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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
最終章 召喚術師マリーの英雄伝
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第181話 世界を再び救う者 後編

 地下室に突如稲光が発生すると、身長160センチ、鋼のような筋肉をまとう、全裸の白人男性が突然出現する。


 黒髪は短めにカットされ、年齢は身長が低くやや童顔で小顔であるためか20歳未満のように見える、まぶたがやや厚く黒い瞳に鷲鼻の優男。


 分厚い左右の大胸筋上部には、八芒星の黒い刺青、規律ある泥棒「盗賊の星」が入っている。


 その姿を見てマリーは苦笑いし、アレックス達はまた意味がわからない超常現象が起きてると、白目を剥きそうになる。


「ん〜ん、セクシィ! オネエさんむしゃぶりつきたいわ〜ん」


 クロヌスが抱きつこうとした瞬間、男は顔が真っ赤に激昂して、全力のストレートパンチで地下室の外まで吹っ飛ばす。


「あーれーーーーーー」


「ざっけんなオカマ野郎! ホモとか気持ち悪いんだよクソ(カーカ)が!」


 神を殴り飛ばし、巨大な逸物を股間にぶら下げた男は、マリーを見て満面の笑みを浮かべる。


「ズドラーストヴィチェ、俺のкотёнок(こねこちゃーん)。会いたかったぜ、勇者イワネツ見参だ」


 抱きついてキスしようとするイワネツを、ひらりとかわしてヴァルキリーは咳払いした。


「久しぶりね、あと服着てください勇者イワネツ」


 勇者イワネツ、かつて世界をマリーと共に救い、この世界の極東ジッポンでは天下人とも称された英雄である。


 すると、アレックスとジョンをギラリと睨みつけ、二人はあまりの威圧感と強烈な圧力で震え上がる。


「お、小僧共ちょうどいいところにいるな。勇者の俺に上等な服と紅茶持ってこい。せっかくレディがいるんだから、俺もおめかしとかして、紳士らしいティータイムしてえからよ」


