第157話 ジョンデリンジャーデイ 前編
現在、異界と化したニュートピア世界は、世界大戦の様相を呈している。
大戦初期は海上封鎖されたヴィクトリー王国が、亜人と呼ばれる精霊種達の超大国、ノルド帝国及び衛星国の旧ホランド大公国と三国同盟を結ぶ形で戦端が開かれ、大陸国家の混乱に乗じて、ナージアのバブイール王国がロレーヌ皇国に宣戦布告。
これをマリー達が防いだかのように見えたが、現在は解体されたノルド帝国から独立した形で、ホランド王国が発足するも、フランソワとの停戦協定が破棄され、大戦再開のきっかけとなる。
ホランドの救援の名目で、ロレーヌ皇国と同盟国となったヴィクトリー王国が、フランソワと半ば同盟関係になりつつあった、ロマーノ連合王国のカルロ地方に進軍。
ロレーヌ皇国とバブイールとの、戦争が再開されロマーノ連合王国の防衛契約を結んだシュビーツ傭兵団が武装蜂起し、同国を占領。
シュビーツ傭兵団及びロレーヌ皇国は、王政を無くし王侯貴族制度を蔑ろにしたと、フランソワ包囲網を展開。
さらにチーノ大皇国で政変を起こしたハーンが、バブイール戦線に介入しながら、ナージアで大量虐殺を行い、ナージア極東ジッポンに向けて侵攻中であった。
現在は、ホランド王国のゲオール国王が退位して休戦宣言を布告し、バブイール王国は崩壊。
世界は緩やかに破滅を迎えつつあったが、ここに来て一気に流れが変わり始める。
フランソワ大統領デリンジャーの人権宣言と、これを支援するナ異世界の軍団、その総数120万が押し寄せ、勇者の宣戦布告により、ルーシーランドのキエーブと国際金融資本が企てた、世界大戦の様相が一変したのだ。
ロマーノ連合王国内は、元王太子ジロー・ヴィトー・デ・ロマーノ・カルロが主体となったレジスタンス達が一斉蜂起した。
秘密結社と化した地回りの元ヤクザ集団と、異世界の軍勢によりナーロッパ最強の軍団とも呼ばれたシュビーツ傭兵団が、捕虜として大量に拘束されるなど、甚大な打撃を被る。
シュビーツの傭兵団は、交代制で休息を取った部隊の非武装だった警備兵の行動パターンを把握し、油断した非番兵の拉致されたため、本来の兵力と機動力を活かせず、ナーロッパ最強の傭兵と呼ばれた彼らはロマーノ連合王国内で次々と敗北を期す。
ロマーノ市街を見下ろせる、アウェンティヌスの丘に陣地を築いたギャランド傭兵団長、シュミット・グッゲンハイム・ルーシーは、現在の状況を打破しようとジューの首魁にして同族、ヴィクトリー王国護国卿エドワード、またの名をアレクセイに通信を試みた。
「くそ、だめか。アレクセイ様に繋がらない……。ヴィクトリー王国海軍にもだ。敵の総数も不明、勢力も不明、あのいつぞやの黒髪の男の仕業? これ以上我々側に、行方不明者や捕虜が発生すれば……本国シュビーツも守れなくなる。致し方ないか」
ピストル型信号団を手にしたシュミットが上空に向けて発射すると、狼煙のような真っ白い煙が空に立ち上り、次々と傭兵団がリレーのように信号団を発射していき、軍団を退却させていく。
「やっさあ! 我ったーが勝利やん!!」
ジローが水晶玉通信で勝鬨をあげる。
「うおおおおおおおお!!」
「勝ったぞ俺達が!」
「ナーロッパ最強軍団に俺達が!」
「ロマーノ万歳!!」
勝利に沸き立つ、ロマーノ市民にジローは微笑んだあと、褐色のレンガ造りで知られる大宮殿、ヴィナーレ宮に魔力銃ウッズマンを手にして乗り込んだ。
王宮内では、ロマーノ連合王国改め、再びイリア首長国連合と名を変えた諸侯たちは、再び盟主についたヴィクトール・デ・ロマーノ・カルロ大公をなじるように、詰め寄っていた。
