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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
最終章 召喚術師マリーの英雄伝
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第180話 世界を再び救う者 前編

 ニュートピアで行われた世界大戦については、謎が多い。


 世界大戦から300年後、ロマーノ大学に留学中のヴィクトリー王国男爵家、アレックス・ロストチャイルド・マクスウェルは、同僚の騎士にして学友のジョン・モワイ・スミスと共に、自身が召喚魔法によって呼び出した勇者を名乗るヴァルキリーから、大戦期の真相を聞かされる。


「本当の悪人はいなかった……か。じゃあ大邪神って呼ばれる伝説の存在は、本当はどんなものだったんですか?」


 アレックスの質問に、ヴァルキリーは悲しげな表情をして、邪神と呼ばれた存在の話を始める。


「当時のあの世界には悪い神達が陰謀を企てていたの。その神々も、精霊や悪魔から利用されていた。私達が倒した神、フレイ、フレイア兄妹。祟神ニョルズに、最強の闘神の一人と呼ばれたトールも、武神ヴィーザルも、破滅神ロキの一派も戦神オーディンも」


「そ、そんなに沢山の神と呼ばれる存在がこの世界に? なぜ?」


「全ての発端は、オーディンという反逆神が、この世界の人々の多くを殺害し、魂を利用しようと企んだヴァルハラ計画によるものと、遺恨があるロキの抹殺計画だった。そして精霊界の中でも最も強い力を持つ元老と呼ばれる精霊達が、その事態に付け込んで最悪の魂を送り込んできた。名前をエム、またの名をミクトラン」


 エムことミクトランは、地球世界のアメリカ大陸で生まれし魂で、元はアステカの巫女であったが、精霊の力で幾度も転生を繰り返すうちに、業を清算する地獄も経験することなく、魂が邪悪に染まった存在だった。


「ミクトラン……最悪の存在、ですか」


「うん、これが大邪神とも呼ばれし存在。オピオイドってジョン君ならわかるよね? 医学生だし」


「あ、まあ一応。外科手術の際に麻酔に使ったり、うんと効果を薄めて鎮痛剤に使う薬の一種です。けど、マリーゴールド財団の息がかかった麻薬組織の奴らそれ悪用して、アコギな事をしてやがります」


 ヴァルキリーは、財団の名前を聞いて憤慨する。


「はあ!? 私達があんだけ苦労したのにまだ麻薬なんか蔓延してるの? それにその悪の財団名めっちゃ腹立つし気分悪い。滅ぼしてやる、この世界から」


 アレックスはマリーゴールド、すなわち黄金のマリーと名付けられた財団が悪であると騎士長から聞いていたが、それを知った本人は怒り心頭になるのも無理はないと思った。


「話を続けるわ。その大邪神と呼ばれるようになったミクトランは、オピオイド系の麻薬で全ての世界を支配しようと企んでた。私も勇者として活動してるけど、あそこまで強烈な悪と対峙したのは、あれが最初で最後かも。めっちゃやばかったわ、私の先生も過去最悪の相手だったって言ってたし」


「ヴァルキリー様、そのミクトランとかいう奴、どういう意味で最悪なんですか?」


「うん、ジョン君。本人の悪意も強烈だけど無尽蔵に悪意を人々に拡めて、悪を生み出す究極の悪だったのと、精霊の加護で魂も不滅で肉体も不死身だった。力は神々を遥かに凌駕してて、仲間達の犠牲もあって……まあいいわ、その話は今度にしましょう」


「あ、はい」


 ヴァルキリーは露骨に顔をしかめながら、世界大戦の結論を話し始める。


「結論を言うと、神々の世界と精霊の世界の抗争に巻き込まれたのが、私でもあり、あなた達の先祖達」


 世界中の国々と人々が争ったのは、大戦の一つの側面でしかなく、真相は文字通り、神と精霊、新たに生まれた魔界の悪魔含む、文字通りの世界大戦だったのが大戦の真実だった。


