第187話 遊侠勇者の召喚魔法
私の魔力に応じて、召喚の指輪が光り輝く。
すると、パーマがかった黒い髪に、黒い肌、灰色の瞳で、30過ぎてポヨンとお腹が出た、ブーメランパンツ一丁で沖縄楽器の三線持った勇者がこの世界に呼び出される。
「あい!? 何ーやんくまー? ん? マリーちゃんやん! ちゃーさが? みーどぅーさんさぁ」
んー、久しぶりに会ったけど相変わらず何て言ってるか、めっちゃ訛っててわかんない。
「ヴァルキリーさん、彼が?」
「伝説の王ジローか? ていうかなんでパン一?」
アレックスは、自分の持つ召喚の指輪の効果を確認し、ジョンは私になんで彼がパンツ一丁か聞いてくるけど、それは私もよくわかんない。
昔から彼、プライベートだとそんな感じだし。
記者会見場の記者達は、いきなりパンツ一丁の男が出てきたと呆然となり、二人を見る。
「ごめんなさい勇者ジロー。私、訳あってまたニュートピアに来ちゃったの。クロヌス神と女神ヘル達から救済命令が出てて、勇者イワネツと共同任務で、今この世界のロマーノで記者会見中」
「そうかー、我なー今オフやん。救った世界の海見ながら日光浴とか魚釣りしたり、歌って過ごしてたさぁ」
ジローは私から視線を外して、大きな目で記者達をジロって見つめた後、ニコリと笑う。
なんていうか、場の空気を一気に包み込むっていうか、めっちゃキラキラ光る感じというか、カリスマ性と言うべきものだろうか?
私のスキルとは違い、空気そのものを魅了させる、生まれ持ったスター性がこのジローにはある。
「銅像のジロー?」
「伝説の国王なのか?」
「ああ、古代帝政時代から都市国家時代、そして統一王朝時代にかけて歴代最高の善政を敷いたと呼ばれる伝説の王」
すると記者会見場に、仕立てのいいシルクの黒いダブルのスーツ上下、青い無地の高級シャツにえんじ色の薔薇模様がドットみたいに細かく入ったネクタイを締め、高級そうな茶色のベルトとローファーを履いたイワネツさんが姿を現す。
「よう、俺も勇者らしくおめかししてきたぜ。遅くなったな」
まともな格好すると、背は低いけど筋肉質でスタイルがいいし、足が長いから、普通に格好いいのよねこの人も。
ところで、イワネツさんはどこで服を調達してきたんだ?
「頑張ってねダーリン」
「おう」
あ、私を最初取り調べしてた、国家警察の女刑事がイワネツさんに、投げキッスとか送ってるけどこれは。
「あの女、ブルネッラには助けられたぜ。警察署のシャワー室でちょっとしたスキンシップしてよ、そしたら実家が老舗ブランド店とかやってたんだ。これは俺のために用意してくれたのよ」
あー、そういう事ね。
どういうスキンシップなのかは聞かないけど。
そういえば、あの女警部ブルネッラ・ディーナって言ってたが、ディーナか……どこかで聞いた事あるような、ないような。
あ、そういえば彼はディーナとも言ったか。
私は、当時エリが作った異世界の半グレ、チート7のメンバーを思い出す。
私や先生達もすっかり騙されてたけど、エリのアリバイ工作していたのはロキで、生物ならば何にでも化けられる彼は、まさしくトリックスターだった。
私達の動きも、イワネツさんがこっちについた事も、全て見透かされていて、彼の策謀でオーディン討伐もうまいこと乗せられていたのもあったが、その異世界半グレの中に、私達に情報提供する男の子がいた。
あれはいつだったか、ナーロッパをエムの魔法で攻撃され、私たちが世界中で救護活動をしている最中、ロキの代理として、対エム、対オーディンの情報提供者が現れた。
「あんたがマリーか? 確か俺が生まれたこの世界の故郷を助けてくれた姫様だよな? ロキ師匠の代理として、あんたらに情報提供してやんよ」
彼のハンドルネームは黄金堕天使、この世界での本名はオージーランド出身のマラングという名の少年で、オージーランドを救ってくれた私や先生に恩義を感じていたという。
転生前の名は、堕天使ディーナと名乗り、フィリピンのマニラ、トンド地区のスモーキーマウンテンという、不燃ゴミで形成されたスラム街出身だったらしい。
