第172話 聖騎士フレッド
私の肉体も意識も、ジークフリードことアッティラに囚われて、ここは何処……。
私の体は肉壁のような脈打つ音が聞こえる一室で、触手にがんじがらめにされて取り込まれてる。
さっきまでの鎧姿じゃなくて下着姿にされて、ヘイムダルの力もアースラの力も、全て取り上げられて、目の前には大きなモニターみたいなのがあって外の様子を映し出してる。
「気が付いたか、愛する妻イルティコよ」
肉壁から男が姿を現す。
毛皮のコートに麻の衣服、カールした黒髪に顔が無骨で角張ってる、両目の焦点が定まってない斜視ってやつで、顎髭を蓄えてる筋肉質の男……。
腰に鞘に入った長剣を装備してるけど、おそらく、彼がフレドリッヒの中で活動して、かつて地球世界で恐れられた、フレイアの使徒にされてた恐怖の大王アッティラの魂。
サキエルことブリュンヒルデの洗脳が解けて、私を自分の妻だとまた思い込んだらしい。
おそらくアンデッドと化して、過去にしか執着せず、その執着心が私に行ったかもしれない。
外の映像では、猛スピードで空を駆け巡り、先生達を魔法で圧倒する何者かの映像、おそらくは私を取り込んだドラゴンの映像が流れ込む。
先生達や騎士団に向けて、光のシャワー?
いやあれは龍の鱗だ。
ただでさえ硬そうなドラゴンの鱗を、先生や下のベルンの街にヘイムダルの光のエネルギーで、一斉に電荷させて打ち込んで、街が……酷い。
「見よ、我が力をとお前の力も。この力で世を滅ぼしたのち、古の伝説、アダナイとエヴァのように、新しい世界で我らが新しき一族の伝説を築き上げるのだ」
はあ?
この世界滅んだあとでこいつがアダムで、私がイブになれってこと!?
いやいやいや、マジ無理なんだけど。
「絶対に嫌だ。歴史を否定して、悲しいこの世界をさらに悲しい世界に変える悪党なんかと結ばれたくなんてない」
アッティラは囚われた私に対して、平手打ちして私のアゴを掴む。
「ふん、俺の思いがわからずとも、あとで存分にわからしてやるわ。のう? この世界の我が子孫ジョージよ」
肉壁から、肉の繭に覆われた父、ジョージの魂が姿を現す。
眠るように目を閉じてて、主導権がこいつに完全に奪われている感じを受けた。
「いかなる世でも、婚姻には祝福が必要だ。前の世で俺とお前が結ばれた時、俺の養父だった騎士王アークが見届けたように、この時代の親であるこやつの祝福が必要であろう?」
「あんたはそこまでしてなんで……」
「決まってるだろう! 俺が英雄として認められる世界を築き上げるためだ。俺が憧れた古の征服王のように! お前にまた逢うためだけにだ! そして俺はそのためだけに神に作られた! 知ったのだ俺は! 俺の魂を象った神は戦神オーディン!」
やはりか。
このアッティラという怪物が、地球で生まれたのは全てがオーディンの陰謀だったんだ。
私の推測だけど、地球世界で数々の騒乱を引き起こし、いや地球だけじゃなく先生の転生した世界や、数多の次元世界で戦争を起こすよう仕向けた存在が多分オーディン。
戦争や争いで傷ついた魂をフレイアやオーディン達が掌握し、フレイの守護領域の精霊界の精霊種達の世界で魂に傷を負った念を、この世界に集めることで、自分の身勝手な理想郷を作ろうとした。
全ては自分の力を高めて、他の神々を屈服させて全次元宇宙を支配するために。
「絶対にあんたなんかに屈しない。きっと先生達が、あんたの野望を挫くために私を助けてくれる」
アッティラは鼻で笑い、外の映像を指さす。
「無理だな我が妃よ。このカオスをも超えた栄光の龍、グローリードラゴンは無敵だ。それほどまでお前の持つ力は強かった。次元を歪めて全ての存在を屠りさる光神と暴魔の力は」
するとイワネツさんの姿が映る。
「イワネツさん」
「なるほど。今さっき、ドラコーンの正体をロバートから聞いた。なあ? フン族の王アッティラ」
彼の瞳は闘志に燃えて、瞳の奥底に勇者に相応しい光が宿ってる。