「意味わかんねえ、よく滅びなかったな人類」


 ジョンはポツリと呟く。


「そうだね、意味わかんないよねジョン君。後世で私はどのように伝わってるのかな?」


 ヴァルキリーに見つめられ、ジョンは顔を真っ赤にしてモジモジし出し、目線を下に向けると少女とは思えないバストの大きさに目が点になる。


「あ、えーと僕は専攻が考古学ですんで説明します。ヴァルキリーさんの残した日記は、広く一般公開されており、当時の生活様式や食生活についてや、ナーロッパ諸国や東方ジッポンの歴史研究の第一級資料として引用とかされてます」


「そうなんだ。あの日記には、ぶっちゃけ恥ずかしかったけど、先生との交換日記だったんだ。この世界の言語とか最初、先生は理解出来なかったから、先生の語学の勉強と私の文章の練習や勉強に使ってた。それに先生の思いと私の思いも書いたはず」


 アレックスは、やはり日記の内容が大幅に後世で改変されて、マリー姫の思いも気持ちも残ってないことに疑問符がつく。


「なるほど。ですが、僕の時代のあなたの日記。あなたの先生の話も、あなたが教えを受けた事柄も消されて、日記が飛び飛びになってます。例えば、どこからどこに行って、人々の生活はこんな感じでとか。こんな美味しいご飯を食べたとか」


「……そうなのね。実はあの日記を当時公開したのは、私が世界を救うため、自分の思いを世界に発表しろと、先生からのアドバイスだったんだ。思いを文や言葉にしないと人と世界は救えないって」


「おそらく、その思いを検閲して消したのは財団の仕業です。私を騎士にしたロマーノ大学長、騎士ピエトロもおっしゃってました。財団が世界を支配する上で英雄達の思いが伝わるのを恐れてると。あなたの先生の思いは、どんな感じでしたか?」


 ヴァルキリーは、自分の思いが後世に残ってないと知り、一瞬悲しげな表情になった後、表情を切り替えてニコリと微笑む。


「弱きを助けて強きを挫く。心が正しい人が報われ、悪しきは滅ぶべきだと先生は言ってたわ。これは私も信条にしている任侠の教え」


「任侠?」


「うん、誰かに助けられたり恩義をかけられたら、時には命がけで義理を果たすべきであると。人間が人間でいるため、時には法律よりも重要だと言っていた」


 彼女の言葉にアレックスは感銘を受け、後世で彼女の思いや、世界の救済に至った真相が隠されていることに憤りを覚える。


「そんな大事な教えが残ってないなんて。今からでも遅くありません。現代に生きる僕らが、その教えを復活させる。だから教えてくださいヴァルキリー、当時のあなたが体験した正しい歴史を」


「俺も聞きてえ。ご先祖様の話も、世界がなんで助かったのかも。医学を志す者として、俺は正しい話が聞きてえです」


 ヴァルキリーは、二人の思いに応えるため、自身の身の上話から話し始めた。


「わかった。当時、神々の陰謀に巻き込まれた私も、最初意味がわかんなかったの。ヴィクトリーの王女だった私は陰謀によって家族が引き裂かれ、父殺しの無実の罪を着させられて、処刑されそうになった。ロンディウムの広場でギロチンにかけられるところだった」


「けど、あなたは生きていた。後世ではその後流刑となって、オージーランドという島に流れ着いた……でしたね」


「うん、アレックス君。私は処刑人達からアキレス腱を切られて血が流れ出し、民衆達から罵声を浴びせられた恐怖の中、首を刎ねられる瞬間、最悪の召喚魔法を唱えてしまった。私の召喚魔法でナーロッパ中に魔物が溢れ始めた。女神フレイアの陰謀だと後でわかったけど、これが全ての始まり」


 ヴァルキリーが唱えた世界崩壊の召喚魔法は、神の牢獄とも呼ばれる異世界、ニブルヘルに繋がるゲートが女神フレイアの陰謀によって開かれて、その世界のモンスター達を大量に召喚してしまい、ヴィクトリー王国はこの事で外交的に孤立する。