「ヴィクトリーの戦争に加担した件はどう責任取るんです!」
「連合国中で騒乱が起きていると情報が!」
「我々諸侯の民達の求心力は地に落ちました。この責任の一端はロマーノにあり!」
「左様、それに加えて世界大戦で経済が冷え込んでますぞ。我が国とヒンダス・チーノ間の三角貿易にも支障が」
「ロマーノの方針が誤りだったんだ!」
浅黒い肌に玉のような汗をかきながら、ヴィクトールが、方針失敗の責任を諸侯たちから取らされそうになっていた時だった。
「いぇーい、父上に諸侯のおっちゃんら、喧嘩は良くないなー」
ジローが、魔力銃ウッズマンを手に持ち、連合国各地の地下組織の顔役達や、前世が沖縄アシバーだったサルバトーレ伯、異世界マフィアを率いる勇者ロバートも会議場に姿を現し、騒めきだつ。
「年寄りって、気が短いから嫌いなんだよねー。もうさーあんたら今度こそ引退しなよ? これからの時代は、今度こそ俺達が決めっから。なあ? みんな」
「そうだ!」
「あんたらなんかに国は任せられねえ」
「命どぅ宝だ!」
もはや、誰が国の舵取りをすべきかは明白な状況だった。
「またクーデターか……我が子よ」
「そういう事。イリア首長国連合は俺がトップの、ロマーノ連合王国にまた名前変えるからさ、父上は官僚共と後始末よろしく!」
もはや自分達の時代ではないと悟った諸侯達が、項垂れながら議場を次々と後にする。
「息子よ……先程フランソワ大統領が人権とやらを宣言をした後、勇者と名乗る者が現れた。この世界は、どうなってしまうのだ……」
玉座に座ったまま、これからの国の行く末と世界の在り方に不安気な面持ちで、ヴィクトールが息子のジローを見やる。
「なんくるないさー。あの勇者と名乗る男は、我の兄貴分。幾多の世界を救った男の中の男さぁー。もう、外道共に好き勝手させねえ」
ジローが力強く答えると、父ヴィクトールは息子の灰色の瞳が、2000年前の伝承に残されていた初代にして英雄ロマレスの如く色味を帯びてたことから、玉座から重い腰を上げて、ジローの肩を叩く。
「今度こそ国を譲る……我が子よ。しかし、わかっておろうな? 我が連合王国は資本家の支援無くしては立ち行かぬのだぞ?」
「その件やしが、もう算段はついてますー。父上、もうくぬ世界では、あったーらに好き勝手させんばー。貯めてたツケ、払わせるさー」
ジローは玉座にどっかりと腰掛け、自身が最も信頼する兄貴分に連絡を取る。
「兄貴ぃ、こっち終わったさー。シュビーツとの喧嘩の幕引きはデリンジャーに……うん、俺ぁも支援に回るさぁ。ああ、うん、それねー。すりぃ今からすんさー」
放映設備が異世界マフィア達によって、次々と王宮議場に放送室のように構築されていき、勇者ロバートが準備が完了したと、片目でウインクする。
「わっさいびーん、ロバート。何から何までぃ借りが出来たさぁ」
「Never mind! 気にするな。君は一刻も早く、この美しい国を取り戻したと世界に放送を。それが終わり次第、ミスターと合流してシュビーツを攻略するぞ」
「叔父貴、残りのカルロ地方は俺達の組が抑えます。放送、いつでも大丈夫」
ジローはタバコを咥えると、異世界ヤクザ、ドワーフのガイが人差し指から出した炎の魔法で火をつける。
咥えタバコで一服しながら、戦闘でボサボサになった髪の毛を整え、ガイは琉球ガラスを模した、ベネッティグラスにドワーフの火酒を注ぐ。
ロマーノの美しいコバルトブルーの海と、エメラルドの波間を、気泡が波飛沫を象った極上の逸品である。
