第15話 氷の賢者の召喚魔法
召喚された氷の賢者は……眼鏡をかけたプラチナブロンドのロングヘヤーに、白い下着姿の、女の私が思わず見惚れてしまうような、女優のようなスタイルの美女だった。
年はいくつくらいかな?
わからないけど、すごい綺麗な女の人。
そして勇者の前に立つヴィトーに、氷の賢者が物凄い速さの回し蹴りを放つと、ヴィトーの体が吹っ飛ばされた。
「よう、悪いな。訳ありでよ、俺は今」
「何も仰らなくて結構です、私はあなた様の正妻ですから。あなた様とお会いできそうな気がしましたので、あなた様の好きな下着でお待ちしてました」
「ヘッヘッヘ、わかってんじゃねえか。おめえさんもよお」
ちょ、この勇者まさかの所帯持ち!
この綺麗な人が勇者の奥さん?
ていうか私、別の世界の言葉がわかる。
そうか、この指輪で呼び出した場合、勇者以外が使用しても、意思疎通取りやすいよう、言語翻訳機能みたいなのが付いているんだ。
え、なんか賢者が勇者と見つめ合い出して、顔を近づけて。
きゃああああああああ。
キスだ、キスしちゃった氷の賢者。
夫婦だと当たり前なんだろうけど、私が召喚した勇者と、他の女の人がキスするのを目の前で見たら、その、なんか恥ずかしい。
すると見る見るうちに勇者の傷が全回復する。
氷の賢者は、今度は私の方を見た。
なんか、笑顔が怖い。
「ところで、わたくしを呼び出したのはあなたでしょうか? そして、わたくしが最も愛するお方を、わたくしとの秘め事の最中に呼び出したのも?」
え!?
そうなの!?
だからあの勇者、私の召喚魔術で呼び出された時、全裸だったんだああああああああ。
どうしよう、氷の賢者からどんどん笑顔が薄れて行って、まるで般若のお面のような表情になって……。
「おう、その子わざとじゃねえから。それと、どうやらこの世界、ワルがうようよいるようだ。おめえさんが蹴り飛ばしたあいつと、ちょっとタイマンはってくれよ」
「かしこまりました。ですが今の状況、あの黒ゴキブリはご存知ですので?」
黒ゴキブリ……誰?
「あいつには言ってねえ。どうやらあいつとも連絡が取れねえようだ。今の魔力じゃ転移魔法も使えねえ。それにこの世界、上辺だけ子綺麗で、腐った臭いがプンプンしやがる。そして俺は真名も名乗れず往生してる」
「なるほど、かしこまりました。他の者達が今度召喚されたら、勇者様が使えそうな道具を用意させましょう。それでは、そこのクズを、わたくしが懲らしめて差し上げましょうか?」
ちょ、この賢者上品な口調だけど、どこか口が悪いし、何か目が怖いんですけど。
「油断すんな。この世界の魔法レベルと身体能力だけは、あの世界よりも上かもわかんねえ。それと相手は、転生前のおめえも知ってる、琉球空手の達人、あのアシバーのジローだ」
「ああ、音に聞こえたあの……かしこまりました。けど所詮クズはクズです、わたくしには勝てない」
なんか、賢者は勇者とその仲間や身内の人以外、人間を人間として見てないような、ぞっとする冷たさを感じる……まさに氷の美女だ。
そしてこの人も、転生者。
私の勘だと多分ヤクザ。
「なんだこの年増女! 訳わかんねえ言葉喋って、やー死なすよ?」
「あら? あなたの亡骸の前で子守唄を唄ってもよろしくてよ? 坊や」
賢者とヴィトーは、3メートルくらいの距離を開けて、お互いに構えをとる。
すごい、まるで格闘ゲームみたいだ。
イケメンと下着姿の美女の戦いを、ゲーム以外でも見れるなんて。
「ヘッヘッヘ、すげえレベルが高え喧嘩が見れそうだ。日本一の喧嘩師ヤスと、アシバーのジローの喧嘩空手対決か。興行で金取れそうだぜ」
「喧嘩師ヤス?」
「おう、俺の転生前の組で、素手の喧嘩なら最強と呼ばれてた。転生先の世界でも俺に惚れてやがったから、俺の女の一人にしてやったのよ。いい女だろ?」
……この勇者、間違いない。
異世界転生とか転移して、色んな世界で女の人を口説き落とし、一夫多妻制のハーレム築いてる悪い男だ。
浮気性の男とかサイテーすぎる。
「まあ、女から見るとそうだろうなあ? けどよお、俺は世の女らを愛してるんだわ。いい女を見つけたら、まずは口説いてやらねえと、女に失礼だろ?」
うわぁ、日本人にあるまじき、イタリアン的な、この世界のこの国の、男みたいな思考をしてるこの人。
「おいおい、イタリア人でも、真面目でカミさん一筋な男だっているんだぜ? あ、奴は先祖がシチリアのイタリア系アメリカ人だったか」
誰の話をしてるんだろう。
知り合いの人?
