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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第四章 戦乙女は楽に勝利したい
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第175話 悪の花 前編

 ロレーヌ及びフランソワ国境アンザス森林地帯上空にて、魔女達が空を飛ぶ。


 女帝マリアの側近だった魔女トレンドゥーラは、配下の魔女達を引き連れ、ロレーヌ皇国領から逃走中だった。


「よもやマリア猊下が復権し、皇太子殿下が下野するだなんて。もう国におれん、このままではワシと弟子達は猊下に復讐される……フランソワに亡命せんと……」


 その時、赤のゴシックロリータファッションをした、半グレチート7所属のスカーレットが、進路に立ち塞がるよう魔女達の前に姿を現す。


「な、なんじゃお前は!? 何者じゃ!?」


「あたし? リリーって言うの。スカーレットとも言うんだけど、あんた達って魔女やってんだっけ? あたしの友達もね、魔女なんだ」


 魔法の水晶玉で通信メールを送ると、空間が歪んでヴィクトリー女王エリザベスが、魔女の衣に身を包み姿を現す。


「まあ、本当に魔女がいっぱい。ありがとう、スカーレット」


「どういたしまして、白薔薇。初めて会ったけど、なかなかイケてるじない」


 エリザベスから溢れ出る魔力に、トレンドゥーラは畏怖し、目深に被った帽子のツバをくいとエリザベスが指で上げる。


「あ、あ、あなた様は」


「ロレーヌから逃げてるようですけど、亡命希望なら是非とも我がヴィクトリーに。同じ魔女同士、仲良くしません? ジーク教司祭にして黒魔道士トレンドゥーラ?」


 スカーレットは新しいメンバー、エムと名乗る謎の人物にメッセージを送る。


スカーレット:ねえエム。さっきね、めっちゃでかいドラゴン現れてさ、クソッタレの皇国を滅ぼしてくれるんじゃないかって期待してたのね。けど倒されちゃった。白薔薇と一緒に、ロレーヌの女帝のババアと貴族共をやっつける手下を手に入れたんだけど、あなたのその、なんだっけ? お金儲けもできて国を滅ぼす方法ってのを後で詳しく教えてくんない?


 メッセージをしたが返信は帰ってこない。


「スカーレット、彼女達も快諾してくれたわ。あとは勘違いしたバカ男から、まずは私の家を返してもらおうかしら」


「? なあに? その馬鹿男って?」


「んー、前は気になる男だったけど最近幻滅しちゃった。頭はいいし、運動神経も良さそうで顔もいいんだけど、そのね……男としてイマイチなの」


 スカーレットは、エリザベスの恋話に笑みを浮かべて、話に乗る。


「あー、わかるわかる。あたしもさ、前の世界で運動部の男連中が声かけてきたっけ。けどさ、いざ付き合うと、体には栄養行ってるみたいだけど、頭にはキチンと栄養回ってない馬鹿ばっかだったわ」


「あー、それ全然ダメよね。知性のかけらもない男とかマジ無理だわ。あと不潔なやつとかさ」


「それ、汗臭いだけの男とかマジサイテー。どっかにカッコいい男いないかしらね。うちらに釣り合うようなさ」


 彼女達は、年相応のガールズトークを交わしながら、エドワードことアレクセイが占拠したヴィクトリー王国に向かう。


 そして、セトが倒された事で、メンバーが減った反逆神の一団もまた、占領したルーシーランドからヴィクトリー王国を目指す。


「やっぱあたしの言った通りだったじゃないのよー、ロキちゃん。セトは信用できないって」


「ああ、あいつ肉食わないから脳みそに栄養足りなくて、オーディンにコロって騙されんだよ、あのばあか」


「……く世界……な陰謀が張り巡らされ……かんじ」


 4類指定された神々は、打倒オーディンを誓い、自分達の拠点を取り戻そうと考えていた。


「ところで、あの新しい子、エムだっけ? あの子かなりまず〜い感じで、ヤバい気がするのね〜ん。逸脱者の可能性があるわーん。意図的に生み出された」


「でしょ、僕は適当に話を合わせてるけど、あいつかなりヤバいね。エリザベスちゃんも操られてるし。幸い僕が戯れに弟子にした子は、影響力を免れたけどさ。オーディンの馬鹿はあいつ利用してるみたいだけど、あれそんなタマじゃないよ。あんなやつどうやって生み出したんだろうね」