 流暢なナーロッパ言語にジッポン語混じりのイワネツが命令すると、二人はお互い顔を見合わせる。


「えぇ……」


「出てきて早々、無茶苦茶だろ。誰か知らねえけど、でかい態度はチ●コだけにしとけってんだよ」


 下ネタをボソリと粒いたジョンを、イワネツは裏拳のような平手打ちすると、クロヌスの方まで吹っ飛ぶ。


「小僧のくせに俺をなめてんのか! 早く服と紅茶持ってこい殺すぞ!」


「ゆ、言う通りにするんだジョン。彼はおそらくヴァルキリーさんの仲間の中でも最強、勇者の威悪涅津。ジッポン戦国時代の覇者、織部憲長公だ」


「げ……すぐ用意しまーーす!」


 背中に羽がついたように、ジョンはダッシュでその場を後にして、クロヌスもジョンの後を追う。


「あーん、やっぱ紅茶の方がよかったみた〜い。ジョン君と調達してくるわーん」


 ドタドタと階段を駆け上がる音がして、イワネツはヴァルキリーと向き合う。


「すまねえ、ヘルのメスガキが自分の世界だから、自分の勇者を派遣するって、うるせえ事を言ってよ。お前の手柄取る感じで悪いな」


「いや、助かる。紹介します、私の騎士団。彼は私の世界救済のパートナー、勇者イワネツ。こっちの世界では織部憲長って人です」


 騎士達は、伝説の勇者イワネツを目の当たりにして、驚嘆の声を漏らす。


「おお……」

「あの憲長公か」

「ジッポン史上最強の武士」

「伝説の勇者……」


 イワネツは騎士団を見やり、全身の筋肉を見せつけるよう、ボディービルダーのようなポーズをとった。


 膨れ上がる筋肉は、元々アスリートだったアレックスが見て、怪物じみた筋量をしており、無駄な贅肉が一切なく一流のレスラーのようにも見える。


「あの……あなたが伝説の勇者イワネツこと織部憲長。ジッポン戦国時代を終わらせた。世界大戦で、八州の屈強な武士団やハーン、伝説の大邪神を恐怖させたという?」


「ん? なんだ小僧? お前どっかで見たことあるような、ないような。エムとの喧嘩の話か?」


「あ、はい。ジッポンも大邪神に目をつけられて酷い戦場になったと聞きますが、どうやって撃退したんですか?」


 するとイワネツは、右の拳を見せつける。


「これよ。ムカつくやつは殴るのが俺の流儀だ」


「え……ええとじゃあ、ハーンや南朝と戦ったジッポン海戦やハカダ制圧の時も、10万もの敵に一人で立ち向かったオケチタマの時も?」


「おう、ムカつく奴から殴って奪った。俺の信念はよお、人間が人間らしく生きるための規律ある社会だ。それを乱すクソ野郎から殴って奪う。単純な話だろ」


 全て自分一人で、ムカつく奴を殴りに行っただけだと豪語するイワネツに、アレックスはやはりイメージ通りの勇者であると思った。


「小僧、歳は幾つで名前は何という?」


「アレックス・ロストチャイルド・マクスウェル。来月で19になるロマーノ大の学生です」


「19か、なるほど一人前の男の年頃だ。お前、自分の生き方と信念は決めているのか?」


 背丈は自分と20センチ以上離れてるが、燃えるような黒い瞳にアレックスはたじろぐも、真っ直ぐイワネツの目を見据える。


「僕の信念と呼べるものかはわからないが、僕は考古学者を目指してます。過去の歴史を明らかにして、現代に活かすことを目標にしています」


 アレックスの思いを聞いたイワネツは、彼の胸を拳で軽く突く。


「それがお前の信念か。ハラショー、悪くねえぞ。それに多少は鍛えてやがるな、スポーツやってたか?」


「はい、学生時代にフェンシングを。ナーロッパ学生選手権で優勝したこともあります。オリンピック選手候補にもなってたみたいですが、今は留学中で勉学に専念してます」


「オリンピックとはハラショー。じゃあお前、アスリートをやりながら学者を目指せ。男なら夢と信念、目標は大きく持つべきだ。特に若いうちはな」


 元々地球世界のソ連でオリンピック選手を目指したイワネツの言葉に、アレックスは勇気が湧く感覚がして、一度は置いた剣を再び手を取ってみようと考え始める。 


「で、勇者マリー。俺は今回、どこのどいつをぶちのめせばいいんだ?」


「ちょっと待ってて、今聞くから。それでは騎士団よ、私達にこの世界の敵を教えてください」


 騎士団のもたらした情報によれば、マリーゴールド財団から恩恵を受けている国家は、北欧を除く西欧ナーロッパ各国。


 ナージアにおいてはメディアナ王国が分裂してできたイーラン国と新興国のザイードアブラ王国、ヒンダス帝国、チーノ人民共和国。


 財団の裏の実行部隊、非合法活動をしているのは、ナーロッパ全土にいるシシリー系秘密結社とその関連組織。


 中東メディアナに本社がある、虹龍国際公司とアサシンギルド。


 そして、最大勢力がヒンダスとチーノ人民共和国、国境山岳地帯にある麻薬カルテル及びそのシンジケート、正式名称は黒手会、通称ブラックハンド。


「ですって、勇者イワネツ。奴ら、私達の思いをいらない子扱いして、あなたとデリンジャーが作った世界人権憲章を歪めてるみたい」


「ああ゛? ざっけんな! 俺や兄弟達の思いを蔑ろだと!? なめやがってクソ共め!!」


 腹の底にまで響くイワネツの怒声とオーラに、アレックスは恐怖のあまり漏らしそうになるが、必死に堪える。


「俺が、俺達がどんな思いでこの世界を救ったと思ってやがる! もう二度と、家や家族を失う奴らを出さねえために、人間が人間らしく生きていくための規律を作ったのに! 俺の、俺の仲間の思いを人々の思いをクソが!」


