第183話 精霊のケジメ
ごきげんよう、勇者マリーです。
前の名前は長いし、舌噛みそうな感じだったから忘れちゃったけど、どうやら思い出さなきゃいけない情勢のようだ。
もう長いことこの世界から離れてたし、訳あって実戦からは遠のいていたけど、とりあえず情報を集約すると、私の名前の財団が悪さをしているのと、神様から救済命令が下されるくらいやばい状況らしい。
せっかく私やみんなで、死ぬような思いをして救った世界なのに。
それになんか知らないけど、大学のテロに関わってた云々の疑惑かけられて、馬鹿そうな女刑事に取調べ受けてるし。
しかしエムが復活したか……。
いずれはその可能性も考えていた。
思い出すといまだに怖い最悪の存在で、おそらくエリの娘に取り憑いてるそうだが……エドワードの推測だがありえる話だ。
彼女は、イワネツさんの話だと彼だったが、メヒカ族と魔族を交配させ、最強の肉体と魔力を持ったある種の兵器だった。
まさか精霊界がまた陰謀を画策した?
いや、そんなはずはない。
だってあの時、私は先生と共に、神界と精霊界との渉外の場で取り決めた筈だ。
あれは300年前の話。
エムの力は強大で、隕石攻撃を受けたナーロッパは大混乱になり、それに乗じて深刻な麻薬汚染が引き起こされる。
被災地救済をする中で非常に厄介な合成麻薬、ファンタジアはヴィクトリー、ヒンダス、南ジッポン、南アスティカで精製され、ジッポンの戦争でも大量の麻薬中毒者を出した。
当時の世界には、いつのまにか麻薬シンジケートのような組織が形成され、その中心にいたのがエムことミクトラン。
私や先生も先生の組織も後手に回る中、この陰謀に精霊界が深く関わっていると先生の主神、閻魔大王が看破し、先生が証人として神の会合に呼ばれて私も同席した。
今でも覚えてる。
あの温かな光が差し込む、異次元空間で全ての光の源の波動を感じたが、あれが創造の神、神の中の神と呼ばれるあらゆる宇宙の創始者の光。
「そういうわけだ勇者マサヨシ。今回の件は精霊界の元老達がオーディンの起こした乱に便乗している。人間である君の意見が聞きたいな」
異次元の会合の空気はめっちゃ緊迫感が溢れてて、事と次第では、破壊神を送り込んで精霊界を誅伐するところまで行っていたらしい。
そして先生は、精霊界が無くなる、もしくは形を変えられることを懸念していた。
なぜなら精霊界が生み出した、もしくは携わった精霊由来の人種、エルフ、ドワーフ、ホビットやフェアリーと呼ばれる存在の魂の預かりは精霊界だって決められていたから。
先生の大事な子分の人達の運命がかかった、大事な場面だったんだ。
「へい、てめえが思うになぜ? という動機がわからんうちは、相手の話を伺うのがまず第一かと」
すると、ジロリとシヴァ神がこちらを睨みつける。
あまりにも怖すぎて私は下を向いてしまった。
「マサヨシ君な、ワイらコケにされとるんやぞ? なめられたら神は終わりや。ましてや魂の在り方を歪めて人間の運命を弄び、宇宙や世界の理まで変え、巨悪を生み出すなど言語道断! 冥界もなめられとんのやぞ?」
破壊神筆頭のシヴァ神は、神がコケにされたと怒り心頭で、多くの神々も賛同する状況。
すると、閻魔大王が口を開く。
「シヴァ神様、確かに本件については冥界も通さず、あの哀れな魂を生み出した責任の所存は、精霊界にあると我も思っております」
「せやったら君、神罰くれてやるしかないやんけ? ワイが行ってアホ共をパパパってしばいて、消せば終わりやろ?」
破壊神やる気満々で、他の偉い神様や天使の偉い人達もウンウン頷いてたし。
「然り、精霊界の協定違反だ」
「左様、神はなめられたら存在意義を失う」
「シヴァ神の意見に天界も賛同します」
その時、先生がサッと手を挙げた。
多分場の空気を変えるためだろうと私は思った。
「なら責任者にケジメとらせればよいかと思いやす。精霊界には自分も義理がありますんで。ここに精霊界の実質的な責任者を呼んで、真意をまず聞きましょうや」
「我、閻魔大王も我が勇者の意見に賛同します」
