第148話 川中田島の決戦
所変わって戦国の世の島国ジッポン。
勇者イワネツにより、服従した明知十兵衛が中京の破壊工作員として送り込まれた一方、甲亥の国を治める国主、齢30になる高田玄信は、10年目、5度にもなる越狐の植杉景虎と合戦中、深夜の陣中で忍集頭領にして側近、山中勘介から驚愕の事実を知る。
「むむ、東條幕府が倒れ、松平家康が将軍? 意味がわからぬぞ? 誰じゃそやつ?」
古代ジッポンに渡来した、獣魔の血を色濃く引くのがこの甲亥の高田家である。
当主の玄信は、頭髪を全て剃り上げ、ずんぐりとした体躯を袈裟姿に数珠状のマジックアイテムを身体中至る所に装備している。
如流頭大社より権僧正なる僧位を持つ、虎のような容貌のこの男は、父より謀反の恐れありと中京に送られるが、顕如と同窓で勉学を学んだ聡明な現実主義者でもあり、齢18で国に神社勢力の軍勢を引き連れ、暴君であった父親を追放し、国主になる。
しかし現実主義者の彼は、内心では神など一切信じておらず、賢如に取り入り、信仰心厚く見せかけ、神社勢力に信頼されると豊富な援助金を神社から寄進され、領地にジッポン有数の鉱山及び金山を持つことから、経済力は旧将軍家を超え、北ジッポンで一二を争う。
また彼の国の騎馬隊は、ジッポン最強とも言われてるが、周辺国を平定する中、立ちはだかったのが軍神と称される、越狐の植杉。
雪深い深州地方と呼ばれる、ジッポン海に面した越狐の国は、守護代永野家の統治する国であったが、甲亥の国に永野家が滅ぼされ、後を継いだのが、今は亡きエルゾ王家の血を引くと言われる、植杉家だった。
越狐は三川の副将軍家今田と同盟を結び、東條将軍家を味方につけ、神社を味方につけた甲亥の国と、10年以上にも及ぶ戦争を繰り返し現在に至る。
その激戦地が、品濃にある川中田島。
地形的には、永野盆地へ流れ出した犀川が盆地への出口を扇頂として形成した扇状地の扇端から千曲川との合流点にかけての区域。
扇頂部と扇端部との標高差は南に約12m、東には約24mあり、扇状地上はこの扇頂付近を水源とする、何本もに分かたれた枝川の広大な中洲が、川中田島である。
植杉景虎が男夫山に布陣したのに対し、高田玄信は羅臼山から山津城陣地に移動し、本陣を構えていた。
「上様、どうやらこの不可思議に関わっているのが、あの織部のうつけ……憲長だと。どうやらやつは中京に上洛しようとしているらしく、先の倒幕運動の中心がやつだと」
報告を受けた玄信は露骨に、面倒くさそうなしかめ面する。
いかなる時も表情を崩さない、冷徹な君主というもっぱらの評判である男であるが、心許した家臣にしか見せない表情であった。
「化物め、あの時連合軍10万で攻め入った織部じゃが、やつ一人に悉く返り討ちにされた。もはや是非もあるまい、あの化物と同盟を結び、我らが仇敵にして、あの景虎を倒す交渉をしかけるとするか」
玄信は織部の力を借りて、領地を荒らして領民達を拐う越狐を討伐し、なんとしても植杉景虎を捕縛しようと考える。
玄信は現実主義者ではあるが、その反面、恋に焦がれる男子の心を成人しても持つ、浪漫主義者でもあった。
彼は幾度も戦った景虎に惚れている。
霧深い戦場にて、偶然にも大将同士の一騎討ちになった時、その姿を見て見惚れてしまったのだ。
頭巾を被り、凛とした小柄な僧兵で、優秀な剣士でもあり、カリスマ性を感じさせる非常に整った顔立ちの、美しい容貌をした美男子だったと記憶している。
