第17話 楽して喧嘩に勝つ方法
ヴィトーとの戦いから3日経った。
私達は、しばらくこの歴史ある港町、ネアポリの町に滞在する事になる。
勇者の提案で、ここで十分な活動資金と、情報や装備を得てから、シシリー島を救済する手筈となった。
ヴィトーとの連絡は、アントニオ男爵が事実上のネアポリの執政官となり、サルヴァトーレ伯も勇者やヴィトーに恐怖して、牢の中からアントニオ男爵に指示を出してる。
ヴィトーとは、魔法の水晶通じて一応取れるようになったけど、私からはなかなか連絡を取れる勇気がなかった。
ペクチャは、町の診療所で医師見習いとして、簡単な診療応援やったり、ロマーノの薬学を学んでいる。
そしてオージー島の安全が確保されたとの事で、ヨーク騎士団も、私の護衛にと言う事で、間もなくネアポリに到着する予定だそうだ。
彼らも私についた事で、騎士の称号と近衛の地位を剥奪されてしまい、ヴィトーの計らいで、ロマーノ海軍の護衛しているという。
そして私はと言うと……。
「次は後ろ受け身用意! オラぁ! さっさとやれコラァ!」
「はいいいいいいい。1、2、3」
私は両手を伸ばして後ろに倒れ込み、頭を浮かして、両足を揃えてピンと伸ばし、地面に着く瞬間、両手で地面を叩く。
「声が小せえ! 腹から声出せオラァ!」
手製の木刀を持った勇者に、宮殿の中庭の芝生で、受け身の練習や柔軟体操を、延々とさせられてた。
着ているのは、勇者が町で買ってきてくれた、村娘用のブラウスと、男物のズボンを組み合わせた、ださいトレーニングウェアみたいなの。
ちなみに、私に剣の才能はないらしい。
勇者に渡された、長い棒を言われた通り振ってみたけど、勇者が苦笑いしながら、ダメだコリャって言ってた。
せっかく、カッコイイ女剣士とか想像したのに、何がいけなかったんだろう?
素振りの時にうまくいかなくて、太刀筋がぶれたから?
それとも、素振りの時に、既定の位置で剣を止めろと言われた位置で、振りかぶりすぎて地面に刀が当たったから?
いや、もしかしたら魔法や、足を使って、全力で俺の目の前に剣を振りかざしてみろって言われて、習った通り、棒を振り下ろそうとした瞬間、振り下ろすのに躊躇して、つんのめってコケてしまった事なのかも。
そのかわり、私は小さい頃の習い事で合気道をやってたから、勇者相手に簡単な入り身投げや、四方投げ、小手返しをやってみせたら、それ以来、ずっと受け身の練習をしてる。
「いいか! まずマリーちゃんに求められてんのは、怪我をしねえ事だ! 咄嗟の攻撃にも、的確に受け身が出来るよう、体で覚えんのが先! パンチだのキックだの投げ技覚えんのは、次の段階だ!」
とまあ、こんな感じで武道の稽古をさせられて、それが終わったら射撃練習をする。
漁師が表の仕事のカモリースターの船で、沖合に連れてってもらい、特製の射撃練習場で、勇者の指導を受ける。
「いいか? チャカってのは、よくドラマや日活映画じゃ、すぐ引き金に指かけてっけど、必要以外は絶対に、引き金に指かけんじゃねえぞ! 人差し指はぶっ放す前に伸ばしておく。調子こいて、すぐに引き金に触ると暴発の元だ、いいな!」
私がヴィトー戦後に、強くなりたいと言い出してから、勇者の態度がガラッと変わり、スパルタになった。
まるで中学の頃に入部して、すぐにやめたソフトボール部の指導みたいだ。
勇者は実演しながら、氷の賢者が持ってた魔法銃デリンジャーを、片手に持って構える。
20メートル先のブイの上に、勇者が作った人型の木の板が浮かんでて、勇者はバンバン、一拍おいてバンと撃ち込んだ。
「俺もチャカがうめえ方じゃねえが、こんなもんよ」
私は、双眼鏡で勇者が撃った的を確認した。
すごい……揺れる船の上から撃ったのに、20メートル以上先の、人型の胴体に二個の穴が空き、最後の一発は頭に当たってる。
「撃ち方は、両手撃ちと片手撃ちがある。さっきやった片手撃ちは、体を半身にして、右腕を真っ直ぐ伸ばして、銃を腕の延長線と思うんだ。そんで銃についてる、でっぱりみたいな照準器、照星と照門を右目で合わせて、撃つ」
勇者は揺れる船の上で、構え方を実演してくれた。
私も、勇者が言うように同じように構える。
この銃は、イメージの力で魔力で撃つ銃。
昨日、炎と土の属性魔法を習った。
この銃は、炎の魔力で土の魔力で生み出した金属弾を撃ちこむもの。
「撃つ時に音と光にビビって目をつむるな。そんで、引き金を引く時はビビって一気に引き金を引かずに、ジワッとタオルを絞る感じで、引き金を引く。やってみろ」
私は銃に魔力を込めた。
すると、照星照門ていうのかな?
