアヴドラは、恐怖のあまり失禁しながら全て自白したが、結果的にアヴドラの選択は正しかったと言える。


 なぜならば、ここで話さなければ過酷な拷問と尋問が待ち受けていたからだ。


「マハーラージャとはヒンダス内親王様です! ヒンダス皇帝の第一皇子、シャー・ラーオ・バッラールーシュ。実質的なこのガンダラの支配者。別名、赤い閃光のシャーとも言います」


「あ゛? ガンダ●に出てくる、ライバルキャラみてえな名前しやがって。他に黒手会に出資している財団理事は?」


「ゆ、有名なのは虹龍国際公司のCEO、アリー・ビン・ザーイド・ナイーフ、マリーク首長国連邦の盟主です! それだけでなく、ジッポンと北欧を除く全世界の王家が我らに出資しています!」


 イワネツは、話を聞いて憤る。


 かつての自分の仲間の縁戚者達が、悪にかぶれていると。


ーーなるほど確かに合理的だ。表社会の奴らの資金を裏社会に投資して、さらに収入を得るか。例えばここのヒンダスやチーノとかで大量にヘロインを作らせる。あとは流通を支配している虹龍国際公司でブツをあちこちに運び、シシリーのマフィーオの資金源にさせる。そしてその金が財団を通じてプールされ、世界各国の支配者に配当が回る仕組みか。そして采配するのがブローカーだったエムか。よくも俺の仲間が作った会社を利用しやがって、潰してやる。


「じゃあ今からシャーの家に、今からモーニングコールするから場所を教えろよ」


 マリーゴールド財団理事マハラジャこと、ヒンダス帝国皇太子の居場所は、帝都ラホルス有数のラマール庭園に建設された、ラホルス皇太子宮殿である事が判明した。


「スパシーバ。あとお前、ケシ畑と精製所も燃やしとけよ。数時間以内に俺の命令が果たされなきゃ、お前の頭を今度こそスイカみてえに割る。わかったか?」


「で、ですがそんな事したら私の命が」


 イワネツがさらに指に力を込めると、ミシミシとアヴドラの頭蓋が音を立てる。


「は、はいいいいいい、言う通りにしますのでこ、殺さないでくださいいいいいい」


 イワネツはアヴドラを雑にダブルベッドに放り投げ、タバコを口に咥え火をつけた。


「ここいらでアヘンケシを栽培する農奴らにも、アヘンに代わる保証が必要だな。さて、シャーんちに行くか、その前に」


 イワネツは水晶玉通信でマリーと連絡をつける。


「すまねえハニー、そっちは真夜中だったな。麻薬の元締め見つけたぞ。おう、任せろ。そっちの夜が明ける前に片をつける。朝のニュースが楽しみだな」

後編に続きます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