すると、温かな光がキラリと光の強さを増す。
「君、なんか意見はある?」
創造の神様の光が私に向けられ、一斉に神々が私に注目し出して冷や汗どころか悪寒がして、萎縮しそうになったんだ。
「あ、えーとその」
すると、私の魂から彼が、ヘイムダルが現れた。
「おお、久しぶりやんけ」
「久しいなヘイムダル。蘇ったか?」
「懐かしいのう光神よ」
あ、そうか。
彼は元々、ユグドラシルの最高責任者だったっけ。
色々と今回の件で言い分もあったんだろうと、今にして思う。
なぜなら全ての始まりは、この神様だった。
「主神よ、我が父であり母でもある御方。分神体として申し上げます。最終的な管理責任は、全て私の不徳の致すところ。私は、オーディンには期待をかけておりました。彼は戦神ではなく芸術神へと意識を変えようとしたのですが、思いは叶わなかった」
「そうだね、いくら僕の分神体でも、当時の最上級神としての君の責任は否めない部分がある。で、君はどのように責任を果たすつもりかな?」
ヘイムダルの責任問題にも発展する。
これには一斉に神々はそれは酷すぎると、次々ヘイムダルの擁護に回った。
「せ、せやけど創造神はん! ヘイムダルは!」
「我が主よ、彼に責任はないとアヌも思いますが? 責任を取らせるのはオーディンと精霊界でしょう」
「秩序神として意見します主よ。今回の件はヘイムダル不在時に起きた件。私もヤマ君と勇者の意見には賛同する所存。まずは精霊界の元老院議長、ケツァールコアトルを召還して事情聴取後、然るべき処分を下した方がいいのでは?」
ヘイムダルは、他の神様が擁護するくらい信頼を得ていたようだったけど、その時、創造の神の光は、真っ赤に点滅し始めた。
「うるさいよ、僕はヘイムダルの意見を求めているんだ。ヘイムダル、続けて」
「はい、我が主よ。私はあなたの息子として意見します。元々オーディン一派もロキ一派もフロージー兄妹も私の部下。私がしっかりしていれば、部下の不祥事は防げたはず。ニョルズも私の弟子でしたが、然るべき責任はとってもらった。オーディンとロキには、私が責任を持って処す所存。色々とご迷惑をおかけしました」
ヘイムダルは、自分が担当したユグドラシルの責任を取る気でいて、先生はヘイムダルと向き合う。
「ヘイムダル様、ご意見よろしいでしょうか?」
「君は、我が依代のこの子の師、勇者だったね」
「へい、オーディンについては自分がケジメとらせますんで。やつは、俺の子分達の世界を戦乱に変えた黒幕です。それにありとあらゆる世界でワルさした奴へのケジメ、自分にお任せくだせえ」
そう、先生はオーディンにケジメを取らせる気だった。
先生が最初に救済した世界を、最悪の世界に変えた根本的な原因はオーディンで、この世界も、あらゆる次元世界でも彼の力を欲する欲望で、戦乱が起こされた。
「それはどのような?」
「へい、いっそ魂を消してやってもいいかと思ったんですが。奴へのケジメはこの先、未来永劫永遠に、人間と世界の役に立ってもらう、素晴らしいケジメを考案しましたんで。自分に一任くだせえ」
先生は表情を変えず、ヘイムダルにケジメとやらの話をすると、ヘイムダルも深く頷いた。
「じゃ、反逆神オーディンは君に任せる。閻魔大王、いいかなぁ? それで」
「はい創造神様。我、閻魔大王も我が勇者と同意見。あの悪には地獄すら生ぬるい」
「なんや? 魂を粉々にした方が早い……なるほど。ほなら後始末はマサヨシ君に一任するって事でええで」
死んで地獄行きか魂が消滅した方がマシなレベルの、とびっきりの先生のケジメは、ここでは置いておこう。
私、それ知ってるけど、ドン引きしたもの。
「じゃ、ケツァールコアトルね。言い分聞くからこっち来てよ。これ、お願いじゃなく命令だから」
創造の神の暖かい光が寒気のするような暗い光に変わり、ケツァールコアトルは、悪びれる様子もなく、神々の会合の場に姿を現した。
「で、聞くけどさ。なんでこんなことしたの?」
「何をおっしゃられてるか、わかりまセン……!?」
その時私は魂の底から震え上がった。
