第178話 騎士と英雄伝説 中編
ピエトロ・マッシモ・ピッコロ伯爵は、目の前の椅子にかけたアレックスの瞳を見ると、青い瞳が輝き、探究心に満ちた光を帯びたのを見て微笑む。
「ふむ、話を聞く覚悟は出来たようだなアレックス君。では、君に問うが君はマリー姫の伝説にどこまで迫っている? 君は何やら研究発表用のレポートを作成していると聞くが」
――僕のレポートバレてる。誰かが情報を漏らした?
アレックスは、個人情報を保護する大学図書館や学員教授が、個人の研究内容を漏洩する事は犯罪行為であり、自身にも思い当たる節は全くなく、困惑するも質問に回答する。
「あ、いえ。僕の仮説ではありますが、世界を救ったヴァルキリーについて、該当人物は中世で日記を残したとされる、マリー姫であると」
マリー姫が残した日記帳は、魔法の水晶玉にウィキペディアのように纏められており、当時の生活様式やエリザベス一世より国を追われた際、ナーロッパやジッポンを旅したとされる見聞録的な意味合いを持っており、当時の貴重な歴史資料となっている。
「君のその仮説は正しい。やはり君は優秀な学生のようだ。世界大戦期において、我らが騎士団はそのマリー姫が結成したのだ。黄金薔薇騎士団、初代団長は伝説の聖騎士フレッド。我が先祖は栄誉ある副団長だった。君の研究において世界大戦の実状についてどこまでわかってる?」
「世界大戦については、僕の研究でも不確かな部分が多くございまして、大戦期に出現した伝説の黒龍の正体がナーロッパの祖であるジークフリードであること。伝説の聖騎士フレッドの正体が、旧ロレーヌ皇国最後の皇太子フレッドリッヒであること」
「なるほど、それは君が自分で調べ上げたことか?」
「はい、学長。ナーロッパ北欧における伝説の国家、ノルド帝国の西欧侵攻から端を発して、ナーロッパの戦線が東方ナージアまで波及し、悪の帝王ハーンが突如としてチーノで即位。バブイール王国が滅亡し、戦線が戦国時代だった東方ジッポンまで波及して、確か全世界の死者が、当時の人口の五分の1とも半数近くとも呼ばれた最悪の戦争であるとしか」
「ふむ……君の頭脳でも大部分を解明できたわけではないか。あの戦争は……まだ続いているのだよ」
「え!?」
アレックスは、思わず驚嘆の声をあげてピエトロを見ると、彼は咥えていた葉巻を、灰皿にそっと置く。
「確かに、武力衝突は終わった。人権を提唱して戦ってきた英雄達によって。だが現在の世界は英雄を失い、大戦時の大きな代償と損失感が残り、そして悪の芽は全て取り除かれたわけではない」
「悪の芽……ですか?」
「うむ、例えば伝説の大邪神が残したとされる悪意、麻薬組織残党だ。まだこれらの悪の芽は完全に根絶できてはいない。そして、英雄達が犯した過ちも」
「過ち!? 過ちとは? それに麻薬組織って、ヒンダスとチーノ国境にある三角地帯、国際ニュースでも取り上げられてた、チーノ人民共和国が関わっていると噂される!?」
アレックスは、今まで知り得なかった話に興味津々で矢継ぎ早に質問するが、ピエトロは右手で制する。
「我々騎士団は、英雄達の思いを胸に、世界に情報網を敷き、悪を根絶している活動を行なっていた。人権、法の下の平等、そして人々が笑い合う世界のために。だが、英雄達の過ちは……人を信じすぎた。自分達の残した崇高なる思想が、後世で悪に利用されるのを想定してはおらなんだ。マリーゴールド財団、聞いた事はあるかね?」
「あ、はい。マリーゴールド財団とは、確か200年以上前に設立された財団法人。シュビーツのジェネーヴに本拠地があるという」
マリーゴールド財団とは、世界的な著名人や王侯貴族達が寄付を通じて維持運営している財団であり、世界で最も影響力があると言われる非政府組織と言われている。
