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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
最終章 召喚術師マリーの英雄伝
193/311

第188話 300年後の悪意

 シシリー島のノーマン宮殿で、勇者達の記者会見の配信を見て、顔面蒼白の男が一人。


 齢70歳になるシシリー王、ヴィットーリオ・デ・マリーオである。


 彼はマリーゴールド財団の現最古参の理事であり、ナーロッパ最大の秘密結社マフィーオのドン。


 彼の先祖の出自マフィーオは、フランソワの過酷な植民公社時代にシシリー島を脱出し、イリア首長国連合南部のメドシーナ海峡を挟む南端、ブルッティーノ市で、フランソワとイリア首長国連合にレジスタンス活動をする、シシリー同胞を助けるための、武装自警団的な互助会だった。


 だが伝説のヴァルキリーによりシシリーが救済され、多くの者達が故郷シシリーに戻る一方、ブルッティー市や南ロマーノ一帯に生活基盤があるものは留まり、他にもヴァルキリーを助けた功績でヴィクトリーに騎士身分で帰化した者も多くいたと言われている。


 その後のシシリー島はロマーノ連合王国が統治し、ロマーノ連合王国内に残ったマフィーオ達は、伝説の王ジローの王の耳、王の目とも呼ばれ、ロマーノ中で彼らは恐れられると同時に慕われてもおり、時代が代わりイリア共和国に名前が変わった際、彼らはシシリー島を中心に、南イリアの各都市で秘密結社網を敷き、影の警察として絶大な権力を手中に収めた。


 同じく護民官と言われた治安維持集団、ネアポリ市出身者の組織カモリスターは、ネアポリ市警察などイリア共和国全土に警察官を輩出する市警察と化し、北イリア地方の治安維持をしていた組織、ドランゲータファミリーは、国家警察に変わる。


 しかし時代が下り、秘密結社マフィーオとイリア全土の警察機構との癒着、組織犯罪が問題となり、シシリー人はイリア共和国内で、悪人の集まりであると差別を受けた結果、彼らシシリー人は憤慨する。


 後世のシシリー人は、確かに一部が勢力が権力を濫用、私腹を肥やしたが、ヴァルキリーの守護者、伝説の姫君の信奉者だった彼らのプライドは傷つけられ、イリア政府に対してテロ活動等の敵対的な行動をとるようになった。


 これらを解決すべく、イリア共和国議会は陸海空軍の他に、第4軍とも言われる国家憲兵隊を組織。


 腐敗撲滅と組織犯罪撲滅を掲げて、国家憲兵隊はマフィーオと敵対状態になり、今から50年前、シシリー島ではイリア共和国からの分離独立運動が起きる。


「俺の名前は代々マリーオだ。伝説の姫様マリーと同じ発音よ。よって俺は伝説のマリー姫様の子孫、このシシリーは正統な王家であるこの俺マリーオが王となり、差別をしたイリアから独立する」


 秘密結社を親から受け継いだ若き首領、ヴィットーリオ・マリーオは、自身と自分の一族を、シシリーではヴァルキリーとも混同されていた伝説の姫マリーの一族であると偽った。


 こうしてシシリー・ヴィットーリオ王家は誕生し、10年にも及ぶ独立紛争の後、マリーゴールド財団からの援助によりシシリー王国が誕生。


 今のシシリー王国のマフィーオは、ナーロッパ全土で非合法活動を行う悪の秘密結社と恐れられ、麻薬、人身売買、契約殺人、違法金融取引などを生業にし、税金を他国より安くしたため、多国籍企業や富裕層が次々と本社を置くなど彼の王国は発展。


 マリーの伝説を改竄したのも、このシシリー王国のマリーオであり、彼は自分が吐いた嘘を正当化するために、マリー姫の文献や存在に関わる情報を、約半世紀の月日をかけて配下のマフィーオとバックについた財団と共に改竄する。


 全てはシシリーのため、伝説の姫の子孫であるという自己正当化のために、先祖の恩人であったヴァルキリーイコールマリーの伝説を変えたが……彼女は戻ってきた。


「そんな……ワシの地位が、ワシの築き上げた王国が、まさか伝説の存在、マリー姫が戻ってくるなんて。彼女は伝説のヴァルキリー、世界を救った英雄。なんとか取り繕わなければ、な、なんとかしないとワシは、ワシの王国が」


