第186話 記者会見
私は、自分を取り囲む記者達を見る。
先生から、情報工作の一環でマスコミ対策というものを習ったことを思い出す。
「おう、マリー。まずな、マスコミやブン屋なんかが職業として認められてる、そこそこ文明が発達した世界についての話だ。マスコミ共を、どう自分の役に立たせて世界を救うかってのも教えてやんよ」
「はい」
「まずな、テレビやラジオ、ネットなんかのメディアや、新聞だとか週刊誌のブン屋なんかを、大衆報道、いわゆるマスコミと呼ばれる。奴ら格好つけてジャーナリストなんざうたってやがるが、あいつらは総じて人間のクズだ。信頼なんかしちゃいけねえし、俺的には警察より嫌いだな」
さすがに私もそのいい草は酷いと思ったけど、ヤクザな先生は、マスメディアや記者を人間のクズ呼ばわりとかしてて、もうめっちゃボロクソに言ってたっけか。
「だってそうだろ? 何か事件があったり人の不幸とかあると、そこに嬉々としてやって来やがって面白おかしく話のネタにすんじゃねえか? 特に転生前の週刊誌の記者なんか、抗争とかあると、あることないこと書きやがって煽りやがる。便所にたかるクソ蠅みてえなもんよ」
「は、はあ……」
そう言われればそうかもしれない所もあるかもなんだけど、彼らも仕事としてやってるんだからその言い分はちょっと違うと思ったけか。
「だが、そんなクズな連中も人様の役には立つ。奴らはな、敵にするよりも味方に取り込んじまうのが一番なのよ。奴らの特性は、大衆の代弁者って形を気取りてえわけだから、そいつらに受けるようにしちまうのさ。奴らを利用して世間様に自分の思いを伝えるのも、一つの方法よ」
そんな感じで、メディア対応を習った。
まずは影響力のある報道社又はジャーナリスト個人を選定し、こちらは敵対する意思はないと態度と言葉で示すのが第一。
「おう、民警と軍隊。この俺様がこの世界に帰って来た以上は、心配しなくていいぞ。気に入らねえ奴らはな、俺が片っ端から殴って奪う。俺は世界を救う勇者だからよお。なあ!?」
強盗宣言したイワネツさんが、怯えるヴィクトリーのエージェントの頭を、おもいっきり引っ叩いて大きな金属音が響きわたり、私が上空で拘束したヴィクトリー空軍のパイロット達を蹴り飛ばして、憲兵達に身柄を引き渡していた。
「え、えぇ、逮捕の協力ありがとうございます」
「じゃあさっさと、こいつら房にぶち込め。あと、功労者の俺に上等な服と飯を持ってこい。こんなボロなジャージ渡しやがって、お前らジローの国の人間じゃなかったらぶっ殺すぞ民警共」
「は、はい!」
「りょ、了解!」
あぁ、おまわりさん達、怯えちゃってるよ。
もうちょっとこう、うまい感じにできないかなこの人。
「本隊から応援が来るが絶対刺激させるなよ。あの方達が伝説のヴァルキリー様と英雄様ならば、敵対したら最後、我々憲兵や警察はイリア世論の支持を失う」
「本隊の石頭、失礼、将軍閣下が納得されればいいのですが。とりあえず、民警側がマフィーオの身柄を、我々はヴィクトリー空軍と特務諜報員の捕虜を担当ですね」
「ああ、ヘタをすると国際問題だ。戦争にならなきゃいいよな……」
するとイワネツさんが憲兵達の前に立つ。
「おう、兵隊。こいつら正規軍でもなんでもねえから拷問かけちまえよ。やり方教えてやろうか?」
「えぇ……」
イワネツさんの言い分は、間違っちゃいないんだけど親しくない人に、絶対に歯を見せなかったり、人にぶっきらぼうな感じが彼が誤解されている要因でもある。
これはイワネツさんのソ連、ロシア時代から引き摺っている事で、赤の他人の前で無駄口を叩いたり、愛想笑いをすると、馬鹿だと思われ、なめられるっていう文化圏に育ったかららしく、彼が転生したジッポンもそんな感じだったらしい。