ジローは気付にドワーフの火酒を一気に煽ると、世界を救うための放送を開始した。
「みんなー、ロマーノ連合王国元首の、ジロー・ヴィトー・デ・ロマーノ・カルロさぁ。こういうんの慣れてねえし、ゆんたく苦手やんしが、聞いてくれ。くぬ世界、フランソワ大統領のデリンジャーの言った通りやん。わったーら、魂に傷んかいちち、くぬ世界んかい転生さるどー」
ジローは、コップに注がれた火酒を煽り、前世を思い出す。
沖縄コザの愚連隊時代から、アシバーの一派を立ち上げた時も、仲間や兄弟分達と、夢を、未来を、女の話を、泡盛片手に歌いながら語り合った夜の記憶。
「前世の記憶やしが、我もあんばー。沖縄ってぃ島国のコザに生まれてぃ、わじわじーすん米軍ヤンキー拳骨さー。沖縄ーでぃ戦果アギャーてぃ言われー、地元を思い、自由を求めてぃ遊び人してたさ。やしが世間では暴力団てぃ言われー、それでぃ……戦になってぃ、戦い続けて……遊び人の本分忘れてぃ、最後は弟分に殺さったん」
「叔父貴、もう少しはっきり。声こもってる」
「ジロー、思いを伝えるにはもっと的確に、はっきりとだ。声も少し高めの方がいい」
二人からの指摘に、コップの火酒を飲み干したジローは、じっと放送用機材のカメラを見据える。
「だからよー、わかっとーんばー。生まれ変わった我はくぬロマーノ大好きさぁ。人情味あって、心根優しくて、生きとーん事ぅ楽しんどる。くぬ精神を、ゆいまーる言うんさ。俺ぁ、ロマーノを前世の地元ぬように守る。もう誰にも悲しい思いさせん!」
同席した比嘉小吉の魂を持つ、ネアポリーノの旧領主、サルバトーレが一言、シージャと呟き、目に涙を浮かべる。
「なあ、そうだるー? 人は自由やん。くぬ空の青さぬように、海の青さぬように。人とぅ違いる持っちん価値観うれー個性さぁ。その個性とぅ個性、尊重する社会認みーるぬが人権やん」
「シージャ、ちばりよー。シージャぬ心根を世界にー」
サルバトーレがボソリと呟くと、ジローはニコリと微笑んだ後、前を向く。
「ロマーノに悪さしたシュビーツんも、我は言いたい事あんさ。ジューてぃ言われー虐げられー差別ーされたってぃ、気持ちはわかる。悔しかったろー悲しかったやろ? やしが、それでじぃーくいて憎しみ募らせても……何ーんも、良い事ーねーんさぁ」
放送を見たシュビーツ傭兵団の長、シュミット・グッゲンハイム・ルーシーは、涙を流しながら拳を握り締めて映像を眺めた。
「わかってますよ……ジロー様。私達ジュー達も、傭兵達も、あなた方ロマーノが好きだった。我々を迎え入れてくれて、私達を愛してくれた。だけど、先祖が、同族が、差別されたんだ。人間と認められずに……私はどうすればいいのだ。私達は貴方達を、ロマーノを敵であると忌むべき敵だと先祖から……本家からも。私は、どうすれば……」
玉座から立ち上がったジローは、空手の下段払いの型を披露した後、右の正拳突きを行う。
「そして俺ぁ、くぬ世界の心根優しさる、人々を操っとーん外道。人間差別してぃ、非道さることさせとーんオーディンぬ汚れ許せん! フランソワの人権宣言とぅパリス憲章に賛同すんばー。くぬ世界に平和とぅ、命どぅ宝ぬ精神が、尊ばりーるくとぅ祈念すんさー。すりでぃ、シュメット、なあ兄弟、俺ぁお前達救いに行く」
勇者ロバートは、惜しみない拍手を送る。
そして放送用カメラが自身に向けられた勇者は、怒りの眼差しで放映用カメラを睨みつけた。
