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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第四章 戦乙女は楽に勝利したい
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第173話 形見分け

 こうして、千年ぶりに復活したジークフリード帝国は召喚されし黒龍と共に崩壊した。


 お父さんの魂は、白鎧の中にまた乗り移り、ロバートさんが十時を切ったあと祈りの言葉を述べてて、私や黄金薔薇騎士団が周りを囲み、私の傍には自分自身を取り戻したフレドリッヒ、いやフレッドも剣を掲げる。


「天の主よ、我、主の限りなくきらい給う罪をもつて、限りなく愛すべき御父に背きしを 深く悔み奉る……」


 白銀鎧に乗り移った、父ジョージの魂を成仏させるための祈りだった。


「……君は、そうか。前の世界で、覚えてる。君はあのあとどうなったんだ?」


 先生はなんとも言えない顔付きになって、白銀鎧を見下ろす。


「もう、気にする事ねえよ。ジョージ、おめえさんはあの世で裁判を受けなきゃなんねえ。アンデッド化は大罪だからな」


 アンデッドはこの世の理を歪め、理由はどうあれこの世の生命に反する行為は厳しく罰せられるという。


「だが心配すんな、俺の神が弁護についてやる。起訴猶予は無理でも、地獄で小便刑で済ませられるくれえのコネはあるからよ」


「そなたは……そうか。前の世界で、前の父から軍人になった時、日本に恋人がいたと聞いてた。任地で恋人を作るなとも教えられて、悲しい思いをすると……すまぬが迷惑をかける」


