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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第四章 戦乙女は楽に勝利したい
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第162話 ジッポンの真実

 近衛は、イワネツに朝廷中枢で知りえたジッポンの成り立ちと、今に至るまでの戦乱の歴史書を紐解いた映像を直接脳内に念を送る。


(これは、古文書かジジイ? この世界のジッポンやチーノの字じゃねえ。漢字か?)


(ジッポンの歴史を伝える、ジッポン書記と古事記でおじゃる。漢字とはどう言うものかは知らぬが、麿には読めたでおじゃった。剣の稽古と修練の暇に、麿はジッポンの歴史の謎を解いたでおじゃる。これに加え、朝廷の秘伝書の建国記と我妻鏡で得た、麿の知り得るジッポンの全てそなたに授けるでおじゃる)



(何が目的で?)


 近衛は老体とは思えぬ膂力で、圧力を加えると、思わずイワネツは唸る。


(決まってるでおじゃろう! 呪いの神、如流頭に終止符を打った勇者!! 今こそジッポン変革の時でおじゃる)


 従一位の関白にして鬼の血を継ぐ近衛は待っていた。


 この呪われたジッポンを救う真の英雄を、悲しみの連鎖と延々と繰り返される百鬼夜行を今度こそ終わらせるための、勇者を待ち望んでいた。


 ジッポンの歴史は、1万年以上前に遡る。


 秋津洲に元々暮らしていたヒト種の日出花見(ひだかみ)王国に、大陸の古代ノルド帝国による民族差別から逃れるように渡来した精霊人、エルフの栄流蘇(エルゾ)国と、ドワーフの 隼手(ハヤテ)国、そして遅れること2千年前に島を開拓しに来た、大陸の千埜(チーノ)人が渡来して出来た浮雲(うきくも)国が神、如流頭より呪いを受けたきっかけとされる。


(なるほど、ジッポン建国前は、色んなところから移民が来る、他民族国家だったということかジジイ?)


(左様、麿達の暮らす秋津洲は、元は日出花見と呼ばれ如流頭を祀る国でおじゃった。そやけど如流頭は怒り狂うた。なんでわしが愛する国に、エルゾ、ハヤテ、千埜が押し入りおったのかと。平和だった日出花見は内戦になったでおじゃる。極め付けは、西の海から渡来してきおった最初の百鬼夜行、麿の先祖筋の一団でおじゃろう)


 古事記によると、千年前に突如として異形の者達が秋津洲西方に住み始めたと書かれる。


 ジークフリードに敗北した旧サタン王国軍の脱走兵達である。


 彼らは鬼と呼ばれ、日出花見王国の権力闘争で敗れ、八州の日宇雅(ひゅうが)に島流しにされたヒトの王族の世話になった。


 古事記には、彼ら鬼の一団を馬裡鵡(バリム)と記述されており、首魁は魔帝パイモンの部下にして、サタン王国軍の元中将である。


 彼ら魔族以外に、日宇雅に協力したのが、女神フレイアを信奉したチーノ人を先祖に持つ浮雲国、フレイを信奉するエルゾ王国とハヤテ国。


 そしてエルゾに混じり、オーディンを信奉するジューと呼ばれたルーシーランドのハイエルフ一派も潜り込み、彼ら強力な異民族が神輿に担ぎ上げたヒウガの王族と共に日出花見王国を侵略し、大陸と結びついた浮雲の領有権を主張し、国譲りという形で併合し、ジッポンを建国。


 この戦いで、馬裡鵡(バリム)なる鬼の頭目は、如流頭との戦いで戦死したともされている。


 かつてヒトを蔑んだ、魔族の軍人は祖国の地を二度と踏むことなく、部下の脱走兵を保護したヒトの王への義理を果たした最期であった。


(その際に、我らジッポンを建国しはった初代天帝様、神舞帝が日出花見王国より簒奪せしめた神器が、そなたの持つアマノムラクモでおじゃる。如流頭が日出花見に与えた神器、アマノムラクモ、ヤハタカガミ、ヤサカノマガダマ。以降、如流頭は怒り狂い、ジッポンを呪う祟神に成り果てた。これを封じたのが神舞帝でおじゃった)


