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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第四章 戦乙女は楽に勝利したい
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第179話 騎士と英雄伝説 後編

 黒のハット帽を目深に被る黒づくめのコートの男達は、全員が違法銃器である最新軍用マシンガン、ベレッタンM12を手にしており、アレックスとジョンに向けてくる。


「アレックス・ロストチャイルド・マクスウェル! こっちに来い。おとなしくすれば手荒な真似はしない」


 男の一人が、マシンガンを両手に持って命令口調でアレックスに告げる。


「何が手荒な真似をしないだ。大学構内を爆破して武器を持ってる時点で手荒だろうに」


「ちげえねえ!」


 二人はお互いアイコンタクトを取り、アレックスは魔力を込めた特殊警棒を手にして、近寄って来たマフィーオ構成員の鳩尾を突いて昏倒させた。


 マシンガンを構えた男の手首に特殊警棒を振り下ろすと、手首を骨折したマフィーオ構成員が短い悲鳴をあげる。


ーー初めて人を叩いた。試合じゃなくて……


 普通の感性を持つ人間は、いくら武道であっても、スポーツであっても、大半の人間は叩く、蹴るといった行為には最初は抵抗感がある。


 いくら身を守るためであっても、現代に生きる彼の感性は、人に暴力を振るう、傷つけるといった意思を持つ行為は罪悪感を覚えた。


 競技練習を通じてそれを克服し、こうしなければならないといったスポーツのルールの上で、練習を積んだ相手との試合で勝つために、自分の持ちうるパフォーマンスを発揮するといった気持ちがあるから、彼はフェンシングで優れた成果を発揮できる。


 そして今現在、自分の身を守るために凶器を所持して、相手を叩く、突くといった行為に罪悪感や抵抗感があるのは、それは彼が人間としてまともな感性の持ち主であるからに他ならない。