 空を高速移動しながら、エムについてロキとクロヌスはその正体について議論する。


「……の循環を……業が清算されてない」


「魂の循環? 業や浄化がなされてない……あ」


 ティアマトの呟きに、クロヌスはある結論に達して、エムの正体に気がつく。


「やはり意図的に生み出された逸脱者ねーん。かつて魔界と精霊界と神界の大戦が起きて、魔力を意図的に封印したのが地球世界の人間だった。他所の世界ではそれが解かれて地球出身の子は魔法使いの適性がかなり高くなるし、あの地球世界で転生を繰り返せば、魂のレベルもかなり上がる」


「うん、そうだね。そこから神になるやつや天使になるやつも出てくる。だけどそれ以外は、上がりすぎたレベルを調節し、魂の穢れだとかの業の清算するのが、天界や冥界の機能だよね?」


「そういうこと。けども魂の循環を無視した処理がなされて、地球で幾度も転生を繰り返し、力と悪意を極限まで高めたかもしれない。天界や冥界無視して、そんなことが出来るのってロキちゃん、多分」


「そうだね、意図的にあんな逸脱者を生み出すとしたら……あいつらは神々と協定結んでるけど……もしかして。なんかさ、今の神にムカついてるの、僕らだけじゃないかもよ」


「……い界。万物の基礎を生み出し……生命と魂の……私の故郷」


 この世界の陰謀に関わってるのは、オーディンだけではないとも、彼らは感じており、姿を現したエムについて、内心では警戒し、なんらかの対処を考えていた。


 一方、南アスティカの広大なステテト湖の中央に浮かぶ島に建設された、石造りの大神殿で銀髪の美少女が昼寝から目覚める。


 褐色の肌はきめ細やかに輝き、鼻筋が美しく、眉はやや濃い、地球で言うネイティブアメリカンやアイヌ民族にも似た面立ちをしており、真っ赤に妖しく光る蛇のような瞳を開くと、薄布のような白い衣服に身を包み、ややふらつきながら寝室から出た。


「ふあー、ようやく慣れてきた……かな? 女の体になったのは久しぶりだから、クラクラする♪ この体、血が足りないしドラッグも足りない♫」


 石造りの神殿を少女が歩くと、モンスターの毛皮を被ったツノの生えた男達が、身長140センチほどの小柄な少女に跪き、光のウィツロポチトリ、闇のテスカポリトカを祀る大広間の聖殿を抜けて、高さ50メートルある、最上階のバルコニーから少女は周囲を見回す。


 大神殿の周囲には、湖の一部を埋め立てて、広大な市街地が広がり、さらにその先は市街地より広大な原生林が広がっていた。


 少女は何度見ても、この光景に感動を覚える。


「うーん何度見ても美しい♪ まるでメキシコ以前、母なるアステカ♪ メソの精神が広がる世界♪ わたしが最初に生まれた時代の……。あーそういえば思い出した♪ わたしはかつてミカトリー、巫女だったっけ? 何度もこの世に生まれては、神と精霊に祈りと心臓を捧げる……ま、いいかそんなのはもうどうでも」


 彼女は独言ち、下腹部にドラッグが塗り込まれた麻布を巻いて下着にすると、粘液から薬物が吸収されていき、陶酔状態になった。


 地球出身の彼女の魂が、最初に生まれた時代、生贄の儀式の巫女に選ばれるのは、大変名誉な事だった。


 大神殿の頂上で、太陽に祈りを捧げた後、生きたまま胸を石で出来た鋭利なナイフで切り裂かれ、心臓を抜き取られるのが、古代から続くアステカの儀式。


 この儀式には痛みが伴う事はない。


 なぜならアステカ時代から、コカの葉や植物やアルコールで作られた合成麻薬があったため、いわゆるガンぎまり状態で巫女は儀式に臨み、心臓を抜き取られた遺体は、群衆に祝福されながら、神殿頂上から地面へ投げ落とされる。