家臣達の横槍もあり、勝敗つかずに終わった一騎討ちから、すでに3年経つが、玄信は深州よりも景虎を欲していた。
この玄信は、いわゆる修道を嗜む、ホモセクシャル。
高田家臣全てと恋仲であり、心と体で繋がった絆が、彼の騎獣隊を戦国最強と言わしめている。
「はは、上様。ならば早速舶来の通信水晶で、この山中、憲長弾正中殿との交渉事を」
連絡先は幕府が把握している筈であると、山中が交信すると、すぐに本人と通信を切り替えるとの返答がなされた。
「上様、反応が早いです。以前の幕府であるならば……」
「うむ、山中よ。以前の幕府であれば、のらりくらりと無駄な時間をかけるところであったが、早いな動きが。連絡網を改善させたか? 松平という新将軍、なかなかに侮り難し」
それもその筈である。
前世の記憶を取り戻した副将軍東條は、元は大日本帝国の優秀な軍官僚であり、軍事警察である憲兵を率いた出身である。
兵のモラル改善と、情報統制を始めとした通信連絡の法整備及び改善を、早急に幕府内で実施したのだ。
「……繋がりました。憲長公です」
山中は玄信に両手で水晶玉を差し出す。
「我が名は、甲亥の国を統べる権僧正、高田玄信である。貴公、織部弾正中憲長公に、相違ござらんか?」
「いかにも、俺様が織部憲長。人呼んで勇者威悪涅津よ。お前タカダか? 俺を呼び出すとは、いい度胸じゃねえか? お前今何やってんだよ?」
お前とは、初対面の相手に無礼な。
噂通りのうつけかと玄信は思ったが、先に要件を端的に伝えようと考えた。
「うむ、実はの。こちらは合戦中じゃが、いい加減この戦には飽き飽きしとる。どうじゃ? 我が軍と盟を結び、越狐を討伐……」
「ああ゛? 幕府から喧嘩すんなってお前ら命令受けてんだろ! お前、幕府の命令無視して俺に加われだと馬鹿野郎、殺すぞ」
口調は荒いが、道理は通ってる。
馬鹿ではないなとイワネツを判断した玄信は、ならば憲長ことイワネツを釣る餌をと思い、交渉へと切り出す。
「ああ、すまぬな。ただでとは言わぬ、我が甲亥は山深い山地で、鉱山を多数所有しておる。どうじゃ、甲亥の鉱山の3割をお主、同盟の証に所有してみてはどうか?」
山地の三割!?
思わず側近の山中が玄信に振り向くも、表情を変えず玄信は話を続ける。
「九露川という山地の金山がある。そこが最も採掘しやすい金山じゃ。お主も名前くらいは聞いた事もあろう? どうじゃ? お主にそこの権利をやろう」
名前を聞いて山中はホッと溜息を吐く。
主辺国にはジッポン最大の金山とうたっているが、実態は甲亥がほとんど掘り進めた結果、採掘量が激減した鉱山だった。
しかも、越狐と国境を接しており、嫌が応にも越狐と事を構えねばならない要地でもある。
「ほう、ビジネスの申し出か。悪い話じゃねえがダメだな、全部だ。お前らの全部寄越せ」
「……は?」
「お前らに、最初から交渉の余地なんかねえんだよ。お前ら、この前連合軍って事で、うちの領地入って領民共ぶっ殺したろ!?」
玄信は、交渉の行方がまずい方向に向かったと、聡明な頭脳で理解する。
先の合戦における後始末が、倒幕騒動で全くとれていなかったと。
「俺の領民を殺すわ、幕府命令は無視するは、一丁前に俺に賄賂で黙らそうとするわ、規律が全くねえだろこのハゲ! もういいわ、直接会って話し詰めるから、待ってろクソボケ!」
通信が切れて玄信は頭を捻る。
