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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第四章 戦乙女は楽に勝利したい
172/311

第168話 外患誘致

 アルペス山脈やジークフリード帝国でマリー達が激戦を繰り広げる最中、ヴィクトリー王国女王、エリザベスは、キエーブ王国城塞都市ロスドフに赴き、ネール湖畔を見渡す。


「確か、この辺りで彼が呼んでいた気が……」


 エリザベスは、ロキの声に導かれ風の魔力でこの地に降り立ちロキを探す。


「いやあ待ってたよ、エリザベスちゃん」


 湖が赤く染まる、バラバラの肉片が水面に浮いてきたのを見たエリザベスは、吐き気を催して目を背ける。


「セトのやつにやられちゃったよ。どうやらオーディンのやつに嵌められて、あいつ裏切ったらしい」


「え!?」


「クロヌス呼んでくれる? この状態じゃ再生するの無理っぽい。それと危ない所だった。君、アレクセイのやつに消される所だったよ?」


 それは、エリザベスが留守を任された王宮内の出来事だった。


 数時間前、情報封鎖を受けていた魔力の水晶玉通信が、オーディンの影響で復旧したため、エリザベスは自室で情報収集を行なっていた。


「嘘!? バブイール王国が消滅!? ジークフリード帝国建国ですって!? なんなのこれ、世界情勢がどんどん変わっていって……ん?」


 水晶玉通信で世界中から視聴者が多い動画配信がなされてると感じたエリザベスは、通信回線を切り替える。


 映像に映っていたのは、質素な着物姿をしたアライグマのような、タヌキのような耳をしたジッポン人のように見える背の低い美少年。


「あ、可愛い男の子。そばにいるのは白の絹織物の着物を着た小学生くらいの男の子かしら? 彼らは何者? 夜の映像っぽいけど、何か読み上げてるわ。翻訳っと」


 エリザベスはジッポン語を翻訳する。


「我らがジッポンは世界恒久平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と自由、生存を保持しようと決意した」


「!?」


 ジッポン国憲法発布の映像である。


――ジッポンって戦国時代のはずなのに、なんか戦国の世が終わっちゃったわ。恒久平和って言ってるし。ていうかマジで、めっちゃ近代的な憲法作ってる。うちらのヴィクトリー王国にも大憲章あるけど、それよりもこれは……


 ヴィクトリー王国にも大憲章は存在するが、貴族院制度と王家の権利と、ジーク国教会の権利を定めた不文憲法である。


 エリザベスは、自室の机から今の内容を克明にメモを取り、ジッポンの政変を克明に記録し始めた。


 憲法全文が読み上げられた後、深紅の特攻服を着た男が画面に現れたのを、エリザベスは噴き出しそうになる。


「ちょ!? これ暴走族の着てる特攻服!? 前の前世で、ネットで知り合った千葉出身の半グレの奴が、うんこ座りで自撮り送ってきたの見たことある。誰なの? 私みたいに日本からの転生者? けど周りのジッポン人よりも顔の造りが彫りが深いし鼻が高くて、顔も小さいし色白だし。背はそんな高くないけど、めっちゃ筋肉質だ」


 特攻服の男は、白の絹織着物を着た少年に跪き、頭を下げた。


「幕府に勇者の官職を下賜されし、織部弾正中憲長、勇者イワネツよ。元首たる朕は憲法の通り世界恒久平和実現を実現させるため、光徳の名において世界救済を望むものとす」


「承知した我らがツァーリ」


 エリザベスは、初めて勇者イワネツを認識して息を呑む。


「ツァーリって、この世界の言葉じゃないわ。確かロシア語で皇帝って意味だったかしら? じゃあこの男の子が、北ジッポンの天皇のような存在で、ロシア人っぽい彼がオリベノリナガこと勇者イワネツ……」


 ロマーノ君主のジロー達の配信が始まる。


「ジッポン国織部と同盟国ロマーノ連合王国の君主、国王ジロー・ヴィトー・デ・ロマーノ・カルロさぁ。我がロマーノ連合王国はパリス憲章に基づき、通称北ジッポンを憲法を持ちうる正統な国家として承認する」


