第177話 騎士と英雄伝説 前編
後世ニュートピアにて、かつて起きた世界大戦と大破局については謎が多い。
300年後、その謎を解き明かそうとする青年。
ヴィクトリー王国男爵家嫡男、アレックス・ロストチャイルド・マクスウェルは、ロマーノ大学に留学中の身であり、フィールドワーク中に教授達から離れて、東西ライヒ帝国より信仰されているという、博物館中庭の銅像を見上げる。
「こんな巨大な剣を振り回していたとか、誇張されすぎじゃないのか? これが史実なら彼はきっと、筋骨隆々の大男に違いない。美化しすぎだろ」
聖剣エクスキャリバーを持つ聖騎士フレッド像。
元は西ライヒ帝国のミュンヘル博物館の収蔵品で、現在はロマーノ博物館へ、国立博物館収蔵品貸与促進事業により、一時的に貸し出された国際的にも重要文化財である。
聖騎士フレッドとは、突如300年前に出現し、黒龍討伐、巨人討伐、邪神討伐などで名を馳せた、ナーロッパ最強の騎士と言い伝えられていた。
像は彼が認知された当時の姿をモデルに描かれており、顔立ちは中性的な美形で、現代でも女性人気が高い伝説の騎士である。
ヴァルキリーに導かれ、騎士の中の騎士と呼ばれ、黒龍伝説後にナーロッパの守護者として、後世の東西ライヒ帝国からも、国を象徴する守護騎士と崇拝されたという。
アレックスは騎士像によじ登り、社会科見学に来たロマーノ市内の小学生達に指さされる。
「先生ー、あのお兄ちゃん聖騎士様の像によじ登って、いけない事してるー」
「しっ! 見ちゃいけないし真似しちゃいけません。警備員を」
小学校教師は振り向くも、中庭にいた博物館警備員は両手でお手上げポーズを取る。
許可が出てる学生だから目溢しするが、マナーの悪い大学生め、小学生の教育に悪いし、早くその場を去ってくれよと切に思いながら、警備員はアレックスを見守った。
「僕は、大学からの許可を貰ってるからこそ、研究目的ならある意味許されるのさ。良い子は真似しちゃいけないよーっと」
アレックスは、聖騎士が持っていたとされる、像の右手が掲げる巨大な伝説の黄金剣に触れた。
「よし、やはりこの質感はレプリカじゃない。聖騎士が所持した本物のエクスキャリバー。史実でこんな剣を振り回したなどの伝説は、誇張されたものだろう。おそらく儀式用の大剣だろうが追憶」
アレックスは自身のスキルで、当時の世界大戦期の英雄達の残留思念を探ろうとしたが、彼に膨大な歴史的事実が溢れるように流れ込み、銅像から転落する。
見守っていた警備員が警笛を吹き、落下して動けないでいるアレックスに駆け寄って来た。
「そんな……英雄ジーク伝説も、我が大ヴィクトリー王国の真相も、そしてヴァルキリーと聖騎士フレッドの伝説は……全て繋がって……僕は」
薄れゆく意識の中、運ばれた医務室でアレックスは夢を見る。
当時の英雄達の想いと、この世界のかつての悲しい真相も、黒龍伝説の真相も全て。
「人間め! 騙し討ちなど卑怯な手をっ!」
黒い羽を持ち、漆黒の黒髪をなびかせながら、爆発魔法を自身に繰り出してくる青白い肌の中性的な人物とアレックスは相対した。
「俺の亡き妻が産んだ我が子と、臣下の騎士達が繁栄するため、お前はこの場で死ねパイモンよ!」
目の前の闇の天使のような存在、パイモンと呼んだ人物とアレックスの意識はシンクロし、剣を振るいながら戦う。
「ジークめ! 許さぬぞおおおおお!」
「ふん、悪魔風情が。世界を手にする帝王たる俺の手にかかること、光栄に思うがよい!」
――これはあの剣に宿った記憶? ジーク帝国時代の記憶か? じゃあ、僕の視点で戦ってるのは伝承に残されし、ロマーノ帝国を支配したと言う魔帝パイモンと、伝説の英雄ジークフリード?
