第166話 戦乙女は楽に勝利したい 前編
私達と、ジークフリード帝国の敵勢力は互いににらみ合い膠着状況となる。
すると私の言葉にかつて天使サキエルと呼ばれ、今は戦乙女ブリュンヒルデと呼ばれる彼女は、狂気にまみれた瞳で私を見る。
「ふふ、彼を取り戻す? うふ、ふふふ、あっはっは。ウケる、あのとき私に楽がしたいから王女に転生させてほしいって言った子がね。お父様のヴァルハラ計画も佳境に入った。この戦場に誘い込まれたのはあなた達よ? 私達の勝利の為に」
「おいおい馬鹿アマこら、勝てるだと? 寝言ぬかしてんじゃねえぞボケ」
ブリュンヒルデは歪んだ笑みを浮かべて、手にした水晶玉の映像を空に浮かび上がらせる。
その姿を、若干不安そうにジークが見た。
「心配する必要はありません、ジーク様。私達とお父様が楽に勝てるように仕掛けを施しましたので」
この映像は、雪で覆われた山の頂上?
デリンジャーやジローのいるシュビーツのアルペス山脈?
「……お姉さま準備完了」
「やっちゃいなさい、ゴンドゥール」
大槌を持った戦乙女が山の頂上で思いっきり大槌を地面に振り下ろしす。
地響きと共に、山頂の雪がどんどん滑り降りて……まさか!?
「おーほっほっほ、大雪崩ってやつね。これでアルペス山脈にいる奴らは死んだ!」
「み、みんなが、なんて奴ら……」
「てめえら……やりやがったな」
すると、今度は映像が分割され旧ノルド帝国、スカンザ共同体基地上空に切り替わる。
あれは、黒の大鎧を身に着けて隻眼の大男……オーディン。
「ファ、ファ、ファ。ヤマが用意した勇者よ、ここが貴様の拠点であったな?」
「てめえ外道この野郎、だったら何なんだよ?」
「わからんか? ワシの力を使えばこの地を貴様の女神もろとも葬れるのだ」
映像で、オーディンはグングニルを手にして力を溜める。
「……しまった、誘き寄せられたのは私達の方だった」
また水晶玉の映像が分割され、あれは北アスティカ大陸?
私が倒した、アバラル合衆国のベリト!?
すると目の前にいたベゼルの姿が消えて、ベリトの前に現れる。
「やあ、君。君は確かパイモンの部下のなんて言ったかな?」
「あ、あ、あ、ベルゼバブ宰相閣下!?」
「なんだ私を覚えてくれてたか。植民地維持ご苦労」
私が先生と一緒に救済した地を、この女覆す気だ。
全部、私達の動きはこいつらに読まれていた?
「クソが、あの蠅女め。オーディンに付いたことで絵図描きやがったな? しかも短期間で」
今度はヴィクトリー王国のヴィクトリー城周辺に映像が分割される。
まるで、空をモニターにしてパソコン画面を分割させ、多数の動画を流してるような感じだ。
ヴィクトリー上空に暗雲が立ち込め、西の方角からジェット機のように音速を超えた速度で飛ぶドラゴンに乗った、地球でいう中南米の民族衣装のような角を生やした仮面の一団や、色々入り混じった合成獣や、先生と私が撃退した筈のテスカポリトカも姿を現してる。
えっと、どういう事?
封印が解けたの?
彼らはどうやってヴィクトリーに……。
「こいつら!? てめえら封印を!」
「封印? ふん、ワシの力があれば、あんな精霊共の封印を破るのはたやすい」
やはり封印はオーディンによって解かれてた。
そうか、多分エムってやつの軍団が、南アスティカの太西洋から海を渡ってヴィクトリーにやってきたんだ。
他にも、毛皮を羽織った軍団が現れて、長身で体つきがたくましく……耳が尖ってる!