 ニョルズは、封印される直前に他の神々からの侵略と悪魔の軍勢に怒り狂い、守護領域のジッポンにおいて全てを洗い流す災厄の大津波を発動した。


 ジッポンのみならず、世界中を大津波が襲い、各地に洪水伝説として遺され、旧ロマーノ帝国の船乗りは恐れを抱きニョルズを海神として敬う。


 ジッポンにおいては、この国を呪い祟る神と化したニョルズに対して、三種の神器に封印するという形を取られ、以降ニョルズは天帝家のコントロール下に置かれることとなる。


(ああ、なるほどな。ニョルズはジッポンがこの世界の人類と生命の起源の地であると言ってやがった。自分の作った人類の国を、悪魔野郎やフレイとフレイアの馬鹿兄妹やオーディンに奪われて、封印されたから、頭がおかしくなったんだな)


 ジッポン建国とニョルズの祟神化に納得したイワネツに、近衛がさらに話を続ける。


(神舞帝の死後、ジッポンは麻の如く乱れ始め、百余国に分裂し、戦乱の時代となりおる。天帝家皇太子にして英雄、大和猛の皇子も戦で死に、当時の朝廷は途方に暮れたでおじゃろう。戦乱を治めるべく、旧日出花見王国王族の生き残りに作らせたのが、如流頭神社でおじゃった)


 つまり長引く戦乱を治めるべく、如流頭の祟りを鎮めるために、旧ヒダカミ王国の末裔を教祖とした統一宗教を作ったのが、ジッポンを陰から支配する神社勢力の成り立ちだった。


(こうして発足した如流頭神社を巡り、物辺、曽我、中豊の三つ巴の戦が起きたでおじゃる。間に入った聖徳皇子とその一族も族滅した激しい権力闘争でおじゃった) 


 この三豪族は、魔将バリムを祖とする獣魔の一族達で、如流頭神社を否定する物辺家、如流頭神社を傘に来て勢力拡大を図る曽我家、朝廷に与して神社勢力とも繋がった中豊家、後に藤本の名を朝廷より賜り、大化の改新を果たした中豊の勝利で終わった。 


(ふーん。まあ俺がニョルズだったら、今まで自分を否定してたのに、都合よく擦り寄ってきやがってと、怒るだろうよ)


(せやな。以降、神社の大僧正は、如流頭の意思と繋がり、エルゾやハヤテ、オニを討伐するため、ある制度を如流頭のお告げとして800年前に作り出したのじゃ。坂田村丸、初代征夷大将軍。が、結果混乱しか生み出さなかったのじゃ)


 征夷大将軍とは、天帝を頂点とする朝廷がジッポン平定のため、エルゾ、ハヤテ、オニの討伐のため、貴族でも有数の武力を持つ者を大将軍として任命した事が起源であった。


(征夷大将軍は、エルゾ島のエルゾ王国を滅ぼした。せやけど恨み持ったエルゾ人が各地に散って、ジッポンを混乱させるだけやった。ハヤテの者を大陸に追いやり、忍者の先祖も権力闘争で敗れたオニの血を引く公家で、都を追い出された一族の中から忍びが生まれおじゃった。その後の朝廷貴族間の暗闘は、忍達が暗躍し凄惨を極めたでおじゃる)


 被差別階級の忍者が生まれた要因は、貴族間の暗闘で都を追い出され、非人身分にされたオニ、魔族の血を引く旧貴族階級であった。


 そして忍者が時の貴族や時代が降って武家から、戦争の道具とされる構造が出来上がったのだ。


(なるほど。それで、お前ら中豊の血を引く貴族共は、藤本家と立花家で権力争いを繰り返して、ジッポン貴族の五摂家が誕生した……だったな)


(せや、ほんで百鬼夜行がジッポンを再び襲ったのじゃ。平和ボケした公家では、なかなか対応できひんかったでおじゃる)


 500年前の百鬼夜行により、ジッポン国は壊滅的な打撃を被った。


 さらに追い討ちをかけるかのように、ジッポンが支配し、ハヤテが防人だったナージア大陸の朝明半島が、チーノ大皇国に奪われるという事態に陥る。


(ふん、弱り目に祟り目ってやつだな。前の世界の東洋のことわざ通り)