「召喚魔法……僕があなたを呼び出したように、あなたも召喚魔法とやらが使えたんですね」


「そう、私は今もそうだけど召喚術師がベースの勇者だから。私の召喚魔法のせいで世界各国はヴィクトリー王国を敵視し始め、大戦のきっかけになったの。私が死んだと思い込んだ、世界各国の王子達も怒ってヴィクトリー王国に攻め込もうとしていたんだ」


 こうしてヴァルキリーは、長い船旅の後でオージーランドと呼ばれる地に降り立ち、その地で行われた非道を垣間見る。


「私が流刑された植民地オージーランドの地でジョン君、あなたの先祖のペチャラと出会った。彼女は、島の惨状とヴィクトリーによる弾圧に嘆いていて、医者になって多くの人を救いたいと言ってた」


「そうか、さすがは俺のご先祖様だ。それ以来、うちは代々医者の家系ですわ」


 ヴァルキリーは頷き、世界を救うきっかけになった召喚の話もする。


「私は、横暴な植民地領主から彼女を守るために、必死で抵抗して、怪我して、でも負けたくないって思った。そしたらまた召喚魔法が発動して、あの人が、私の先生が姿を現したの」


「勇者マサヨシさん……ですか?」


 するとヴァルキリーが、またシーッと人差し指を口に当ててアレックスに沈黙を促す。


「アレックス君、この世界の女神達、まあ一柱は女神と言っていいかわからないけど、もしもそのうちの一柱の担当が変わってなければ、先生の神と関係最悪で、お互い張り合ってるから、あんまり迂闊に名前をださないほうがいいよ?」


「あ、はい気をつけます。そしてあなたは勇者と出会い、世界の救済に乗り出したという事ですね。じゃ、あなたの名前の由来になったヴァルキリーというのは? 勇者とは結局なんなのですか?」


 ヴァルキリーは、これについてどこまで彼らに話していいのか、最適解を出そうと考えながら唸る。


「うん、ヴァルキリーとは、私に融合した神様が私をヴァルキリーと呼んだから。光の神様を召喚したのは、この世界の父である王だった。私と融合した事で、まだ彼の意識は私に残ってて……おかげで年も取らず、寿命という概念とか無くなっちゃったの私」


「え? じゃああなたはずっとその姿のまま……」


「まあ、ね。ケジメもそうだけど、そういうのも理由の一つで、私はこの世界から姿を消したんだ。私だけ歳をとらないで、生き残った仲間や関係した人たちだけ年老いていくとか、あんまり見たいものじゃあなかったし」


 世界を救った少女は、人間として老いることも普通の人生も歩むことも出来ずに、永遠に少女の姿のまま、長い時を勇者として過ごしてきたようだった。


 その苦悩を話しても、彼らには理解が及ばないことだろうとヴァルキリーは思い、話を続ける。


「勇者と言うのは神に仕える戦士の事。他にも世界を救った魔法使いの称号に、救世主とか色々呼び名はあるけど、私は融合した神ヘイムダルを便宜上、担当神ってことにしてる感じ」


「ヘイムダル……ですか」


「そう、光の神ヘイムダル。父ジョージが反魂の召喚魔法でこの神を呼び出した。だから私は当時もそうだったけど、今も戦える」


 アレックスは、歴史の真相を紐解きながら自身が召喚で呼び出したヴァルキリーが、再びこの世界に勇者として降臨したのも偶然ではなく、運命的な必然性も感じた。


「私は先生と出会い、世界をまわる旅に出た。騎士団を作るきっかけになった人と騎士団にも出会ったわ。オーウェン卿率いるヴィクトリーの近衛、ヨーク騎士団とも。最初の冒険のメンバー達」


 アレックスは入団したてでわからなかったが、ジョンは騎士団旗に描かれた伝説の騎士、クロスクレイモアのサー・オーウェンであると気がつく。


「いろんな人と出会った。先生と一緒にネアポリで地元のヤクザと賭場開帳したり、ジローと戦って仲間にしたりした。植民地だったシシリーを助けに行って、そこを私の領地にした後、フランソワの王子だったデリンジャーも、王子やめて仲間になったし」