魔力注入の証の、赤く丸い光の点が浮かび上がり、それに合わせて人型の的に一発撃ってみた。
「ほう?」
勇者は私の銃撃に感心したようだ。
「うめえじゃねえか、見てみな」
勇者は感覚強化の魔法を私に使う。
強化された視力で的を見ると、本当は頭に当たって欲しいなと思いながら、無理そうなので胴体あたりを狙ったのに、何故か頭の真ん中に穴が空いてた。
おかしいなあ。
私はもう一発、銃を撃ってみた。
波で揺れるから、狙いをつけるのが難しい。
すると、今度も銃弾が頭にヒットする。
今度は気持ち下に向けて撃っても、やはり的の頭に当たった。
「うん、構え方は微妙だが、銃の才能大アリだな。多分弓の才能もある」
あー、これってきっと、多分運のステータスが異様に高いからだ。
ステータス確認すると、レベル上がって18になってて、運の値が90とかになってた。
だから、夜に開かれる賭博場でも大勝ちしちゃうんだろう。
勇者のレベルも30から33に上がってたし。
あんだけ激戦続きなら、そりゃあレベルも上がるよね。
ちなみに、勇者が阿修羅一体化のスキルを使用した場合、私の召喚レベルがそんなに高くないせいか、10秒くらいしか持たないようだけど、レベルが一気に跳ね上がるようだ。
変身する時は一瞬だから、レベルは私もわからないけど。
「次は魔法の訓練だ。俺が空を飛び回るから、教えた魔法を使ってみろ」
勇者は海上を飛んで、縦横無尽に空を飛び回り、私は火炎玉や、風の斬撃、石礫を放つも、勇者に易々と回避されてしまう。
ならば……私は大気中の水分や分子の運動を止めるつもりで、風と水の魔力を高める。
氷の賢者のように、絶対零度は生み出せないけど、勇者の動きを止めるくらいの、温度を下げることは出来る筈だ。
「金剛石霰」
私が魔法を放つと、勇者の周囲を氷点下マイナス10度以上の、氷の粒を無数に生み出し、勇者にぶつける。
「ほう、やるじゃねえか。今のは範囲攻撃魔法だ。今度は風と炎の魔力を組み合わせて、高温の熱風をイメージしてみろ! 魔力消費少なくてお得よ」
私は高温の炎をイメージして、勇者の周囲に炎をまとわせた風をイメージした。
「熱風」
「いいぞ! 上出来だ!」
勇者の周囲に、炎の風が巻き起こるが、勇者は周囲に水のバリアを張ってガードした。
「俺が今使ったのは、水の塊のバリアー水壁よ。土の魔法でも似たような事が出来る。だが、銃撃戦になったらこっちがいい。水の力は銃弾すらも止めちまうし、透明だから前も見やすい。逆に土壁は炎と風に強い。水は炎で蒸発するし、風で飛ばされる。状況に応じて壁を使い分けるんだ」
なるほど、魔法のバリアは、相手の攻撃の状況に応じてと言う事か。
「今度は、土と炎の魔力を組み合わせて、上空にでっかい炎の岩作ってみな?」
私は空に大きな岩をイメージして、炎をまとわせ、勇者にぶつけるイメージをした。
うわ! 重い!
風の魔力で支えてるけど、キツい。
こんなの私の魔力じゃ支えきれない。
それに空中で具現化し続けてるたびに、MPが一気に消費されてく。
「いいぞ、もう少し高空に具現化させれば、高威力魔法の隕石だ。魔力コントロールで当てるのは難しいが、うまく当てれば相手に大ダメージよ」
上空に現れた隕石が勇者目掛けて落ちるけど、彼は持ってたクロスクレイモアで、阿修羅一体化して、上空に打ち返した。
こうして私のMPが切れた段階で、魔法の模擬戦は終了し、私達は船でネアポリの町へと戻る帰路につく。
「マリーちゃんには、射撃の才能と、風を触媒にした魔法戦が得意ってのがわかった。ハッキリ言おう、魔法使いとして戦闘のセンスありだ……だが」
勇者はいきなり私の胸を両手で鷲掴みしだす。
「ヘッヘッヘ、いいもん持ってんじゃねえか」
「きゃあああああああ」
私は勇者に思いっきりビンタしようとしたが、ヒョイとかわされた。
まさかこの勇者は、沖合にいるのをいい事に、私をここで……。
「ちげえよ! 俺は女を襲う趣味はねえ! 口説いて脱がすのが俺の主義よ。でな、今のが隙だ」
え? 好き?
