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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第四章 戦乙女は楽に勝利したい
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第163話 憲法と戦争

「奥の院、賢如様。それがし征夷大将軍の松平家康と申します。天子様は、それがしの説得に応じ、このジッポンの政の一切を、今後拙者と幕府が取り仕切りますゆえ、よろしいか?」


 松平家康は、イワネツよりも先に都入りしており、宮中において目の前で行われた神殺しと、その顛末を近衛と光徳帝に報告し、説得を試みた結果が今の状況。


 明知はこの世界の松平公かと、じっと観察するも首を傾げて、元服したばかりの若造、いや童ではないかと率直に思った。


 明知と目があった家康は、ニコリと微笑むが、目が全く笑っておらず、自分が知ってる松平公とは顔の形どころか、耳すら違うが、前の世界同様、腹の中が全く見えない性格をしていると感じ入る。


「な!? ああ……天子よ、我が天子。そなたは神社と朝廷の全てを統べる、ジッポン史上初の法皇となるべく神の御子やぞ!! アカン! 下賤な者の言うことなど間に受けたらあかん!」


 全身を病に蝕まれた賢如は、自分の死後に天帝の我が子に僧位を譲り、神社と朝廷を取り仕切る法皇にするつもりであった。


 そしてジッポンの国名をヒダカミジッポンとして、先史時代のヒダカ王国を復活させようと目論んでいたのだ。


 これは正統なる天帝家のジッポンを自称する、反神社を掲げる南朝の八州西京へ、こちらが正統なるジッポンであると、大義名分を得るためでもあった。


 光徳帝は、柴木に組み伏せられた賢如をじっと見据えて、柴木に拘束を解くよう、手のひらでジェスチャーし、イワネツも、柴木にアゴで指図する。


「ははー! 天子様、親方様、御意!!」


 解放された賢如は咳き込むが、咳に血が混じっており、身体中に癌が転移した状態で、余命幾ばくもない健康状態。


――ふん、俺が殺すまでもなく、こいつはもう長くねえ。体から死臭がしやがってる。何度となく嗅いだ死の香りよ。


 イワネツは賢如の死期を察して、家康と共に並び立つ光得を、じっと見据えながら成り行きを見守る。


 数え歳で齢10歳の北朝天帝光得は、父である大僧正を見下ろし、烏帽子帽を脱ぐと上げ角髪を晒す。


「だ、大僧正、賢如殿」


「!?」


 失語症を患った息子が言葉を発したと、賢如は目を見開き、息子の顔をマジマジと見つめる。


「朕深く世界の情勢と、ジッポンの状況、臣民の置かれし戦国の世を鑑み、大僧正賢如及び臣民に告ぐ。我らがジッポンを祟り呪った如流頭の御霊は散華なされた。よって女神黒瑠をジッポン神と改め、如流頭神社解体するべし」


「!?」


 光徳帝より、賢如に神社を解体しろと通達がなされ、動揺した賢如は両手を広げて我が子を諭そうとする。


「な……な、なにをいうとんねん。神社が、解体……我が天子よ、神社はワシらジッポンと先祖のヒダカミを結び、神をお祀りする我らが建国の」


「父上!!」


 通達に反する賢如に光徳帝が一括すると、覇気にビクリと震わせた賢如は息子を見ると、目から涙が溢れていたが、これを堪えて自身の父親を見据える。


「父上、あきまへん。もう神、如流頭はおわしまへん。我が臣、征夷大将軍にして正二位、松平家康より事の顛末よう聞きました。神は消滅する時に申されました。この地に、呪いではなく心からの祝福を、救済を我が子らにと。如流頭が死した今、如流頭を祀る道理もなく、神社の役目はとうに終えました」


「そ、そんな……」


 賢如は力なく項垂れて放心状態になり、完全に戦意を消失する。


「このジッポンの神は女神黒瑠(ヘル)いう神様の領域です。新たなる神々は仰られた……我らがジッポンの救済のため確固たる法と律、朝廷の中興の祖たる聖徳皇子が唱えた憲法が必要であると。松平よ、国璽を押した書状を」