「伝説のバルバロイ、野蛮の王アッティラ。俺は生きていく上で、ソ連の闇で生まれ落ちた盗賊だった。だが俺は盗賊の規律を遵守した。それが規律ある泥棒、俺の生き方だ」
「それがなんだと言うんだ」
「一つ聞きたい、お前の信念はなんだ?」
彼の信念は世界の征服。
いや生き方と言うべきか、もう死んでるけども。
「世界を我が手にする事よ。この世界はそれを拒み俺を否定した。ならば一度壊して新たな世界を俺が創造する!」
「なるほど、世界征服か。俺が知りてえのはその先だ。世界を征服したあとで、果たすべき事はなんだ?」
そう、彼がなぜこれほどまでに世界征服に執着するのかがわからない。
何か理由があってのことならば、そこが彼の弱点でもありつけ入るべき隙。
「……知るか。俺は世界を我が手に出来ればそれでいい。その先もそこに至る課程や思いなど、もはや不要」
なんて哀れなやつ。
世界征服が手段ではなく、自分が果たすべき目的になってしまってる。
「……聞いて損したぜ。ヨーロッパの東も西も荒らし回った伝説の大王の信念が、たかだか世界を征服するだけとはな。そんなもん信念じゃねえ! お前と俺が違うのはなっ!」
彼から溢れ出るオーラで、映し出す映像が真っ白に光り輝く。
「確固たる信念だ! 俺の信念はな、ムカつく野郎から殴って奪う。社会を蝕み人の世を顧みねえクソから何もかも奪い取るのが俺だ! そして悲しい世界を救うのが勇者である俺の役目よ! お前の全てを奪ってやるぜえええええ」
イワネツさんのバサラ化したオーラが、最高潮に達した。
高速移動するドラゴンに肉薄し、黄金の手甲を次々に拳を叩きつけ、こちら側の空間が揺れる。
「信念だと! それがなんだというのだ! 時代によって、変わりゆくものに己を見出し何になる! なんの意味が!」
イワネツさんに必殺のブレスを放とうとするドラゴンへ、右フックや左フックが次々に入る。
「意味はある! 何が世界征服だ! 何が新たな世界だ! そんなもんはクソ喰らえ!!」
ドラゴンの頭を掴み、何度もイワネツさんは頭突きを繰り出して、嵐のような暴力をドラゴンに振るう。
「俺は気に入らねえ畜生から殴って奪う! 無辜の人々が悲しみ、人としての権利を奪われてるなら俺は!」
ドラゴンの頭に右ストレートが叩き込まれた瞬間、私が囚われてる空間がめっちゃ揺れて稲光が走る。
「俺が信念の名の下にふんぞり返った畜生をぶん殴って奪ってやるぜえええ」
だがしかしドラゴンブレスが放たれて、イワネツさんの体が地表に吹っ飛ばされた。
「無意味! 覇王にして帝王たる俺に凡人が抱く信念も、もはや不要! 常人が持つような意思も価値観など必要ない!」
「いいや、違う」
ロバートさんが、ライフルを連射して羽を銃撃していき、徐々にドラゴンの高度が下がっていく。
「人として、神と親から祝福されて生まれたからには、我々は人間として美しく生きなければならない。いつの時代も、どんな世界でも人の崇高なる意思は不変だ!」
龍さんは、ドラゴンに対して空中で大砲を無数に具現化して、鉄の雨をドラゴンに降らせる。
「そうだ! 友は言っていた。人間の想いを、誇りを、誰かを愛さずにはいられないのが人間だと。貴様は……結局自分しか愛せない王八蛋!」
「黙れ!」
ドラゴンブレスが放たれ、龍さんは手にした閻魔刀でエネルギーを切り裂きながらロバートさんを守る。
そのまま龍さんが二刀で斬りかかるも、巨大な爪の攻撃で弾かれ、巨大な如意棒を持ったジローがドラゴンの喉を突く。
「くぬぽってかすーが。支配やれー? くぬ世界や甘こーねーんどおおおおお、はごおおおおお!」
巨大な如意棒でジローはドラゴンの頭部をめった打ちにするが、体当たりでふっ飛ばされた。
「兄貴ぃ! 隙ぃぬなたんさぁ!」
「おう、行くぞこの野郎おおおお」
すると、今度は先生がドラゴンに居合の斬撃を飛ばしまくる。
「所詮はな、下手な考え休むに似たりよ。てめえが望む世界の支配なんか、世界と人々の祈りになんの役にも立たねえ。ヤクザにも劣るカス野郎め」
「黙れええええええええ!」