いやいやいや、そりゃあイケメンに好きだって言ってもらえると、私も満更じゃ……。
いやダメよマリー!
この人は確かにイケメンだし、根は悪い人じゃないかもしれないけど、ヤクザな男で悪いひ……。
「だからちげえっての! マリーちゃんはな、確かに才能があるが、隙だらけだ。こんな調子じゃ、戦闘になったら負けちまうって話だ」
え……あ、ああ隙か。
けど、そんなのどうすれば。
「いいかい、隙ってのは人間生きてれば、色んな所で出る。嬉しい時にホッとした隙とか、ボケッとした時とか、まさかの事態にテンパる隙とか、てめえのミスで生じる隙とか、相手なめて油断した隙とか、不意打ちされた時とか」
ああ、そうね。
確かに言われればそうだ。
ついイケメンに目が向いたり、おっちょこちょいだったり、そそっかしかったり、色々思い当たる節はあるけども。
「マリーちゃんは、まだ若い。だから言っておくが、隙を作らねえためには、自分の生き方をきっちりしなきゃあダメだ」
私の生き方……。
「楽をするためには、若い時にどれだけ努力したかだ。それに、君の今後を思って言うが、怒らねえで聞いて欲しい。転生前や転生後も、本来は親や学校から習う事が、マリーちゃんは色々不足してる」
親や学校からの教育か。
でも、そんなの、私以外にも転生前の学生とか、みんな同じだし、転生後だって教えてくれようとしていた父は、エリザベスから殺されてしまったし。
「なあ、マリーちゃん? 君は人の巡り合わせが良くなかったんだ。転生前、親が甘やかすんじゃなく、君に愛情を注いでいたら良かった。そしたら君は甘ったれたガキ共にいじめられず、不幸な事で転生前死なずに済んだ。ハッキリ言って、転生前の君の親はクズヤローだ」
「そんな! そういう言い方!」
「俺は転生前のおふくろから虐待されて育った。だが、マリーちゃんの両親はそれ以上のクズだ。子供甘やかすだけで、真剣に向き合おうとしなかった。君の親父は人生の土壇場で、男を見せる時に、君を殺した、最低の子殺しのクズ野郎だ!」
私は、その一言で魂を抉られた感覚があり、思わず涙が流れ落ちた。
「すまねえ、言いすぎた。子は親を慕う、どんな親でも。だからよお、俺の事はこの世界の親だと思ってくれていい、心配すんな」
勇者は、私の頭を撫でながら、父親のように泣いてる私を諭してくれた。
「転生後は、渡世の子だろうが実子だろうが、人様に出して恥ずかしくねえよう、みんな立派に育ててるし、育てたつもりだ。おめえさんは、今日から女として見ねえ。この世界を救う、俺の娘として育ててやる、いいかい?」
私は、泣きじゃくってうまく返事が出来なかったが、勇者は、私の親代わりをしてくれると約束してくれた。
私が本当に欲しかったのは、父親。
この人はこうやって幾多の世界で、世界を担う指導者や、子供達を育てて、みんなを守っているのだろうと私は、彼の心を理解した。
「泣くなマリーよ。女は泣いているよりも、笑っていた方がいい。今日からは、俺がおめえさんの親父よ。おめえによ、楽に喧嘩に勝てるコツ教えてやる」
勇者と私は宮殿に戻り、昼食を取った後、宮殿の執務室で、楽に戦いに勝てるコツを教えてくれる。
勇者は立ちながら、講義のスタイルを取り、私は日記帳と、筆を用意して、勇者から講義を受ける。
「楽に喧嘩に勝てる秘訣、それは第一に負けない事よ」
……いや、そうでしょ。
誰だって負けたくないし、自分が勝ちたいに決まってる。
「マリーよう、逆に考えろ。勝つ事の前に、まず負けねえ事が重要なんだ。いかに負け筋を減らすかだ。それが楽に喧嘩に勝てるっていう大前提となる」
勇者が最初に話したのは、勝つ事じゃなく、負けない事への努力の重要性だった。
「マリーもわかってきたと思うが、俺がまず戦いを教える前に、受け身からやったのも、銃の取り扱いで、暴発対策からやったのもそうだが、身を守るための技術。つまり負け筋を減らすためよ。おめえさんが天界にいた時、アホの天使から、守りと運を高めにしてスキルだっけ? 絶対防御を手に入れたのは正しい選択だ」
勇者は負けない為に、私に戦略と戦術を教えてくれる。
勝つために負けない事を。
