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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第四章 戦乙女は楽に勝利したい
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第156話 世界人権宣言

 ナーロッパ時間午前10時ジャスト。


 転生前と同様、ダークブラウンの背広、黒のロングコート、黒のハット帽を被る長身の青髪の男は、聴衆達を見つめる。


 この世界で王子として生を受けた、アンリ・シャルル・ド・フランソワ。


 蘇りし魂は、アメリカ合衆国にて公共の敵ナンバー1とも、犯罪王とも、義賊だとも称された銀行強盗ギャング、ジョン・ハーバード・ジュニア、デリンジャーの名を持つ男。


 不殺の精神を持つ男は、仲間と、愛する人々の思いを胸に壇上に立つ。


 空が変異し、大地が小刻みに揺れて、変容しつつある転生したこの世界を救う為に、人間が人間としての想いを果たせる世にするために。


 彼を見守るのは、前世で愛する女の魂の依代になった補佐官のルイーズ、殺人者の生き方を否定し、目の前の男に全生涯をかけて守り抜くと誓ったアサシンのハッサーン、そして毛高き魂を甦らさせた彼の親衛騎士団、前世はデリンジャーギャング団の面々。


「さあ、俺たちの大統領」

「格好よくお願いしますね」

「私の生き方を変えてくれたように」


 彼らから背中を押された男は、パリスに集まった聴衆の前で、前世と同様口元を釣り上げるような、不敵な笑みを浮かべる。


 この世界の夜明けを夢見た、人々の想いを背中で受け止めて、聴衆の歓声に右手を挙げた。


「頼むぜ、みんな。俺達は、戦う為だけに生まれたわけじゃねえ。何かを成す為に、人としての生き方を、今度こそ間違わねえで済むように、世界を救う為に俺は、俺達は生まれ変わった!!」


「ファッキンクレイジー! デリンジャークレイジータイム!」


 上空の八咫烏がデリンジャーの想いに応えるように、上空で旋回飛行をし、彼の口から何が語られるか聴衆が固唾を呑んで待ち受ける。


「ヘイ、クロウ。わかってるさ、俺にとってはクレイジーこそが褒め言葉! 俺の生き様だ!!」


 一方、ヴィクトリー王国では魔女と化したエリザベスが、自身の手首を剃刀で切り、大量に出血した状況で、自身の生命力と、魔力を込めた血液を、床に描かれた魔法陣に垂れ流し、原初の女神を召喚すべく祈りを捧げる。


 同時にヴィクトリー王国上空に暗雲が出現し、巨大な魔法陣が上空に現れて、稲光が次々に生じた事で、王都ロンディウムの市民が怯えながら家屋に籠った。


 またこの国に、人智を超えた化物達が現れると恐怖に震えて。


「出でよ! 原初の地母神にして反逆の女神ティアマトよ! 我が召喚の儀に応じて、その力を示すのだ!!」


 エリザベスが召喚魔法を唱えると、地母神召喚の光の文字と共に、美しい少女の姿をした身長160センチにわずかに満たない女神が降臨する。


 青白い光り輝く髪の毛は腰まで伸び、頭部に黒く輝く2本の角が水牛のように生え、女性的で豊満な胸部と臀部を覆い隠すように、水の羽衣を装備し、11体の龍と獣のオーラを纏い、瞑った瞼がかっと見開く。


 紫色の二つの瞳に光が灯ると、額にはアメジストの如く輝く第三の目が開いたと同時に、彼女の前にロキとクロヌスが姿を現して側に寄る。


「やあ、調子はどうだい? ティアマト。かつて、数多の世界を産みながらも滅ぼそうとしたナンムの異名を持つ原初の巨神。すべての次元宇宙で生まれし、獣と人と龍と魔の概念を生み出した原始の大逆神」


「今日も綺麗ねえ、ティアマトちゃん。あなたをオネエさん待ってたの。この世界で一緒に過ごしましょ」


「……しましょう。……ここは……」


 矢継ぎ早に、自身の傍に立って声をかける二柱の反逆神を見たティアマトは、か細い小声で自身の思いを伝える。


「相変わらず声小さくて、何言ってるか聞き取れないけど、まあいいや。とりあえず、シャバに出られたから飯でしょ?」


「もう、レディにデリカシーないわねえ。心配しないでティアマトちゃん。とってもいい子達ばかりなの、この世界で会った子達。一緒に楽しみましょ」


「ああ、面白い奴らばっかだよ。セトもこっち来てるからさ、とりあえず君の力で」


 ティアマトはロキにこくりと頷き、右手をスッとその場で上げる。


「……要塞(エウサイ)