 そして、儀式の巫女達のバラバラになった遺体は、神聖な太陽の化身として、人々の食卓に上がるのだ。


 現代では想像もつかないような、残酷で野蛮な風習ではあるが、それが彼らの文化でもあり、彼女は、その名誉を何度も受けたくて、精霊の導きにより転生を繰り返した。


 いつしか、彼女の思念が肉を通じてアステカの人々に乗り移り、年に数回しか行われない神聖な儀式が、狂気を伴い頻繁に繰り返されるようになる。


 彼女は、麻薬と死の儀式の快楽に溺れていた。


 成熟した大人にもならず、永遠に未成年として転生を繰り返す死亡遊戯。


 しかしそれはある日突然終わりを告げる。


 彼女が記憶の中で最後の儀式に臨んだ時、国に白い肌をした、煌めく鎧を装備した神の遣いだという一団がやって来た。


 その白い一団は、彼女が生贄になる儀式を驚嘆しながら見つめており、彼女はいつも通り心臓を抜き取られて神殿から地面に落とされる。


 薬物で陶酔状態になりながら意識が暗転する時、白い肌の神の遣いだといった一団から歓喜の歓声ではなく、悲鳴が響き渡り、その中の一団の男が自分を見下ろして後に意味を知ることになるが、十字のネックレスを両手で握りしめ、スペイン語で呟いた。


「おお……神よ……こんな事がこの世で許されて良いのだろうか。ここは悪魔の国、こんな歳ゆかぬ少女がなんて酷い……滅ぼすべきだ」


 少女は祝福の言葉と勘違いして、次なる儀式をまた受けるため、この地に転生する。


 すると、全てが一変していた。


 人々は太陽を崇める事もなくなり、儀式の大神殿は破壊され、デウスと呼ばれる聞いたこともない神を崇めさせられる教会が建てられた。


 自分たちは、インディオと呼ばれて奴隷にされ、白い肌の軍勢が神の如く君臨する、まるで異世界のようだった。


 そして人々が話す言葉が、スパニッシュという言語に変わり、白い肌の集団が転生間際に放った言葉は、自分たちを悪魔である、滅ぼすべきだと言い放つ、呪いの言葉である事を彼女は知る。


 そして白い肌の集団がもたらした、災いのような病、黒死病とも言われるペストによって、周囲も自分も罹患していき、苦しみの後に病に伏せた。


「復讐してやる……あの白い奴らに。私達を否定したあの白い奴らに災いを、私に白い男達と同じ力を」


 呪いの言葉を残して息絶えると、精霊の力で今度は肌の白い男に生まれ変わり、アルファベットで、Mの綴りで自身の名前を書く事を、白い肌の父親から習わされた。


 広大な農場、プランテーションの管理人の子として生まれた彼は、白い男達の正体を知るために勉学に励み、文字を覚え歴史を学び、白い男達の宗教も学び、ついに正体を突き止めた。


 それは当時の世界を支配する力を持ったイスパニア、生まれ変わった彼の敵だった。


 そして、文字を覚えて先祖アステカの歴史を再確認していく一方で、イスパニアの女とも興味本位で関係を持った事もあり、永遠の未成年だった彼は悦びを知り、イスパニアの文化も人となりを理解する。


「奴らの気持ちいい事も歌も料理も習慣も好きだ。だがしかし白い奴らは滅ぶべきなんだ」


 彼はイスパニアは滅ぼすべきだと決意した。


 なぜならば名誉ある巫女だった自分を、悪魔の文化と罵った恨みは消えなかったためだった。


 時は18世紀、ヨーロッパやアメリカ大陸で革命や戦乱が巻き起こる中、彼は白い肌のイスパニアを倒す時が来たと、先住民や混血民を中心とする周辺住民を率いて、武装蜂起を起こす。


