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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第四章 戦乙女は楽に勝利したい
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第176話 悪の花 後編

 その日の夜、ナーロッパの空に白熱した無数の隕石群が降り注ぐ。


「あ、大きな流れ星」


 町娘が指さす先に光の球が地表に向かい消えた瞬間、一発で地響きと共に大音響が響き渡り数十万の人間の命が一瞬で消えた。


 後世では大戦時の大破局(カタストロフ)と呼ばれる事になった、巨大な隕石群による大災害。


絶対防御(プロテクト)!」


 マリーは、高空からやってくるエネルギー反応に気がつき、目の前にいるヘラクレスの力を超えた波動を感じて、降り注ぐ光の火の玉から、帝都ベルン市街を守るため、スキルを発動して攻撃を防ぐが、ベルンにも振動が伝わるほどのナーロッパ各地で地震が発生し、攻撃がこの地だけではないと察っする。


「やべえぞ……やべえ! この場所だけじゃなく、あちこちで地震、いや違う、大規模な爆発が起きやがった!」


 マサヨシは、自身が相談役をしている組織に連絡して、被害状況を把握させた。


 上空の三日月は粉塵により、血のように真っ赤に染まり、異世界の軍勢は情報を収集し始める。


「勇者様、今の隕石群の攻撃で被害地域多数!」


「人口密集地への攻撃で、各都市に死傷者多数! ナーロッパ各地で生体反応が多数消失」


 歯軋りをしながらマサヨシは状況を確認し、今の攻撃が南アスティカにいるエムからの報復であると気が付く。


「親父、監視衛星でも被害の全容はわからねえ。全員ナーロッパ各地へ散れ! 負傷者は、急いで治癒魔法をかけろ! 瓦礫の撤去もだ! ボサっとしてんじゃねえ、弱ってる人らを救いに行くのが任侠道だろ! おめえら早くしろい!」


「へい、ササキの親父さん」


「サタナキア軍も総出で負傷者の救出を」


「我らも急ぎ救援に向かう。急げ! 時間がかかればかかるほど、死者が増える!!」


 二代目極悪組の組長の号令のもと、異世界の軍団がナーロッパの各地で負傷者の救出や、防衛網を敷いて次の攻撃に備え始める。


 落下地点は、フランソワ南部マルセール沖、フランソワ中部オルレア、ロマーノ連合王国ロマーノ北部トスカナ、ロレーヌ皇国南部大公国域ヴァイマル、皇国東部領域ポルスカ、ホランド王国ヘルダーランド。