一方のロマーノだとかのイリア共和国圏は、南国特有の大らかさや気さくさもある文化圏だから、彼の言動は特異な目で見られてるのかも。
私はネズミ色ジャージな、今はちょっとテレビ映えしないイワネツさんに警察と軍への対応を任せて、カメラを回してインタビュアーが、殺到している規制線の前に立つ。
「ごきげんよう、メディアの皆様お仕事お疲れ様です。記者会見を開きたいので案内していただけますか? 久しぶりのロマーノ市内なので皆様と一緒に回りたいです」
「は、はい! すぐ近隣のホテル各社に連絡!」
「ヴァルキリー様だ! ヴァルキリー様が現れた!」
「街を壊そうとした兵器を倒してくれたぞ!」
私は満面の笑みで記者対応し、アレックスとジョンをこっちに呼んで、警察署から程近い、デ・セントラル・レジテンス・ロマーノホテルのロビーで、臨時の記者会見を開く事となる。
市警察の署長さんも、市警本部長さんも、助けて貰ったからって全面協力してくれたようで、周りを一斉に取り囲んで、ホテルに私達やメディアしか入れないようにしてくれた。
ホテルのドアマン達やフロントのコンシェルジュさん達も、もうてんやわんやみたいな感じになって、ロビーにいたお客さん達もざわめきたつが、メディア各局や記者達、人に気を遣う事を多少したほうがいいわね。
様々なセッティングが終わり、ホテルのロビーを舞台に、私の記者会見が開かれるけど、これは私の持論だけど、勇者というものは一流の芸能人やスポーツ選手に似る。
自分のパフォーマンスとか戦い方や、救いに行く世界の取り組み方で、大勢の人達の意識も変えなきゃいけないし、自分の思いや行動で多くの人達を導かなきゃいけない、ある意味では人気商売的な面もある。
その上で世界救済という結果を、最終的に出さなきゃいけないから、自身のパフォーマンスや考え方をわかりやすく伝えて、救いに導くのも仕事の一環。
だから勇者は強くあらなきゃダメ。
なぜならば、弱さは勇者の信頼を失わせ、結果が出なければ誰も勇者を信頼なんかしなくなり、救えるはずの世界が色褪せて救済不能になってしまう。
そんな事態になって、担当した勇者や救世主が悔し涙を流して、多くの人命を失い、私も救援に入った事も何度も経験したし、そんな事態になった当事者に、私も先生も根気強く再教育を施したのも数えきれないほどあった。
信頼を築くには時間がいるけど、失うのは一瞬。
だからこの記者会見の場が肝心。
私が頼れる勇者だと見せなきゃいけない場。
だが今この場に来ているメディアについても、私は正直いうと、どこのメディアが力を持ってて影響力があるかがわからない。
さっき、ジョンにも聞いてみたけど、彼はスポーツ番組くらいしかメディアを見てなくて、あとは黄金薔薇騎士団からの情報に頼っている感じ。
逆にアレックスは物知りで、私に世界で影響力があるメディアを推測できる、ヒントを教えてくれた。
現在のニュートピアは、水晶玉通信はかろうじて残ってるけど、これは私が最初いた地球世界のスマホみたいな感じで、広く一般的に使用されているようだ。
この水晶玉は、今は魔力ではなく微弱な電気で電波通信しているらしく、月々の通話配信使用料金を、各国の公共放送局が収入源にしている。
例えば、世界的な情報発信で一番力を持つのが、ヴィクトリー王国のVBC国営放送局。
次にナーロッパの情報発信で影響力を持つのは、以前は国営放送だったけど、フランソワ旧大貴族が影響力を持つ、国立行政学院出身者達が出資する、テレビジョン・フランソワ2チャンネル。
それと旧ロレーヌ皇国、現西ライヒ帝国の帝国第一チャンネルと、旧バブイール王国、現マリーク首長国連邦のエルジャジーラ。