(ほんでもジッポンは滅びんかった。ある勢力が百鬼夜行を撃退したのでおじゃ。それがサムライ。きっかけは神社が所有する荘園の境界線上で、たえず小競り合いが生まれたので、腕が立つ用心棒が必要でおじゃった。これとは別に、朝明半島の守護をしていた防人(さきもり)のハヤテ共がジッポンに帰還し、荘園間の争いに介入。地方におった下級貴族が諍いを鎮め、強大な武装集団となったんが武家階級、サムライの始まりでおじゃる)


 イワネツは悟った。


 これはまるで、地球世界の日本武士の成り立ちそのものではないかと。


(前の世界の記憶を取り戻した奴らが、作ったかもしれねえな。サムライを)


(前の世界でおじゃるか……考えた事がなかったでおじゃるな。そういば麿もここではない何処かの記憶が……)


 近衛は、前の世界をイワネツの一言で朧げに思い出すと、阿弥陀如来と弥勒仏、救世主の存在を信じて戦う前世の記憶が蘇る。


「者共、我が父と我ら白蓮の理想を。御仏の到来を信じて、漢民族の復興と理想郷を築くのじゃ」


 前世の近衛の号令で、大陸全土に赤い布を巻く集団による宗教戦争が勃発し、彼は小明王と称して白蓮教徒を率い、戦いに明け暮れた。


 元朝が滅びた世に言う紅巾の乱である。


 だが、最後は自身が最も信頼していた農民出身の男が命じた暗殺者に部下達が皆殺しにされ、前世の近衛が乗っていた舟は転覆する。


 世の無常を感じ、阿弥陀如来も弥勒菩薩は現れなかったと冷たい川底で息絶えた、魂に傷付いた悲しき男の記憶であった。


(さっきの映像じゃ、あんたも思い出したか。前の地球世界、弱肉強食の非情な世界をよ)


(……だから麿は、神なる存在を疑ってこのジッポン史の謎を解いたのかも知れぬ。そんなものに縋っても、前の世もこのジッポンも、神や仏が救ってくださらなかった)


 イワネツは、近衛と鍔迫り合いを演じながら、上空で明知と戦う賢如を見る。


(野郎も、このジッポンを呪った神を信じてやがる。もう、神なんざいねえのにな)


(話を戻すおじゃる。こうして生まれたサムライ勢力は、反朝廷の原氏と親朝廷の丙家に分かれ、原丙合戦の後、武家政権の幕府が釜倉に出来たのじゃ。政治の中心は、中京の公家から釜倉の武家へと移った)


 イワネツは、あの母子を思い出す。


 前の地球世界でも、この世界でも母子として生まれて、同じような戦乱の中で再び魂が傷つき、ニョルズと共にジッポンを憎んでいたアンデッドの母子の事を。


(麿が経験した250年前の第三次百鬼夜行が訪れる。結果は麿達とサムライの辛勝で多くの者が死んだ戦いでおじゃった。釜倉幕府の権力も弱体化し、百鬼夜行を生き残った武士達も、幕府からの恩賞が少ないと不満を持ったのじゃ。そして世が乱れていく中、100年前に英雄、葦利高氏(あしかがたかうじ)が現れた。そなたも聞いた事がおじゃろう?)


(ヘっ、ジッポンが南北に分裂した原因を作ったカス野郎(ムラーシ)じゃねえか)


 葦利高氏、別名原高氏。


 中京に程近い旦波の国に生まれしこの武士は、政治の実権を握っていた東條家の釜倉幕府に、我こそが原宗家であると反旗を翻し、朝廷と神社勢力の力を得て挙兵。


 ジッポンを後に二分する事になった、元徳の乱を引き起こす。


(あやつは、紛れもなく英雄。麿が剣と兵法を授けた自慢の弟子でおじゃった。心が強く、命の危険にさらされる鍛錬や合戦でも顔には笑みをたたえ、死を恐れない漢。そして深い優しさを持つ好漢でおじゃった。当時の東條幕府は……千埜とエルゾに与し、朝廷と神社を倒そうと企てておじゃったゆえ、関白たる麿は弟子に幕府討伐を命じたのじゃ)