「フランソワ共和国、大統領デリンジャーだ。大統領権限に基づき、ロマーノ連合王国と共に基本的人権の価値観を共にする国としてジッポン国を承認する」


「ホランド王国もジッポン国を承認いたします」


「シュビーツも同じく」


 この展開にエリザベスは、持っていたメモをポロリと落とす。


「今、ロマーノのヴィトー王子、いやロマーノ王か。彼、織部と同盟結んでる。あのイワネツと同盟を結んでた?」

 

 エリザベス達ヴィクトリー王国に敵対するナーロッパ諸国が、相次いで北ジッポンを憲法を持つ正統国家と承認し始めたのだ。


――王子時代からパリピ感全開で苦手だったけど、彼の前世は沖縄ヤクザだった。いつ? どのようにしてフランソワやバブイールと協力体制を結んで、ジッポンのイワネツとも繋がった?


 エリザベスは考えるが、頭脳明晰である彼女でも、情報が少なくて答えが出てこない。


「それに私は南ジッポンの天、醍醐帝と協力してるのに、北ジッポンが正統国家になるなんて」


 すると、ジッポン側のタヌキ耳の少年武士が、別の書状を読み上げ始めた。


「八州日宇雅の西京、醍醐帝ならびに幕府に告ぐ。我がジッポン天帝光徳の名において、朝敵とした葦利高氏公については、最高位の正一位の官位を与え、神社は解体。御霊に謝罪を以って中京の地に祠を建造する事で報いござる」


 エリザベスは、この宣言を聞き考える。


――おそらく天のいる、南ジッポンへの呼びかけなのはわかる。けれど、アシカガタカウジ? もしかして前世の日本史に出てきた、足利尊氏みたいな存在が朝敵にされたから、それが原因で戦国時代になって、南ジッポンが作られたのかしら?


 すると配信画面に割り込むようにして、配信が二分割される。


 画面に映っていたのは、白粉で人相はわからなかったが、十二単衣を纏い黒髪を伸ばした子供だった。


「朕は正統なるジッポン天帝、醍醐である。賊め、下賤め! 何が高氏公の謝罪じゃ」


 エリザベスは画面に映り込む醍醐帝を見つめて首を傾げた。


「彼が天? 十二単衣っぽいし髪も伸びてる? まるで女の子のようね。あ、あの時の酷い動画が流れた」


 水晶玉配信で天こと醍醐帝が、頭を垂れて跪く、老若男女の民達を絨毯のように踏み歩く映像だった。


「これお前だろ? 南は人権が保障されてねえなあ」


 イワネツの言葉に、光徳帝は憤り、醍醐帝を無表情に見つめて侮蔑の目を向ける。


「だから何だ死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」


 ヒステリックに醍醐帝は暴言を連呼する醍醐に、エリザベスはドン引きする。


――んーと、これ相手国とか、ナーロッパでも見てる国多いのになにこいつ? それでも国家元首なの? ただのガキじゃん。まあ、チャットのやり取り思い出すに、本人で間違いないと思うけどさあ


「汝は民をなんと心得るか! 摂政にして関白たる近衛より古の歌を朕は学んだ。高き屋に のぼりて見れば煙立つ 民のかまどは賑わいにけり。いにしえの人徳帝の歌である」


 北ジッポン天帝の光徳が、民のかまどのうたの逸話と自身の思いを述べたのを聞いたエリザベスは、思いっきりため息を吐く。


「ああ、こっちの子の方がまともな君主だわ。これ、南ジッポンはダメかもわかんないわね」


 そして、うんこ座りして水晶玉に映り込んだイワネツと醍醐帝とのやりとりが始まる。 


 その時の何気ない会話の中で、イワネツが自身の出身国を明かしたのを、エリザベスは聞き逃さなかった。


「ソヴィエト!? 今、イワネツがソヴィエトユニオン出身って言ったわ! 昔の超大国、共産主義国家出身なの!?」


 醍醐帝が受けている恫喝を聞いてたエリザベスも、肩をビクつかせながらイワネツの威圧感に圧倒された。


「ていうか怖すぎる……よくあの国をおそロシアなんて言うけど、めっちゃ威圧感と覇気がハンパなくて怖い。彼は前世で何者だったの!? 確かクロヌスが前世がスラヴの盗賊だったって……ハッ!」


 エリザベスは、ある仮説にたどり着く。


 勇者二人が日本のヤクザとイタリアマフィア、フランソワのデリンジャーがギャング、ロマーノのジローが沖縄ヤクザのアシバー、この法則に当てはめて考察した結果、導き出された答えにエリザベスは顔面蒼白になる。


