表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第四章 戦乙女は楽に勝利したい
149/311

第145話 動き出す男達 前編

 マリーが北アスティカで自信を完全に取り戻し、北ナーロッパのスカンザ共同体において黄金薔薇騎士団を創設。


 一方のエリザベスが自身の半グレ組織、チート7を創設しようと画策していた前後、ロレーヌ皇国は大混乱に陥る。


 戦費捻出に力を貸していたロッソスクード男爵家当主、アムシェル・ザーリア・ロッソスクードが謎の美少女、スカーレットに惨殺された件。


 さらに彼らに関係するロッソスクード子弟やジューの銀行家や商人達も、まるで神隠しにあったかのごとく、彼らの身柄も財産も根こそぎ無くなるという、異常事態が発生。


 これにより、ロレーヌ皇国の戦費三分の一が消失する事態になり、皇国は財政難へ陥る。


 これに危機感を抱く、旧ジークフリード帝国が組織した、騎士団を先祖に持つロレーヌの有力貴族達は、教皇マリアに水晶玉で軍議を開く。


 議題は、財政難とバブイール王国との戦争継続に関して。


「猊下、皇太子殿下の戦線については、膠着状態。バブイール王国内で何かが起きている可能性があり、黒魔道士隊で情報収集中と思われます」


「フランソワ侵攻作戦に関しては、国境のザグゼンブルーの抵抗激しく、長大な防衛ラインを敷かれている模様。しかしながら、シュタイナー卿率いる鉄十字騎士団精鋭の一個中隊が、アルデン森林地帯への迂回ルートを画策中でございまする」


 報告を受けた女傑とも女狐とも言われる、元首の教皇マリアは、巨大な扇子を右手に、左手に煙管を持ち、煙を吐き出した。


「うむ、アルペス山脈からフランソワ東部リヨンへの侵攻ルートはどうじゃ?」


「はっ! そちらは順調に。ただし行軍速度は制限され、山岳地帯ゆえに大軍が送れませぬ」


「急がせよ、貴族制度を無くした平民共の軍など蹴散らすのじゃ」


 戦線が思うようにいかず、マリアは苛立ちながら、煙管を自室の机に叩きつける。


「猊下、我が皇国財務省につきましては、例のロッソ・スクード卿殺害事件と、商人達と私設銀行一族の……おそらくは誘拐事件により、国庫に収められるはずの税が滞りを起こしてます」


 報告に、マリアは鼻で笑う。


「ならば、皇国民から物資も財も没収すれば良いではないか? 農民共や平民など、パンが食えなければ、虫でも食べてれば良いのじゃ」


 この冷徹な回答に、諸侯達は怖気を感じた。


 皇家に報告する税を、少なく申告して良かったとも安堵する。


 ロレーヌでは、古来より広大な穀倉地帯において秋のライ麦、冬の小麦、春のカラスムギ、大麦の3年周期の輪作が行われており、これは不作を防ぐ目的なのだが、それだけではフランソワに次ぐ人口規模、1500万人の民を食べさせる事ができず、貴族が行う狩猟による肉食や、フランソワからの農作物輸入に頼った歴史があった。


 しかし、フランソワからの輸入に頼れば、国家の政治がフランソワ頼みにならざるを得ず、英雄ジークを祖とするこの国のプライドを、大きく毀損される。


 このため、英雄ジークを発端とするジーク教を狂信的に信じ込み、周辺国への敵意が燻り続ける歴史を歩む。


 彼らが真に同胞と呼べる国家が、自分達と同祖であったヴィクトリーしか、この世界になかった為、彼らの心はナーロッパから疎外感を感じ、周辺国への敵意は、彼らロレーヌ人の向上心に繋がる。


 世界有数とも言われた金属加工技術をさらに磨きをかけ、銃器を除く、金属製武具の大半がロレーヌ製とまで言われるほど、彼らは武器製造に長けていく。


 この武器と兵器産業に目をつけたのがジューの商人集団であり、元はジューの王族であるハプスブルング家とロッソスクード家の経済支援や、武器を扱う騎士達の屈強さもあったがため、この国はナーロッパ随一の大国となったのだ。