「聞いての通りだ。人々の祈りに、思いに耳を貸さねえファック野郎。創造の主に背く不信心者よ、主の怒りの炎で焼かれるがいい。私の名はロバート・マルコ・カルーゾ。母方の祖父は、獅子の名の下に主に祈りを捧げた一族であった。私は、人の美しさと気高さを守護するため、生まれ変わった名誉ある男にして勇者!! 人を、弱者を虐げる邪神オーディンよ、破滅神ロキよ。創造の主より祝福を受け、聖人の名を受け継ぐ勇者の私が報いを下さん!」
勇者ロバートが反逆神へ宣戦布告した後、ジローは自身の水晶玉に、ジッポンの勇者イワネツからメッセージが入っている事に気が付いた。
「あ、イワネツの兄弟からメッセージやん! そうかー向こうでも始まったがー。ジッポンを救うための戦がー」
ジッポン時間午後6時、暗がりの中ある男が主君からの命令を受けて、如流頭大社に炎の魔法で放火する。
「ふふ、前の世の比叡山を思い出す。上様の御下知で、一向宗と本願寺の生臭坊主どもを炎熱地獄に送るべく、こうして……クックック、ハーッハッハッハ! 燃えるが良い! 邪教の神殿よ!! この世界で再び仕えた上様こそが、この国の神となるために、盛大に燃えるのだ!!」
すると消火のため集まってきた、境内を巡回中の僧兵が、明知が炎魔法を放つところを目撃した。
「あ、明知様……な、何を?」
明知十兵衛は、自身の犯行を察知した僧兵へ、銃身を切り詰めた魔力銃、多根が島を放ち殺害。
暗号通信が施された水晶玉で、自身の主君を呼び出した。
「上様、準備完了です。はい、火を放ちました」
「おう、じゃあお前、賢如とか言うゴミ野郎を探し出して、俺に連絡しろ。中京の公家とかいう貴族野郎らは、天帝と関白の近衛先久とか言う野郎ら以外は、俺の軍門に降った。じきに俺の兵隊どもが到着する予定よ」
「ははー! 御意!!」
火の手が上がった如流頭大社は、明知十兵衛の風の魔法で火災旋風を起こしながら、一気に火の手が上がり、宮中の儀式から帰参した大僧正賢如は、燃え盛る神社を見て、両膝が崩れ落ちて両手を地につける。
「な……なんやあああこりゃあああああ」
賢如は脳の血管がはち切れんばかりの、腹の底から悲鳴を上げた。
ナーロッパ時間正午前、ロレーヌ皇国では大混乱に陥る。
水晶玉を利用した通信網が突如断絶し、昔ながらの伝書鳩に頼る羽目になり、帝国書記官が克明に帝国各地の情勢を、女帝マリアに矢継ぎ早に報告する。
「猊下、皇国領に正体不明の謎の大軍が攻め込み、我が騎士団は次々と敗走」
「フランソワ戦線の鉄十字騎士団及び、デンブル騎士団、リヴォルス銃剣騎士団は順調に奮戦中。しかし通信が突然途絶え、戦地の諸侯から返信用の鳩が全く戻ってこない状況」
「もはやバブイール王国の蛮族共とフランソワ軍との戦争継続は不可能かと、皇国大蔵省は具申いたします」
マリアは、水晶玉通信に現れた勇者と名乗る男の映像を何度もリピートして、一切の報告を無視して呆けながら見つめている。
「おかしい……こやつはジョージと髪の色も目の色も肌の色も違うが。まるで……だが我が愛しの騎士……わらわの白馬の王子様ジョージ……。もうわらわの愛しき騎士はこの世には……なぜじゃ……」
ぶつぶつ呟く彼女に、諸侯達は立ち上り、話を聞いているのかと毛色ばむ。
「猊下! 御下知を!!」
「決断を猊下!」
「猊下!」
マリアは、諸侯に激昂して手に持つ巨大な扇子を、議場の長机にハリセンのようにして叩きつけた。
「やかましい!! どいつもこいつも男のくせに無能どもめ! フレドリッヒは!? 我が愛しの皇太子は! バブイールの戦線におる我が皇太子と最強のジーク・フリード騎士団は如何に!?」
