第16話 流れ星のジロー
私はかつて転生前、金城二郎ことアシバーのジローと呼ばれた、ヴィトー・デ・ロマーノ・カルロの前に立つ。
私は人生で初めて人に銃を向けている。
残りMPは0で撃てないけど、銃の重みと人に向けてるのだという恐怖心がこみあげてきた。
だけど勇者が教えてくれたように、お腹に力を入れて表情を崩さず、私は胆力を練る。
転生前は、普通の女子高生……高山真里だと思ってた。
学校でいじめを受けて、転生前の父に殺され、天界の天使の導きで転生した、このニュートピアでも、比較的平穏な生活をしていたと思っていた。
けど……この世界は、私が召喚した勇者の言う通り、上部だけ綺麗で、人間の尊厳が蔑ろにされてる悲しい世界。
そして、私の召喚魔法でこの世界の在り方が、変質し始めているのを感じる。
私が召喚した世界崩壊の召喚術で、突如どこかの世界から召喚されたモンスター達の思念が、時折入ってくる。
滅ぼせ、こんな世界など滅ぼしてしまえと。
だけど、私はこの世界を救うと決めた。
勇者が授けてくれた召喚術と、私の力と思いで。
「ヴィトー王子、あなたは何者だったんですか? 私は日本で魂に傷を負ってこの世界に転生した。あなたはどうして、この世界にやってきたんでしょうか?」
ヴィトーは私を一瞬見た後、顔を伏せた。
空からは、召喚魔法で召喚した氷の賢者の魔法で、小雪が散って朝の光が雲の隙間から差し込んでいる。
「おい! てめえ女が腹割って話してんのに、なんだその不細工なザマは! 答えろ! てめえの口から話せ!」
私の傍らには、ヴィトーを見下ろすように勇者が立っていた。
「マリーちゃんにはわかんねえよ、俺の心根なんて」
「なんだその口の利き方は! 俺はてめえが地獄に堕ちて、刑期を終えてこの世界にやって来た事を、おめえの魂の記憶を読んで、全部わかってんだ! おめえは俺の存在も、前世の記憶全てを思い出せてねえが、俺は全部わかってる!」
私が銃を向けながら、勇者は夜明けと共に、アシバーのジローと呼ばれた金城二郎の人生を、もう一つの二つ名、彼の死後付けられた、流れ星のジローの二つ名の話をする。
夜空に一瞬光り輝いて、消えてしまうような、美しくも悲しい、流れ星のような彼の生き方を、後世の沖縄ヤクザが語り継いでる話。
彼は沖縄県コザ市、今は沖縄市と呼ばれる町で育った。
第二次大戦で父を亡くし、少年だった彼は、戦後は母や幼い兄妹を食べさせるため、人以外は何でも売ってると言われる、闇市で物を売って生計を立てながら、空手の稽古に励む日々を送る。
しかし彼は、戦勝国である一部米兵が起こす、市民への傲慢な態度と、乱暴狼藉に激怒した。
少年ながら空手の技で米兵達を撃退し、闇市と市民を守り、米兵への報復として米軍から物資を盗み出す、戦果アギャーと呼ばれる存在になる。
彼の強さに人が集まり出し、米軍占領下の沖縄で、彼はアシバーのジローの二つ名で、コザ市の闇市を仕切る、若き愚連隊のボスになった。
短気、酒乱、そして細かい事は考えず、明るく朗らかなテーゲーと呼ばれる性格で、女の人を口説くのが大好きな遊び人、それが転生前の彼だった。
彼が成人した1960年代、夜の町の用心棒をしていた、武道家集団の那覇派のヤクザと、飲食店のお金のトラブルがきっかけで、米軍流れの重火器も使用される激しい抗争になり、彼の名は沖縄中のヤクザに知れ渡る。
1970年暮れ、酒酔い運転の米兵がひき逃げ事件を起こしたり、沖縄女性達が、あばずれとか商売女呼ばわりされた事に彼は激怒し、琉球と呼ばれた沖縄の人達の尊厳を守るため、手下を使ってコザ市内で、反米暴動事件を引き起こす。
これが本土復帰運動へと繋がり、1972年5月、沖縄県が日本に返還された。
しかし本土復帰から間もなく、沖縄に足を踏み入れたのが、日本最大の暴力団になりつつあった、転生前の勇者が所属していた極悪組。
「あれは、長い抗争だった。この金城は、コザ派の代表の一人として、同じく那覇派の空手の達人だった親分と和解し、沖縄の極道達が一丸となって、極悪組と血みどろの抗争になった。だがこいつはサツから傷害罪でパクられ、小便刑だったが前科盛りだくさんで、最初に受刑した沖縄刑務所で問題起しまくりで、本土の府中刑務所に入れられた。そこで出会ったのが俺だ」
出所後、彼は勇者の所属する、極悪組との和解案に奔走するも、所属する沖縄琉道会の賛同を得られず、組織が内部分裂し、極悪組に恭順を示す沖縄ヤクザの暗殺者に、けん銃を撃ち込まれ、彼は若くしてこの世を去った。
戦後沖縄を米軍から守り、本土復帰の立役者かつ、本土のヤクザ達から沖縄を守って、刑務所にも行った、ある意味英雄の彼に待っていたのは、同じ沖縄のヤクザから暗殺された、悲劇の物語。
私は、彼の悲しい前世に涙を流した。