「ジーク、加勢に来たわ! 悪魔よ、あたしの、このフレイアの世界によくも現れたわね!」
鎧を装備した女神が現れ、攻撃魔法をパイモンに放つ映像をアレックスは見た。
「クソ、女神め! 神に呪いを! 祖国サタンに栄光あれ!!」
――これは、女神フレイアか。絵本とかでも見た伝承のヴァルキリーのように見えるが、確かに彼女はフレイアと名乗った。伝説通り英雄ジークは女神と共に、魔帝パイモンを打ち倒したのか?
今度は別の誰かの記憶に移り変わる。
真っ暗闇の中、壮年の男の呟きが、アレックスの脳裏に響き渡る。
「ふむ、成功したか。これで我が領土と我が娘たちを永遠に守る力が手に入った! エリザベス、マリー、お前達はたとえ肉体が死んだとしてもこの私、ジョージが守る! わが身は死して護国の鬼とならん!」
――ジョージ!? エリザベス!? マリーだって!? これは僕の祖国ヴィクトリーの、賢王ジョージ三世と、その娘達の名。魔女と呼ばれたエリザベス一世、救国の姫君マリー王女を指してる!? 肉体が死んで!? 一体ジョージ王は……
すると、今度は視点が切り替わり、炎を街に向けて放つ映像がアレックスの脳裏に浮かぶ。
「燃えろ! 燃えてしまえ全て!! この英雄ジークフリードを認めぬ世界など灰になれっ!」
――これは!? さっきのジークフリードの声? なぜ街を焼き払ってる!? どうしてこんな……
眼下の燃え盛る市街地から、騎士達が魔法を放ち、化け物やアンデッドと戦う映像がアレックスの脳内に映し出され、そして空を飛び、対峙する男女の姿を確認する。
「これはどうかな? 我が魔法、原子崩壊エレメンタルバスターの魔力に、この龍のブレスを……いやそれでも足りぬな」
「何がたりねえんだコラ! 足りてねえのは頭だろボケ!」
「行きましょう先生!」
――こ、この美しい女の子は……空を飛んでるし伝説のヴァルキリーなのか? それに彼は一体? 伝承にないが、まるでジッポンの刀のようなのを手にしてる。
今度は、別の視点に切り替わる。
「あ、あ、フレドリッヒ……そんな、ああああああああああああ!」
女帝マリアが慟哭し、その場で膝から崩れ落ち、彼の姉と妹である皇女達も、目の前で起きた光景に悲鳴を上げて失神した映像だった。
「な、何という事だ。ま、待ってろ、誰か回復魔法を皇太子に!」
――おそらく大戦期、旧ロレーヌ皇国最後の皇太子、フレドリッヒ皇子の逝去した時の映像記憶か? 大戦が終結して50年後のマリア帝の死後、東西に皇国は分裂したとされる。彼が生きていたなら、その後の東西ライヒの確執は起こらなかったかもしれないのに……ん? 視点が、立ち上がって……復活した!?
「助けなきゃ、今度こそ大好きな女の子を。守れる……強さを僕に」
「余が具足を用意しようか? 若き騎士よ」
「いらない。この剣があれば僕は戦える!」
「名を聞いておこう。若き騎士」
「僕の名前はフレドリッヒ……前の世界ではフレッドと呼ばれていた!」
――彼は……100年前にこの仮説を唱えた東ライヒの学者、ブルーノ博士は正しかった。彼は死んだんじゃなくて、聖騎士フレッドと名乗って……声変わりもしてないようだ。やはり伝承通り少年だったのか?