「まさかルーシーランドの、キエーブ正規軍……ヴィクトリーが、占領された」
「よくやった我が御子よ、アレクセイ。ロキはもう始末したゆえ、クロヌスも姿を消したこの王国を支配することなど、盟友にして闇の巨神テスカポリトカの力にかかればたやすい事」
「ロキが殺された……ですって?」
水晶玉が画像に切り替わると、侍従長のセバスチャンが跪き、漆黒の鎧に着替えたアレクセイがヴィクトリー王宮の王座の間で深々とお辞儀する。
「はい……我らが神。我が民族の神よ、私もこの時を待っていました。このヴィクトリーにとっては外患誘致となりましたが、これからは護国卿の私がこの国の舵取りを担うでしょう」
外患誘致……。
そうか、テスカポリトカの一団やキエーブ兵を呼び込んだのはアレクセイだ。
じゃ、じゃあエリザベス……絵里はどこ!?
ロキが殺されたって、そしたら彼女もまさか一緒に……。
するとスカンザの映像で、オーディンがグングニルの魔力を溜め終え構えているところに、女神ヤミーが両手を広げてバリアを張ってる映像に切り替わる。
「指定4類の叛逆神オーディン! お主の好き勝手なんかにはさせぬ!」
「黙れ小娘が、もはやワシの勝ち同然の戦況となったわ。さあどうする勇者よ? 降伏してワシの軍門に降り、貴様も素晴らしき世界、黄昏の理想郷で時を過ごすか?」
私と龍さんは先生を見る。
先生は、逆に闘志むき出しの顔をしてオーディンへ気迫を込めた目で睨みつけた。
「外道この野郎、だから何だってんだよ。なあ外道コラ? 俺はよお、絶対にてめえにケジメ取らせるから。馬鹿アマのチンケな絵図描いていきがってんじゃねえぞボケ!」
「何!? 屈しぬというかアースラめ」
――ふん、俺がこの子の中にいる事、知らねえらしい。オーディンのクソ馬鹿が、確かにコイツは狡い所もあったかもしれねえが、なんかおかしいぜ?
私の魂に入りこんだアースラは、今のオーディンに違和感を覚えてるようだった。
そして先生の態度、何か勝機があるのかしら?
――マサヨシのガキは、おそらく掛け合いと言ったか? この状況でも隙を狙ってるはずだ。それに俺が感じた違和感の正体を探ってるようだな、時間稼ぎも。あとテスカポリトカ、奴は性悪だったが仮にも最上級精霊の精霊神と呼ばれた奴が、その地位を無くしてまで邪神に墜ちるリスクを選んだのかもわからん
なんだろう、アースラの感じた違和感の正体って。
――ヴァルキリーよ、今は耐えるのです。決して悪しき者に屈してはなりません。
私の中のヘイムダルも何かを感じ取ったようだ。
するとジークは、先生に剣を向ける。
「降伏して屈服しろ、愚か者共め。我が帝都を、帝国をここまで追い詰めたのは褒めてやる。その褒美ではないが、俺の世界征服に協力するならば命を助けてやっても良いぞ?」
「何だカス野郎、大物垂れやがって黙っとけ小物風情が!」
「ぐっ、自分の置かれてる立場が分かってないようだな」
今のやり取りを見た龍さんは笑い出し、ジークを蔑んだ目で見つめる。
「なるほど、こいつは確かに。こんな奴にバブイール、私の故郷が滅ぼされたなどとは。なあ、卑怯者よ」
「なに!? 貴様、亡国の皇太子か? ふん、貴様らが弱いから悪いのだ」
「違うね、貴様は無辜な民もろとも、不意打ちで虐殺したにすぎぬ。何が世界征服だたわけめ、分不相応で思慮の浅いものを……うーん、そうだったな思い出したぞ。前の世界では、小人物とも混蛋と言ったか?」
龍さんも、ジークをめっちゃ煽り始めた。
どんな状況でも挫けないし、鬼メンタルすぎるよこの二人。
けど先生のおかげで、私も勇気が湧いてくる。
ならば私も、この隙に目の前のブリュンヒルデから記憶を盗んで……。
「たいぎぃのう、どいつもこいつも」
凶悪な魔力反応と共に、セトがテレポートしてきたかのように姿を現す。
あの敗北の記憶が蘇り、ギャラルホルンを握る手に汗がジワリとかいてきて、心臓の鼓動がめっちゃ跳ね上がる。
――あれはセトか? ちっ戦闘馬鹿め、無茶苦茶厄介な奴が敵にいやがるな
――戦嵐神、破壊神に最も近いと呼ばれた荒神。ヴァルキリーよ、冷静に
アースラもヘイムダルも、私の魂に囁いてきて気持ちを落ち着かせてくれた。
「ふっふっふ、セトよ。ロキの始末は無事終わったようだな?」
「そうじゃのう、バラバラにしてどっかの湖に捨てといたわ」
ロキが殺されたのは、どうやら本当らしい。
「ふふ、何時ぞやのヴァルキリー含め、強者の波動を多数感じるけ。楽しめそうじゃのう?」
どうしよう、この絶体絶命の状況。
考えろ、何かないか?