「復讐の時だアステカの戦士達よ! 我らを抑圧する白い奴らから、我らの文化と誇り、国を取り戻す時が来た! イスパニア人に死を!」


 その時の彼は気づいていなかったが、幾度も転生を繰り返した彼の特殊能力の一つを発揮する。


 自身の思いを伝播させ、人を指揮するために、生まれて来たような存在が彼である。


 彼の演説を聞いた群衆は熱狂し、やがて怒れる群衆がこの地方の拠点都市であったグアナフアトに向かって行進し、人々は雑多な武器を手に取る。


 騒乱が巻き起こり、スペイン人は虐殺され、メキシコ独立戦争が幕を上げたのだった。


 彼が率いる独立軍の一派は、グアナフアトから一路メキシコシティを目指して進軍。


 途中のサカテカス、サン・ルイス・ポトシ、モレリアといった都市を陥落させ、敵対者を皆殺しにしていく。


「殺せ! イスパニアを! 我らが祖先がされたように!!」


 しかし彼は首都メキシコシティの手前の街の攻略に失敗した。


 その後、いくつかの勝利を収めたが、旗色は日増しに悪くなり、彼率いる独立軍の一つは、被害を立て直すために北に向かう。


 独立したばかりのアメリカ合衆国にいる同胞から、支援を受ける為でもあったが、独立軍は劣勢に次ぐ劣勢で、一人消え、二人消え、クシの歯のようにぼろぼろ抜けていき、彼はついに政府軍に捕まった。