「まさか、ロシアンマフィア……。あの悪名高いメキシコのカルテルと並ぶ世界最悪の犯罪組織? 前世で私がやってた共和国の偽ブランド品の流通や、禁輸品なんかにも彼らの手が入ってた」


 エリザベスの仮説は的中していた。


 帝政ロシア時代に誕生し、旧ソ連時代に収容所で勢力を伸ばした盗賊組織が前身、旧ソ連崩壊後に世界最悪の暴力団と呼ばれた、犯罪組織ヴラトヴァの中でも規律ある泥棒(ヴォールフザコーニャ)の称号を持ち、皇帝の二つ名で知られた頭領にして、国際犯罪者ヴァーツェスラヴ・イワンコフ本人である。


「だとしたら、勇者とかいうのめっちゃヤバイじゃないのよ。筋金入りの犯罪者しかなっちゃいけない縛りでもあるの!? 怖すぎる、あたしがやってた半グレなんか、彼らと比べると子供の遊びみたいなもんじゃないのよ! ん?」


 エリザベスは醍醐帝から切り替わった、若武者とイワネツのやりとりが流れ始めた。


「確かアレクセイが言ってた、南朝の有名なクスノキって将軍だっけ? 確か年齢はまだ15歳。私より年下だし声変わりしたばっかりっぽいけど、なんだろう……まるで何度も人生をやり直して来たような、なんとも言えない凄みかしら? 感じる」


 イワネツと楠木正成のやり取りを、どちらが正統性があるか高度な主導権争いをしていると思い、会話のペースがイワネツに傾き始めたのを感じ取った。


「うわぁ楠木達南ジッポンの正統性を覆して、憲法を利用して相手テロリストとか悪党呼ばわりして、無茶苦茶言ってる。あ、醍醐馬鹿にされて冷静そうだった楠木がキレた……え?」


 楠木政成の正体を知ったエリザベスは絶句する。


「南ジッポン将軍クスノキって……本物の大英雄、室町時代の楠木政成じゃないのよ! 七生報国とかマジでこの人、言葉通りに醍醐の所に転生したんだ。やばすぎるでしょ」


 次々と南朝葦利幕府の武将達が、イワネツに宣戦布告していく。


――んージッポン人って前の日本と違って、耳が獣みたいだったり、角とか生えてたり目の色が違うのもいるし。めっちゃ他民族国家っぽいし、どの武将も、アウトローじみた凶悪な顔付きしてるし、ジッポン怖っ! 


 すると、映像が三分割されてチーノ大皇国を簒奪した、大幻ウルハーンのアルスラン・ハーンの顔がアップで映る。


「げっ、こいつも怖い顔してる。顔とかマジいかついし、耳は尖ってて、目の色はアレクセイと同じか。約束通り真里ちゃんを奪還してくれそうだけど、ジッポン人の虐殺宣言してる……。南北戦争にハーンが加わって、私のせいで大勢人が死んじゃう……」


 エリザベスが顔を伏せ、親友かつこの世界の唯一の家族、真里を助け出すはずが、このままだと大戦争に勃発すると悟った。


「なんとかしなきゃ。私は真里ちゃんを救えればいいだけで、虐殺とか戦争とか望んでない。そ、そうだわ、天と翡翠に連絡を! ロキが帰って来ればイワネツとも連絡取れるし……」


「ショーグン、野郎ら宣戦布告してきやがったからよ。憲法の自衛権並びに生存権を守護って事で、南朝日宇雅にぶち込むがいいか?」


「げっ!? ぶち込むって何を!?」


 エリザベスは、画面の向こう側で溢れ出るオーラと光の奔流を目にし、南ジッポンに向けて何らかの攻撃を実行する気であると理解はしたが、あまりにもイワネツの力が超常すぎて、これについては理解が追いつかない。


「目標、西都日宇雅の都! ぶっ飛べナフイ!」


「何の光っ!?」


 イワネツの体が光り輝き、水晶玉の配信が終わる。


 エリザベスは、不安に駆られて急いで水晶玉のチャット画面を開いて、メンバーの無事を確認した。


白薔薇:ジッポンの配信を見ました。天、大丈夫ですか?