「アンデッドの軍勢を攻撃しながら、ドラゴン頭部にいる本体の鎧へ攻撃せよ騎士団! 我らヴィクトリーに勝利をもたらすのです!」
「了解姫殿下! 総員、隙を見出しあの白鎧を……ジョージ陛下の鎧を粉砕せよ!」
伝説のヴァルキリーと、黄金の鎧を着た騎士達が、戦う映像に切り替わる。
――やはり大戦で出現したと言われる、伝説の黒龍との戦闘の記憶? よくわからないけど、ジョージ王に乗り移ったジークフリードがドラゴンを操っている!? なぜ!? こんなの伝承なんて残ってない! それにおそらく戦闘してるのはヴィクトリーの騎士と、伝承にあるヴァルキリー。その正体は、やはりマリー王女なのか? ていうか当たり前のように騎士団達も上空を飛んでるけど、まるで先史時代の魔法のようだ
アレックスの時代では、魔法はもはや封印された技術となっており、使えるものはいないとされていた。
「もう、あなたには勝ち目はないわ。ジークフリード、いやアッティラ大王」
――馬鹿馬鹿しいと言われた御伽噺が本当だとは。信じ難い新事実、ジョージ三世の鎧を触媒に、悪の帝王としてジークフリードは黒龍と化して復活したのか? まさか先史時代の魔法によるもの? それにアッティラとはなんだ?
「もう終わりにしよう、ジークフリード。かつての英雄アッティラ。お前の悲しみも想いも、僕が断ち切る!」
「なぜだ小僧。お前の先祖は俺だぞ。なのに、貴様まで俺を否定するのか!? 俺はただ英雄に、兄のような偉大な英雄になりたかったンだああああああ」
――兄!? 彼は昔のフランソワ、ロマーノ帝国植民都市ガーリアにある古代フレイア教の寺院で孤児として生まれ、兄弟がいたという伝承はない。僕や世界の歴史学者が知らない、彼の逸話があったのだろうか?
そして悲痛な叫びと共に、伝説の黒龍が光のブレスをフレドリッヒに繰り出そうとしていた映像をアレックスは見る。
「わかるよ、その気持ちは。けどだからと言って、身勝手な想いを人に押し付けて、他者を虐げていい理由なんかにならない!」
「俺はああああ英雄になりたいんだあああああ」
「僕の勝利の絶対概念、約束された勝利の剣だあああああああ」
黒龍が聖騎士フレッドの巨大な光の刃で両断され、息絶えて消失する映像をアレックスは見る。
――伝承通り黒龍を倒したのは聖騎士フレッドで、その正体は世界大戦で逝去したと言われていた旧ロレーヌ皇国のフレドリッヒ皇太子。なんという新発見、そしてマリー王女が、伝説のヴァルキリーである確証を得たぞ!! しかし、マリー姫達と一緒に戦っていたあの黒髪の男は? 背格好は僕と同じくらいだけど鋼のような肉体に入れ墨? あ、入れ墨が消えて白い鎧にみんなが話しかけてる。何を言ってるんだ?
「最後に我が兄と申したな。そなたは……何者なんだ。それだけ教えて欲しい」
――鎧にジョージ三世が乗り移って喋ってるけど、これも魔法の力なのか? よくわかんない状況だな。それにジョージ三世には兄弟はいなかったはず。もしかして、ジョージ三世の父、ウィリアム王子には認知されてない私生児がいた? けど肌の色はチーノ人のようだし……髪も。
「俺か? 俺の前の名は1950年生まれで寅年の清水正義、極道だ。今の名は、マサヨシ……勇者マサヨシさ」
――勇者……マサヨシ? 勇者と呼ばれる存在は、後世ではジッポンの勇者威悪涅津、織部憲長公しかいなかったはずだが……あ、また場面が切り替わる。
アレックスはさらに剣の記憶を辿る。
「ダメだマリー、強すぎる。みんなが!」
「諦めちゃダメ! フレッド、救いましょう、ラグナロクから私たちの世界を! エリザベスも!」
アレックスが見た光景は、現在もヴィクトリー王国の王都であるロンディウムで、巨大な炎の巨人とヴァルキリー達の映像だった。
そして漆黒の鎧を着る、巨大な槍を手にした自分と顔がそっくりな男が、炎の巨人を守るために姿を現す。
「私は……なぜこんな事に……どうして……エカチェリーナ、父上、私は……もう愛する者をを失うのは嫌だ! 私はああああああ!」
