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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第一章 王女は楽な人生を送りたい
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第18話 兄弟(チョーデー) 前編

 ヴィトーは自室で目を閉じると、自分が経験した事もない、ロマーノともまた違う、南国の記憶を思い出していた。


 住民は日に焼けて、褐色のものもいれば、肌が黄色かったり、白かったりする、みんな開放感と人情に溢れてて、気の良い人間ばかりだった記憶。


 物心ついた時は戦後と呼ばれ、死んだ父が門下生だった空手という、格闘技の道場の世話になりながら、母と幼い弟妹を食わすため、闇市で子供ながら盗品を売り捌いていた。


 だが、この世界では見たこともないライフルを構えて、住人に抑圧的な態度を取る軍団もおり、自分はそれが面白くなく、自分の五体を武器に、その軍団の兵士ヤンキーを、夜の町でぶちのめしていた記憶が蘇る。


 そして、空手の技を磨きあげ、ヤンキー軍団のライフルを奪い、敵対する武闘家集団と血が沸き立つような、激しい戦闘を繰り広げた記憶を思い出す。


 自分はその島でも、王のように振る舞い、気の合う仲間と町に繰り出しては、酒に酔い、美しい女を口説き、たまに性病にかかって、股間をポリポリと掻いていた記憶も蘇ってくる。


 そして、自分達島の人間を侮辱する、白い肌の軍団を、追い返した記憶なども思い出した。


 こうして、喧嘩と女と酒を楽しむ日々を送っていたが、ある日、敵対組織の店を襲撃した事で、囚われの身になり、惨めにも頭を刈られて全裸にされて、尻の穴まで官憲に検査された、屈辱の記憶が蘇る。


 そこは刑務所だった。


 自分を侮辱した刑務官に怒り、問題を起こしては、反省など全くしない受刑生活。


 そして自分が生まれた島を離れ、本土と呼ばれる大きな島の、首都にある大きな刑務所に自分は入れられた。


 自分が属していたのは、日本という大国。


 古くは琉球と言われ、その後は沖縄と呼ばれて外国から占領されていた故郷を、本来の姿に取り戻しつつあった一人が自分だった。


 彼は、自由と地元と女を何よりも愛していた。


 そして自分が移された刑務所は、日本中の筋金入りの犯罪者が集まり、悪党集団ヤクザが、裏で支配する刑務所。


 彼は自分をヤクザだと思った事はない。


 本土の組織に対抗するため、自分も沖縄の組織設立に関わり、本土のヤクザから下に見られないよう、組を立ち上げたが、自分は根っからのアシバー。


 遊び人の頭領、アシバーのジローであると自負していたからだ。


 しかし本土の刑務所生活はきつく、同部屋の人間も、工場の人間も、自分の沖縄訛りを馬鹿にして、下に見て来る態度を取ったため、その度に暴行事件を起こして、懲罰房入りを繰り返していた。


 いつしか彼は受刑者達から、関わると厄介な沖縄のアシバーのジローと呼ばれ、恐れられて無視されるようになり、独居房入りになる。


 ある日彼は、素行不良者が入れられる単独房から、雑居房への移動を命じられ、ある男と知り合った。


 男は自分よりも若い、20代中ごろのハンサムで、受刑者達の枕全部を座布団代わりにして、あぐらをかいていた。


 アシバーの自分を腕組みして、気迫がこもった目で見つめており、周りの雑居房の人間も、全員男の前で正座して、自分にも正座するよう促してきた。


「よう、おめえさんがアシバーのジローかい? 俺は逮捕監禁致死、ぶっちゃけ殺しで服役中の、極悪組中京連合会東海興業の若頭してる、清水って言うんだ。おめえと敵対してる組織の枝のもんだが、よろしくな」


 それが男と自分との出会いだった。


 若いが気迫とカリスマ性に溢れ、組織の若きホープとも呼ばれた、清水と名乗る本土のヤクザとの。

 

「この刑務所(よせば)はよお、関西も関東も、東北も北海道も九州も沖縄も関係ねえ。全員がこの辛く厳しい懲役を、助け合ってるんだ。ここには沖縄の連中も少ねえし、なめられたくねえって気持ちはわかるが、お互い助け合おうや。ホレ」