「その財団も、我々騎士団の偉大な先祖達と英雄達が立ち上げたものだ。だが、今の財団は我々創始者たる黄金薔薇騎士団と敵対関係にある」
「敵対関係、ですか?」
「うむ、我らの祖先や英雄達とマリー姫の思いと理念を歪め、単なる金儲けと世界の上流階級達の欲望を叶えるための、悪の財団に成り果てた。例えば、チーノ人民共和国……この成り立ちは君は知ってるか?」
アレックスは首を捻りながら、チーノ人民共和国建国の経緯について教科書で習った歴史を思い出す。
「はい、学長。今から約50年前、大戦期のウルハーンが瓦解し、民族自決の観点から7カ国の国に別れた地域一帯だった。しかし突如、人民は皆平等であると運動が起こり、各都市で労働者階級が一斉蜂起。秦、燕、斉、魏、呉、越、中山の王族が革命で皆殺しになり、多国籍軍が騒乱鎮圧に乗り出したと。その革命勢力の最大勢力、人民共和党の穏健派だった毛沢山が多国籍軍と協定を結び、信託統治という形になったかと。現在は、江沢東が実権を握ってるとされてますよね?」
「そうだ。だが、あの騒乱も財団が起こしたものだ。自由、平等、博愛の名の下に、財団職員が彼の地の人々を焚き付け、革命を成功させた。結果あの地域の一部のものだけが恩恵を受け、市民は権力者の奴隷のようにされている。そして現在も財団は、人民共和党高官達から、莫大な利益を受けている」
「そ、そんな!? なんのためにそんな酷い事」
ピエトロは、灰皿に置いていた葉巻を咥え直し、特大の煙を吐く。
「金と麻薬だよ。英雄達の遺した理念を捻じ曲げ、自己解釈して世界で悪事を働いている。そして財団のメンバーは、世界各国の王族、知識人、著名人達」
アレックスは、愕然として世界の闇を感じる。
今まで信じてきた世界の平和は、汚い金と麻薬のため、誰かを犠牲にしながら成り立っているものだと。
「そして、財団は大戦期で作られた英雄達の関連組織を支配下に置いている。例えばイリア共和国であったら、大戦期に生まれたとされる秘密結社達。それに世界的なグループ企業団の虹龍国際公司。君の一族、ロストチャイルド財閥だってその一員だよ」
「!?」
ロストチャイルド財閥とは、元々はナーロッパにおけるシュビーツ、ロマーノの国境地域で富を独占したロッソスクード家を前身として、一族がヴィクトリーに移民。
名をロストチャイルドに改め、ヴィクトリーの爵位を得て、銀行業から金融、不動産、鉱業、エネルギー、農業、ワイン醸造、非営利団体などを一族がグループ企業を展開して、ヴィクトリー王国や王族を支える世界的に有名な財閥とされる。
「そんな……僕の親戚や一族が悪の財閥……」
「君は、結果的にロマーノに来てよかった。この国にはかの財閥の力は及ばない。時代が下るにつれて、我が騎士団は徐々に世界で影響力を失い、私を含めて正式な騎士はもはやそう多くない。前はヴィクトリー軍にも政財界にも騎士達はいたが、寝返るか暗殺されてしまった。君、王立空軍の大将だったアンジュー将軍、伯爵は知ってるかね?」
「いえ……」
「じゃあこう言えばいいか? ショアハムダ航空ショー墜落事故、空軍要人に多数の事故死者が出た事件」
ショアハムダ航空ショー墜落事故とは、空軍訓練機が一般客向けに曲技飛行中、複数の訓練機がコントロール不能になり、管制塔にいた司令部ごと航空機が突っ込んで、空軍要人が死傷した事件で、空軍上級将校含む死者37名、重軽傷者98名が生じた悲惨な航空事故である。
「あ、僕がパブリックスクール時代に起きた、空軍の将軍達が多数亡くなった事件……まさか!?」
「そう、パイロットは財団からマインドコントロールを受けて、管制塔に突っ込んだ。我が盟友であるアンジュー伯爵。名誉ある騎士が殺されたのだ。おそらく指示を下してるのは……本来我らがヴィクトリーの騎士が守護しなくてはならない……クソッ!!」