――巨大な、炎の巨人? 燃え盛る炎……ロンディウムが燃えて……あの白く輝く鎧を身につけた、マリー姫……それにあれは僕と……もっと剣の記憶を先に進めて……うっ頭が……僕は……
目が覚めると、博物館の医務室だった。
心配した学友や教授が、目を覚ましたアレックスを見て安堵のため息をつく。
「心配したんだぞアレックス。どうして聖騎士像なんかに登ったりしたんだ」
「あ、お前アレだよな? 金ピカのエクスキャリバーに触れてみたかったんだろ? あれかっこいいよなあ」
「一般展示は一週間だけなのよね、アレックス。次はルービック美術館に移展されちゃうし、私達学生が本物の伝説の武器に触れられる機会なんてないもの」
――あれは、夢だったのかな? いや、僕のスキルは生まれ故郷ロンディウムで実証済み。なぜなら、僕はそのおかげで、あの女から逃げるようにしてこの国に……。
アレックスは教授に詫びて、体調不良のためフィールドワークを早退し、アパートに戻ると、同居人は珍しく大学の講義に通っているのか留守だった。
「なんだ、ジョンは珍しく大学に行ったのか? けど大発見だ。まさか、伝説のヴァルキリーの正体が、あのマリー姫で、黒龍伝説の真相も知れた。僕に去年、突如発現したこのスキルのおかげで」
アレックスは部屋のモニターをつけて画面を眺める。
スキルを使ったので気分を切り替えるため、正午のニュース、特にスポーツニュースでも見ながらレポートの構想を練ろうと考えていた。
「Victory Broadcasting Corporation! VBCニュース! ナーロッパ時間正午のニュースをお送りします。ロンディウムでは、ウィリアム陛下の名代でアレクサンドリーナ・ヴィクトリア王女殿下の下、王国議会開催を宣言。与党第1党トーリ党及び自由民主派は庶民院議員採決多数で、ウィングストーン・チャートウェル議員を首相兼 第一大蔵卿兼 国家公務員担当大臣に選出。チャートウェル首相は、ヴィクトリー国民に対して中東の環境問題とヒンダスにおける麻薬組織撲滅、大ジッポン帝国との海洋協定について次の通りコメントしております」
ちょうど昼のニュースでは、ヴィクトリー王国議会開催と、首相選出の報道がなされており、アレックスは顔をしかめる。
「何が庶民院だ馬鹿馬鹿しい。チャートウェル卿のお父上は公爵家で貴族院議長の人間なのに。貴族院副議長たる、僕のお爺様の地盤が固まっただけじゃないか」
ヴィクトリー王国議会では、貴族院と庶民院で構成されているが、身分制度が依然として強く、貴族院の全員が爵位を持つ世襲貴族で、庶民院の半数以上も世襲貴族、または一代限り貴族と認められた者達で構成されている。
残りの庶民出身者は、大企業の社長ばかりで、民意など反映出来ていない実情がある。
「素晴らしい王女殿下と陛下と議会、国民の承認を経て首相になったチャートウェルでございます。我がヴィクトリーにつきましては、国際社会をリードする立場として、環境問題に取り組む所存であります。そのためにはヒンダスで活動する国際犯罪シンジケート撲滅及び、周辺国を脅かすチーノ人民共和国に対して! 毅然とした働きかけを、友好国のジッポンと共に……」
「環境問題か。まあ世界環境も重要だし、麻薬撲滅もそうだし、勢いをつけるチーノへ国際ルールを遵守させるのもそうだけど、教育環境をよくしろっていうんだ。古い教材ばっかり使って、オックシュフォードもそうだけど」
アレックスは交換留学でロマーノに留学しているからこそ、母国の教育の遅れに危機感を抱いていた。
特にイリア共和国と隣国のフランソワ共和国では、先進教育制度を取り入れており、世界各国から優秀な研究者や学生を招いて、身分人種分け隔てなく学習環境を整えて競争させている。
「ヴィクトリー王国次期王位継承者たる、素晴らしき我らがヴィクトリア王女殿下は、世界恒久平和に向けてこのように述べられました」
