第169話 白騎士王の召喚魔法
エリザベスがロキと合流し、ヴィクトリー王国が完全にエドワードことアレクセイに簒奪された時、異変が起きた。
ヴィクトリーの歴代王族が埋葬される、ジークミンスター寺院が地震で亀裂が走り、白銀鎧が墓所から飛び出して、兜のバイザーから赤い光が輝いたあと剣が具現化する。
ヴィクトリー建国以前のジーク帝が所持したとされる、女神フレイアが与えたとされる伝説の剣、マーズブレード。
ヴィクトリー建国の象徴であり、全長1メートル半、刃渡り1メートル、湾曲した片刃の分厚い刀身は、地球世界の古代剣ファルクスにも似ている。
柄はクロス・ガードが装着され、ヴァイキングソードのようにも見えたが、この世界にはない金属、アポイタカラを炭化させ、金属構成を熱と電子と冷気などの魔力が通りやすくした逸品。
神域ユグドラシルの魔剣グラムをさらに改良を施した神剣である。
装備する盾は、英雄ジークが古代ノルド帝国より簒奪したミスリル銀の小楯に、ヴィクトリー王国の象徴である赤薔薇の塗装が施されていた。
騎士の頸当てには具現化した頸飾、薔薇を模した国宝ローズ・ヴィクトリーを装備し、白騎士はヴィクトリー上空を見上げると、翼竜や精霊龍に乗った、禍々しい仮面の一団が上空に姿を現し、ヴィクトリー城周辺を旋回飛行する数十騎を率いるように、漆黒の巨神、テスカポリトカも出現する。
白騎士は、墓所から歴代王家の騎士鎧の亡霊を具現化し、剣を構えた。
――我が領土侵すもの滅ぶべし
白騎士は生前の記憶を思い出す。
彼は全てを見通していた。
エドワードと名乗るマクスウェル男爵家が簒奪され、伝承にある亜人の一派であることも、王宮の侍従たちが20年もの時間をかけて、得体のしれない何者かに入れ替わっている事も。
そして愛する娘たちを陥れようとしている事も見通していた。
しかし見通すことはできたが、もはや覆そうとしてもこの得体のしれぬ相手がこの世界の神々である事実を知ってしまった事で、どうする事も出来ず、神の陰謀に対抗する術も自身にはない。
導き出した結論は、自室で王家の秘術を会得するために静かに魔力を蓄える。
そして彼は決定的な瞬間を目にする。
自身の愛する長女の視線が、次女に明らかに敵意を超えた殺意を帯びていた事に。
――私の家族が、この世界で人生をやり直したはずなのに、愛する家族が得体のしれぬものに壊される。
彼は、王家の秘術が載る古文書を読み進めて、建国の父であるアルフレッド大王が発見したとされる禁忌の召喚魔術を見つけた。
それは反魂の召喚魔術。
すでに死んだ存在を召喚し、対象に宿らせる秘術である。
この秘術は生命力を必要とし、寿命も大幅に削られるため使えるのは人生で一度きりだけ。
神の領域である神界魔法、魂召喚の秘術を人間の身で使えるようにした召喚魔法だった。
これはジークフリード帝国時期皇位継承者ロレーヌ皇太子と、皇帝の妾の子であった兄のアルフレッド王子が帝国継承権争いをしていたのが原因であり、アルフレッド王子が召喚したのが、聖女マリアンヌの父であり、ジークに自身の王国を譲った伝説の騎士王アーク。
騎士王アークより帝国の成り立ちと英雄ジークの真相と、偉大なる騎士王領ケトルの伝説を聞き、このヴィクトリーの地が英雄ジークの正当なる建国の地であると、アルフレッド大王は自身に宿らせた騎士王アークから聞き及ぶと文章にまとめあげ、ジークフリード帝国から独立。
正統なるジーク教の国家ヴィクトリー王国を建国して2年足らずでこの世を去る。
