第170話 召喚獣ニーズヘッグ
300年後のニュートピア後世において、大邪神と呼ばれる存在によって引き起こされたとされし伝説の戦い、世界大戦には謎が多い。
その中でも、現在は東西に分裂したライヒ帝国、その前はロレーヌという国名だった時代の末期、帝都ベルンに巨大なドラゴンが現れ、街を焼き尽くしたという黒龍伝説。
そして黒龍伝説の名で呼ばれた戦いに、悪のジークフリードと呼ばれた騎士が現れたと、伝承で残されている。
古代ジークフリード帝国の名を冠した、この騎士についても謎が多く、帝国宮中武装親衛騎士団の、ジークフリードを指すという説や、黒龍との戦いで戦死したとされる皇太子、フレドリッヒ・フォン・ジーク・ロレーヌを指すという説。
現代では一笑に付す説でもある、本物のジークフリード帝が蘇り、悪霊として龍を呼び出したという説などもあった。
「東方見聞録を探ってみたが、光の神の御使と呼ばれるヴァルキリーは、どうやら僕の祖国、大ヴィクトリー王国の伝説の姫君、マリー王女の可能性が高いか。ロマーノ大の図書館でも、当時の文献では彼女イコールヴァルキリーであると示唆する記録はあったが、肝心な証拠や記録は残されてない。うーん、学会に発表する期末レポートどうしようかな」
ヴィクトリー王国男爵家にして、ロマーノ大学に留学中のアレックス・ロストチャイルド・マクスウェルは、アパートの二段ベッドの上で溜息を吐く。
「いっそ、妥協して古代ロマーノ帝国時代の題材でもいいんだけど、なんか食指がわかないな。んー、あ、そういえば明日のフィールドワークで博物館へ教授と一緒に行くんだった。もしかしたらアレなら当時の記憶が残ってるかもしれない」
ヴィクトール教授の世界大戦研究会のゼミに所属しているアレックスは、ゼミ生と教授を交えて、フィールドワークでロマーノ博物館に訪れる。
「博物館は好きだ。当時の人々の思いや、考えがわかる。僕が研究発表で注目を浴びるため、何よりA判定取るために確認したいのは……」
教授と多数の生徒達が、ロマーノ帝国時代の美術品や、偉大なロマーノ王ジローが命じたとされる、ウチナー美術と呼ばれる、今日のロマーノブランド商社の初期美術品を回る中、彼は単独で博物館中庭に掲げられた銅像を確認しに行く。
一方舞台は300年前のロレーヌ皇国、ジークフリード帝国に改名された帝都ベルンに移り変わる。
「あんたは、この世界で築き上げた伝説全てを、世界を滅ぼすなんて、本気で言ってるの?」
マリーは、アンデッド化した父を乗っ取り、もはや人間ですらなくなり、心も体も完全に人ならざる者になったジークフリードに問いかける。
「そうだ。それにこの新たな依代の男、なんて素晴らしい力。召喚魔法が使いたい放題とは素晴らしい。この力でこの世界の全てを滅ぼしてやる。見よ」
白騎士を乗っ取ったジークは、兜のバイザーを上げると、血の涙を流すアンデッド、ジョージの顔。
「此奴も手づから、一族を皆殺し出来ると歓喜の涙を流しておるわ。ふふ、クックック、ハーッハッハッハッハ」
「お父さん……」
マリーの後ろで、二人の勇者が溢れんばかりのオーラを噴出した。
「言いてえ事はそれだけか? 外道」
「kiss my ass! Mother fucker‼︎」
この二人の闘気に呼応するかのように、異世界の軍団が、ジークフリードを囲み勇者は怒りの形相で白騎士と同化したジークを睨みつける。