 自分が持つ粗末な官品ではない、市販の石鹸、タオル、歯ブラシ、歯磨き粉、上質なちり紙に、髭剃りや、舶来品パンツのブリーフが、清水から自分に投げ渡された。


「使えよ! 今日からおめえさんの面倒は俺が全部見るし、官にも担当(オヤジ)にも話は通ってる。うちの組織にも沖縄出身のもんがいてな、同郷のよしみもあるから、面倒見てやってくれって言われてんだ。受けとれよ」


 しかし自分は首を横に振る。


 沖縄県人(ウチナー)の自分が、敵対してる内地(ナイチャー)の組織に世話になるなんて嫌だ、軍門なんかには下らないと。


「なんだとこの野郎? おい、おめえら押さえつけろ!」


 清水という男に、猿ぐつわのように口にタオルを詰められ、声が出せないようにされ、部屋の男達に押さえつけられ、腹を殴る蹴るされた。


「てめえ、人の好意を無碍にしやがって! 俺をなめんじゃねぞ! この俺が面倒見てやるって言ってんだ! 沖縄とか内地とか、くだらねえ事言いやがって、ぶっ殺すぞ!」


 清水は、自分が好意を持って接したのに、無碍にされたと怒り狂い、暴力を振るってきた。


「てめえに、これらをくれてやったのはな、貸しを作る為じゃねえ! 本気で面倒見ようと思ってっからくれてやるんだ! この俺をそこらのヨゴレ共と、一緒の目で見るんじゃねえ!」


 自分は清水という男の気迫と、凶暴性に気圧され、渋々と新品の生理用品などを受け取る。


 男の言葉に嘘はなかった。


 朝が弱い自分を起こしてくれ、寝巻きから居室衣に着替えるのを手伝ってくれ、布団の畳み方から何からの面倒を見てくれる。


 刑務作業中も、自分を下に見て来る連中は誰もいなくなり、本土の極悪組の威光は、凄まじいものがあった。


 そして刑務作業が終わると、真っ先に自分に声を掛けてくれた。

 

 若い受刑者達から、兄のように慕われ、刑務所の関東や関西の垣根を超えた、ヤクザの親分衆から、目をかけられていたのが、清水という男だった。


「よう、運動の時間だ。関東の連中と、野球やりに行くぞ金城!」


 野球と言っても、刑務所で出来るのはソフトボールであるが、受刑者みんなが野球と言っており、練習時間も40分しかないが、自分はこのスポーツが大好きになった。


「清水はな、うちの若手で一番勢いあるごんたくれや。あのまんま育ったら、いずれ日本の天辺取る極道とまで言われとんねん。仲ようしたってな」


 刑務所野球の合間に、母が沖縄出身の極悪組の幹部から、自分は清水という男がどういう人物なのかを知り、自分は何かあればこの清水という男になんでも相談するようになった。


「おめえすげえ男だな。暴動起こして沖縄を本土復帰させた原因おめえかよ! 女子供の名誉守るためとかカッコいい事しやがって、惚れちまったぜ。正式によう、俺の兄弟分になってくれや、いやくだせえ。俺を舎弟にしてくれやせんか?」


兄弟(チョーデー)、あんたの事色々聞いたさ。(わん)こそ、(うっとぅ)にしてくれ。あんた上に立つ人間さー」


「半分何言ってかよくわかんねえけど、舎弟でいいんだな。じゃあおめえは、俺の一分下がりの舎弟だ。ここは酒なんて上等なもんねえからよ、明日の朝食の碗で、味噌汁に歯ブラシ切ったナイフに互いの血を入れて、血の兄弟になろうぜ。立会人は同じ房の奴らな」