 だからこそ、自分の今の行為を正当化させて、いつものパフォーマンスが発揮できるよう、気持ちを強く鼓舞する。


「スポーツを悪用したくないけど、降りかかる火の粉は払わせてもらう!」


「さすが元国体選手。俺もな、そこそこ強いンだわ」


 ジョンは一気に宙を飛び、宙返りしながら男の一人に飛び蹴りを放ち、昏倒させると同時に、右手に持ったウッズマンを至近距離で3人の男達に放つ。


「な!? 貴様は!?」


 マシンガンを射撃しようとする男に、足払いをして転倒させて、左下段突きを打ち込んで昏倒させる。


「すごい……ジョンがこんなに強いなんて。これはロマーノ国技の空手というやつか」


「ボサっとしてんじゃねえ! 構内にもいやがるぞ」


 大学構内の2階からマシンガンが火を吹き、ジョンは横に飛んで転がりながら、両手で銃の狙いをつけて射撃する。


「ぐっ!」


 窓から男二人が落ちてきて、一人は戦闘不能になり、もう一人は頭一つ大きな体躯をしており、一気に地面に伏せているジョンまで間合いを詰めて、左パンチを放った。


「へっ」


 パンチを風の魔力でなんなくかわして、ジョンがウッズマンで銃撃しようとしたが、男は右手でジョンの銃口を跳ね除け、頭突きをくらわせて吹き飛ばす。


「ジョン!」


 右手に特殊警棒を持ったアレックスは、黒づくめの男の喉目がけて突きを繰り出すが、金属音がして弾かれた。


「ふん、ボンボンが」


 逆に警棒を掴まれ、右ストレートパンチを男が繰り出し、一撃でアレックスは吹っ飛ばされ、鼻骨を砕かれて広場を転がる。


「アレックス!?」


 ジョンは魔力銃ウッズマンを、男の頭部に連射するが、男は倒れるどころか、猛スピードでジョンに迫り、右のパンチを繰り出そうとした。


「当たるわけねえだろ、そんな間合いで!」


 後ろに飛んでパンチをかわそうとしたが、男の腕から二の腕から手首ごと分離した拳が、ジョンの顔面を撃ち抜いた。


「ぬあ! サイボーグ!? パンチが飛んで!?」


 男の手首から、大口径の銃身が伸びてジョンの体に機関銃掃射を浴びせる。


「うおおおおおおお!」


 プロテクターをしていたが、今の攻撃でジョンの胸骨や肋骨が粉砕され、戦闘不能になった。


「手こずらせやがってガキ共め。最強の殺し屋たるマシンガン・ジョー様をなめんじゃねえ。おい、ボンボンの小僧! おとなしく俺達と一緒に来い」


 男は右手のマシンガンを、アレックスに向ける。


「なぜ僕を狙う!」


 アレックスは、特殊警棒を手に持ちながら、すり足で徐々にマシンガン・ジョーと名乗る男の間合いを詰めようとした。


 今の自分の持つ特殊警棒では、相手との間合いに開きがあり、勝てないと判断したからだが、男の右腕のマシンガンがアレックスの足元に放たれ、距離をまた離された。


 男は、秘密結社マフィーオのなかでも暴力に長け、数々の抗争事件で抗争相手を殺してきた凄腕の殺し屋である。


 体を機械化をしたのも、警察への抵抗や数々の抗争で傷だらけになった肉体を、さらに強化するために、機械化手術や人体改造に大金を投じるほど、力を欲する暴力に生きる男。


 そして暴力に生きる男だからこそ、隙を見て間合いを詰めようとする、アレックスの動きも全て見通していたのだ。


「なぜ? お前の身柄が欲しいって需要があるからだ。俺たちとしては、需要があるなら供給しねえと行けねえだろ? 経済的な話でよお」


 マシンガン・ジョーは、仰向けに倒れて戦闘不能になったジョンに銃口を向ける。


「ま、目的の半分は達成してんだ。俺の目的は大学長の暗殺とお前の身柄よ」


「え?」


「だあかあら、ここの大学の学長ジジイを、さっき爆破してぶっ殺してる。あとはお前の身柄だけだっつんだよ」


 アレックスに騎士の思いを託した、騎士長ピエトロはマフィーオの爆弾テロで、学長室もろとも爆破されたのだ。


 アレックスは自分を騎士にするといった学長が爆破されたとショックを受け、怒りに燃えたジョンが、マシンガン・ジョーの足にしがみつく。


「逃げろ……アレックスお前だけでも。クソッ、よくもうちらの騎士長を!」


 マシンガン・ジョーは、足にしがみ付いてきたジョンを見て鼻で笑い、左手で掴んで一気に持ち上げた。


「てめえは、俺の友人達から手配かかってたガキだったな。ガキが大人をなめやがって……ぶっ殺してやる」


 ジョンを左手で掴みながら、中庭のヴァルキリー像に対して、マシンガンジョーは左のロケットパンチを繰り出して、像にジョンを磔にする。


「ぐふっ」


 背骨にヒビが入り、もはやジョンは動けなくなると、マシンガンジョーはニヤリと笑みを浮かべて、右腕の大口径機関銃をジョンに向けて殺害しようとした。


「ダメだあああああ」


 アレックスは、ジョンを庇うようにしてマシンガンジョーの射線に飛び出すと、プロテクターごと貫通する徹甲弾がアレックスに連続で放たれる。


 徹甲弾は、アレックスの右肩、肺、左胸を貫通して、飛び散った大量の血液がヴァルキリー像とジョンに降りかかり、ジョンはやり切れない表情で顔を伏せ、アレックスは致命傷を負って、仰向けに倒れて空を仰ぎ見る。


「アレックス……クソ、逃げろって言ったのに馬鹿野郎」


「げっ! やべえ。生捕りにするって命令なのに。おいソルジャー共、あのガキに早く応急処置を!」


 狼狽するマシンガンジョーは、手下達を呼び寄せ、アレックスは大量出血して体が冷え始め、悔し涙を流す。


 そして左手を上げて、自身の血で赤く染まったヴィクトリー像にかざし願いを込め、英雄達の残した思いを授けてくれた騎士長ピエトロの熱意の思いが、彼に本来の魔力を取り戻させる。