ナーロッパで中堅的な報道機関が、北欧旧ノルドのスカンザ共栄圏、現スーデン王国の国営放送、スーデン公共放送とホランドのNOHテレビ。
この旧ロマーノの通信局は、スポーツ専門チャンネルが主体の、半公共放送RAーイリアで、さらに大都市ごとにあるテレビ局が、ある意味公共放送よりも影響力を持っているらしい。
今、私と目が合ったロマーノ市通信放送の、若そうな女子アナちゃんへ、ニコリと微笑みかけるけど、彼女もニッコリと私に微笑んで来た。
彼女達、ロマーノ市通信局は私の味方側だろう。
なんとなく対立関係にはならないと思う。
銀の百合を国旗にしてるフランソワの放送は、中立っぽい感じで、私のことをじっくり観察してるような感じ。
一番ナーロッパで影響力があるというVBCは、なんか水晶玉で本国から指令受けてて、何度もこっちをチラ見してきて、なんとなく嫌な感じの表情で見てくるが、もしあの素晴らしい馬鹿女が圧力かけてたら、面倒臭いな。
すると、ホテルの前に前の地球世界のような真っ赤なスーパースポーツカーのガルウイングのドアを開くと、白いドレスが似合う肌が黒いロングヘアーの女性が入ってきた。
年の頃は40手前だろうか? いやひょっとしたらもう少し年齢がいってるかもしれないが、記者会見場で、私に握手を求めてくる。
「私は、ロマーノ市長をしております、ルーナ・デ・ロマーノと申します。我が街の市警察を救ってくださり、ありがとうございます」
市長さんか、めっちゃ華やかな感じで美人さんだけど、目の奥底は探りを入れてきてる感じがする。
「市長さんですね。私はマリー、またの名をヴァルキリーと申します。残念ながら少なくない犠牲者が出てしまいました。が、私がこの街に来た以上はもう、ご安心ください」
「おお、やはりヴァルキリー様ですか」
両手で私もガッチリ握手をすると、カメラのフラッシュがめっちゃたかれて、彼女はカメラの前で政治家らしく微笑む。
やり手の女って感じだわ。
ならば、彼女を味方に引き入れた方が、今後の活動は大いに楽になる。
私は彼女の耳元に寄り、囁く。
「ルーナ市長、この場であなたが一番信頼できるメディアは? 私とあなたも効果的なアピールできるような」
「……ロマーノ市通信局がベストですわね」
「じゃあ、それで行きましょう。僭越ながら司会進行役をお願いしても?」
彼女は野心が篭った目で、私に頷く。
やはり政治家らしく、この場にいる私を通じて自身のアピールも狙ってる感じだわ。
「それでは、報道各社の皆様。これよりロマーノ市警察、並びに国立第一ロマーノ大学を、テロリストから救って下さった彼女の記者会見を実施いたします。まず最初に、私ルーナがこの度の御礼と感謝を持って司会進行役を務めさせてもらいます。それではヴァルキリー様、どうぞ」
やはりこの市長に、私がロマーノ大学で秘密結社マフィーオと対峙した情報も入ってたか。
私は椅子に腰掛け、マイクをちょうどいい角度と距離に直して、報道陣が集まる前を見据える。
こういった報道会見やマスメディア対策の基本は、確かまず第一に彼らに真実と多くの情報を与えること。
より具体的には、
1正確な情報を提供する。
2デマや噂が広まらないようにする。
3推測による発信は避ける。
4マスコミ側に報道の真実等を確認する。
5定期的にマスコミ機関に新しい情報提供する。
6マスコミ、記者との窓口を設ける。
私が腰掛けるソファーの横には、アレックスとジョンを書記として、記録をきっちりつけてもらうことにした。
「市長より、感謝のお言葉をいただき光栄でございます。私は、この世界に、ヴァルキリーとして伝説が残る本人です。今の時代、よくはわかりませんが私の話はどのように伝わっておりますか? ロマーノ市通信局さん」