(ほう、なるほどな。ここだけの話、越狐の植杉もエルゾのもんで、大陸と通じてた。なるほど、大陸勢力がこのジッポンを支配しようと企てたわけか。だからあの戦争は起きたと)


(左様、度重なる戦乱と百鬼夜行を生き延びた我らジッポンの武力は、すでに千埜大皇国はおろか、天軸(ヒンダス)莫細亜(ナジア)各国の武力を凌駕しておじゃった。せやから金で幕府を懐柔しようとしたのでおじゃろう」


 100年前の東條幕府は、チーノ大皇国との交易を通じて莫大な富を手中に収める一方、邪魔な朝廷と神社勢力をチーノ大皇国と組んで滅ぼす企てを阻止するため、朝廷が用意した武士が葦利高氏。


 後世で、ジッポン南北を分裂させた戦争を起こしたと伝わる悲劇の武将である。


(尊王攘夷と、愛弟子の高氏はこだわっておじゃった。ジッポンは天帝家と我らジッポン人のものであるとも。結果幕府の権威は失墜し、我らが朝廷の権威が再び日の目を見るが……如流頭神社が立ち塞がったのでおじゃる)


 100年前、天帝家を頂点とし中央集権体制を築こうとした葦利高氏は、如流頭のお告げという名目で神社勢力から戦乱を起こした逆賊と認定され、身に覚えのない罪で責め立てられ切腹した。


 これに義憤を抱いたのが、当時の天帝家と宮家の大半、尊氏の郎党達、弟の葦利吉義、高氏、新倉氏、楠木氏、そして西方の武家勢力である。


 今までジッポンに報いてきたのに、恩賞どころか武士としての名誉も奪うのかと。


 今まで尽くした忠臣を、腹を切れと謀殺するとは、神社は天帝家を軽んじていると。


 こうしてジッポンは南北に分裂した。


(麿とて、愛弟子が理不尽に命を奪われた事に怒り、神と神社を恨んだでおじゃった。せやけど麿の関白としての政治力を持ってしても、神社と神を敬う者達を覆すのは無理でおじゃった)


(そりゃそうだな。宗教と深く結びついたこのジッポンで、神を敬うなってやるとぶっ殺される。俺だって何度暗殺されそうになったか)


 各地に社を置く神社の力は強大で、国家運営に深く食い込んだシステムそのもの。


 近衛は耐え忍び、神社を支える振りをして、次の百鬼夜行に備えながら、イワネツのような存在が出てくるのを待っていた。


(今の皇統は残念ながら正統ではおじゃらん。100年前、中京を放棄して、ジッポン誕生の地、日宇雅西京に遷都したのが元徳帝の南朝でおじゃる。唯一残されし宮家の光明親王が中京で即位するも、その後世継ぎが出来ずにおじゃった。皇統を維持するため、賢如と光明帝の皇女の息子光如を、光徳と言う名の天子としたでおじゃる)


 イワネツは、3年前の南北戦争で武功を挙げ、朝廷より褒美を授けられた際に見た、幼き天帝の姿を思い出す。


(あのガキ、まさかあのハゲの息子だったとはな)


(麿と賢如が帝王学を授けし今上帝は、齢10にも満たぬが、幼きながらも聡明でおじゃる。そして今上帝には未来が見えるでおじゃる)


「?」


 光如こと光徳帝には、1年先の未来を見通せるスキルがあった。


 光徳帝がそのスキルを自覚したのが、4年前予知した南北戦争の勝利と、力をつけるイワネツの存在。


 彼は、去年自身の予知でショックを受けて、失語症になった。


 その予知の内容は、ジッポン滅亡を予感させるもので、関白であり摂政役も務める近衛が、賢如にすら秘匿した衝撃的なものであった。


 内容としては如流頭の死、大邪神出現、世界大戦、南北戦争再開、大陸のハーン襲来、百鬼夜行到来、東條幕府滅亡、賢如の死、神社の滅亡、そして勇者の出現。


(あー、あのハゲ死ぬのか。俺にぶっ殺される運命か? けどしょうがねえよな、喧嘩売ってきやがったのは奴だ)