彼は大人や先輩から言われるまま、少年ギャングとして麻薬密売や偽札、コピー品なんかを手掛ける不良少年で、フィリピンはアメリカのギャング組織と提携する、麻薬ギャングが蔓延っていたという。
その過酷な環境の中、彼は少年ながら、麻薬を売らなければ生きて行けなかったらしく、その麻薬はアメリカの西海岸から運ばれてきた、覚醒剤やヘロインだった。
彼はエムのチャット内容と、目的を私達に包み隠さず教えてくれた。
地球時代の彼も、エムがブローカーしていた麻薬の犠牲者で、その彼が結果的に私達にエムとオーディンを倒すために協力してくれたのは、因果な話だと思う。
彼が前世の地球で死んだ原因は、薬物関連の抗争事件で、彼は実の姉と共に16歳で命を落とし、魂が傷ついてニュートピアで生まれ変わったという。
その彼はオージーランドからナーロッパに移り住み、エリの半グレ組織と繋がり、ロキの支援もあって自分のアクセサリーブランド、アンヘルディーナを北ロマーノで立ち上げる。
彼のスキルなのか天性のものかはわからなかったが、マジックアイテムとかも作れるくらい、腕の立つ職人で、彼の転生前の姉が、私の主治医だったペチャラ。
シュビーツに占拠されてたロマーノで、ジローや彼女を見た瞬間、私達側につく事を決めた事を、アースラの力を使って彼の記憶を読み取った。
もしかしたら結果的にロキ達側が、私達の支援に回ってくれたのも彼のおかげだったかもしれない。
ジョンといい、あの女刑事の先祖だった黄金堕天使君といい、まるで神が仕組んだかのような、不思議な縁を感じるけど、これはおそらくクロヌス神が見た目はあれだけど、キチンとしてる神だから、私達にも縁で結ばれたサポート効果とかがあるんだろう。
善意が循環して、私達に良い風が吹いている気がする。
「よう、兄弟。お前、ちゃんと筋トレとかしてんのかよ? んだよそのだらしねえ腹はよお」
「兄弟!」
二人は男同士で熱い抱擁を交わす。
年月がいくら経とうが、ジローが何度生まれ変わろうが、二人の友情と絆は永遠のようだ。
「ヴァ、ヴァルキリー様、彼らは? まさか!?」
市長が、見つめる先の男達について私はニッコリ微笑む。
「ご存知の方も多いかも知れませんが、彼らは私の仲間、ロマーノ連合王国元国王、ジロー・ヴィトー・デ・ロマーノ・カルロと、織部憲長こと勇者イワネツ」
「はいさい、我がジローさぁ! ロマーノぬみんな、元気でやっとーんば?」
「おう、ご苦労。記者共、俺が勇者イワネツだ。聞きてえ事になんでも答えてやる。質問してみろ」
フラッシュがめっちゃたかれて、イワネツさんが眩しそうに舌打ちしながら、ティアドロップのサングラスをかけ始めた。
二人ともすごく心強くて、一流のスポーツマンやスーパースターのように見えるが、これが勇者の輝き。
人間社会を救うために、己のパフォーマンスに命を賭ける存在なんだ。
「何ーやん。我、疑っちょーんばー? あんしぇーエイサーさぁ! 遊びの歌ぁ歌うどー、ナークーニさぁ!」
ジローは手に持った三線で歌を歌い始めた。
「昔ぐとやしが♪ 肝や今までんヨ〜♪ 忘りがたなさや ありが情♪ 共に眺みゆる〜人ぬ居てからやヨ♪ ぬゆで照る月に我んね 向かて泣ちゅがー♪ 昔語らた 夢やちゃん見りば〜ヨ♪ しばし慰さみんなゆらやしが〜ア♪ 志情ぬくちゅみ〜ん 浮世ある間やヨ♪ たとい音信やまでにあてん♪」
うん、やっぱめっちゃ歌上手いし楽器も上手。
これだけで、もうジロー本人だとイリア共和国の面々は納得して平伏する。
「それでは、市長である私が……伝説のジロー王、私のご先祖様、私はロマーノ市長をしておりますルーナ・デ・ロマーノと申します。ご先祖様とお会いできて光栄です」
「何ー? 我の子孫かー。どおりでチュラカーギーてぃ思ったんさぁ。何か聞きたい事ぅあるかー?」
「はい、伝説の英雄王。あなたはなぜ、在位15年で国王を辞して、お隠れになったんですか?」
確か、この世界の歴史では在位15年足らずで、彼は王位から退き、この国を王政から共和政にしたんだっけか?