どうやったら、この状況を打開できる?
「くっくっく、この状況でも絶望しておらぬか?」
「たいぎぃけ、さっさとやろうや」
「待てオーディンよ、こやつらに更なる絶望を与えてやろう」
テスカポリトカ?
「なんなの更なる絶望って……」
「オーディンの娘、かの大悪魔を映すのだ」
「はい、テスカポリトカ様」
どこかの和風の場所に画面が分割し、月を見上げて手に水晶玉を持ってるイワネツさんの姿を映す。
「なんだろう、歌が聞こえる」
少女の歌声で、何かを歌って……聞いたことない歌。
けどこのリズムは、ヒップホップ調?
「これは、イスパニア語、単語の羅列の歌? コラソン、メンテ、ムエルト、ディスフルテ、プラセル、プラセール……心と精神、死んで享受して 楽しい、楽しい、快楽……なんだこれは!? 呪いの歌だまるで!」
そうか、龍さんはスペイン語がわかるんだ。
楽し気で美しい歌なのに、何て歌詞!
「ふふふ、なるほどなテスカポリトカよ。奴の、例の悪魔めを我らが手中に収めたか。お前が見出し、フレイが魂を召喚した、例の者の力で」
え?
「まさか、先生!」
「チッ、多分エムだな。そういやイワネツと奴は地球でビジネス関係だったか」
そんな……あのイワネツさんが、私達の切り札までもがオーディンに寝返った!?
「ふっふっふ、あの様子では終わったようだ。ウィツィロポチトリに成り代わったワシが作り上げた魂の伝道者。死を司る者、繰り返すもの、封印されし冥府ミクトランより生れし女王、ミクトランシワトリの化身。地球世界の理不尽さが生んだ最強の魂を持つ者よ! 我が神造兵器の最高傑作、伝説の大悪魔バサラへの呼びかけ大儀である!」
アバラル合衆国にいたベルゼバブことベゼルが、目を見開いてテスカポリトカの方を向く。
「バ、バサラ!? オ、オーディンよ、それにテスカポリトカと言ったか!? やめろ、その化物は私が妖魔の魔神と呼ばれた時よりも前に存在した、魔神や神々ですらも恐れた12夜叉大将軍! その中でも極悪無道にして規格外の暴力の化身! 魔帝バサラは君達の手に余る!! 奴に触れるな!! 全ての計画が覆されるぞ!!」
終始クールな感じだったベゼルが、めっちゃ取り乱してる。
イワネツさんの魂にいる魔帝バサラ、そんなにもやばい存在なの?
それに先生は、テスカポリトカの宣言にニヤリと一瞬笑う。
――エムと呼ばれる何者かの手がかりを得た。
そう言いたげな顔をしてるけど、問題はイワネツさんだ。
エムの能力は、テスカポリトカの話を察するに、悪意を伝達させて意のままに操ってしまう恐るべき能力を持ってるんだと思う。
――読めたぜ、なるほどな。オーディンもテスカポリトカも、このよくわかんねえ奴に影響を受けてるんだ。エムとかいう悪意の塊とやらにな。
え? まさかすべての黒幕はオーディンでもテスカポリトカでもなく、このエムと言う存在?