 世界を救ったとされる、伝説のヴァルキリーの正義を再び世界にもたらして欲しいと、悪に立ち向かう騎士の使命が果たされ、世界の闇を祓う光をと念じた。

 

 さらに人々に光をもたらし、目の前の暴力から友を救い、悪を打ち破る勇気を、明日の世界の夢を、未来を、思いを込めて潜在魔力を発揮する。


「世界を蝕む悪から……ヴァルキリーよ、僕に勇気を、歴史と世界を守るため再び世界を救って……僕に悪に負けない光おおおおおおおお」


 するとアレックスの血液と魔力に反応して、大学中庭から見える空に、巨大な光り輝く魔法陣が具現化し、召喚術式勇者降臨(ブレイブヒーロー)と、光の文字が現れる。


「な!? なんだこの現象!? なんの光!?」


 マシンガンジョーが、光の魔法陣に右腕のマシンガンを向けると、白のブラウスとパンツスーツを着た少女が一人降りてくる。


 マフィーオ構成員達や、逃げ遅れてその場に伏せていた学生達も、召喚された少女を見て呆気にとられ、何らかの超常現象が起きているとだけしか考えられなかった。


 地面に降り立った少女は、推定年齢16から17歳くらい、美しいウェーブがかかった金髪に、エメラルドのように輝く瞳、見るものに華やかさと柔和さを与えるような美貌と、なによりも彼女の美しいスタイルに心を奪われ、学生達がポツリポツリと呟く。

 

「ヴァルキリーだ」

「ヴァルキリー像と瓜二つだ」

「ヴァルキリー様が降臨なされた」


 少女は、自分と瓜二つの顔の像に磔にされたジョンと、召喚したアレックスを見やり、集まって来た黒づくめのマフィーオ集団とマシンガンジョーを見る。


「なるほど、そういう事ね」


 少女は不用心にも近寄るマシンガンジョーに、一足飛びの回し蹴りを繰り出す。


「イケメンが正義で、こっちが悪!」


「ぬ、ぐおおおおおお! なんだこの力!?」


 突如出現した少女は、マシンガンジョーを吹っ飛ばしたあと、ジョンと瀕死の重傷を負ったアレックスに回復魔法をかける。


「イケメン君二人は回復完了っと。けど、ちょ!? 私のステータス低すぎ。レベルが50しかないし、魔法のキレが悪い。多分召喚したのこの子かしら? なんかどっかで見たことあるような、ないような」


 アレックスは傷が塞がり体を起こし、目の前に現れた伝説のヴァルキリーを見つめる。


 自分がスキルを使って、大戦期の残留思念の映像で見た少女と瓜二つの、美しい少女の姿だった。


「伝説のヴァルキリー……マリー姫……」


 彼女の姿を見たマフィーオ達がポツリと呟き始める。


「俺たちの先祖を救ってくださった姫様みてえだ」

「もしそうなら道具なんか向けられねえよ」

「ああ、銅像が建ってる伝説のお姫様」


 マフィーオ達は少女の姿を見て、シシリーを昔救済したという、崇拝対象の伝説の姫と狼狽し始めたが、マシンガンジョーは頭部から血を流し、上空に右腕を上げて機関銃を撃ちまくる。


「てめえら何やってんだ! よくわかんねえ女の子が出てきたからって、のぼせてんじゃねえ! いっそあの子も拐っちまえばいいだろうが」


 マフィーオ達は、銃を下げて首を振る。


「ですがジョーの兄貴」


「やべえですって、いきなり空の光から降りて来たんですぜ。ガキらも傷が治ってるし、神様かなんかですって」


「そうですって。もしもあの、お隠れになった伝説のお姫様の子孫とか関係者だったら、俺達、親方衆達(カポレジーム)からぶっ殺されます」


 マシンガンジョーは、手下達に右腕のマシンガンを向ける。


「うるせえ! 責任は俺が取る!! てめえらとっとと……」


 すると、いつの間にかジョーの懐に少女が音もなく近寄っていて、特大のため息を吐く。


「なんの因果か、またこの世界に飛ばされちゃったみたい。先生の苦労が今になってよくわかる。多分召喚魔法の影響なんだろうけど、装備品もないし、面倒臭いし、とりあえずは……こいつをぶっ飛ばす!」