「直接会うじゃと? 織部から我が甲亥まで、どれだけの距離があり、山を何個越えねばならぬと思ってるのか。うつけか? あやつ」
「もはや阿呆のたぐいかと」
玄信と山中がお互い顔を見合わせて、織部との交渉よりもまず、目の前の植杉を倒すため、軍議に移ろうと考えた。
玄信の前に、一騎当千の二十四将が集い、植杉景虎率いる一門衆への対策を練っている時、そこかしこで甲冑の擦れる音や、喧騒が聞こえてくる。
「痴れ者め、名を名乗レブラ!」
「敵襲ううううう上様お逃げロッパ!」
「鬼じゃあああああ」
「ヒッ、来るなら受けレバッ!」
「た、助けたわばっ!」
陣にいた二十四将は、玄信の盾になるように取り囲み、シーンと静まり返った。
その中で玄信達へ向かってくる足音だけが聞こえ、篝火の灯りが照らす先に、真っ赤な特攻服が返り血に塗れた男が姿を現す。
「お前がタカダか?」
「!?」
圧倒的な覇気と圧力を持つ男が、高田玄信と歴戦の家臣二十四将の前に歩を進め、玄信は恐怖心を押し殺し、男の正体を看破する。
「の、憲長か……なぜここへ」
初めて憲長ことイワネツを見た玄信は、平時であるならば、思わず見惚れるような美男子だった。
だが、この緊迫した状況下で返り血に染まるイワネツを見て、胆力が人一倍強いと自負している玄信も、抑えきれない恐怖にかられる。
「その説明の前によお、最強の騎馬隊持ってるとか言ってて、人を期待させやがってガッカリだぜ。服従しろ、このイワネツ様に」
敬愛するジローから支援物資で貰った、ドワーフの火酒を入れた瓢箪をあおり、喉を潤しながら、残りの酒で返り血を洗い流すイワネツに対し、二十四将全員が槍や刀を手に取る。
家臣団の勇壮さを見た玄信は、冷静さを取り戻し、ジッと目の前の怪物のような男を観察すると、イワネツが首飾りのようなものを付けていたのを見た。
それは数珠繋ぎにした耳や鼻だった。
「そのほう、首からかけてるそれは……」
「おう、これな。お前んとこ来る前に、俺に逆らった里美、佐武、葦奈、茂上の野郎らから強奪したブツよ。井達は速攻で服従しやがったから勘弁してやった」
つまり北ジッポンの有力大名は、イワネツの恐怖の訪問の後、軍門に降ったという事である。
玄信はその所業に戦慄する。
ジッポンの慣習刑法では、耳削ぎ鼻削ぎの類は、武士の名誉を失わせ、非人間であると宣告する、ある意味死刑よりも厳しい罰。
もしくは、首印を持って来れない場合の、応急的な方法で、端的に言えばイワネツの今の言い分は、大名達に非人間的な措置にしたか、皆殺しにしたという意味合いを持つ。
一方のイワネツは、ジッポンで行われるクビキリやハラキリなどを、野蛮であると忌避しており、自分に歯向かった相手に対し、耳の一つや鼻で済むなら殺すよりマシであるとの考えだった。
「おう、お前も俺の軍門に降れ。さもなきゃ耳か鼻をちぎり取って、服従を誓わさせてやるぞ」
徐々に歩み寄ってくるイワネツに、高田二十四将は魔力を一気に高めた。
「上様! 秘術、風林火山を! 其徐如林! 其の徐かなること林の如く、我らが魔力を高めて候!」
「うむ!」
高田は、山中の呼びかけで体内の魔力を一気に高めて、本来は大軍相手に繰り出す戦術攻撃魔法を二十四将と共にイワネツに放とうとする。
「不動如山! 動かざること山の如し!」
イワネツの周囲の地面が盛り上がった瞬間、次々に金属の鎖が地中から具現化し、イワネツの体を拘束し始めた。
「其疾如風! 其の疾きこと風の如く」