――多分、元は人間の魂なんだろうな。それがどう屈折したかはわからない。あくまでも俺の推測だが、おそらく何度も転生を繰り返して長い時間をかけて神格化するも、屈折していき邪神化、いや大邪神になったんだろう
――ありえます、人間の魂は転生を繰り返すことで魂の進化を促し、そこからいずれは神となり、また人を生み出すのです。その原理原則を、オーディンかテスカポリトカ、どちらが悪用を考えたかはわからないが意図的に神を作り出した。だが自分達が生み出した存在に、意識が引っ張られ、それは最上級神にも悪意が伝播する恐るべき兵器のような大邪神へと昇華したのかも
「先生!」
私は先生に呼び掛けて、アースラとヘイムダルの仮説を、思い浮かべる。
先生も私に頷き、冥界魔法で心を読んでくれたようだった。
もしもイワネツさんが、地球のマフィア時代のように伝染する悪意に蝕まれたら、切り札どころかこの世界が終わってしまうけど、もしも取り込まれなかったら……。
賭けてみよう、勇者に目覚めた彼の心に呼び掛けるんだ。
「イワネツさん! だめだ! エムの力なんかに負けないで!!」
一方スカンザの映像では、女神ヤミーに寄り添うように、私と仲間になった北アスティカのメヒカ人、スーが首を何度も横に振った。
「ウー、ダメ、おもい……だして。母なるメソは……そんな事……あなたに望まなかった。オルメカの同胞……思い、出してミカトリ……」
スーが泣いてる?
まさかスーは……エムの正体を知ってる?
あ、ジッポンの映像でイワネツさんが、こっち見たけどめっちゃ怒った顔つきになった。
そして目に強い光……これはもしかして!
「揃いも揃って、このイワネツ様をイラつかせやがって……。心配すんなマリー、俺の魂は誰の物でもねえ! 俺は俺だ!! エムの野郎、この俺を仲間にだと? 誰がもうお前なんかの仲間になんかになるかくそったれ!!」
……流れが変わった。
「君は、なぜ? 誰? ねえロシアのイワネツ、友達じゃなかったの? 君と一緒にまたヘロインとか作って楽しもう。そして死んで、生き返って、また死んで、快楽と薬と死を繰り返そう友達」
少女の声?
エムは、少女に転生した?
「失せろ! 俺にはもうヘロインなんざいらねえ!!」
イワネツさんが一喝すると、水晶玉から歌が聞こえなくなり、すすり泣く声がする。
エムは……泣いてる……なぜ?
心はそんなに強くない?
そしてエムの声が聞こえなくなった。
「な、なぜワシの神造兵器の洗脳を!? バサラとは……」
テスカポリトカが困惑してるようだけど、そのまま姿を消してしまった。
おそらくは、彼は何時ぞやの分神。
本体はいまだ南アスティカにいたままなんだろう。
「な、テスカポリトカ!? 話が違う! 魔帝バサラを我らが味方に引き入れる話じゃ……」
「キーーーーーーーン! トウッ!」
オーディンの頭部に、何者かの不意打ちの飛び蹴りが入る。
あれは……。
「ベリアルちゃん!?」
すると、オーディンに無数のコウモリが纏わりついたと思ったら、オーディンの足元が凍り付き、無数のレーザー砲や魔力弾がオーディンを攻撃する。
「な!? なんじゃああああああああ!」
「この外道があああああああ!」
その隙を見逃さず、女神ヤミーが長大な金棒を持って、オーディンの脳天に金棒を振り下ろす。
今の一発に怯んだのか、オーディンが膝を付いて頭部から血を流した。
全てが覆り始めて、ブリュンヒルデもジークも狼狽し始めた。
「遅いわい、毒蛾と蝙蝠女」
オーディンの前にでっかい大型拳銃を向ける、白い僧侶服を着た女性の姿。
蝙蝠のような翼とサングラスをかける、何時ぞやの吸血女王カミーラや、無数の軍勢が魔力銃を向けている状態。
「あーん、薄日だけど日に焼けちゃう! 日焼け止め塗ってきてよかったわ。マサヨシ―、いえーい、見てるぅ?」
「ごきげんよう、お久しぶりですねベルゼバブ閣下と、えーとこのゴミはオデンでしたっけ?」
それに賢者さん!