ていうかサラっと人の心を、冥界魔法で読むのやめて欲しい。
「まあいいや、始まるぜ? 極上の喧嘩がよ」
勇者が指差すと、先に動いたのはヴィトーの方で、物凄い速さの左パンチを繰り出したが、逆に賢者は後ろに飛んで避けて、さらに追撃してきたヴィトーの右のパンチや蹴りを、ひらひらと舞うように、全てかわしていき、カウンターみたいに、ヴィトーの顔を引っ掻いた。
「すごい、全部かわしちゃった」
「見事だな、金城の左の順突きと右の追い突きかわして、前蹴りも回し蹴りも全部回避してやがる。まずは様子見ってとこだろうよ。しかも目潰しまで食らわして。あいつの喧嘩は、まず相手の目とか狙うから」
なんか私と勇者、まるで実況と解説みたいな感じだ。
ていうか、普通に目潰しとか使う喧嘩とか怖!
今度は、いつも間にかヴィトーの懐に入った賢者が、左腕でヴィトーの蹴りを払って、流れるようにヴィトーのアゴにパンチする。
「うわぁ、あれ首逝ったわ。ムチ打ちだな」
そして反撃してきたヴィトーのパンチに合わせるかのように、左手で鎖骨へチョップした後、流れるようにワンツーとヴィトーの腹部にパンチする。
「えげつねえ! 今ので金城の、右鎖骨砕けたぜ? しかも拳の握りがやべえ。中高一本拳って言って、中指を突出するように握り込んだ拳で、急所をピンポイントで狙いやがった」
「勇者さん、格闘技詳しいんですね」
「あたりめえだろ? 武術は一通りやった。俺は古流剣術や居合が得意で、偽名だけど段とか取ったから。喧嘩の弱いヤクザとかカッコ悪いだろ?」
そうか、だから剣技が達人なんだ。
すると今度は、苦痛に歪むヴィトーの苦し紛れのパンチを、賢者が受け流して掴んで、ヴィトーの股下に手を差し入れて、彼の勢いを利用して投げ飛ばしちゃった。
「すごい、まるで踊りを踊ってるみたい」
「あれは、燕が飛ぶと書いて、燕飛って松濤館空手の奥義だ。実戦で使うやつとか、あいつくれえだろ? だが、このままでは終わらねえ。剛柔流は、受けの空手……わざと攻撃受けて、相手のクセを読んで、反撃に転じるつもりだ」
するとヴィトーの両手に、土の魔力が形成されていって、カタカナのトの形に似た、金属製の武器が具現化されていく。
「うぉ、トンファーだ!」
「トンファー?」
「ああ、琉球古流唐手に伝わる、攻守に長けた道具。打つ、突く、払う、絡めるなど、色々使えて、欧米のおまわりも警棒代わりに使ってるやつだ」
今度はヴィトーが、トンファーで一気に反転攻勢に出て、変幻自在にトンファーを操る。
すごい、防御で使ってた払い技っぽい受けも、全てが攻撃に転じて、トンファーがくるくる回って、氷の賢者の側頭部を強打する。
それにトンファーを持って、何発もパンチの要領で打ち込むと、賢者の体の中心に攻撃が次々あたり始めた。
「あれが達人が持つトンファーだ。こう相手の攻撃を棒で受けるだろ? そしたら手の内を変えて、棒が横から回転してくるんだ。接近戦でも、肘打ちの要領で、腕をこうコンパクトに振ると、回転する棒がすっ飛んでくるって感じだね。ありゃあ厄介だ」
勇者が実演しながら、トンファーの使い方や、さっきのヴィトーの動きを解説する。
「それに、こう突けばリーチが素手の時よりも増して、相手の急所へピンポイントで攻撃できる。そして正中線って言って、頭頂部から股間を結ぶ中心線は人体の急所だらけ。えげつねえ喧嘩しやがるぜ金城」
なんか学校で、ボクシングの試合とかプロレス技なんかを、生き生き話してる、クラスの男子みたいだ。
「だが、あいつは奥の手を幾つも持ってる。やべえ奥の手がな」
奥の手? なんだろう? 氷の賢者って言うくらいだから、まさか極大の氷魔法?