頭脳聡明なアレックスは、パブリックスクール入学前に前後不覚状態になったと噂され、精神を病んで機能不全に陥った王ではなく、実質的なヴィクトリーの支配者、自称素晴らしい王女の姿を思い浮かべる。
「まさか、財団で最も影響力があるのが……」
「そのまさかだ。ヴィクトリー王国王位継承権を持つ素晴らしいと呼ばれる王女殿下、アレクサンドリーナ・ヴィクトリア・ロンディウム・ローズ・ヴィクトリーと目される」
「……やはり」
アレックスは思った。
彼女ならやりかねないと。
「彼女は、私のヴィクトリー時代のクラスメイトでした。はっきり申し上げますと、自分を素晴らしいと喧伝する悪です。それも、自分が悪であると気がついてない、ドス黒い悪意を持つ最悪の部類の邪悪」
「やはり王女は悪か……」
「はい」
秘密結社と化した黄金薔薇騎士団の平均年齢は高く、騎士長達は老齢に差し掛かる年齢構成で、衰退期に入っている。
「実を言うと、我が騎士団を本当に創設したのは彼女ではない。財団は、世界中の記録から、彼の名が出るのを恐れているのだ。また彼がこの世界にやって来て、自分達悪を滅ぼしに来るのではと」
「彼? 彼とは?」
アレックスの問いに、ピエトロは菱に悪一文字が彫刻された鞘に収められた、古びた短刀を机に置く。
「これは当時の騎士団の装備品の一つ。ドスと呼ばれる短刀だ。手にしてみたまえ、彼こそが我ら騎士団の真の設立者にして、マリー姫の師匠と呼ばれる人物」
アレックスは、ジーンズのポケットから白手袋を取り出して、鞘から刀身を出し入れして伝説の短刀の感触を確かめる。
「名前は? なんとおっしゃるのですか?」
「我が先祖に彼はこう言ったという。自分はしがない渡世人であると。この世界の人間ではない外様の自分の名ではなく、マリー姫含む英雄達の名を後世に残せと言っていたらしい。そして彼にまつわる記録は、おそらく財団が全て消し去り、公的な記録には一切残ってない」
ピエトロは、その名はすでに財団によって消されてしまい名前が残ってないと言うが、アレックスは聖騎士フレッドの剣の記憶をよんでいた。
――マリー姫は、ナージア人のように見える黒髪の男を先生と呼んでいた。そして記憶の中の黒い髪の男は、確か名前を……
「マサヨシ、そんな名前だったような……」
「……君は、どうして我ら騎士団が知らぬ筈の伝説の英雄の名を知っている? 君は一体……」
「なぜこの話を僕に?」
質問を質問で返したアレックスが、無礼を承知で思った疑問。
この世界の裏側と騎士団の存在をなぜ、学生である自分に、ロマーノ大学の学長が話してくれたのか。
「君が、心ある男であると判断したからだ。世界を救った伝説のヴァルキリー、マリー姫と英雄達の信念を歪め、世界を支配する悪の勢力に対抗できる、高潔な精神を君に感じた。それに君は、財団からマークされてる」
「え?」
「知らなかったのか? 君の居住するアパート周辺は秘密結社の監視網が引かれており、君のレポートの情報も、財団と我々のダブルスパイからもたらされた。悪の財団は、かつての英雄達の思いが伝わるのを恐れている。だから、大戦史を研究する事がタブー視されてるのだよ。君に戦史に今は手を出すなと言ったのは、君を守るためだ」
かつて世界を救った英雄達の遺した理念は生きているが、英雄達の思いは断絶し、現代では財団が活動する上での、体の良い大義名分にされてしまっており、歴史研究は歪められ、財団の都合の良い史実しか残されていない。
「我々騎士団には、マリー姫や英雄達が遺した思いを受け継いでいる。マリー姫の残した意思、世界を、社会を、人の尊厳を我ら騎士が守るという崇高なる意志だ!」
ピエトロは、右拳を机に叩きつける。