翡翠☆:信じらんない


白薔薇:どうしたんですか? 翡翠☆


翡翠☆:ピカッと光って夜なのに空が明るくなって、海の向こうに聳え立ってた、南の大きな島の山脈が、大噴火起こしたかのように噴煙を上げて消えてなくなっちゃた


「!?」


白薔薇:どういう事?


翡翠☆:王様が今、いろんなところに連絡とっててる。目の前の夜の海に隕石が降ってきて、もう少しで大きな港に着くのに船が揺れて波も凄くて突風も吹いて意味わかんない


「こっちだって意味わかんねえよって! 何が起きてるのよ!?」


天:天子様は寝込んでおられる。要件あればそれがし、楠木政成が承り候


「ん? こいつってさっきの楠木政成だわ。すごい、歴史上の人物とチャットできるとかマジハンパない。いや、今はそんな事言ってらんない」


 エリザベスは、水晶玉を操作して個別でチャットを行う。


白薔薇:その前に、私の身分を。私はそちらから見て極西にあるヴィクトリー王国の国王エリザベス・ロンディウム・ジーク・ローズ・ヴィクトリーと申します。ジッポン将軍、楠木政成様で相違ありませんか?


天:いかにも。エリザベス国王陛下


白薔薇:私には前世の記憶があって、あなたから見て700年後の日本で暮らしてました。楠木政成様の名前は大楠公という伝説の武将として残ってます


天:ふうむ、700年先の世か。ようわからんが、日の本は続いてますか? そもそも陛下の前世が日の本の者である証拠はありますか?


「証拠って言ってもなあ……あたしぶっちゃけ日本人ってわけじゃなかったし、転生前の日本とか社会とか大っ嫌いだったし」


白薔薇:私の時代の元号は令和です。首都は東京で元号を使ってる国は、もう日本しかなくなりました。国の旗、国旗は日の丸で、私の時代は幕府も武士もいません


天:東京? なんやそれ? 何で東? 令和という年号、史記や書経にないな。それに武士がいない? それではどうやって日の本と民を守るのですか?


「チッ、全然本題に入れないわ。めんどくせえなこいつ。頭ネトウヨかよ」


 エリザベスの口調が徐々に半グレ時代に戻っていき、楠木政成とのやり取りを面倒くさく思うも、信頼を得るために未来の話を続ける。


白薔薇:それについて、私の時代は自衛隊という軍事組織が外国から国を守ってて、治安維持は警察という組織がやってます。それと同盟国が世界一軍事力あるから、日本を守る点では問題ありません。東京は、私の時代から見て150年以上前の関東に江戸って街に幕府があったんです。けど下級武士達の維新という反乱があって幕府が倒れたんです。その後江戸中心に、天皇の世みたいな感じになったので、江戸の名前が東京になりました。ちなみに今の天皇家は南朝出身という噂もあります


天:おお何と素晴らしい。帝中心の世になったか。凄いぞ日の本、未来の日の本の下級武士達はまことの悪党。天晴れや


「つっても、あたしが死ぬ前に皇族がよくわかんない男に引っかかって非難轟々になったし、政治家は馬鹿ジジイばっかで、今でもアメリカの占領下の負け犬国家なんだけどね。まあいいわ黙っとこ」


白薔薇:私が後世の日本出身であると信じていただけましたか? ところで本題ですが北朝のイワネツが何かやったと聞き及びまして、そちらで何が?


天:その話ですが、天子様があなた様を信頼していると言うのでお話ししましょう。啊蘇山脈や霧嶋の山々が突如吹き飛ばされ、西の都どころか八州全体に噴石が降り注ぎ混乱状態となっております。幸いなことに人死は出ておらず、建国伝説の天魔反鉾(てんまがえしのほこ)の魔力の加護かと思われる次第で候


「それやったの、ロシアのイワネツって勇者だよ……マジで無茶苦茶だ。そんなやつに真理ちゃんは囚われの身に」


白薔薇:おそらくあなたの相手は私が暮らしてた時代で、最悪の男。まともに戦ったら勝てない相手です


天:相手が誰であろうとそれがしの主君、天子様が正統である。今度こそ七生報国、そして七生滅賊を果たすため我が力の全てを我が君に


「ダメだ、彼の決意は固い。説得しながら方向性を変えていくしかないか」


白薔薇:かしこまりました。実はそのイワネツと名乗る、織部憲長に私の妹が囚われております。様々な情報を考えたうえでの仮説ですが、彼がそちら側が敵対する天帝を篭絡して実質の支配者が彼かと思われます