 外貨や経済が潤い、軍事力を高めた事で、逆にフランソワの経済支配から脱却し、輸入品に対して大幅な関税を課したため、徐々にフランソワとの関係が悪化、そして現在は戦争状態に陥る。


 しかし、最大の食料輸入相手であったフランソワとの戦争は、すなわち輸入品である農作物が入ってこない事を意味し、領民が飢えれば、貴族達に納められる税が減るばかりか、餓死者でも出ようものならば、農民達が反乱を起こす可能性もあった。


 そしてロレーヌ貴族を脅かす、女殺人鬼に目をつけられる可能性も。


「……かしこまりました。それと、凶悪な女殺人鬼、スカーレットと名乗る正体不明の女、つい昨日もホルスタイン伯を惨殺したようです。この者の捕縛に、手練の騎士も手こずっております」


 情報によるとスカーレットと自称する少女は、元はロッソスクード領地の、容姿が整った以外は平凡な村娘出身であったという。


 だがしかし、突然神の力に目覚めたか如くの魔法力をもって、ロレーヌ中の貴族を恐怖に陥れる存在と変貌する。


「女性を売り飛ばし、奴隷貿易で富を得てる最低男は女の敵だ。すみやかに死ぬべきよ」


 魔法で四肢をバラバラにされ、嬲り殺しにされた貴族の動画が、水晶玉通信にまたも配信された。


 今回スカーレットに殺害されたのは、ロレーヌ北西に位置するバンザとハイエルンを根城にする、ルドルフ・フォン・ホルスタイン伯爵。


 ジューの商人達と密接に繋がり、バブイールとの奴隷貿易で栄えた、ロレーヌ社交会では評判が芳しくない貴族。


 しかし、彼もまたロレーヌに多額の税を納める有力貴族でもあったため、彼が死んだ事でロレーヌの国益は大きく毀損された。


「早急に殺せ、不愉快じゃ。平民の小娘如きに何を手間取っておる! トレンドゥーラ率いる黒魔導師達を使えば良いではないか?」


「しかし、猊下。現在バブイールの戦地にて黒魔道士達は活動中であります。皇太子殿下のご命令で……」


 マリアのこめかみに青筋が浮かび上がり、キセルを振りかざすと、机が真っ二つに割れる。


「わらわが教皇じゃ! わらわらの命令と皇太子の命令! どちらが優先すべきか!?」


 貴族達はマリアの怒声に、一同溜息を吐く。


 指揮系統の二分化。


 戦時下において、絶対に避けるべき事態がロレーヌ皇国で起きていたのだ。


 戦場の指揮を執る皇太子からトップダウンの命令が女帝に割り込まれ、指揮系統が混乱した状態では、前世で英雄とまで称されたジークことアッティラも、思うように軍の指揮が取れず、戦場の騎士は混乱状態に陥る。


 そして、彼の母であり教皇マリアは、自身の息子である皇太子に、不安感を覚え始めていた。


 プライドが高く、天才とまで称されるも、どこか幼さが残った溺愛する我が子の瞳が、女神フレイアが討伐された戦から、瀕死の重症を負い帰還した時、別人のように変化してしまったのを目の当たりにしたためである。


 愛してやまなかった息子のエメラルドのような瞳は、酷薄で陰鬱な色を放ち、自身の娘である皇女達を見下すばかりか、母であり教皇でもある自分をも下に見たような、冷酷な瞳に変貌していたのだ。