イワネツの周囲に突風を超えた暴風が吹き荒れ始め、天にも登る竜巻となり、周囲の小枝や石などの固形物も巻き上げられて、イワネツの特攻服と着物をズタボロにしていく。
「侵掠如火! 侵掠すること火の如く!」
竜巻に火炎魔法を繰り出すと、火災旋風となり、10万の兵も焼き尽くせるほどの出力となり、イワネツまとめて陣の周囲を炎の海にした。
「皆の衆トドメじゃ! 動如雷霆! 動くこと雷霆の如し!」
25人の魔力が合わさり、燃え上がるイワネツに向けてテラボルト級の落雷が降り注ぎ、大爆発を起こした。
周囲に高温ガスと煙が立ち込め、周囲の地面が溶解し、玄信達は勝利を確信するが、炎も煙も一気に吹き飛び、ふんどし姿のイワネツが姿を現した。
「お前ら! 俺の子分が作ったコートが燃えちまったじゃねえか。ぶち殺すぞ畜生共!!」
現実主義者の玄信は、秘術を受けても傷一つつかないイワネツを見て、これは勝てないと決心し、盾になった家臣団を押し退け、イワネツの前に立つ。
「そのほう、我らが秘術を受けても膝を屈すぬとは見事なり! 潔く負けを認めてやる! これが欲しければ持っていくが良い!」
玄信はその場で両手を耳にかけて、渾身の力を込めて両耳を引き千切り、イワネツに投げつけた。
「上様!」
「我らはまだ!」
家臣達が騒めき立つが、左手で制しながら、イワネツを両眼で玄信は睨みつけると、イワネツも圧力を込めて玄信を睨みつける。
「負けを認めてやるだ? 誠意がこもってねえよ。お前、俺をなめてるのかよ?」
すると玄信は踵を返して、右手を上げると、陣地に、完全武装の騎馬隊と騎獣隊が出現する。
「なめてはおらぬわ! そして今のお主には残念ながら我らは勝てぬ! 勝利のため、我らは家臣を連れて越狐に転身いたす! 景虎の陣に向かうのじゃ!」
騎馬隊は玄信達を乗せて、川中田島の景虎陣地に向けて、高田二十四将達と全力でこの場から走り出し、逃走した。
「力及ばず負けはしても、心はお主には屈せぬ! もの共、ワシに従え! 次こそ奴めに勝つ!」
堂々と陣地から全力疾走で逃走する玄信達を見て、イワネツはポカーンとしながら、その様子を眺めた後、大爆笑した。
つまり、自分達は負けはしたが、家臣を引き連れて越狐と同盟を組み、再戦するという意味である。
「くははは、この俺様にビビらねえどころか、耳投げつけて越狐の景虎とかいう野郎と一緒に、また喧嘩挑む気か。ハラショー、面白いし男らしいじゃねえかタカダ。じゃあ、お前の男に応えて、俺も川中田島の最前線に向かうとするか。そこに残された鍋の中身食った後でよ」
陣地に残された野菜と麺の煮込み料理、ほうとう鍋に舌なめずりした。
「ジッポンのシチー、うめえんだよなぁ。ロシアより洗礼されてねえが、材料活かした素朴な味がこれまたいい。海鮮に野菜に肉に豆腐に米。米の方がいいなあ、焦げ付いたおコゲがうめえんだよな。麺も悪くねえ、とくにスープを吸ったうめえやつなら」
イワネツは空腹を満たすため、残った鍋の中身を木の枝で箸を作り、全て平らげる。
「うん、思った通りだ。小麦麺か? チャイナの刀削麺に似てるか? 味噌が効いてて野菜の甘みのスープ、こりゃあたまんねえな! 越狐の野郎らはどんなスープ作ってるか、食休みした後でつまみ食いに行くか」
満腹になったイワネツは、ジローから貰った煙草に火をつけてのんびりと一服する。
一方の越狐の軍神、植杉景虎。