 司祭の地位にあった彼は、異端審問で有罪となり、銃殺刑を受けるが、彼はイスパニアからの独立は既定路線、自分が残した独立の意思は、必ず引き継がれると確信していた。


「我らアステカを受け継ぐメキシコに栄光を! イスパニアに死を!」


 銃弾が彼の体を貫き、息絶える。


 死の間際に彼は思った。


 次に生まれる時も、アステカを継ぐメキシコに。


 きっと独立を果たしたであろう、アステカの大地に、自分をと。


 死の間際に精霊と神に祈りを捧げ、生まれ変わった彼は、メキシコ合衆国コアウイラ・イ・テハス州のテキサスで先住民男性ミゲルとして生を受ける。


 メキシコを独立に導いた、英雄の名にあやかってとのことだった。


 テキサスの語源は、先住民カド族語で友人、同盟者を意味し、アステカとは友好的だった部族達の地。


 川の辺りの労働者として成長したミゲルは、独立を果たした大地を眺めながら両親と共に暮らし、彼の心は幸福に満たされる人生を歩む筈だったが、そうはならなかった。


 彼がこの時代に転生する前、ヨーロッパにおける戦費捻出のため、フランス領ルイジアナを、アメリカ合衆国に皇帝ナポレオンが売却した。


 この事でメキシコ領テキサスまで、アメリカからの開拓民が流入し始め、武装した開拓民らはミゲルの故郷テキサスを開拓地とみなす。


 このアングロサンソン人の集団、テクシャンと名乗る白い肌をしていた輩は、ミゲルから見てあまりにも傍若無人だった。


「なんで俺が追い出したはずの白い奴らがまた来たんだ! 死ね! 侵略者!!」


 ミゲルは自分の街に入ったテクシャンを殺す。


 それが憎しみの連鎖の始まりだった。


 あちこちでテクシャンに対する迫害が生じ、メキシコ人と開拓者テクシャンとの間で武力衝突を引き起こされる。


 この事により、ミゲルの両親含む大勢のメキシコ人の命が奪われ、彼らはここはテクシャンの国、テキサス共和国と名乗り始めたのだ。


 彼は怒りに燃えてメキシコ陸軍に志願する。


 イスパニアの白い男達を追い出したと思ったら、今度はアングロ・サクソンの白い男達が土地を奪いにやって来たと。


 軍に入ったミゲルは、下士官として優れた指揮能力を発揮し、兵を率いてアラモと呼ばれるテクシャンが占領した砦を奪還した。


 しかしテクシャンはテキサス独立軍と名乗り、アメリカの支援を受けてテキサスの地は騒乱状態となる。


 ミゲルはその騒乱を戦い抜き、下士官から士官に昇進、歴戦の騎馬隊として名を馳せた。


 彼は上官に対し、捕虜にしたテクシャン達の処遇について、処刑しかありえないと進言し、恐怖によって騒乱を治めようと画策する。


「連隊長殿、大佐殿、処刑すべきです。奴らは侵略者、侵略者には死を持って応えなければなりません」


 狂気を帯びたミゲルの進言により、捕虜300名以上を、銃殺する虐殺事件をメキシコ軍は犯す。


 しかしこれは逆効果であり、捕虜になれば殺されると思ったテキサス独立軍は徹底抗戦を展開。


 一方のメキシコ軍は、勝利に次ぐ勝利で軍の規律が緩み始め、徐々にではあるが押され始める。


「ダメです、大佐殿! 戦場でいくら兵を休めるためとはいえ、シエスタなどしては敵に急襲されます!」


「そのためにお前がいるのだろう、少尉。アメリカ軍など英雄のお前がいれば恐るるに足りず」


 指揮官は昼寝の命令を下し、ミゲルの進言通り、メキシコ軍は急襲され、ミゲルが尊敬する司令官、サンターナを捕虜に取られ部隊は壊滅。


 サンターナの身柄と引き換えに、アメリカはメキシコへテキサスの独立を承認しろと圧力をかけ、テキサス共和国が成立する。


 またメキシコ軍の虐殺行為で、当時の米大統領ポークは「アメリカの領土で、アメリカ人の血が流された」と議会に演説し、1846年、メキシコに宣戦を布告する。


「リメンバー・ザ・アラモ!」


 アメリカ国内では、アラモの屈辱を忘れるなと言うプロパガンダが蔓延し、こうして米墨戦争が勃発。


「敵の将軍、ザカリー・テイラーなど恐るるに足りず! 騎兵隊よ、俺に続け!」


 中尉に昇進したミゲル指揮のもと、戦端が開かれるが、米軍の物量に押され始める。


「怯むな騎兵達! この初戦で勝利すれば、イギリスもフランスも我らを支援してくれるはず! アメリカ人に死を与えるのだ」


 米墨戦争は、アメリカの国力増大を疎んだ列強諸国、イギリスとフランスも介入する動きを見せており、ミゲルの持つ小銃もイギリス製であった。


 だがしかし、ヨーロッパよりも先進的な米軍の持つ、スプリングフィールドライフルに敵わず、大砲でミゲルは吹き飛ばされ、手足を失う。


 失血して意識朦朧とする中、部下や上官達が次々と米軍に殺されていき、ミゲルは涙した。


「こんな……俺のメキシコが、戦友達も。先祖の地が、アメリカ、アメリカ! 復讐を……今度生まれ変わったならアメリカに復讐! 白い侵略者に死を!!」


 死の間際、アステカで信仰されていた古の神々や精霊達がミゲルの魂に囁く。


「繰り返す者よ、猛き者、死を恐れぬ者よ。神の世界は我らの精霊領域を侵そうとしている。強き魂を持つ者よ、お前に契約に基づき力を」


「力……を」


「生と死を繰り返す巫女にして精霊の戦男よ。我らが守護領域を侵そうとする者に、災いを振りまくのだ」


 次に彼が目を覚ましたのは1860年代、ゴールドラッシュに湧くカルフォルニアで、原住民族として生まれるも、やはり白人達にインディオと蔑まれる。


「俺達の土地の金なのにいいいいいい! 侵略者共おおおおおおおおお!!」


 アメリカ合衆国は、テキサスを奴隷州として併合し、そればかりか、カリフォルニア、ネバダ、ユタと、アリゾナ、ニューメキシコ、ワイオミング、コロラドの地もアメリカのものとなっていた。


 1849年から1870年の間に、ゴールドラッシュに湧くカルフォルニアの開拓民から、不条理な暴力を受けて死亡したアメリカ先住民族は、4500人以上とされる。


 彼はまた白人に故郷も財産も家族も奪われたのだ。


 そしてその悲しみは、西海岸に流入した中国人が持ち込んだ阿片へと向かい、元はアメリカ原住民が起源の煙管(キセル)を改良し、アヘン窟で阿片を扱うようになったのが彼、いや彼女の原点だった。


「あー♪ 昔を思い出すなー♪ アメリカに死を♪ んー白人共を駆逐し、理想郷を作るんだ。この世界も、地球も、あらゆる世界で行われる、ドラッグの快楽♪ 快感♪ 全能感♪」