(一見すると、世界とジッポンの終末を予感させる予言でおじゃった。じゃが勇者とは何かと麿は思ったが……)


 イワネツはニヤリと笑みを浮かべた。


(俺の力を確かめに来たって事だろ? 勇者とは何者かとよお。俺の目的は単純だ。女神ヘルの名の下に、戦乱渦巻くジッポンの平定と世界救済よ。人間が人間として暮らせる世界にするため、ムカつく神野郎を殴って人間の尊厳を奪い取る! それが前の世界で盗賊(ヴォール)と呼ばれた俺の流儀だ)


 近衛も口元に笑みを浮かべ、今度こそジッポンを救う英雄が現れたと実感して、鍔迫り合いの力を緩め、刀を降ろしてわざとらしい尻餅をついた。


「あだだだだ、腰をやってしもうたでおじゃる。すまぬ大僧正賢如よ! 持病の腰痛があああ」


 賢如は、砂利でできた龍に乗りながら舌打ちすると同時に、空からボロボロにされた明智が落ちて、仰向けに倒れた。


「上様、申し訳ありませぬ。今のそれがしの力では生臭坊主めに手傷を負わすことだけが精一杯」


「ご苦労タコ助、お前が時間を稼いでくれたおかげで、もう勝ちは見えた」


 中京の都の方から、馬の蹄と龍の鳴き声に法螺貝と太鼓の無秩序な騒音が響き渡り、暴走族のような騒音と共に、イワネツの軍団が如流頭神社の境内を包囲する。


「な、なんやこれ! おどれらここを何処だと……」


 賢如が言い終わる前に、母衣をパラシュートのようにして、イワネツの親衛隊が一つ、黒母衣衆が降下してくる。


親方(パカーン)、織部軍筆頭家臣、柴木勝栄殿率いる前島犬千代率の黒母衣衆と、木下秀吉が愛羅武勇参上仕り候!!」


「ご苦労犬。猿、鬼髭! こっち来いダッシュで!!」


 巨体の柴木勝栄が金棒と黒と深緑の色合いの大鎧を装備し、風のような速さでイワネツの前にヒデヨシと一緒に出る。


「ははー! 柴木参りました!!」

「親方、全国制覇の準備整いやした!」


 柴木は装備中の金棒を顔の前に掲げ、ヒデヨシはイワネツの両肩に真紅の特攻服の袖を通し、その場で正座した。


 横たわった明知は軍団幹部を見る。


 この世界の鬼髭殿は、まさしく容貌が鬼髭の御仁なりとその体躯と威圧感と、角が生えた地獄の鬼のようないかつい顔つきに笑う。


 付き従う特攻服姿のサルことヒデヨシを見やると、前世で羽柴秀吉と呼ばれた男は、目玉が飛び出す醜い鼠のような眼光を持つ、猿のような顔をしてたが、こっちのヒデヨシは猿そのもののような顔をしてるとまた笑う。