強烈な殺気と怒気。
私の体が消滅しそうな波動を感じ、先生が私の前に立ってくれたけど、その先生も冷や汗全開だったっけ。
神々が一斉にケツァールコアトルを睨みつけて、嘘つくなとか、白々しいとか、全部バレてるぞって感じの念を送ってた。
「ワレェ、ワイらなめとんかコラ? オドレの所業はバレとんのやぞ? いてまうどこのガキャアアアア!!」
「白々しい嘘つきめ!」
「消すぞ精霊」
破壊神シヴァ達は大層お怒りだった。
一番偉い大天使も、全ての世界の秩序を維持してる神様も、なんか今にもこの大精霊を消滅せんばかりの波動を送ってたし。
「正直に話してくれる? 君が責任取らなきゃ僕が責任とって、精霊界を初めから無かった事にしなきゃならないから」
創造の神様は責任感が強くて、破壊神以上に怖い神様だった。
だって、精霊達の世界を最初から無かった事にするって言っちゃうくらい、全てを超越してたし。
「では、元首グレートスピリット、創造の主に申し立てます。我らのテリトリーは神によって脅かされてイル。あなたは人間や神々ばかり優遇し、神々も万物の根源を成すワレら精霊を見下してイル! それを証拠に我らは衰退してきた!」
以前会った彼女とは、全く違う顔付きに、恨みや情念のこもった恐ろしい顔になって不平不満を創造の神様にケツァールコアトルは申し立てた。
「なるほど、君の不平不満は理解したけど、取るべき手段が違うでしょ?」
「いいえ違わない! その証拠に我らを信仰する人間達も、我らを崇めるものも減り、人間界と精霊界に壁が生まれ、神を敬う人間が多くなったから、精気が奪われて衰退して。そのための!」
先生がブチ切れそうな顔して、閻魔大王様を見ると大王様も先生に頷く。
「我が勇者の発言許可を」
「許可する。君の思いを伝えてくれる? 勇者よ」
先生は創造の神様の光に深々とお辞儀して、ケツァールコアトルを睨みつける。
「ご無沙汰ですわ、ケツなんとかさんよお。よくもあの時はペテンかけてくれたなあコラ? でよ、単刀直入に聞くがよお、てめえらヤク、イジってんだろ?」
そう、先生は精霊界が麻薬の出所だと看破していた。
エムの背後にいるのは、精霊界であると閻魔大王と天界の天使達の調査で判明していたから。
「なんのコト?」
「しらばっくれんじゃねえ! バレてんだよ、てめえらのワルさも、ヤク扱ってる事も! 悪魔野郎とも通じてるのも全部!!」
先生は冥界魔法で心が読める。
初めて彼女に会った時は、隙が無くて全然考えがわからなかったけど、彼女は創造の神様や最高クラスの神から殺気を充てられてて、内心生きた心地はしてなかったんだろう。
だから先生は隙をついて心を読んだ。
私も、当時アースラという大魔王を召喚して、彼の能力を得ていたから彼女の嘘も看破し、エムの正体を見た。
彼女は、いや彼? どっちの人生も体験していた。
元は精霊の巫女で、精霊の力を得た、アステカ帝国出身の魂で、インディオと呼ばれたメキシコ先住民の一族が彼、または彼女の正体。
彼女が最初に生まれた地は、精霊と神に捧げる生贄の儀式をやってて、生贄に選ばれる巫女や神子は、その地の文化では名誉な事だったという。
そして、神と精霊の世界と繋がる巫女達に使用されたのが、植物由来の合成麻薬とアルコール。
彼女はその快楽を得たいがために、何度も転生を繰り返して、最後の儀式にスペイン人の一団がやって来てドン引きさせた。
スペイン人はアステカ王国を滅ぼし、彼の地は植民地化され、それに抗うために転生したのが彼でもあり、彼女でもある精霊の戦士エムの始まり。
そして今度は、故郷メキシコの地をアメリカに奪われたと思った彼がとった手段はアヘンの力で、彼はメキシコ国内とアメリカの西海岸で勢力を伸ばし、ついには世界の裏側で恐れられるフィクサーになった。
ケツァールコアトルの記憶を読んで、だいたいこんな感じで、彼女の怒りもわかった。
彼女の怒りは、自分のテリトリーをケツァールコアトルだと偽って侵略しに来た白人達と、神々を憎んでいた。
宗教観の違いと、文化対立。