 少女は腕を振りかぶって、マシンガンジョーの顔面を殴打すると特大の金属音がして、建物の壁面まで吹っ飛ばした。


「ぐああああああ!」


「硬ッ! こいつロボット!? いや、頭悪そうな感じだから、サイボーグかしら?」


 組織最強の殺し屋、マシンガンジョーが殴り飛ばされるのを目の当たりにしたマフィーオ達は、やはり伝説の姫が蘇ったと感じて、両膝をついて祈り始めた。


 ジョンとアレックスは、先程の負傷が軽減されたのを感じて、目の前の少女を呆気に取られて見つめる。


「何が起きてるんだ……僕が……彼女を呼び出した?」


「よくわかんねえが、形勢逆転だ。アレックス、俺を縛りつけてる、この機械の腕を!」


「あ、ああ」


 ジョンをヴァルキリー像に磔にしている、マシンガンジョーの左腕から、ジョンを引き離そうとする。


 すると、ジョンを拘束していた左腕と、中庭に落ちていた右腕が動き出し、高速で空を飛び回る。


「こ、この小娘がああああ! ぶっ殺してやるぜ」


「そう、やってみなさいよ」


 瓦礫から脱出したマシンガンジョーは、遠隔操作した左右の腕を少女へ繰り出すが、ロケットパンチ全てを回避され、マシンガンで攻撃するも、銃撃も全て避けられる。


「当たりさえすれば……こんな小娘っ!」


 すると少女は、不敵な笑みを浮かべて宙に浮く。


「フーン、じゃ当ててみたらどうかしら?」


 少女からの挑発に、マシンガンジョーの理性は完全に吹き飛び、なめられてるから殺すと、殺意を込めた眼差しで少女を睨みつける。


 右手と左手が元に戻り、マシンガンジョーは少女に対して右腕を向けて左手でがっしりと二の腕をホールドして腰を落とした。


「サツの装甲車さえも吹き飛ばす、俺の最高出力……ロケットパアアアアアアンチ!」


「まんまじゃんそれ」


 マシンガンジョーの体が反動で浮き上がり、音速を遥かに超えた鉄拳が、少女の顔面に向かって飛んでいくが、首を捻るだけの最小動作で、少女は攻撃をかわす。


「残念でした」


 不敵な笑みを浮かべる少女に、マシンガンジョーは飛ばした右腕に無線を飛ばす。


「後悔しやがれ! ブーメランフック!」


 少女の後頭部へ、ブーメランのように戻ってきた右腕が直撃し、打撃音が響き渡る。


 だが、全エネルギーを放出したジョーの右腕は、地面に落ちて、少女には傷一つついてない。


「痛いじゃないのよ! ベタなタンコブできちゃうじゃない、頭来たわこいつッ!」


 マシンガンジョーは目の前の少女に、恐怖で身動きすらできず、鋼鉄の歯をカチカチ震わす。


「ば、ば、化物だあああああ」


 右腕のマシンガンを乱射するが、怒りが灯った少女の瞳が、自分の懐まで瞬間移動してきて、睨みつける。


「レディを化物呼ばわりするなんてサイテー!」


 アッパーカットが繰り出され、あまりの威力で体重300キロを超えるジョーの機械の体が一瞬浮く。


「く、くそおおおおお」


 全身の力を込めて少女を組み伏せようとするが、少女に左腕を両手で掴まれて、くるりと舞うような形で合気道の技、四方投げを受けて地面にめり込んだ。


 マシンガンジョーを見下ろす少女は、無表情になり土と水の魔力を発動させる。


底無沼(マーシュ)