「自分が築き上げた一族の看板否定して、家族の情も否定し、人の世を終わらせるとのたまった外道。てめえに憧れ、付き従った世界の全ての者にツバ吐くクズ野郎! てめえ自分が何を言ってんのかわかってんのかボケコラ!」
「うるさい! この世界の俺の子孫達は俺を否定した。親である俺をだぞ! こんな世界もういらない! 俺を、英雄をコケにして!」
「なんだ外道この野郎? 地獄行きを拒否して俺とマリーの家族を踏み躙り、人の道も思いも無くしてワルに成り果てた外道め!」
勇者マサヨシは刀を向ける。
「もうてめえが行く場所は地獄じゃねえ、魂ごと跡形もなく消滅させてやるぜ、外道!」
「できるものならやってみろ! いでよ怒りに燃えてうずくまる者! 滅びの龍ニーズヘッグ!」
地中から無数のアンデッドが湧き出し、上空の魔法陣からは滅びの龍の文字が浮かび上がり、羽を広げた姿が全長数100メートルにも及ぶ巨大な西洋龍、ニーズヘッグが姿を現す。
北欧古語で「怒りて臥す者」と異名を持つこの黒龍は、罪神の牢獄ニブルヘルにて囚われる神龍であり、世界の終わりに姿を現すとされる、オーディンがかつて封印した禁忌のモンスター。
さらにジークは上空に魔法陣を具現化していき、ベルゼバブことベゼルが作り出した伝説級のモンスター達、合成獣マンティコア、合成鳥グリュプス、合成龍ラードン、合成虫アラクネーを暗黒星雲から召喚した。
「チッ、あの性悪女め。ジークの外道のために用意してやがった。無茶苦茶やべえモンスター共を合成して、遺伝改良しやがったな。魔界のグランキマイラかよ」
「ふっ、煉獄の拘置所でミスターラーマが我々に差し入れて下さった本が役に立つ」
勇者ロバートは七色鉱石製魔法銃を、巨大な魔銃バーレットに姿形を変え、ニーズヘッグに構えて照準を合わせた。
「総力戦だてめえら、この化け物共ぶっ潰すぞ!!」
闘志を高める勇者とは裏腹に、マリーは白騎士を見て呟く。
「そんな、あの鎧にはお父様の魂が。倒しちゃったらあいつもろとも、お父様が……」
「しゃんとしろ! このままじゃマジで世界が滅びちまう!!」
「でも先生!」
食い下がるマリーだったが、腹の傷を魔力で癒しながら、勇者の顔が歪み、歯を食いしばり闘志を消さないよう、必死で堪える姿を見る。
「いいか、勇者を目指すんなら、世界を救うならば覚えておけ。多くの人々の救いの障害になる野郎は、たとえどんな相手でも打ち倒さなきゃならねえんだ。それが生き別れの兄弟だろうが、親であっても!!」
「ああ、その通りだ。マリー君、私からも一言。悲しき魂が救いを求める世界において、その救済の障害になるものは、絶対倒さなきゃならない。それが世界を救う勇者。家族だろうが友であってもだ!」
マリーは二人の勇者を見て、世界を滅ぼす者と対峙し、打ち倒す覚悟を決める。
「わかりました……先生達。私は辛くても悲しくても、もう逃げないと決めました。この世界に救済を!」
ジークフリードが乗り移った白騎士は、ニーズヘッグの頭部と下半身が融合し、黒龍は雄叫びを上げ、マリーが白金の杖ギャラルホルンを掲げると、自身の黄金騎士団が集結した。
「この皇国を、世界を救います! 騎士団よ、私に続け!!」
「は! 我らが薔薇姫!! 目標、化物集団、騎士達よ……世界を救うために突撃せよおおおおおおお」
「うおおおおおおおおお」
マリーや勇者達、そしてヴィクトリーの騎士団が巨大な龍と対峙する一方、ロレーヌの騎士達は、目の前で起きる超常現象に腰砕けになり祈るものや、逃げ出すものも続出する。