「世界人権宣言を遺したデリンジャー大統領は、こう言っていた。自分達が仮に死んでしまっても、思いと理念は残してほしいと。勇者として名高いジッポン戦国時代の英雄、織部憲長公も言っていた。人が人として暮らせる世界に必要なものは、確かな法と律であると。虹龍グループ初代社長のアヴドゥル・ビン・カリーフは言った。人間の自由と権利、正しき仁義は絶対に守られるべきであると。伝説のロマーノ王ジローは言っていた、命は宝であると。初代騎士団長聖騎士フレッドは言った、この騎士団の思いこそが世界を導く光であると」
熱を帯びるピエトロの瞳から涙が溢れ出て、机を両手で叩いて、現代の現状を嘆く。
「今、彼ら英雄達の意志はどこに行った!? 世界を、我が先祖シシリーを救ったと呼ばれるマリー姫の思いは!? 真の救済者でもあり騎士団の創設者の思いは!? 忘却の彼方に追いやられている!!」
アレックスは、ピエトロを見てやりきれない思いを聞いた時、一言呟く。
「僕を学長の騎士団に入れてください」
「騎士になりたいと?」
「はい、我がマクスウェル家は、昔は騎士の一族であったと聞いてます。僕が、この世界をなんとかして救いたい」
ピエトロが見込んだアレックスは、騎士を志望し、世界を救うと断言する。
「騎士としての道は辛いぞ。苦しい思いをするし、仲間が死ぬことだってあるし、親の死に目にだってあえずに、自分が先に命を落とすことだってある。それでも騎士になりたいかね?」
「はい」
学長室の窓から陽の光が差し込み、ピエトロはアレックスの騎士志望を受け入れる。
「わかった。だが私の一存では決められんので、団長と副団長に判断してもらう」
水晶玉が繋がれたモニターのスイッチを入れたピエトロは、騎士長召集の赤いボタンを押す。
現代の黄金薔薇騎士団は、ロマーノ大学学長にして教育者、ピエトロ・マッシモ・ピッコロが騎士長の一人。
シシリー騎士団長でもあるが、メンバーは彼のみで、現在のシシリー島は騎士や戦争とは無縁の、観光地兼農作物の生産地であり、裏では財団の秘密結社が活動する地域として知られる。
現代の黄金薔薇騎士団の団長は、ヴィクトリー王国スポーツ省大臣、元フェンシングオリンピック選手にしてスコッティ地方の名士、サー・エドガー・スコット・スチュアート侯爵。
副団長はヴィクトリー王立海軍、元帥にして現国防総省大臣、アドミラル・サー・フィリップ・ド・ランヌ侯爵。
同じく副団長はヴィクトリー陸軍、特殊空挺師団初代団長にして、現在はシュビーツにおいて自身の傭兵団、レッドベレーを持つと言われる、退役軍人サー・ハリー・ジーク・アイリー・ハーヴァード公爵。
この団長と副団長の三人、そして暗殺されたアンジュー伯爵は、元々家族ぐるみの付き合いがある幼馴染であり、武人として名高い著名人でもある。
一方極東ナージアにおいて活動する騎士長は2名。
環境慈善事業非営利団体を営む、ヴィクトリー国内に影響力を失った、旧公爵家出身の実業家、ブルース・サックス・レスター。
武道家として名高く、国際武道連盟の名誉総裁にして、ジッポン幕府剣術指南役兼剣術道場を営む城頭・ヨーク・貞之師範。
しばらくすると、騎士長達は通信に応じて、極東ナージア以外の、ヴィクトリー王国大臣や軍高官、元高官が通信に応じた。
「久しいな、友ピエトロ」
「騎士ピエトロ、彼が例の?」
「ふむ、聞いていた通り若いな」
映し出された老人達は皆、ヴィクトリー軍の重鎮または影響力のある面々で、アレックスが騎士団に入団するのは、あらかじめ定められていたようだった。
「彼、アレックス・ロストチャイルド・マクスウェルは、騎士への道を志し、私は彼を騎士団員として承認したいと思うが、団長と副団長の意見は如何に?」
「承認する」
「意義なし」
「君の選んだ男だろ? 異論はない」
騎士団への入団をアレックスは認められた。
「さて、マクスウェル男爵。君には知らねばならぬ事実が二つある。君の一族についてだ」