 騎士達は突如現れたイワネツを、やはり勇者、伝説の英雄であると感じ入り、視線をヴァルキリーに移す。


「まずプランを立てましょう、殴りに行く順番も。相手が財団ならば経済力があるだろうし、軍事力だって金で買収できるだろうし」


 勇者としての活動が長い、ベテランの域にまで達したヴァルキリーは、世界救済に至る計画を先に建てるべきであると、イワネツに告げる。


「なら資金源を潰しちまえばいい」


「具体的には? おそらく資金源は多岐に渡り、首謀者も一人ではない筈だから、あなたならまずどこを叩く?」


「そうだな、定石としては、まず大義名分を作りやすいよう資金源の麻薬カルテルを潰す。麻薬プラント燃やしちまい、密輸ルートもぶっ叩き、財団の悪事の証拠を収めるのよ。あとは思いっきりビビらせる。最初はこんなところが妥当だ」


「そうね、それと私たちが蘇ったって事を知らしめないと。それで、財団の中で最も影響力を持つ人物は? 私の騎士団」


 ヴァルキリーの問いかけに、騎士団達は一斉に苦々しい顔つきに変わり、アレックスも彼女の姿を思い浮かべて唇を噛み締める。


「はい、財団で今、影響力だけなら一番高いとされるのは……」


「遺憾ながら我がヴィクトリー王位継承者」


「アレクサンドル・ヴィクトリア・ロンディウム・ローズ・ヴィクトリー。現ヴィクトリー王国王女です」


 ヴァルキリーは思いっきり舌打ちする。


 ヴィクトリー王国の王族が、現在の世界を蝕む国家犯罪に加わっていると。


「なるほど、あなた達ヴィクトリーの騎士団がうまく動けないわけね。くっそムカつくわ、何よその馬鹿女」


「おう、マリー。なんだったら俺が今から行って、そのズベわからせてやって来てもいいぞ?」


「それも手かもだけど、まずは相手の心理分析と行動分析してから、考え方を変えさせる事も手段の一つよ? 実力行使は最終手段。ぶっ飛ばしちゃうのは楽だけど、一番楽に世界を救済するならば、考え方を改めさせ、財団をより良いものに変えちゃう方がいい」


 イワネツは手を叩いて、無表情の仏頂面から口元を少しだけ歪めて笑みを見せる。


「さすがマリーだな。愛する世界を救うためなら7ペルスタもまわり道でない、急がば回れとも言ったか?」


「急いては事を仕損じるね。世界救済は計画的にやんないと、足元が崩れて楽じゃなくなるし」


 画面の向こうの騎士長達や目の前のアレックスは、伝説のヴァルキリーと勇者の会話の内容を聞き、彼女と英雄達が世界を救済したのは間違いないと確信した。


「その王女に近親者は? 親しい者とかわかる? よく知る関係者とかでもいい。そしたら彼女の心理分析と行動予測がとれる」


 騎士長の視線は、一斉にアレックスの方を向く。


「え?」


「そうか、アレックス君は例の王女の事、よく知ってるようね。ちょっとその子のこと話してくれるかしら」


「お前、なかなか使えるじゃねえか。俺たちは悪党対策のプロフェッショナルだ。行動心理学や臨床心理分析は俺も得意でよ」


 アレックスは、二人にクラスメイトだった「素晴らしい王女」の話を始める。


 彼女の容姿、癖、言動や行動、そして邪悪さを。


「ふーん、自分で素晴らしいって言わせてるの? その子……それで君は彼女の一番そばにいた。彼女は君を欲してる……なるほどね」


「ああ、よくわかった。アレックスはっきり言うぞ? その女はお前に惚れてる。今回の救済の鍵はお前だ」


「え゛?」


 露骨に嫌そうな顔をするアレックスに、ヴァルキリーはニコリと微笑みかける。


「君、女の子の事をよくわかってなさそうだけど、私も彼と同意見。彼女はね、あなたの事が好き。そばに置いて特別な存在として扱いたいわけ。そして彼女は人から好かれたい、特別な存在として認めてもらいたい。そんな感じなのよ」