 マシンガンジョーの体がめり込んだ地面が液化して、底なし沼となり、体を拘束された。


「なんで私やみんなが救ったこの世界で、あんたみたいな悪が活動してるのよ! くっそむかつくわ!」


 なんとか体を沼から脱出しようと足掻く、マシンガンジョーの顔を、少女が黒のハイヒールで何度も足蹴にする。


「あんた何者よ? 言わないとぶっ殺すわよ!!」


 乾いた金属音が何度も響き渡り、蹴られ続けるジョーは悲鳴を上げ、可愛い顔をしているのに、容赦なく男に暴力を振るう少女のギャップで、周囲はドン引きして絶句してしまう。


 すると、マフィーオ達が少女の前に集まり出し、一斉に片膝をついて跪く。


「自分らシシリーのもんです」

「事情を説明しますんでどうか」

「お怒りを鎮めてくだせえ伝説の姫君」


 ジョーを蹴るのをやめた少女は、マフィーオ達の方を無表情のまま見下ろす。


「あっそう、意味わかんないんだけど。なんでシシリーの人たちが悪そうな格好して、建物を壊して人に暴力を振るってるのよ!」


 少女の剣幕に、マフィーオ達が怯え出す。


「じ、自分ら上からの命令で」

「組織の命令に逆らえねえんです」

「それで仕方なく」


 跪くマフィーオ達に、少女は問答無用でビンタし回り、男達が張り倒される状況に、アレックスもジョンも何も言えず、怖すぎて声もかけられずに黙って見ているだけだった。


「じゃあんた達の、上とやらを今すぐ呼びなさいよ! どんな理由があっても人が人を傷つける暴力行為なんて、勇者である私が許さない!」


ーー勇者?