その後の足跡は、彼は先生のやってる学校に中途入学してきて、勇者になるために勉強しに来る。
勉強するのに年月はかかったけど、世界の救済任務を私とたまにやったり、イワネツさんと一緒に遊んだり、たまに先生の学校で武術の講師なんかもしてた。
「そうねー、それなー。ロマーノの皆がー、命どぅ宝の精神を理解したから、我は身を引いたさー。すりとぅ武道の、空手の精神も。空手ぃ、みんなもやっとるばー? 武道の精神は? 目的は?」
「はい、空手を通じ、日々の心身の練磨を通じて強靭な身体を鍛え、人格を陶冶し、心身ともに有為な人間性を育成することを目的とする。です」
ジローは立ち上がり、気合と共に正拳突きを放つ。
「そうさぁ、空手は自分の欲のため、わがままで暴力振るうんやあらん。自分以外の誰かのため、故郷のために、愛する誰かのため技を磨くんさぁ。礼儀、正義感、道徳心、克己、勇気からなる資質を鍛えるんが空手の道やん。正しい心、みんなが持ったからー、我は、後進にぃ譲った」
ジローの勇者としての信念は、武道の精神を伝える事を目的としている。
彼は私とまた会った時には、人間的にさらに成長してて、武力を誇示するんじゃなく、人間力と武道の理念と教えで、世界を救うことに長けた勇者になった。
「くぬ世界でぃ、空手やスポーツぬオリンピックやっとーんばー? オリンピックぬ精神とは何だばー?」
「はい、スポーツを通して心身を向上させ、文化・国籍などさまざまな違いを乗り越え、友情、連帯感、フェアプレーの精神をもって、平和でよりよい世界の実現に貢献すること」
「そうさぁ。くぬオリンピックな、我やイワネツー、すりとぅヘラクレスっちゅう男が目指した理念やん。人間同士の争いはスポーツでやればええやんてぃなぁ」
大戦中、彼のわがままや行動には振り回されたけど、結果的に彼を仲間に加えて正解だった。
徐々に己の正義を取り戻したヘラクレスは、教育的価値、普遍的・基本的・倫理的諸原則の尊重などを人々に広め、人々の生き方を高めるための祭典、オリンピズムを提言して、私達はその思いを取り入れた。
すると、ヴィクトリーの嫌味ったらしいVBC放送の記者がまた挙手する。
「質問は1回までだろ! VBC!!」
「でしゃばるな!」
「ヴァルキリー様にまた無礼な事を言う気か!」
他の記者から非難轟々だけど、何を考えてる?