 すると、マリーオに直接水晶玉でチャット方式の臨時理事会出席依頼の着信が入る。


 現在の理事メンバーは7人。


 マリーゴールド財団と呼ばれる組織は、アレックスの祖父、デイヴィッド・ロストチャイルド・マクスウェル男爵により、マリーには財団内部の情報がもたらされており、北欧、イリア、ジッポンを除く主要国の指導者が、匿名で財団の理事として世界を支配する構造になっている。 


 ヴィクトリー王国王女ヴィクトリア、世界有数の財閥の主である赤盾、世界最大の企業法人虹龍国際公司の社長と目される虹龍、西ライヒ帝国皇帝マクシミリアンことカイザー、ヒンダス帝国のおそらく皇帝と目されるマハラジャ、フランソワ旧大貴族の誰かと目されるロワ。


 そしてこの7人の理事を統率する理事会長はエムと名乗る。


 この財団は今から250年前に設立され、元は世界を救った姫君の名を冠する慈善事業団体を起源とするが、いつしか世界金融も、紛争経済も、全てがこの財団によって管理運営されていた。


マフィーオ:私だ、我らがメンバー達よ


ヴィクトリア:ごきげんよう。あなたを呼び出したのは他でもありません。エム会長が困ってます


赤盾:マフィーオよ記者会見を見たか? ヴァルキリー様の帰還についてが今回の議題なのだ


虹龍:左様、ヴァルキリー様に好き勝手活動などされれば、我らが財団の活動にも支障が出るだろう


カイザー:我がライヒの東西でも民が熱狂しておる。あの方が聖騎士フレッド様と共にした、本物のヴァルキリー様であるのは明白であろう? 勇者イワネツというジッポンの英雄も


マハラジャ:皆、如何にする? 


ロワ:最終的には会長の判断を仰ぐしかないだろうな


ヴィクトリア:その前にマフィーオ、あなたに依頼した件の失敗、どう責任を取る気です?


「ふん、色ボケの小娘め。ワシに責任などと物言い100年早いわい。お前があの男爵家の小僧に執着せねば、ヴァルキリー様も現れなかったのだ」


マフィーオ:報告を受けたがあれは手違いだ。そのかわり、お前の依頼のもう一つの件、ロマーノ大学長の排除は成功しただろう。もう一人のターゲットはヴァルキリー様のお側にいるため、手出しは難しい。


ヴィクトリア:早急に依頼の達成をお願いしますマフィーオ。ヴァルキリーは、わたくしの勘では我らが財団に敵対する可能性が高いと思われます。やられる前に殺しましょうよ


ロワ:何を言ってんだお前? ヴァルキリー様だぞ? 殺してどうするんだ。そんな一文にもならんこと、お前馬鹿か?


マフィーオ:同感である。ヴァルキリー様への無礼な発言は許さぬぞ馬鹿小娘


ヴィクトリア:あらいやですわ、大陸的な言い回しはなんてストレートな表現。そういえばあのヴァルキリーもストレートな表現でしたけど、ヴィクトリーのものとは思えませんでした


カイザー:卿は接触したのか?


ヴィクトリア:ええ、下品な女性でした。魔法とかいう不可思議な術を使える中世の女くらい、わたくし達の問題にはならないでしょう? 勇者イワネツとかいう野蛮人もろとも暗殺に一票


「何を言っとるかこの馬鹿小娘が。史実が正しければヴァルキリー様も勇者イワネツも殺すことなど不可能。仮に、いくら世界を支配する我ら財団と会長の力を持ってしても、そんなこと無理じゃ」


カイザー:ふん、勇者イワネツなど東方の蛮族が作り出した幻想。聖騎士様とヴァルキリー様のお仲間だろうと、あんな戦果を挙げられる人間など存在せん


虹龍:蛮族とは聞き捨てならんが、確かにジッポン人によって、勇者伝説はいささか誇張されすぎかと


マハラジャ:我が国の文献で、人智を越えるなど言われているが、所詮は人間。今の遺伝子改良技術やサイボーグ技術で生み出した兵士の敵ではない


ヴィクトリア:それではエム会長に許可を取り、二人を殺しちゃいましょう。なあに、大したことはありません


「大したことあるじゃろうがこの馬鹿者めが!」


 マリーオが声を荒げた瞬間、心臓に鈍い痛みがはしり呼吸が荒くなった。


ロワ:確かに記者会見を見るに、我らが財団の邪魔にはなりそうだが、金で懐柔すれば良いだろう?