団長のスポーツ省大臣、スチュアート侯は葉巻を咥えて、火をつけ、煙を吐き出す。
「はい、スチュアート大臣」
「正史では抹消されたが、君こそがヴィクトリー王家の純粋な血統。伝説の騎士王アークから始まり、ナーロッパの祖たる英雄ジークから受け継がれし血脈を受け継ぐ、正統な王族だ」
「え!? 僕が王族ですか?」
アレックスは毛色ばみ、目が泳ぐ。
男爵家の自分が真の王族であるなど、両親や祖父母からは今まで聞いたことがなかったためである。
「大戦期、魔女と呼ばれしエリザベス一世について、君はどこまで知っている?」
「世界大戦を引き起こした魔女。大邪神と共に、ヴァルキリーに討伐されたとしか知りません」
エリザベス一世、後世では魔女と呼ばれ、大戦時にヴァルキリーに倒されたと言われる、大戦の原因を作った伝説の悪女とされていた。
「今のヴィクトリー王家は正統な血統ではない。大戦の戦後処理で、逝去したと言われるエリザベス一世に代わり、縁戚関係にあり、当時の騎士メンバーだったアイリー公爵の一族が王家を継いだのだ。これは正史では触れられてない話だ。そして君は、魔女と呼ばれしエリザベス一世が遺した子孫なのだよ」
「僕の先祖が、魔女?」
「うむ、エリザベス一世は大戦後、実は存命しており、彼女の側近である当時の護国卿、黒騎士エドワード男爵の元に落ち延びたとされている。そして生まれたのが君の先祖だ」
黒騎士エドワード。
エリザベス一世の片腕として辣腕を振るい、公爵になるも、大戦の責任を取らされ男爵家に降格。
その後縁戚である、ロッソスクード家を呼び寄せ、ロストチャイルド財閥を設立したとされている。
「もう一つ、黒騎士には秘密があった。彼はかつてルーシーランドにあったというキエーブと呼ばれた国の後継者だったそうだ。つまり君には、二つの王家の血を引いているという事。今の王家よりも君こそが、血統的には由緒正しい王族なのだ」
「僕が……正統なヴィクトリー王家であると」
「うむそうだ。エリザベス一世の妹君であり、世界を救ったが忽然と姿を消したと言われる、伝説のヴァルキリーたるマリー姫の一族が確認されてないため、君こそが正統王家だ」
魔女と黒騎士と呼ばれた子孫が自分。
この二名の伝説は、創作や演劇、テレビドラマでは冷酷な悪役でヴァルキリーに撃退される、やられ役であるとの印象深く、正直いうとアレックスはあまり良い印象は、この二人にはない。
「今の王女は、ヴィクトリーの精神を汚し、己のことしか考えない俗物。あんな者が女王となったら、世界は大戦期のように、悪が支配する暗黒時代になるだろう」
「然り。現王家とワシは縁戚ではあるが、本家の国王陛下が精神を病んだのもあの悪魔の仕業だ。あれは、人の心を持ち合わせていない」
「あの王女、ナージアのチーノ人民共和国を使って、友邦国ジッポンを植民地化すると、国防総省内の急進派の軍属を焚き付けておる。ナージアは肌や容姿が違う劣った劣等人種であるとも言ってる。吐き気を催す差別主義者だ」
――ああ、彼女ならば言いかねないしやりかねない
アレックスは、素晴らしい王女の言動を思い出して、騎士団がもたらす情報は正しいと頷く。
すると、ナージアで活動する二人の騎士の姿をモニターが映し出した。
「召集に遅れてすまない。彼が例の?」
「うむ、良い目をしているな」
武道家の貞之が、アレックスの目をモニター越しから見据えるも、アレックスは瞬きもせずに眼光鋭い彼の目をじっと見据えた。
「君、武道の心得はあるようだな」
「はい、パブリックスクール時代はフェンシングを嗜んでおりました。最終学年時代は主将として、母校イーストカレッジの全国体育大会連覇や、ナーロッパの学生選手権でも優勝経験があります」
アレックスは、学生フェンシングで全国大会優勝経験や、ナーロッパ学生選手権で優勝経験もあり、アスリートとしても優秀である。