 彼女はドラッグの効果で快感を得て、歌いながら空を飛び、自身の神殿の裏に作られた、ピンクと白で彩られた花が咲き乱れる、美しい蝶が舞う広大な花畑に降り立つ。


「んー素敵♪ わたしの花畑♪ 花はいい、綺麗で好きだ。特にこの子達はね」


 跪く配下から両手でじょうろを渡されて、彼女は鼻歌混じりで花畑に水をやる。


 学名でソムニフェルム、英名オピウム・ポピー、日本名をアヘンケシ。


 彼らメヒカ族がジッポンから種を持ち帰り、彼女が栽培する、アヘン目的で栽培される悪の花である。


「んー、この子は花が散って実ができてるな♪ どれ味見っと♫」


 花が散って実ができたケシ坊主の果実を、爪で傷つけて指で白い乳液を掬いペロリと舐める。


「うーん……このMierda‼︎ 品質管理!」


 じょうろを渡した手下のメヒカ人の髪の毛を掴み、首を右の手刀で斬り落とした。


 斬り落とした首から流れ出る血を、彼女は飲み干し、首無し死体を蹴飛ばすと、死体が四散して花畑に血と肉片が降り注ぐ。


「ぜんっぜんできてない! 品質管理! カルテル共と違って、全然使えないこいつ。お前クビ!」


 髪の毛を掴んだ首は、無言で涙を流して彼女を見つめるが、ニコリと笑った彼女は生首を両手で抱えて、眼窩に親指をかけて生首の目玉を押し潰す。


「よっと♪」


 首を放り投げ、オーバーヘッドキックで首を空の彼方まで蹴り飛ばした。


 もはや彼女にとって殺人で生じる他者の苦しみも、悲しみも感じることはなく、ただ快楽を追い求める怪物と化していたのだ。


 花畑の肉片を片付けに、額に角が生え、左胸に黒い手の平、ブラックハンドと呼ばれる入れ墨をした褐色の男達が姿を現すが、彼女はニコリと微笑む。


「いらない、いらない。これ肥料だから♪ 勝手な事するとお前達も肥料にしちゃうぞ♪」


「ははー! 女皇陛下!!」


「我らがミクトラン・テスカトラ・テノチティトラン陛下万歳!!」


 南アスティカの帝国を支配する皇帝、ミクトランが、彼女の今の名前である。


「んー、あーそうだ♪ 花畑で水やりしたら、次はペットに餌やりしないと♪」


 彼女は神殿地下の階段を降りて、松明が照らす地下室で、黒い肌に豹のような顔、無数の蛇でできた髪の毛に、体は豹のような毛皮を持ち、黒曜石の輝きのような足と、ワシのような翼を持つ精霊が、飼い主を待ち受けていた。


「ヤクをくれええええええええええ」


 闇の精霊にして最上級神の肩書きを持つ、テスカポリトカの本体である。


「おーよしよし、可愛い子犬(チコ)ちゃん♪ 1日2回のヤクの時間だよー♪」


 彼女はトウモロコシと雑穀を混ぜた家畜の飼料に、生成したキロ相当のヘロインの袋の中身をぶち撒け、テスカポリトカに与えた。


「どう? ヤク美味しい?」


「おいしいいいいいいい、んんんんぎもぢぃぃぃぃ」


 ミクトランは、にっこりとテスカポリトカに微笑み、爪で彼の体を傷つけると、瘴気と共に湧き出す黒い血を、ガラス瓶で集める。


「んー、わたしの最高傑作、ファンタジアの原料♪ ねえベゼル? 君の言う通り、これを集めるとアムリタが出来るんだっけ?」


 地下室に小蝿が湧き出し、集合するとパンツスーツの女の姿になる。


「そう、神の血や精霊の血は、かつて魔界で猛威を振るった最悪の薬物、アムリタの原料になる。そのアムリタを、さらにオピエイドと魔力のあるポーションで化合すれば、君の言うファンタジアが完成するだろう」


 かつて魔神と魔界で恐れられ、妖魔の祖であった彼女の回答に、ミクトランは満足気に何度も頷く。


「うんうん、さっすが悪魔ちゃん♪ わたしも前の世界で悪魔って呼ばれたけど、君の知識には感心♪ 感謝♪ 超感激♪」


ーーまるでかつての魔神デムラッシュ、サタン王国の外相、メフィストのようだ。いや、この邪悪さは彼を超えてまさに悪の化身。古の大悪魔、エキドナのような極悪さ。そのくせ自身を悪と思ってない邪悪。どうにか制御しないと……神への復讐を通り越し、この地にも新たな魔界が再現する。新しい我が君主に報告したほうがいいか?