 そうかだからだ。


 父は、結婚しようと思えばマリア帝とも結ばれることができたはず。


 それをせずに、前の前世でもお母さんだったアイリー出身の母と結ばれて、私にもヴィクトリーから伴侶を見つけろと言われたのも、前の世界の思いを引きずっていたからか。


「気にすんな、おめえは俺の身内だ。おめえの娘達も俺の身内。きっちり面倒見てやるから、安心して成仏しろや」


 あたりは日が暮れてきて、空が薄黄色に染まり始め、傾きかけた日の光が白銀鎧を照らし出した。


 父があの世に召されるのを、同席した教皇マリアも、涙を流して見つめる。


「マリア……猊下、苦労をかけて済まぬ。あとは猊下にこのナーロッパの平和を託す」


「ジョージ……陛下。はい、このナーロッパの平和……わらわが命に代えても」


 皇帝マリアは、ジークが乗り移ったフレッドにより、投獄されたことで前世を思い出して、今の皇国の治世に問題があることを自覚したようだった。


 自国の敗戦を受け入れて、フランソワ共和国とロマーノ連合王国の庇護の元、今後は政治改革をする事となる。


「最後に我が兄と申したな。そなたは……何者なんだ。それだけ教えて欲しい」


「俺か? 俺の前の名は1950年生まれで寅年の清水正義、極道だ。今の名は、マサヨシ……勇者マサヨシさ」


「叔父さん。うちらの一家が命に代えても、この世界と叔父さんの家族を救いますんで」


 マサトさんも頭を下げるが、やはりこの人と先生は血の繋がった親子なんだ。


 そして転生先の世界で、親分と子分という形で再会したから、用心棒さんの苗字が先生と違ったのか。


「そうか……前の世界で私より一つ上の生き別れの兄弟か。それと祈りを唱えてる君も……確か二等兵だった……」


 ロバートさんは、祈りを終えて父の鎧にニコリと微笑んだ。


「戦友、生まれ変わったらまた何処かの世界で。私の名はロバート・カルーゾ。今は勇者をしている。君のファミリーもこの世界も、必ず守ってみせる」


「……ありがとう戦友。前のベトナムでも、君に助けられた」


 父が乗り移った白銀鎧は、黄昏の空に浮かび上がり、私の方を見る。


「娘よ、ワシはお前達のことを愛しておる。我らがヴィクトリーの騎士たちよ、どうか娘達を頼んだ」


「御意! 国王陛下に、捧げー剣!」


 フレッドは先頭に立ち号令をかけると、騎士達は剣や槍、武器を掲げる。


「お父さん、私が絵里を……エリザベスを必ず」


「……強くなったな。この世界の命運とヴィクトリー王国をお前に託す……さらばじゃ」


 白銀の鎧が地面にガシャンと音を立てて落下し、ただの鎧に戻った。


「おう、神様。あいつを、ジョージを頼んだぜ」


「任せるがよい」


 女神ヤミーは、指輪の召喚で呼び出されたのだろうか、姿が消え始めてスカンザに戻って行く。


 先生の口にジローがタバコを咥えさせて、炎魔法で火を付ける。


「よおし、俺は黄金薔薇騎士団の団長代理を降りるが、その前に人事をマリー姫殿下に代わり発表する! 耳かっぽじってよく聞け」


「まず黄金薔薇騎士団内に3つの騎士団を新たに創設する。ヨーク騎士団、団長ジェームズ・ヨーク・ジョーンズ」


「は!」


 オーウェン卿の養子にして、一番弟子のジェームズ卿が新たな騎士団長になった。


 これは先生が考えていた構想で、上位団体を私を守護する黄金薔薇騎士団とし、二次団体という形で新たな騎士団を生み出すものだという。


 そして二次団体の騎士団長は、黄金薔薇騎士団の副団長の地位が与えられる事になっていた。


「続いてシッスル騎士団、団長ヘンリー・サックス・レスター!」


「ははー!」


 財務大臣だったレスター卿の長男、ヘンリー卿が彼の父が率いた騎士団の名代を引き継いだ。


「そして、シシリー騎士団、団長マッシモ・ピッコロ!」


「おう!」


 シシリーの自警団を率いてたマッシモが、新たな騎士団長に就任する。


「なおこの三つの騎士団長は、黄金薔薇騎士団の副団長だ。細かい人事の論考考証については、後で俺から伝えてやる。次、団長! 小僧! フレッド! こっち来ぉ!」


「……え? 僕? だって僕はロレーヌ皇国の」


 先生と私は顔を見合わせてお互い頷き合う。


「フレッド、あなたのおかげで私の命も、父の魂も救われて、世界を滅ぼそうとするドラゴンも退治できました。私の騎士団の団長にお願いします」


「そういうわけだ小僧。お前、皇太子やめろ。そうだな、適当に死んだって事にしてフレッドって名乗れ。この世界のお前の名は今日からフレドリック・マイヤーだ。お前の母ちゃんには俺から後で説明しておいてやる」


 皇太子フレドリッヒ・ジーク・フォン・ロレーヌは、この戦争で戦死したというカバーストーリーが先生によって作られた。


 理由は、操られていたとはいえ世界大戦の原因の一つになり、バブイール王国が滅びた事。


 後々、バブイール王国の生き残りの遺恨や、皇国の勢力に担ぎ上げられないためと、何よりロレーヌ皇国の戦後補償の観点から、彼はこの戦争で死んだ事にしなければならなかった。