「無理だああああ」
「地中から亡霊も出てきたあ!」
「ヒッ、ヒイイイイお助け!」
「ジーク様あああ」
ジークは、自身を信奉するジーク教のロレーヌの騎士団を鼻で笑うと、龍のブレスでアンデッドごと焼き尽くす。
「ぎゃあああああああ」
「フンッ、臆病者共め。もはや騎士の存在など、今のこの俺に立ち向かい、滅びを迎えるであろう毛高き者達だけで良いわ!」
黒龍ニーズヘッグは空に舞い上がり、視界にいる騎士や街全てを燃やすために再度息を吸い込み、必殺のブレスを放つ。
「極炎」
ジークが詠唱すると、紫色に光る炎を吐き出し、摂氏数10万度を超える火焔がベルンを覆い尽くし、マリーやレスター隊とジョーンズ隊は、街を守るためドーム型の土壁と電子のバリアを張るも、炎の噴射が長すぎて一気にバリアが剥がされた。
「くっ、めちゃくちゃな炎!」
「ざっけんなゴジラかよ馬鹿野郎。兄弟!」
「ああ、兄弟。私が祈りを込めてあの龍のブレスを軽減させながら狙撃する。俺達の魔力量が尽きるまでに勝負を終わらせるぞ!」
魔銃の狙撃や魔法を回避するため、黒龍ニーズヘッグは、高度を上げてベルン上空を旋回飛行する。
マリアや皇女達は、怯えながら地上の戦いを見守っており、彼女達を守るために銀の着物の青年が手下を呼び、元アヴドゥル皇太子の龍を伴って、気を失った皇太子フレドリッヒをその場に寝かせた。
「お主は……バブイールの皇太子の。死んだはずでは」
「皇帝マリアよ、悪に操られし皇太子を連れ戻した。大事な家族であろう? 私にはもう家族も祖国も無くなったがな」
「アヴドゥル皇太子……そなたは、我が国に故国を滅ぼされてもなお、我が皇太子を救って……」
アヴドゥルこと龍は、フレドリッヒの寝姿を見ると、ふいに前世の息子を思い出し、ジークフリードとの戦いで燻っていた皇国への復讐心も消え、マリアに視線を向ける。
「猊下、あなた方には恨みはないし、あなたの言うアヴドゥルは死にました。今の私は一匹の龍。人は来た道ばかりを気にするが、これからどこへ向かうかが大切だと、我が友は言っていた。私の愛する仲間達の導きで、私は私の新たな道をゆく」
マリアは、かつて皇太子だった男の覚悟に触れて、今度は自身が愛したジョージの若い頃と瓜二つの青年へ視線を移す。
「お主は、何者じゃ。ヴィクトリー王国君主のジョージに似て……黒髪の男も」
「この世界に害を成すために操られているのは、前の世界のオイラの実の叔父分です。家族として止めなきゃいけねえ」
マリアは理解が追いつかず、青年を見据え、青年の目はジョージと同様に透明感がある茶色の瞳でマリアを見つめる。
「家族と申したか。ジョージとお主は一体?」
「オイラはただのしがねえ渡世人です。皇帝陛下に名乗るほどのものじゃねえです」
青年は踵を返して、刀を手にしてアンデッドの群れに斬り込んでいく。
一方フレドリッヒは夢を見ていた。
英雄ジークと呼ばれた男の夢と、皇族として生まれた自分と、前の世界で邪険にしてた母の夢。
「ごめんなさい、お母さん。ごめんなさい、酷い事を言って……僕は……」
「フレドリッヒ……我が子、皇太子……う、うああああああああああ息子よおおおおおお」
うわ言のように眠りながら呟く息子を、マリアは涙を流して、我が子に縋りついて泣き始め、二人の娘も自身の兄弟が目を覚ますのを見届けようとする。