 人口密集地に落下した事で、住人の約5分の1が即死し、残りの住民にも負傷者が多数出ている状況。


 エムからの反撃と思われる攻撃で約100万人の死者、300万人以上の重軽傷者が発生する大惨事になる。


 帝都ベルンにも光の隕石攻撃が飛んできたが、マリーによる日に一度のスキル絶対防御で攻撃を防いだものの、攻撃に使用されたものに一同殺気立つ。


「コレは……さっきヘラクレスが作らせた銅像の巨大な頭……跳ね返されたんだ」


 その場にいる者達の視線が、一斉にヘラクレスの方へ向く。


「こ、こんな事ありえん。お、俺様の力は最強だ。俺様の攻撃を打ち返す事が出来る力を持つものなんて……今までいなかったのに……」


 勇者マサヨシは一気にヘラクレスの元へと駆け寄り、足払いをかけて転倒させ、何度も足蹴にする。


「てめえ何やってんだ馬鹿野郎! そのめえに、申し訳ありませんでしたって言うのがスジだろコルぁぁぁ! 何が最強だクソボケ!!」


 出血したヘラクレスは起き上がり、怒りに燃えてマサヨシの顔面を殴り飛ばすと、今の一撃でマサヨシは脳震盪を一瞬起こして膝をつく。


 神としての神通力は無くなったが、かつて無敵を誇ったヘラクレスの人間として最高の肉体は維持されたままであり、並の勇者を遥かに上回る力は持っている。


 しかし、かつての勇者としての思いも忘れ、ただ傲慢さを増長させ、神としての責務も全う出来ず、好き勝手に長年過ごしてきたためか、精神的な意味での弱体化が著しかった。


「俺の行いに間違いがあるか! 無礼者め、俺は先輩だぞ!!」


 ため息を吐いた勇者ロバートが、魔力銃を取り出してヘラクレスの膝を二発銃撃すると、弾は貫通しなかったが、ヘラクレスが衝撃で両膝を地面につく。


 その瞬間マサヨシは飛び膝蹴りを繰り出し、鼻から出血するヘラクレスのアゴを鷲掴みにして、思いっきり突き放して仰向けに転倒させ、顔面を踏みまくる。


「なにが最強勇者だ馬鹿野郎! 何がスーパーヒーローだ!! さっきの攻撃で何人死んだと思ってんだ!! てめえなんか勇者なんかじゃねえ、ただのカスじゃねえか! この場でぶち殺すぞクソ野郎!」


 マリーは思った。


 このヘラクレスは、今までの勇者としての戦いからの成功体験と絶対的な自信で、相手の戦力を吟味しないまま不用意に攻撃してしまったのだと。


 マリーは師であるマサヨシの教えを思い出す。


「マリー、おめえさんも様々な戦いを経て、成長しつつある。そんな今のおめえさんだから言うが、成功体験には気をつけろ」


 成功体験とは過去に成功した体験を意味し、これを繰り返すことで自分に自信を持ち、チャレンジ意欲や向上心をもたらす事になる。


 そして彼女は、さまざまな人の出会いや戦いを通じて成長しているからこそ、師であるマサヨシは伝えたい事があった。


「いいかい、成功体験は人間忘れられねえもんだし俺もそうだ。だがな、うまく行ってる流れな時、流れに乗るのはもちろん重要だが、そういう時ほど周りをよく見て気をつけろ。なんで俺が、そういうことを言うか、わかるよな?」


「あ、はい。おそらく先生は、成功体験を通じて何か重大なミスを過去にしてしまった……ですか?」


 マサヨシはマリーに頷く。


「おう、当たりだ。転生前もそうだが、成功体験が仇になる時だってあんだ。たとえば、シノギがうまくいってる時はいいが、ある日そのシノギが法令違反になったらどうする? パクられるよなサツに。やっかみで密告(チンコロ)する同業者だっているかもしれねえ。そういう事にならねえように、新聞とか週刊誌とか、サツの動向や社会の動きをよく見なきゃならん。実際、俺が若い時に許されてたシノギは、令和の時代で大部分が違法になっちまったしな」


 ヤクザな勇者ならではの経験。


 資金源獲得のための活動で、成功体験を修めたとしても、ある日突然その行為自体が違法になる。


 そしてこれは異世界で活動する時にもいえた。


「特に勇者として活動するうえで、過去の成功体験が通用しねえときなんかがある。今まで通用した技や魔法が通用しねえときや、世界のルールをワルに変えられちまうなんて何度も経験した。昔の人は勝って兜の帯を締めよと言ったもんだが、成功した時ほど油断しちゃあいけねえ。今後もおめえさんが戦い続けるならば」


「はい」


 マリーの返事にマサヨシは、もう一つ助言をする。


 彼女の想いが正しく作用し、真っすぐだからこそ伝えなきゃいけない正義と力の話である。


「あとはな、これはどんな世界でも言える話だが、人の考えや生まれ育った環境によって培った歴史や経験は違うし、自分こそが正しいと思ってる奴らを変えようとするのは、ハンパじゃねえくれえ根気がいる。時には、自分が考える絵図や筋書き通りにいかねえ時なんてごまんとある」


 マサヨシは神妙な面持ちで話を聞くマリーの肩を優しくたたき、はにかんだ笑みを浮かんだ。


「だがな、そんな時こそ自分の想いをしっかり持ち、そして強くなれ。力なき正義は無力なり、正義なき力は暴力なり、そんな言葉もあるが確かにそうだ。道理が通って筋道通しても力が足りなきゃ自分の想いは通らねえし、力が強いワルに曲げられる。かといって信念や正義も無く、大義名分無視してわがままに振るうのは、それは世間様が嫌う忌むべき暴力よ」