景虎はエルゾ人女性で、男と偽るため、頭髪を全て剃り、雪のように白い肌を化粧でわざと汚し、サラシを巻いて胸の膨らみを隠し、酒の匂いで女の香りを消した、身長150センチにも満たない女傑である。
彼女は戦神オーディンに祈りを捧げながら、月夜を眺め、川に視線を向けると故郷を思い出す。
毎晩のように彼女は酒を嗜み、意中の男からの連絡を待っていた。
彼女は本名を、シュマリ・ウパシィ・メノ・マキリ・ルーシーといい、250年前に雪深いエルゾの旧王家の地で生まれる。
王家はすでに800年もの昔、エルゾ討伐にやって来たヒト種の将軍、坂田村丸により討伐され、エルゾの地でジッポンへの復讐を企てていたのが、彼女の一族だった。
幼少期より、北の大地で精霊の魔法を大自然と共に身につけ、エルゾの戦士の英才教育を受け、更なる見識を高めるため、100年前祖先の地、ルーシーランドに向かう。
海を渡り、大陸にある樺部都半島から、交易で親交があったハーン族の支援を受け、氷の大地を魔犬のソリで走り、数年かけて7000キロ離れたルーシーランドのキエーブ王国に到達。
キエーブ王子のアレクセイ、ハーンの族長アルスランとは旧知の間柄でもあり、親しくしていたエカチェリーナ王女の悲劇を共有する、同志でもある。
「もう少しです、アレクセイ様、アルスラン様。ジッポンの地に潜ること50年。全ての復讐が果たされる日を、私を必要としてくれる日を、お待ちもうしてます。その時こそ、我らがエルゾの悲願が達成され、景虎という仮の名を捨てて、私もアレクセイ様に寄り添い、シュマリの名と共に女に戻れるでしょう」
彼女が、ジッポンにおけるエルゾの陰謀の中心人物。
彼女は50年前に、ジッポン海から深州に渡り、同族のエルゾ達と越狐の永尾家を簒奪し、植杉と名を改め、大名永野に取り入り、越狐はエルゾの多くが移住する地になる。
その後は戦場で永野を謀殺後、越狐は彼女達エルゾのものとなり、ヒト種を奴隷としてチーノ皇国に売り渡すための、ジッポン海における人身売買ルートを築き上げた。
エルゾの血を引く今田元綱を陰ながら支援したのも、将軍家を同族の元綱に簒奪させ、北朝を幕府の軍事力によって崩壊させた後、南朝も奪い、ジッポンをエルゾのものとするのが、彼女の夢。
そして自身の邪魔をする、粘り強く戦上手な高田を、今度こそ滅さんと夜明けと同時に、軍を進軍させようと考えていた。
「殿! 一大事でござる!」
植杉四天王、柿沢、直枝、宇佐見、天粕が川のほとりで酒を飲む景虎の前に集う。
「なんじゃ?」
「高田とその家臣が我が陣に現れ、我が越狐につくとの申し出でございます!」
「相わかった! この私が吟味いたす!!」
白銀に輝く鎧を身につけ、頭巾付き白の陣羽織を羽織り、陣中に向かうと、かつて一度だけ戦場で相見えた玄信と、その家臣団が自分に平伏していた。
玄信はふいに今の自分ではない、別の誰かの記憶を思い覚ました。
甲亥に似た山深い地で生まれ、周囲から敬われた父の背中を見て、自身の武勇を示して数々の武将を一騎討ちで倒した記憶が蘇る。
しかし偉大な父が死に、跡を継ぐも父の臣下で諍いが絶えなくなり、自分の将としての武勇を見せつけるべく、自身と父が認めた最強の軍団と相対する。
だが、家臣達が次々に討ち死にし、圧倒的な物量と鉄砲により、父が築いた城のような軍勢が敗れ去った。
なんとか挽回しようと、策を練るが、結局は全て空回りして、最期は自身の家族と共に自害する。