カイザー:然り、それにくわえてヴァルキリー様には我が妃になっていただきたいものだ


マハラジャ:ふん、ヴァルキリー様とて人間で女よ。説得が無理ならば、麻薬漬けにして言うことを聞かせればいいのだ。


虹龍:できればそんな事はしたくないが、最悪それで行くしかあるまいな。


「こいつら若いからか、慎重さがまるでない。本当に人智を超えし力を持っておるのじゃぞ」


 齢70の最古参理事であるマリーオは、今の財団理事メンバーが思慮が浅い若輩者ばかりであると嘆き、新参ではあるが理事長になった赤盾と、個別でメッセージし合う。


 理事新参でありながら、人生の苦難や苦渋と思慮深さを赤盾に感じていたからである。


マフィーオ:この小娘と小僧っ子めら慎重さと頭の中身がまるで足りん。最古参のロワも同調しおってからに。赤盾よお主はどう見る?


赤盾:敵対しても益がないだろう。いっそ彼女を財団にお迎えするため、説得するしかあるまいて


「うむ、やはりこやつは真っ当な意見を持っとる。敵対など無意味なのじゃ。こちら側に引き入れるしかないじゃろて。それに引き換え、このヴィクトリアの馬鹿小娘。父王は精神を病んだらしいが、こやつが壊したのじゃろう。邪悪な小娘め」


マフィーオ:嘘をつくな。我がマフィーオは、ヴァルキリー様と伝説の勇者イワネツの戦闘を目撃している。戦闘サイボーグを素手で倒し、どこぞの国の機動兵器も魔法により消滅したと聞いている。驚異的な戦闘力だったと。


 マリーオは、ナーロッパ全土に生粋のシシリー人、兵士(ソルダート)を置いており、兵士の下には細胞(チェッルラ)と呼ばれる協力者が無数にいる。


 その細胞達からもたらされた映像と情報により、絶対に敵対するなと、相談役の総理大臣(コンシリエーリ)に伝え、その助言が将軍達(ジェネラーレ)に伝わり、兵士を統括する士官(カポ)に一斉に送信される仕組みを持っており、シシリーという国全体が諜報と裏工作に長けていた。


ヴィクトリア:会長も賛同してくれるでしょう。邪魔者は消すに限りますわ


マフィーオ:不可能だこの馬鹿小娘。口を慎め


ロワ:全ては会長がお決めになること。会長に意見を仰ごう。


「馬鹿小娘め、あのお方はお前達の国の英雄でもあり、我らがシシリー民族の信仰の対象だぞ! 暗殺対象にするとは何たる愚か者。世界の救世主じゃぞ」


 マリーオは、ヴァルキリー殺害を明言するヴィクトリーの自称素晴らしい王女を罵りながら、現代に蘇ったヴァルキリー達を自分達財団に取り込む絵図を思い浮かべる。


 そのためには、理事会長エムを説得すべきであるとも。


エム:ごめん遅れちゃった。みんな、私はヴィクトリアの意見に賛成。排除しちゃいましょう。あの女はワタシ達の世界に不要。ね?


 絶句したマリーオは、チャット画面で硬直する。


 古参であるマリーオが理事会に入る前から、この会長は財団へ指示を下し、おそらくは世襲でエムの名を継いでるのではと思ったが、彼から見たエムの指示は全て的確だった。


 しかし会長のエムからの指示はヴァルキリーの抹殺。


 初めて彼はエムの指示に違和感を持ち、無理であると判断して反発する。


「会長まで、ヴァルキリー様を殺害など! ワシが事情を説明して、ヴァルキリー様をお味方につければ良いではないか!」


赤盾:しかし会長、ヴァルキリー信仰は根強い。それに戦史時代の魔法だって使えるのかもしれないし、私は反対だ。彼女をうまくこちら側に取り込むべきだと思うが?


「やはり赤盾は賛同してくれたか。渡りに船じゃのう」


マフィーオ:赤盾に同じく。私が説得を試みましょう。勇者イワネツも復活したと聞き及んでいますし、それが最善


マハラジャ:会長が決める事だマフィーオと赤盾


ロワ:その通り。会長の決定は絶対だ


虹龍:私はどちらでも良いが?