 ティアマトは、ヴィクトリー王国を覆う光の防護障壁を発動させ、自身が望む任意の者でしか入国出来ないよう措置をとった。


「……ゆく世界。……けど。……きっとそうね」


 滅びに向かいつつあるこの世界を、無表情に見つめたティアマトは、二度と自分の存在を神々と、自身が生み出した生物達から否定されないために、ニブルヘルで親交を深めたロキの巨人軍に加わる。


 ロキは魔力を使い果たし、血を流してヴィクトリー城地下室で横たわる、エリザベスの前に現れた。


 ロキは自身の右手を握ると、血が流れ出てエリザベスの右手首と重ね合わせ、彼女が流した血の代わりに自身の血を輸血する。


「これは保険だエリザベスちゃん。この世界と僕らの為のね」


 パリスでは、デリンジャーが、声量を高める魔導の力を持つマイクに手をかけた瞬間、ニュートピアの水晶玉通信がハッキングされて、デリンジャーの姿と音声しか映さないようになる。


 勇者マサヨシが呼び寄せた、電子戦専門の精鋭達が、一時的にエリザベスとロキが形成したロンディウムの通称エリザベスタワーの効果を無効化した為であった。


「よう世界のみんな、聞いてくれ。かつてアンリ・シャルル・ド・フランソワと呼ばれた男、今はデリンジャーって名で大統領をやってる」


 動画中継はこの世界の言語を自動翻訳させ、彼の演説をニュートピア中に配信する。


「時間やっさあ! 喧嘩(おーえー)すんばー!! あったーらたっくるしぇええええ!」


 デリンジャーの演説開始と同時に、ロマーノ連合王国では、街を占拠したシュビーツの兵達に対して、次々と炎の魔法を宿した火炎瓶が投げ込まれ、怯んだ傭兵たちが地下に潜っていた元無頼漢達に殴打されていく。


「な、なんだこいつら!? 街のチンピラ共が!!」


「な、何をする! 我らはナーロッパ最強の軍団の一つ、シュビーツ傭兵団の……」


「かしましぇー、しにはごー!」


 傭兵団長の一人が、ヘルメスの靴で素早さを限界まで上げたアシバーのジローが放つ回し蹴りをくらい、吹っ飛ばされる。


 これとは別に傭兵達を無力化する集団が、ロマーノ連合王国内に展開され、装備も練度も、魔法技術も圧倒する異世界の特殊部隊と、異世界マフィアの面々が、シュビーツ傭兵団の基地を襲撃して、次々に無力化していった。


「みんな、前の世界の記憶って覚えてるか? 俺は覚えている。この世界は、魂が傷ついて悲しい思いをした人達へ、セカンドチャンスを与える為に、光の神様が推奨して作った世界だそうだ。だが、今の俺達はどうだい?」


 デリンジャーの通信が開始されたバブイール時間正午、この世界ではバブイール王国の皇太子として生を受けた、アヴドゥル・ビン・カリーフと呼ばれた男。


 かつてに地球世界では、大海賊にして大明帝国海軍将軍、様々な異名を持つ鄭芝龍(チャンチーロン)の魂を取り戻した男が、自分が守ると決めた王都、トップカップ宮殿に虫の知らせのような、胸騒ぎがしたため急行していた。


「クソ! 王都イースタンに駐留していた我が部下の通信が途絶えた。それに空と空気が、何かがおかしい。我が船団に次ぐ、船を加速させるぞ!」


 自身が魔力にて具現化させた、砂漠の海を航行する海賊船を急加速させた瞬間、離陸する飛行機のように彼を乗せた砂漠航行用の船が、宙を高速で飛行する戦艦へと姿を変えた。


「頼む、胸騒ぎが杞憂であってくれ」


 一方のフランソワのパリス市民は、大統領デリンジャーの一句一挙手を見逃さないよう、演説に耳を傾けている。


「俺達は、この世界に傷ついたまま生を受けた。だが、この世界はどうだ? 立場が弱い奴らを虐げて自分のちっぽけな欲望を果たそうと、悪と、不条理が横行してる。二度と、俺達の魂は傷付かねえようにって思ってる筈なのに。なぜだ!!」


 デリンジャーが、壇上の机に握り拳を振り下ろし、マイクがハウリングを起こして電気信号がノイズを拾い、ノイズから生じた振幅の大きな規則的な電気信号が設置されたスピーカーを通じて、キーンと音が鳴る。