「英雄ジークのようになれと、わらわが枕元で言っていた我が子が……別のナニカに変貌してるような……我が愛しのフレドリッヒ……」


 マリアは独り言ち、自身の配下でもありジーク教司祭のトレンドゥーラに、バブイールからの撤退命令を下す。


「殿下、申し訳ございませぬ。猊下より撤退せよとの命令が」


 ワイングラス片手に、老齢の魔女トレンドゥーラの報告を聞いたフレドリッヒことジークは、鼻で笑う。


「よい、貴様らの調査で我が取るべき戦略が見えたわ。貴様らは優秀な魔導師である、次の戦地に行くまでに体をゆっくり休めておくが良い」


「ははー、我ら黒魔導師一同、ありがたき幸せ」


 通信が切れると、ジークはワイングラスを傾けて、ちびりと口をつける。


 彼の、前世の英雄ジーク時代……いや、彼の魂が象られて、地球で生まれた草原の覇者にして、恐怖の大王アッティラ時代に、丼一杯の馬乳酒を堪能していた時代から彼はこうしていた。


 酒を飲むのではなく、アルコールの臭いと味を堪能しながら、敵を殲滅して蹂躙する戦略や、陰謀を用いる時に思考を巡らせる癖である。


「ふん、内憂外患とはこの事か。あのマリアという女、暗君だな。我が血を引いた子孫であるのも疑わしいものだ」


 ジークが呟くと、魂の奥底で親を馬鹿にされた子供の怒りが湧いた気がするが、ジークはこれを無視し、思考を巡らせる。


 女傑と呼ばれた教皇マリアは、平時の国家運営であれば、彼女が皇女時代の若き頃に関係を持ち、彼女に心酔する貴族達を采配し、健忘術数に長けた優秀な君主であった。


 しかし、この戦時下において戦争の素人である彼女の指示命令が悉く空回り、もはや戦場を混乱させるだけの傲慢な女と、ジークに評価され、彼女の謀殺もジークは視野に入れていた。


「それに比べて、黒魔導師の女共、存外騎士よりも役に立つかもしれん。此度の我が覇道の戦略に、あの女達が集めた情報が大いに役立ってくれた」


 ジークは、壁に立て掛けた地図を見やり、自身が駐屯地にしたブルガリーから、黒魔導師に偵察させたバブイールの王都、イースタンの状況と、敵部隊の配置状況を頭に描く。


「我が時代であれば、奴らはリーサなる難攻不落の山岳地帯に王都があったな。しかし俺の死後、東西の交易路として王都をここにしたのだろうが、戦時下においては悪手。バブイールが焦土戦を取ったのは、ハーン対策であろうが、このブルガリーを支配出来なかったのが、奴ら最大の失策」


 皇太子時代のアヴドゥルこと、鄭芝龍(チャンチーロン)が一度は奪取したこのブルガリーこそ、勝利の決め手であるとジークはほくそ笑む。


 何が起きたかは知らないが、この地政学的に優位に立てる要所を占領せずに、撤退したバブイールを馬鹿めとジークは笑い、ワイングラスを傾ける。


 ブルガリーの田舎町は、要塞のような城塞都市と化し、物資が次々と運び込まれ、無能であると見抜いた領主を、最前線へと送り込み、敵主力部隊のイェニチリー戦士団の士気とおおよその数と戦闘力を把握する。


「しかしながら敵の王である、ハキームめはなかなかに良い布陣を敷いておるな。情報によるとボララス海峡の大橋を次々と落とし、おおよそにして20万の兵力を、王都近くに布陣を引く事で兵站を容易にしたか。なるほど、並の将であるならば、海峡を渡った瞬間、包囲殲滅されるだろう」


 ジークはバブイールとハーンの戦線を、筆で印をつけた。


「黒魔道士共が観測した、アナリトリア中央のアンキュリアで、ハーン共が苦戦中。100万を超えし兵力が侵攻に手こずるとはな。おそらくマリークと呼ばれる内戦を起こした彼の国の精鋭共だな。ふむ、ハキームと和睦したか? 内戦を短期間で収めるとは、やはりハキームという王、なかなかに手強いか。相手が俺でなければな」