ロレーヌ皇太子は、ジークフリード帝国から分離独立した兄の一族を滅ぼそうと考えるも、これを見計らったかのように、ジークフリード帝国への復讐を考えたジューの商人達が支援した外戚のフランソワ大公が、ジークフリード帝国を二分し、分離独立した。
もはや英雄ジークの名も巨大な帝国をまとめ上げるのは不可能になったと感じたロレーヌ皇太子は、ジーク帝最後の皇帝カールが崩御したのを機に、自身の名ロレーヌを冠する皇国を建国したのがジークフリード帝国分裂の真相。
時代が下り、500年後にヴィクトリーの王である彼が望んだのは、前の世界で自身も信仰した光の絶対神、神の中の主。
彼は前の世界で死んだ原因を思い出し、ある種のニヒリズムに陥っていた。
自分が信仰する神なんか前の世界の地球にはおらず、この世の地獄を経験したと。
魂を天に召し上げた天使は存在したが、絶対なる光の神はいなかったとも。
前世の彼は、物心ついた時には基地の記憶しかない。
基地の敷地で育ち、幼稚園も小学校も軍事基地内にあり、父は軍の将校で母の父も軍人だった。
自分は父を尊敬して母の祖父も尊敬しており、何よりも自分が一番でなくては気が済まなかった。
喧嘩でも勉強でも一番を目指し、典型的なガキ大将となった彼は、早く軍人になりたかったので、今すぐに軍に入りたいと父に申し出る。
彼の父は悩んだ末、力が有り余り、賢くはあるが気性の荒い息子に、12歳になるまで勉強に集中しろと命じ、親戚が多数いる、中西部の中高一貫全寮制軍学校に入学させる。
そこで彼は、転生した今でも役立つ、リーダーシップを学びながら規律に徹し、成績トップで18歳を迎えるころ、正式に国の陸軍士官学校に入学が内定……の予定が、激化の一途をたどった戦線にROTCプログラム上級課程を全てクリアしていたため、4週間の総合演習訓練を経て最年少指揮官として戦線に投入される。
なぜならこの戦争では、最前線の少尉の生存期間がたったの16秒しかないとも言われた激戦地だった。
とにかく下級将校、現場の隊長クラスが足りなくなったため、前の世界の議会が決めたことだった。
その戦場は、大国により長年植民地化されていた地域で、宗主国へ革命が起きたことから、独立戦争を経て大国の都合で南北に分断され、腐敗しきった南側の政府を支援するための泥沼の戦争。
そこで彼は、戦争とは、軍人とは、士官とは、リーダーとはなんであるかを身を持って知り、理想と現実の狭間で地獄のような戦線を1年生き抜いた。
1年生き延びた事で、自分の小隊は一騎当千の古兵となり、戦地で仲間の援護にヘリコプターで向かう。
「第75歩兵連隊の偵察中隊から救援要請だ。いつもの通りにベトコン共へ、ジョンウェインよろしく騎兵隊のお出ましだ。ギャリー・オーウェンってな」
「HaHaHaHa」
「天にまします我らが主よ。我らに罪をおかす者を、我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ。我らをこころみにあわせず、悪より救いだしたまえ。国と力と栄えとは、限りなくなんじのものなればなり。アーメン」
主に祈りの言葉を捧げ、戦地に着く前にロザリオにキスするのがルーティンの二等兵もいた。
入隊したばかりの彼のおかげで、部隊の死傷率が目に見えて減り、階級的な隔たりと宗派の違いはあったが、人間として馬があったと思い出す。
名門大学を休学して、予備役将校訓練課程も経ずに、一兵卒で軍に入った変わり者の二等兵だったが、どこか知的で歳が近かった彼とは、二人きりの時はファーストネームで呼び合おうなどと酔っ払って話をした事もあった。
「二等兵カルーゾの祈りが済んだら、また全員生き残れる。准尉! ポイント3ー3ー9への到着は予定通りか?」
「イエッサー! 小隊長! 騎兵隊の殴り込みまであと5分ですぜ」