「ああ、その女の心理を当ててやる。その女はそんな賢くねえ。どういう家庭環境で育ったかは知らんが、寂しがり屋で、誰かに構って欲しい、認めて欲しい、とかいう自分大好きなわがまま女だ。まあメンヘラって言うんだが。自分に信念や自信がねえから、惚れたお前に依存してえんだ。依存性的自己愛性パーソナリティ障害ってやつだろう」


「さすがカウンセラーの資格持ち。やっぱそんな感じだよね? 君はメンヘラ女のターゲットにされちゃってるの。結論を言うと、君との長い学園生活で、あなたに依存して、自分の支配下におこうと必死だったっぽいわ」


 アレックスは絶句して、彼女の姿を思い浮かべる。


 彼にとって彼女は悪の王女に過ぎず、今まで自分が、彼女から見て恋愛対象だったなんて思ってもみなかったからだ。


「ま、一番楽なのはそのメンヘラと君がくっついて、君の力で彼女を変えちゃうのが一番楽なんだけど、そういう事、あなたできる?」


「無理です」


 ヴァルキリーの案をキッパリ断ったアレックスに、イワネツはフンと鼻で笑う。


「男のくせに情けねえ野郎だ。童貞っぽいし、そういう器用な真似はできねえようだな」


「まあ、無理強いはできないわよね。アレックス君にだって人生がある。生理的に無理な相手は無理なのはしょうがない話。あ、そうだ」


「?」


 ヴァルキリーは、妙案を思いつき、モニター越しの騎士達やアレックス達は耳を傾ける。


「まだ私の王位継承者、法的に生きてますよね? 私の騎士団達」


「え? ええ、姫様。エリザベス一世も表向き逝去し、姫様は大戦後に突如消息不明。殿下と縁戚であるアイリーのハーヴァード家が、代理として王位を継ぎましたので。大憲章と共通法に照らし合わせても、継承権的には今も第一位です」


「ただ本人であるという確証と、議会の承認が必要かと……」


 騎士団は一斉にアレックスの方を見た。


 アレックスの祖父、デイヴィッド・ロストチャイルド・マクスウェルは男爵でありながら、貴族院副議長であり最年長の国会議員で、影響力はかなりのものがある。


「……わかりました。お爺さまに今、連絡を」


 アレックスは自分の水書玉で、祖父デイヴィッドに連絡をとる。


「おお……誰かと思えばアレックス。どうしたんだ我が可愛い孫よ。ロマーノで元気でやっておるか?」


 マリーは、デイヴィッドのしわがれた声を聞き、騎士団との通信を一旦切って、悲しげな表情で彼と対面する。


「久しぶりね、エドワード。いやアレクセイ」


 彼女のかつて初恋の相手であった。


「!? ご無沙汰ですマリー姫様。300年振りですか? よもや再び出会うとは……」


 アレックスは驚愕し、イワネツは鼻で笑う。


 ハイエルフの血族である彼は、ヒト種の血も入ってはいるが長命のため、齢500歳になり年老いた姿ではあったが、名前を変えながらこの世界で存命していた。


「俺もこっちに今来た。懐かしいなアレクセイ、なんで俺たちが来たか、わかるよな?」


「あなたは……変わってないようですな。織部憲長、勇者イワネツ」


 イワネツも、魂に魔帝バサラが発現している事で、半不死の魔族に体が変質しており、ヒトから逸脱して年をとらなくなっている。


 アレックスは、二人の勇者と自分の祖父が顔見知りで、自分の祖父が黒騎士エドワードであるという事実に驚愕し、彼らのやりとりに長い耳と優れた聴覚で文字通り聞き耳を立てた。


「この子が、アレックスが私を呼んだの。この世界の状況と、真実の話を教えてくれるかしら? なぜ私の名を冠した財団が悪事を働いてるのかも含めて」


「かしこまりました。長い話になりますがご容赦を。例のケジメを取り、全ての戦いが終わったあと、私は……記憶を全て失った彼女と再会しました。落ち延びたヒンダス北西部で」