「俺の前世は、決して褒められたもんじゃあなかった。世間は俺の事を義賊だと、裏社会では犯罪王だとも、政府は公共の敵ナンバー1だと俺を呼んだ。けど、俺はそんな大それた存在じゃねえ、ただの人殺しだ。自分の仕事を果たす為、市民と社会を守ろうとしたおまわりを、ぶっ殺しちまった……強盗殺人犯。ただの忌むべき人殺しだったんだ」


 息を呑む聴衆に、デリンジャーは大統領の威厳に関わるような、己の罪を吐露する。


「俺は、この世界でもまた罪を犯した。戦争相手のホランドを、耳が尖った亜人と呼んで……同じ人間なのに殺し回って、大勢の人々を殺めた人殺しだ」


「違う! あなたは英雄だ」

「そうだ大統領!」

「あなたは私達を戦争から守るため」

「あんた一人が悪かったわけじゃない」

「英雄、俺達の英雄、どうか」

「だってあんたは王族の地位捨てて」

「今この場でもあなたは……俺達の」

「大統領、俺達はあんたを支持する」

「あなたのおかげでみんな平等に」

「私達を導く英雄です」


 聴衆達から、涙が溢れ始めて必死に自分達の大統領に呼びかけ、これに応えるようにデリンジャーは、騒ぎ立てる聴衆に右手を制して、演説を続ける。


「どんな理由があろうと、人が人を殺す事は許されねえ。他者が他者の権利を奪う世は、もうここで終わりにしよう。それに俺はお前達も、俺のスピーチ聞いてる世界中の奴らも、悲しい思いをする世界になんかに、二度としてたまるか!」


 一方、ジッポン時間夕方5時。


「へっ、この俺が提唱した世界人権宣言! うまく発表してやがるなデリンジャーの野郎」


 水晶玉通信で配信されるデリンジャーの演説に耳を傾けながら、北朝帝都の中京で、公家屋敷に次々と押し入り、自身に忠誠を誓うよう、恫喝するイワネツの姿があった。


「ヒッ、下郎めが! 麿は恐れ多くも帝より三位の位を賜わり中納言を務め……」


「うるせぇんだよ馬鹿野郎(ブリャーチ)!」


 イワネツに顔面を殴られた中納言は、白粉で化粧した顔が真っ赤に血に染まり、泣き叫ぶ。


「お前と俺のどこが違うってんだ! 何が公家だ貴族だクソ野郎(カーカ)!! お前ら朝廷勢力が神社共とつるみやがって! その結果が延々と繰り返されるサムライ同士の内戦だ!! 苦しむのは農民や町人達だ! お前らに虐げられるジッポンの歴史なんざ、この俺が幕を引いてやる!! このイワネツ様に忠誠を誓え貴族野郎!!」


「やめて……麿をこれ以上殴らないで。誓います……あなた様に忠誠を……」


「よおし、次は大納言と右大臣と太政大臣の野郎の家行ってぶちのめして、マツの幕府に忠誠を誓わせてやる。手下にした明知の野郎が、賢如とかいう阿呆(アショール)の家に火をつけてくる前に終わらしてやるぜ」


 パリスでは聴衆達の上空を、異世界から現れた無数の戦闘機や輸送機が、編隊飛行でフランソワの戦線に向かい、輸送機より落下傘降下するドワーフ達や、翼を持つ魔族達が、次々にシュビーツ傭兵団とロレーヌの騎士団を無力化し、拘束していく。


「この世界は、今も自分勝手な無責任野郎達が、今も罪を犯し続けてる。人を人とも思わねえファッキンクレイジーな奴らが、心根の優しい弱い人々を虐げて、騙して、利用して、生き方を、運命を、人が人として生きる為の権利を犯してる!!」


 デリンジャーは、身振り手振りで怒りをあらわにして、握りしめた右手を胸の前に持っていく。


「だが、もうこんな事は終わりにしよう! 俺は、ある乙女の想いと、前の世界で悪と断じられたが、正義の魂を持つ仲間達と共に想い願った信念を代弁して、この世界で人権宣言を提唱する!!」


 デリンジャーが提唱した人権という概念。


 人権とは、世界に生きるすべての人間が、いつでも、どこでも、同じように持っている人間として当たり前に生きる為の権利。


 すべての人間が、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等であり、人間は、理性と良心とを授けられており、互いに尊重し合う精神をもって行動しなければならないと、デリンジャーは訴えた。