ヘリのパイロットがガムを噛みながら返答する。
「ゴホッゴホッ」
主への祈りを唱えて終わった二等兵が咳き込む。
「どうした? 風邪か?」
「いえ、大丈夫です。ちょっと鼻詰まりがズビ……ホレッ分隊長」
「きったねえ! お前、鼻水擦りつけてくんじゃねえ!! お前が好きなアイスクリームの食い過ぎで風邪引いたんだろ馬鹿」
「HaHaHaHa」
みんな若くて気のいい連中で、この任務が終われば、小隊は前線から一旦退き、基地での仕事を終えたら、自分は後方の軍学校に再入学となっていたのだが、運命はそれを許さなかった。
搭乗するヘリが、制圧対象の敵の拠点である村広場へ降り立つと、村の人間は偵察隊に皆殺しにされ、婦女子も強姦されて殺害された痕跡も確認する。
「これは、非戦闘員の村が焼かれて女子供もぶっ殺されてやがる。戦時国際法違反だ。こんな……」
いくら戦闘員と民間人の区別がつかないとはいえ、自軍が犯した非道に若き士官の彼は絶望する。
「行きましょう、小隊長。こんなクソ共でも救援を求める俺達の仲間です」
「ああ、帰ったら告発してやるぞクソめ!」
そして、救援ポイントに辿り着くと、副官の軍曹の頭が吹き飛ばされる。
「待ち伏せだ! 狙撃兵がいやがるぞ! クソッ、鼻の調子が悪い!」
危険予知のような特殊な力を持った二等兵が気がつくも、すでに遅かった。
ジャングルは敵の部隊に囲まれ、自慢の小隊の部下達が、一人、また一人と頭を吹き飛ばされ、手榴弾も飛んでくる。
「偵察隊は全滅だ! いや、一人生きてる!! 待ってろ、クソ野郎! 今助けてやる! 村の件の報いを受けさせてやるぞ」
転生前の彼は、負傷兵を助けようと駆け寄るが、それは罠だった。
ブービートラップで仕掛けられた地雷で右足が吹き飛ばされ、スローモーションのように時間が長く感じて腐葉土に突っ伏す。
「小隊長!」
匍匐前進で、一番信頼する二等兵が近寄るが、左手で制して胸の認識表を右手で引きちぎり、二等兵に投げ渡した。
「だ、大丈夫。ヘリに戻ってくれ。君さえ生きてれば、この先の戦場で犠牲者は少なくなる」
「それはできねえ!! あんたは国に必要なんだ。あんたは俺が連れ帰る!」
「ダメだ! 俺の小隊長命令に従え、カルーゾ二等兵!」
二等兵が踵を返して撤退すると、ライフルを持った敵兵士が姿を現して、自分にトドメを刺そうと囲まれるが、彼らもまた自分と同い年、いやそれよりも若い、目に憎しみの色が見える少年兵達だった。
「……俺達も君達も何のために戦ってたんだろうな?」
上空の飛行機からナパームが投下され、彼の意識は闇に包まれた。
彼の魂は傷つき、多くの戦友を失い、命を落とす。
「私は、前の世界で地獄を見た。空に暗雲が立ち込めるジャングルの中で足を失い、味方の航空機に森ごと炎で焼かれ……神なんか、私が信仰した聖書の光の主なんかいなかった前の世では」
前世で自身が惨たらしく死んだ理由は、その光の絶対神は死んでいるから、前の世界は醜く争い、弱者が虐げられていたからであると思いこんでいたのだ。
「神よ、もはや死んでしまった光の神。どうか私の娘に力を与えたまえ。我が召喚に応えたまえ」
彼は、次女に対して反魂の召喚魔術を秘密裏に唱え、その秘術の成功は確認できなかった。
一方の次女は、生まれ変わった自身の姿を鏡で見ながら、召喚のスキルを天界の天使身分だった戦乙女より適性があると言われたのを思い出して、転生する時に自分が設定した胸が大きすぎるなどと考えていた時、鏡に映る自身の体が光った感覚を覚え、彼の召喚は成功したのである。
翌日に運命の日を迎え、彼は自身の即位20年を祝う晩餐会で、毒を盛られた。