「あ、はい。私、ロマーノ市通信局のメリッサ・クレメンテと申します。この世界の女子なら誰もが知るお伽噺でもあるんですが、かつてヴィクトリーに悪の魔女エリザベスと、悪の黒騎士が世界で世界大戦を起こしました。しかし黄金の戦士ヴァルキリー様が現れ、聖騎士フレッド様とジッポンの勇者や英雄達が、悪の存在や大邪神を滅ぼしましたって感じです」
んー、まあ合ってるっちゃあ、合ってるけど端折りすぎでしょ、それ。
「じゃあ、私の本名は残ってないわけですね。私の本名は、マリー・ロンディウム・ローズ・ヴィクトリー」
一斉に記者達がどよめき、市長も私の正体について、目を丸くして見てくる。
「え、えーとマリーの日記で有名なあの、魔女エリザベスから国を追われた後で、世界各地を回ったあと救国の姫と呼ばれた……」
「はい、市長。私の日記、後世ではなんか色々と端折られていますけど、私がなぜ救国の姫と残っていたのか、その逸話は?」
「は、はい。確証はないですが、マリー姫はヴィクトリー王朝の、アイリー島大貴族ハノーヴァー家こそが正統王家と国譲りをした結果、ヴィクトリー王国が経済的にも文化的にも大発展期を迎えたとされてます」
ああ、それはおそらく私がこの世界を去った後、ハノーヴァー侯爵家改め公爵家達や、黄金薔薇騎士団がめっちゃ頑張った結果や、エリとロキ達がその下地を作ってくれてた結果だろう。
「そうですか、なるほど。私は、ヴァルキリーでもあり本名は先ほど申し上げた通り、300年前からやって来たマリーです。今の世界の現状はよくわからないけど、何やら救ったはずの世界で、再び悪が活動しているようですね」
「悪ですか」
「そう悪です。私は、聖騎士と呼ばれたフレッド、フランソワ大統領のデリンジャー、旧バブイール皇太子だったアヴドゥル、ジッポンの勇者イワネツ、そしてここロマーノの英雄ジローや、多くの人達と一緒に悪と戦った。ノルドの皇帝ヨハンもそのメンバーでした」
記者達からフラッシュが一斉にたかれて、会見場が一斉にざわめき立ち、私は真実を明かす。
「かつてこの世界を滅ぼそうとした巨悪、その正体は高異次元的な存在としておきましょう。この世界の人々の抹殺を企て、自分達の勢力拡大や復讐、そして麻薬禍にしようとした悪の存在。多くの人々が犠牲になった」
「はい、犠牲者が世界の半分とも三分の一とも言われる」
「ですがご安心を、私の他にもこの世界に帰って来た方がいる。ジッポン織部を率いた織部憲長。またの名を勇者イワネツ」
記者会見場が一斉にざわめき立つ。
「オリベノリナガ? あの伝説の」
「ジッポン史最強の武将」
「魔王とも呼ばれ恐れられた勇者」
「東方ナージア最大の英雄」
なるほど、後世ではイワネツさんの名前は広く知れ渡っているらしく、確かに彼は勝利を決定付けた立役者だった。
あの大戦の最大の激戦地がジッポンとルーシーランド。
そして封印されしアスティカ大陸。
特にジッポンは南北戦争も再開され、ハーンの勢力とエムのアスティカ帝国軍も入り乱れて、沢山の人が亡くなった。
「市長、現代のジッポンはどのような位置付けですか?」
「はい、ジッポンは女神ヘルを崇める極東ナージア一の先進国。我がイリア首都ロマーノとジッポン中央の愛地県、名護矢市とは姉妹都市でもあります。西方ナーロッパと極東ジッポンは人権理念を共有する、戦略的重要パートナー国です」
なるほど、彼女は言葉を選びながら当たり障りのない表現をしているが、おそらくジッポンは今も強大な軍事力を持ってる列強国家だろう。
私の時代、あの国は滅茶苦茶強い軍事集団が戦国時代してて、攻め込んだハーンもエムも結局勝てなかった。