すると、帝国宰相オットー・フォン・プロシア・クロージク大公は目を伏せながらマリアの方を向く。
「おそれながら、教皇猊下……フレドリッヒ様は」
帝国副宰相ルドルフ・フォン・ヘス・ボイス公爵もマリアの方を向く。
「フレドリッヒ皇太子殿下及びフェルデナント公率いるジーク・フリード騎士団は、バブイール戦線にて、祖国に栄光をとの通信を最後に断絶。おそらくは……」
女帝マリアは、震える左手で左目につけた片眼鏡を外し、机上に放り投げる。
「今から名を言う諸侯は残れ。クロージク、ボイス、ヨーゼフ、アンドルフ」
諸侯達が議場を後にし、4名の諸侯が項垂れながら、扉が閉まる音にビクッとした後、女帝マリアの方を見る。
扉の向こう側にいる諸侯の面々は、女帝マリアによる恐怖の叱責が、これから始まる事を予感した。
「命令したはずじゃ! どんな手段を使ってもフランソワの雑種めとバブイールの蛮族を攻略せよと! 皇太子から目を離さず、救援騎士団を送るまでバブイールとの戦線をまず維持せよとも! 何故わらわの命令がなぜ果たされない!? ふざけるな無能な男共!!」
自分の顔色を伺い、ろくに正確な情報を打ち明けない配下の諸侯達や、男のように戦争指揮が取れない自分自身に苛立ち、女帝マリアは諸侯達に怒りをぶちまける。
「皆がわらわに嘘を吐く! 貴様ら諸侯共も、皇太子も嘘まみれだ! 嘘吐きの無能な臣下共なんか大っ嫌いじゃ!」
「マリア猊下! 我々はともかく、バブイールを今まさに攻略中の皇太子殿下への侮辱は……」
たまらず、宰相クロージク大公が嗜めるが、ヒステリーを起こしたマリアは、一切の聞く耳を持たない。
「うるさい! 大っ嫌いじゃ! ロレーヌのアホ共みんなバァァァカ!」
「猊下! 祖国への侮辱は控えていただきたく……」
「英雄ジークの名を汚すクズ共が! 畜生めえええええ」
マリアは、右手に長大な金のキセルを手にして、重厚なヒノキ机に打ち付けると、長机を真っ二つに叩き割った。
「お主らの報告は嘘ばかりじゃ! フランソワ大統領とやらになった、アンリ王子率いるフランソワ軍との戦いは、快進撃など起きようもなく劣勢。魔女トレンドゥーラの報告によると、敵軍は共和国軍と名乗り、我が騎士団は国境線も突破できずにおる!」
宰相クロージクは思った。
お前のせいだろうと。
本来であるならば、最高指揮官である皇太子フレドリッヒに情報を集約させて、命令系統を一本化。
皇太子から命令を直に受けた騎士団の力ならば、機動力で各要所を突破し、今頃なら敵国首都パリスまで突破する事ができたのに、命令系統がこの女帝に阻まれて、後手に回ってると喉の奥まで言がでかかったがグッと堪える。
「お主らが、マクシミリアン・ミュンヘル騎士大学で習ったのは、ナイフとフォークの使い方と、わらわ達宮廷貴婦人をダンスに誘う事だけか!? 頭が足りん無能共め! わらわも実施すべきか? 貴様らのような無能貴族共の大粛清を! フランソワのように!!」
すると、議場のドアがバンと勢いよく開き、魔女トレンドゥーラ及び、各諸侯が続々と議場に押し入るかのように入室し、黄金鎧に身を包んだ皇太子フレドリッヒが現れた。
マリアは遠く離れた戦地、キロメートルにして2000も離れたバブイール首都イースタンから、帝都ベルンにこんなに早く戻れたのか不思議でしょうがなかった。
「おお……フレドリッヒよ。我が皇太子よ、よくぞ無事に戻った。バブイールは今……」