 家康は、光徳帝に一礼し、ジッポン国憲法を読み上げ、イワネツは水晶玉配信で全世界にジッポン国憲法発布を中継する。


「帝様より認可を経て、幕府征夷大将軍、松平家康の名において、ジッポン国憲法を発布する! 憲法前文! 本憲法はジッポン国最高法規である。わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、再び戦国の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が朝廷から釜倉幕府に委任され、天帝家は世界平和、国家安寧を祈念するジッポン象徴たる元首とし、戦国の世が終結した事を宣言する!」


 つまりは主権と政治が朝廷から幕府に委任された形を取り、元首を天帝家として、戦国の世は終結したものであるとの憲法前文である。


 また身分制も封建制が強いジッポンには、民主主義はまだ不可能であり、ジッポンの内情に合わせた憲法となっている。


 起草したのは、前将軍の東條、大日本帝国で宰相を務めた元軍人であった。


 彼は前世の巣鴨の牢獄で、いつもひとりで書き物や読書を独居房で過ごしながら、後悔と無念の日々を思い出して、ジッポンによるジッポンのための憲法草案を松平家康に託し、ヘルが改善を加えたものである。


 それは奇しくも、現在の地球世界日本国憲法の前文と酷似していた。


「我らがジッポンは世界恒久平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と自由、生存を保持しようと決意した」


 世界恒久平和、個人と国家の生存権。


 光の神がかつて夢見た魂の理想郷、ニュートピアとして蘇らせる英雄達の想いが込められている。


「われらジッポンは、和を尊びこれを維持し、あらゆる専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めつつある国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の民族が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」


 専制主義の否定と、差別主義と奴隷制の廃止。


 戦乱を繰り返した世から、平和を主義とする旨を宣言し、全世界の民族平和と生存権を保障し、ジッポンがその名誉ある地位を占めたいと国際的に宣言した内容がこの憲法の趣旨。


「以後、ジッポン国幕府は、国家と武士の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふものとする」


「ハラショー、素晴らしき憲法前文だ」


 イワネツは、読み上げた家康に拍手を贈り、光徳帝の前に跪く。


「幕府に勇者の官職を下賜されし、織部弾正中憲長、勇者イワネツよ。元首たる朕は憲法の通り世界恒久平和実現を実現させるため、光徳の名において世界救済を望むものとす」


「承知した我らが天帝(ツァーリ)


 イワネツは、当初ジッポンを簒奪する気でいたが、国家元首として目覚めつつある光徳を、自分が仕えるに値する主人と認め頭を下げる。


 そしてこの憲法前文が持つ隠れた裏の意味の効果を、イワネツは読み解く。


 これは身分平等と自由、平等、博愛と人間の権利を説いたフランソワ憲法のパリス人権憲章を補完する憲法。


 解釈次第でこの世界の人々の生存権を否定して、世界の恒久平和を侵す存在を、ジッポンの強力な武士団が征伐できると大義名分を得る事が可能なのだ。


 すると、ロマーノ君主のジロー達の配信が始まる。


「ジッポン国織部と同盟国ロマーノ連合王国の君主、国王ジロー・ヴィトー・デ・ロマーノ・カルロさぁ。我がロマーノ連合王国はパリス憲章に基づき、通称北ジッポンを憲法を持ちうる正統な国家として承認する」


「フランソワ共和国、大統領デリンジャーだ。大統領権限に基づき、ロマーノ連合王国と共に基本的人権の価値観を共にする国としてジッポン国を承認する」


「ホランド王国もジッポン国を承認いたします」


「シュビーツも同じく」


 次々とナーロッパ諸国が承認していき、北ジッポンを正統国家として認め始めたのを見た織部家家臣達は一斉にイワネツに向くと、ドス黒く邪悪な笑みを浮かべた主君の顔を見て、全員背中に怖気が走る。


 後に憲長公記の共同作者の一人、近衛家跡取り、関白中臣秀吉はこう記していた。


 如流頭教を策謀をもって滅し、憲法を発布なされた親方様は大層お喜びなされ、着々と全国制覇に向けた大義名分を築かれておった。


 我が同輩にして友、前島利家公も、公方家康公も、天子様も、後に我が政敵となる明知めも柴木も親方様の、あの時のご尊顔を拝見し、その智略と深慮遠謀に震えが止まらず恐れ慄く。