マツ君が作った幕府はおそらくまだ存続してて、アレックスとジョンは騎士団のミッションで、ジッポン倒幕派の工作員を探しにジッポン赴く予定だったっけ。
なぜならば、ジッポンの倒幕にはヴィクトリーのあの素晴らしい王女が、チーノ人民共和国という財団が生み出した共産主義国と一緒に、ジッポンを植民地にする気だという。
はっきり言ってあの女は馬鹿すぎる。
ジッポンは、この世界で最も強い武力を持ってて、おそらくその陰謀は、ジッポンで剣術師範やってるジョーンズ公の子孫通じて、幕府側にバレてるはず。
下手したらジッポンに、ヴィクトリーの方が逆に滅ぼされるって思い付かないのかなあの馬鹿女。
「なるほど、私もジッポンには思い入れがあります。私はかつて彼らにお世話になり、多くの人達に助けられて、そして多くの人々があの大戦で亡くなった。だから、私はあの大戦を二度と起こさせない。蘇った私が、この世界の悪について言いたい事がございます」
私は、この場で強い表現で悪党達に告げたい事がある。
もう二度と大事な人達が奪われないために、私は前を見据える。
「悪党達よ、速やかに滅びなさい。私達が帰って来た以上は、陰謀も、暴力も、意味はなさない」
報道陣からフラッシュがたかれ、そのうちの記者の一人が手を挙げる。
「ヴィクトリー王国VBC記者、オスカー・ジョンソンです。質問よろしいでしょうか? ミスヴァルキリー」
彼は、VBC放送の記者か。
さて、彼はどんな質問を私にぶつけてくるのかな?
「あなたが、救国の姫マリーである証拠を見せてください」
ああ、なるほど証拠を見せろと来たか。
そうね、じゃあこういうのはどうかな?
「この世界は、実を言うと300年前は魔法という力が使えました。今、この世界では神々が二度と戦争の原因にならないようにって形で魔法を封じましたが、私は魔法を使えます」
めっちゃ記者会見場がどよめき始める。
すると私は、机上に置かれたコップへ手をかざすと、水の魔法を発動させてコップを満たし、今度は風の魔法でコップを宙に浮かせて口に運ぶ。
魔力で作った水は、純水だから美味しくないけど。
「手品利用のインチキでは?」
「トリックに違いない!」
「いや、そんな仕掛けを施す時間なんか」
うん、まあめっちゃ疑われるよね。
それで結構。
この状況で、敵か味方かのメディアを見極める。
「素晴らしい手品を披露されても、あなたがマリー姫である証拠にはならない気がしますが? どちらかと言うと、夜のパブやキャバレーで、貴方様が今の芸を披露なされると、酔っ払い達が喜びます」
ヴィクトリーのVBCは、どちらかというと私に懐疑的な見方をしているようだし、やっぱりヴィクトリーの男ね。
皮肉っぽくて、遠回しにつまらないブラックユーモア交えてくるのも変わってない。
「はっはっは、それは良いですな? 是非とも見てみたいものだ。それにヴィクトリーでは胸が大きく麗しい女性は、皆そういう夜の如何わしい仕事についているという表現ですね。実にヴィクトリーらしい」
釣られてフランソワの記者が笑ってるけど、めっちゃ下品な表現で遠回しにヴィクトリーをディスってる。
この二国、この時代ではあんまり仲良くないっぽいわね。
「いやいやフランソワにはかないません。フランソワでは今も多くの人種が愛し合い、胸と女性の態度も大きくなったとお聞きしますよ。なんでも毛深い女性や耳が大きい女性がモテるとか? フランソワは恋愛に関しても先進的ですね。保守的な我々には真似できない」