 今はデイビッドと名を変えた男爵は、左手の欠損した小指を見せる。


「そうだね、あなたは先生から言われて、全てのケジメをとった。王族としての地位も、財産も、そしてその小指も」


「……はい。私は世界を混沌に招いた責任を……指を落とすことで取らされました」


 イワネツは、デイビッドの目を見つめて嘘を言っていないかどうか注意深くマリーとの会話を見守る。


「あなたは、私が世界から去った後で彼女と再会した。エリは全ての記憶を失い、それから?」


「はい、私は彼女を保護しました。そして、私はあなた方との約束を守り、世界に関与する事もせず、私は記憶を失った彼女と生きて来た。そして100年後にあの子が、メアリーが生まれた」


「メアリー? あなたとエリちゃんの娘? ルーシーランドの王子のあなたと、ヴィクトリーの女王だった彼女との子……ね」


 お互い沈黙し、アレックスは悲しげな顔をするヴァルキリーを見た後、視線をイワネツに移す。


「気持ちはわかるが黙ってろ、アレックス。俺もあの子の悲しい顔は見たくねえし、好きな女が苦悩するのは見てて気分がいいもんじゃねえ。お前も男なら、わかるよな?」


 アレックスは無言でイワネツに頷く。


 祖父や先祖が何者か、初めて明らかになり、自分のルーツを受け入れようとアレックスは試合前のように、下っ腹に力を溜めて気持ちをしっかり持つ。


「はい、メアリーは私と彼女の子です。私は、エリザベスとメアリーを愛していました。大戦を画策した私が、温情によって生き永らえて、本来死ぬはずの私は家族を得た。本来は生きてはいけぬはずの大罪を背負った私が……」


 彼は罪の意識を持ちながら、長い時の中を生きており、アレックスは幼き日と祖父の記憶を思い出す。


 優しく自分を抱き締め、英雄の話を少しだけしてくれて、自分に対して悪に負けない正義を持って欲しいと語りかけた祖父である。


 彼は人生の終末で思いを孫に託したのだ。


「あれは、あなただけのせいじゃなかった。あなたを操っていた神々と精霊の責任だった。それにあなたはケジメをつけた」


「……彼女達との日々は、我が最良の時期でした。世界を憎んだ私のせいで、多くの人々が亡くなって、運命が狂ったにも関わらず、私は人生最高の幸福を得た。本当にこんな人生を送っても良いのだろうかとも思って。そしてエリザベスもなぜか老いることもなく、娘も徐々に成長し、幸福なまま私は齢300歳を過ぎようとしたある日の午後、彼女は幼いメアリーと共に姿を消しました」


 アレックスは困惑する。


 祖父が世界を壊そうとした悪だったこと。


 そして祖父こそが魔女と呼ばれたエリザベス一世の伴侶だったのかと。


 自分はロストチャイルドの一族だったはずなのに、どうして自分は生まれたのか、心の中で自問自答する。


「そのあとは?」


「家族を失った私は、100年以上彼の地で家族の帰還を待っていたが、彼女達は帰って来なかった。老いた私は失意のうちにヴィクトリー、ロンディウムに」


「なぜあなたはヴィクトリーに?」


「彼女と最初に出会った国で余生を暮らそうと思って。年を取ると新しい記憶を覚えるのが難しい。過去に執着するんです。死に方を私は求め、ヴィクトリーの地に再び足を踏み入れて、孤独に死のうとしたら……私のかつての臣下、ロストチャイルドと名を変えた者達が私を見つけ出したのです。彼らは、このヴィクトリーで男爵家の地位にあり、どうかあなたの力をジューや移民労働者達の為に役立ててほしいと。ジューもヒンダスの労働者達も、ヴィクトリーで迫害されていた」


「そんな……私達とあなたが終わらせたはずの民族差別が、まだ残っていたなんて。それであなたは名をデイヴィッド・ロストチャイルドに名を変えたという事ですか?」


 水晶玉の先の老人は、頷く。


「私は、ロストチャイルドの当主として、ヴィクトリーに移民して来たジュー達や、迫害されているヒンダスの労働者達のために、議員となり財閥も作りました。それが私の罪滅ぼしと信じて、今度こそ差別と偏見をなくすためにと。選挙を経て議員になり再び俗世間や世界情勢に触れる中で、私は愕然とした。あなた方、英雄達の思いが消されてしまったと。そしてあの絶対悪のエムが蘇っていたのを知ってしまった」