「確か歴史書でシシリー島は、もともと古代ロマーノ帝国の植民領でした。その後ジークフリード帝国建国を経てイリアからフランソワ王国に売却されるも、ほんの僅かな期間ヴィクトリー領地になってたと聞きます。シシリーではあなたを信仰の対象にしてますが、あなたが領主だったんですか? じゃあ今のシシリー王国、ヴィットーリオ・デ・マリーオ王。マリーオ一族とも関係が?」


「マリーオ? 誰?」


 ヴィットーリオ・デ・マリーオとは、シシリー王国の現国王であり、30年前にマリー姫の子孫を自称し、シシリー王国の国王となった一族である。


「え? だってあそこの王様は伝説の姫の子孫だって言い張って、イリア共和国から30年前に独立したって歴史で……」


「いや、知らない。私の関係者にマリーオなんて人いなかったし。誰? なんか気分悪い」


 アレックスとジョンは困惑して、ヴァルキリーは自分の知らない情報に苛立つ。


「ま、まあアレックス、その話は置いておこうや。デリンジャー大統領って、元はフランソワ王国のアンリ王子だって話でしたが。さっきの話じゃマリー姫と出会って王族やめたって感じですが」


「ああ、彼は悪の王子だったけど、本当の自分を取り戻したの。世界を救うため私の仲間になって、ロレーヌ皇国に占拠されたフランソワを奪還したわ。こんなものいらないって、王冠も王族の証のペンダントも王族の地位も捨てた。そのあと皇太子だったフレッドと一騎打ちしたっけか」


「え? そんな事があったなんて、歴史では一つも触れられてない。彼は後世でホランド王国との戦争の敗戦により王位継承権を退き、大統領制に変えた初代フランソワ大統領としか歴史書では書かれてません。あと世界人権宣言の提唱者であるとしか」


 アレックスは、現在のフランソワ共和国についてヴァルキリーに説明する。


「今のフランソワは、ヴィクトリーと対立関係になる事が多いです。政治体系はザクゼンブルー家と、オルレア・フランソワ家、ブルボンヌ家、デュポーン家の、元大貴族の一族が政治家を出し合い、議会と談合してから大統領を出して。共和国とは名ばかりの貧富の差が激しい貴族主義的な国家です。ジロー王が退位して共和国になったこのイリアが、ナーロッパで最も地方自治が進んだ先進共和制国家とされてます。あと北欧諸国とジッポンが先進国です」


「はあ!? なにそれ!? 彼が一番嫌ってた感じに後世のフランソワなっちゃたわけ!? 男の中の男だった彼が望んでたのは、そんな国じゃあなかったのにっ!」


 ヴァルキリーの怒りに、アレックスは初代フランソワ大統領デリンジャーが、単に教科書で二行しか触れてないことに疑問を覚える。


「え、世界を救ったあなたがそこまで言うほど、初代フランソワ大統領は大人物だったんですか?」


「ええ、彼こそが真のリーダーだった。私や、先生やジローも、アヴドゥルこと龍さんやイワネツさんもリーダーとして認めてたわ。彼は男の中の男で、世の不条理と卑劣さと人殺しを憎む、真のヒーローだった」


 英雄達のリーダーが、フランソワ共和国初代大統領であることを二人は初めて知った。


「やはり、財団か? アレックス」


「そうだな、財団が歴史を歪めてる。じゃあ大戦期に虹龍国際公司を設立したカンパニー創始者の、アヴドゥル・ビン・カリーフ氏も、あなたの仲間だったんですか?」


 虹龍国際公司とは、世界の流通業や金融と投資により、莫大な収入を得ている、財団とも密接に関わっている世界的な総合商社である。


「そう、彼も私の大事な仲間だった。彼は超大国バブイール王国の皇太子。最初は野心家で敵だったけど、彼も自分の果たすべき道を見出し、頼れる味方になったの。頭の良さとリーダーシップに関しては、あの世界では彼以上の男はいなかったと思う」