一瞬、自分を殺そうとしたのは自身が希望を託し、王位を譲ろうと考えた次女かと思ったが、顔を見ると動揺しており、宮中の女中である一人が、自身を見て笑みを浮かべていた。
――こいつか、私を貶めた邪神は。許せぬ、私の娘を暗殺の道具にした邪神共め! 命が尽きる前に私の魂を反魂させ、我が愛用の白銀鎧に……
そして今わの際、最後に自分を助けるために回復魔法をかけるロレーヌの皇太子を見る。
――ふっ、横顔がマリアそっくりだな。マリア……済まない事をした。せっかくお前の子供が私を助けようとしたくれるが、もう反魂の魔法は発動してしまった。マリア、若い頃……お前の気持ちに応えてやれることが出来ず……すまな……
彼が再び目を覚ますと暗い土の中にいた。
あらかじめ、ジークミンスター寺院に自身の愛用の白銀鎧を隠しており、反魂の召喚術は成功したのだ。
――ふむ、成功したか。これで我が領土と我が娘たちを永遠に守る力が手に入った! エリザベス、マリー、お前達はたとえ肉体が死んだとしてもこの私、ジョージが守る! わが身は死して護国の鬼とならん!
彼は彷徨う鎧姿のこの世の理に反した、アンデッドになって蘇る。
そしてアンデッドになったことで、寿命を削らねば使用できなかった反魂の召喚魔法が、自由自在に使える事に気が付き、娘と自分の王国を守るためだけの彷徨う白騎士となったのだった。
しかし、思考を司る脳と肉体を失ったため、思考力低下が起きる。
これ以上の思考低下を防止するため、生前の様に自室に戻り日記帳をこの世界の人間が理解できないように英語でしたため、自身が死んだ原因となったエドワードことアレクセイの枕元に立ち、呪詛の言葉を投げかける毎日を過ごす。
何度かの娘たちの危機に、自分の剣と召喚魔法を用いながら死しても戦い続け、今まさに敵国勢力と共謀のうえ自身の王国を簒奪したアレクセイを打ち倒すため、娘であり女王に即位したエリザベスを守るため、力を発揮しようとした時だった。
何者かに呼び出された感覚に陥り、白騎士は王都ロンディウムから、帝都ベルンへ瞬間移動する。
召喚魔法で呼び出したのは、マリア・ジーク・フォン・ロレーヌ。
彼女は、二人の娘と共に暗殺の危機に陥っていたのだ。
数分前に、帝都ベルン教皇私邸リーデンブルグ宮殿に暗殺者であり復讐鬼、スカーレットと名乗る少女が侵入する。
「ぶっ殺してやる、この世界のパパとママの仇の悪の女帝め! あたしの空間操作のスキルで!」
場内の地下室で幽閉された女帝マリアと二人の皇女ブレダとルイーサは、地上で衝突音と爆発音、そして地響きと喧騒に肩を震わせていた。
「わらわの皇国が滅びる……あのジョージに似た黒髪の勇者によって滅ぼされる」
「お母様、皇国はどうなって……ヒッ!」
「きゃあっ! また何かが爆発した!」
その時、地下室に足音が響く。
「だ、誰か!?」
手枷をされ、身動きが封じられた女帝マリアは娘たちに弱いところを見せられないと思い、足跡の主の正体を看破しようとする。
「みーつけた」
異世界半グレ、赤いゴシックロリータの服を着たチート7所属の女殺人鬼スカーレットである。
「お主、何奴じゃ!?」
「あたし? うーん殺し屋って所かしら? あんたをぶっ殺しに来たの皇帝マリア。この国の貴族に運命を弄ばれ、両親を殺された農家の娘よ」
少女の答えに、マリアはある連続殺人鬼の事を思い出す。
ロッソスクード男爵をはじめ、ロレーヌ皇国内の貴族達を暗殺しまわってる元村娘の報告だった。
しかし、マリアは持ち前の胆力で時間稼ぎを考える。
今の状況を察して、警備の騎士の誰かが助けに来るはずであると思ったからだ。