「ええ、確かに」


「ならば、自分の想いを通す力があり、道理が通る大義名分があればどうだ? それが正しき強さだ。人や世界を救うには、正しき強さがいる。そして道理が通らねえワルに強さを見せつけるのが、勇者だ」


 その言葉を思い出しながら、ヘラクレスを見る。


「俺様は間違わない! ゆえに俺様は最強だ!! 俺様が攻撃した奴は死ぬ! いままでがそうだった! 俺の矢を焼失させたあのメスが悪い! あいつのせいだ!」


 その物言いは、勇者として気高い思いを持つ二人の勇者を激高させる。


「もういいわ、わからせてやるぜクソ野郎」

「こいつはもう、勇者じゃねえファック野郎」


 一方、ヴィクトリー王国の実権を握り、エムの陰謀に加担する男。


 ヴィクトリー王国護国卿、エドワード・マクスウェルことルーシーランドキエーブ王国王子、アレクセイ・イゴール・ルーシーである。


「ストラドルフよ、ヒンダスにいる我が臣下達によると、ケシの実を粉末化させた麻酔薬を大量に仕入れたそうだ。これに香水とポーションを混ぜ合わせれば、治癒効果と鎮痛効果と多幸感が湧いてくるというフェンタニルが生成されるらしい。それを新しい回復薬(ポーション)としてヒンダス国内に売れば、我らがルーシーランド全体の益となる」


「さすがは殿下、ヒンダスは阿片を医療目的で扱っていると聞き及んでおります。原料が大量にあれば、後は現地にいる我らが同胞バイシャーンと、ザッスーンに伝えましょうぞ」


「ああ、それとほんの一滴でよいらしいが、この瓶の中身も加えれば、さらなる最高の回復薬(エクスポーション)が作れるという。ロレーヌ帝国亡き後、戦費を集めなければヒトを滅ぼす事は出来ん」


 キエーヴ王国の王爾尚書、オーディン正教会教主ストラドルフは、魔法強化した伝書鳩を用いてエムの作成したアリムタも一緒に運ばせた。


 全てはエムがヒンダス周辺地域をファンタジアにより麻薬製造国にするための陰謀である。


「それと我が従弟、アルスランにも例の無敵の戦士が作り出せるポーションを」


「ははー殿下」


 南ジッポン八州北部の博田港からは、北ジッポン侵攻作戦の為にチーノ大陸より大幻ウルハーン帝国皇帝、アルスラン・ハーンが早朝上陸。


 皇帝の傍らには、チート7所属の翡翠こと緑髪の少女にして侍医、ノクセク・ソニンが内服薬をアルスランに与えるために動向していた。


 内服薬は抗生物質のペニシリン及び、ジヒドロピリジン系の薬剤、人体実験の末に彼女が生み出した薬であり、アルスランは結核と高血圧症と心臓病を患っていたためだ。


 アルスランは、この侍医を見出したのを思い出す。


 朝明半島の小国を領土にした際、海辺の町、奉山(ぶさん)に天才医師がいると聞いていた。


 その医師を自分に拝謁させるよう臣下達に命ずると、まだ彼女は歳ゆかぬ眼鏡をかけた少女であり、髪の毛が周辺住人と違い緑色で、肌の色は白く、耳が尖っていたのを確認する。


――ふむ、我らと同族であったか


 ルーシーランドと親戚関係にあるアルスランは思ったが、これは彼の勘違い。


 彼女の耳はハイエルフとは関係なく、彼女のスキル人体改造で耳を尖らせたもので、髪の色も薬品を化合させて染髪した結果である。


翡翠☆:こっちでも麻酔薬としてオピオイドが精製されてるの。それをあなたの持つ薬を化合すれば、この世界で麻酔を使った外科手術だって出来るかも。末期患者の苦痛緩和にも


 ノクセク・ソニンは水晶玉通信を操り、薬学に詳しいエムとチャットすると、返信が返る。


エム:んー、いいじゃない♪ じゃあさ、他にも医術的なもので、臓器移植とか需要あるかもね♪


翡翠☆:臓器移植?