「そうでしょうとも、我が国はあらゆる面で先進国家ですので美しい女性も多い。そういえば大戦の首謀者だった魔女エリザベスは、ヴィクトリーらしからぬ豊満なスタイルのマリー姫を嫉妬して、暗殺しようとしたのは本当ですかな? ヴィクトリー婦人は胸が控え目で歯並びがよろしくない方も多いのは、そうした美しい女性が淘汰されるような、嫉妬深い女性が多いのではないですかな?」
「はっはっは、これまた一本取られましたな。他人種や近隣諸国を性奴隷にして、容姿の整う子孫を増やした先進的思想を持つご先祖を持った方々は言うことは違う」
「おい貴様? 今、なんて言いやがった? 我々フランソワの先祖達を侮辱したか? 不細工ばっかりしかいない、この貴族主義の島国が!」
なんかサラッと女を馬鹿にした話になってるし、気分が悪いわねこいつら。
じゃあ流れに乗ってやる。
「そうですね、パブで魔法を披露するのも、楽にお金儲けできるかも知れません。なかなかいいアイデアをくれてありがとうございますわ。お礼にあなた方二人を、人体消失の魔法のショーにお誘いしてもいいくらいです」
ウェットに富むとか勘違いしたジョークで、お互いディスってたから、遠回しに私がお前らぶっ殺すぞって伝えてやった。
「まあまあ、女を馬鹿にするような記者達と、同じレベルの話をしなくても良いですよヴァルキリー様」
「ああ、失礼しました市長。それで他に私に質問は?」
会場は苦笑いで包まれ、私とイワネツさんの戦いを見ていた市警察の人達と、魔法の概念が残ってる北欧諸国の報道機関は青ざめた顔して首を横に振った。
スーデン出身の、おそらくはドワーフの血が混じってる記者の彼は、顔面がめっちゃ蒼白になってるから、旧ノルド地域は魔法という概念自体、まだ残ってるっぽいわね。
おそらく、今も先生の組織の息がかかってるかも。
あとで個人的にコンタクトを取るべきか。
すると、記者会見場に煌びやかな制服を着た、ちょび髭の男性が現れる。
「失礼、皆様。私、ロマーノ市警察本部長、ビアッチョ・ロセッティです。市長、並びにヴァルキリー様、我々市警察と国家警察の合同捜査の報道発表を兼ねても?」
私と市長は頷き合い、市警察本部長の発言を促す。
「ありがとうございます。ではこの場を借りて報道発表を。本件は、カルメーロ国家警察庁長官及び国家憲兵隊長、ヴィットーリオ中将閣下と打ち合わせた共通の捜査発表です。今は某国としておきましょう。某国が秘密結社を通じて我がロマーノ市でテロ活動を行った陰謀の可能性大と発表いたします」
記者会見が一斉にどよめいて、記者達がカメラを回し、フラッシュがたかれて市警察本部長を撮影する。
「すでに実行犯の自白がなされて、あとは裏付けを待つだけであります。本件は共和国評議会にも大統領府にも情報はもたらされ、私はムッソリーニ評議会議長首相閣下より、言伝をいただいてます」
おそらく、イワネツさんが実行犯の面々を、なんらかの方法で協力して自白させたんだろう。
多分、人権を重んじる警察とは違い、軍法に基づく尋問や拷問もありな憲兵に協力したんだろうけど、どんな方法か知りたくないな。
「首相はおっしゃってました。命どぅ宝であると。イリア共和国の国是です。私は目の前のヴァルキリー様によって、ある刑事の命が救われたと聞いていた。ランディーノ巡査部長、私と若い時代に苦楽を共にした警察同期であります。来年度、私と退官する予定の警察官の命を、彼女は救っていただいた。魔法としか思えない力を使って凶悪犯と対峙したと報告を受けました」
そうか、あのおじいちゃん刑事は、本部長と同期だったんだ。
「私の警察同期を救ったヴァルキリー様については、現場より証言を受けております。この世界に英雄達が残した思いを蘇らせるために、帰ってきたと。まだ確証はなく個人的な見解ですが、彼女こそ世界を救ったヴァルキリーであると、あくまで警察官の勘ではありますが、発表させていただきます」