栗色の美しい髪を編み込み、カメラの前で微笑みを絶やさない美しき王女、今年で19歳になるアレクサンドリーナ・ヴィクトリア王女は演壇に立つ。
「国民の皆様、現在わたくしは大学を休学しこの1年公務に集中し、国際政治に身を置いてきました。わたくしは世界恒久平和実現のため、ナーロッパ諸国連合と、マリーゴールド財団を通じて国際社会から差別と偏狭、貧困の撲滅を願っております。新首相に期待する事は、彼によってヴィクトリー王国のますますの発展を祈念し、ひいては国際社会へ我らヴィクトリーの思いをどんどん発信していただきたいと思い期待します」
「いやあ、いつ見ても素晴らしい王女様のスピーチですね。ゴードンさん」
「ええ、おっしゃる通り。素晴らしい王女殿下のお話をお伝えして、次のニュースに入ります。中東メディアナでは、アブラ民族主義の機運が高まり、マリーク首長国連邦議員団が間に入っておりますが……」
王女を見ながらアレックスは、鼻で笑う。
「何が素晴らしい王女だ、何が恒久平和実現だ馬鹿馬鹿しい。みんなこいつの正体を知らないから、そんな事を言ってられるんだ。こいつは差別主義者でエゴの塊の俗物だぞ。こんな奴が女王になったら、うちの国は、いや世界がますますおかしくなる」
アレックスは、この王女と学友時代だった王の学徒とも呼ばれる、全寮制名門校イースト・カレッジで味わった地獄の日々を思い出す。
同じクラスになった彼女は入学すると、自分を含めた爵位の低い男子学生や、貴族令嬢達を見下し、まるで召使いの如く扱われていた記憶。
彼女は女子寮などには入らず、ヴィクトリー王宮から馬車で通い教室で君臨し、授業妨害で気を病んで退職した教師が後を立たず、彼女のいじめで自主退学や、中には自殺した女子生徒もおり、東方ナージア諸国民への差別的な発言を平気で口にするなど、性根が腐り切っていた。
アレックスはこの王女と6年間同じクラスで過ごし、上級生たちも教師たちも下級生達も、自分達のクラスを恐れ、学校内は彼女の支配する陰鬱な城のようになる。
彼女は自身のことを「素晴らしい王女」であると、教師や上級生や同級生、下級生達に発言するよう強要していた点に挙げられ、この王女が支配したパブリックスクールの卒業生達は、口を揃えて「素晴らしい王女」であると喧伝したため、ヴィクトリー国民は素晴らしい王女であると認識して、今日に至る。
またこの素晴らしき王女により、アレックスや男子学生たちが、楽しみにしていた校内行事や、フィールドゲームも彼女の一声で中止され、彼女の取り巻きの上級貴族の子女達が、夜の体育館でダンスパーティなど開催。
パーティー券を男爵家である、下級貴族の自分達が保護者やOB、OGに頭を下げながら代金を貰い、王女である彼女に献上するなどと言った事もやらされていた。
しかも、なぜか毎年の王女のダンスパートナーはアレックスが務め、男爵家のくせに生意気だと、寮では上級生から呼び出されては、嫌味を言われるなど理不尽な経験をする。
だが、アレックスに対しての嫉妬から、上級生が実際暴力を振るう事件が発生した時、学校側の対応は早かった。
侯爵身分の上級生はすぐさま退寮処分になり、別の寮に移されて停学処分から3日後、素晴らしき王女殿下のクラスメイトに暴力を働いたことを謝罪しますという遺書を残して、寮部屋で制服のネクタイを使って首を吊って自殺。
この一件があったため、アレックスは6年間のパブリックスクールで、親しい友人も作れずただ素晴らしい王女の言うがまま、学校生活を送ったのだった。
「僕が何をしたって言うんだ。前世で何か大きな悪行でもやってたかのような不幸と理不尽が次々とやってくる。あの女のせいで」
彼は寮の消灯時間中であっても、寝る暇を惜しんで、素晴らしい王女から離れるために猛勉強した記憶を思い出す。
彼女の学力ならば、絶対に入学できないであろう最難関のオックシュフォード大学に合格するために。
そして最終学年になったある日のこと、自分を事あるごとに下僕にしていた素晴らしい王女から、コートを預かった時、突如としてスキルに目覚めた。