 今後の彼は、黄金薔薇騎士団の団長、フレッドとして活動する事になる。


「マリー姫、結局彼は何者なんですか? 勇者って、前の世界のゲームとかアニメみたいな?」


 あ、そうか。


 フレッドはずっと魂をジークに囚われていて、今の私達の近況とか全然知らないんだ。


「それについては、口で説明するよりもあなたの頭に直接、私の記憶を。それとマリーって呼んでくれていいから」


 私がフレッドの頭に触れると、顔をほんのり赤らめてちょっと可愛い。


 アースラの力で彼に私の記憶を送ると、全てを理解した瞬間、フレッドの顔に冷や汗が流れ出る。


「こ……ここに集まってるの、前世がヤクザやギャングにマフィアや海賊? マリーはその……前世では僕と同じく学生だったみたいだけど。どうなってるんだ」


 ああ、彼も元々一般人で、ジークの肉体の生まれ変わりって事で転生したんだった。


 そう言われてみれば、確かにヤバいよね。


「心配しなくていい、君も合衆国(ステイツ)出身か? 私の生まれはニューヨークのイースト・ハーレムだった。今じゃプエルトリコや黒人達の街になってしまったがな」


 ニコリと微笑むロバートさんだけど、ちょっとフレッドは怖がってる。


 まあ、そうだよね……ガチなマフィアで、それも世界中から首領(ドン)と呼ばれた人だし。


 あ、デリンジャーも目を覚まして体を起こす。


「なんだお前、合衆国出身か。俺も前はインディアナポリス生まれだ。別にビビる必要ねえよ、俺はもうギャングな事はしてねえから」


 いや、この世界でローズデリンジャーギャング団とか私と一緒に作ったし、一応大統領だけど、ぶっちゃけまだギャングのままなのよね。


「大丈夫、前世で悪いことしてた人たちだけど、みんないい人達だから。私は東京生まれだったけど、フレッドは?」


「……ウィスコンシンの、マディソン郊外オレゴン」


 どこだろう。

 

 アメリカの地理とかよくわかんないんだけど。


「ああ、マディソンか、いい所だな、中西部湖畔の美しい街。大学フットボールが盛んで、教育水準も高かったはず。私も前の世界で湖畔に別荘の一つを持ってて、魚釣りやスキーをするには良いところだ」


「ウィスコンシンか、懐かしいな。俺のアジトの一つ、リトルボヘミアロッジがあってよ、いいところだったな。寒いのとサツと銃撃戦した以外は」


 なんかいちいちデリンジャーの思い出話が物騒なんだよね。


 するとイワネツさんも寄ってくる。


「なんだ、ウィスコンシンか。あれだろ? 湖の近くで密輸しやすかったぜ。アメリキー共にカナダのコーンウォールの密売ルートを潰されたから、禁酒法時代のギャングの真似して、チャイナ共やメキシカン達と俺の手下で、シカゴからミシガン湖渡ってカナダへブツの密輸した事あったな。途中でシカゴのアウトフィット共からうるせえ事言われてやめたけど」


 この人の前世に至っては、悪さを通り越して悪の皇帝って呼ばれるくらい、極悪人そのものだし。


「お前だったか……委員会で、シカゴのジェイ・フォーの縄張りで勝手にブツのやり取りしてる馬鹿がいると聞いてたが。どうしょうもないなイワンコフ、お前というやつは」


「お前らの時代でも、シカゴはカナダとの密輸で潤ってるのかよ。ほんとどうしょうもねえな、あの街はよお」


 なにそれシカゴって街怖い……。


「あ、いやマリー君。シカゴは良い所だぞ。ただ一部の地区の犯罪発生率が問題なだけあって、あそこはエンターテイメントが充実してる。私と友人達の息がかかった素晴らしい街だ」


「おう、そうだぜ。シカゴは良い街だ。全米でも有数の密造酒が楽しめて、最高の女も集まるいい街だって。連邦捜査局のサツがいなければな」


 あ、うん。


 都会で東京みたいな街なんだろうけど、裏ではギャングが蔓延る怖そうな所ってわかったし、フレッド白目剥きそうになってるし。


「大丈夫、フレッドもすぐ慣れるから。ねえ、先生」


「密輸ねえ。俺が死ぬ前辺りから、シャブの密輸でおかしな事が起きたな。普通シャブは中国ルート、香港ルート、台湾ルート、韓国ルート、東南アジアルートがあるんだ」


 うわぁ、先生まで密輸話に乗ってきたよ。


「兄貴ぃ、(わん)なー台湾との密貿易ー沖縄(うちなー)仕切ってたさぁ。台湾は兄弟(チョーデー)やん。戦後のしがらみでぃ、あったーらじーくぃてたさ。我ら沖縄ー本土復帰できたしが、あったーよ、本土んかい復帰したがとーたんさ」