「おめえが透明化魔法使って、闇討ちのような戦法を取ったのも、魂の傷からだ。姿が見えないヒットマンから銃撃されて死んだ無念からよ」
そして私と勇者が何よりも許せないのが、彼がこの国の市民達に行った事。
「あなたは、ネアポリ市民を、あなたの欲のために使った。フランソワを呼び込み、シシリーの島の開発公社の名目で、人々を苦しめようとしてる。あなたは、前世であんなにも沖縄の人達を守るため戦ったのに、転生してやってるのは、まるで真逆の権力者が行う非道です!」
「仕方ねえんだ。この半島の内情は、長年の都市国家同士の内戦で疲弊しちまってる。経済的にも文化的にも豊かだが、戦力を整えようとも、この国はみんな争いが嫌いなんだ。だから軍事大国フランソワと手を結ぶ必要があった。そして俺が諸侯をまとめ上げ、中央集権の絶対王政にする必要あったんだ」
イリア首長国連合と呼ばれたこの半島国家は、度重なる都市国家間の内戦で疲弊し、皆戦いに疲れているようだった。
軍事力も海軍以外は、他の国と大きく差が開けられていて、だからヴィトーは連合国をまとめ上げ、国名もロマーノ連合王国にしたのね。
中央集権国家にして、軍事大国のフランソワ王国と同盟を結ぶ事で、交易や投資でさらに経済力を貯め、強い国家を目指し、ナーロッパ大陸一の国にしようとしたんだ。
だけど……。
「だけど、だからって弱い人立場の人たちを苦しめて良いわけない! もっと良いやり方があった筈! あなたは転生前と全く逆の人生を歩んでる!」
私は銃を向けながら、涙ながらにヴィトーを説得した。
「……殺してくれよ、マリーちゃん。俺ぁ惚れた女の子に、ここまで言われて……嫌われて、生き恥晒してまで生きていたくねえ……」
私は右手で銃を構えながら、左手でヴィトーの頬を思いっきりビンタした。
彼は自分が犯したこの国の人達への失政と、自分の人生から逃げようとしてる。
そう思ったからだ。
「死んで逃げるな! あんたなんて殺す気にもならない! あなたは生きて、生きて、この世界の人々を幸せにするのがとるべき道! それが無念の中で転生した、ヴィトー・デ・ロマーノ・カルロの生き方でしょ! 前世で人間の尊厳を誰よりも愛したあなたが!」
ヴィトーがうなだれて、目からあふれ出るような涙を流し、膝から崩れ落ちた。
彼は自分の本当の魂に目覚めた。
きっとこの先、世界を救うために私に協力してくれるはず。
私は勇者を見ると、大きくうなずいてくれた。
私も銃をおろそうと思ったその時、ライフルや剣、斧のような槍を持った、赤いモヒカンのような銀の兜に、銀鎧を着た集団が突然現れて、私たちは取り囲まれる。
「雇い主を死なせるな」
「状況はわからんが、美しいお嬢さん、武器を捨てろ」
「ヴィトー陛下に死なれると困るからな」
「だがあの男まずいな、手練れの戦士だ」
「ああ、一対一だと分が悪い」
この人達いつの間に!?
透明化の魔法?
いや、この勇者すら気が付かなかったから、気配すらも魔法で消したんだ。
「なんだこの野郎ら? 俺に気配を感じさせねえとは、やるじゃねえか。褒美としてぶち殺してやろうか?」
勇者がナイフを構えて、集団を睨みつける。
「ヴィトー陛下、状況は?」
一人だけ、黒地に金の刺繍を入れた帽子を被るイケメンが、ヴィトーに声をかける。
「手を出すなシュミット団長! マリーちゃん、すまねえ。こいつらは俺が雇った、シュビーツ傭兵団だ」
シュビーツ……確かフランソワと、ロレーヌ皇国、そしてここロマーノ連合王国とアルペス山脈を挟んで3大国の国境に面した、大国に挟まれても独立を維持してきた共和国。
主要産業は酪農と、ナーロッパ最強の軍団の一つと呼ばれる、国民全員が世界各地に派遣される傭兵稼業。
すると、シュミットと呼ばれたイケメンの傭兵団長が私に跪く。
「あなた様が、ヴィクトリー王国の薔薇姫と呼ばれたマリー王女殿下ですか。ご無礼をお許し下さい。しかし、銃を下ろしていただけますか? 我々はこの方に死なれるとまずいので……」
「うるせえよボケ! それを決めんのはマリーちゃんだ! しゃしゃり出て野面かましやがって、ぶち殺すぞ!」
うわぁ、一触即発の事態になった。
どうしよう。
「かしましい! マリーちゃん、シシリー島の件は、フランソワ王国とうちとの投資国益事業。今更覆すのは難しいが、フランソワの植民公社の株を買い占めれば、植民公社の株主はマリーちゃんだ。俺も、フランソワのアンリの馬鹿に食い下がってみるよ」
株や投資の事はさっぱりわからないけど、彼は道を示してくれた。
「だけど、マリーちゃん……君の祖国はきっと、この世界から消される。うちを含む4か国が君が殺されたと思った復讐で、ヴィクトリーを滅ぼすために動いている」
……へ? 今なんて?