彼は多分、よからぬ事を考えてて、私の存在もジローやイワネツさんも怒らせかねないけど。
私がジローの方を見ると、ニコリと彼は微笑む。
「ゆたさんどー、質問どーでぃん」
「では、ヴィクトリー王国VBC記者、オスカー・ジョンソンです。そのレディが魔法使いということは理解しましたが、私も疑問に思う事があります。30年前にイリアから独立したシシリーについて。あなたの子孫であるという、シシリー王ヴィットーリオ・デ・マリーオとはどのようにお思いでしょう?」
あ、出た。
アレックスやジョンから聞いてた、30年前にシシリーを独立させて私の子孫だって騙ってる王様。
「存じ上げません。ジロー、知ってる人?」
「あー、マリーオねー。あれさー、我があにひゃーと、小吉立ち会いでぃ、マフィーオの結社認めたん。確かマリーオって名前だったさぁ」
なるほど、謎は解けたわ。
おそらく、今のシシリーで王様を名乗ってるのは、秘密結社マフィーオを仕切ってる一族。
彼らが非合法活動を行うために、私を信仰の対象としているシシリー島を支配する大義名分で、私の子孫を名乗って分離独立したんだろう。
「では、あなたとは無関係であると?」
「関係なくはないけど、かつて世界とロマーノを救った私の協力者の一族のようです。私の子孫ではありません」
「それでは、あなたはシシリー王が嘘つきだと、そうおっしゃるのですか?」
ああ、読めたわ。
彼はあの素晴らしい王女から陰謀を吹き込まれて、私とシシリーが対立するように持って行く気か。
「おい! お前!」
イワネツさんが、記者を殺気を込めて睨みつける。
「くだらねえ揚げ足取りやがって、ぶっ殺すぞ!」
「うっ」
怖っ!
確かにくだらない揚げ足取りなんだけど、恫喝がやっぱりハンパじゃなく怖いよ、先生よりも。
「何ー? マリーちゃんに喧嘩売っとーんばー?」
「い、いえ」
ジロー、笑顔のままだけど目が全然笑ってない。
ていうか、めっちゃ殺気を放ってる。
「お前、シシリーもヴィクトリーも、救ったん誰やんでぃ思ってぃんどー?」
「は、はい伝説のヴァルキリー様です」
「お前、ヴィクトリーの者だろ? なんで救ってやったマリーを嵌めようとしてやがんだ? 答えろ……ぶち殺すぞ畜生!」
「ヒィッ!」
VBCの記者、二人の勇者の殺気をもろに浴びて、震えて歯までカチカチ鳴らして、他の記者も怯えてしまってる。
多分、あの記者は私を貶めるために、素晴らしい王女に金か何かで買収されたスパイなんだろう。
「なあ、すりぃ良くねえさぁ。自分の気持ちに正直にあらんとだめさぁ。自分の意思でマリーちゃん貶めようとしたか?」
「……本社から、指示をされまして仕方なく……。私だって伝説のヴァルキリー様に、こんな非礼言いたくない……」
VBCの記者は涙目になり、他の記者も沈黙する。
「もういいよ、ジロー。私は、誰かに褒められたくてだとか、お金や名誉が欲しいから、みんなと世界を救ったんじゃない。みんなが色んな仕事や好きな事ができる世界にするため、楽しい世界にするために救った。たとえ、彼の会社がどんな考えを持ってたとしても、彼は私の愛するヴィクトリー国民です」
報道陣が、一人、また一人と拍手して、VBCの記者は俯いたまま顔を下げ、フランソワの記者がヘラヘラしながら、彼をせせら笑っていた。
「おう、そこの歯を見せてやがるニヤケ顔。なんか俺達が面白いこと言ったか? お前、ムカつく顔してやがるな」
今度はフランソワの記者がイワネツさんに指差される。
「い、いえ。あ、そうだ英雄様。フランソワを先進国にしたデリンジャー初代大統領は、あなた方の仲間だと申されました。我が国では世界に先駆けてパリス人権宣言が行われましたが、それについて当時の話を」
「あ゛? その事なら人権を最初に提唱したのは俺だ。そうだよなジロー?」