 そうか、台湾も日本領だったんだっけ。


 よくわからないけど、日本には好印象だったって聞いたことある。


「ああ、台湾か。俺も向こうの顔役と話した事があるが、普通に日本語でやり取りできたな。奴らは奴らで外省派と本省派で別れてて、こっちにも義理立てて商談の話があったっけか。けど俺の子分にもいた在日連中と違い、韓国の極道(カンペ)も香港の連中もそうだが、どっか信頼できねえ。金に狡い所があるし、平気で嘘つくからよ」


 すると龍さんが鼻を鳴らす。


「そんな時は簡単だ。俺に従えと指針を示す、自信たっぷりに。伝える事は簡単だ、俺がお前らをいい目を見せてやる、何かあってもお前を絶対に守ってやる、俺はお前らを尊重してやる。たが俺の言う事は絶対に守れとわからせるのだ。時には力でな」


 ああ、龍さんは倭寇とは名ばかりの、多国籍の海賊集団を率いてたんだっけ。


 リーダーシップにかけては、この人の右に出る人はいないと思う。


「そうだな、龍の言う通りだ。逆らうとどうなるかってのを、海外の奴らには体で教えてやった」


 怖っ!


 先生、前世も転生後も全然変わんない。


「で、シャブの話だが、こういった日本に入るブツは、基本的にうちらヤクザが管理してんだ。けど中南米からうちらシカトして大量にブツ届くようになった。関西のうちらも、東京の組織もわけわかんねえってなったし、俺らにスジ道通さねえで、ふざけんなってなるじゃねえか。ちなみに扱ってたのは、半グレの素人とメキシコ人だった。今思うと……」


「エムだな。エムがブローカーしてるメキシコのカルテルだろうよ兄弟」


 出た、エム。


 もしかしたら、今回起きた騒乱の原因かもしれない、闇のブローカー。


「それと兄弟、それは多分……クリスタルメスだ」


「あ? なんだそりゃ? メスイキ?」


「物を知らねえなあ、日本のヤクーザはよお。メタンフェタミンの結晶、クリスタルだろうが」


 クリスタル? クリスタルメス?


「ああ? 細かくする前のシャブの結晶か。俺は薬局じゃねえから、シャブ以外の隠語なんざ知るかよロシア野郎! そもそもシャブなんざ大っ嫌いだからよ!」


 なにそのヤバそうな名前のクリスタルって。


「うむ、元々メタンフェタミンは安価で作る貧乏人のドラッグだとアメリカでは馬鹿にされてた。アホが風邪薬仕入れてトレーラーハウスで作って楽しむ粗悪品だったんだよ」


 ん? なんで風邪薬?

 

「ええ、市販薬の成分、エフェドリンやプソイドエフェドリンを抽出すれば簡単に作れる。ドラッグなんて負け犬のする事だ」


 マジか、風邪薬とかでも覚醒剤って出来ちゃうんだ。


 ていうか、フレッドってやっぱ頭いい。


「君の言う通りだフレッド。メキシコのカルテルは、原料を工場で大量生産し、純度100に近い99.9の結晶、クリスタルメスを精製した。噂じゃ1日で200キロ以上生産してたそうだぞ」


「純度100!? なんだそりゃ!? ビルマ辺りの組織がどんなに頑張っても99〜98だろ? 製造で不純物出るから。無茶苦茶高純度じゃねえか!? それを1日に200キロだと!?」


 なんだろう?


 純度ってそんなに重要なのかな?


「ああ、マリー。シャブにも純度ってもんがある。製造国から密輸されるシャブは、高純度の結晶みてえになってるんだ。そいつを、混ぜ物……まあ金魚屋に売ってるカルキ抜きのパイポとか混ぜて、水増しすんの。だから仕入れるブツが高純度なほどいいわけよ」