「そうではない、娘よ。お主の名じゃ! 牛馬やその辺の犬や民草にも名があるじゃろ?」
「ハァ? 人をそこら辺の動物扱いする気?」
スカーレットが風の魔力を高めると、地下室の牢の鉄骨が空間ごと寸断された。
彼女の生まれ持ったスキル、絶対自由。
空間内の事象を想像力と魔力で操れ、絶対回復、絶対防御のスキルとは違い、彼女の込めた魔力に応じて何度も使用することが可能な最上位スキルである。
「そうね、クソババア。あたしの前の名はスカーレット・ライスって言うの。レティとも呼ばれたっけ? こっちの世界だと5月に生れたから百合の花にちなんでリリーって名付けられた。けど、もうその名前で呼んでくれる人はいないの、お前達が殺したから!」
マリアに魔力を放つと、彼女は咄嗟に自身を庇うようにして手枷を前に突き出すと、繋がれていた魔力を封印する鎖が寸断され、しめたとほくそ笑む。
「ふむ、やはり頭が悪そうなおなごで助かったわい。わらわもな、いつ何時暗殺されるか分かったものではないと思い、護身の魔法を身につけておるのじゃ」
マリアはジークに信仰を捧げる神霊魔法の使い手である。
ジークフリードの子孫である彼女は、黒魔導士トレンドゥーラの手ほどきで、幼少時代より大方の魔法と護身術を身につけていた。
「どこのどいつか知れんが痴れ者め、両手が自由になりさえすればこっちのものじゃ。我が身体強化を込めた力で、お主のそっ首、へし折って……」
瞬間、マリアは右手に経験したことも無いような激痛がはしり、目線を下に向けると右の手首が地面に落ち、血が噴水のように吹き出す。
「きゃあああああああああああああ!」
「いやあああああああ!」
「お母様あああああ!」
スカーレットは大きくため息を吐いた後、マリアを飛び蹴りで蹴飛ばし、仰向けになったマリアの腹を、思いっきり踏みつける。
「クッソ弱いわね。あたし、魔法だけじゃなく運動神経とか抜群なの。鍛えてるから」
マリアは出血と激痛と恐怖で涙目になり、ガタガタと震え始めた。
「めんどくさいから、首切り落としてパパっと終わらそうかしらね。ババアが死んだら、次はこいつらね」
……首を刎ねられる。
不意にマリアの前世の記憶が呼び起こされた。
前の前世では、やはり彼女は何不自由もない王女として生を受け、名もこの世界同様マリアだった。
王女として生まれた彼女の時代、王権は神から付与されたものであり、王は神に対してのみ責任を負い、また王権は神以外の何人によっても拘束されることがなく、国王のなすことに対しては人民はなんら反抗できないと言われる、王権神授説が主流であった。
前世の彼女は、今の彼女とは全く違い、怠惰で勉学を嫌い自由であることを何より望んでた。
自分を中心に世界が回っているとも考え、軽薄で自分が楽をするためだけに頭を働かせる。
そんな王女であり、語学も上達しないまま隣国の大国へと嫁ぐ。
その国で、王妃としての責務は果たそうとは思ったが、自身の夫である王子が常に呟くのは、自分が名を改めたマリーではなく、愛人のマリーの名。
それでも夫を慕い子をもうけ、愛人達と宮廷闘争を行い、夫が王に即位して王国中に自身の名が知れ渡る最中、人が良く、押しも弱かった王を次第に下に見始め、これから宮廷を取り仕切るのは王妃たる自分であると思うようになったのだ。
次第に王妃としての、公の立場より私を優先させ始め、宮廷をもっと自分の住みよい場所にしようとした。
宮中の女中や、貴族婦人たちも見下すため、ドレスやファッションに金をかけ、舞踏会、劇、オペラなどのため頻繁に出かけては、ギャンブルにのめり込み、ついには彼女の奔放さが原因で、ある問題が起きる。