「そうねー、我とアヴドゥルの名だった龍、そしてデリンジャーと協議してぃ決めたんさぁ。マリーちゃんの思いも」
この記者会見で、世界の常識だったものが崩されて行く。
後世では、フランソワが最初に人権宣言をした事となっていたが、デリンジャーの人となりや思いはキチンと伝わっていないようだ。
「そ、それは初耳です。我が国の初代大統領は、元王子で偉大な民主主義と人権、平等をフランソワ憲法を定めたとされます。しかし彼はフランソワでは不人気で、ホランド王国との戦争に敗れて王政を廃止。国を一時的に没落させた敗北主義者だったとも言われており……」
「違うわ、彼はみんなのリーダーだった。半世紀も行われていたホランドとの戦争も遺恨も終わらせた。あの大戦でも、彼こそがこの世界を文字通り命懸けで救った真の英雄。男の中の男だったわ」
そう、デリンジャーは本当の英雄だった。
彼の情熱と、生き方を私達は忘れない。
命どころか魂を懸けて巨悪に立ち向かう、私達の精神的な大黒柱が彼だった。
「そうだ、奴は真の男だった。人の思いを、男の誇りを、世界を愛する気持ちを誰よりも持つ、熱い男だった」
「そうねー、デリンジャーこそが英雄さぁ。世界を本当の意味で救ったのはデリンジャーぬ魂さぁ」
記者達はシーンと静まり返り、フランソワの記者も呆然と立ち尽くす。
「そんな……そんな話は歴史で残されてない! あなた方の話はどこかがおかしい! ならば、なぜこの我がフランソワでは、貧富の差が生まれ、金持ちが好き放題しているのですか! 外国人の金持ちと資本家ばかり優遇して、市民生活は脅かされているのに!」
アレックスやジョンから聞いたが、現代のフランソワは旧大貴族が力を持ち、政治腐敗が横行し、資本主義が行きすぎて市民生活が脅かされているという。
フランソワの記者の熱気と怒気が、周りの記者達に伝播し始め、次々とこの世界の問題点を堰を切ったように口々に私達へ意見してくる。
「ホランドのNOH特派員、ヨアヒム・オールトです。現在、ナーロッパにおいて、東欧東ライヒ帝国及びフランソワ共和国の経済難民が問題となってます。一部の資本家に富が集中し、チーノ人民共和国で起きた平等革命思想なるものもナーロッパで真剣に議論されております。現に我が国でも経済難民が犯罪シンジケートを形成しており、深刻な治安問題も。中東ナージアの環境問題も含め、これについては、どう対処すれば」
「西ライヒ帝国第一チャンネル特派員の、アドラー・ハインツです。我が帝国は東西冷戦真っ只中におり、東の皇帝フリードリヒ・ベルヘルム・ジーク・フォン・カール・ロレーヌは、難民と称する野蛮な東ライヒ人やルーシー人犯罪者を送り込み、我が国は混乱状況にあります。どうすればよろしいですかな? あとチーノもヒンダスも麻薬を蔓延させやりたい放題です」
「中東エルジャジーラ主任特派員モハメッド・アリー・サヤフです。ナーロッパ人は、我々のエネルギー資源で食い繋いでいるのに、このような不平不満ばかり。我々ナージアは、環境問題と麻薬問題の根源だと、言われなき差別を受けております。ヴァルキリー様、このような者どもの話など聞かなくて結構」
「虹龍国際公司、メディア分析広報部長の劉昊天です。東ナージアにおける麻薬問題は、いささか苦慮する面もありますが、需要があるから供給もあるのです。その麻薬の需要を満たしてるのは、西洋諸国だ。ナーロッパの愚か者共は、その責任を全てナージアに押し付けようとする。こいつらやジッポンの言う、人権と博愛主義の偽善には反吐が出ます。彼らをわからせてやってください!」
するとイワネツさんがサングラスを外して、強烈なオーラを発し、目を剥いて怒りを示す。
「お前ら、自分本位の不平不満をべらべら好き勝手言いやがってクソ共!」
うわぁ、本気で怒ってる。
味方につけるはずの、報道陣を変な方向に追い込まなきゃいいけど。