「ああ、ちょっと距離を離そう。巻き込まれたらかなわんから」
勇者と私は距離を離して、二人の戦いを見守る。
「なるほど、トンファーですか? あなたが武器を使うなら、こちらも」
すると、氷の賢者がネグリジェに両手を入れると、銀色で垂直に銃口が二つある、女性の手のひらにすっぽり入りそうな、小型の拳銃を取り出した。
「うわ、出たわ。あいつの魔法のチャカの技術半端じゃねえからな」
二丁拳銃のガンマン?
空手も使えて、銃の名人が氷の賢者なんだ。
「それに加えて……奴は。マリーちゃん、もう3歩後ろに離れてようか?」
私は勇者ともう少し距離を取る。
武術と魔法と銃が彼女の武器?
「そうじゃねえ、そんな奴は俺も転生後、ごまんと戦ってきたが、そうじゃねえんだ。見てな? あいつの賢者とも呼ばれる喧嘩を」
賢者があの人の二つ名。
ゲームでは、攻撃魔法と回復魔法のエキスパートって感じだったけど、最強勇者のこの人が、賢者と言うくらいだから、きっとすごい人。
「ふふ、あなたのトンファーより、何よりも警戒すべきは、あなたの見事な足捌き、フットワーク。では潰させてもらいます……絶対零度!」
賢者が魔法を唱えると、夜明け前でうっすら明るくなった、ネアポリ市の周囲の温度がどんどん凍てつき始めて、寒い!
うそ、空気中の水分まで凍ってキラキラ光って……これは、ニュース映像で見た事あるダイアモンドダスト!
気温が氷点下10℃以下の状態のときに発生する気象現象で、空から小雪が舞ってきた。
ヴィトーは思わず空を見上げる。
「雪かー、なんてちゅらんやー。生まれてはじみてぃんーちゃ」
そうか、ヴィトーは転生前も転生後も南国育ちで、雪を見るのは生まれて初めてなんだ。
そして一瞬、時が止まったような感覚を私は覚えて、ヴィトーの足が凍りついて、地面に貼り付いた。
「魔法、絶対零度だ。水と風の魔力で、分子の運動を完全に停止させて、任意の場所に極低温状態を作り出す。その温度、マイナス273.15 ℃。その気になれば、この街そのものも一瞬で氷漬けにしちまう、最強の極低温魔法さ」
すごい、だから氷の賢者。
「気の毒ですが、足を奪います」
氷の賢者は、マシンガンのように魔法銃を乱射すると、ヴィトーの足がズタズタになって、千切れて……ウプッ!