自身の浪費癖が要因の一つとされた国家の財政難である。
彼女の国内での評判は、夫である王を省みない最低の王妃だと民衆達にも話が広まり不満がたまるようになり、また巨額の詐欺事件が宮中で起きると、あれは外国出身の王妃による陰謀だと吹聴され、ついには自身が口にしてもいないような言葉、パンが食えないならケーキでも食べればいいと民衆達に言い放ったというデマが市井に広まり、ついに政治犯収容所で暴動が発生、革命が勃発。
革命勢力と和解しようとする夫を無視し、天において結ばれたる王権が、地上の下賤なる者達の手でばらばらにされるのを許してはなりませんなどと、革命勢力の神経を逆なでするような言葉を投げかけ、和解への道を悉く潰し、破滅へ向かい突き進む。
彼女は、自分が下に見ていた民衆達や下級貴族を舐め切っていたのだ。
もはやこんな国には居たくないなどと思い、国に残りたいという国王をねじ伏せ、自身の生まれ故郷に亡命しようとするも、あまりにも豪華すぎた馬車が国境で拿捕され、首都に連れ戻される。
彼女が嫁いだ国は革命勢力が実権を握る、極左的で過激な恐怖政治が行われ、牢獄に投獄されるも自由気ままに生活していた彼女であったが、夫である国王は処刑された。
そして、まさか王妃である自分を殺すことはないだろうとたかを括っていた彼女に下されたのは、言いがかりと無実の罪で死刑。
王と同様に彼女はギロチン台に乗せられ、首が両断される。
うすれゆく意識の中、広場は大歓声に包まれ、万歳の音頭の後に、民衆達から侮辱の言葉が浴びせられ、彼女は魂が傷つき前世の生涯を終えた。
後にこの出来事はフランス革命と呼ばれ、英雄ナポレオンが活躍する戦乱の時代へと移行する。
「さあて、忌々しい貴族の親玉の悪の皇帝! アタシが革命起してやる! 死ねっ!」
また自分は下賤な者から首を刎ねられて殺される。
彼女は、大量に出血して意識が遠のく中、この世界で自身が生涯唯一愛した男の名を叫ぶ。
「助けてええええジョージいいいい、わらわの王子様! 白騎士ジョージいいいいい」
彼女の生まれ持った召喚魔法が血によって発動し、地下室の天井が崩れ落ち、召喚された白騎士がマリアの前に立つ。
それは紛れもなく自身の最愛の騎士、ヴィクトリーの白騎士と呼ばれ、幼少時代の自分を守ってくれたジョージ・ロンディウム・ジーク・ローズ・ヴィクトリー三世の鎧姿。
右手を斬られてマリアに、二人の皇女が寄り添い合い、涙目で回復魔法を唱える。
「な!? なんかよくわかんな騎士が出てきたわ。消えろ!」
スカーレットが空間操作で、斬撃を次々に放つと鎧はバラバラになった。
だが、鎧の左腕が宙を飛び、スカーレットの腹に強烈なボディーブローを放つ。
「ぐっ、なんだコイツ……鎧の中には誰もいない!? 彷徨う鎧のお化け!?」
今度は宙に浮かんだ右腕が、神剣マーズブレードを持ちながら斬撃をスカーレットに繰り出していく。
「ちょ!? せっかく作ったゴスロリファッションが斬られちゃう!」
間合いを離したスカーレットに対し、白騎士はバラバラになった鎧を元通りに再生する。
スカーレットと白騎士が対峙する中、地上から見下ろす二人の人影がマリアの視界に入った。
「これは……先生、やはり以前私達が以前対峙した白騎士!?」
「ああ、それにこの女は確か白薔薇って野郎と繋がったスカーレットって女だな」
セトを倒し、フレドリッヒの魂を肉体に取り戻した召喚術師マリーと、勇者マサヨシである。
スカーレットは自身と敵対する勢力だと直感し、空間転移でその場を後にした。
「あ、消えた。逃げられた」
「チッ、転移魔法か。あのノワールって小僧よりもはるかに手強いかもな」