 あ、なるほど。


 高純度の覚醒剤の結晶を水増しして、低い純度で売るわけね。


「エムは俺に言ってやがった。この世界を天国にしようと。死も苦しみも何もかも吹っ飛ぶドラッグの世界にとな」


「ああ、イワネツ。エドワードことアレクセイにも、そのエムってのが空気入れてやがる。やべえ相手だ」


 うわぁ、最低すぎる。


 この世界を麻薬まみれにするとか。


「そんな事絶対にさせるもんか」


「ふざけやがって外道が。俺が救う世界でシャブとかヤクなんざ作らせるかよ。次はルーシーランドとチーノを占領しに行くぞ。オーディンとドンパチだ。その前によ、用が済んだからとっとと帰れやロシア野郎」


「なんだお前、俺を呼び出すだけ呼び出して帰れだとこの野郎? 何様だお前!」


 あー、ほんとこの二人マジで仲悪い。


 すると龍さんがイワネツさんの肩を叩く。


「情報で聞いたが、ハーン共はジッポン海に軍艦を多数停泊させとるようだ。うちの船団で加勢するがどうだ?」


「ありがたい申し出だ龍。じゃあお前の船に乗せてもらって、ケツから片っ端にハーン共の船沈めてやるぜ。奴ら、俺が中京にいると思っていやがるからな」


 あ、なるほど。


 チーノ大皇国を攻略しながら。ハーンの海上勢力をイワネツさんと龍さんが急襲するのか。


「ついでに、琉奄島にも立ち寄りたいさぁ。この世界の沖縄だる?」


 方針が次々と決まっていき、龍さん達は早速ジッポン海へ向かい、私はどうしても確認したい事があった。


「マリア猊下、エリザベスに……姉に連絡取れますか?」


 エリザベス、絵里の安否が気がかりだ。


 ヴィクトリー王国の現在の内情も知らないと、情報不足で私達の隙になる。


「マリー姫か……見違えたようじゃな。条件を一つ」


「なんでしょう?」


「ジョージの鎧を、白銀鎧をわらわに託してくれぬか? どうか……」


 そうか、この女帝はずっと父の事が好きだったから、形見を欲しがってるんだ。


「おう、じゃあ兜おめえさんにやるわ。俺の前の世界の弟の形見だからな、形見分けしてやる。それと小僧、フレッド」


「な、なんだ……いやなんでしょう?」


 今、タメ口やめて敬語になった。


 うん、まあそうだもんね。


 私の記憶読んだから先生の性格については、よく理解できてると思う。


 最悪の場合、口の利き方がなってない小僧扱いされて、ヤキという名の暴力が振るわれかねない、マジなヤクザだから。


「お前喧嘩しに行くのに、その格好は締まらねえ。マリー、こいつにジョージの鎧を装備させろ。お前の騎士団長を男にしてやんな」


 ああ、頭のサイズは合わないだろうけどその他の装備品なら身につけられるものが何個かあるかも。


「はい。騎士団長どうぞ、装備品をつけてください」


 フレッドは父の形見の鎧を身につけて、白銀鎧の胸甲と肩当て、膝当て、盾を左肘に装備した姿に変わった。


 手甲と足甲はその……サイズが無理だったけども、かっこいい。


「母上、お母さん。僕の事は……」


「わかっておる。聖騎士フレッドよ、姫を守る騎士団長、後の事はわらわと皇女達が」


 親子の別れが終わり、無線封鎖が解除されて、女帝マリアは絵里に連絡を取る。


「なんでしょう? マリア猊下」


 よかった、生きててくれた。


 彼女の無事が確認できたわ。


「うむ……我が皇国は勇者の軍勢に敗北し、皇太子フレドリッヒも戦死した。ヴィクトリーも政変が起き、もはやヴィクトリーとの同盟は解消されるであろう」


「そうですか。それだけを伝えに?」


「お主の父、ジョージの御霊も見送った。白鎧に宿った陛下は、わらわにナーロッパの未来を託して、天に昇って行った」


 沈黙が長いけど、何かを考えている?