天:やはりか。陛下、奴はそれがしがまだ幼く元服前であった3年前の南北戦争で、虐殺と悪の限りを尽くしたまさに悪鬼。奴に殺された葦利幕府大名や有力武将も多数。武士と言うにはあまりにも下卑で野蛮、魔王と呼ばれとります


「知ってんだよそんな情報は、問題はそいつをどうにかするって事だっての」


白薔薇:私と大幻ウルハーンは半ば同盟を結んでおり、彼にも私の妹を保護する依頼をしています。そして南北戦争を終わらせるには、そのイワネツをどうにかすべきかと


天:然り。奴は逆賊光如に仕えており、もう一人の重要人物、松平家康と呼ばれる新たな将軍と同盟を結んでる様子。私が見た限り、織部だけでなく家康と言う男も手強い


「ちょ!? 家康まで出てきた。どうなってんのよジッポンの現状カオスすぎでしょ。徳川幕府みたいのも出来てるって事!? けどロキの力を借りればなんとか戦争しないですむかも」


白薔薇:かしこまりました。私はそのイワネツ、織部公をなんとかできるかもしれません。その手段が整い次第、そちらに連絡を取りますので


天:相わかりもうした陛下


「ふうー、何とかなったっぽい。けどもうこの状況じゃあ、戦争なんてやっても無意味。何とかしてうちらヴィクトリー王国も周辺国と関係改善して、オーディンとかいう奴を倒さないとダメっぽい感じね」


スカーレット:見つけたわ、両親の仇を


「今度は何なの!?」


 スカーレットからチャットに書き込みが入る。


白薔薇:どうしたんですか? スカーレット


スカーレット:今、あたしが生れた皇国帝都のベルンって都会に来たの。そんでね、手枷とかされて市中引き回しにされてる馬鹿女、皇帝マリアを見つけたわ


「げっ、やっぱ政変があったのかロレーヌ皇国で。あの英雄ジークフリードの心を取り戻した皇太子が、国の実権を握ったんだ。ていうか、この世界の私の先祖らしいけど、マリア帝も彼から見たら子孫なのに、そんな酷い事するなんて冷酷な男。北のクソデブ将軍みてえじゃんそれ」


スカーレット:そいつ、皇居から外れの自分の私邸、リーデンブルク宮殿へ幽閉されるっぽい。ぶっ殺してやる、あたしに優しくしてくれた両親を、あいつが殺したようなもんだ。あいつら平民や農民を人間として見てない!


「いやそれはマリアのせいとは言えない。理由がどうであれ、貴族を殺してしまった彼女が発端。それで連座って事で死罪にされたんだろう」


白薔薇:気持ちはわかるけどやめたほうがいい。そんな事しなくてもいくらでもやりようはあると思う


スカーレット:だってこの国のシステム作ったのはあいつら貴族と皇帝じゃない! あたしの生まれ変わったお父さんは優しかった。村で一番の力持ちであたしに農業を教えてくれた! この世界のお母さんの作るジャガイモスープも美味しかった。その暮らしを奪ったのよ! 絶対許せないんだから!!


 エリザベスは、自分のこの世界の父、ジョージを思い出す。


 自分の能力を見出し、誰よりも自身の才能を評価してくれたのは父ジョージ王で、外交と財政に関する書面の読み方に、貴族官僚の動かし方も父ジョージから習った。


 ある日、父ジョージより王の間に呼び出されたエリザベスは、二人きりである話をしたのを思い出す。


「そなたは書面から背景を探り、意図する背景やそれを加味して采配する稀有な能力がある。この力で我が国をさらなる高みへ推し進める事が可能」


「はい、父上」


「我が子よ、時折疑問に思うのじゃがそなたはその年齢では思いもつかぬ力を持っておる。もしかしてそなたも、前の人生を思い出したのではないか?」


 父ジョージは、エリザベスが前世からの記憶を引き継いだ人間だと看破していたのだ。


「……父上には信じられないかもしれませんが、私は前の世界の記憶があります。それは……」


 エリザベスは、前の人生をジョージに話すと、大きくジョージは頷き、はにかんだ笑みを浮かべた。


「我が娘よ、我が王女、心配するな。誰にもそなたを否定はさせぬし傷つける事も許さぬ。朕はお前をどんな事があっても守る。ワシもな、前世の記憶が朧げながらあるのじゃ。前世の朕の父は、偉大な軍人で、朕はそれに見合うように勉学に励み、士官となり父と国に報いようとしたのじゃ。だが……それは叶わんかった。エリザベスよ、お前は優しい子じゃ。どうか我が王家を、ヴィクトリー王国をそなたの力でより良い国へ。皆が笑い合える国に」