 アレックスとジョンは顔を見合わせる。


 この少女は自分を勇者だと名乗ったと。


 暴力を許さないとか言いながら、自分だって秘密結社の人間に暴力振るってるじゃないかとも思いながら。


「いえ自分らのボスは誰かわかんねんです」

「ボスはシシリーのどっかで指令下してて」

「自分らの組織は秘密主義なんで」


 するとパトカーのサイレンが鳴り響き、警察隊が大学構内に立ち入ろうとしていた。


「嘘を、言ってる感じじゃあないようね。わかった、じゃあそのボスとやらは、私が見つけ出してぶっ飛ばす!」


「えぇ……」

「マジかよ」

「殺されますぜ」


 ロマーノ国家憲兵隊と自治警察が突入して、警笛を吹きながら中庭に迫ってきたため、少女はにっこり笑い、アレックスとジョンを見る。


「警察の相手するのめんどくさいから、イケメン君たちどっか隠れる場所ない? 今の世界情勢とかわかんないし」


 さっきのビンタで、少女の顔に返り血がついており、顔が可愛いだけに二人は有無を言わさない圧力と恐怖を感じて頷く。


「あっはい」

「地下に案内しますぜ」


 少女はニコリと頷くと、マフィーオ達の方を向く。


「そういうわけで、あんた達。警察の対応任せたから。よろしくね」


 少女の言葉に、マフィーオ達が一斉に首を振る。


「えぇ、けど」

「自分ら末端は反社扱いなんで」

「サツに捕まっちまいます」


 少女は、無表情に変わり地面にめり込むマシンガンジョーの頭を蹴り飛ばす。


「ぐあああああ! いう通りにしろてめえら! こ、こ、殺される!!」


 マフィーオ達は少女に恐れ慄き、迫り来る警察に出頭するため武装解除した。


「よしよし、じゃあイケメン君達は私を安全な場所へエスコートしなさい」


「なんだかわかりませんけど、はい」


「案内しますぜ。どうぞ……レディ」


 大学構内の地下室へ続く階段を降りて少女を案内する二人だが、彼らには確認したいことがあった。


「すんません。助けていただきありがとうございます。自分の名は、ジョン・モワイ・スミス。ロマーノ大の医学生です。こっちは、ロマーノ大の考古学部にいるアレックス」


「アレックス・ロストチャイルド・マクスウェルです。僕たちは黄金薔薇騎士団の騎士……」


「お、おいアレックス! それは機密事項……」


 少女はニコリと笑い二人の肩を手で叩く。


「そうなのね、私の名前は勇者マ……うっ、えっほん。ごめんなさい、私は神に仕える勇者ってのをやってて、勝手に自分の神様じゃない他所の神様の世界で活動して目立ったり、名前とか名乗るとやばいのね」


「えぇ……そうですか?」


「まず勇者ってのがよくわかんねんですけど。あ、そろそろ着きます」


 地下の階段を降り終えて、ジョンはカードキーを使うが大学構内で停電が発生したためか、地下室の扉を開錠できない。


「あれ? おかしいな、この鍵で」


「退いてて」


 少女はニコリと笑うと、前蹴りを鉄扉に繰り出して、無理矢理ドアを破壊して内部に入る。


 人智を超える力を目の当たりにした彼らは、恐れ慄きながら地下室まで少女を案内する。


「あ、懐かしい。見覚えのある装備品、先生の組織の人達が残してくれた武器防具。保存状態もバッチリで手入れされてる」


 アレックスは、やはり伝説のマリー姫であると確信して、ある事実を確認しようとする。


「やはり、あなたはヴァルキリー。300年前の世界大戦で世界を救ったという、伝説の……」


「え!? 300年!? そんなに経ってるの、この世界の時間軸! ま、まあいいわ。そうね、とりあえずヴァルキリーって呼んでちょうだい。私のこの世界での本名は、知ってても言っちゃダメよ。めんどくさいことになるから」


 口に右の人差し指を当てて、内緒のポーズをとる。


「あ、はいヴァルキリーさん」


「いや、そもそも俺、あんたの本名とか知らねえし」


 ヴァルキリーは、鼻歌気分で装備品を吟味し始め、まるでお気に入りの洋服を選ぶ女子のような印象を抱く。


「あ、このメリケンサック懐かしい! ジローがこの世界で装備してたっけ。こっちはデリンジャーの持ってたピストルで、あ、龍さんが最初使ってた刀なんかもある。それに、これこれルガーちゃんみっけ。懐かしいなあ装備しよっと」


 出てくる単語が物騒すぎて、二人は苦笑する。


「あのー、ヴァルキリーさん」


「なあに? アレックス君」


 考古学博士を目指すアレックスは、伝説のヴァルキリーに歴史について確認したい事項が幾つもあった。


「その……あなたの素性は見当がつきましたが、なぜ世界を救った後で姿を消したんですか?」


 ヴァルキリーは、ルガーを懐に入れたあとアレックスの方を向いて悲しげな表情になる。


「僕の生きてるこの世界は、この時代には悪が蔓延ってて、あなたや英雄達の思いが歪められてて。僕を騎士にしてくれたピエトロ・マッシモ・ピッコロ騎士長も殺されてしまった。悪によって」


「そう……マッシモ副団長の子孫があなたを騎士に。私ね、この世界が大好きだった。辛い目にあったけど、私は……この世界を愛してた」


「じゃあなぜ、今まであなたは!?」


 ヴァルキリーはアレックスの問いに、答えるべく目を見てニコリと微笑む。


「それは、この世界の人たちが希望を見出し、二度と悪には負けないって決意してくれたから。それに、私こそが、そもそもあの大戦の原因だったの」


「あなたが大戦の原因?」


「そう、もっと自分の家族にあの時、自分の思いを伝えてればって。もっと父だった王や、エリちゃんの心を理解して、エドワードって名乗ってた彼の苦悩も感じ取ってれば、防げた悲劇だったし戦争だった。そんな結論に至ったから、私はもうあの世界にはいられなかった。沢山の人が死んで、沢山の人の運命が変わってしまった最初の召喚をしてしまったのが、私だったから。それが私がつけたケジメだった」