 ジークは、自身をして手強いと評価したハキーム王さえ取り除けば、バブイールとの戦争勝利は容易いと決断する。


「問題は謎の仮面の男。奴の出現地点は、我が騎士団分遣隊も倒された最前線、イースター西部シリヴィ及び、バブイール南東部の戦線、ハーン共の大軍100万が滅ぼされたバクダディ。神出鬼没とはこの事であるか、想定される戦闘力はかなりのもの、厄介だな」


 戦嵐神セトの仕業である。


 ジークは、ワイングラスを傾けてちびりとワインを少量口に含む。


「此奴と戦う事態も想定して、余力を持って王都をまず少数精鋭の奇襲で落とすしかあるまい。フェルデナントを呼べ! 我が名を冠する最強の騎士団、ジークフリードの出陣である」


 バブイールの戦線で勝利する為、ジーク自らが出陣する。



 一方、バブイール元皇太子アヴドゥルこと龍は、広大なバブイール王国領アンキュリアを経て、バブイール王国よりも太古の昔に、周辺地域をかつて支配していたという、バブイール王国の衛星国にして、中東ナージア発足の地の一つ、メディアナ王国に向かう。


 今はハーンに占領されたメディアナ王国首都、砂漠のオアシスのような、緑あふれる山岳地帯に築かれた王都エクバーンを、月夜の闇に紛れ急襲する計画を立てたのだ。


 占領地を守るのは、皇帝アルスラム・ハーンの右腕にして若き司令官バトゥ・ハーンと、一騎当千の強者が集まり、100万もの軍勢に勝るとも言われる、ハーン最強の精鋭部隊、千人隊。


 このメディアナ王国は、女神フレイアが魂召喚で呼び出したオッタルこと、古の英雄にしてバブイール王国の祖カンビナス・カリーフの出生国でもあり、地政学的な要所である。


 北は原生林のヒルカーニャの森と世界最大の塩湖バザール海に面し、バザール海を挟んで北の果てにはキエーヴ王国の南端、マハーダエフと接する。


 東は、広大な草原地帯からモンゴリー及びチーノ大皇国から名を変えたウルハーン国境及び、ヒンダス辺境に通じる世界最高峰の山々が連ねるイマラヤ山脈郡に属する、インドクシャナ山地。


 南にはメディアナ湾と、ヒンダスに繋がる海峡を、少数民族アブラ人が支配するアブラビ湾が広がる。


 中央は広大な砂漠地帯と草原地帯が交互に広がるステップ気候の高山地域。


 この地域を龍が抑えたならば、キエーヴ王国及びウルハーンに打撃を与えられる、絶好の攻撃ポジション。


 そして、かつては東西の交易路として、絹と貴金属と硝子の道と呼ばれた街道は、虐殺を受けた老若男女の首が魔法で防腐処理されて捨て置かれ、頭部に魔法の蝋燭が立てられた無惨な光景が広がる。


 その首印はおおよそ一千万。


 ハーンが虐殺したおおよその人数の5分の1、ヒンダスとジッポンを除く東ナージア周辺諸国がハーンの虐殺の憂いにあったのだ。


 それはまるで、長年恨みを抱いたヒト種の抹殺を企てる、ルーシーランドの怨念をハーン達が示したようにも思える惨憺たる光景。


 歴戦のマリーク戦士団も、この光景に嘔吐するもの、祈るもの、怒りの涙を浮かべるもの達の情念が渦を巻き、龍は、この非道に静かに怒りを溜めて、前世と同様の信仰心に基づき八幡神に祈りを捧げる。