 一方、神の血を得たエリザベスは、さらなる魔力を得て自室で目を覚ますと、水晶玉通信にダイレクトメッセージが入っていた為、内容を確認する。


「え? これは動画配信? パリス広場? 彼は勇者の仲間、フランソワ元王子の大統領デリンジャー!?」


 エリザベスが、水晶玉の通信を食い入るように見つめた先で、デリンジャーは世界を救う為の大義名分を作る為の演説を行なっている。


「この世界は、悪しき神が自分の身勝手な欲望を叶える為に、人々の持つ生まれついての権利を侵害しているんだ! 俺や、集まってくれたお前達や、この配信を見てくれてるみんなの……人として生きる権利が、今もふざけた奴らに!!」


 デリンジャーは、懐から七色鉱石製魔力銃を、禁酒法時代愛用していた45口径マシンガン、トンプソン機関銃に形を変える。


「だが、たとえ何度生まれ変わったとしても、誇りと自分の生き方を、誰かを愛する気持ちを持つのが俺たち人間だ。そして俺達の生きる権利を認めねえ、神野郎共から俺達の人権を強奪してやろう! 前世で人殺しの罪を犯したギャングな俺が、この世界で本物のヒーローとしての生き方を望んだ俺が、パリス世界憲章と、世界人権宣言がこの世界で永遠に保障される事を、人類の平和を祈念する!!」


 デリンジャーは手にしたマシンガンを、空に向けて連射し、聴衆達から歓声が沸き起こる。


「うおおおおおおお!!」

「大統領万歳!!」

「俺達のフランソワの英雄!!」

「私達に生きる権利を」

「我々全員で取り戻すんだあああああ!」


 男気あふれる圧倒的な演説を目にしたエリザベスは、手にした水晶玉をポロリと落として放心状態になった。


「せ、世界人権宣言、ですって……。勝てない、この大義は……覆せない。これ以上の大戦継続はおろか、ヴィクトリー自衛の戦争継続の大義が、今ので崩れ去った。なんなのこの男……前世で何者だったの?」


 すると通信が自動で切り替わり、菱に悪一文字が描かれた黄金に光り輝く代紋を背にした、勇者マサヨシと並び立つように傍に寄り添う女神ヤミーの映像に切り替わる。


「見事だったぜ、伝説のギャングさんよお。じゃあ俺から、この世界のワル共に宣戦布告だな」


 するとその場に現れた賢者アレクシアが、勇者にボソボソと耳打ちし、もたらされた情報に勇者はコクリと頷くと、見るものが圧倒される気迫を目に込めて、配信を開始する。


「うむ、我は異界と化したこの世界の救済の任を、創造神様から仰せつかった女神ヤミーじゃ。我が勇者から、これよりこの世界で非道を行う叛逆神並びに、外道らめに宣言することがあるようなので、神である我を代弁して述べるがよい」


「ようてめえら! 俺の名は勇者マサヨシ! この世界の救済を創造の神より命令され、お前たちを救いに来た。そしてこの配信を見てるワル共、耳穴かっぽじってよく聞きやがれ」


 ゴクリとエリザベスは固唾を飲み込む。


「滅べ、可及的速やかに。人の尊厳を脅かし、てめえ勝手な理由でこの世界で好き勝手するワル共。でよ、親分である神に勇者として認められたヤクザな俺以外のワルは、基本的にはこの世に存在しちゃあいけねえんだ。その道理がわかるかクズ共」


 エリザベスは、水晶玉配信を怯えながら見つめ、彼女の自室に現れたロキとクロヌスもティアマトも、配信をジッと見つめる。


「わかんなきゃ別にいい、わからしてやるから。俺はデリンジャーが提唱した世界人権宣言に基づき、義によって助太刀する。俺の信条は、弱きを助け、強き悪を挫く事だ。数多の罪なき人々が救いを求めるのならば、俺が体張って盾となり、ワルにドスの刃を突き立ててやる! つまりよお、何が言いてえかってえとな?」


 勇者は阿修羅刀ヴァルナを鞘から抜き、ホームラン予告のように、刀の切先を配信先に向ける。


「今から抗争開始だボンクラ共が!! 何が世界大戦だ何が戦士達の黄昏だゴラァ! くだらねえ寝言と能書きばっか垂れやがってクソボケ! てめえら今から勇者様がケジメとってやるから、待ってろやああああ」