ドラゴンから光の玉が出てきたと思ったら、無数の光の矢になり、先生達の体を撃ち抜いていく。
それでも先生は、光の斬撃を繰り出していき、ドラゴンと真っ向から勝負する。
「てめえは言った。義理も、情も、任侠も、そんなものはその場限りで不変ではないと。俺が作った任侠なる組織もいずれは消えゆく定めだと!」
先生は刀を鞘に収めて、魔力銃パイソンに重力エネルギーを込めて漆黒の弾丸を連射する。
「それは違うね! 人の想い、誇り、世を愛する輝きは、どんな時代でも世界でも変わりゃしねえ! 俺が作った任侠集団がいずれ消えるだとコラァ!」
先生は上空に雷雲を作り出し、雷の魔法を何度もドラゴンに繰り出して、炎で出来たオーロラのような魔法でドラゴンを焼き尽くす。
「任侠が忘れ去られたならば、何度だって俺の想いを世界に伝えてやる! 俺が目指す善なる弱きを助けて、悪しき強きを挫く思いは……不滅だあああああ!」
先生の繰り出す熱気が、この肉壁で出来たような空間でも感じる。
アンデッドになってまで野望を叶えようとするこいつの情念を、さらに上回った勇者としての輝きを。
「ならば今この場で滅ぼしてやるわ!」
ドラゴンから、無数の鱗が剥がれて光り輝いた瞬間、鱗からレーザーが放たれてみんなや騎士団達を攻撃し始める。
「こんなものではないぞ!」
光の鱗が一まとまりになったと思ったら、今度は空間が歪むような重力波と眩い光を放ち始めて、ドラゴンの頭が塊を飲みこむ。
「事象の地平面」
極大なエネルギー波を口から発射して、先生が亜空間を具現化してエネルギーを吸い込むも、膨大な余波で先生以外が吹っ飛ばされた。
「ふっはっはっは! さらにこの力を高めれば、世界もろとも創世の世にして……」
「ブリャアアアアアアチ!」
血だらけになったイワネツさんの筋肉が膨れ上がり、9匹の龍のオーラを纏い、両手を前に突き出すとエネルギーをチャージして、ドラゴンへ極太のビームを放つ。
確か、ニョルズとの戦いで放った、超威力の魔法攻撃。
ドラゴンブレスとイワネツさんの力が拮抗し始め、エネルギーが押し合いへし合いし始め、先生も魔力を高めてエネルギーを放ち、ドラゴンのブレスをさらに押し始める。
「貴様らあああああああ」
ドラゴンの羽が白金に輝いたと思ったら、背鰭から無数の鱗が飛び出して、先生達に斬撃を繰り出していく。
「世界は俺のものだあああああ」
アッティラがこの空間で宣言したその時、遠くから一瞬ピカッと光ったあと、ドラゴンの頭が揺れた。
ドラゴンの頭の半分が吹き飛ばされ、ブレスが逆流して大爆発する。
画像がアップになると、双眼鏡を持った用心棒さんがドラゴンを指差して、ロバートさんが漆黒の砲台を具現化していた。
きっとフレイとの戦いで使った反物質砲を放ったんだ。
「Dick head! You are such a loser!」
「滅びねえさ。人として正しい道を歩む思いも、誰かを守ろうとする強い意思も、人の美しさも、悪なんざには負けねえ!」
しかしドラゴンはヘイムダルとアースラのエネルギーを吸収し始めて、すぐさま傷を復元して高度を上げる。
そうか……。
白鎧の破壊もそうだが、本体であるこいつの魂を倒さないと、このドラゴンを滅ぼせない。
なんとか突破口を、考えるんだ。
力も、鎧も無くなった状況だけど、どうにかして先生達を勝たせるようにしないと。
周りの状況をよく見るんだ。
そこに、必ず逆転できる勝機はあるはず。
それにしても、この部屋の鼓動音うるさい。
まるで心臓のような音……。
「あ!」
私は先生に対して念を送る。
どうか冥界の魔法で私の居場所を感じて。
ここはおそらく、ドラゴンの力の源の心室、心臓の中で、魔力供給の源。
「ええい、鬱陶しい! 生も死も超越した俺が、今度こそ世界を手にするために消え去るがいい!」
ドラゴンは光り輝き、ニュートピアの大気圏まで到達すると、太陽の光を受けて……これはアースラの魔力。
そしてそこにヘイムダルの光の力も加えて……まずい!