「いいかい? 物を知らねえ馬鹿は、勢いで物事を片付けようとする。だがな、事を起こす前に必要なのは、絵図を頭い思い浮かべる事。まあ悪く言えば陰謀だ。自分が思い描く筋書きに、上手く相手を堕としこむか、それが楽に喧嘩に勝つ方法さ」
勇者が私に教えてくれたのは3つ。
情報の重要性。
資金力。
己の強さ。
「いいかい? 絵図を描くには情報が第一よ。敵の情報は多ければ多いほどいい。特に、相手はどんな勢力か? 人間関係は? 資金力は? 相手の住居は? おおよその強さは? 地理は? 情報を入手すれば、楽に勝てる可能性高くなるだろ? その為には、自分もよく物を知っておく事。そして、情報の真偽を見抜くため、思い込みを一切抜いて状況を冷静に見極める」
あー、なるほど。
私が学校に行かずに、引き篭もってた時に見た、インターネットの世界でもそうだった。
情報があるのと無いのでは、取れる選択が全然違う。
例えば災害なんかが起きた時、ネットには嘘が多いけど、その中から確たる情報を得て、その時自分はどうするか? なんてのを、なんかのブログで見た事あった。
「次に資金力だ。金があるのと無いのでは、取れる手段が全然違う。いい装備も金で買えるしな。例えば、金城……いやヴィトーが傭兵団雇ったように、金で動く人間を味方に出来るし、状況に応じて、敵対するアホを買収なんか出来ちまう。戦わずに楽に勝つ事も可能。金儲けは俺様、超得意だから。そこら辺、今度詳しく教えてやる」
お金はどこの世界でも重要らしい。
資金力イコール力に直結するんだ。
「ただ、金儲け自体が目的になったら、本末転倒よ。マリーは、この世界を救うんだよな? 金は貯めるんじゃなく、どう使うかよ。欲にとらわれねえように、心を強く持て」
えー、あー、うん。
勇者が私の心を読んだみたい。
もしもお金余ったら、綺麗な洋服とか宝石とか、アクセサリーとか買おうかなって思ってたのを。
「最後に必要なのは己の強さだ。喧嘩が強いに越した事はねえが、心の強さこそが俺は重要だと思ってる。だから俺が色々教えてやるから、マリーは自分に自信を持て」
心の強さ。
何度も世界を救ってきた勇者が言うと、説得力がある。
「そして、いかに自分が強いかってのを、敵に見せつける事もまた重要。もうね、こいつと喧嘩したらやべえとか、鬱陶しいって思わせたら、勝負は勝ちよ。俺達極道は、一番その分野は得意だね」
勇者は、自分が最初にした冒険の話をする。
最初の敵は魔界の魔王軍と、悪徳貴族の王国。
自分よりも、圧倒的に巨大な勢力と戦って、最終的には勝利したという。
「俺に逆らったらどうなるかってのを、徹底的にわからせてやった。あの手この手を使ってよ」
怖いからあんまり聞きたくないけど、まるでお伽話みたいな話だ。
「だがな、敵だって頭使って、情報力や資金力で潰しにかかって来る事もあるんだぜ? 実際俺も、敵の情報操作で、世界の敵にされた事なんて何度もあった。特に、魔皇って呼ばれた奴との喧嘩は、相手のレベルが高くてやばかったね。特殊部隊やら、敵のスパイやら、幹部クラスの強さとか頭脳とか、段違いだった」
うわぁ、救うはずの世界の人間全ての敵になるなんて、私じゃ想像つかない。
まさしく、この人は歴戦の勇者なんだ。
どんな悪にも負けない、最強の勇者。
「そして俺も経験があるが、組織のトップにはどうしても孤独になる場面がある。重要な決断する時なんてそうだ。誰にも打ち明けられず、選択を強いられる時がある」
勇者は、右手の親指で、自分の胸を指さした。
「だから、一番の敵は己よ! 己に打ち勝つ強い心を、マリーには持って欲しい」
なんとなく勇者の話はわかった。
楽に喧嘩に勝つ方法で重要なのは、心の持ちよう……。
自分の心がしっかりしてないと、勇者が言う、負け筋が出来てしまう。
「そうだ、今思った事を忘れるな。そしておめえさんを鍛え上げ、戦える力と、ある程度の資金力持ったら、ヴィトーに連絡するぞ。シシリー島救済のため、戦争を止めるための喧嘩だ」
その時、アントニオ男爵がノックをして、魔法の水晶玉をもって部屋に入ってくる。
「マリー王女殿下、それと従者の戦士様。ヴィトー陛下からの通信です」
本来の心を完全に取り戻した、ヴィトーから通信が入った。
次回は、ある人物の回想とこの世界の情勢話です