カイザー:いや、赤盾とマフィーオの言い分にも一理ある。少し泳がせてはいかがか?


エム:何を言ってるのかな君たち。ワタシの決定は絶対なんだ。排除してくれる? この世界から抹消、これは会長命令 


ヴィクトリア:はい会長。それでは理事会はヴァルキリーをこの世から抹殺するという事で


虹龍:会長がお決めになるならば


マハラジャ:異議なし


カイザー:わかりました会長


ロワ:はい会長。それでは言い出したヴィクトリアが責任を持って対処せよ


赤盾:かしこりました会長


 非情な会長命令に理事達は賛同する。


「……そんな、無茶だ! この財団も、ワシの地位も、何もかもが消え去ってしまう」


エム:ワタシの決定に不服なの? マフィーオ。バラしちゃうよ、君がヴァルキリーと縁も所縁もないことも世界にさ


 エムに脅迫されたマリーオは、財団存続と己の地位を守るために、ヴァルキリー抹殺を渋々承諾する。


マフィーオ:いえ、異存ありません


エム:よかったよかった。それじゃあ、例のジッポンの件ね。計画は順調? ヴィクトリア♪


ヴィクトリア:はい、我が臣下ジャスディンの商会が倒幕への資金を担当しておりまして、間もなくジッポンで革命が起きるでしょう。我らが財団に歯向かうジッポンを我々財団の手に収めるのも時間の問題


虹龍:我が社も資金を投入しております。内戦になれば我が社の商品も売れ、資金回収が可能


ロワ:ふむ、では我らは幕府側に武器を流し、国を二分するであろう内戦を引き起こすとするか


マハラジャ:これで忌々しいジッポンを我らの手中に収められますね会長。傀儡国チーノが生み出す麻薬の良い市場になる


赤盾:ジッポンの武士と、蘇った勇者イワネツは甘く見ない方がいいだろうがな。我が財閥も支援する


 東方ジッポンは、財団により倒幕運動が進められており、ジッポンを二分する内戦を起こさせ、植民地化した後で財団の思うがままにする計画が進められていた。


 しかしジッポンを担当する女神はこの企てを察知しており、だからこそ勇者の中でも極めて戦闘力が高いイワネツが送り込まれたのを財団は知らない。


カイザー:ふん蛮族の地などどうでも良いわ。会長、ライヒにおきましては、良い具合に計画が進んでおります。東側の愚帝フリードリヒに造反する勢力に、例の平等思想を


エム:ご苦労カイザー。東ライヒでまもなく革命が勃発し、君の仇敵カール家は滅亡。あとは東ライヒとルーシー連邦とチーノ人民共和国を北欧に攻め込ませれば、ワタシ達の財団で世界征服可能ね