おぼろなる 月もほのかに 雲かすみ 晴れて行くへの 西の山のは。
こんな内容の詩を残したと思い出しながら、玄信は、惚れた景虎と相対した。
「高田玄信公であるか?」
中心にいた虎顔の男が顔を上げる。
「いかにも景虎殿。我らは戦をやめ、何度も相見えたお主ら越狐の下につく」
意味がわからず景虎は刀を抜き、玄信の首に向けると、両耳を失い手傷を負っているのを確認する。
「なるほど、その方らはその様子を見るに負けたな? 相手は何奴じゃ、幕府か? それとも噂の大うつけか?」
「その大うつけだ。ワシらでは叶わぬと思い、お主ら越狐の支援に参った。じきにやつはここにくる」
10万もの軍勢を撃退したイワネツが、越狐を奪いに来ると聞き、景虎は戦慄する。
エルゾの軍を相手に領土を広げながら、自分達と10年戦い続け、おそらくはジッポン最強の男の一人であると景虎が見立てた玄信すら、手傷を負い、敗北した事実も受け入れ難いものだった。
「ならば問おう! 甲亥の大虎と異名を持つお主が、勝てぬのであれば我らが越狐は……」
「うむ、軍神と誉高く、個の戦闘力に秀でるお主でも、義を尊ぶお主の軍でも奴に屠られるだろう。奴の力は、こういう言い方はしたくないが、人智を超えておる」
そこまでの男かと景虎は顔を伏せた。
「だが、ワシとお主が組めば勝てる可能性が上がる。ワシら高田騎馬隊の強みは機動力にあらず。防衛戦にこそ真価を発揮する! それを今から見せようと思うが、如何に?」
景虎は玄信に頷き、川中田島の中洲まで赴くと、魔法で土砂を積み上げ、川の流れをダムのようにして堰き止めた。
「景虎殿よ、いつかの戦場で濃霧にした秘術、今一度見せてくれぬか」
景虎は玄信に頷き、強大な精霊の魔力で水分を噴霧化させて、一気に霧が立ち込める。
「うむ、これで奴には我らの姿が見えぬはず。あとは夫男山の陣地を、この川の砂利と土を使い、我らの魔力で堅牢な要塞とせん! 人は石垣、人は城、騎馬隊よ!」
高田騎馬隊が、魔法を唱えて塹壕のように土を掘り進め、すり鉢状の急斜面や落とし穴などの罠を仕掛けてイワネツを待ち構える。
山深い甲亥の国で、最強を誇るこの騎馬隊の本領は、騎馬の機動力をもって山々を駆け回り、ゲリラ戦術と突撃戦術を駆使する、相手側を失血させる防衛戦に特化していた。
「あとは、我らが甲亥の兵が防衛陣地を死守するゆえ、機を見て最強の攻撃力を持つ、植杉景虎殿の突破力で」
敵にすると厄介この上ないが、味方にするとここまで頼もしいかと、景虎は玄信に感心する。
憲長ことイワネツを打ち倒したならば、褒美として自らの手でこの玄信を処そうと、景虎が思った時だった。
「な!? 我が魔法の霧がなぜ一気に晴れて」
闇夜の霧が、まるで空に吸い取られるかのように一気に晴れ、自分のエルゾの精霊魔法があっさり破られたと、景虎は狼狽し始める。
「やはり通じぬか化物め。者ども、先の戦いの鬱憤を晴らす時、奴を待ち構え、この川中田島で屠ってやるのじゃ!」
玄信が二十四将に檄を飛ばすも、上空に光が差し込み、まるで満月が二つ生じたような明るさに、一同が空を見上げた。
月ではなく、ふんどし姿のイワネツが、チャクラと魔力を両手に最大限溜めて、要塞と化した夫男山目掛けて攻撃魔法を放とうとしていたのだ。
「こんなトーチカと塹壕と罠だらけの、アフガンのようなクソ面倒くせえ山岳戦なんざしてられるかクソ野郎。山ごと吹き飛べ!」