龍はロレーヌ皇族達の家族愛を見ながら、モンスターとアンデッドの群れに視線を移して二刀を構えた。
「早く帰ってこい小僧。戦場でお前を待つ」
龍は巨大なモンスター、キメラの一団へ突っ込み、刀を振るう。
「臆するな! 生物である以上、突破口はあるはずだ! 援護せよマリーク戦士団!」
「是,老船首。総員、化物共に吶喊せよ!!」
集団でキメラ達に立ち向かうも、圧倒的な攻撃力で龍の船団員達が薙ぎ払われ、容赦ないブレスなどの攻撃で、劣勢に追い込まれる。
「クソっ、強すぎる! 正真正銘の化物か」
その時、黒光する無数のドローンや、白銀に輝く巨大ロボットがマリーク戦士団に助太刀に出現する。
「勇者様に歯向かう化物なぞ、銀河連邦の科学力で!!」
人形使いドリーの操る巨大ロボット達が、アンデッドの群れやキメラ達に向けて、レーザー攻撃、爆撃で援護し、さらには異世界ヤクザ、ササキ一家の構成員達が重機に乗り込む。
その中には10歳になる少年の姿もあった。
ウェーブがかかった黒の長髪をドレッドヘヤーにし、首に黒い薔薇の刺繍をしたバンダナをスカーフのようにTシャツに垂れ下げ、浅黒い肌に年齢にしては大人びた黒目は爛々と光を帯び、やや厚い唇で歌を口ずさむ。
「義理と人情を〜♪ 背負う男の〜 勇者な生き方♪ 勇気と仁義を 心に秘めて どこまでも〜 花を咲かすが 夢を咲かすが 任侠道〜男〜道〜♪」
歌姫を母に持つ、声変わりもしていない少年が、歌いながら潜り込むようにしてダンプの荷台に乗り込み、重機がエンジンを空ぶかし始めた。
「ぶっ込めえええカチコミだあああああ!」
「ササキの親父のために男見せてやるぜ!」
「極道なめんなうるあああああ!」
「弱きを助け悪を挫くんじゃゴラァァ!」
巨大かつ強大な合成獣、凶悪なヒヒの顔に獅子の胴体、大蝙蝠の羽、無数のサソリの尻尾を持つマンティコアに、重機が体当たりを仕掛ける。
重機から飛び出してきた極悪組二次団体、ササキ一家の面々は、ドスや刀、魔力機関銃を手にしてマンティコアに立ち向かう。
このササキ一家は、元は異世界ヤクザ極悪組の初代親分マサヨシと、二代目親分ニコ・マサト・ササキを信奉する、仁愛の世界の元マフィア若手や元愚戦隊、元難民ギャング集団で構成されており、かつて仁義なき世界と呼ばれた戦乱の世界で、勇者に憧れ、救世主である二代目親分に忠誠を尽くすヒト種の中で比較的年若い組織構成をしている。
一家の誰も彼もが、名誉ある世界救済につながる手柄を上げるため、トップの総長の座を目指すため、我こそが勇者、救世主を継ぐものであると言った自負を持つ、戦闘意欲旺盛の血気盛んな若者達の集まりである。
すると、マンティコアは黄金色にたてがみが逆立ち、大型重機や巨大ロボットに体当たりや前脚での打撃、輝く電子のブレスで対抗し始め、ササキ一家の構成員達が吹き飛ばされる中、ドレッドヘヤーの少年が、オリハルコン製大型ナイフを手にしてマンティコアと対峙した。
「ウルァ! なめてんのかオラァ! 偉大な勇者を目指すこの俺様がえぐってやるぜ畜生この野郎!」
ササキ一家の構成員達は、一同に少年を見やり、血の気がサッと引く。
「げっ若が来てるぞ?」
「おいマジか。やべえよ、ササキの親父には絶対知らせんな」
「相談役にもだ。ヤキくらうぞ若も俺達も」
「若に何かあったら俺たちもやべえ。小指じゃすまねえぞ! 全力でお守りしろい!」
ササキ一家がマンティコアに立ち向かう中、龍は合成虫アラクネーと対峙した。