 こうして自分は、清水の弟分になった。


 日曜祭日の余暇時間は、一緒に将棋を打ちながら、刑務官に内緒で賭け将棋を行う。


 その合間に、女の話から、武術の話に、ビジネスや趣味の話まで色々な話をした。


 正式に兄弟分になってくれた清水も、自分の事をよく話してくれた。


 戦後に生まれて父も知らず、母親から虐待を受けて、その母も覚せい剤に溺れて死んだこと。


 自分がヤクザになったきっかけや、組織に名が知れ渡り、若くして枝と呼ばれた末端の組だったが、若頭という組織のナンバー2になったいきさつを、全てを語ってくれた。


 清水も、自分と同じく自由と女を愛している男であることを知る。


 アシバ―と呼ばれた自分と、大差ない生き方であるとも。


 自分と違ったのは、本土のヤクザは疑似血縁関係の盃事に縛られて、なかなか上にたてない事と、血のつながりもない男達が命を懸けられる、きっちりとした組織体系だった。


 そして、何より自分が清水という男に惚れたのは、腕っぷしの強さもさることながら、男の持つ生来の優しさと知識欲。


 細かい粗相は、どうでもいいといった沖縄の精神にもつながるテーゲーさと、身内はどんなことがあっても面倒を見ると言った、ゆいまーるな沖縄精神の持つ優しさ、そして自由時間に字の勉強をしながら、本を読み漁る姿勢に、アシバ―のジローと言われた彼は感銘を受ける。


 この若きヤクザを、本当の意味で自分の実の家族のように、兄のように慕うようになった。


兄弟(チョーデー)さー、沖縄の女は情が深くて可愛い子沢山さー。だからよー兄貴、沖縄に来てぃくんない? りかよ!」


「マジか!? いい女コマし放題とかいい所だな! やべえよ、たまんねえわ! ここ出たら、遊びに行くからよ。もうよお、いい加減うちらの上も、くだらねえ喧嘩とかしねえで、仲良く銭儲けすりゃあいいんだよな」


 自分は、この年下の兄弟分が、いずれ極悪組を手中に収め、日本中のヤクザを統一するものと思った。


 そしてこの男と繋がる事で、将来的に沖縄のためになるとまで思った。


 しかし別れの日がやって来る。


 自分の刑期は、清水と比べて刑期が短い。

 先に刑務所を出所する事になる。


「よう、金城の兄弟よ。先に娑婆に帰るみてえだが、おめえ俺が作る組来いよ。俺ここ出たら、上から自分の組持っていいって言われてんだ。ここの房にいる連中も、俺の子分にする。そんでよ、おめえ清水一家の舎弟頭な。俺の舎弟にヤスって、東大中退の空手の達人いるんだけど、そいつ若頭にすりゃあ、もう俺ら無敵だからよ」


 しかし、自分は本土には行けなかった。


 沖縄には自分の帰りを待ってくれてる組織があり、長期化の一途を辿る本土の極悪組の抗争を、なんとかして和解に持って行きたかったからだ。


「悪っさびーん、兄貴。(わん)は沖縄から離れられんのよ。けど、もしも居場所無くなったら、お世話してくぃみそーれー。兄貴こそ残りの刑期、ちばりよー」


 そして、自分は沖縄で死んだ。


 今まで自分が守ってきたはずの、沖縄の人間に殺され、魂に傷がついた状態で地獄に行く。


「貴様は地獄行きじゃが、人生記録を見たら情状酌量の余地があるのう。刑期はざっとこんなもんじゃな。貴様には、魂に深く刻まれた傷がある。よってせめてもの我の情けで、転生先は、何不自由ない身分に生まれ変わらすことを約束しよう。金城二郎よ、地獄の刑期を務めあげるが良い」


 地獄の裁判官から告げられ、地獄送りを経て転生を選び、自分はこのニュートピアのロマーノ王国の王子へと転生した。


 そして、自分の意中の姫である、ヴィクトリー王国の王女、マリーに付き従う男、それこそが前世で自分が惚れ込んだ兄弟分、清水だった。


 清水は、自分の事を生まれ変わっても、忘れずに自分を思ってくれ、本来の自分の魂を思い出させてくれた事に、ヴィトーは涙を流した。


「清水の兄弟(チョーデー)……俺、あんなにも兄弟から世話になったのに、知らねえなんて言って、喧嘩になって不義理して、ごめん……兄貴」


 全てを思い出したヴィトーは、マリーに嫌われていること以上に、自分が記憶をなくして転生したとはいえ、前世で兄とまで慕った男へ何としても詫びなければと、連絡のチャンネルをとる。