 勇者の宣戦布告の配信が終わり、エリザベスも集まった反逆神達も、勇者の気迫で圧倒されて部屋はシーンと静まりかえった。


「うわぁ……ヤル気満々だよアースラのやつ」


「うーん、なかなか男らしい、勇者な事言うじゃない。惚れ直しちゃったわ、あたし」


「……すべき。……かも。……創造神?」


 この宣言に平然とする巨人軍の面々を見て、エリザベスはある種頼もしさを覚えると共に、これからこの世界で起きる事に不安を覚える。


「そういやセトは? あのバトルマニア強者の波動を感じるって、朝っぱらから戦場行ったけど」


「知らない、あの子の考える事わかんないわよ」


 エリザベスは、自身の水晶玉を操作するも、全然反応がない事に違和感を覚える。


「あれ、さっきまで画像配信してたのに、動かなくなっちゃった。一体どうして?」


 するとロキがニヤリと笑い出し、自身が作り上げたシステムが、何者かにより不正アクセスを受けている事に気がついた。


「なるほど、さすがアースラ。手が早いな、こうも早く通信網が遮断されるなんて」


「……妨害。……基本」


「そりゃあ、あの子は闘うために作られた闘神ですもの。戦争のやり方は熟知してるはずよーん」


 エリザベスは一気に血の気がひき、現在起きている異常を理解する。


「通信封鎖……私の水晶玉使った情報収集と情報操作、目と手が潰された」


 ロキはヘラヘラ笑いながら、自身の懐の水晶玉を操作し始めた。


「ああ、よかったよかった。通常通信から切り離してた、例のクローズドチャットは生きてるようだね」


 エリザベスは、自身のチート7のチャットルーム配信を開始する。


白薔薇:フランソワで大統領が演説して、魔王と目される勇者と名乗る凶悪な存在が、この世界に宣戦布告をしたようです。皆さんの状況は?


スカーレット:今あたしはロレーヌ北方のミュンベンにいるわ。空が暗くなって血みたいに染まったと思ったら、なんか水晶玉でカッコいい男の演説始まったけど、彼の前世の事知ってるかも


白薔薇:そうなんですか?


スカーレット:そう、彼の名を聞いて思い出したの。彼は禁酒法時代にその名を轟かせた伝説のギャングスタ、名をデリンジャー。合衆国中西部でお祭りとか年に一度やってたヒーローよ確か。


「伝説のギャングでヒーローって何それ……。じゃ、じゃあ、あの勇者の他の仲間、ロマーノのヴィトー王子や、バブイール皇太子だったアヴドゥルも……」


黄金堕天使:こっちはやべえぞ。ロマーノを占拠してた兵隊共が、地元のヤクザみたいなのにボッコボコにされてて、革命みたいになっちまった


「そんな……まさか潜伏してたヴィトー王子の目的は、クーデター?」


翡翠☆:こっちですけど、空の色が変わって王様が神が降臨なされたって言って、今の私は大きな船乗って、王様のお付きになって海を渡ってる。大軍を引き連れて、どこに行くかわかんないけど、例の伝言伝えといた。そしたら、あ、今王様に代わります。


「え? 海を渡ったって……チーノから海に出るってまさかジッポンに」


翡翠☆:貴様は何者だ? 白薔薇と言ったか? 兄者とエカチェリーナの生まれ代わりと、どのような関係だ


「え? 兄者って。それにエカチェリーナって誰? 多分、彼はハーン皇帝だろうけど」


白薔薇:その件に関して個別でメッセージを送ります


 エリザベスは、翡翠☆にダイレクトメッセージのやりとりに切り替える。


白薔薇:お待たせしました。皇帝陛下、私の名はルーシーランドを統べるアレクセイの協力者、名をエリザベスと申します。


翡翠☆:ほう? 貴様があのヴィクトリーの。してワシに何か用か貴様。


白薔薇:例のあなた方の起こした大戦ですが、神が降りてきたと申しておりましたが、それは伝説の神オーディンの事でしょうか?