 エリザベスは、初めて自分を理解してくれる存在、ジョージの言葉に涙する。


 父ジョージは、自身と同じ転生者で同志でもあり、理解者でもあり、自身を最も評価してくれた愛する父親であったと。


 そしてスカーレットも、この世界で理想の親と出会い、その絆を大事に生きて来たんだろうとも思った。


「彼女の言い分、一理あるかもしれない。ロレーヌ皇国は絶対君主制で、貴族の権限も強い。あの共和国みたいに、一般市民の人権なんかない。けど復讐か……ぶっちゃけあたしあのマリアのババア大っ嫌いだけど、だからって死んで欲しいとは思えないし。それにスカーレットって子も、過激だけどあたしと話せる友達っぽい感じになってきたし、なんだかなあ」


スカーレット:うそ、なにこれ!?


「ん? 何か起きたの!? ロレーヌ皇国でも」


白薔薇:どうしたんですか?


スカーレット:空から大量のよくわかんない軍隊が現れて、街に展開されてる。暴動みたいになってるしヤバイってこれ


「ちょ!? ロレーヌ皇国で暴動!? まさかあの、勇者の仕業?」


――ちゃん……エリザベスちゃん聞こえる?


「!?」


――君、そこから離れたほうがいいよ、急いで。オーディンの奴甘く見てたよ。まさかあのティアマトの結界も破るなんて。オーディンのやつ、精霊界にも協力神がいたっぽいな


「ロキさん!?」


 エリザベスは部屋の周囲を見渡すも、ロキの姿は影も形も無い。


――僕が示す方向に従って、その場を早く離れるんだ。じゃなきゃ君ヤバいよ


「な、なんだかわからないけどわかりました。身支度して」


――すぐにだ、今すぐ逃げないと殺される。だが今の君なら何とかイケるかもしれないが、いややっぱ無理だね、数が多いし急いで。あと逃げる前に、地下にいる僕専用のスルトの電源落としといて


「わかりました」


 エリザベスは迷宮と化したヴィクトリー城の地下に直結する、ロキが作った隠し通路を抜けて、巨大な地下ホールに辿り着く。


 ホールには釈迦の涅槃像のようなポーズで眠る、全長数十メートルはある真っ赤な一つ目の巨人を見つめたエリザベスは、思わず息を呑んだ


「グポン」


 巨人が起動したのか、漆黒の一つ目に真っ赤なモノアイの光が灯る。


「これ、巨人ってよりもロボだよね。スルトだっけ? まるで某ロボットアニメの赤い彗星っぽいし、角生えてるし通常の三倍速そうだし、起動音とかマジでロボだし。ウインドウズのパソコン起動音とかしたらそれはそれで嫌だけど。えーと、何だっけロキが教えてくれた呪文……停止(レーギャルン)


 エリザベスの唱えた呪文でモノアイの光が消えて、巨人スルトの活動停止を確認したエリザベスは、地下のホールから下水道を高速で飛び、テームズ川に沿い王宮から脱出した。


 一方、アレクセイはエムとの通信の後、自分を貶める全ての存在への抹殺衝動に駆られており、王都ロンディウムに潜り込ませた自身の王国兵を伝書鳩で招集する。


 彼らはキエーブの諜報機関、世界中のジューと呼ばれる民族を監視するドルゥーマの身分を持っていたが、正式にはキエーブの戦士階級、キエーブ王国兵であった。


「ああ、やっと降臨されたかオーディンよ。私はあなたをお待ちしておりました。クソッタレの神よ」


 アレクセイとキエーブは、自分達の身分を偽る事は無くなったと、漆黒の鎧に身を包み、ヴィクトリー城に参集する。


「私だエムよ。貴殿らの救援に感謝する。私も、最早偽りの身分を名乗る事も無くなった。王宮には例の凶悪な者達の姿はなく、邪魔なエリザベスを抹殺する準備が整った。あとは対象を抹殺し、私がこの国を手に入れる。我が神からもお告げがあり、それとは別の君と私の計画も順調だ」