「やめて! これ以上力を放ったら、このニュートピアそのものが!」
「良いではないか! 俺を否定するものは光の力で消滅せよ!」
どうにかして、この状態から脱出しないと、本当に世界を壊される。
「いくぞ! ここが貴様らの死に場所だぁ!」
その時ドラゴンに無数の大型モンスターが纏わり付き、動きが封じられる。
そしてドラゴンを見つめる女の子の姿も。
背は私より少し低くて、青白い光り輝く髪の毛は腰まで伸び、頭部に黒く輝く2本の角が水牛のように生えてる、目が三つある悪魔のような姿。
彼女は一体……。
「……どい。……のデザイン……生命……歪めて……」
すると筋肉質でドレス着ためっちゃでかい金髪の大男が姿を現す。
「あら〜ん、本当酷いわね。ロキちゃん助けに行くついでに、ぶっ殺しちゃおうかしら? 生き物達の螺旋の因子も、生と死の理を歪めて、くっさいアンデッドになってる〜ん。酷すぎるわ〜ん」
クロヌス!?
じゃあ、隣にいる女の子はまさか……ティアマト!?
「……なさい。消えろおおおおお! 生命を否定する愚か者め!」
女の子の目が紫色に輝き、光り輝いた瞬間、心室に振動が走る。
「きゃあああああああ」
「な、何をされたあああ」
ドラゴンの体が崩れ落ち始め、徐々に地上に降下し始め、私が力を込めていた触手の力が弱まるのを感じた。
チャンス!
「でああああああああ!」
纏わりつく触手を振り解き、アッティラの頭を両手を掴んで頭突きをくらわせる。
「ぐっ!?」
私は何度もアッティラの顔面に頭突きをした後、思いっきり右膝を突き上げて彼の下腹部を蹴り上げる。
「あ、あ……がぁ」
「寝てろぉ! 最低男!!」
ジローから習った肘打ちで、アッティラのアゴを打ち抜き、昏倒させた。
私は父ジョージが囚われてる、肉の繭に手をかけるも、爪を立てても思いっきり力を込めても、ビクともしない。
「早く! 今のうちにお父さんを、あいつが目を覚ます前に」
すると私の髪の毛が掴まれ、思いっきり引き回された。
「この女あああああ! 甘やかせばつけ上がりやがってええ! 今この場で俺の言う事しか聞けぬようにしてやるわ!!」
物凄い力で組み伏せられ、下着を剥ぎ取られそうになったけど、私は斜視で視点が定まらないアッティラを思いっきり睨みつけた。
「そんなことで、あんたの言いなりになんかなるもんか! あんたの愛する人は世界の安らぎを望んだのに、気持ちを裏切った男なんか」
すると私の顔にパンチが何発も飛んでくる。
「黙れ! 男の言うことを聞けぬ女め! 待ってろ、今こそ俺とお前は文字通り一つになって、地上を抹殺して新たな世界を!」
その時、肉壁の床が破れて私の体を誰かが支えてくれたけど、誰!? 先生?
さっきのこいつの打撃で目が塞がってよく見えないけど、誰かが私を助けてくれたんだ。
「間に合った。君を……助けに来た!」
私に回復魔法がかけられて、腫れた目が回復すると、私を助けに来たのは……フレドリッヒだった。
赤い頭髪がキラキラ光り輝いて、瞳が宝石のエメラルドみたいに綺麗な色して、本物の王子様みたいな感じが……いやそもそも彼は皇太子、本物の王子様だったわ。
外の映像では、ドラゴンの胸からめっちゃエネルギーと血が吹き出してて、急降下してるけども。
そうか、彼がやったんだ。
「フレドリッヒ……」
「もう大丈夫、僕が来たからには!」
フレドリッヒは、アッティラと対峙する。
手には見たこともない、金色に光る巨大な剣を手にしてるけど、これは。
「こ、小僧か?」
「ああ、僕だ。もう一人の僕」
フレドリッヒは大型剣を後ろに背負い、レイピアの柄に手をかける。
「抜けよ」
「?」
「腰の剣は飾りか? どっちが早く抜けるか勝負だ。もう一人の僕、英雄ジークフリード」
これは……いつかのパリスの戦い。
英雄に目覚めたデリンジャーと、フランソワに侵略しに来たフレドリッヒの一騎打ちの再現。
「ククク、俺の中で泣き喚いていた小僧が。随分と男らしい事を言うようになった。俺の力を見くびるでないわ」
アッティラの体に、物凄いエネルギーの奔流が流れて、白銀鎧を装備してこれは……。
「状態確認!」
アッティラ 状態 龍魔王
レベル299
HP ?托シ抵シ撰シ撰シ撰シ撰シ撰シ
MP ?包シ厄シ費シ
総攻撃力5200 総防御力250
間違いない、こいつこのドラゴンからエネルギーを吸収して、今の状態でもめっちゃ強い。
「小僧よ、これが俺の力だ。世界征服のために培った俺が英雄になるための」
「英雄ムンズクや、尊敬するブレダさんのようにか?」
ムンズク? ブレダ? 誰?