「くそっ、アレクシア……君は見破っていたのか?」
北アスティカにいる、隙が出来たベゼルに対して、現れたアースラの娘、マハーバリが魔法を唱えて吹っ飛ばし、キマリスという大柄な魔族の重臣が、無数の刃を浮かべて無数の蠅になったベゼルに追い打ちの攻撃を仕掛けて、無数の強力な魔族達が総攻撃を仕掛け、たまらず彼女は転移の魔法で姿を消した。
「ここは私達がお父様から任された領域」
「阿修羅王国をなめるでないわ」
ベゼルはこちら側に戻って来るも、呼吸が荒くなり私達を睨みつけ、セトはけたけたと笑い始める。
――ばあああああか。俺の娘と息子達、手下共に勝てるわけねえだろ
「ええ、私の愛するマサヨシ様からあなたが関わっていると情報を聞き、対応させていただきました。あなたが考えるであろう策を全て潰すために」
そうか、先生はこのベゼルが関わってるとバブイールで分かったから、最初から対策バッチリとっていたんだ。
「龍さん、やはり先生は……」
「ああ、間違いない。戦いの天才だ」
すると先生がはにかんだ笑みで振り返る。
「よせよ、人を褒めるのは慣れてるが、逆に褒められるとむず痒いし頬っぺたが赤くなる」
先生が鼻を掻くと、雪崩が起きたシュビーツ山脈山頂にいた、戦乙女ゴンドゥールに対して弓の一撃が入ると一発で昏倒してしまう。
すると寝息を立てて眠り始めるけど、睡眠薬の矢?
「さすが聖王様、こちらも手筈通りいきました。親父さん、みな無事です」
左手に黒くて大きい弓を持ったブロンドさん。
右手には水晶玉を持ってて、まさか!?
「ヘーイ、シュビーツの連中を山脈地下に避難させたぜ。おかげで雪崩が迫る中、V8フォードで麓まで駆け抜けてクレイジーな思いしたがな。おかげでせっかくの車がお釈迦になっちまった」
「兄貴ぃ、こっちはなんくるないさー。ロバートもそっちに救援行ったさぁ」
「そっちは9回表で敵が満塁ホームランかまそうとしたのを、抑えのシミーズとマリーのバッテリーが、バッチリアウト3つ決めたようだ。さあ運命の9回裏、頼むぜマリー、逆転するぞ指名バッター!」
みんな……あの雪崩で生きてた!
楽に勝つと宣言したブリュンヒルデの思いとは裏腹に、こっちの形勢が次々と逆転していく。
「アースラめ……何!? ヴィーザル!? ワシの支配領域で反乱が!? ロキは殺しても娘どもがいたか。ブリュンヒルデ! 我々はこれよりユグドラシルに帰還し、チーノと呼ばれる地に攻め込む」
「かしこまりましたお父様。ところで、あそこのジークフリードは?」
ブリュンヒルデは空に映像を投影してた水晶玉をしまい、無表情にジークを見つめると、彼は明らかに気が動転し、ブリュンヒルデの肩に手を触れようとしたが、彼女から冷たく手で払われる。
「捨て置け! 所詮は道具!! アホのフレイアの道具など放棄せよ」
「かしこまりました。はーつっかえ……」
オーディンとブリュンヒルデは、二人して転移の魔法で姿を消し、残るはセト、ベゼル、そしてジークの三人を残すのみ。
「そんな、待ってくれマリアンヌ、我が妃イルディゴ……俺はお前の為に」
ジークの姿を見たベゼルも、でっかいため息を吐いた。
「ふ、では私も次なる策を考えるため、引かせてもらいましょう。それとジークフリード、君には少しでも彼らの力をそぐため、暗闇宇宙暗黒星雲M97にて君専用の魔獣を少なくない数ですが用意しておきました。私の役に立ちなさい、それでは」
ベゼルは転移の魔法で姿を消し、残るはセトとジーク、そしてジークフリード帝国の敵勢力のみ。
私達の下に、赤い大鎧に面貌と兜を装備した鎧武者が現れる。
「兄弟、こやつらか? 我らが処す相手は」
緋色の皇帝、十字槍を装備する私の槍の師匠ロンさん。
次に、眼下の市街地に展開していた黒い一団から、鎌槍を持った死神みたいな人。
「に、任侠道教を否定する、ふ、不信者め」
槍のもう一人の師匠、死の司祭、デッドリー司祭!