ピカッと強い光が瞬いた瞬間、玄信が築いた陣地が吹き飛ばされ、爆風で玄信も景虎も兵達も吹き飛ばされた。
「ぎゃああああああああああ!」
越狐と甲亥の連合軍が、今の一撃で大半を戦闘不能にされ、阿鼻叫喚の戦場に腕を組んだイワネツが降り立つ。
「まどろっこしいぞ、ゴミ共!! 男だったら正面からかかって来い!」
「全軍突撃いいいいいい」
「越狐も甲亥への義によって助太刀せん!」
エルゾの弓兵が矢を放ち、騎馬隊と植杉四天王が、次々と突撃してイワネツを倒そうとするが、全員暴風のような暴力で殴り飛ばされて、戦闘不能にされていく。
すると屈強な両軍団が恐慌状態に陥り、恐怖で足が止まった所を、ジローの空手技を真似したイワネツが飛び蹴りを放ち、一撃で100人以上の兵が宙を舞う。
「ぎゃああああああ!」
「鬼じゃあああああ!」
「化物じゃあああ!」
兵達が散り散りになって逃げ出し、高田二十四将も、玄信に残りの魔力を託すと、一斉にイワネツに飛び掛かるが、槍の一撃も、刀の一閃もまったく歯が立たず、無常にも殴り飛ばされて戦闘不能にされた。
「まだだ、まだ負けてはおらん! 我が家臣の残した愛の力! 石垣が崩れ陣も崩壊しても、本丸のワシが残っておるわあああああ! 獣化!」
獣魔の血を引く玄信は、周囲の砂利や土砂を身に纏い、巨大な石の虎に己の身を変え、イワネツの右肩に石牙を突き立てる。
「男らしいじゃねえかタカダ! 虎に化けるとは、受けて立ってやるぜ! お前の信念は何だ?」
イワネツは右腕を振り、玄信を投げ飛ばす。
玄信は空中で猫のように一回転し、風の魔力を高めて軌道を変え、イワネツの頭を噛み砕こうと宙を駆けて襲いかかるも、スウェーバックで身をかわされ、頭突きを受ける。
それでもなお玄信は怯まず、具現化した石爪でイワネツの体を引き裂こうとするも、頭をヘッドロックされて万力のような力で締め上げられた。
「ぬおおおお、屈しぬぞ! これしきのことではああああああ! 我が信念、甲亥は城! 人と人が築き上げ、愛する城の本丸を死守するワシが、屈してなるものかあああ」
最後まで自分に屈しない、強き信念を持つ高田玄信に、イワネツは敬意を持って、彼の城を崩す技を放とうとする。
「ハラショー、タカダ。素晴らしき信念を持つ、男らしい男よ、あばよ」
イワネツは、玄信の頭を締め上げたまま前に倒れ込む、ヘッドロックドライバーを繰り出すと、玄信は地面に突っ伏した。
玄信の頭蓋が骨折し、頚椎を折られて戦闘不能となるが、満足気に笑うと玄信が堰き止めていた川の魔法効果が解けて、中洲に濁流が流れ込む。
「ぬお、川が!! 野郎これが狙いか!?」
絶好の隙が出来たと景虎は刀を抜き、刀に全力の魔力を込める。
「高田玄信よ見事也! 最大の隙を化け物に与えたお前の義に報いよう! 死ぬがいい! 神氷陣剣!!」
景虎の刀の一振りで、イワネツと玄信が濁流と共に腰から凍りつき、二度目の刀を振るうと、地面から氷柱が飛び出して、玄信ごとイワネツの体を突き刺す。
玄信は、惚れた男である景虎の役に立ち、その手で死ねると思い、笑みを浮かべながらこの世を去る。
さらに景虎が大上段に刀を振るうと、上空から巨大な氷柱が無数に現れて、イワネツに降り注いでいく。
「勝った! 死ね化物!」
無数の氷結がイワネツに突き刺さり、これで仕留めたと思った景虎は、刀を土の魔法で巨大化させ、凍りついたイワネツを粉々に粉砕しようと振り上げた瞬間、氷結が一気に爆ぜた。
「な!? 今ので死んで……」