「古代の大英雄、アレクサンダー大王を誰よりも尊敬し、お前に英雄の偉大さと男らしさを教えた伝説の王。お前の兄、正統なる大王ブレダ。お前が誰よりも憧れた王の中の王」
「……貴様。なぜ……」
「知ってるよ。僕はお前の前の人生も、その前の人生も見た。民族の英雄にして戦士ムンズクの子、アッティラ。そしてあんたが誰よりも尊敬した兄王ブレダは、平和を望み、ヨーロッパと和解しようとしたのに、あんたはその手で」
「黙れええええええ!」
彼の、前の家族の話だろう。
そしてアッティラが大王になったのは、きっと家族を……。
「世界を統べる大英雄アレクサンダーの逸話を、信じてきたのに! 俺達は勝てた! ローマの教皇とやらに! 誰よりも俺は兄上を尊敬してたのに……兄上はローマと金で和睦などしたのだ! 俺の、俺たちの夢を諦めて!」
「それがあんたの夢と裏切りの原点だ。そして愛する女性と出会うために転生したけど、あんたは彼女の想いも……自分の子孫も裏切った」
「うるさあああああい! お前に俺の何がわかるんだ。俺の夢も、愛も、家族も……野望も」
フレドリッヒは、静かに腰を落として居合の構え……これは先生の居合の構え!?
いつ会得した?
だって彼は、彼の意識はシシリーで一度しか先生と戦っていないのに。
彼のスキルに、映像記憶、ジーニアス、もう一つ隠されてて????ってあるけど何これ?
「わかるさ、僕はお前だジークフリード。前の世界でもこの世界でも、お前の生まれ変わりだった僕には!」
フレドリッヒは、私の方を見る。
「君が合図を。君のためなら、僕はどんな奴にも戦える!」
私も彼に頷き、右手を上げる。
下に振り下ろせば、居合からの果たし合い。
基本スペックを見たら、アッティラの方が上。
けど……。
「さあ、彼女の腕が振り下ろされた時が勝負だ。もう一人の僕、ジークフリード」
「ぐっ! 小僧が! 貴様なんぞに百戦錬磨の俺が負けるか!」
「どうかな? 僕はお前の中でお前の人生全てを見た。戦い方も癖もね。僕がこの世界に生まれ変わる前に身につけたスキル、絶対概念でお前を打ち砕く」
絶対概念!?
なにそのいかにもチートなスキル!?
そうか、彼もサキエル、ブリュンヒルデによって転生した時に、私のスキル絶対防御と同様のチートスキルを持ってるんだ。
「さあ、剣に手をかけろ。僕はもう、負けない! 自分自身にも、お前にも!」
これは勝機!
今の彼に全てを賭ける!