「証拠は? 父はもう死んだはず」


 マリアは、父のヘルムを水晶玉の画面に掲げると、映像の向こうのエリザベスは息を呑む感じで顔が強張った。


「そう、父はまた誰かに殺されて……」


「違うわ、絵里」


「!?」


 私は画面に顔を見せると、びっくり驚いて私の顔をまじまじと見つめる。


「どうして? 真里ちゃんはジッポンにいるはずじゃなかったの?」


「長い話になるけど、私はまたナーロッパに帰って来た。世界を救うために、邪悪なオーディンと邪悪な精霊が呼び出したエムと立ち向かうために」


「……」


 なんか様子がおかしい。


 それに絵里の後ろで音楽と歌?


「まさか!?」


「エムは私のメンバー、仲間になった。彼女には誰にも勝てない。あなたを操る勇者なんかより、エムは強い」


 先生は思いっきり舌打ちする。


「おいガキ。俺はお前の親父、ジョージと約束した。娘達は何があっても俺が守ると。あいつは、前の世界で俺の身内だった」


「だからなんだよ、ヤクザのくせによ。聞いたんだわ、エムから。そこのヤクザが、私でも名前を聞いた事ある極悪組の組長、最低のヤクザだって」


……操られてる。


 エムの支配下に絵里が囚われてしまった。


「空気入れられやがってガキが。よう、久々だなクズ野郎。てめえ俺が誰だかわかって喧嘩売ってんのか? エム」


 エリザベスの通信から流れる歌が、ピタリと止まり、明るそうな少女の笑い声がした。


「あはは♪ んー♪ 知ってる。ヤクザでしょ? ハワイの土地買収でわたしに負けたバカの♪ そーだ、わたしの新しい仲間、紹介するよ」


「バアッ!」


 水晶玉画面に、どアップでつぎはぎだらけのロキの顔が写し出され、フレッドが思わず仰け反った。


「うふふ、ビビったアースラ? 僕だよ、ロキさ。いやー危なく殺されるとこだったよ、セトのやつに」


「てめえ……」


「このエムってやつさ、話したら気が合ったわけなんだ。こいつオーディンとなんだっけ精霊の……テスカポリトカだっけ? スパイになってくれたんだ。僕のために、オーディンと戦う舞台を用意してくれるって」


 最悪の組み合わせだ。


 エムとロキが手を組むなんて。


「あの精霊用済み♪ アメリカを滅ぼす力くれるって言ってたくせに、勝てなかった。けどわたしの能力でもう少しで、アメリカ滅ぼせるところだったのに、わたしをここに勝手に呼び出して契約違反♪ だから新しいドラッグの実験台になってもらっちゃったんだ」


「てめえ、あのテスカポリトカをヤク漬けだと?」


 うわぁ、闇の精霊を麻薬漬けにしたとか、本当ならマジやばいこいつ。


「そう、ヘロインを遥かに超えるMaravilloso!! んー、SSS、ファンタジアのね。これでみんな幸せになれる。死も生も苦しみも憎しみも、全て解放する最高のドラッグ」


「ファンタジアだと……」


 ファンタジア……おそらく噂に聞いてるヘロインよりも遥かに上をいく最悪の麻薬って事なのか?


「そう、ファンタジア。合成オピオイドのフェンタニルを遥かに超えた最高傑作のファンタジア。これで殺したり死んだり生き返ったり素晴らしい楽園になるの♪ オーディンとかいう馬鹿の力を奪えばー、ヴァルハラだっけ? ロキ」


「そう言う事。僕は、オーディンさえ殺せれば人間界なんてどうでもいい。それと僕の仲間と家族の安全さえ確保できれば」


 ……なんとか話を長引かせて情報を得ないと。


 エムに繋がる情報を少しでも長く。


「そんな事させない。私の友達にも、この世界にも麻薬なんか流行らせない。麻薬も人殺しも最悪の犯罪だから」


「え? なんで最悪なの? ムカつくやつ殺して何がいけない? いいじゃない、どうせまた転生出来るし。人殺しってそんなに悪いことなの? 麻薬だって最高に楽しいよ?」


……っこいつ!