「うげえええええええ」
あまりの凄惨な光景に、私はその場で胃の中のものを吐いてしまう。
「あれが、氷の賢者だ。俺をはるかに上回る知能と残虐性を持つ、最強の賢者。あいつの頭脳は化物、勝つ為には手段を選ばない」
私は、涙目になりながら両足が千切れて倒れたヴィトーを見る。
ヴィトーもこっちを見て、涙を流して。
「わたくしの召喚時間も、残りわずか。一思いに、プラズマショットで、体を吹き飛ばして差し上げましょうか?」
「おい!」
勇者が怒りの顔に豹変し、氷の賢者を呼び止めた。
「俺が見てえのは殺しじゃねえ。達人同士の玄人の喧嘩だ。おめえ勘違いしてんじゃねえ」
「かしこまりました」
氷の賢者は、回復魔法でヴィトーの千切れかかった足を治癒すると、瞬く間に足が元どおりになる。
そして、賢者は拳銃をこちらに放り投げて、アゴを引いて、手を脱力してヴィトーを見据えた。
足が治ったヴィトーも、トンファーを捨てて左手を前に突き出し、右手を脇を閉めるように腰に据えたみたいな構えをとって、ステップを踏んだ。
「勇者さん、賢者さんの構えは?」
「無の境地の構えだ」
「無の境地?」
「武の境地に達した達人が出来る、後の先の構えさ。後の先ってわかるか?」
私は勇者の問いに首を横に振った。
高度な格闘の話には、さすがに私はついていけない。
「武道には先の先、後の先があってな。先の先と言うのは、相手が行動を起こす前、または相手の隙をついて、先制攻撃する事を言う。後の先と言うのは、相手の攻撃を誘い込んで打ち込む、カウンター技よ」
なるほど、意味がわかった。
先の先が先制攻撃で、後の先がカウンター。
よくゲームのモンク僧や、格闘キャラが、相手の物理攻撃にカウンターするスキルを持ってるけど、賢者は今からそれをする、と言うことか。
ヴィトーは氷の賢者に近寄れないでいるようだったが、氷の賢者はすり足で、どんどんヴィトーに近寄って行く。
「うわ、エゲツねえ煽り方しやがった。こんなの、相手に打ち込んでこいって煽ってるようなもんだ。常に相手の風上に立つのが、あいつの喧嘩」
するとヴィトーが、瞬間移動のような体当たりのようにも見えるパンチを放つが、賢者があっさりヴィトーの右腕を両手で掴んで、体を回転させると、ヴィトーの体も回転して地面に叩きつけられた。
「合気道みたい」
私も、小さい頃習い事で習った事ある。
練習とか楽じゃなかったし、痛かったからやめちゃったけども。
「ああ、合気柔術の四方投げだ。あいつは転生前、学生時代、松濤館空手やってて、極真空手も黒帯持ってる。合気柔術も修めてて、盛り場で暴れるプロ格闘家や、相撲取りもぶちのめしてたから」
うわ、そりゃ強いわけですよ。
私も合気道小さい頃やってたからわかるけど、実戦であんなにも、綺麗に技を極める自信ない。
立ち上がったヴィトーが、蹴りを放つけど、脱力した構えから懐に飛び込んで、あごに張り手のような攻撃をしてヴィトーが吹っ飛ばされる。
「ああ、あれは掌底打ちだ。手の平の肉の厚い部分で打ち上げたのさ。拳も痛めずに済むし、ちゃんと打つと直に衝撃力伝えられるから、マリーちゃんなら使えるんじゃね? 合気道とかやってたみたいだし」
そして、ヴィトーがなんとか立ち上がったが、もう体がボロボロで、肩で息してる。
「もう私の召喚時間も終わりです。あなたのような武術家と戦えた事、大変嬉しく思いました。それではごきげんよう、アシバーのジロー」
氷の賢者は私達に優雅なお辞儀をして、姿が消えた。
残されたのは賢者が持ってた、魔法のけん銃。
勇者は、にこりと笑ってけん銃を拾い上げ、私に手渡す。
「使いな、この魔法銃デリンジャーはマリーちゃんの武器だ。そして、この喧嘩の幕引き、マリーちゃんに任せる」
そう、私とヴィトーの戦いに決着をつける。
本当の魂を取り戻しつつある彼との。
ボスの決着は主人公の手で