マフィーオ:カイザーよ、我がマフィーオもそれに乗じて今度こそあの忌々しいイリアを滅ぼし、我らがマフィーオが手中に収めよう


ロワ:では我が国もくだらぬ大統領制などやめて、今こそ王政復古し、今度こそ仇敵ホランドを我がフランソワの手中に収めて見せようではないか


 財団による世界征服と、会長エムによる新たな大戦の火の粉は着実に燃え上がろうとしていた。


 だが……


「陛下! 火急の要件です!」


 マリーオの自室に、大臣の呼ぶ声がする。


マフィーオ:失礼、所要ができた。後で議事録を読ませてもらうので、一旦離席する


「何用じゃ?」


「記者会見のヴァ、ヴァルキリー様がここに! それに自称勇者イワネツこと織部憲長公も! 国王陛下と面会がしたいと申されております」


「な、なんじゃとおおおおおおおお!」


 マリーオは、すぐに水晶玉の秘密交信して会長エムに、ヴァルキリーがここに来たと伝えようと手を伸ばす。


「だ、だめです。いくらヴァルキリー様であろうと、国王陛下の自室でございます」


 大臣や兵士達が阻止しようとしたが、無慈悲な打撃音が複数回聞こえた。


 つかつかと足音が響き渡り、王の部屋のドアが勝手に強風が吹いて開き、数時間前まで会見をしていたはずのヴァルキリーと、勇者イワネツがマリーオの前に姿を現す。


「あばばばばばばば、ヴァルキリー様と勇者様」


「あなたがマリーオ王ね。懐かしいわね、このシシリーは大好きだった。私の仮住まいだったノーマン宮殿も。私達が、なんのために来たか、わかってるでしょ?」


「おう、そういうわけだ。ジジイこの野郎、下手な真似しやがったら殺すぞ」


――こ、殺される。ワシの所業がバレたら、この二人にワシは滅ぼされる……


「あら、水晶玉が置いてあるわね。不躾で申し訳ないけど内容を改めてもいい?」


「そ、それは」


 水晶玉を庇おうとしたマリーオを、イワネツが足蹴にして吹っ飛ばし、マリーは中身を改める。


「なるほど、そういうことね。勇者イワネツ、やはりエムのやつ、この世界に蘇ってる」


「ふざけやがって、あの野郎死んでなかったか」


 マリーオは、なぜヴァルキリーと勇者イワネツが、財団会長のエムを知っているのかもわからず、オドオドしながら二人を見上げた。


「あなたは知らないようだけど、この財団の会長ってなってるエムはね、大邪神よ」


「!? そ、そんな……会長が伝説の大邪神!?」


「クソが、かなりこの世界がやつに侵食されてるみてえだな。あの野郎の悪意が完全に蘇ってるじゃねえか。おう、この水晶玉は没収だ。財団について洗いざらい吐いてもらうぞ? 嫌なら殺す」


 もはやこれまでと諦めの心境に陥ったマリーオは、なぜヴァルキリー伝説とマリーの日記と歴史が改編されたのか理由を説明する。


「そう……後世でそんなことが。このエムは、いつ頃活動したか教えてくれる?」


「ワシにはわかりません。ワシが40年ほど前、財団理事会に入った時には、すでにエムは活動しておりました。当時の古参メンバーや、最古参のロワにも聞いても正体は不明で、昔からいたとしか」


「嘘は言ってねえようだ。どうするマリー?」


 考え込むマリーの胃が強く収縮され、腸内の働きにより腹の音が鳴った。


「お腹減ったし、食べながら考えましょう。食事の用意、お願いできますか?」


「おう俺も腹が減ったから、上等な食事と酒を用意しろ。さもなきゃぶん殴る」


「は、ははー!」


 こうして時刻が夜半近くに、遅めのディナーがノーマン宮殿の大広間、帝政時代からあるルッチェーロの間で行われ、タキシード姿のジョンとアレックスはお互い顔を見合わせる。


「なあ、すげえな魔法の使い方って。勇者イワネツの言われた通り、風の浮力で浮いて意識を傾けたらマジで空を飛べたぜ」


「ああ、騎士団に伝わる付力の指輪だったか。僕もイメージで宙に浮いて空を飛ぶなんて、簡単にできた。先史時代の魔法のように」


 ジョンとアレックスは、末席でヴァルキリーと勇者、そして宮殿の主人であるマリーオを待つ。


 前菜が運ばれ、シシリー島のチーズとオリーブオイルをふんだんにかけられた、マグロのマリネとワインが置かれると、王とヴァルキリー、そして勇者が現れて席に着く。


「それでは遅い時間ですけど夕食にしましょう。マリーオ王、乾杯の音頭をお願いします」


「はい、我がシシリーとヴァルキリー様達の世界救済を願って乾杯!」


「乾杯!!」


 一同がワイングラスを飲み干して、料理に手をつける。


「うめえ、これ滅茶苦茶うめえ。ヴィクトリーの飯なんかこれに比べたら」


「ああ、ジョン。イリア共和国の食事は素晴らしいが、これはそれを超えて、なんて素晴らしい」


 マリーは、王であるマリーオに微笑んだ。


「変わらないわね、シシリーの素材を大事にする料理。私は、彼らが大好きだった」


「は、はい。なぜ我がシシリーにヴァルキリー様は?」


「当時は、ヴィクトリーに大陸各国が攻め込むために、フランソワは各国から資金を募り、植民公社があったこのシシリーが資金の投資先だった。シシリー島の人達は抑圧されて、フランソワから弾圧されてたの」


 マリーオは、二度目の夕食をとりながらヴァルキリーがなぜシシリー島に縁があったのか、パンとスープが運ばれた後で話を聞く。


「初めて私が人々を救った地がシシリーだった。この地で偶然居合わせた後に英雄になる初代フランソワ大統領、デリンジャーとジローで魔獣ガルーダを倒した。シシリーの人達は、当時心が荒んでて、私が倒したデリンジャーを処刑しろと言ってきた」