「俺達が救った世界の思いも果たさねえで、甘ったれてんじゃねえ!!」
「ちょっと勇者イワネツ、言い方」
「だってそうだろうがよおマリー! 俺達がどんな思いしてこの世界を救ったと思ってんだ! 命を懸けてまで救ってやったのに、こいつら自助努力ってもんを忘れちまった! 公助も共助もまるでなってねえ! なんでそんな事になったか教えてやる、お前ら民衆やお前らの支配者層が、自分の事しか考えてねえからだよ!」
確かに、私達勇者や救世主が救いに向かう世界は、自助、共助、公助の概念が欠けた世界ばかりだった。
人々が自分でなんとかしようとする自助の意思や、人と人とが助け合う共助の精神、上に立つ者や政府がなんとかしようっていう公助の精神が無くなると、人間らしさが失われた世界になる。
私が世界救済課程の授業でも話している内容。
しかし、今そんな事を言っても、彼らには、例の財団とか復活したエムに立ち向かう力なんてない。
彼らのあずかり知らないところで、悪が蔓延り、多くの人々が苦しんでいるんだ。
「彼らには彼らの願いも思いもある。もうあの時代から300年経ったんだし」
「兄弟! 言い過ぎやん」
「いいやダメだ、言わせてくれ! 大戦の真実を教えてやる! おう、アレックス、お前は尖った耳をしてやがるが、それで不利益を受けたり、人と違った扱いは受けたことはあるか?」
「ない……です。ありません」
そうか、彼はルーシーランド、かつてハイエルフだった彼の血を引いていた。
「当時の300年前の世界ではよお、ジッポンを除いて、こいつみてえに耳が尖った奴らはぶっ殺されたり、奴隷にされて差別を受けた! その差別が、世界を滅ぼす悪意を産んだ!」
アレックスも、それには初耳だったようで、私の方を見る。
「本当よ、アレックス君。そのせいで、生まれた時に耳を切らなきゃ社会で生きていけなかった人達も大勢いた。そしていわれなき差別で、多くの人が命を落とし、世界を憎んだ集団もいた。かつてのルーシーランドやハーンと呼ばれた民族もそうだった」
「そんな……そんな社会、世界だったのか……酷すぎる」
アレックスは世界の真実を聞いて項垂れ、ジョンはアレックスの肩に優しく手を置く。
「そんな差別も偏狭も、全部無くすために俺たちは体を懸けて、命も懸けた! 世界は弱者への暴力と簒奪から救いを求めていた! なのに300年経ったお前らはっ!」
彼には、自分でも気がついていない能力がある。
私と先生が研究対象にしている言霊。
彼の発言には、魂が込められており人を導き、時には操る能力を持っている。
「悪が人々の心を虐げ、分断を煽り、弱者が虐げられるザマを、誰も何も変えようとせずに、責任の擦りつけ合いしてんじゃねえか! たかが300年で世界をダメにしやがって! お前らふざけんじゃねえぞ馬鹿野郎!!」
「……」
「質問は!? ねえなら続けるぞ! 俺はなあ、この世界に再び帰ってきた。すると蓋を開けたらどうだ? あいつらのせいだ、東が悪い西が悪い。ふざけんじゃねえぞ、俺に言わせれば全部悪い!! お前らの先祖は救いを求め、俺たちに力をくれた! 思いを俺に託し、俺は力を振るった! 世界のために! 友のために! 愛する者のために! それが1アルシンも感じられねえ! お前ら俺を失望させるんじゃねえ!!」
イワネツさんは肩で息を切らしながら、目を剥いて記者団を怒鳴りつけると、記者達の中には自分達にはどうする事もできないという思いや、イワネツさんの気にあてられ吐きそうな顔をしている者も出ている。
「兄弟の言う通りやん。あんしぃ勇者はイワネツぬ兄弟だけやあらん。我ぬ兄貴分マサヨシ、元勇者ロバート、そして勇者ヘラクレス。くぬ世界なー、多くぬっ人達からー助きられ世話んなったっしがー……今ぬくぬ世界よー、義理、欠いちょーんど」
そうだね。