勇者マサヨシは、女帝マリアと皇女二人に目が向く。
「おい、早く逃げろ! この正体不明の野郎はアンデッドを呼び出す化物……!?」
「ジョージ……生きててくれた。わらわが愛するジョージ」
マリアの言葉に勇者マサヨシは冷や汗をかき、マリーは驚愕の表情で白騎士を見る。
一方の白騎士は動きを止めて、マリーの方を見上げて、動きを止めた。
「そんな、まさかそんな……お父様?」
「チッ、なるほどそういう事か。こんな形で会うとはな。この世界ではヴィクトリー王として生まれ、前の世界で……俺の腹違いの弟、ジョージ・テイラー少尉……だったか?」
「え!?」
マリーは、驚愕の表情で師であるマサヨシを見つめる。
ジョージ王の前世は、勇者マサヨシの実弟にしてアメリカ合衆国陸軍第1騎兵師団所属の軍人、ジョージ・テイラー少尉、ベトナム戦争の戦死者である。
「まあ、俺のことなんざ知るわけねえよな。俺も前の世界で死んだ後でわかった事だ。兄弟がいたってよ、なあジョージ? 親父さんを覚えてるか? ジャック・テイラーって言って、あんたの方のお袋さんはエリザベスさんだっけか?」
「……」
「あんたの前の人生は知ってるよ。テイラー家は、元々英国系入植者だったか? 独立戦争を経て南部に開拓。多くの軍人を出してる名門の軍人一族で、ネイティブアメリカン、ナバホの血も入ってる。先祖の実家はテキサスとかだろ?」
白騎士は空中を浮遊し、地上にいた勇者マサヨシと向き合う。
「なんの因果か知らねえが、こんな所で出会うとはよ。だが心配すんな、前の世界の義理がある。お前の娘二人は、俺が助けてやるから。おめえは俺を知らねえかもだが、兄貴にいい格好つけさせろや」
マリーは、困惑する。
前の世界で、自分の師が米国人ハーフだとは知っていたが、この世界の父親の前世が、師と母違いの兄弟とは知らなかったからだ。
「ねえ、お父様なんでしょ! どうして生きていたの? あの時、死んでしまった筈じゃ」
マリーが声をかけると、救援に駆けつけた勇者ロバートも姿を現わし、物言わぬ白騎士を見つめる。
「話は聞いたよ……俺は、あんたに会いたかった。あの時、俺はベトナムであんたを助けられなくて……小隊長……俺の戦友ジョージ」
白騎士は、勇者を見据えたままゆっくりと歩を進めて、前に立つ。
異変に気がついたのは、勇者ロバートだった。
自身の上官でもあり、友でもあったジョージの気配がせず、歩き方からして違っている。
「……げろ」
「あ?」
白騎士が呟くが、勇者マサヨシは聞き取れず、一瞬小首を傾げた時、白騎士の左手でマサヨシは抱き寄せられ、抱き合った瞬間、腹を神剣マーズブレードで刺される。
「え!?」
「な!? てめ……」
マサヨシは何度も腹を剣で刺され、マリーとロバートが絶句し、上空に暗雲が立ち込め真紅の魔法陣が浮かび上がる。
「ぐおおおおおお」
「ふっふっふ、我が愛刀がこんな所にあったとはな。そして俺の魂の器もな」
ロバートは、白騎士に鋼糸を巻き付けて体をバラバラに切断したが、すぐに鎧は元通りになり、ダメージを受けたマサヨシは白騎士を睨みつける。
「てめえ……ジークのカス野郎か」
「ファック野郎! よくも俺の戦友を」
「あんた……お父様を」
ロバートは銃火器を手にして、マリーも杖を手にして、戦乙女に変身する。
「俺を否定する子孫など、俺を受け入れぬ世界などもういらん!! この世界など滅びるがいい!!」
フレドリッヒの肉体から、今度はアンデッド化した白騎士王ジョージに乗り移った、ジークフリードことアッティラの魂が、全てを滅ぼすために勇者と戦乙女に立ち塞がる。
第四章ラストバトル
章ラスボスはジークフリードです