「アントニオです。陛下、お呼びでしょうか?」


「すぐにマリーちゃんと、従者の、あのお方につなげろ! 一刻も早くだ! 急げ!」


 アントニオは、了解しましたと告げ、水晶玉の連絡がマリーと繋がった。


 振られた女に掛けるのは、いささか気が引けたが、ヴィトーはまず、兄貴分のあの男に詫びを入れたかった。


「もしもし、マリーちゃん? 日本語でごめんよ、標準語うまくねえけどさ。アントニオはご苦労だったって言って下がらせてくれないか? あと、従者の人と話させてほしい」


 マリーは突然のヴィトーの連絡に、マリーは戸惑ったが、アントニオ男爵がすぐにヴィトーの主旨を伝え、腕組をする勇者と自分だけが執務室に残る。


「よう、俺やマリーをご指名のようだな?」


 転生前の前世のように、自信たっぷりに清水は受け答えした。


 そして、彼こそが自分が転生前、弟の身分を望んだ男だと確信する。


「俺ぁ、全部を思い出した。あんた、清水の兄弟だろ? そうなんだろ!? 色々、生意気な口を聞いて、兄貴に怪我させてすまねえ……」


 マリーは、自身の目の前にいる男の苗字、転生前に清水の名前を持っていた男であると知る。


「やっと俺が誰か思い出したのかよ? 遅えんだよ馬鹿野郎。また会えてうれしいぜ、金城……そしてヴィトーよう」


 通信先で嗚咽が聞こえてきたのをマリーは聞いた。


 大の男が、涙を流す通話を聞くのも、マリーの人生で初めてだった。


「俺、(わん)は、兄貴にお前なんて知らねえなんて言って、義理欠いて恩も忘れて……好きな女にも振られて….…。兄貴……俺、なんて言ったらいいか……叱ってくれよ兄貴……俺、俺さ兄貴に……」


「うるせえよボケ! そんな事どうだっていいんだよ。俺とおめえの仲だ、おめえが本来の心根を、魂を取り戻してくれんのを信じてたぜ。おめえにも立場があるだろうが、生まれ変わってもおめえはずっと、俺の舎弟だからな」


 マリーは、お互い生まれ変わっても、変わらぬ男同士の美しい友情と、勇者の顔が優しさを帯び、目に一筋の涙が流れ出るのを見た。


 ヴィトーは一頻り泣いた後、この世界の現状について、さらに詳しい話を始める。


「よくわかった。大国が周辺国や亜人国家をいじめ倒して、植民地とか作って好き放題してんだな」


「うん、転生前の沖縄みたいに、強い国が弱い国の人間の尊厳を踏みにじってる。そして、この世界の人間は多分……心が傷がついてる」


 天界でも冥界でも癒せなかった、魂に傷を持つ者達を集めた世界のようだった。


「ああ、魂に傷を負った奴ら、それも地球出身の奴らが、生まれ変わって世界を形成してる。もう一個の地球みてえな世界だろう」


 そして、勇者は人間の尊厳を踏みにじる、神または邪神の存在が、勇者として滅ぼすべき悪の存在を、この世界にいると確信した。


「この世界、最低のワルがいる。人間の魂を踏みにじり、弄ぶような、とんでもねえワルがいる匂いがプンプンするぜ」


 マリーとヴィトーは、考える。


 この状況を好転させるのはどうするべきか。


 戦乱に向かいつつある、この世界を救うにはどうすべきかを。


「私、大国の王子達に、私が生きてる事を報告した方がいいと思う」


 マリーの意見に勇者は賛同する。


「ナイスアイデアだな。そんでよ、おめえさん達にはやって欲しい事あってな、クックック、いい絵図を思いついた」


 勇者は悪そうな笑顔で、マリーとヴィトーに、自分の考えを披露すると、二人は勇者の考えた作戦が、あまりにも悪辣すぎてドン引きした。


「兄貴……やっぱり兄貴はすげえけど悪いなあ」


「えーと、その……やっぱり勇者さん、勇者じゃなくて魔王かなんかじゃ……」


 二人がドン引きするのをよそに、勇者は話を続ける。


「まあ概要はこんなもんよ。さあて、まずは世の中なめくさってる、大国の王子のガキらや、エリザベスをカタにハメる絵図と行こうか」

後編に続きます

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