エム:この世界は魔法が使えるから、臓器取った瞬間、冷凍♪ 冷結♪ 冷蔵保存♪ この世界の金持ちに臓器移植すればお金取れるかも♪ いい臓器手に入ったら教えて♪


 臓器移植のブローカー含めた、仲立ち人業を異世界半グレを使ってエムは展開しようとしていた。


 自身の悪意を振りまくために、自身の力を高めて地球世界に戻り、今度こそ白人達を駆逐するために。


翡翠☆:臓器移植か……わかった。それとあなたの推しのオピオイドの件についてもう一つ。この極東でオピオイドは、広く兵士用の麻酔薬や鎮痛薬として流通してる。販売ルートを構築できる土壌は出来ているかもね。あくまで鎮痛剤としてだけど。


エム:estupenda(すんばらしー)♪ 君にもわたしの知識与えちゃう♪ きっといい世界になるから、一緒に世界をより良いものにしようよ翡翠♪


 エムは水晶玉のチャット機能を利用しながら、ケシの花畑に寝そべる。


「青い空♪ 白い雲♪ 奇麗な花♪ 私のファアンタジア♬ ドラッグで~ vivir,manejar,Vivo,al fin y al cabo, en resumen, es decir, o sea……muriendo♪ あはははは、みんな死んでいきかえって快楽に包まれてまた死んで……わたしの花畑♪」


 今後、極東ジッポンとヒンダスが、エムの合成麻薬の拠点になり、その麻薬はカタストロフを経たナーロッパ各地でも流行するようになる。


 そして、追放されし神域ユグドラシル内、オーディン居城のアーズカルズの宮殿で、オーディンがワインにファンタジアを混ぜて陶酔感に浸いる。


「うふふ、あーっはっは! 素晴らしいぞファンタジアは。こんな素晴らしいモノを人間共が生み出すとは。ああ……コレは我が楽園(ヴァルハラ)に使えるぞ」


 オーディンは、盟友テスカポリトカを通じて、エムが生み出したファンタジアの虜になる。


 アルコールと麻薬の快感に溺れながら、徐々にニュートピアと呼ばれる世界を、ヴァルハラと同化しようとしていた。


「もう少しだ我が子バルドル。人間共の魂のエネルギーをもとに、死んで魂が消失してしまったお前を理を変え、魂召喚して新たな肉体をこのエネルギーで再構築! そして創造神が生み出す世界から我らは独立! 永遠の世界を我らが家族が独占するのだ。あーっはっはっは!」


 オーディンは、ニュートピアを攻略するため、自身の戦乙女戦士団(ワルキューレ)を再編成し、野望と願望を叶えようと高笑いを上げる。


 戦い続ける戦士たちの黄昏を目指して。


 ところ変わって、冥界では勇者マサヨシが報告した情報をもとに、封印されし冥界領域、かつて精霊界も牢獄で使っていたという冥府ミクトランへの捜索差押令状を、冥界最高審問官の閻魔大王が発行したので、天界の天使達により強制査察が行われていた。


「こ、これは……システムが改変されていて、人間の魂を改変し、大邪神が生れるように仕組まれている。至急大天使長ミカエル様に連絡を! 事態は急を要する!!」


 最上級神の臨時会議が開かれ、今回の一連の騒動は大逆神オーディンのみならず、精霊界全体の関与が疑われる事態となる。


「創造神様、もはや我々が看過できない状況にあります。かつての滅びの女神ティアマトも解き放たれ、神界でも叛逆神が多数生じた陰謀は、精霊界の関与が大かと」


 秩序神筆頭のヴィシュヌと大天使長ミカエルを照らす、創造神の光は真っ赤に瞬いた。


「……なんで、こうなるかなあ……至急精霊界に対する特別法廷を開くようにみんなに伝えてくれる? あと、最上級神筆頭のアヌと、破壊神筆頭のシヴァもここに呼んでよ」


「はは! 創造神様」


「こうなった以上、精霊界に責任は取ってもらわないとダメだよね。これは……大罪だ! 人間の魂を弄び、精霊と神を超えし力を持つ、哀しき邪悪を生み出した。断じて許せるものではない」


 一方、日が沈んだロレーヌ皇国帝都ベルン。

 