 親方様が武力だけでなく、知略の天才である事、この後にジッポンの勇者の名と共に全世界に親方様のお力が轟くものとなったと。


 これは南北に分断されたジッポンにおいて、確固たる憲法を持つ北ジッポンを、西洋のナーロッパ諸国より正統な国家と承認させるためのイワネツが考えた仕掛けである。


 また、暴君醍醐を絶対的な君主とする南朝に対して、北朝は世界恒久平和のために、正統なる北朝が南朝を合併する布石。


 葦利高氏への仕打ちで南北に分裂したジッポンに関しても、イワネツと事前に打ち合わせした松平家康が仕掛けを行う。


「八州日宇雅の西京、醍醐帝ならびに幕府に告ぐ。我がジッポン天帝光徳の名において、朝敵とした葦利高氏公については、最高位の正一位の官位を与え、神社は解体。御霊に謝罪を以って中京の地に祠を建造する事で報いござる」


 南朝の大義名分である、英雄高氏の処遇についても神社を解体に処して、高氏の名誉の回復と官位を与える事で南朝側に誠意を示したのだ。


 そして南朝からの接触を待つと、光徳帝の持つ水晶玉から醍醐帝の映像が配信された。


 白粉で人相はわからなかったが、十二単衣を纏い黒髪を伸ばした子供が、幼い顔を醜悪に歪めて、北朝側を睨みつけている。


「朕は正統なるジッポン天帝、醍醐である。賊め、下賤め! 何が高氏公の謝罪じゃ」


 聡明な光徳と比べて、幼稚な醍醐をイワネツは鼻で笑うと水晶玉の例の映像、無辜の民達を這わせ、無慈悲に尊厳を踏み躙った映像をイワネツは全世界に流した。


「これお前だろ? 南は人権が保障されてねえなあ」


 イワネツの言葉に、光徳帝は憤り、醍醐帝を無表情に見つめて侮蔑の目を向ける。


「だから何だ死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」


 ヒステリックに醍醐帝は暴言を連呼する。


「汝は民をなんと心得るか! 摂政にして関白たる近衛より古の歌を朕は学んだ。高き屋に のぼりて見れば煙立つ 民のかまどは賑わいにけり。いにしえの人徳帝の歌である」


 近衛は自身の光徳への教育が正しく作用したと感じ、賢如は自身の息子が、ジッポンを統べるに相応しい帝王に目覚めたと感じて複雑な心境で見守る。


「人徳帝は民を重んじ、民のかまどの煙豊かな豊穣の国を目指したもうた。朕は戦で傷ついた民のかまどの無煙と戦火の狼煙を見るに、心痛めたるのに……。汝、帝にあらず! 臣民あっての天帝家ぞ! 朕は民のかまどの歌の如し煙をはよう見たいと、それを望んでおるのに! 汝、人の心を持ち合わせず!」


「それがし松平も、民のかまどの煙を目にして、民の喜びの歌を帝様と聞きとうございます。それを成すのが臣たる幕府のお役目であると、光徳帝と無辜の民に誓う所存」


 イワネツは、自身が認めた二人に微笑み、その場でスラヴスクワット、うんこ座りをして醍醐帝と水晶玉に向き合う。


「聞いての通りだ未熟な小僧。南北分断の意味なんざもう意味が無くなった。葦利高氏の名誉を回復したのに何が不満なんだ?」


「うるさい死ね! 貴様らは不当にジッポン北部を簒奪した賊だ! すみやかに滅べ賊め。そもそも天を仰ぐ天帝として生まれし朕に、なぜ跪かぬか!」


「俺はよお、前の世界で人権も尊厳も奪われた国で育った。お前、思い上がったソ連の独裁者そっくりだぜ小僧」


「黙れ痴れ者が! 朕は正統なるジッポンの天帝……」


「ちんちんうるせえんだよクソッタレ(イジーナフイ)! これからは法と人権が保障される時代だ!! それは天帝(ツァーリ)とて同様! 時代を逆行させる事などさせるか!」