どこの世界でも繰り返される、根が深い問題で、エムも人種差別と文化対立の犠牲者だった。
だけどいつしか犠牲者が加害者になり、逆に新たな差別と対立を産んでしまったんだ。
かつて先生は、秘密任務でこれらを生み出した悪とも対峙したそうで、地球で創造神を騙って悪さをしていた、邪悪な存在がいたらしい。
それは、地球人類に自分こそが父親で、唯一の神であると崇めさせようとして、人々を対立させて滅びに導こうとした、地球に巣食う祟神だったという。
「キミは……地球出身のニンゲン、勇者だったな。神に仕える君が何を言っても、説得力ないが?」
「いいやあるね。俺はあんた方を信仰する一族の血も混じってる。それに俺の子分や身内にも精霊種がいる。じゃあ聞くがよお、てめえ俺の身内や先祖が苦しんで生きてきたのに、どうして助けてやらなかったんだよ」
「……それは」
これは掛け合いというやり取り。
精霊の元老にも一歩も引いてないどころか、落ち度をついてヤクザのいう落とし前をつけさせる、先生が最も得意としている展開に持ち込まれた。
「アメリカのネイティブアメリカンって人ら、酷い状況だったんだぞ。俺にもその血が父ちゃん通じて流れてる。俺が救った世界や、数多の世界でも、精霊種は道具に使われ争わせられてた。てめえ言ってることとやってる事が、違えじゃねえか!! おう!?」
「だから何だ人間! ワタシは一生懸命やって来た。けど神々が邪魔したンだ!」
「何が一生懸命だこの野郎。てめえ、俺の子分達がどんだけ苦しんで来たかわかってんのか! 一生懸命やってんなら、なんで俺の子分達はあんなに俺が救うまで苦しんでた! てめえ責任感じてんのか!」
先生は怒っていた。
精霊界の身勝手さと、自分の義理がある人たちが不幸だったことの責任を、精霊界にもとらせる気だった。
今の私でも尻込みするような、人智が及ばない神々にも、場合によってはケジメと称して、責任を取らせるのが先生だった。
だから先生は内心、神々や天使や精霊にも恐れられ、数多の勇者の中でも、トップの勇者になったんだろう。
「責任は感じテル……。だけどそれはそもそも神々が!」
「何だこの野郎、何を責任転嫁してやがんだ! 責任感じてるなら、小指詰めるなり、腹切るなり、土下座なりやってみろコルァ! オラァ! やれこの野郎!」
「ソレハ、神々のせいダ! 我らは我らの繁栄を考えて」
「なんだ馬鹿アマ? その繁栄とやらをてめえらが得るために、悪魔共とつるんでヤクいじってんだろ! おうコラ? ロバートの兄弟が教えてくれたよ。かつて存在したブラックライトと呼ばれるワル共な、バックに精霊がついてたってよお! コヤーラ、兄弟がケジメとった野郎だ」
大精霊コヤーラ、悪の首領。
元々は偉大な精霊だったけど、地球世界に絶望して異世界へ渡り、人間を苦しめるために麻薬を蔓延させて、担当神を暗殺し、暗黒と悪徳の世界に変えたという邪悪。
「それで今回のエムだ。ネタは上がってんだよ! てめえら精霊の元老が、配下の人間へヤク使って神の世界を変えようとしてるってなあ。おうコラ? ふざけんじゃねえぞクソボケ!」
創造の神様は、それはもう滅茶苦茶怒ってて、空間を照らす光が、信号機のようにピカピカ点滅してたっけ。
「ふーん、それ、本当? ケツァールコアトル」
長い沈黙だった。
悪事が暴かれ、ケツァールコアトルは、美しい顔が能面のように変わり表情が消える。
「少し違いマス、人間達の意識がそれを望んだンだ。薬物を生み出して我らの世界と繋がったのは人間達だ。その中の強き魂が力を欲した。我らの信奉者、そして我らが生み出した最強の魂エムは誰にも負けナイ」
決定的な自白だった。
エムを作り出したのは、精霊界の元老達。
ここにいる議長ケツァールコアトル、闇の精霊テスカポリトカ、そして精霊神フレイが関わり、この元老達に陰謀を吹き込んだのはオーディン。
精霊界の過激派達の復讐と、力を欲したオーディンの陰謀が組み合わされた結果が、エムの出現とニュートピアの大戦の真相。
「で、どう責任取るの? 僕さ、精霊界がそんなんだと消さなきゃいけないけど?」