彼が見た記憶は、パブリックスクールの学長へ圧力をかけ、アレックスの進学先を聞き出そうとする、素晴らしい王女の記憶。
「わたくしの素晴らしきクラスメイトの、アレックスはオックシュフォードへの進学を希望してるのですか。素晴らしいですわ、カーネスブルグ伯」
「ははー! 彼は男爵家ながら我が校の寮長を務める優秀な学生でございます。彼の学力ならばあっさり一発合格するかと」
「そうですね、わたくしの素晴らしきアレックスですもの。わたくしもオックシュフォードに入学したいのですが、彼の進学する学部は?」
「は、はい! 素晴らしき王女殿下! アレックス・ロストチャイルド・マクスウェルの両親は、名門の法学部への進学を希望しておられます、はい」
満面の笑みで素晴らしき王女は、こう返す。
「ああ、素晴らしいですわ。わたくしの素晴らしきクラスメイトのアレックス。わたくしのために最高の大学で最高の法学部を希望してくれるなんて。早速素晴らしき王女であるわたくしの進学先は、オックシュフォードの法学部として、枢密院に連絡しなければいけませんね」
記憶を読んだアレックスは、以前から進学先に選んでいた考古学部を選び、王女は法学部のある格調高いトリニティキャンパスへ、アレックスはオウル・ソールキャンパスの交換留学制度を利用し、ロマーノ大学へ留学という形をとった。
素晴らしい王女から逃れるためである。
「続きまして、次のニュース。ナーロッパ諸国連合議長フランソワ大統領、フランソワ・ジャン・ザクゼンブルー・ミッテランは、昨今の極東ナージア情勢について自論を展開し、ヴィクトリーへ釘を刺すようにも思える声明を発してます」
「友邦国ヴィクトリーの動向に、いささか急進的ではないかと、我が国は思い至る所存でございます。なぜならナージア諸国につきましては、ルーシー連邦共和国及び東ライヒ帝国、大ジッポン帝国の粘り強い交渉と対外政策を見守るべきであります。我々ナーロッパは過去の大戦の愚かさを胸に手を当てて考えましょう。過去の帝国主義的な行いが近年散見される、ヴィクトリーのナージア諸国への急進論は、いささか飛躍的と思われます。ですので、引き続きチーノ人民共和国へ継続的な粘り強い対話路線で……」
アレックスは、ヴィクトリー王国の動向に関し、常に反対意見を展開する、いつも通りのフランソワだなと、冷蔵庫のビールを手に取り空けて一口飲む。
「ではスポーツニュースの時間です。まずは、フットボールから。ピアーズキャスター、今年のプレミアンリーグの優勝争いに……」
アレックスは、博物館で得た聖騎士フレッドの情報をもとに、レポートを書きながら、明日の朝に大学図書館で事実を紐解く文献を探しに行こうと考えて、世界大戦の謎を解き明かそうと期待に胸を膨らませ、1日を終えた。
翌朝になっても同居人のジョン・モワイ・スミスは帰って来ず、どうせ大学の講義が終わった後で、どこぞで遊び歩いているんだろうと、アレックスはロマーノ大学で文献を漁る。
「まずは、ヴィクトリーに関する文献全てだ。ジロー王の公文書記録や、フランソワ共和国の公文書、そして黒龍伝説の東西ライヒの文献。特にフレドリッヒ皇太子に関することを」
自身が書いた研究レポートに沿うような形で、文献情報を肉付けしていくが、違和感をアレックスが感じた。
「おかしい。公文書記録が連番のはずなのに、虫食いのように記録が抜き取られてる。それも世界大戦時代の外交記録や、情報開示されてる情報も抜き取られてる」
違和感を覚えたアレックスは、さらなる文献を探しに本棚まで行こうとした時だった。
大学内でチャイムが鳴る。
「学生番号6954、アレックス・ロストチャイルド・マクスウェル君、学長室まで。繰り返します……」
「あ、僕だ。昨日の件で博物館から苦情入ったのかな? 謝りに行かなきゃ」
学長室で、同大学の学長を務める、浅黒い肌をした恰幅の良い老人、ピエトロ・マッシモがアレックスを待ち受けており、向かい合うように椅子が置かれており、着室を促してきた。