 引き攣った笑みをベルゼバブこと魔宰相ベゼルが浮かべ、上機嫌になったミクトランはクルクルと舞いを踊り、麻薬で家畜化したテスカポリトカのアゴを撫でる。


「それでねー♪ 子犬(チコ)ちゃん♪ 君の友達、オーディンに連絡取り付けて♪ ロキってやつの情報を教えるから、ね?」


「ヤク最高おおおおおおおお! 素晴らしいいいいい、気持ちいいいいいいいい! わかったご主人様あああああ」


 ミクトランの頬を、舌を出したテスカポリトカは舐め回して、薬物の快楽に溺れる。


「あはは、ガンギマリしちゃって可愛いいい♪」


 ベゼルは溜息を吐きながら、この場に現れた金髪の女の傍に立ち、お互いに向き合った。


「君たちの思惑通り、これで君達が考える筋書きで神界に復讐が果たせるはずだ。精霊界と神界の確執、深刻なようだね? かつての魔界の仇敵、ケツァールコアトル」


 対する金髪の白い肌の女は、目を細めて悪魔と笑い合う。


「我らが領域を先に侵攻したのは、神界の神々デス。我らや我らを信仰する人間達を虐げた罪、神々に償ってもらいます」


「ふふ、かつて地球世界を舞台に行われた神魔精霊大戦が、再度この世界で行われるわけか。今度は我ら魔族が精霊界に協力する事になるとはね」


 精霊界の元老、ケツァールコアトルは、オーディンとテスカポリトカが画策したヴァルハラ計画を利用し、神界へ復讐を企てる。


 テスカポリトカと、オーディンの配下であるフレイも利用して、全ての責任をなすりつけたのが精霊界の元老院議長の彼女だった。


 ケツァールコアトルは、計画が順調に進んでいると、満足気にベゼルに微笑む。


「我ら、万物の源になる数多の世界に存在する精霊を、神々は自分達から劣っていると下に見てる。精霊達の君主たる創造神も、神々ばかり気にかけて、本来の万物の調停を果たせてないなら……懲らしめないとネ」


「ふふ、愚かなり神々。私が最も敬愛した主君ルシファーを人間に変えた奴ら。憎き神や天使に復讐を考える私にとっても、利用価値はある。感謝しますね、精霊の元老院議長よ」


 悪魔と精霊の企てとは裏腹に、エムことミクトランは、テスカポリトカを通じてオーディンと交信する。


「貴様は、確かテスカポリトカが生み出した神造兵器の、何だったか?」


「前の世界ではエムって名乗って活動してたんだ♪ それでね、あなたの言うヴァルハラ♪ 死んで生き返ってまた死んでを繰り返す理想郷♪ これにわたしのファンタジア、使ってみない?」


「……ふぁんたじあ?」


 オーディンは、交信先のエムが言ってる意味がよくわからず、アーズカルズにある自身の玉座で首を捻る。


「普通の人はね、死ぬのが怖いんだ♪ けど死の恐怖を取り除き、肉体も精神も快感を感じ、戦う戦士になるの♪ 古代アステカの戦士達みたいに♪」


「ほう? それは良いな。どれ、サンプルを寄越すが良い。ワシがそのふぁんたじあ、吟味してやろう」


「んー凄いよコレ♪ あとでブツ取りに来て♪ まあ食ってみな、飛ぶぞ♪」


 ミクトランは、オーディンを意のままに操るため、麻薬漬けにしようと企む。


 その時、地下室に轟音と共に地響きがして、ミクトランは地下室から地上に上がると、市街地に巨大な像が突き刺さり、メヒカの民や臣下達が悲鳴を上げる状況だった。


「んー♪ さっきやったヤク効きすぎたかな? なんかバッドトリップしてるけど……あ、地面揺れてる♪」


「じょ、女皇陛下!!」

「攻撃です!」

「おそらく外からの魔法攻撃!」


 ミクトランは、笑いながら市街地に甚大な被害をもたらした巨大な像をまじまじと見つめる。


 像は白人男性、ヘラクレスの像だった。


「白いヤツ!! わたしの世界が侵略されてる!! 殺す! 殺してやるううううう」


 高さ888メートルの巨大なヘラクレス像を、魔力を込めた手刀でバラバラにして、飛んでくる巨大な隕石じみた岩盤も、何もかも、ミクトランはさらに魔力を込めてナーロッパまで送り返す。


「消えろおおおおお侵略者共!!」


 ヘラクレスが行った先制攻撃は、完全に逆効果であり、巨大な隕石群がナーロッパに降り注ぎ、逆に大勢の死傷者を出すこととなった。

最低最悪の存在にして悲しき存在のエムの正体を少しだけお話しして、次の話のあと、第4章のエピローグといたします。

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