翡翠☆:そうだ。薄汚いヒト共を滅ぼすため、神が降臨なされたのだ。それと、あの配信にあった薄汚いヒトめが。勇者とは痴がましい痴れ者め、ワシの手で処してやろう。


 ロキは、エリザベスのチャットを覗き込むと、ニヤリと悪い笑みを浮かべる。


「ふーん、こいつもオーディンの信徒か。馬鹿なやつだよ、あいつなんか信仰しても。利用するだけ利用された挙句、ヴァルハラに送られ、エインヘリャルという名の、魂が消滅するまで戦士奴隷にさせられるのにね。まあいいか、じゃあ僕は……ふふ」


 ロキは、エリザベスに向くと真紅の瞳が怪しげに輝き、右目でウインクする。


「ねえエリザベスちゃん。多分あいつは、アースラは自分の弟子と一緒にいるんじゃない? ジッポンでイワネツと殴り合いの喧嘩してたし」


「え!? えーと一応お互い同じ勇者ですよね!? なんでそんな事に」


「知らないよ、反りが合わないんじゃない? お互い後ろに控える神も違うし。アースラがジッポンで活動してるの、チャット先の彼に教えてあげたら?」


 エリザベスは、ロキから言われた通り翡翠の水晶玉を使用したアルスラン・ハーンにメッセージを送る。


白薔薇:陛下、情報によると北朝ジッポン、織部の国にいるという、信頼できる筋からの情報があります。おそらくは縁ができたマリーを守るため、彼の地で活動してるかもしれません。


翡翠☆:ふん、ヒトの女風情にしては有益な情報だ。あとで兄者にも確認を取るが、嘘だったら貴様を、蒼き狼のワシと我が神の力で天罰をくれてやらん


白薔薇:それとジッポン南朝の皇帝、醍醐には話が通ってます。そこを拠点に北朝に攻め入れるはず。私もあなた方と目的は同じ……マリーは私の家族ですので彼女をお救いください陛下


翡翠☆:ふん、何から何まで用意周到とはな。言われなくとも貴様の妹は、悪鬼のようなイワネツなる輩から救い出してやる。


白薔薇:お願いします。機密保持のために通信履歴は消去させて、いただきます。


「これで良かったんですか?」


「うん、それでいい。これであいつはジッポンに釘付けになるはず。そんでさ、なんか知らんけど蒼き狼だってさ、フェンリル」


 エリザベスの自室に、青髪で毛皮を羽織り、青い毛皮のブラジャーと青い毛皮のショーツ姿のロキの娘フェンリルが現れた。


「お呼びですか、お父様ワン!」


「お前、ちょっとモンゴリーってところに行って、本当の蒼き狼とはどういうものかってのを、力見せてきてよ。お前がハーン達の神になっちゃいな。あと、ミドガルズオム?」


「お呼びでありんすか? お父様」


 緑青の蛇皮の鎧を身に纏った、緑髪をしたショートカットのミドガルズオムが現れる。


「確か、お前さ。僕が復活する前、フレイアに魂召喚された後、チーノ大皇国にしばらく潜伏してたんだよね。伝説の大蛇伝説だっけ?」


「はい、左様でありんす。わっちは尊敬するティアマト様のように振る舞おうと、チーノってところの大河、長河南で人間共より信仰されてましたえ」


 チーノ大皇国西方の山岳地帯から、南東部の湾岸に流れる大河、長河には大昔より川の流れを沈める存在として大蛇という、土着信仰があったため、父神復活までの間、信仰の対象として潜伏していた。


「ふーん、やるじゃん。じゃあお前さ、そこら辺の人間共使って、チーノの首都攻撃させながら、フェンリル助けてやってよ。オーディンへの嫌がらせだからさ」


「はい、お父様。フェンリル姉様もよろしくお願いしんす」


「ワンワン、じゃあ行ってくるワン」


 神同士の戦争は、直接戦闘の力のやり取りだけで、優劣が付かない点が挙げられる。


 信仰地域を奪い取り、別の信仰に塗り替えることも、神同士の戦争では不可欠であり、信仰心の弱体化はその神の影響力を削ぎ、信仰が弱体化すれば神の力も弱体化するためである。


「……けてあげる。……力も……かしら」


 ロキにボソボソとティアマトが囁く。


「あー、ティアマトちゃんも行くならあたしもちょっと行ってくるねーん。ロキちゃん、お留守番お願い。ちょっとオーディンのクソ野郎の偵察も兼ねてくるから」


「ああ、君達も娘達を助けてくれるとありがたい。ティアマトの作った結界は僕が維持しとく」


 こうして、ニュートピアを舞台にして、本格的にロキとオーディンの神同士の戦争が開始され、その両陣営を叩き潰すため、勇者の軍団との三つ巴の様相となる。


 そして、ニュートピア世界をさらに混沌に導く悪意の存在も。


「あれ? 通信制限されてるはずの私の水晶玉に、ダイレクトメッセージが……エム? 誰よこいつ」

次回は主人公に話が戻ります

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