「そうだ、彼女はヴァルキリー様だ」
「さっきからふざけたことばっかり抜かしやがって、ヴィクトリーとフランソワ! この方が俺達の先祖様を救ってくれなきゃ俺達は存在しないんだぞ!」
「恥を知れよ俗物が!」
私が救ったおじいちゃん刑事のおかげで、風向きが変わったのを感じる。
先生は、世界と人を救うにあたって情けについて私に教えてくれた。
「いいかい、マリー。これは世界を救う上で重要な話だ。情と書いて情けとも言う。情けは人の為ならず、聞いたことはあるか?」
「あ、なんとなーく、はい」
生返事というか、その時の私は物をよく知らなくて、情けをかけすぎるのは、人や世界のためによくないものなのかなと、斜め上の解答を考えていた。
「意味はわかるか?」
とまあ、こんな感じで詰められて嘘を言う事は出来ないし、私が出した答えは……。
「えーと、すいませんわかりません。情けは時には人の為にならないってことですか?」
先生は、ニコッと笑ってこのことわざの、さらに深い意味まで解説してくれた。
「情けは人の為ならずって意味は、情を人にかけておけば,巡り巡って自分によい報いが来るということよ。これは理想論だが、情けをかける奴はよく見なきゃダメな場合もある」
そう、この言葉の意味は情けは人の為じゃなく、巡り巡って自分に良い事が返ってくるという意味だが、経験豊富な先生は情けをかけた相手が、恩を仇で返してくる場合も経験していた。
「それで、もう一度おめえさんに問う。その上で、相手に情けはかけるか否か?」
迷った末に私は回答を示す。
「よっぽど、救いようのない人でなし以外は、情けはかけるべきです。先生は、情けをかける相手は選ぶとおっしゃってましたが、先生達はよほどの行いじゃない限り、行いを許して世界の役に立たせるって方向に向かせると、人から聞きました」
先生は照れくさい笑みを浮かべて、私を見る。
「へっ、俺はそこまで人間できてねえよ。だが情けは人の為ならず……この格言の真骨頂は、自分が他人に行った善行や情けが還って来た時だ。還って来た恩義に、どう義理立てするかで人の器が出る。おめえならどうする?」
情けをかけた、つまり人助けをした事で、巡り回って恩情が還って来た場合を想定した先生からのテストだった。
「それは大事にすべきです。その善意をさらなる善意で、善意を人々に循環させ、その循環が世界を救う道筋が出来るのではないかと思います」
「そうだ、正しい思いってのは人間なら誰もが求める道。人の善意は、ワルに打ち勝てる力を持つ。もし情けが巡り巡って自分に還ってきたならば、まずは人の善意に甘えろ。そしてまた情けをかける事で、善意は循環する」
記者達は、一斉に私に向き会見場のロビーがシーンと静まり返る。
「では、記者会見を続けます。私は、今度こそ悪を滅ぼすために帰ってきました。命どぅ宝、かつて私と共にこの世界を救った仲間のジローが残した思い。生きとし生ける者達の命は、皆尊い宝であると彼は語っていた」
「詳しくおっしゃってください。私は、伝説の国王ジローの子孫、末裔と言われています。先祖はどんな想いを?」
ルーナ市長は、どうやらこの世界におけるジローの子孫だったようで、だからだろうか、彼女の感じがなんとなく彼を感じさせ、信頼できる感じがしたんだ。
そして私は、アレックスの右の人差し指に、あの指輪をしていたのを見つける。
「アレックス君、その人差し指の指輪、私に預けてくれるかな? その指輪の使い道、ちょっと実演してみせるから」
「え、はいどうぞ」
300年経ってるけど、機能するかどうか。
私が召喚の指輪を小指にはめて、魔力を込める。
「いでよ、勇者ジロー! この世界にあなたの思いを!」
続きます