「いざ勝負!」
私は掲げた右手を振り下ろした。
アッティラが腰の剣に手をかけた瞬間、どこをどう動いたのかわからなかったけども、フレドリッヒがアッティラの纏う甲冑の隙間にレイピアを差し込む。
「ぐっ、小僧……何をした」
アッティラの纏う白鎧が崩れて崩壊していき、膝をついてうつ伏せで倒れた。
同時に、私の魂にヘイムダルとアースラの力が戻る。
「僕はただ、お前に剣を先に抜いて突き刺すと念じただけだ。僕の思いを絶対的な概念として現実化させた」
「すっごい」
めっちゃすごいし、なんか前と違って男らしくて、なんかすごいカッコ良くなってる。
「今だ! 早くマリー姫の力で、ジョージ陛下の魂を!」
「わかったフレドリッヒ!」
するとアッティラが立ち上がり、私達に剣を向けて、父の囚われた魂の前に立ち塞がる。
「まだ……俺は屈しない! 屈してなるものか! 俺は世界を統べる帝王だぞ……俺は」
その時、ジークの体を袈裟斬りで切り裂く、男の姿……先生だった。
「よう、この小僧が突破口を開いてくれた。マリー、お前が念じた思念が、俺をここに呼んでくれたんだ」
「先生……」
アッティラの魂は胸から胴を切断されて、滑り落ちるように、上半身と下半身が分離される。
「貴様は……貴様さえいなければ、俺は世界を手にして……」
先生は、心室の脈打つ床で悔し気に睨みつけるアッティラの頭を思いっきり踏みつける。
「そりゃあ無理だぜ。俺は極道で無敵の最強勇者だからよお。返してもらうぜ、俺の前世の弟の魂を、ジョージをな。小僧!」
先生はフレドリッヒに視線を向ける。
「しばらく見ねえうちに、男の顔になったじゃねえか。おい、マリーを連れ出せ。俺はジョージを」
「言われなくても。僕は……自分が大好きな女の子を今度こそ守るために生まれ変わった! 天才の僕を舐めるな!」
先生は鼻で笑い、居合でお父さんを包む繭を切り裂き、体を受け止める。
「そ……そなたは?」
「何も言うんじゃねえ。義理あって俺がてめえの家族を救ってやる。俺に掴まれ」
先生がお父さんを、フレドリッヒは私を抱えてドラゴンの心臓から脱出した。
ドラゴンは、原型を留められずに体が崩れ落ちてアンデッドも生み出せなくなっていた。
「ゆ、勇者様。き、教祖様、我々の信者と私達の魔法が、つ、通じました。あ、アンデッドを封じる大魔法を」
デッドリー司祭。
そうか、彼の大魔法の効果でアンデッドの軍勢が消えたんだ。
ドラゴンはうずくまり苦しみながら、元の黒龍に戻ってエネルギーを貯めて、羽が光り始めて口元が紫色に光る。
「お、俺は、せ、世界を、て、手にお前らに負けてなるものかあああああああ」
ここまでやられても、彼の情念は消えないみたいで、私達が取り囲む中、先生が刀を構える。
「クソボケ、やっと人間らしい思いを取り戻しやがって。やっぱてめえは死んであの世でやり直せ」
刀を構える先生の前にフレドリッヒは立つ。
「ここは僕が」
背中に背負った剣を両手で上に掲げ、黄金の剣が光り輝き、天まで届く刀身になる。
「もう終わりにしよう、ジークフリード。かつての英雄アッティラ。お前の悲しみも想いも、僕が断ち切る!」
「なぜだ小僧。お前の先祖は俺だぞ。なのに、貴様まで俺を否定するのか!? 俺はただ英雄に、兄のような偉大な英雄になりたかったンだああああああ」
悲痛な叫びと共に、黒龍ニーズヘッグが光のブレスをフレドリッヒに繰り出そうとしていた。
「わかるよ、その気持ちは。けどだからと言って、身勝手な想いを人に押し付けて、他者を虐げていい理由なんかにならない!」
「俺はああああ英雄になりたいんだあああああ」
「僕の勝利の絶対概念、約束された勝利の剣だあああああああ」
フレドリッヒは、黒龍ニーズヘッグを巨大な光の刃で一刀両断する。
「負け……俺は……イルディコ」
ドラゴンが消滅する瞬間、私と視線が会う。
「俺は……世界……君を愛して……」
ドラゴンはパッと蛍のように、光の粒子になって空に消えていった。
「さようなら、もう一人の僕。僕が……この世界もマリー姫も守る!」
満身創痍のみんなが見守る中、フレドリッヒは、背中に黄金の剣を背負う。
「おかえりなさい、フレドリッヒ」
ドラゴンを倒した彼に声をかけると、彼は照れ臭そうに、年相応の笑顔を私に向ける。
「……前の世界の名前は、フレドリック・マイヤーズ。フレッドって呼ばれてて、その……フレッドって呼んでくれると嬉しい」
そう言うと優しそうに、少しだけ大人びた彼は微笑んだ。
聖騎士フレッドが私達の仲間になった。
こうして最後のヒーローが仲間になりました