漆黒の甲殻を纏ったこの全長20メートルの合成虫は、頭がカブトムシの角、アゴはキリギリス、前脚にカマキリの鎌を持ち、毒の鱗粉を撒き散らす禍々しい黒い巨大蛾の羽に、毒トゲ付きの蜘蛛の八本足を持ち、尻には神経毒の針を持つモンスター。
「キシャアアアアアア!」
カマを掲げて羽根を広げて威嚇する合成虫へ、龍は二刀を構えて、一気に切り込む。
「ふん、お前も二刀流か。それに私には毒の類は効かぬぞ?」
龍は鎌の斬撃を二刀で受けるも、頭に生やしたアラクネーのツノの一撃を龍はモロにくらい、数十メートル先まで吹っ飛ばされた。
「なるほど三刀流か。相手にとって不足なし!」
巨大な大砲を地面に具現化させて、自分を追ってくるアラクネーに全門照準を向ける。
「發射」
龍とアラクネーが死闘を演じる一方、異世界の円卓騎士団、別名太陽騎士団は、団長代理のラウール・ド・コルネリーアに率いられ、合成鳥と対峙する。
合成鳥グリュプス、頭と羽根は白頭鷲で、体は胸と前足が獅子、背中と後脚は馬のキメラで、体高約10メートル。
自由自在に飛び回り、硬質化させた羽と屈強な前脚と雷の魔法で襲って来るキメラに、円卓と呼ばれる異世界の騎馬隊は苦戦を強いられる。
「怯むな! 羽根を切り飛ばすか、矢を当てろ! 魔法で機動力を封じるんだ!」
「騎士達よ、我々に神と勇者様の御加護があらんことを。わたくし達が証明して見せましょう」
赤い全身鎧の騎士が剣を掲げ、参謀のように白のローブを着た小柄な魔導師が魔法を詠唱する中、グリュプスは指揮官二人を見つけ出す。
「クワアアアアアア!」
グリュプスのあまりの素早さに反応できず、攻撃もかわせず二人は一瞬硬直した。
「チッ」
特大の舌打ちをした極悪組二代目、ニコ・マサト・ササキが時間操作を使い、グリュプスの羽を切り飛ばし、返す刀で首を跳ね飛ばして、騎士と魔導士の危機を救う。
「来るなって言っただろ! 兄ちゃんの言うこと聞けねえとはどういう事だ! マサコ、それとヤスコ」
間一髪で救われた騎士鎧のマサコと、白のローブを着た魔導士のヤスコは、悪びれることもなく、反抗的な態度で長兄のニコを見る。
「で、ですが兄上はわたくしと同じ13歳の若さで、世界を救ったのでしょう! ならばわたくし達も。そうでしょヤスコ」
ローブのフードを取った、プラチナブロンドの美しい髪に黒い瞳をした11歳の美少女ヤスコは、兄であるニコにお辞儀をする。
「ごきげんようお兄様。わたくし達姉妹はお兄様やお父様の偉業に相応しいよう、実績と経験を積みたいと思ってます。なぜならば我らが一族は世界を救った神子の一族。わたくし達の今の力ならば、世界に仇なす敵はおろか、お父様の偉大なる思想たる、弱きを助けて強きを倒せるかと思う所存でございまして……」
「長え! 言い訳が! 能書きばかりベラベラ言いやがって、オイラが帰れって言ったら帰れ」
首無し状態になるも、飛びかかるグリュプスの心臓を、ニコは後ろも振り返らずに刀でひと突きにして、絶命させる。
「いいか! この世界はオイラ達の組や、義理がある皆様方が、全員で対処しなきゃなんねえやべえ世界だ! 足手纏いなんだよ!」
「あら? でも彼はそこそこ戦えているようですよ? お兄様」
白のローブを纏うヤスコが指さす先に、マンティコアとナイフ一本で戦う、血だらけの少年とササキ一家の面々をニコは確認した。