 イワネツは、デイヴィッドの話に舌打ちする。


「チッ、マリー。あのエムはお前や俺達が南アスティカの帝都テノチティトランで消した筈だ。精霊界との戦争もオーディンも全て決着をあの野郎がつけて。お前だって覚えているだろう?」


「黙ってて、勇者イワネツ」


 ヴァルキリーも、300年前の最終決戦を思い出す。


 アヘンケシが咲き乱れる花畑で、全ての決着をつけた後、エムの悪意の正体と真相に涙を流しながら、悪の花畑を燃やした悲しい記憶を。


「どうしてあの悪意の塊が、復活したと?」


「それは……エリザベスが。この子を、赤子だったアレックスを連れてきたからです。この子は悪に染まってないから、メアリーの手から守ってほしいと。黒いフードを被っていたが、あの頃と変わらぬ美しい姿で、19年ほど前の話でした。この子は、私たちの孫は家族と世界の希望であると。私はメアリーを止めなきゃいけないと言い残し、彼女は、妻は再び姿を消した」


 今から20年近く前、突如ロンディウム郊外にあるロストチャイルド家邸宅に現れたエリザベスは、アレックスを孫と言い、彼は子供が出来なかったロストチャイルド家の夫婦に養子としてアレックスを預けたのだ。


「……これは、私に課せられた罰なのです。私は私の私怨で多くの人々の人生を狂わせ、大戦を起こした。私は幸せになってはダメなのだと、運命は人生の最後で罰を与えたのですっ!」


 年老いたかつてアレクセイ、エドワードと名乗った元黒い騎士は両目にためた涙を覆うようにして、画面の向こうで泣き崩れる。


「その事を、あなたは誰かに話した?」


「わ、私の正体は明かせませんでした! あなたの騎士団にこの子の事情は説明しましたのです! 例の財団については、我が財閥を通じて情報を得ております」


 デイヴィッドは、騎士団とは別の情報網を持っており、マリーゴールド財団内部に自身の財閥を潜り込ませる事で情報を把握していた。


「財団の内情は、資金面での派閥争いや主導権争いが激しく、世界各国が財団の主導権を握ろうと躍起になっております。だがしかし今の時代の権謀術や陰謀論等の企て方が、私から見てひどく幼稚でした。私の力であれば内情を探るのに苦労しなかった」


「なるほど、あなたは財団で確固たる地位を築いたという事か。あなたから見て財団内で一番勢力を築いている派閥は?」


「麻薬を扱ってる元締めです。麻薬事業に深く関わってる国は、ヴィクトリー、フランソワ、シシリー、西ライヒ、メディアナ、ヒンダス、チーノの七カ国。その中で主要メンバーが多国籍の7人。統率者はエムと自称してます」


 やはりかと、ヴァルキリーはイワネツと顔を見合わせる。


「メンバー間はお互いに顔も地位も知らないが、意思疎通は出来るようになっております。現ヴィクトリー王女だけが本名で登録して存在をアピールしてます。彼女はエムから信頼が厚く、チーノ人民共和党に深く関わっている。私はこの情報をあなたの騎士団にもリークしていた」


 その組織形態は、300年前にエリザベスが築いた異世界の半グレ組織、チート7に構成が似通っており、主要メンバーは7人。


 彼の目的は騎士団に情報をリークさせて、悪を根絶させるためと、財団の力でエリザベスとメアリーを見つけ出すためである。


「メンバー間のやり取りを通じて、エムを自称している者は、私の推測ですがメアリーです。私の娘にあの邪悪は乗り移っている。今も……時折思い出す。あの呪いの歌を、強烈な悪意を。彼女の声を私は一度聞いた。歌を歌った……古のルーシーランドの歌を。メアリーに私が教えた子守唄を歌っていた……」