 外患誘致である。


 日本の刑法においては、外国と通謀して本邦に対して開戦させた者、又は敵国に軍事的利益を与えた者が対象で、対象は死刑となる重罪。


 これと同様、ヴィクトリー王国でも同様で、法曹院により王家並びに爵位を持つ者を対象にした大逆罪がある。


 この大逆罪の刑はやはり死罪しかなく、馬に引き摺られたあと、ロンディウム塔で首吊り・内臓抉り・四つ裂きの刑または火炙りとなる極刑が科せられる事となる。


 その外患罪、大逆の罪がアレクセイにより引き起こされ、キエーブ軍と、エムの支配する百鬼夜行とジッポンで呼ばれた軍勢を、アレクセイは呼び込む事で、忌々しいエリザベスを抹殺し、ヴィクトリー王国を手中に収める計画。


「んー♪ 君の役に立てて嬉しいなあ。もうちょっとで、私の兵隊そっちに行くから待ってて。それでさ、あとで君達にやって欲しい事あるんだ。オピオイドって知ってるかな? ケシの実から取れる妙薬。私がチャイナのコンサルして、ブローカーで間に入って、売り出したヒット商品なんだけどね♫ ケシの実をうんと集めて欲しい」


「ケシの花なら世界中に生えていて、医療品としてケシの実を麻酔薬としてジューの商人に作らせているが、オピオイドは知らない。だがそれは必要なものなのだろう?」


 原理がわからないアレクセイに、歌声のような声をしたエムは、オピオイドという物質を嬉々として説明する。


「うん、オピオイドをさらに純度を濃くするとフェンタニルってものが作れるんだ。とても気持ちのいい物で、怪我しても、苦痛も悩みも消えて、生きる事が素晴らしいって思えるような、世界が楽園になる美しい薬」


 エムの言うオピオイドとは、ケシの実から生成される麻薬性鎮痛薬やそれと同様の作用を示す合成鎮痛薬の総称である。


  麻薬性鎮痛剤の中でも、ケシの実から採取されるアヘンから生成される医療品であり、モルヒネと比べると約1.5倍の鎮痛作用がある。


 このオピオイドの効果を増したフェンタニルは、ヘロインの50倍以上の麻薬成分を有し、2017年にアメリカ大統領宣言において、オピオイド危機についての国家非常事態宣言を予定したとまで言われる、恐ろしい麻薬であった。


 アメリカ合衆国における公衆衛生上の非常事態の宣言となったと言われ、これら鎮痛剤目的の麻薬は、中国で大量生産され、メキシコを経由してアメリカ合衆国を最悪の麻薬禍に陥れたという。


「さらにこれに、この世界で流通する回復ポーションを、ポーション1のフェンタニル8、私のマル秘なエッセンスを加えて化合すると、最高の薬ファンタジアが作れる♪ どう? 素晴らしいとは思わないか?」


 この世界の魔力回復ポーションに関して、精製販売に関わっているのはジューの商人達であり、ケシの実も医療品として容易に手に入り易い状況が整っていた。


「私が考えたファンタジア、幻想曲。エス、スーパー、スーパー、スーパーアグラダヴィ♪ SSS、トリプルS、Vamos a enseñarte lo último en placer♪ ファンタジーア、アハハ。苦痛も悩みもぶっ飛ばせる。神や精霊なんか目じゃない力さ」


「ふふ、素晴らしいなそれは。エム、我が友よ。この素晴らしき我らの思い、神オーディンに示してやろう。我らが望むものを、苦痛も悩みも解放された人間達の楽園を神にも!」


「んー、ンフフ一緒に気持ちよくなろう私の友達。神も精霊も、魅了されるであろうファンタジア。最高にハイになって、快楽のまま死んで生き返って、また死ぬ快楽を永遠にね!」

今まで色んな悪を描いてきましたが、このエムは作中最悪の存在です。一切の社会常識も道徳的観念も、自制心も美学もない純粋な悪。

絶対悪として主人公達に立ちはだかる最強の敵です

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