 アレックスは、やはり後世の歴史が大幅に書き換えられていると思い、自分の知る記録と照らし合わせる。


「今は亡きバブイール王国の最後の皇太子は、ジャースィム・ビン・カリーフと記録されてます。創設者の名前からバブイール王族の可能性があると言われていましたが、やはり僕らの知る歴史は違うのか」


「ああ、それはある意味では正しい歴史ね。彼の父ハキームは、アヴドゥルを廃太子にして暗殺しようとしたの。だから彼は公的な話には名前が上がらないのかもね。ナーロッパは超大国バブイールを恐れてたし」


「? そんなにすごい国だったんですか? 大戦期に隕石落下と、ハーンの侵攻で滅びたとされますけど」


 後世のバブイール王国の評価は、ナーロッパを侵攻

しようとしたせいで、外交的に孤立。


 奴隷戦士団のマリーク、のちにマリーク首長国連邦が反乱を起こした結果、大幻ウルハーンに滅ぼされたと伝わっており、バブイールが超大国だったこともナーロッパ以上の栄華を誇ったことも、歴史では一切触れられていない。


「あれはハーンと同盟だったロレーヌの仕業よ。信じられないかもしれないけど、皇太子だったフレッドに悪の帝王、ジークフリードが乗り移っ起こされた悲劇。禁呪法による大爆発で王都が消えて、大勢の人々が亡くなった」


 歴史の真相が次々に明らかにされていき、ジョンはメモで記録を取りながら、アレックスに更なる質問を目で促す。


「伝説の王ジローはどんな人だったんですか? 彼は16歳で即位し、イリア首長国連合を中央集権的なロマーノ連合王国に変え、この地域を文化大国にした天才と言われてます。大戦後、彼は在位15年、30歳を節目に突如退位。ロマーノ連合王国は先進的なイリア共和国になり、歴史から姿を消したと言われます」


「ああ、ジローはとても義理堅くて優しい人だよ。ちょっとスケベで、頑固なところあるけど、とても強い空手の達人。彼はその後、勇者になったわ。何度も色んな世界で転生して、その度に行った世界を救って楽しんでて。彼は元々、人にお世話してあげたりとか、人から注目を浴びるのが好きなんだろうね。私と同業だし、たまに一緒に活動したりしてる」


 大戦後の英雄ジローは、勇者としての道を選び、自分と仲間たちが救った世界を見守った後、自身の兄貴分や兄弟分と同様、勇者の道を志したのだった。


「そうなんですか。やはり伝承通り、偉大な王なのですね。じゃあ我らが騎士団の初代団長、聖騎士フレッドはどんな人ですか?」


「あー、彼は元々はロレーヌ皇国の皇太子だった。彼は最初、精神的に脆いところとか、色々コンプレックスなんかあって。けど、試練を乗り越えて最強の騎士になったわ。彼はその後……」