皇太子は無言で、左手の人差し指をマリアに向けて、ばつ印を描くハンドサインをすると、トレンドゥーラ配下の黒魔道士達が、マリアの両脇を固めて拘束する。
「牢に連れてけ。無能な女に、もはや我がジークフリード帝国の舵取りは任せられぬわ」
冷徹に自分を無能な女と吐き捨てた、息子の皇太子の言葉が一瞬信じられず、マリアは目を何度も瞬かせる。
「心配せずとも、バブイールならつい先程俺が滅ぼしてやったわ。それとクロージク、ボイス。貴様らも宰相不適格ゆえ、これより事務方に徹せよ。我が帝国宰相は、この者に執らせる」
議場に、黒のパンツスーツ姿をした、肌が黒く燻んだ金髪の美女が姿を現した。
「宰相ゼブルよ、良いな?」
「いいだろう、ジーク・フリードよ。あの狡猾にして凶暴、強大な力と、強固な意思を持つ勇者に対抗するには、私の知略が必要でしょう」
「トレンドゥーラよ、貴様は副宰相だ。今まで以上の働きを期待する」
「ははー、皇太子殿下……いえ皇帝陛下」
教皇マリアは、自身の配下にして側近だった魔女トレンドゥーラを睨みつけるも、もはや仕えるべき主人ではないとそっぽを向く。
「皇太子、我が愛しのフレドリッヒよ。なぜじゃ、わらわからこの皇国を奪うか!? わらわのロレーヌ皇国を」
教皇マリアは、息子フレドリッヒに涙目になり訴えるが、その様子をフレドリッヒ、いや地球世界では恐怖の大王アッティラ、この世界ではジークフリードとして転生した男は、鼻で笑った。
「ふん、お前のじゃない。元々ここは俺が作った帝国だ。今よりこの国を、女神フレイアの伴侶であった戦神オーディンを崇め奉る、ジーク・フリード帝国と改める! 皇帝はこの俺、ジーク・フリードである。臣下達よ、俺に忠を尽くせ! 良いな?」
「ジークカイザー! 蘇りし我らが英雄よ!」
涙目になったマリアは騎士達に連行され、この世界に戦神オーディンを信奉する、ジークフリード帝国建国された。
そして、もう一人議場に白き翼を生やして微笑む鎧姿の女も入室する。
「ここが新しい俺の帝国と、生まれ変わった君との新居だ。気に入ってくれたか? 我が妻にして最愛のマリアンヌ……いや、今はブリュンヒルデだったな」
オーディンの力で狂戦士となった戦乙女ブリュンヒルデ、天界ではサキエルと呼ばれた存在が歪んだ笑みでジークを見つめる。
バブイール時間14時、セトとジークが激戦を繰り広げていたとの情報を得た勇者マサヨシとマリーは、跡形も無く吹き飛んだバブイール王都イースタンのトップカップ宮殿の骨組みのような跡地を見て絶句する。
「こ、これが戦場……うぶ、うおぇ」
生まれて初めて戦地に赴いたヴィクトリー北部スコッティ出身の、ハリー・スコット・スチュアート侯爵は凄惨な光景に吐き気を催し、吐瀉物をぶちまける。
「これはまるでランヌ侯」
「虐殺だ……我らがカリーでされたように」
ランヌ侯爵とアンジュー伯爵は、フランソワ国内で自身の領地がされたような、虐殺の光景に息を呑んだ。
「クソッ、まるでフランソワやシシリーで目にしたような」
「ああ、ヘンリー殿。これは騎士のやる事ではない。ロレーヌめ、血迷ったか」
ヘンリー・サックス・レスター公爵と、ジェームズ・ヨーク・ジョーンズ公爵は、もはやロレーヌ皇国は騎士ではないと侮蔑の言葉を吐き、二日酔いで戦地に来たアイリー島出身のハーバードは、戦場の悪臭と死臭に気分が悪くなり、一気に胃の中身を吐き出した。
「てめえら呑まれてんじゃねえ。隙を見せるな! 隊長だろうが!!」
騎士団長代行の勇者マサヨシは檄を飛ばし、シシリー島出身のマッシモは怒りに震える。