「なんとも懐かしきかな。此度の現世(うつしよ)では、丹羽殿も滝川殿も息災であろうか?」


 イワネツにアゴで指図を受けた猿ことヒデヨシは、十兵衛に対して薬と包帯を巻き、応急処置を施す。


「てめえ新参者のハゲのくせに出しゃばりやがって。いいか、この俺が親方の第一の子分、ヒデヨシよ。次勝手に出しゃばりやがったら、てめえヤキだぞコラァ」


 誰がお前の下などつくかと、甲高い猿のような声をしたヒデヨシの恫喝を明知は嘲笑い、お前の今の地位などあっという間に追い抜いてやると思い、柴木の方を見る。


「鬼髭殿、後詰に感謝致す。それがし織部軍新参、明知十兵衛光秀と申します。以後、上様の御ため、一所懸命に尽くす所存」


「貴様がタコか。うむ、なかなかに良き相貌と忠義心。タコ、猿めの手当てが終わったならさっさと身を起こし、親方様のお役に立てい!」


「ははー!」


 やはりこの鬼髭、前の世界の鬼の柴田と呼ばれし武将と、気質も性格もそっくりであると、起き上がった明知は頭を下げた。


「な、なんやコラ、おどれらこのワシを誰や思っとんねんボケェェェェ! ここは神聖な神社のお社の聖域やぞアホンダラァぁぁぁ!」


 上空で叫ぶ賢如に、金棒を持った柴木が空を飛び、砂利で形成した龍を一振りで木っ端微塵にして賢如に組み付き、地面に急降下して賢如の脳天を強打する柔術技を繰り出した。


「ふん、魔法使いなど組みついて投げればこのザマよ。親方様、捕縛しました」


 巨体の柴木に組みつかれて、動きを封じられた賢如は苦痛に歪みその様子をイワネツがジッと見下ろす。


「この俺に服従しろ。お前に勝ちはねえ」


 イワネツは懐から取り出した水晶玉を鳴らすと、顔をボコボコに腫らした公家衆が続々と境内にやって来てイワネツの前に跪く。


「な……なんや公家衆……おどれら今までワシがどんだけ寄進して来たと思っとんねん! か、関白はんも何か言うたってください!!」


 近衛は腰をわざとらしくポンポン叩き、公家衆を見ると公家衆が目の前の近衛に、一斉に平伏をし始めた。


「おお、苦しゅうない、我が同輩(はらから)よ。いささか野蛮な手段でおじゃるが、どうやら公家衆は勇者殿につくらしいでおじゃる。ならば公家衆をまとめる麿も勇者、織部弾正中憲長殿のお味方にならんとのう」


 自分がはめられたと、賢如は気付き、イワネツを睨みつける。


「ぐっ、うつけがああああ」


「言っただろ、お前に勝ち目はねえ。なあ? 俺の神と、ショーグン、それにツァーリよ」 


 神社の境内に、女神ヘルを乗せた白馬スレイプニルと笹竜胆の紋章が輝く籠が現れ、中から光如こと光得帝を伴った、マツこと征夷大将軍、松平家康が籠から降りて姿を見せた。


「ソ連時代、軍や民警(チェーカー)共を売女と麻薬で手懐けて、支配してやったが、あれは間違いだった。勇者になった俺が、ヘロインなんざ無くても、規律(ヴォール)ある()泥棒(ザコーニャ)として国を盗む事が出来るってのを証明してやるぜ」


 北ジッポンの戦乱を止めるため、イワネツが賢如より、一切の権力を強奪するため仕組んだ策である。


「おう、ヘル。このジッポンの神がお前に代替わりしたとこのハゲに宣言しろ」 


「わかったのだわ勇者よ。元上級神ニョルズの司祭よ、わらわがこの地を担当する女神ヘルだわさ」


 賢如は、女神ヘルを一瞥するが鼻で笑う。


「なんや、ようわからん娘連れてきおって。アホかおどれは」


 するとスレイプニルが声高に嘶く。


「控えよ、人間。この女神は正真正銘の冥界の冥王を司る神である」


「う、う、馬が喋ったあああああ。妖怪やああああああ。悪鬼の使い魔やあああああ」


 イワネツは笑いながら、ヘルにアゴで合図すると、ヘルはスレイプニルから飛び降り、高性能水晶玉を設置して、その場に跪くと、拘束中の柴木と賢如以外の全員がその場に正座する。


 水晶玉が光り輝き、冥界の最上級神閻魔大王の姿が照射されて一同息を呑んだ。


「ご苦労、女神ヘルよ。我が冥界の最高審問官、最上級神にして閻魔大王のヤマじゃ。貴様がヘルの勇者イワネツか?」


 閻魔大王は、かつて大帝と呼ばれた大悪魔バサラの魂を感じ取り、神としての力と、かつて大魔王と呼ばれた魔力を目に込める。


 イワネツは閻魔大王と目を合わせると、圧倒的な威圧感と威厳に、魂の奥底にいるバサラも恐怖する。


――ロバートやシミズが服従するわけだ。強い弱いとかそんなレベルじゃねえ、絶大な権限を持った地獄の主神か。トールとかいう神野郎とは格が違うな。第一にまずあの髭だ。ロシアでもお目にかかった事がねえ、何メートルあるんだよ