 その時、地下室に続く階段から大きな足音がして三人が話をやめて武器を手にする。


「うんしょ、うんしょっと。あ〜ん、ここにいそうな感じかなぁ?」


 ヴァルキリーは特徴的な野太い声で足音の主が誰かわかり、二人に目配せして武器をおろさせる。


「お久しぶりですね、この世界の担当神様」


 ヴァルキリーが声をかけると、蹴破られた扉を屈みながら、地下室の天井に届くほど、背が高い女装した大男が姿を現す。


「久しぶりぶりなのね〜ん。イケメン君達もあなたもここにいたの〜? オネエさん探しちゃったわ〜ん」


 元最上級神にして、現在は愛の神とされるオネエの神、身長3メートルを超えるエプロン姿のクロヌスが、大型のコーヒーメーカーと4人分のカップを持って姿を現した。


「うげっ!!」


 アレックスとジョンは仰天し、ヴァルキリーは全く変わらないこの神の姿に苦笑する。


「コーヒー持ってきたの。それともお茶のほうがよかったかしら〜ん? マリーちゃん」


 二人は巨大なオカマの神の圧倒的なオーラに充てられ、金縛りのようになって動けなくなった。


「あ、コーヒーで大丈夫です。なるほど、私がこの世界に来たのはあなたが?」


「そうなの〜。ごめんねイケメン君、あなたの力に少しあたしも便乗させてもらっちゃった。てへ」


 舌を出してかわいこ振るも、アレックス達は怯え出し、ヴァルキリーはため息を吐く。


「最上級神時代みたいに、あんまり私の可愛い人間達に過保護なのよくないかもって見守ってたけど。もうね、無理」


「じゃあ私に、正式な救済命令を?」


「そ、まあその辺の話は、コーヒー飲んで昔話でもしながらゆっくりやりましょ? ね、世界を救済するための運命を担うイケメン君達?」


 ヴァルキリーこと勇者マリーに、ニュートピアへの正式な救済命令が下される。


 地下室のホールに、クロヌスが魔力で作り上げた大理石のテーブルと椅子が置かれて、鼻歌混じりにクロヌスはコーヒーカップにコーヒーを注ぎ、全員が席に着く。


「さてっと、イケメン君達への自己紹介がまだだったわね〜ん。私はクロヌス、あなた達の世界を見守る主神。気軽にオネエって呼んでちょうだい」


「あ……はい」

「神様なんて本当にいたのかよ……」


 ヴァルキリーはカップのコーヒーを、砂糖もいれずにすすり始めた。


「あ、美味しいこれ」


「そうでしょー、あそこで作った豆から挽いて作ったの。あなたがイケメン達と、私の孫と一緒に大陸ごと自然保護区にした」


「ああ……あそこですね。あそこは、この世界の文明がどんなに発達しても、あそこだけは、ありのままの方がいい。それが彼女との約束だから」


 ヴァルキリーは昔を思い出し、コーヒーをもう一口すする。


 アレックスもジョンも、この泥水のような飲み物は飲んだ事がなく、正直言うと飲み慣れたヴィクトリーの紅茶が欲しかった。


「で、早速だけどAランク勇者のマリーちゃんには、この世界の救済を命じるわ〜ん。救済難度は今のところBってとこにした」


「あー、まあ普通ですね。私が最初先生と救った時は、この世界の救済難度が論外のU、異界認定でしたっけ?」


「そう、異界認定は救済か封印か破壊しか道はないからね〜ん。実質難度はCかDってとこだけど、優秀な勇者に来てもらうのがいいって思ったのね〜ん。それに嫌な予感するし。エリちゃんがね、やばい気がするの」


 ヴァルキリーは、クロヌスが出した名前に眉がピクリと動き反応する。


 神の戦士の勇者、または神の魔道士の救世主には救済難度別にランクが決められており、通常の勇者または救世主は難度CかDで活動する。 


 難度BまたはAクラスは救済数が多いベテランが担当し、難度S及びEXは最強クラスの勇者又は救世主が担当する。


「彼女は、やはりまだ生きてるんですね」


「うん、だけどやばい状態。彼女が負けちゃうと最悪な事態になるから、その前に手を打っとこうって。その方が楽」


「彼女は今どこに?」


 ヴァルキリーの問いかけに、クロヌスは首を横に振って悲しげな顔付きになる。


「この世界のどこか。あの子ってほら、昔からそういうの言わないじゃない? 自分一人で抱え込んで、自分だけでなんとかしようとする悪い癖がある。あの当時も、そして今もね〜ん」