「オラオラ、どうした畜生この野郎! さっきみてえな光るブレスとか体当たりとかして来いオルァ!」
ドレッドヘヤーの少年の姿を見たニコは、こめかみに血管が浮かび、眉間に怒りジワが寄り、一瞬で距離をつめてマンティコアを一刀両断して絶命させた。
「クソが! 俺の獲物獲るとかどういう了見だ! あんたの伝説塗り替えて、俺こそ最強の男に」
反抗的なドレッドヘヤーの少年へ、ニコは刀の柄でみぞおちをひと突きし、ササキ一家の幹部達が駆け寄ってくる。
「親父さんすんません!」
「自分ら止めたんですが」
「申し訳ありやせんでした親分!」
ニコは上空から迫る、100の頭を持つ合成竜ラードンの姿を確認して、刀を構えた。
「どいつもこいつも、親父とオイラの指示無視しやがってボンクラ共が。帰ったら親父と相談して、全員あそこに入れて性根叩き直させるか。いや……まず座れおめえら」
ニコは三人を見て、その場で正座させるように指示する。
「おめえらよく見とけ。オイラや親父の戦いぶりを、世界救済に想いを馳せる人々の姿をこの目に焼き付けろ! いいな?」
彼らは、世界救済戦後に生まれた勇者の血族達で、生まれた時にすでに平和だった世界で育ったためか、父や兄が命がけで救った世界が、どれほど過酷だったか、命懸けの戦いがどういうものかも、勇者の試練も理解できておらず、そして幼かった。
彼ら彼女達が本当の強さと心を学び、偉人として活躍するのはもう少し先の話であり、それはこの世界の話ではない。
一方、地中から湧き出した無数のアンデッドの群れに黄金薔薇騎士団は苦戦する。
「クソっ、数が多すぎる!」
隊長格のアンジューと、ランヌは銃剣付き魔道ライフルでゾンビ達に銃撃するも、勢いが止まらない。
「こいつら不死身だ。ちくしょうクソ! こんな奴らどうすれば」
最年長のハーヴァードが、大槍を振るいゾンビとスケルトンの群れを蹴散らすも、地中から次々湧き出る腐敗臭がする手に足を取られた。
「くっ、くそおおおおお!」
地面から生えた無数の手に、マッシモが手斧を振るい、ハーヴァードを救出する。
「かたじけないマッシモ」
「ビビってんじゃねえ! アイリーの酔っ払い!! 俺たちはマリー様の騎士だぞ! あの小僧を見ろ!」
ヴィクトリー北部のスコッティ出身のスチュアートは、ジークフリード騎士団から奪った馬に乗り、声を上げて部隊を指揮する。
「怯むな騎士達! 剣と槍を構えろ! 我ら黄金薔薇騎士団、化物など恐るるに足りず! 我らが姫殿下の敵を打ち倒すのだ!」
「ぬう、この戦場でスチュアートの小僧、騎士として成長しておる。年長者として負けてはおらなんだ」
「そう言う事だ。まあ騎士団長の座は、シシリー代表の俺が貰うがな!」
するとスケルトンワイバーンに乗る、スケルトンの騎士が、マッシモとハーヴァードに槍を突き立てようとした。
「ぬんっ!」
全身深紅の大鎧の男が、スケルトンワイバーンを十文字槍で粉砕し、黄金薔薇騎士団の救援に駆けつけた。
「この世界の騎士共よ! 火焔魔法を刀剣に纏わせ攻撃せよ!!」
大鎧の男は十文字槍を頭上で回転させて、炎の竜巻を発生させてアンデッド達を空中に舞い上げて、焼き尽くす。
「おお、その槍技見事! 名のある武人とお見受けする!!」
大鎧の男は、アンデッド達を粉砕していき、自身の兄弟分の勇者を見やる。
「ふん、つくづくアンデッドとは縁がある。昼間でこの強さならば、戦闘が長引き、日が傾くとこちら側が不利。兄弟! こっちは大丈夫だ、余に任せよ!!」