「男の戦いに氷水かけやがって! 小僧この野郎が!!」
バサラ化したイワネツの、右ストレートの一撃を胸に受けた景虎は、鎧が粉砕されて心臓が不整脈を起こして一瞬停止し、仰向けに倒れ込んで失神する。
こうして後世で語られる、勇者イワネツの伝説が、また一つ付け加えられる。
勇猛さで知られる、北ジッポンの最強格の二武将を、単騎で討ち取った川中田島の決戦が人々に記憶される事となった。
玄信の凍りついた亡骸には、家臣の二十四将が縋りつき、愛する主君の死に涙を流す。
「お前らは今後、幕府のイエヤスに服従を誓うといい。このタカダは、最後まで俺様に屈しなかった男の中の男。手厚く葬ってやれ」
イワネツは、高田とその軍団に敬意を表し、ロシア正教会式の十字を切った。
「これでここいら一帯は俺の縄張りだ。あとは、幕府から軍を呼んで占領……ん?」
鎧が砕けてサラシを胸に巻いた景虎を見つめ、首を傾げたあと胸を弄る。
「なんだよ、こいつズベ公か。ちょうどいいわ、幕府の占領軍がこっち来るまで、ちょっとした息抜きしなきゃなあ」
気を失った景虎を、お姫様抱っこのように抱き抱えたイワネツは越狐に飛び、春日峰城の大広間に布団を敷いて、部屋襖をピシャリと閉め、景虎の手を帯で固く縛った。
「おい、女。酒臭えなこいつ、お前が植杉か?」
イワネツの声に目を覚ました景虎は、自分が手を縛られて布団に寝かされているのに気が付き、イワネツを睨みつけるも、頭巾を剥ぎ取られた。
「ん? お前耳が……この特徴的な耳の形まさかお前……」
景虎は、ペッとイワネツに唾を吐きかけるも、鼻で笑ったイワネツは景虎を組みしだく。
「まあいい、女の扱いには慣れてんだ。色々とうたってもらおうか? この世界の救済のためによお」
「ひっ、殺すなら殺せ! アレクセイ様!」
「ほう、お前……なるほど。フフフ、じゃあ死にたくなるくれえ、気持ちよがらせてやるぜ俺様のマグナムでよ」
小一時間後、春日峰城からアレクセイの名を呼ぶ絶叫から、イワネツの名前を叫ぶ嬌声が響き渡る。
こうして、アレクセイとハーンの企みも明らかになり、呆けて目の焦点が定まらず、涎を垂れ流し、うつ伏せで横たわる景虎ことシュマリの裸体を眺めながら、イワネツは仲間達に連絡する。
一方の女神ヘルが憂鬱そうに、イワネツ邸で月夜に照らされた庭を眺めて独り言をぶつくさ呟く。
「わらわの勇者は女神たるこのヘルを置いて、何をしてるのかしら? もう二日も帰って来ないのだわ」
あんこ玉を頬張りながら、イワネツ不在の間に水晶玉動画を撮ったことも彼女は思い出す。
「それに、あの忌々しいチビ上級神の勇者、女神たるわらわに、ゆーちゅーばーやれとか言ってたけど、意味がわからないだわさ。言われた通りにやったけど、なんなのかしら?」
女神ヘルが勇者達の意図が全くわからず、自身の勇者の帰還を待ち侘び、そのヘルを見守るように白馬、スレイプニルが庭で眠りこけていた。
美しい白髪をした男女の双子のメイドと、ブルドックのような犬が、イワネツ邸を監視している事に気づかず。
「グラディ姉様、ガルムの鼻でヘル様見つけました。おかわりない様子。連れ帰りましょうか?」
「素晴らしいわーグレド兄様。ヘル様お久しゅうございます。もう少し、あの犬小屋のような、見窄らしい木の家の様子を確認しましょう」
「ワン、ワン」
女神ヘルと、織部に新たな陰謀の影が覆おうとしていた。
次回は主人公の一人称に戻ります