 ロシア史において、ヒゲの文化にまつわる歴史がある。


 かつてロシア帝国のピョートル1世は、西欧化政策の一環としてあごひげの習慣をなくそうと、高額な税金をかけて風習を改めようとするほど、ロシアでヒゲは男の象徴であった。


 その後のソ連時代の共産党員に大流行し、第二次世界大戦においても、出撃前にヒゲを剃らなければ生きて帰れると、口髭が大流行した歴史がある。


 無論、旧ソ連の盗賊の歴史においてもこれが言える。


 立派なヒゲは泥棒の親方の証明であるとされたが、強制収容所の囚人は規則により、ヒゲを剃らなければならなかった。


 しかし収容所でヒゲをたくわえる囚人は、反体制の象徴、盗賊の親方であると尊敬を集め、彼のニックネームの一つ、美髭のイワネツの名と共に、収容所の盗賊達から尊敬を集める。


 現在のロシア男性は、女性がヒゲを嫌がるという理由で殆どの若者は綺麗にヒゲを剃り、永久脱毛するものも後を経たなくなったという。


――それにあの目だ。絶対に嘘とか通じねえし、顔面の作りそのものが暴力。怖すぎるだろ……俺のイワンコーフの親方も厳つさでは群を抜いて凄かったし、俺だって存在自体が暴力だって言われたが、ありゃ勝てねえ。多くのクソ共を地獄送りにしてきたと自負する俺が、この地獄の神の前では……クソ共を地獄送りにした経験や人数も違う。規律を重んじ、創造の神の忠臣にして審判の神。俺が目指す理想の体現者に出逢えた


 イワネツは自身の理想像、絶対的な神が現れたと恐怖が歓喜の感情へと変わり、忠誠を誓う。


はい(ダー)、地獄を統べる神よ。私がイワネツです」


 イワネツはひれ伏し、ロシア正教会方式の十字を切り、自身の理想を全て体現した閻魔大王に平伏する。


「証人保護プログラムの話は聞いておる。我が妹神及び勇者の代行として活動を許可する。それと二級審問官冥王ヘル」


 ビクリと立ち上がったヘルは、直立不動となり頭を下げた。


「貴様が行った魂循環システムのクラッキング行為は、重罪。本来であれば身柄拘束後、特別法廷を経て地獄で長期刑であるが、被告神にして4類の反逆神オーディン並びにロキの件の証言大義であった。よって正式に本件を起訴猶予とし、不処分を言い渡す。よいな?」


「は、はい! 寛大な御処置、あ、ありがとうございます最上級神様!!」


 ホログラムされた閻魔大王は、賢如をじっと見据える。


 賢如は、ニョルズ以上の波動と威圧感にガタガタ震え始め、鬼髭の柴木と呼ばれる武者も、どこかで見覚えがある神を見て、魂の底から怖気が走った。


「この世界については我が妹ヤミーと、その代行ヘルに任せる事とする。なお貴様らの神、ニョルズは女神ヘルの報告通り、被疑神消滅とし創造神様に司法書類を送致。創造神様の御聖断により、かの神のニュートピア創造の名誉も鑑み、罪神の件については不処分とする。以上じゃ」


 祟神となったニョルズは、創造神の判断により罪神としてではなく、神としての名誉を保ったまま、被疑神死亡後書類送致という処置となる。


「最後に、この地は我が冥界の預かり並びに、創造神様より絶対に救済せよとのことじゃ。勇者イワネツよ」


はい(ダー)、寛大なる地獄の神よ」


「貴様にも異界救済を命ずる。貴様の力を持ってこの現世の悪しき存在を滅し、悪しき者共の魂を我の法廷まで引っ立てい!!」


はい(ダー)、大いなる地獄の神! このイワネツ、ヘルの勇者として胸の盗賊の星に誓い世界の救済を! 暴力(насилие)の権化にして規律(законе)の体現者の閻魔大王様に絶対の忠誠を」


 自身が心酔する、己が理想の神の姿が消えて、イワネツは松平家康へ向く。


「聞いての通りよ、マツ……いや征夷大将軍松平家康、大義は俺たちにあり」

次の話の後で後半戦を迎えた主人公の一人称に入ります

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