ヴィクトリーを滅ぼすって……え?
いやいやいや、ちょっと待って。
うちの国もそこそこ大きい国だけど、大陸の大国が結託して攻められたら、滅びるんですけど!
「俺もそうだが、マリーちゃんが死んだという情報で、他の馬鹿王子達が復讐をする気だ。一か月後くらいかな? 各国の精鋭部隊の支援で、軍事大国フランソワ王国が、君の国に宣戦布告する予定さ」
ええええええええええええええええ。
やばい、やばいって。
うちの国、ひとたまりもないって。
「もはや、ナーロッパ各国は、ヴィクトリーのエリザベスを魔物やモンスターを操る、魔女認定して、国土全部をたっ殺す気満々さー。けど、フランソワにだって弱点がある。フランソワは北方の亜人国家との戦争で余裕がない。そこにマリーちゃんが付け入る隙がある筈さー。例えば、マリーちゃんが生きているという情報と、シシリー島の投資の頓挫。戦争って金かかるからねー」
フランソワ王国は、周辺国の中でもロレーヌ皇国を凌ぐ規模の軍団を誇る、最強国家。
でも戦争にはお金がかかるか。
そうか、その戦費を捻出するのが、シシリー島の開発植民事業なんだ。
「マリーちゃんも勘付いてるかもだけど、各国は表向き友好を装ってるように見え、互いの領土を奪いたくてしょうがないんさー。どこかの国がヴィクトリー王国を手中に収めれば、待っているのはバランス崩れて、大昔の大戦再来ってやつ」
「そんな……どうすれば」
私は勇者の方を見た。
「どうするもこうするもねえよ。要は、大陸の王子連中が惚れてる、マリーちゃんが力をつけて、喧嘩を止めりゃいい。そしてこの世界にいるワルやモンスターを、俺が片っ端からぶちのめす。簡単だろ?」
そうか、私がこの世界の大戦を阻むキーマン。
どうしよう……だがやるしかない!
私はこの世界を救いたい!
「決まりだな……金城! いやヴィトー! てめえ、フランソワって国に嫌がらせしろい。マリーちゃんと俺はシシリー島を救済し、フランソワとマリーちゃんの国との戦いを止め、それが終わったら喧嘩の続きだボケ! てめえ、それまでに、前世の兄貴分の俺を思い出しとけよ?」
「俺に兄なんていねえ! 指図すんなクズ野郎! 俺はマリーちゃんに今は嫌われてるけど、絶対に振り向かせて見せる! おめえや、他の王子には絶対負けねえ! おめえこそ鍛えとけよ? 俺はもっと強くなる!」
勇者とヴィトーは睨み合いながら、悪態を付き合い、再戦の約束をした。
完全に夜が明けて、ヴィトーはシュヴィーツ傭兵団と共に、ロマーノへの帰途へつき、昼間のネアポリ市探索から始まり、夜のサルヴァトーレ伯の討伐、深夜の賭博場、そしてヴィトーとの死闘と、目まぐるしく続いた激動の一夜は終わった。
私はどっと疲れて、膝から崩れ落ち、手に持った魔法銃デリンジャーを見つめる。
銃の使い方全然わからない……。
それに魔法の知識も不十分。
刃物の扱いだってわからない。
「勇者さん、私……強くなりたいです。その為に、色々勉強したいです」
「いいよ、喧嘩に勝つ方法を教えてやる。そのめえによ、眠いから寝ようや? なんなら一緒に……」
「お断りします」
勇者がガクッとずっこけそうになった。
うん、確かに眠い。
寝たい、楽がしたい。
けど、寝る前に日記をつけなきゃ。
ある意味これはゲームのセーブと同じ。
これがゲームだと、レトロゲーなら宿屋とか教会とか、光る場所とかだったりするし、それ利用してリタマラやら、リセマラとかってあるけど、私がいる異世界はあくまでも異世界。
これが私の直面する現実で、ゲームじゃない。
だから記録を残す事が重要。
昨晩経験した貴重な体験を記して、勇者に色々質問を投げかけてみよう。
戦闘知識、魔法の知識、そして投資関係の話も日記に書いて質問しよう。
私がこの先、人生を楽をするためにも、この世界を救う為にも、強くならなきゃ。
「そうだな、マリーちゃんが強くなれば、俺も楽が出来るな。寝る前に、日記付けておけよ?」
こうして私は、今の自分の状況と、大国によるヴィクトリー王国の包囲網、そして世界大戦の予感を感じながら、賭博会場と化したガベルダ宮殿で眠りについた。
そして本来の魂を取り戻したあのヴィトーが、私にとって大きな後ろ盾になってくれ、あんなにも義理人情に溢れて、優しくて頼もしい男になってくれるとは、この時の私は思いもつかなかった。
こうして、主人公の修行パートに入ります