 起き上がるヘラクレスに対して、ロバートは殺意が籠った鋼糸を巡らせ、マサヨシはドスを抜く。


「さあやろうぜ? クソボケ」


「Fuckyou!! son of a bitch!!」


「俺様を否定しおって! 処刑してやるぞ!」


 ヘラクレスは、周囲に張り巡らされた鋼糸を蜘蛛の巣を振り払うように腕力で切断し、ロバートを殴りつける瞬間、脇腹をマサヨシに刺される。


「ぐっ!」


 長らく生死をかけた戦いを経験しておらず、ブランクがあったため、0コンマの世界で生き死にを分ける戦場、救済難度が高い世界で戦い、巨悪の暴力から人々を救ってきた勇者たちの攻撃に、まったく対応できなかったのだ。


「てめえの話は筋道が全然通らねえ、俺がぶっ倒してきた身勝手なワルそのものだ!」


「くそっ!」


 腕力を込めて裏拳を繰り出すも、マサヨシの顔面を捕らえられず、本来のヘラクレスの格闘能力であるならば回避できるはずの足払いで体勢を崩され、ロバートの手によって口にピストルの銃口を突っ込まれる。


「Go to hell‼︎」


 引き金を引こうとした瞬間のロバートの手に手刀を繰り出し、顔を背けたヘラクレスは銃撃をかわし、逆にロバートにタックルを決めた。


「ぐっ」


 今のタックルで、ロバートのあばらが折れて腰骨が粉砕されたため、回復魔法を唱えて治癒するが、ヘラクレスは馬乗りになって拳を振るおうとする。


「死ねい痴れ者め!」


 瞬間、ヘラクレスはマサヨシの回し蹴りで吹き飛ばされる。


 しかし、ヘラクレスは生まれながらの戦闘の天才。


 自身に立ち向かう現役の勇者二人の力量を徐々に把握し始め、己の肉体のレベルを徐々に変質し始め、筋肉をバンプアップして神経を研ぎ澄ます。


「ふん、勇者として多少の実績を積んでいるようだが甘い! 俺様の力を高める隙をこの瞬間与え……」


 言い終わる前に、張り巡らした鋼糸を構築し直したロバートは、右腕をガッツポーズすると、一気に鋼糸が纏わりつき、ヘラクレスの足を止めると同時にドスを手にしたマサヨシが間合いを詰める。


「くっ、そんな短刀で俺様に立ち向かってくるとはっ!」


 鋼糸を筋力で振り解き、背負った棍棒を右手に持ち、頭部への打撃を繰り出そうとするヘラクレスに対して、マサヨシは手首、上腕、肩の腱を的確に切り裂いていく。


「ぬうりゃ!」


 アドレナリンで、痛みも一切感じないヘラクレスは、筋肉で出血をして棍棒を振り回し、マサヨシの頭部を破壊しようとする。


「へっ」


 マサヨシは転移の魔法で間合いを狂わせ、左手に魔力銃パイソンを持ち、銃撃を繰り出す。


「貴様! 飛び道具!?」


 棍棒で魔力銃の攻撃をガードするヘラクレスへ、頭上に位置した勇者ロバートは、魔力銃をアサルトライフルに変えて制圧射撃を加える。


「ぐっ、こいつら、予想以上に戦い慣れてる!?」


 棍棒でロバートもろとも吹き飛ばそうとするヘラクレスへ、マサヨシはヘラクレスのアキレス腱を斬りつけ、膝を付いた瞬間、後ろから髪の毛を掴んだ。


「くそっ!」


 首を捻転させて、勢いでマサヨシを引きはがしたが、今度は鋼糸が左足に絡みつき、ヘラクレスは足を取られる。


 ヘラクレスの力で吹き飛ばされたマサヨシは、転移の魔法で間合いに入り、銃把を逆手に持って、特殊合金の銃を鈍器にしてヘラクレスを打撃で吹き飛ばす。


「ちいっ! 調子に乗りおって!」


 飛ばされながら、ヘラクレスは武器を必殺の弓に変えて最強の毒矢をつがえるが、マサヨシの姿はふっと消える。


「ぬう!? 転移魔法!?」

「行くぜおらぁ!」


 転移の魔法で、ヘラクレスが飛ばされた先に先回りしたマサヨシは、ヘラクレスの髪の毛を絡めとるように再び掴みながら何発も後頭部へ頭突きを繰り出した後、手にしたドスを逆手に持つ。