「許せねえ……シシリーでやられた事と一緒だ。こんな非道は許しちゃいけねえ! あんたもそう思うでしょう? アヴドゥル様!!」
バブイールの元皇太子アヴドゥルこと龍も、守るべき国が、王都が灰塵と化した光景を見て、やり場のない怒りで地面に拳を叩きつける。
「……生存者を探しましょう。皆さん」
マリー付き従った黄金薔薇騎士団も、木と漆喰と肉が焼けた悪臭と、内蔵が腐敗したような死臭に、耐えながら、王都の生存者を探すために周囲を見回す。
すると、何者かの手により地面に掲げられた槍で体を串刺しにされ、命の光が消えようとしているロレーヌ最強の騎士、フェルデナントを発見する。
「な!? この御仁は……ナーロッパ最強の武人にして騎士! フェルデナント大公!? 幾度か槍を交えるも、我が力を寄せ付けなかった御仁が。クロスクレイモアの使い手のオーウェン公をも凌ぐ達人が……」
ハーバード侯は、同年代でナーロッパ最強を誇った騎士の無残な姿を見て気が動転し始め、マリーもホランドの戦線で共にした長身の騎士である事を思い出し、心を痛めこれを行った何者かに怒りが湧く。
「酷い……こんな、こんな事をする人は人間の心を持ってない……」
思わずマリーが独り言ち、フェルデナントは、マリー達に気が付き、消えゆく命の最後の気力を振り絞り、この地で起きた事を伝えようと、脳の酸素を魔力で維持しながら、瞬きを何度も繰り返す。
そして、もはや呼吸も出来なくなったが、喉の声帯から何かを伝えようと、口を開いたり閉じたりしている。
そのフェルデナントの侠気に勇者は気づいた。
「マリー、奴から記憶を。俺の回復魔法でもすでに手遅れだが、まだこいつの魂はあの世に召されてねえ」
マリーは、ロレーヌの騎士フェルデナントに寄り添い、記憶盗掘で、彼の記憶を読み取った。
ヴィクトリー王国では、ジローの水晶玉通信を見たエリザベスは頭を抱えだす。
「前世が沖縄の暴力団!? ネットの噂で聞いてたけど、本土のヤクザもほとんど目立った活動出来なくて、名のある半グレも返り討ちされてる、超武闘派組織じゃないの、それって」
エリザベスの更なる悩みの種は、ヴィトー王子が前世の記憶を思い出し、沖縄出身のヤクザであることが判明。
今まで正体を掴めなかった勇者の一人が、マフィオーソ、自身をマフィアであると公言したことについてである。
「それにありえない。地球のマフィアは本来、匿名性を重視する秘密結社なはず。自分からマフィアだって名乗るって事は、彼は自分が何者であるってバレていい覚悟で行動してるし、相手を返り討ちできる実力もあるってことだわ」
怯えるエリザベスを尻目に、ロキはセトよりオーディン発見の報を聞き、ニヤリと笑みがこぼれ落ちる。
「お、セトがオーディンのクソ野郎見つけたようだ。僕ちょっと嫌がらせに行ってくるから、エリザベスちゃん留守番よろしく」
転移の魔法でロキが姿を消し、エリザベスは通信用水晶玉に送信されて来た謎のメッセージを読み進める。
「このメッセージを私によこしたエムって何者なの? 開いたらコンタクトがほしいって、周波数教えて来たけど。みんなが帰って来たら相談した方がいいのかな」
エリザベスは、エムと呼ばれる謎の存在のメッセージに首を傾げる一方、もう一人この国で、エムから悪意のメッセージを受け取った男がいた。
「そうか……お前も……虐げられし民族だったのか。私も、このアレクセイもだ。世界は違えど、神や精霊から道具にされ、運命を弄ばれた存在よ。我らを差別し、侮辱した全てに……世界に対して復讐を!!」
次回は銀行強盗回