 ヴァルキリーは、エムの特性を思い出す。


 あの悪意の塊は、人に思念を乗り移らせ悪意を操る術を持っていたと。


 その悪意が、彼女の娘メアリーにそれが憑依した可能性があるという推測を立てる。


「この子は私の財閥とあなたの騎士団が守っていた運命の子です。私の息のかかった全寮制の学校に入学させました。だがあの王女、もしかしたらあのエムの悪意の影響を受けているかもしれませぬ。今更あなた方に言えた義理はないかもしれないが、どうか私の家族と世界を救ってください……私の姫君、どうかおねがします! ヴァルキリー! 私のかつての愛しき人よ! どうか家族を、世界を救って……」


 項垂れながらデイヴィッドは、ヴァルキリーに頭を下げて、自身の家族と世界の救済を願う。


 かつて自分の陰謀により、世界を壊してしまった男の、今の願いをヴァルキリーは受け止めた。


「……わかりました。この世界の最後の後始末は、私が。あなたはヴィクトリー議会に働きかけて、私を再び王女として承認して欲しい」


 ヴァルキリーの傍にいたイワネツも、水晶玉に映る老人に頷く。


「アレクセイ、お前とは色々あったが俺達に任せろ。俺は勇者だ。この世界が規律を失ってしまったのなら、何度でも救ってやる、お前の家族もな」


「ありがとうございます……勇者よ。アレックス、今までお前に真相を話せなくてすまなかった。私はお前を愛している。私の大切な家族だから」


 老人は涙を流し、アレックスも涙を流しながら自身の祖父を見る。


「はい、僕もあなたを愛しています。私のお爺様」


 通信を終えて、ヴァルキリーは騎士団に連絡を取り付けた。


「議会議員についてはなんとかなりそうだから、私、また王女やるわ。そうね、タイムスリップしてこの時代にやって来たとか、あなた達騎士団で、カバーストーリー作ってくれる?」


「御意! 我らが殿下!」 


 その時、焦った表情でジョンが戻ってくる。


「た、大変だ! さっきのオカマ神と紅茶買いに行ったら、警官隊と鉢合わせした! オカマ神が変態扱いされて消えちまい、こっちに警察がやって来やがる!」


 二人の勇者は顔を見合わせてお互いに不敵に笑う。


「俺が民警(チェーカー)共をぶちのめしてもいいが、成り行きに任せるのも悪かねえか」


「そうね、せっかく久々にこの世界に来たんだもの。それと、ごめんなさい騎士団のみんな。ヴィクトリー大使館に連絡してくれないかな? 多分これからロマーノの警察署に行くだろうから」


「ぎょ、御意! 騎士ジョンと騎士アレックスよ、伝説のマリー王女殿下と憲長公を頼んだ」


 水晶玉の通信が終わり、国家憲兵隊とロマーノ警察が地下室に雪崩れ込んでくる。


「いたぞ変態め! 逮捕する!!」


「国家憲兵隊だ! お前達には黙秘権がある!! とりあえず最寄りの署まで来い!」


 ヴァルキリーは、今の状況を楽しみながら、この世界でまだ生きているかもしれない、かつての親友を思い出す。


 今度こそ彼女とこの世界を救済するという思いを胸にし、アレックスが指に付けた召喚の指輪を見てニコリと笑う。


「エム、今度こそ悲しきあなたの悪意に終止符を。あの時は先生の力に頼ってばかりだったけど、私だって経験を積んだ。そして絵里……私はあなたも、あなたの家族も救う。私は勇者だ! 世の不条理を正すために私は先生と同様、勇者になった!」


 自分の運命からも逃げ出さないため、この世界で願った楽の概念を再び拡めるために、前を向いて歩き始めた姿を、イワネツは微笑みながら見つめ、アレックス達は希望を見出す。


 表向き平和だったニュートピアは、再び混乱の渦が巻き起ころうとしていた。

300年後の彼女は成長したほぼ完成形です。

未完成だった過去も織り交ぜながら、現在の一番悪い奴を追い詰める話になる予定です

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