「チャラチャラ髪の毛伸ばしやがって!」


「なめるな!」


 弓の弦でマサヨシを振り払い、右手を地面に突き刺して岩盤ごと引っぺがす。


 純粋な腕力で周囲の土砂を巻き上げダメージと目眩しを狙ったが、またしても転移の魔法でかわされてドスの切っ先をヘラクレスはアゴに突き立てられ、背後に回ったロバートは、アサルトライフルの銃口を頭に突きつける。


 戦闘から遠ざかっていたブランクもそうだが、現役勇者の中でも現時点で最強の一角であるマサヨシと、新参ながらそれに匹敵する実績を上げてきたロバートに、今のヘラクレスの力は通用しなかった。


「お、俺様を殺すのか!? 神域オリンポスが黙ってないぞ……」


 目に一切の光が無くなったマサヨシは、ヘラクレスへドスを首に突き刺そうとした。


「うるせえ、もうしゃべんな」


 すると、マサヨシの肩をフランソワ大統領のデリンジャーが叩く。


「もういいよ、もういい。俺達は、殺しがご法度だ、そうだろ? さっきの攻撃で俺の国にも被害が出たそうだ。落下地点の人達を助けに行こうや、な? 今は戦うよりも……傷ついた奴らを救おう」


 デリンジャーに諭され、マサヨシはその場に唾をぺっと吐く。


「てめえの落とし前は後だ。仮にも最強の勇者だって言い張ってたこいつの攻撃が通じねえのなら、南アスティカにいるエムの野郎の方が強いってのもわかったしよ。行こうぜ、傷ついた人らを救いに」


 父神であるゼウスの手によって力をマリーの指輪に封印される前、神々や他の勇者を超える、圧倒的な力を誇ったヘラクレスの攻撃力で先制攻撃した結果が、攻撃のほとんどを跳ね返され、ナーロッパ地方に甚大な被害をもたらした事を総合的に判断した出た結論。


 南アスティカにいるエムの力は、最強状態のヘラクレスの力を上回っている。


 すなわち、エムの戦闘力は神々の力を遥かに超えている事となる。


 一団は、ベルンの中央広場に着陸したガンシップに向かう。


 同業者であるロバートも、ヘラクレスを見下ろした後、地面に唾をペッと吐く。


「おとぎ話で聞いた英雄ヘラクレス。俺も幼き時に母から聞いたヒーロー……自分がしでかした罪を償うため、ファミリーの名誉のために、試練を潜り抜けて多くの人々を救おうとした大英雄。だが今のてめえは……ゼウス神が言う通り、英雄の心を無くしたファック野郎だ」


 西洋では、星座の逸話と共に男の子であるならば母親から聞かされる寓話で、子供達が憧れる絶対強者にして英雄のヘラクレスだが、今のその姿は傲慢で英雄とは程遠い姿だった。