 アレックスは、自分が知らない歴史的事実を聞き及びパンを頬張りながら、不作法だがメモ帳を取り出してメモをする。


「じゃが……あなたは処刑しなかったのですな」


「ええ、彼はこう言った。本当は人なんて殺したくはなかったと。そして彼は自分を殺してくれと私に言った。だけど、彼が正義に目覚めたと思った私は仲間に加えた。私の師匠も、ジローも、そしてシシリーの人々も彼を許した。恨みは、何も生まない。デリンジャーが島民に謝罪して、私にシシリーの人達は言っていた。シシリーの誇りは取り戻したと弾圧したフランソワを許したの」


 メインディッシュに、シシリー名物の仔牛のパスタが運ばれてきた。


「シシリーの皆は世界を救うために尽力してくれた。後に、敵からシシリー島が崩壊するくらいの攻撃を受けて私も精神を病んだけど、シシリーのみんなは悪に立ち向かってくれた。シシリーは、ヴィクトリーを追われた私を受け入れてくれて、私もシシリーの人達の情に応えたかった」


 マリーの話に、ロマーノ大学長兼騎士長ピエトロをマフィーオのテロで失った二人は、マリーオを睨みつける。


「ですが、彼らマフィーオは騎士長ピエトロを殺害しました。同じシシリー出身なのにですぜ」


「はい、シシリー出身の騎士だった我らが学長を。僕は、彼らに憤りを持っている」


 パスタを一気に食べ終わったイワネツは、マリーオを睨みつけ、右手のナイフを彼に向ける。


「そうだったか、だからマリーはジッポンの俺の国に。マリーは俺が領地を持っていた織部に来た時、大事な人達を守れなかったと気を病んでいた。それがお前らシシリーだったようだが、そこまで想ってくれたマリーに、お前らは恩を仇で返したんだぞ。わかってんのかよ?」


 マリーオを睨みつけるイワネツに、マリーはため息を吐く。


「もういいよ、勇者イワネツ。もう過ぎてしまったこと。さっき確認した通り、彼とシシリーは私達の方に向いている。彼らが悪い方向に向いてしまったのはもう今日で終わり。これから彼らは世界をまた救ってくれる」


 マリーの言葉に、マリーオはテーブルから離れて、目に涙を溜めながら足を折り曲げ床につき、両手を床につけて土下座の姿勢をとる。


 これほどまで、シシリーのことを思ってくれて、自身の民族を救ってくれたマリーの子孫であると嘘をつき、財団に利用されて自己保身しか考えなかった自身を恥じて、彼は心の底から彼女に謝罪する。


「も、申し訳ありませんでしたあああああああ! 我がシシリーは、あなたにこれほどまで世話になりながら、あなた様を忘れて。全て私の不徳の致すところでございます! どうか、どうか私達シシリーを嫌いにならないで下さい。どうかお許しを! どうか私を、私たちを許してください、ヴァルキリー様……お慈悲を」


 イワネツはナイフとフォークを皿に置いて、マリーオを蹴飛ばす。


「ふざけんじゃねえ! お前らなんざ信用なんかできるわけねえだろ! 飯を食べ終わった後のお前は用済みだ!! お前が、マリーの痕跡を消しちまい、自分の私利私欲で世界を壊したんだ!! ぶっ殺すぞゴミ野郎(ムラーシ)!」


 怯えるマリーオの首をイワネツは掴みながら、彼の体を持ち上げながら締め上げていき、マリーオは今までの自分の所業を悔いながら目を閉じる。


「勇者イワネツ!」


 マリーがイワネツを呼ぶと、彼らはお互いに目でアイコンタクトを取り合い、結果イワネツはマリーの意向に従い、掴んだマリーオの首を離す。


「ゲホッ、ゲホッゲホッ」


 咳き込むマリーオに、ヴァルキリーである彼女は、手を差し伸べた。


「力を貸して下さい、ヴィットーリオ・デ・マリーオ。帰ってきた私達は、あなた方シシリーのみんなの力が必要です」


「私は我らは……あなたのために……うっ、うううううう、お許しを、どうかお許しをどうかあああああああ」


 召使い達は喧騒の中、デザートをテーブルに置いた後でその場から後にした。


 オレンジとアーモンドのマルサラ。


 マリーがシシリーに滞在した300年前に、奇しくも一番美味しいと絶賛した料理であった。

続きます

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