そして龍たちを従え、腕組する着物のカッコイイ女の人。
「ダーリン、この雑魚達ぼてくり返せばよかやろ?」
竜帝、バハムートの異名を持つドラミさん。
今度は上空の艦隊から、巨大な二足歩行ロボットや無数のドローンに、超大型の四足歩行のダンゴムシみたいなロボが降下してくる。
「勇者様、ドリー自らお役に立ちましょう」
「おう、人形使い! 銀河連邦とのドンパチで俺を苦戦させたロボ共の力を見せてやれ」
どうやら先生が苦戦したというロボットの集団だそうで、ドリーと言う人が全部操縦してるようだ。
そして灰色の着物を身に纏ったあの人も。
「親父、この国はオイラ達がほぼ掌握した。やい、外道共! おめえらに勝機はねえ!」
用心棒のマサトさん。
先生が救済した世界の、最強戦力がこの場に集まったようだ。
完全に形勢は逆転する。
「クックック、家族や女を信じるのが間違いの元じゃけえのう、強者よ。それよりぶち素晴らしいけぇね! 強者たちがこれほどまで集うとは、この世界に来てよかったわい」
「黙れ……」
歓喜するセトとは対照的に、ジークは暗い顔で先生を見やる。
「この男、これだけの戦力を揃えるために、どれほどの世界を征服して……」
「征服? なんだそりゃ? こいつらを救ってやったあと、ほんの少しカスリ貰ってるだけよ。上か下かなんざ俺には興味ねえ、義理があるかどうかだ。俺の生き方は弱きを助け、強きを挫く。それだけがやりたくて俺は転生した!!」
先生の信念は弱きを助けて強きを挫く。
それで多くの世界や人々が救われてきた。
「そうだ、それを任侠と呼ぶ。情を施されれば命をかけて恩義を返すことにより義理を果たすという精神だ。私もこの世界で生まれ変わり目指すべき道がある。人と人が結びつき、自由に交易して豊かになる社会! この世界で出会った同志たちの思いを誰にも邪魔させん!!」
龍さんも、二刀を構えて戦嵐のセトとジークと対峙する。
「そんなもの俺は信じない! 義理? 情? 任侠? そんなものはその場限りで不変ではない! 貴様が残した任侠なる組織もいずれは消えゆく定めだろう。騎士道などとうつつを抜かしおったフェルデナントでさえ俺を裏切って……前の人生で希望を託した騎士道も、俺の子孫もいずれ無くなる定めと悟るに至った。もはや俺はそんな無常なものは……もうどうでもいい」
セトは、ジークにうんうんと頷きながら杖を先生に向けた。
「こいつの言う通りじゃ。人間も神も諸行無常、家族だって裏切るけえのう」
先生はセトにニヤリと笑う
「おうそうだわ、ホルスって神様、てめえの甥からの伝言よ。てめえのカミさんが生んだ、アヌビスさんとその子供、戦神ウプウアウトさんな」
「あ、なんじゃい? 浮気した馬鹿女神と裏切り者の兄貴の家族なんざ知るかボケ」
先生はおそらく、このセトの弱点も何もかも調べつくしてる。
戦う前の情報収集が勝利のための絶対の基本って口酸っぱく言ってたあれだ。
「てめえが、神殺しなんか大罪犯したもんだから、世間体考えてネフティスって女神はアヌビスさんを殺されたオシリスさんの子供って事にしたらしいぜ? で、アヌビスさんが産んだ子、ウプウアウトさんあんたにくりそつだそうだ」
「だからなんじゃい!」
先生は揺さぶりをかける気だ。