「失礼しました学長先生。昨日、私は博物館で」
「そんな事はどうでもいい。君を呼んだのは他でもない、アレックス学生。我が校に君の母国ヴィクトリーのオックシュフォードから、留学取り消し依頼が来ておる」
「え? 取り消し? なんでですか!?」
学長から言い渡されたのは、まさかの留学取り消し処分で、本国へ帰国しなければならない。
「理由は知らないが、どうやら君の大学は考古学部の入学を取り消し、法学部を再受験せよと通達を我が校に打診してきた」
アレックスは背筋に悪寒が走り、暑くもないのに汗が一気に噴き出して、呼吸がやや荒くなる。
ヴィクトリー随一にして、ナーロッパ最高峰とも言われるオックシュフォード大学の自治を一切無視し、学問の自由をうたう最高学府に圧力を加えることができる人物は、できる人間が限られているからだ。
すなわち、大憲章で定められたヴィクトリーの主権者たる王家ただ一つ。
――あの女だ。自称素晴らしい王女の差金か。僕になんの恨みがあるんだって言うんだ。あの性悪女め
「嫌かね?」
「嫌です。なぜならばこの大学には、学ぶべきことが多いです」
「ほう? 具体的な意見を述べたまえ」
アレックスは、このロマーノ大学の先進的な教育体制と制度について自論を展開して、この大学には大いに学ぶべき歴史と文化と気風があると力説する。
「なるほど、君はやはり優秀な学生だ。ならば君には、特別な配慮として半年後、我が校の入学試験を受けてもらいたい。こうすれば正式に君はこの大学の生徒の一員となる。しかし、君が所属しているオックシュフォードには戻れなくなる。どうだ?」
「かまいません。もはやあの大学には、学ぶべきものもなければ、学友もおりません。私は、この大学で考古学研究員としての進路を希望しています」
ピエトロ・マッシモは、アレックスの回答を聞き入れ、ヴィクトリーのオックシュフォード大の書状をその場で破り捨てた。
「よろしい、君の意志を本校は尊重する。ただ一つ受験を認める代わりに条件がある」
「はい、なんでしょうか?」
「君が所属している、大戦史研究会からは手を引いて欲しいアレックス学生」
「え……ですが」
アレックスは、目をむいて学長を見やると、ピエトロ・マッシモは、古びた薔薇のピンクゴールドのブローチを机に置いた。
「これは何かわかるかね?」
「いえ、古びたブローチ……のように見えますが」
ピエトロ・マッシモはアレックスの瞳を覗き、嘘を言ってるかどうか確認した後、葉巻を取り出して咥えるとマッチで火をつける。
「これから先の話は他言無用だ。アレックス・ロストチャイルド・マクスウェル男爵家嫡男殿。私の一族は実はヴィクトリーの爵位を持っていてね、ピエトロ・マッシモ・ピッコロ伯爵。それが私の本名だ」
「え? 学長が……我が国の伯爵家?」
「そうだ。世界を守護するために生まれた、ヴァルキリーの戦団。第13代シシリー騎士団長兼黄金薔薇騎士団所属、私はヴィクトリーの騎士だ」
――騎士? 何を言ってるんだこの人? だってもう我が国でもナーロッパでも騎士を名乗る人物はいないはず
騎士制度は現在のナーロッパでは形骸化され、儀礼上、形として残るだけになっている。
「アレックス君、この世界にはタブーと呼ばれるものがある。300年前の大戦史にまつわる史実だ。そして我らが騎士団は、いまだ活動を続けており、全てはこの世界を守護するために。初代シシリー騎士団、我が偉大な先祖マッシモ・ピッコロはこのブローチを、伝説の姫君から下賜された」
「その伝説の姫君とは……我がヴィクトリーの史実から突然姿を消したとされる……」
「古い話だ。絶対の秘密を守れるならば、君にこの話を少しだけしてやろう。かつての英雄達が願った世界のあり方。そしてもはや後世で彼女の話は都合の良いように改変され、人物像すら不確かなマリー姫の遺された英雄伝説の真実を」
第4章エピローグです
中編に続きます