 生首の中には、幼児や乳飲児の首も捨て置かれ、龍の体に激情と同時に凍てつく海流のように熱を覚ます波動がじわりと彼の脳内に流れた。


「……許せん。戦いに敗れた男ならまだしも……女子供を。貴様らは俺を怒らせた……」


「是,老船首」


 彼の駱駝の毛色にも似た黒みがかった赤褐色の瞳に、龍の如く怒りの炎の色が灯る。


 マリーク戦士団は、龍が魔力で作り出した、砂漠の海を自由に高速移動する小型の戦闘艇に分隊ごとに乗船し、古都エクバーンを包囲して襲撃の機を窺う。


飛虹(フェイフォン)老船首、前世を思い出しますな。倭寇とよばれし我ら一菅党、夜襲を最も得意としておりました」


「うむ、ザイード……いや琅よ。この砂漠の海も我らが支配した東亜の海も似たようなものだ。そして奴らは、ハーンは女子供にも手をかけ、民を虐げる廢物(クズ)。思い知らさねばな……我らが力を!」


 龍は、ハーンの装備構成から魔力を宿した弩の弓兵と、魔力改造を受けた馬を用いた騎兵の機動力と圧倒的な兵力と物量で攻めてくる、ハーン人の指揮官と大多数のチーノ人の軍団である事を看破していた。


 だからこその奇襲攻撃。


 闇夜に紛れ、放火と砲撃の後にゲリラ戦術で相手を撹乱し、指揮官を見つけ捕縛して人質にしてから、降伏か撤退かを迫る、海賊の戦い方である。


 そして彼らを高空より援護するのは、この世界の技術力を遥かに凌ぐ、銀河連邦政府軍の宇宙機動艦隊。


 龍の水晶玉に、市街地の構造と地形、おおよその敵勢力の情報が送られてくる。


 砂嵐が吹き荒れ、住民の大半が殺されて街道を整備する者もいなくなり、砂塵まみれになって極めて視界が悪い市街地戦闘だが、龍は前を見据えてにやりと笑う。


「ふふ、大海原を航行する艦艇も、大宇宙を航行する艦艇も、基本は同じものだな。砲撃で敵戦力を無効化し、船団員を送り込んだ後、白兵戦で敵将を捕縛、もしくは討ち取る。奴らハーンのこの街の戦力は千人の隊で構成されるか」


 龍は、頭に反物をバンダナのように巻き、抜いた太刀を空に掲げると、龍の船から魔法の大砲が次々と具現化してハーン陣地に撃ち込んだ。


 戦闘開始の合図である。


 同時に、上空の宇宙艦隊から光の雨が降り注ぎ、ハーンの陣地にピンポイント爆撃が行われる。


跑步走(突撃だ)! 海盗你們(海賊野郎共)!」


 龍の号令と共に、一斉にマリーク戦士団が市街地に突入して、ハーン人とチーノ人の混成部隊を斬り伏せていく。


 突然の襲撃にハーン達は戸惑いながら応戦するも、弓兵が弩を構える間もなく倒され、咄嗟の攻撃なため馬に乗る暇もなく、騎兵の機動力も活かせずに、次々と目を矢で狙われるなど視力を奪われ、手足を切断され、悲鳴と爆音と喧騒が轟く戦場にパニック状態になる。


「命を取る必要はない! 逃げる兵は深追いするな! 略奪と虐殺を勝ち戦と思ってる白痴共に、恐怖を植え付け撤退させよ! 負傷兵が多ければ多いほど、行軍が難しくなるのは古今東西共通する! 奴らに我らが恐怖が伝播し、厭戦が蔓延る無能の集団へと変えてやるのだ」


 龍のとった戦法は、敵兵の殺害が目的ではないが、敵を無力化させ負傷兵を大量に意図的に生じさせるこの戦法は、より残酷でタチの悪い戦法。


 兵は生きている以上、食事を取らねばならず兵站は消費されるが、これは五体満足な兵士でも負傷兵も同じこと。


 本国から離れた地で負傷兵が多くなれば、厭戦気分が漂い始め、負傷した当事者以外にも、部下や上官が目や腕や足を奪われた光景を目の当たりにした兵達の間で、PTSD、心的外傷性ストレス症候群が生じ始める。