私達が救った世界は、今いるロマーノ以外、ジローの言う通り義理も人情も欠いていた。
「だから私たちは、この世界に再びやって来た。世界が色を失い、人々が救いを求めるならば、救いの手を差し伸べるのが我々です」
すると、記者会見場のホテル入り口に、黒塗りの高級セダンが駐車しまくり、警官隊達も直立不動で敬礼する。
そして黒い肌でスキンヘッドのサングラスをした老年の男が、会場に現れて、サングラスを取ると市長も頭を下げた。
「テレビ中継を拝見しましてこちらに参りました。娘が、市長がお世話になりました皆様。イリア共和国大統領サルヴァトーレの名代で参りました、イリア評議会議長首相ジュリーノ・ムッソリーニ・デ・ロマーノでございます」
イリア共和国の実質的な責任者で、ロマーノ市長の父親と言うことは、ジローのこの世界における直系の子孫か。
「お前、いい面構えさぁ。ちゃんとぅ空手ぃそーんや」
「はい、我が家の家訓は今も残しております、命どぅ宝の思いも。これよりロマーノ大統領からの通達を申し渡す。ヴァルキリー様に我がイリア共和国は全面協力する所存! 悪しき者を退け、世界に、再び黄金の時代を!! 世界にまた救いが訪れん事をイリア共和国首相として宣言する!!」
「ちばりよーみんなぁ、ロマーノだきじゃなく、くぬ世界に命どぅ宝を」
イリア共和国首相から、活動許可が出てジローの体が光だす。
「そろそろ時間やん。えー、お前、アレックスと呼ばれた若者ぬ隣にいるの名前ぬーやん?」
「は、はい! 自分、ジョン・モワイ・スミスって言います。見事な正拳突きでしたジロー王」
ジローは、人差し指にしていた召喚の指輪を、ジョンに投げ渡す。
「ペチャラちゃんの子孫かー? お前空手やっとーんばー? 何があいねー我呼び出せい。空手ぃ教えてやるさぁ。マリーちゃん、兄弟、またやーさい」
召喚の効果が切れてジローは、イワネツさんとハイタッチしてどこかの世界へ帰って行った。
きっと彼の事だから、救った世界で少しのんびりした後、召喚の指輪でいつ呼び出されてもいいように、体を鍛え上げて準備してくれるはず。
「この場におられるのは勇者イワネツ、武将織部憲長公と、本物のヴァルキリー様であることは明白。一週間後にジッポン八州において、首脳達出席の世界会議がございます。我々イリア側のゲストとして、是非ともご出席願います。何やら主要各国でよろしくない動きをしている国もございますので」
「わかりました。ご厚意に甘えさせてもらいます」
「いいだろう、それに今のジッポンの内情も知りてえ。記者共、今の会見はキチンと発表しろ。嘘書きやがったらぶっ殺すぞ!!」
記者団は怯えながらも、私達の想いは伝わったようだった。
今度こそこの世界を救う。
「私の水晶玉の連絡先を皆さんに教えます。いつでもお気軽にお声掛けください。私が記録した映像や、音声も流してもえらえれば幸いです」
私はロマーノに集った記者らに連絡先を教え、記者会見は終了し、私達も首脳会談に向けてジッポンへ向かう動機もできた。
あとは……。
「ねえ、勇者イワネツ。財団を構成している秘密結社があると言う、シシリーに寄ってみましょう。私の大好きなシシリーで、これ以上悪いことなんかさせたくないし」
「いいぞ、今夜のディナーはシシリー島でとることとしようか。おい、アレックス! ジョン! 空は飛べるか?」
二人は、一斉に首を横に振る。
「ダメみたいね。そうだ、彼らの格好もイマイチだし、ディナーに相応しいのを用意してあげましょう」
「だな、お前ら学生丸出しの格好しやがって。俺の女の店で見繕ってやる。空飛ぶコツも教えてやるからよ、とりあえず有り金寄越せ、ここには当分戻らねえ」
「えぇ……」
「俺らが払うのかよ」
こうして私達は、ロマーノ市内でショッピングしたあとシシリー島へディナーをしに訪れる。
次回は三人称に戻ります