「すまねえロンの兄弟!」
勇者の兄弟分緋色の皇帝こと、仁愛の世界の覇権国家チャイ皇国皇帝にして、二代目極悪組後見人の、ロン・ブラフン・チャイ・チャイーノが槍を振るい、勇者はジークが同化したニーズヘッグに魔力銃パイソンで攻撃する。
「鬱陶しいぞクソ野郎! 堕ちろオラッ!」
マリーもギャラルホルンに、CZアークエンジェルを合体させて光の魔法を放ち、騎士団も魔法で上空のニーズヘッグを攻撃する。
「分散! 固まってると炎で焼き尽くされる! 密集隊形でなく、分隊ごとに散開してあの龍に魔法攻撃を!」
マリーがレスター隊とジョーンズ隊に命令を下して、ニーズヘッグを遠距離攻撃するも、上空から飛んでくる火炎弾で、騎士達が戦闘不能にされていく。
「滅茶苦茶体力あるわ、あのドラゴン。生命力の数値がバグっててよく見えないけど、8桁超えてる」
「やっぱ、ちまちま魔法かけたり、銃撃だけじゃジリ貧だな。ロバートの兄弟、援護頼む!」
「ああ、マリー君も上空へ!」
マイクロレベルにした反物質の銃撃で、巨大なニーズヘッグを狙撃するロバートにこの場を任せて、マリーと共に上空まで駆け上がる。
地上から飛んでくる、強力な銃撃と魔法をニーズヘッグは高空でかわしながら火焔攻撃で応戦する。
「チッ、宰相にしてやったあの悪魔が用意した魔物使えん。いや奴らが強いのか。魔法もそうだが何よりも着実に攻撃を加えてくる、あの筒状の杖が厄介だ。俺の時代にはなかった武器」
ニーズヘッグは魔力を蓄え始め、翼が紫色に変色して光り輝く。
「だがこれはどうかな? 我が魔法、原子崩壊の魔力に、この龍のブレスを……いやそれでも足りぬな」
「何がたりねえんだコラ! 足りてねえのは頭だろボケ!」
マサヨシとマリーがニーズヘッグと対峙する。
「行きましょう先生!」
巨大なニーズヘッグにマリーが突っ込み、杖から出した光の刃で羽を攻撃し、マサヨシは頭部を破壊して動きを止めようと、白騎士に乗り移ったジークと白兵戦を行う。
「ここまで接近されたら、てめえブレス撃てねえだろ? 隙が出来るからな」
「クックック、お前こそこれはどうだ?」
斬りかかるマサヨシに、バイザーを上げてジョージ王の顔にジークは変わる。
「お兄様、やめてくれ! 私はあなたに出会えて嬉しかった。どうか私を助けて……」
いい終わる前に、マサヨシが刀を袈裟斬りにして白騎士の鎧を切り裂き、ニーズヘッグの頭部へ連続で刀を突き刺す。
「ぐおおおおおおお、此奴の魂はお前の弟ではないのか!? 貴様あああああ」
「俺に隙なんてねえ。こいつの、俺の弟の思いは家族を守る事。ならば兄貴としてその思いを叶えてやるのが道理よ!」
白騎士が握るマーズブレイドを、手首ごと切り落として巻き上げる。
だが自由時代に動く右手首の甲冑を、ジークは操作してマサヨシを切り刻み、左手から魔力を帯びたロケットのようなパンチが飛んでくる。
「てめえ、ロケットパンチみてえな攻撃しやがって! だが、隙が出来たぜ」
「なに!?」
巨大なニーズヘッグの喉に、マリーはギャラルホルンを突き刺し、引き金を引く。
「全弾炸裂!」
体内で炸裂する魔力で、ニーズヘッグの喉が破けた事で、高熱の息吹が吹き出して、黒龍は悲鳴をあげる。
「クソッ貴様ら! かくなる上は」
ジークは召喚魔法の他にもスキルがある。
召喚した魔獣や精霊と同化して力を発揮出来る、マリーが持つ召喚魔術と似た能力。