 イワネツが通信先でロシアなマフィアの恫喝を始め出す。


 聞くものがその声量と覇気に気圧される、恐怖の恫喝である。


「小僧、お前の信念を述べろ。光徳帝は民のかまどの逸話で、己の信念を述べた。お前の信念はなんだ?」


「黙れ下郎! 我こそがジッポン正当な皇統醍醐である! 貴様のような下賤が身の程をわきまえろ」


「黙れ小僧!! 目玉くり抜いて脳髄ぶち撒けた後で、肉削ぎ落として頭蓋の盃を作ってやろうか!!」


 イワネツの声量と威圧感に醍醐帝は体をビクリと震わせる。


「俺は信念を述べろと言った。お前こそ俺を誰だと思ってんだ小僧! 地上における神の代行、勇者イワネツだ!! こんな小僧に忠義を尽くす南朝のクソ共も哀れなもんだ」


 地面に向けてイワネツが、唾を吐く。


「朕を愚弄するか貴様……正統なる皇統でもなんでもない賊の光如を帝に置く虫けら共め」


「あ゛ぁ? 俺が仕える天帝(ツァーリ)侮辱したか? 殺すぞ畜生(スーカ―)‼‼」


「……ヒィッ!!」


 神や悪魔ですら恐怖するイワネツの迫力と威圧感、それが生み出す恐怖と緊張で醍醐は小さく悲鳴を上げて通信が若武者に切り替わる。


 イワネツが南北朝の戦いで見たことが無かった烏帽子を被る若武者だった。


 涼し気な面立ちにあごが尖り、虹彩異色症(ヘテロクロミア)なのだろうか、右目は茶褐色で左目が青みがかった灰色をしており、若武者はイワネツを正面から見据える。


「その方、賊軍織部国、織部弾正中でござるか?」


「お前見たことねえツラだな、名前は?」


 イワネツの圧力に物怖じせず、逆に金目銀目の瞳の色は異様な輝きを放ち、逆に圧力をかけて来た若武者に、年若いが手強いと彼に思い抱かせた。


「葦利氏より葦利幕府を継ぎし征夷大将軍にして太政大臣楠木正成である。たしかに卿の言うように、葦利高氏公への謝罪は受け取り神社を解体とした誠意は受け取ろう。だがそもそも貴様らは理を外しておる」


「ほう? 何だ」


「貴様らが皇統の正統性を持たぬ朝敵、賊だからだ。我が忠を誓う天子様を再三侮辱し、3年前に博田(はかだ)で軍艦を無視して鏖殺行為を行った件はどう詫びる?」


 イワネツは南朝側の将軍、楠木正成を見てかなりのキレ者であると判断した。


「ああ、その件か。そりゃあアレだよ。そこの醍醐って小僧は、うちらは天子であると認めてねえ。うちの憲法上、勝手に天帝と幕府って名乗ってる武装集団、テロリスト的な悪党だろ?」


「……貴様、それがしを悪党だと」


 悪党という単語に、楠木は不快感を露わにした表情を見過ごさず、イワネツはさらに楠木を追い込んでいく。


「ああ゛ぁ? そうだろうよ、うちのジッポンはナーロッパ各国より国際法に基き憲法を持つ、独立国として承認されてるわけだ。お前こそ悪党のくせしてうちらを賊呼ばわりしただろ、カス野郎(ムラーシ)?」


「……よくわからぬ西方の毛唐国が束になって貴様ら賊を認めた事に何の意味がある?」


「それが意味があるんだ悪党。うちのツァーリは国際社会が恒久平和を望む国家元首で、お前平和を乱す悪党って事だ。こっちは葦利に報いる事で誠意を見せたのに、そっちの言い分に道理が通らねえ。規律が全くねえぞ、お前それでも武士か?」


 イワネツの言葉に顔を思いっきりしかめた楠木は、徐々に冷静さを奪われていき、イワネツは表情筋を緩めて、邪悪な笑みを浮かべた。


 年不相応の聡明さを示す知能に加え、特定の単語、悪党に過剰反応して、武士の否定への怒り、醍醐帝に対する絶対の忠誠心を見るに、転生者であるとイワネツはにらんだ。


「なあクソ野郎、武士の道理もねえ悪党の犬畜生(スーカー)。お前が忠誠を尽くす醍醐のガキはカスだ」


「黙れええええええええ!!」


 涼やかな顔立ちの楠木は怒りを露わに、左目の瞳が妖しく光り始め、イワネツが一瞬仰反る程の強大な覇気と情念を感じさせる。


「我が天子は、それがしが何度生まれ変わっても、忠義を尽くす我が主君である! この世界でまた出逢えた愛する主君!! 七生報国、この身が何度生まれ変わっても、日の本に、我が天子に忠を尽くし、この世に生まれ変わることができる限り、永遠に主君と国に報いる!! それが武士の本懐也!! そのためには手段を選ばぬ! 悪党に堕ちたとしても」