 常識や道徳心が一切ない。


 自分が楽しければそれでいい、究極に独善的で自分勝手な悪党。


「悪いに決まってんだろ! てめえふざけんじゃねえぞボケ! 殺しやヤクが好き放題な世界になったら、この世界が社会すら営めずに滅びちまう!」


「なんで? 別に滅びていいでしょ? この世界わたしの世界じゃないし」


 うわぁ最低すぎる。


 さすがの先生も絶句してる。


「けどそのためのヴァルハラを、わたしが手に入れるからいいじゃない♪ 邪魔者を殺し、奪い、ドラッグの力で幸福になって苦しみすら消える世界♪  人類の理想郷さ♫ 差別もなく戦争もない、ドラッグを楽しみながら、楽に過ごすまさしくファンタジーア! 究極のユートピーア、あーっはっはっは!」


「……この野郎。魂も性根も歪みきってやがる。吐き気を催すワル、ディアボロの大魔神を超えて……。てめえは、自分をワルだと自覚しねえまま最低最悪の所業を! やらさねえぞ、この世界は俺が守る!」


 イワネツさんが言ってた通りだ。


 狂気と悪意の塊、伝染する悪意エム。


 地球最悪の犯罪者の一人。


 遺伝子レベルどころか、魂まで邪悪と快楽に歪んで、だが確かスーがこいつの正体を看破していた……。


「あなたはエムなんて名前じゃなくて、本名はミカトリ、人間だったはず。あなたはなぜこんな、地球であなたに何があったの?」


「えー、うん、ちょっと思い出した♪ 白人共とアメリカ人をね、ぶっ殺したいの。色が白いやつらはね、侵略者♪ わたし達の文化を否定して、先祖を侮辱し、信仰を奪い、命も奪った虐殺者♪ あはは、だからここにファンタジア築いたあと、復讐するんだ。地球のヨーロッパとアメリカに死を!!」


 なんて強烈な悪意。


 おそらく中南米の先住民族出身だろうか?

 

「そういうわけだからさ、ルーシーランドって所は僕が逆に奪っちゃった。ヴィクトリーも、アレクセイってやつがトップになったらしいけど、このエムの影響下にある」


「彼女の力で誰もが差別を受けない、平等な社会にする。そのために新たな仲間、エムの協力が必要なわけ。そんであんた邪魔だから、殺すわヤクザ勇者」


 絵里との通信が切れる。


 最悪の展開だ。


 先生の計画では、クロヌスを寝返らせてロキを無力化し、オーディンを倒す計画なのに、エムに全部覆された。


「ヤクボケが極道なめやがって。俺の救う世界でな、ヤクやシャブなんざ弄らせる気は一切ねえ!」


兄弟(フラテッロ)、エムはやはり底が知れねえ。ガッデム、この世界が滅茶苦茶にされちまう。戦友との誓いが、シット」


「彼女も世界も救いましょう先生達。私達の世界を無茶苦茶な世界なんかにはさせない!」


 私達は、オーディンに加えて、エムとも戦わなければならない状況になった。


 新たな激戦の予感を感じさせ、私たちが大戦を防ぐため決意硬くしてる時、あの男が現れる。


 傲慢で先生さえも手を焼く、あの元勇者、半神半人の正真正銘の化物が私達の戦いに介入する。


 夕陽が差し込む空から身長2メートル以上、私の倍はある大男、カールした金髪に、意思の強そうな青い瞳で彫りが深い美丈夫が落ちて来た。


 立ち上がると、ライオンの毛皮をなめしたマントを羽織り、巨大な棍棒と大弓を携え、皮の鎧を身につけた筋骨隆々の男。


 そして溢れ出るような、オーラを帯びている。


 私達を見回したあと、めっちゃ威圧するような眼光で周囲を見回すと、息をスウっと吸い込みこう言った。


「貴様らご苦労! この俺様が来たからには神に逆らう反逆神など恐るに足らず! 俺様に跪け人間共よ! 我が名はへーラクレスである!!」


 その時、私は先生と顔を見合わせた。


 うわぁ面倒くさいのがやって来たって。

次回の主人公の独白が終わった後、世界情勢の話が終わると物語は最終章に入ります

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