「俺の力融合で、召喚した怪物共をアンデッド化して、全てのアンデッドをこの龍と同化し、力を! この黒龍を滅びのエンシェントドラゴンと化す!」
異変に最初に気がついたのは、合成虫アラクネーを死闘の末に撃破した龍だった。
「おかしい。こいつを絶命させた時、俺に対する殺意が一気になくなり、楽にトドメをさせたが。何かわからんが嫌な予感がする」
するとアラクネーの体が震え出し、龍は二刀を構えたが、アラクネーの死体は空に吸い込まれていく。
「せ、先生。こいつが呼び出したモンスター達が空に!」
「チッ、巻き込まれるぞ、一旦距離を取れ。野郎、地上のモンスターやアンデッドを吸収する気か?」
ジークは、地上のキメラや生み出したアンデッドを宙に巻き上げ、ニーズヘッグに同化させていく。
白騎士ジョージの無限に召喚できるアンデッドの召喚を、自身の同化の召喚に転換させ力を得るためである。
生と死の螺旋の波動がニーズヘッグを覆い、神話の大邪神、邪龍キングーと同等以上の力を得て、その領域は原初の神ケイオスじみた力を蓄える。
吸収されたアンデッドとキメラ達は、ニーズヘッグを鎧のような極彩色の表皮と化して、無数の蠢く顔と獣達、そして生者のエネルギーを欲する、文字通り混沌の龍と化す。
「素晴らしい。生と死がカオスを生み、螺旋の力が全てを超越! ウフッふははは、素晴らしい力だ。この世界はおろか全てを混沌の渦へ、世界創生前へ回帰させん! このカオスドラゴンでなあ」
英雄と呼ばれしジークフリードことアッティラは、力に溺れて全てを滅ぼす混沌の力を得て、黒龍は喜びの雄叫びを上げた。
そして龍に滅びの力を蓄えると、羽根が紫色に輝き、宇宙創生のエネルギー、ビックバン級の炎と重力波を放つブレスを地上に放とうとする。
「全てのナーロッパの生みの親である俺が、この世界の者を裁いてやろう! 終焉の蝕龍波」
「まずい、絶対防御! いや間に合わ……」
勇者マサヨシは、宇宙崩壊のエネルギーを感じ取り、転移魔法でマリーを突き飛ばし、前に出て盾になる。
「ざっけんな! てめえの身勝手で世界を消されてたまるかあああああ! 無間地獄!!」
破壊のエネルギーが濃縮されたような、紫色のエネルギー波を、マサヨシはブラックホールのような異次元空間を具現化させる冥界魔法を唱え、破壊のエネルギーを吸収する。
だが、セトとの戦いで消耗した魔法力では無間地獄を具現化させるのは数秒が限界だった。
「死ぬがよい」
「くそがあああああああ」
エネルギーの奔流に巻き込まれたマサヨシは、光の速度で降下していき、ニコと人形使いドリーの操る巨大ロボット達が広範囲の電磁バリアを張る。
しかし突き抜けたエネルギーが、電子レンジのようにマイクロ波で分子が振動し、ベルン市内が灼熱化して市街地が炎に包まれた。
黒焦げ状態になった勇者マサヨシの体は炭化し、自身のエネルギーで街を守ったものの、市街地に展開していたロレーヌ騎士団多数が戦闘不能状態にされ、市街を囲む森が焼き払われる。
「フハハハハハハ、素晴らしい。これが力だ!」
「どこが……」
マリーの鎧が光り輝き、白金の鎧が光そのものになり、力を全開放する。
「これのどこが素晴らしい力なんだ! 人の思いも歴史も、生存する生命の権利をも奪い取る邪悪め!」
カオスと化したジークフリードにマリーは、光の杖ギャラルホルンを向けた。
奇しくもハロウィンの時期にアンデッドを吸収した章ラスボス戦二回戦開始です