「それは私も知っている。スポーツ省としては、君をオリンピック強化選手にしたかったが、留学してしまったからな。今でもフェンシングを?」
「今は学業優先で、ここ数ヶ月はエペにもフルーレにも触れてません」
「そうか。だが騎士としての資質は十二分にあるぞ。騎士は、強くなければ弱き存在を守れない。そして武人として心技体がなければ、悪を打ち倒す事はできない」
肉体と頭脳のみならず、振る舞いも性格も、次世代の騎士として適性ありと、彼らもアレックスに目をかけて見守っていた。
アレックスが騎士団に入団したのは、偶然ではなく、既に彼らによって将来の騎士であると決められていた必然であったのだ。
「それでは、君は先輩の騎士とバディを組んでもらい、表向きは研究員兼学生として活動してもらう。入りたまえ、騎士ジョン・モワイ・スミス」
学長室に、自分とアパートで暮らす同居人、ジョン・モワイ・スミス男爵が学長室に入室する。
「ジョン!? まさか君も……」
「ああ、俺も騎士だ。俺の先祖がね、医学の道を志したのも伝説のマリー姫の影響だそうだ。そして俺は、留学中に学長である騎士長ピエトロ伯に認められ、騎士となったのさ」
ジョン・モワイ・スミスの先祖は、ペチャラ・モワイ・スミス、ナーロッパ史上初の女性医師として名前が残る医師である。
「それでは、騎士ジョンと騎士アレックスにオーダーを与える。君達はロマーノ大学研究員としての身分で、三日後にジッポンに飛んでもらう。ジッポンで倒幕運動を企てるヴィクトリーの工作員を見つけ出し、騎士長、城頭・ヨーク・貞之に報告せよ」
「はい、わかりました」
「アイアイサー団長殿」
アレックスは世界を救う騎士となり、机に置かれた騎士団創設者のドスと呼ばれる短刀をピエトロが手渡す。
「持って行きなさい新たな騎士よ。これは君を守る道具で、騎士の証だ」
こうして、彼らは三日後ジッポンに学生研究員という形で海を渡り、ジッポン倒幕派と呼ばれるテロ集団の調査と、現地にいる城頭・ヨーク・貞之剣術師範に、ヴィクトリーの工作員を見つけて報告する任務が与えられる。
学長室を出た二人は、お互い顔を見合わせた。
「君は、ずっと騎士の身分を隠して、僕と生活してたのか? 僕のレポートも勝手に見ただろ?」
憮然とするアレックスに、ジョンはヘラヘラ笑いながら、頭をぺこりと下げた。
「まあ任務だったからね。君の身柄を狙う秘密結社から君を守ることも。連中、かなり躍起になってる。やばかったぜ、昨夜なんて」
「え、やばかったって!?」
「お前、拐われるところだったぞ? 凶悪な犯罪組織のマフィーオに」
マフィーオとは、世界大戦期に結成された秘密結社であり、伝説の王ジローの王の耳、王の目とも呼ばれ、世界を守る崇高な意志を持っていたが、現在は極東ナージアで作られる麻薬を扱う、悪の組織と化していた。
「拐われるって、僕の誘拐計画が立てられていたのか? どうやってそんな凶悪な奴らを君は撃退したんだ?」
「ああ、それね。お前も騎士になったんだから俺にちょっと付き合えよ」
「?」
ジョンと共に大学構内のヴァルキリー像を通り過ぎて、大礼拝堂のある本館まで来ると、職員専用通路を抜けて、地下まで降りる。
「入って大丈夫なのかこんなとこ」
「ああ、騎士長の許可が出てる。ちょっと待ってろ」
地下室で、カードキーを壁の一部に挿入すると、さらに地下に続く隠し階段が地下室に現れる。
「あくしろよ、階段に続く道が閉じちまう」
「あ、ああ」
アレックスが中に入ると扉は石壁に戻り、地下に続く階段は一歩降りるごとに、壁が点灯して行き、5分以上歩くと、大学地下最下層まで辿り着く。
階段を降りたスペースにある扉に、ジョンがカードキーを通すと、ロックされた電子錠が解除されて二人は部屋の内部に入った。