 また焦土戦術が取られ、本国から遠く離れた戦場では、兵站の消費が激しくなり、軍はこれを打破するために無茶な作戦や、戦地の略奪行為に及び、統制が取れなくなる可能性があるのだ。


 将官クラスが負傷した場合、その輸送や治療に労力が割かれ、戦場で満足に治療を受けられない兵の間で衛生問題も発生し、疫病も蔓延し始める。


 結果負傷兵や落伍者は、自害せよなど命令が下ると、これが更なる厭戦気分を生み、軍の士気にも影響し、本国への不満も噴出してくるのだ。


 すなわち、兵士を殺さない事がかえって敵の兵站に負担がかかるのと同時に、士気が挫ける。


 古今東西、傷痍兵の扱いは治療や戦線から離脱させるのに、相当な労力がかかり、前世で海賊として戦い、海軍将軍としての経験も持つ鄭芝龍の魂を甦らせたアブドゥルこと龍は、それがどれほど船団員や軍に、悲惨な結果をもたらすのかも十分熟知していた。


 すると、敵のテントから背丈が2メートルを超え、斬馬刀の如き巨大な青龍偃月刀を持ち、銅の仮面を被った鎧姿の大男、元チーノ大皇国の古兵、夏青(かせい)が現れた。


「奇襲とは卑怯なり蛮族の軍よ! 指揮官がおるならば一騎討ちに応じよ!」


 龍は二刀を宮本武蔵直伝、二天一流の構えで、彼と対峙した。


 圧倒的な魔力の奔流と、溢れ出てくる気迫と圧力に、夏はこの地を急襲してきた敵の指揮官であると察して、青龍偃月刀を上段に構える。


「うむ、一騎討ちに応じる潔さ褒めてやろう! 我こそは大幻ウルハーン千人隊所属! 元チーノ大皇国兵部尚書が一人、夏青である! 二刀の戦士よ! かかってくるが良い!」


 龍は、そこそこ自分と戦えそうな強者を見て笑みをうっすら浮かべ、一足飛びで踏み込み、夏の振り下ろす青龍偃月刀を、左手の短刀のみで受け止めた。


「ぬう!? 左手一本で受けているのに、なんたる膂力」


 夏が間合いを離そうとした刹那、青龍偃月刀が地面に落ち、いつの間にか夏の右手首の腱が斬られており、激痛が生じた夏は、龍との間合いを一気に離す。


「!? ならばこれはどうだ!」


 夏は落とした青龍偃月刀に風の魔法を纏わせ、宙に浮いた刀に飛び乗り、スケートボード選手のように空中を自由自在に飛び回る。


「ふはははは、いかに剣の達人であっても、宙に浮いた我が機動力の前に平伏し……」


 龍はため息を付いたあと、右手の太刀を天に掲げた瞬間、雷雲が発生する。


迅雷(ラエド)