「そうですね。エリは、彼女はそういうところがあります。苦しいなら、辛いなら誰かを頼ればいいのに。頭はいいけど、めっちゃ不器用だから……」  


 エリザベスは、この世界のどこかでまだ活動しており、悪と思しき相手と戦っているとヴァルキリーは理解した。


「あたしが出てきてあの子も、世界も救ってやるのは簡単だけど、それじゃあこの世界の子達が進歩しない。人間の世の問題は人間が解決する、それが道理でしょ?」


「はい。だから人間の私が、もう一度この世界を救ってみせます。もう二度と英雄なんか出てこなくてもいいような世の中に、私達が変えた筈なのに。だから、私が本当の英雄とは何だったかを思い出させてやります! そして今度こそ私は彼女を救う!」


 クロヌスはニッコリ笑うと、胸パット代わりにしてた水晶玉を一個、胸から取り出す。


「じゃ、あなたに装備品ね〜ん。使い方はわかるよねーん? これがあれば世界のどことでもアクセス可能よーん。一個あなたにあげちゃう」


「はい、さっそく現代の私の騎士達に連絡取らなきゃ。二人とも、一番偉い団長や副団長達の名前わかる?」


「あ、はい。団長はヴィクトリーのスポーツ大臣で、副団長は海軍元帥、そして陸軍退役大将です」


「そ、じゃあジョン君呼び出して」


 下っ端の自分が呼び出していいのだろうかと、ジョンは騎士団幹部を呼び出す。


「騎士ジョンよ、ロマーノ大学でテロが起きたと聞いたが無事か? 騎士長ピエトロは?」


 団長のサー・エドガー・スコット・スチュアート侯爵が応答する。


「自分とアレックスは無事ですが、騎士長は……」


「そうか……残念だ。!? このレディは!?」


「代わって、ジョン君」


 ヴァルキリーは、通信先に顔をだし、副団長や騎士長達も次々に通信に応じる。


「懐かしいわね、黄金薔薇騎士団のみんな。あなたは、スチュアート侯の子孫かしら? 彼は最初口が悪くて皮肉屋だった。けど頑張り屋さんで、団長のフレッドを支えてくれてた」


「あなたは……いや、あなた様は」


 団長のスチュアート大臣は、目に涙を溜めてヴァルキリーを見つめる。


「そっちの彼はハーヴァード侯の子孫ね。赤髪に赤髭、見ただけでわかった。彼は飲んだくれで、お酒飲んで会議や戦場に出ちゃう豪傑だったわ。最年長の彼と彼の一族に、私のヴィクトリーを託したっけ」


「……私は酒は飲まないようにしてます。我が一族は酒での失態が多く、今の王家含め家訓で禁酒です。あなたは……そうなのですね、我らが騎士が永遠の忠誠を誓う殿下」


 副団長のハーヴァード公は、敬礼しながら涙を流し、海軍元帥ランヌ侯も直立不動で敬礼し、レスターは深々とおじぎをして、貞之は正座のまま涙を流す。


「我らが一族、我らが騎士団はあなた様が再び降臨なさるのをお待ちしておりました! オーダーを!! 我ら黄金薔薇騎士団に!!」


「世界を救いましょう、私の騎士団。世界に黄金の時代を再び。悪を滅ぼすために、今度こそ!!」


 水晶玉が映し出したモニターの老人達は、歓喜の雄叫びを上げ、クロヌスはニコニコ笑いながらコーヒーをすする。


 アレックスもジョンも、伝説のヴァルキリー復活を実感して席から立ち上がり、彼女に忠誠を誓うために貴族式のおじぎをする。


 このヴァルキリーの言葉には、勇気と正義感が湧く不思議な力があると思いながら。


 その時、クロヌスがもう一個胸に入れていた魔法の水晶玉が振動して着信を知らせる。


「あ、た、し。どうしたのヘルちゃん? あーうん、手筈通り彼女はこの世界に呼ぶ事が出来たわ。建前的には偶然って事で因数外ね〜ん。うん、まあ万全を期してって感じかしら? じゃ、彼こっち呼んで」


 天界への申請で難度Bになっていることで、二人以上の勇者が活動する事ができていた。


「マリーちゃん、相方呼んだわ〜ん。あたしとヘルちゃんの推しの子ね〜ん」


「え? まさかもしかして」

続きます

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