「創造神様、我が意見を述べても?」
「うん、いいよ」
閻魔大王様は、バッチリ対策を整えていた。
先生もそうだけど、他の神々にも色々と根回しして、着実に黒幕達を追い込むために準備はすでに整っていた。
「精霊の元老院議長よ、我は冥界筆頭審問官のヤマである。議長はもはや罪神のうえ、臨時の精霊界元老院議会開催を、創造神様お願い致します」
空間にさまざまな精霊達が映し出された議場の映像が映し出され、よく見るとフューリーがこっちに手を振ってたっけ。
サラマンダーもウンディーネも、色んな精霊達が勢揃いしていて、なんか国会中継みたいだった。
「精霊界元老院議会開催を宣言する。で、今回の議長と幹部の不祥事について、議会の意見はまとまった?」
「うん、創造神様。えーとケツ女ね、みんなで決めたけどあんた一般議員側に黙って不祥事起こしたでしょ? もうね、みんなカンカン。副議長のフレイも悪さして牢獄行き。事務総長テスカポリトカも邪神認定でしょ? というわけで議長代理は大精霊のあたしがやるから」
そう、フューリーや元フレイ派の精霊達は、先生達のシンパになってたから、議会の多数派を得ていた。
先生も閻魔大王様も、精霊界そのものが消えちゃうのは、なんとしても阻止したかったから。
「じゃあ、採決するわ。議長ケツァールコアトルの解任について、賛成の子は起立ね」
「馬鹿に賛成」
「バカフューリーに賛同ね」
「馬鹿のくせに議長代理してるフューリーに賛成」
「誰よ馬鹿って言った奴ら! ぶっ殺すわよ。賛成多数、元老院は議長ケツァールコアトルの解任を賛成多数で議決しちゃったから。じゃ、ケツ女はそこで責任とってね」
精霊界から議長権限を奪われたケツァールコアトルは、呆然と映像を眺めて放心状態になった。
「で、君は議長権限喪失したから、特別法廷今からするよ。天界責任者ミカエル大天使長、最上級神でもあるケツァールコアトルについてどのように処す?」
一番偉い天使様が、ケツァールコアトルを睨みつけて断罪した。
「本件については悪質極まりなく、魂の循環を天界及び冥界に無断で弄び、精霊界議長の職にあった被告神の責任は重大であると判断します。よって被告神の身柄については、冥界に委譲いたします」
一番偉い天使さんが、閻魔大王様の方を向く。
「では、冥界筆頭審問たる我ヤマの預かりにいたします。凶悪犯、言い残す事はあるか?」
「認めナイ! だって我々精霊界のテリトリーを侵害したのは神々! ワタシはお前達なんかに屈しない!」
「黙れ! いい加減にしろ貴様! 神々側の方針が不服ならば、精霊界元老院で採決し、創造神様の神託を受ければよかったであろうに! なぜそれをしなかったのじゃ!!」
「それは……」
「先程、我の勇者が言った通りじゃ! なぜ精霊の眷属を救ってやらなかったのじゃ!! 不平があるならまずそれを行うのがスジ! 貴様はそれを怠った! 精霊界代表の一柱だった貴様の責任は大である!!」
閻魔大王様はやっぱめっちゃ怖かった。
魂が震え上がるほどの声量と迫力。
それもそのはず、かつて最強の大魔王の一人とも呼ばれていたそうだ。
「した! 私は陳情書もまとめて副議長のフレイを通じ、創造神様に精霊界の改善を」
「え? 僕は聞いてないけど」
「……え?」
閻魔大王はため息を吐いて、ケツァールコアトルを見る。
「そういえばの、我が妹神によると証人保護プログラムで、フレイが供述したそうじゃ。フレイが任された陳情を、オーディンめがテスカポリトカと共謀で、握り潰しておったわい」
「そ、そんなあああああああ。じゃあワタシはなんのために、あの魂を生み出したンだあああああ」
このケツァールコアトルも利用されていた。
ヴァルハラを作り上げるための、オーディンの陰謀で。
そしておそらくは、彼ら彼女もエムの悪意とやらが作用して、神や精霊達にも、ここまで悪意が膨れ上がったんだ。
「創造神様、被告神の供述と照らし合わせ、この哀れな精霊の罪神もまた陰謀の道具にされていたと思慮されます。この罪神の言い分については我々神々も、改善する余地があるとも思慮されるゆえ、公平で寛大な処分を願います」