 楠木政成の正体は、前世でも同じ名を持つ大楠公と呼ばれし英雄。


 南朝醍醐帝は、楠木政成が永遠の忠誠を誓い、南北朝の大覚寺統の天皇にして、北朝側と足利幕府に付き従った武士達が敗北する中、病に倒れて失意のうちに魂に傷がつき逝去した後醍醐天皇の転生体であった。


「ハラショー、それがお前の信念か。聞けてよかったぜ忠義の武士、勇者たる俺が戦いに値する信念を持つ男!」


「貴様がかつて相対した葦利幕府は3年前と違い、各家より一騎当千の葦利幕府郎党を揃えて候」


 指を鳴らした正成の背後に、一癖も二癖もありそうな凶悪な顔つきをした南朝武士団の頭目たちが勢揃いする。


「従三位北畑修羅や。ワイが先陣切っていてまうぞ魔王憲長」


「細河左少将三斎なり。先だっての戦、よくも我が博田を地獄に……」


「嶋津日宇雅守義成見参にごわす。父上ん仇めうっ殺してやっわ」


「大鳥左近衛少将宗竜推参、貴様(きさん)が悪鬼憲長かコラ?」


「新倉左近衛中将貞義や。調子に乗るんもええ加減にせえよボケ!」


「松長弾正忠秀久なり。貴殿のその首、帝様に捧げてくれようぞ」


「長曾我辺土左守信親見参。賊め、我が水軍でぶっ殺しちゃるき」


「副将軍毛利右府元照じゃ、天帝と幕府に仇なす北の朝敵共め」


 かつて、北朝側のイワネツこと織部憲長に煮え湯を飲まされた南朝側の名門士族達は復讐を果たすために、イワネツに一斉に殺意の波動を送る。


「征夷大将軍正成!! 朝敵共を処すのじゃ!! 北の賊を族滅せよ!」


「我が天子様、かしこまり候。我ら正統なるジッポン、一千万国、葦利幕府総勢25万騎全てが一騎当千の強兵(つわもの)也。億人分の兵力に相当、覚悟せよ賊軍共。それとチーノのハーン皇帝陛下、こやつめが例の」


 通信が切り替わり、ハーンの皇帝アルスラン・ハーンを映し出す。


「貴様が、悪鬼イワネツか」


 黒髪がもみあげと髭が全て繋がったような、黒い獅子のたてがみのように見える、耳がエルフと同様尖り、薄黄色の肌に青き瞳をした獅子の容貌を持つ殺戮者である。


「ふん、お前がハーンかクソ野郎」


「小僧、口の利き方に気を付けろ。ワシはジッポン皇帝醍醐を正統なるジッポンと認め盟を結ぶ。待っておれ、悪鬼めが。我がエルゾの同胞をのぞく、北ジッポン人全員の首を刎ねる。そして貴様の四肢をバラバラに引き裂いた後、その首、我が都へ運び入れ、腐敗するまで我が宮殿に飾ってやるわ」


 南ジッポンとハーンは同盟を結び、北朝に宣戦布告する。


 つまり南朝をハーンが支持する事で、互いにジッポンの正統性を争う大乱となった事であった。


 ハーンの軍勢はおおよそ75万、構成はハーン人10万、チーノ人60万、朝明人義勇兵及び軍属と水夫合わせて5万人が、朝明半島臥浦を母港として5千隻にも及ぶ大船団で南北ジッポンへ派兵。


 チーノ大皇国が交易で使用していた、魔導ジャンク船に大砲を搭載して、造船技術に長けた朝明人技術者が改造を施した軍艦であった。


 南朝とハーン軍の総勢100万。


 そしてこの後ジッポン東から攻めてくる、南アスティカ人達の百鬼夜行により、世界大戦最大の激戦地の一つとなる弘慈の役、後世で大東亜大戦と呼ばれる大戦争の幕が開く。


 イワネツは舌打ちしながら、南朝首都、西都日宇雅の方を向き睨みつける。


「クソ共が、楠木は信念を持つサムライと認めてやるが、揃いも揃って俺をなめやがって」


 優男風の顔面に無数の血管が浮き出て、怒りジワが浮き出て万人が恐怖を抱く、後世に勇者とも魔王とも呼ばれる凶悪な顔つきになったイワネツは、体内にオーラを溜めて両腕を突き出す。