勝つためにセトの冷静さを奪い、迷いを生じさせこちらが有利になる様に。
「そんで大逆神って事になったてめえの処分を取り消すよう、創造神さんにウプウアウトさんが働きかけしてるんだと。つまりはよお、あんたの家族は……」
「黙れえええええええええええええええ! ワシにはもう、戦いしかないんじゃあああああ!!」
「何だこの野郎? 家族の情も信じられねえボンクラが俺に勝てると思ってんのかボケ。てめえもだよ、ジークフリード。てめえの子孫の体乗っ取って親子の情を否定するボンクラァ! オラァ!!」
「……ぐっ!」
ジークとセトに隙が出来た。
私は、アースラの記憶盗掘でジークの心を覗く。
このジークが、1000年前に地球から転生し、この世界を救いに導いてきたのは本当だった。
女神フレイアと悪魔の陰謀に振り回されながらも、奥さんの愛を信じ、この世界の騎士を信じ、自分の子供に思いを託したのは間違いじゃない。
そして、魂の奥に囚われたフレドリッヒの前の人生も……。
彼は英雄になりたかったんだ。
好きな女の子を守るための騎士に、強い力を欲して、天界でブリュンヒルデと出会い私と同様ニュートピアに転生した。
「ジーク、かつて英雄と呼ばれた人とフレドリッヒ。あなた達だって、わかってるはずだ。人の想いを、誇りを、愛する誰かを守りたいと思う魂を……」
「黙れ! もはやそんなものは必要ない! 俺はこの世界を征服する覇王ジークフリード!」
「ワシにはもう家族もどうでもえええんじゃああああ! 強者共! 戦争の時間じゃあああああああ!」
負けない。
家族の想いを、人の心を無視する人たちなんかに、私は負けない。
「私も、先生の想いを、勇者の意思を受け継ぐ一人! 家族の優しさを無視するあんた達には負けない!!」
――ヘイムダル、どうやらこのお嬢ちゃんは、人間として十分成長したようだ
――アースラ、彼女に力を。私も力を調節して、魔と神、人の力を融合した最高のパフォーマンスを彼女に貸し与えます
よくわかんないけど、今が私の絶好調。
「全ての力を解放する!」
私が杖ギャラルホルンを掲げた瞬間、イミテーションの鎧が分解され、私の胸に白金に光輝く胸当てとスカートのような腰当て、膝当、足甲が次々と装着されていき、背中に七色に輝く光の羽根がつく。
頭に光り輝くカチューシャが装着されると、耳を覆うヘルメット、いや兜のようになり、兜の両側に白金の輝く羽が付き、途方もない力が湧いてくる。
首には、ピンクゴールドを細工したような、中心にルビーが入った薔薇の形のペンダントトップが具現化して、手には白金の薔薇が先端についた新しい杖を手にしている。
「へっ、目覚めたか。人と魔と神の力が合わさったマリーの神魔人形態、ワルを滅ぼすあの子だけの輝きに」
これが、私の力なの?
けど一つわかることがあるとすれば……。
「もう、誰にも負ける気がしない!」
「ふふ、マリー君惚れ直したよ。我が友ジョンや、ジローにイワネツも、今の君の眩い光を見せられなくて残念だ」
「まあ、これから残念な目に遭うのは、あの外道らだけどな。さあて家族の情を信じられねえ外道共、ケジメの時間だぜ?」
私の背後に黄金薔薇騎士団全員がついた。
「戦嵐神セト、そして覇王アッティラことジークフリード! 決着の時よ!!」
後編に続きます