「うん、まあそうだね。じゃあどれくらい?」
「本来であるならば、魂が消失すべき極刑又は無期に処すところを、無間地獄にて不定期刑に減刑すべきです。それに、二度と魂の循環に不正が出ないよう、精霊界にはなんらかの処分を言い渡すべきかと思われます」
「そう、わかった。じゃあケツァールコアトル、君は無間地獄で僕がいいって言うまで反省ね。それまで神々にも精霊界にも、改善命令下してやらせておくから。あとは君達で、うまいことやっといてよ。じゃ閉廷」
こうして、創造の神様の光が消えて、ケツァールコアトルの処分は、無間地獄行きというめっちゃ重たい罪状がつき、精霊界の重鎮としての地位も失った。
「……嫌だ。ワタシは地獄に落ちたくない。ワタシは拒否する! 悪いのは神々と神に仕える人間だ! ワタシはオーディンも許さない!」
「ジタバタすんじゃねえやケツ女! てめえ、創造神様とうちの親分が決められた件に、まだなんか文句あんのか!」
すると神々の光も次々に消えていく。
「アホらし、あとはヤマ君であんじょうやっといてや」
「大儀であったヤマよ、では我らはこれで」
「色々と迷惑かける。息子を、アルケイデスを頼むヤマよ」
「わらわ達も帰るとするか。ではさらばじゃ」
「閻魔大王、本件は天界も色々と借りができました。ありがとう、それでは」
神々がいた議場は静まり返り、閻魔大王はケツァールコアトルをジッと睨みつける。
「判決! 被告神ケツァールコアトル!! 反省なき貴様を重罪神として、創造神様が許されるまで、身柄を無間地獄に移管する! 異議申し立てあるならば、この閻魔大王にいつでも申し立てよ! 我が妹神が対応する! 以上閉廷!!」
閻魔大王様の判決で、ケツァールコアトルは、無間地獄に堕ちていった。
閻魔大王様は、アゴで先生に合図する。
「へい、わかりやした。俺の神ヤミーと共に懲罰房でやつをわからしやす。マリー行こうぜ、おめえさんの出番だ」
「はい」
私から分離したヘイムダルと閻魔大王様は向き合う。
「我の勇者が色々お世話になりました。ヘイムダル殿、我も世界と魂の安寧のため、協力させてもらいます。よろしくお願いします」
「こちらこそありがとうヤマ神。元大魔王、君は神として正しき道と正しき行いを実践しているようだね。私は私の役割を。彼女を結びつけた召喚者のために」
ヘイムダルは私の魂に戻り、こうして私は、先生と一緒に無間地獄という所までやってきた。
ここは冥界の地獄でも、特に極悪犯罪者しか収監されない閉鎖された空間で、無重力というか平衡感覚もない無の空間が延々と続く感じ。
言うなら、暗くて光も差さないような暗黒空間。
「おう、水と風魔法で口の周りに酸素作っとけ。いや、俺が言う前に、もうやってたか」
「はい。ケツァールコアトル、彼女も、もしかしたら生み出したエムの影響でおかしくなってたのでは?」
「そうかもしれんな。エムの声を聞いたのは初めてだったが、ありゃあやべえわ。ワルの二文字で片付けられねえくれえな。そして、いやがったぜ、大精霊ケツァールコアトル」
ケツァールコアトルは、涙を流しながら振り向き、体を聖霊化させて、エメラルドグリーンをした蛇のような体に、巨大な翼が生えた鳥のようなクチバシを持ったドラゴンに姿を変える。
「ユルサナイ! ワタシは神々もオーディンもユルサナイ!! この無間地獄などワタシの力デエエエエエエ」
全長数100メートルほどの姿になったケツァールコアトルは、悲しげに咆哮して、宝石のような瞳で私達を睨みつけたっけか。
「許せんのは我の方じゃああああ!」
その瞬間、巨大な金棒でケツァールコアトルはぶっ飛ばされた。
先生の担当神で、ドSの権化のような女神ヤミー。
彼女は、元々冥界に来る前、魔界の大国のお姫様で、大魔王アースラに命を救われたらしい。
今でも先生と漫才みたいなやりとりしてるけど、あんな感じじゃ男神ドン引きだし、せっかく可愛い顔した女神なのにちょっと残念な感じ。