 召喚。


 アレックスはこの時、全くと言っていいほど知らなかった話だが、潜在能力を発揮して、先祖から受け継いだ力を使ったことで、このヴァルキリーを現代に召喚した。


「話せば長くなる。世界がなぜ大戦の道に突き進んでいったのか。私があの戦争で何を思い、どうやってみんなと世界を救って来たのか。あなたには、知る権利ってのがあるみたいね」


「はい知りたいです。僕の先祖は、悪の魔女と呼ばれたエリザベス一世と、悪名高き黒騎士と呼ばれた男だったという。彼ら彼女達は、本当はどんな人たちで、どういう結末を迎えたのか……子孫である僕は知りたい。そして、現在に生きる僕ら騎士が立ち向かうべき悪についても」


「そう、エリちゃんと彼の子孫か。彼とエリちゃんは、後世でどういう風に伝わってるか知らないけど、本当は悪い人達じゃなかったの。悪いのは、彼女と彼の運命を弄んだ存在と、当時の世界の人種差別」


 アレックスは、歴史の生き証人からこの世界の歴史の真実を知ることができると、内心歓喜の思いで小躍りしそうだったが、ヴァルキリーの表情は複雑な面持ちでアレックスを見返す。


「あ、俺も知りてえです。俺の先祖に、世界初の女医がいて、その縁で俺も先祖に憧れて医者目指してんで」


「君は……そうか、ペチャラと彼の子孫ね。なんとなく髪の感じとか性格とか面影がある。私は、彼女のことも大好きで、王女の身分を奪われて島流しになった時にできた私の大切な友達だった」


「すげえ、やっぱご先祖様とヴァルキリー様は友達同士だったんだ。ご先祖様はどんな感じだったんだ? 当時の世界は時代は、医療についても教えてください」


 ヴァルキリーは、自分の師匠のことを思い出す。


 今この時も、どこかで強大な悪と戦い、生死を賭けた戦いに身をおいているであろう、今も最強の勇者である男は言っていた。


 人の縁を、義理を大事にしろと言っていたのを。


「そうね、あなた達には知ってほしい。あの時代、あの世界で起きた話。神や精霊から弄ばれて、生き方が歪められた人達がいて、私が今でも尊敬する先生の話も、元は悪人だったけど正義の心に目覚めたカッコいい男達のことも、そして悲しかったこの世界の真実も」


 かつて王女だった伝説のヴァルキリーは、自分が救ったと思った世界で、今度こそ悪を滅ぼすためにこの世界にまた舞い戻ったのは、偶然ではなく必然であろうと自身の宿命を感じて二人の騎士に語り始める。


「私は、元々は地球という世界で生まれた魂で、学生をしていた。けど、なかなか人生がうまくいかなくって生まれ変わった世界で……楽して生きようと考えるだけの、今の勇者たる自分とはかけ離れた世間知らずの存在だったの。そう、この世界はかつて光の神が傷ついた魂を癒そうと思い、悲しい魂が集う理想郷になるはずの、ニュートピアと呼ばれてた」


 静かに彼女は今を生きる騎士達に、世界大戦の真実を語り出す。


「本当の悪人なんて最初からいなかったの。あの世界で生まれた魂は、魂が傷ついてて……それを利用する悪の邪神達も心が傷ついていて、精霊達も。だから私と先生はケジメをとった。もう二度とこんなことが起きないためにも、人間のための世界を作るためにみんなとっ! 人が人として胸を張って生きていける人々の理想郷を目指して」


 アレックスとジョンは、この世界の名前を初めて知る。


 傷ついた魂が集う理想郷になるはずだった世界、それがこのニュートピア。

次回は最後のキャラクター紹介をしてから、最終章「召喚術師マリーの英雄伝」に入ります。

ご覧になって下さった方々へ感謝御礼としまして、物語を締めくくる話を書く所存でございますので、最後までどうかお付き合いくださればありがたいです

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