 稲光が瞬くと、雷の電流で気絶した夏が地面に落ちた。


「なるほど、チーノ大皇国は宗朝末期や大明帝国末期のように、見せかけだけの戦術で実践経験乏しく、平和にかまけて軍事訓練を疎かにしてたようだ。問題は……」


 風切り音がした方向へ龍は素早く向き、飛んでくる矢の攻撃を、次々と二天一流で撃ち落とす。


「問題はハーンだ! 奴らは旧チーノ大皇国軍人と違って、手強いっ!」


 嵐のような突風が吹き、龍の体が舞い上がると、撃ち落とした筈の弓が突風で巻き上がり、次々と龍の体に突き刺さる。


 矢に刺さった瞬間、龍は痺れを一瞬覚えた。


「毒か……」


「はっはっは、なかなかやるようだが、我らには勝てぬぞ」


 膝と刀を地面についた龍に、砂の中から毛皮に身を包んだ男達が姿を現す。


 今の砲撃も空爆も、砂の大地に潜り込むことでやり過ごしたのだと龍は理解した。


 ハーン人は耳がやや尖り、薄い髭を伸ばした黒髪で色白、背はやや低いが筋肉質の者が多く、容姿は大多数のチーノ人と同様、目が細い一重瞼で、鼻はナーロッパ人よりも低い。


 この弩を手にした民族集団は、おそらくは北方の騎馬民族とエルフと呼ばれる亜人が、互いに手を結び合い、交雑して生まれたのがハーン人であると龍は確信する。


 そして、これでもかとジャラジャラ貴金属やマジックアイテムを装備した、長身で耳の尖った痩せた隊長格の男が右手を挙げる合図をすると、ハーンの戦士達が龍を取り囲む。


「貴様、なかなかに強き男。そこの役立たずと違ってな」


 弩を構えたハーンの集団が、失神した夏に毒矢を次々と射ると、体が跳ね上がるくらいの痙攣を夏が起こした。


「貴様……部下を……」


「フン、こんな弱いチーノ人など代わりがいくらでもおるわ。我はモンゴリー西方侵攻軍司令にして千人隊長バトゥ・ハーン。戦神オーディンが望む戦場と殺戮が、蒼き狼アムスランと我らが望むもの。名もなき指揮者よ、貴様も死ぬのだ」


 弩を一斉に構えたハーンの集団に、音と姿を魔力で消してマリーク戦士団も取り囲むが、龍は左手でマリーク達を制する。


「なるほど、此度の虐殺を貴様が?」


「そうだ。こんな耳短く力が弱いヒトの集団など、生きてても食糧をただ食べ尽くすだけの蝗共よ。だからこの地が砂漠と化しているのだ」


 龍は怒りを押し殺しながら、バトゥより情報を引き出そうとしていた。


「なるほど、貴様らモンゴリーの正体は、ジューの一族ということか?」


「ジュー? 貴様、なんだそれは? この世に存在していいのは、我らがモンゴリーと同胞にしてオーディンの信徒キエーブのみ。それ以外は、首を落として死ぬべきだ」


――なるほど、こいつらはジューとは無縁。だが、東方ルーシーランド王家のキエーヴ王国とは盟を結んだオーディンを信仰する同族という事か。


 龍は思いながら、必要な情報を引き出したと思考をすぐさま戦闘状態に切り替え、体内の魔力回路を発動させて、バトゥ達に気付かせることなく、静かに魔力を蓄えていく。


 バトゥは宝剣を鞘から抜き、膝をついた龍の首に刀を向けると、龍は凍てつくような水の圧力のような気迫が籠った目でバトゥを睨みつけた。


「気に入らぬな、もうすぐ首を落とされて死ぬくせにその目は。我らに犯されたあと絶望しながら、子供の首を斬られて、我らが後を追わせる女共のように、絶望して絶叫し、怯えてはどうか? クックック、ハーッハッ八!」


 弱者を虐げ嘲笑うバトゥに、龍の怒りが極限まで達し、彼は全魔力を解放し、その瞳は茶から怒りの赤みを帯びる。


賤貨(ゲス)!」


 魔力を充分に蓄えた龍は怒りの形相に変わり、地面に刺した刀に炎の魔力を伝わらせ、砂地を真っ赤に燃え上がらせていく。


「な!? 貴様毒で体が動けぬ筈では!?」


「五輪……火の太刀!」


 すると地面に潜ったハーン達が火だるまになって地面から飛び出し、バトゥが宝剣を手に龍の首を斬り落とそうとした瞬間、流れるような太刀筋で、龍は刀で跳ね上げるようにバトゥの右手を斬り落とす。


「毒はな……効かんのだ!」


 あらゆる猛毒を浴び、暗殺されそうになった龍の体は、もはや毒がほとんど効かない体になっていた。


 龍は左手の短刀で斬撃を繰り出すと、バトゥの萎びた陰茎がポロリと落ちて、股間から血が溢れ出す。


「ああああああああ私のおおおおお」


 局部を斬られ絶叫するバトゥを守るため、弩を構えたハーンの集団を、琅とマリークの部隊が斬り伏せて戦闘不能にし、憤怒の表情の龍は、右の太刀で横一線の炎を纏う斬撃を繰り出すと、バトゥの両目が焼き切られ、視界を奪った。