最近じゃ、女神ヘルより背も伸びておっぱい大きくなったって喜んでたらしいけど、相変わらずよくわからない感じであの女神達は張り合ってるらしい。
胸が大きいのも考えものなんだけどなあ。
着るものが制限されるし、運動すると揺れが気になる時とかあるし、肩凝るし、同性からの嫉妬も買いやすいし……だからなんだって話だけど。
私は、女神ヤミーと共にケツァールコアトルと戦った。
先生も手助けしようとしてくれたけど、彼の性格も考えて、女の人と戦うのはカッコ悪いんじゃないかって言ったら、よくわかってんじゃねえかって褒められたっけか。
先生が見守る中、戦闘を開始するとケツァールコアトルは属性魔法の達人で、特に風と電子の魔法、そして土の石化が厄介極まりなかった。
風速数1000メートル以上の暴風と、数億ボルトの電撃がデフォで吹き荒れる滅茶苦茶な状況になり、女神ヤミーをバリアで守りながら、隙を見つけて攻撃したんだけど、土の魔法で自信をカッチンカッチンに石化して、私達の攻撃が防がれる。
「厄介な奴っ!」
「打撃が全然効かんわい!」
そんな戦いの中、冷静に戦いを見ていた存在。
当時、私が借りていた力、大魔王アースラの知恵と攻撃力が突破口を開く。
ーーお嬢ちゃん達、やつは神魔精霊大戦時、フューリーと並ぶ精霊側の切り札。力は俺と、当時のヤマと同等かそれ以上。まともに戦闘してたら、お前らじゃ絶対勝てない。だから、俺が隙を作る!
アースラは私の体から分離して、オーラの状態でケツァールコアトルと対峙する。
「よう、久しぶりだなあ。俺様が相手になってやる。行くぞ精霊龍!!」
アースラの魂は、ケツァールコアトルと激しい魔法戦を展開して、私達に攻撃のチャンスを与えてくれた。
「さすがはアースラ様じゃ! マリー、我とアースラ様が近接戦で隙を作る! お主は!」
「ええ、この空間で展開するケツァールコアトルの電子を逆に私の力に変えて、吹っ飛ばす!」
私は無間地獄に展開された電子の力を糧に、ヘイムダルの力を借りて、神杖ギャラルホルンに力を込める。
「光よ、電子達よ、精霊の龍に今こそ裁きを。人を虐げ、世の理を乱す悪に、力を!!」
幾重にも魔法陣が展開されて、分子や電子や粒子の光の核を、融合させ濃縮したエネルギーと光を崩壊させ、原子核の放射性崩壊を起こさせて、生み出されたニュートリノの光で重力すらも崩壊させるエネルギーを、杖に込める。
「今だ! お嬢ちゃん!! ケツァールコアトルにありったけの魔力をぶちかませ!」
アースラの魂は私の魂に戻り、女神ヤミーも逃れようとするが、体がケツァールコアトルのクチバシに捉えられて動きを封じられて、私の魔法の盾にしようとしてくる。
「ぬうううう、離せ下郎め!」
「撃ってミロ! この女神も死ぬゾ!」
私が一瞬躊躇しそうになったが、先生は転移の魔法でケツァールコアトルのクチバシを切り付けて、女神ヤミーを抱きかかえて救出した。
「くらええええ、天河崩壊」
精霊龍は、私の魔法の光の奔流を受けて大爆発を起こし、全裸の女性の姿に変わった。
彼女からは邪気が抜けて、穏やかな顔つきで無間地獄を漂い、先生にお姫様抱っこされた女神ヤミーは顔を赤らめてる。
「やはり、あのエムの悪意があの精霊に入り込んでやがったんだ。クソが、エムはやはりとんでもねえやつだ。神も精霊も凌駕する力を持ってやがる」
すると、先生に閻魔大王様から司令が下る。
「へい、親分終わりやした。へい、やはりこの精霊龍もエムの悪意に。わかりやした、精霊界は? わかりやした。一旦そちらへ戻りやす」
精霊種は死後の魂の循環を精霊界の預かりになっていたが、今回の不祥事で創造の神様から、魂を扱うことの一切を禁じられて、天界と冥界が精霊種の魂の管理をする事になったという。
そして正気に戻ったケツァールコアトルと、証人保護プログラム下にあったフレイより、エムの詳細情報が判明した。
オーディンのヴァルハラシステムを補完するため、エムの魂は不滅で、彼女がシステムの根幹を司り、天界や冥界の理を超え、不死身の存在である事がわかったんだ。
次回は回想を終えて、今の主人公の状況の話です