部屋の中は広大な空間になっており、二人が入ると照明が点灯して、様々な武器と防具が展示されている、博物館のようになっていた。
「見ろよ、大戦期で使われた武器防具の数々だぜ?」
「すごい。学術的な価値や歴史的価値はどれほどなんだろうか。で、伝説の武具の数々なんだろう?」
ジョンは、微笑みながら懐から魔力銃を取り出して、右手に魔力銃ウッズマンをアレックスに見せつけた。
「これは伝説のジロー王の愛銃、ウッズマンだ。精密射撃が可能で、魔力によってオプションが付けられる。その前に、お前もこれを装備しろ」
ジョンは、指輪をアレックスに手渡し、首を捻りながらアレックスは右手の人差し指にはめようとしたが、しっくり行かず右の中指にはめると、今まで感じた事もない力の波動を受ける。
「な、なんだろうかこの力の波動。一気に下っ腹が押されたような、心臓が別の何かのようになったような気がして、これは?」
「ああ、魔力の指輪だ。人間本来の潜在能力が発揮される、騎士の装備。すげえなお前、俺以上に魔力が溢れて……血統ってやつか?」
この世界の人間の大多数は、魔力の類を封印されており、魔力を解除するには騎士の指輪をつけるしかないのだが、アレックスは自身に湧き溢れる魔力に奔流を感じる。
「よくわからないが、今まで以上に力が溢れ出る感じだ。この数々の展示品は、手に取っても?」
「ああ、好きな物を選べ。騎士の装備品として認められる。ただし魔力量によって使えるものとそうでない物があるから、自分に合った物を選ぶんだ。まずはプロテクターを装備しろ。服は邪魔だから脱げ」
「えぇ……ここでか?」
アレックスは、服を脱ぎ捨ててパンツ一丁になり、防刃防弾ベストを装着して、上腕や脛、肘や膝にプロテクターを装着して、その上からポロシャツとジーンズを重ね着した。
「これ、薄いけどめちゃくちゃ柔軟で硬い。大戦期の騎士が使ってたアンダーアーマーとやらか……ん?」
古びた骨董品のような展示品の中で、光り輝く指輪を手に取り、右手の人差し指に装着する。
「次は武器だ。携帯性も考えろよ? 俺たちは表向き一般人で、どこの国でも武器の携帯は違法だ」
様々な武具を手に取って携帯性に即した武器を吟味すると、柄と棒だけの全長15センチほどの武器を発見する。
武器を手に取り、手首のスナップを効かせて振ると、金属音がした瞬間に打突部分が伸長し、長さ16インチ、約41センチで重さ1キロのアダマンタイトチタン製の3段式魔力特殊警棒に変わった。
「これは携帯製に向いてるな、ちょっと重いが使わせてもらう。あとは……」
アレックスは、手のひらサイズで銀色のダブルバレルの小型魔力銃デリンジャーを手にする。
「これもいいな、銃は使ったこと全くないけど携帯性に適してる。だがどうやってこれを持ってジッポンに? 空港だと金属探知機もX線検査だってあるのに」
「ん? ああ、俺たち騎士は一般の空港を使わねえ。どうするかって言うと……」
その時、二人のいる地下室にズンと地震の揺れのような振動を感じて、急いで地下から地上に上がると、大学本館から煙が上り、自動火災報知器のベルが吹鳴し、学生達が逃げ惑っていた。
「な!? これは……爆発事故!?」
「チッ、奴ら実力行使に出やがった。こんな真っ昼間からテロ起こしやがるなんて、多分マフィーオの中でもイカれた武闘派共だ」
ヴァルキリー像が建つ、大学構内の中庭に黒ずくめのコートの男達が姿を現し、アレックス達を指差す。
「うわぁ来やがった。奴ら多分、俺たち同様、財団の装備品を付けてやがる。アレックス、戦闘経験は?」
「実戦経験や喧嘩もした事はないが、フェンシングは国体選手だった。オリンピック強化選手候補になるくらいはできる」
「そうか、頼もしいぜ。来るぜ相棒!」
後編へ続きます