「あっあっああああああああああああああああああああああああ」


 かえす刀でバトゥの左手を、龍は右の斬撃で焼斬り飛ばす。


その斬撃は炎で焼きながら、回復阻害の毒も塗っていることで、最上級回復術師でも匙を投げる、伝説にある怒れる龍の爪のような一撃で、残りの一生を苦痛のまま過ごすこととなる。


「それが貴様が最後に見た光景だクズめ。もはや貴様は一生女を見て欲情する事も無く、女を抱けぬ体となるがいい」


 そして、龍たちの強さに戦意喪失したハーン達に、絶望して泣きじゃくるバトゥの背中を思いっきり蹴飛ばして、身柄を引き渡した。


「去れ! 俺の気が変らぬうちに! さもなければ殺す!!」


 両手と両目を失ったバトゥ達ハーンに言い放つと、毒によって絶命しようとしている仮面の大男、夏青の前に立つ。


治療(テラピィ)


 龍は八幡神に祈りを捧げると夏青の体を回復させ、治療に邪魔だと思った夏青の銅の仮面を取ると、彼の顔面は重度の火傷のケロイド跡と、鼻を削がれ唇を切り取られた無惨な顔面であった。


「敵将よ……見ないでくれ。男としてこのまま俺を死なせてほしい」


 死を乞う夏に、龍はさらに神霊の魔力を高めて、夏青の細胞を活性化させ、欠損した部分を形作る。


「男が簡単に死ぬというな。女子供を守る為、死すべき時に死すのが男。お前はまだ死すべき時ではない」


 ハーンに一族を殺され、顔を焼かれて忠誠を誓わされた夏は、生き恥を晒すくらいならば戦って死ぬ事だけを思って生きてきた。


 それだけを夢見て、西方の戦場に赴いたが、目の前の男は死ぬなと諭す。


 顔面を治癒されている事を感じた夏は、男としての誇りを取り戻していき、目の前の男を見て目に涙をにじませる。


「……名を、あなた様の名を聞かせて欲しい」


「かつてアヴドゥル・ビン・カリーフと呼ばれたが、その名は捨てた。今の私は一匹の龍」


 新しく顔面を形成され直した夏の顔は、生来の力強く雄々しい鷲鼻と、情熱的でやや厚い唇を型取り、見るものが勇壮さを感じる元の顔に戻っていく。


「うむ、貴公。元の顔より男振りが上がったのではないかな?」


 治療が終わり龍が肩をすくめて戯けると、マリーク戦士団が夏青を見て笑い、かつてチーノ大皇国兵部尚書、将軍だった夏は、ハーンではなく目の前の男に生涯忠誠を尽くす事を決意した。


「私はハーンの手からチーノ大皇国を復権させようと考えてるがどうか? 我らが船団員にならぬか?」


 夏青は両手を合唱させて一礼すると、龍に忠誠を誓う。


「喜んであなたのために力を尽くしましょう! 命のかぎり!」


 前世の自分は、かつて敵対した明軍や南蛮船や敵の海賊に声を掛けて、自身に恭順するものは船団員に取り入れてきたのを龍は思い出す。


 海の仁義を弁えぬ輩は、大海原に小舟だけ浮かべて放置か、無人島に置き去りにした事も。


 こうして奇襲攻撃に成功した龍は、要所であるメディアナ王国奪還を成功させ、捕縛したハーンを砂の海に放り出し、本国に帰るよう追放した。


 そして懐から通信用水晶玉を取り出し、この世で最も信頼する男に通信を繋ぐ。


「我が友ジョン・デリンジャーよ。旧チーノ大皇国及びキエーヴ国境の地、メディアナ王国をハーンから奪取した。これでルーシーランドに攻め込む事が容易になったぞ」

続きます

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