「お、おい。俺様を無能呼ばわりしたまま捨て置くのか! 貴様らも俺様の力が欲しいだろ? 何せ俺様の神の力が封印されたとしても、まだ最強の肉体を俺様は持っている」


 ヘラクレスがガンシップに乗り込む勇者の一団に声をかけても、だれ一人振り向かなかった。


「お前ら! 俺様を無視するのか? なめおってからにいいいいいいい」


 背中を向けるマサヨシに対して、棍棒を振りかざして追いかけるヘラクレスに、デリンジャーは足をかけて転ばした。


「きさま!」


 起き上がろうとするヘラクレスに、デリンジャーは全体重を乗せたストレートパンチを繰り出した。


「もういい! 俺がガキの時に憧れたかつてのスーパーヒーロー、今のあんたはクソだ」


「……っ!」


 デリンジャーの頬から涙が流れ出し、もう一撃、ヘラクレスの顔面を打ち付ける。


「大勢の人が死んだというのに……てめえの責任も感じ取れず! 口からクソ垂れ流すだけの今のあんたは、もう多くの人々が憧れた……スーパーヒーローじゃねえ!」


「俺は……」


 デリンジャーの悲しみに満ちた表情から、ヘラクレスの顔面を再度打ち抜く。


「もうあんたはヒーローじゃねえ! ヒーローならば、英雄ならば、人の為に力を使うのに、あんたは自分のエゴの為に力ぁ使ってる!」


 デリンジャーは、頑強なヘラクレスに拳を振るうだけで、指や手首の骨が砕け、肉が抉れて血がにじみ出るが、体の痛みよりも、幼き日に憧れた英雄の今の姿に心が痛かった。


「自分の為じゃねえっ、自分の優れたパフォーマンスを自分以外の誰かの為に使うから、ヒーローに人は憧れる、人は恋焦がれる!」


 ヘラクレスは傲慢に歪んだ顔から、徐々に悲しい顔付きに変わる。


「あんたはもう無敵のヘラクレスじゃねえって言ってんだ! あんたは、ただの……思い上がって人の心を無くした、ただの力が強いだけの……シィット!!」


 もう一撃、殴ろうとしたデリンジャーは思いとどまり、歯を食いしばって踵を返す。


「行こう、ミスター人々を救いに。こんなクソ相手にする時間も惜しい。英雄ヘラクレスに憧れた多くの後世の英雄達や男達の心を踏みにじりやがって……二度と俺達に話かけんじゃねえ! そびえ立つクソのようなファック野郎が」


 その様子を、マリーの傍らにいたフレッドは振り返る。


 大きな体躯を丸めて、顔を伏せるヘラクレス。


 神の力を無くして人間だった時のアルケイデスに戻った彼の瞳から、一筋の涙がこぼれた。


「俺は……スーパーヒーローだぞ。数々の試練を潜り抜け、人間を、多くの世界を救ってやった……こんな、ヘラクレスの名も父に奪われ、なんで俺様は……俺は……うおおおおお!」


 彼は両手を地面に打ち付けると、土煙が巻き起こり、両手を地面に付いたまま動かなく、いや動けなくなった。


「俺は強い! 俺は無敵で最強だ! だが……勝てないっ! なぜだ、誰か教えてくれ……愛するメガラ、テーリマコス、クレオンティアデース、デーイコオーン。俺はお前達に報いようと勇者に……俺の栄光と、勇気と、無敵の力は、どこに行ってしまったんだ……」


 その姿を、フレッドは憐れみを込めて見つめる。


「かつての僕もそうだった。前世でも、この世界でも。自分は才能に溢れるんだと勘違いして、だけどそれは……思い違いで空回りして。彼は、あのヘラクレスなのだろう? 今はあんなだけど、きっと世界を救うために立ち上がってくれるんじゃないだろうか、あのヘラクレスならば」


「……そうだね。今の状況を考えたなら、この世界を救うには、多くの人の助けが必要かも」


 マリーは、フレッドと顔を見合わせて、お互い頷く。


 顔を伏せて、体躯を小さく丸めたヘラクレス、いやアルケイデスの前に立った。


「あなたの力が必要です、かつて勇者だった人」


「……?」


 アルケイデスは、マリーを見上げる。


 その姿を見て、かつて自身が狂気に囚われて、家族を殺してしまった時、罪を償うために神々の信託を受けて勇者としての試練を受けた時を思い出す。


 一方のマリーは、勇者の弟子として、勇者を継ぐ者としての気概に溢れ、世界に希望をもたらすヴァルキリーとして戦いを潜り抜けてきた歴戦の戦士の顔だった。


「あなたは、スポーツで言うとスランプに陥ってる。かつての想いを思い出してください、大英雄(スーパーヒーロー)。せっかくあなたはこの世界に救いをもたらすために来てくれたのだから」


 マリーは悩めるアルケイデスに手を差し伸べ、マサヨシは勇者として成長しつつある弟子の姿を見て一瞬微笑む。


「おう、その馬鹿連れて来い! 行くぞ、世界を救いに」

次回は主人公の物語から300年後の話をエピローグとして第四章を終了します。

主人公達が救った未来でも時代が経るに従って問題が生じる状況ではありますが、過去と未来が逆巻く暗い世界を救うためのお話になっていく予定です

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