「ショーグン、野郎ら宣戦布告してきやがったからよ。憲法の自衛権並びに生存権を守護って事で、南朝日宇雅にぶち込むがいいか?」


「……致し方ありませぬ勇者殿。このジッポンに救いあれ」


 松平家康は顔を伏せ、賢如は膨れ上がるオーラと魔力を前にして、神を葬ったのは間違いないと悟る。


「目標、西都日宇雅の都! ぶっ飛べクソ野郎(ナフイ)!」


 この時の記録について、ハーン軍医にしてニュートピア世界に医療目的だった合成麻薬を蔓延させし悪名高きノクセク・ソニンが玄海灘より見た書が、後世に残されていた。


 海上よりジッポン国を望み、八州地方の高峰啊蘇山脈が轟音を立てて跡形もなく吹き飛び、ハーン帝は何事かと身を乗り出し、その怪異を目にしたと。


 啊蘇山脈が、西京を守ってくれるよう聳え立っていたお陰で身代わりのように吹き飛ばされ、隈本の民が恐怖に慄く夜半過ぎ。


 人智を超えた北朝のイワネツの攻撃に、南朝葦利幕府家臣団が恐れを抱き始め、南朝の首都西京は混乱に見舞われるが、征夷大将軍楠木の号令で、各軍団が北ジッポンに侵攻し、第二次南北戦争が開始される。


 イワネツは中京に自身の軍団を呼び寄せて、郎党達が囲む中、アマノムラクモを掲げた。


「いいか俺の一家(クーチカ)共、敵は確固たる信念を持ち向かってくるクスノキ・マサシゲ。そしてチーノの皇帝クソ野郎、アムスラン・ハーン! やつの背後にいるであろうオーディンと東の海から来る伝説の百鬼夜行。相手にとって不足ねえ! 全部ぶっ潰すぞ!!」


「御意!!」


 イワネツ軍団が、宮中御所で酒を交えて決起集会を開く中、光徳帝が力なく項垂れる賢如に寄り添う。


「父様、幕府より薬を賜ってます。これは日に一粒飲めば苦痛が緩和され、全錠飲めば快楽のうちに命を終える妙薬と聞きます。選択は……父上にお任せ致します」


 イワネツが光徳帝に渡した薬は、末期癌患者用に処方されるケシの実から作ったヘロインを改良したモルヒネの一種である。


「父上、朕は1日でも長く父様と共にありたく……」


「天子よ、おおきに」


 満面の笑みで光徳帝に返事をした賢如は、この国の偉大なる帝に目覚めつつある自身の息子の邪魔になるであろうと悟り、全錠飲み込み、今まで感じた事もない快楽を得ながら薬物のオーバードープで心臓が止まる。


 享年30、陰謀に塗れた人生を我が子が見守る中終えた。


 家臣団の乾杯の音頭と共に鬨の声が響く中、イワネツの水晶玉に知らない周波数の着信が入る。


「なんだよ、酒かっくらって宮中の女連れこんで寝ようと思ってんのにどこの阿呆(アショール)だ」


 イワネツは通信をオンにした。


「Guadalajara en un llano, México en una laguna♪

Me he de comer esa tuna♫ Me he de comer esa tuna♫ Me he de comer esa tuna♫ aunque me espine la mano.♪ 」

 

 水晶玉からは、Me He de Comer Esa Tunaのフレーズ、マグロを食べなきゃという意味とスペイン語の独特な曲調。


 少女が歌うマリアッチが流れると、イワネツは顔面が蒼白となり、歌の主の正体に気がつく。


「うーん、全部の歌詞が思い出せない。好きな歌なんだけど、まるでヘロインと一緒にテキーラをあおったようなね、感じがする。意識がハッキリしなくて、まだ本調子じゃないんだ」


 歌の中にも話す声にも、狂気と悪意が混ざるような、伝染する悪意の主が少女の声で囁くようにイワネツに語りかける。


「前に死ぬ時聞いてた若い子のギャングスタ・ラップも良かったけど、やはりマリアッチがいい。歌うと心がね、ほんの少し癒される。君もこっちに来てたのか? また君と話せて嬉しいな、友よ」


「……俺はもうお前とは会いたくなかったがな。お前、今なにやってんだよ? なあエム」

次回はナーロッパの戦場、主人公の一人称に戻ります

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