表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第四章 戦乙女は楽に勝利したい
146/311

第142話 伝染する悪意

 フレイことユングウィが証言した男について、先生は水晶玉の通信で勇者の会合を開く。


「俺だ。おめえらを呼び出したのは他でもねえ、やべえ奴がこの世界にいる。エムって野郎だ」


 通信先に出たロバートさんが葉巻を咳き込み、ジッポンにいるイワネツさんが思いっきり舌打ちする。


「待ってくれ兄弟(フラテッロ)、エムと言ったか!? あのエムがこの世界にいるのは間違い無いのか?」


「チッ、おいシミズ? エム……だと? エムってあのエムだろ? そいつが敵にいるのか? お前、それやべえだろ」


 あのエムってなに?


 アルファベットでMってこと?


 先生は、東の大陸の北側を手中に収めたことと、精霊テスカポリトカとの戦い、そしてフレイから得た情報もすべて、ロバートさんとイワネツさんに報告する。


 けどエムって人物の話になると、ヤクザな先生やマフィアなロバートさんに、おそロシアなイワネツさんが、すごい緊迫した感じで通信してるけど、なんなのエムって。


「おうマリー、エムってのは正体不明の世界的な闇のブローカー、言うなら世界中の違法なもんを扱う仲介人さ。個人でやってるのか組織でやってるのかもわからねえし、人種も、年齢も、性別すらも一切謎に包まれてる。奴が台頭してきたのが90年代初頭で、扱ってる商品は、麻薬(ヤク)、人間、不動産、兵器、盗品、臓器ビジネス、殺しの請負も、傭兵派遣の仲立ちなんかもやってる、なんでも屋だ」


 うわぁ……闇のブローカーて言うパワーワード来ちゃったよ。


「俺は奴とカチあった事がある。90年代のバブル景気末期、俺達ヤクザ者の間で不動産の地上げが流行ってよ。俺は当時ハワイのホテル産業に目を付けて、東京の組織連中なんかが絡んでた不動産屋と、ホノルルとかの地上げしたのさ。そしたら、地元のサモア人とかギャングな連中と揉めて、金で片付けようとしたら野郎らヤクザなめやがったから、仁義なき抗争よ」


「……その抗争なら知ってる。お前が裏で手を引いてたのか兄弟(フラテッロ)? ハワイのアレは無茶苦茶だったぞ。日本ヤクザの本格的な米国進出に、チャイナ共も震え上がってたしな」


 マフィアなロバートさんが無茶苦茶って言うくらいだから、ハワイでよっぽどやばい抗争とかしでかしたのか……転生前の先生。


「まあ俺の組織も、でけえ内部抗争が終わって、そういう余裕が出来たってのもあったけどな。で、ハワイの土地を地上げしてたら、ある土地買収で出張ってきたのがエムだった」


 先生の話に、イワネツさんもロバートさんもドン引きする。


「シミズお前、頭おかしいんじゃねえか? エムのシノギの邪魔するとかよく生きてたな。奴の影響力は俺と同等か、それ以上だ。例えば南米のカルテル残党やコロンビアの組織とか、あの辺のゲリラ連中とか、奴が全部買収したくれえ金と力があるんだぞ?」


「兄弟、エムとも抗争したのか? あのエムと……ま、まあ東アジアではエムの知名度は低かったからかもしれんが……奴は世界の裏のビジネスに携わっているブローカーで、敵対した者のほとんどは殺されてる」


 イワネツさんやロバートさんがここまで言うなんて、普通じゃなさそうだ。


「ああ、ご丁寧に日本にある俺の一家にもワープロで、脅迫文を送りつけてきやがったんだ。そこの土地売買は自分がブローカーやってるから、去らないと殺すって雑な日本語で、アルファベットでMの字がでかでかとプリントされてた」


 なるほど、先生がバブル景気と言われた時代に海外進出果たした時、立ちふさがったのがその、エムと言う人物か。


「結果から言うぞ? エムが絡んだ土地買収は、最終的に政府から圧力かかって、俺も割に合わねえって損切りで手を引かざるを得なかった。送り込んだ若衆がマシンガンでぶっ殺されるだけならまだしも、せっかくおっ建てた別のホテルをギャングらに滅茶苦茶されるは、フロントにしてた不動産屋の現地社長がバラバラにされて殺されるわ、散々な目に遭ったよ」


 先生が、負けた……いや違う。


 手を引かざるを得なかった状況にされたって事か。


「面倒くさくなって手打ちしようにも、エムってのと連絡とれねえしよ。ホノルル警察もFBIのおまわり共も、買収されてたっぽくて動かねえし。極めつけは、ホノルルの日本領事館の家族が誘拐されたんだ。そして日本領事館宛に、買収やめねえと日本人観光客もこういう目に遭うぞって脅迫状と職員家族の目玉だ」


 エムとかいう奴の報復の仕方がえぐい。


「そしたら、ヤクザの俺が今まで顔も合わせたこともねえような、政府と直でつながってる警察庁ってサツの親玉の、外事だとか公安ってエリートのサツ野郎らが俺のところ来て、頭下げに来たのさ」


 公安ってアニメで聞いたことあるけど、確か日本のスパイ警察みたいな部署だっけ?


 よくわかんないけど、響きがカッコいいなあってくらいしか知らないけど。


「公安のサツ野郎らが、そのエムがどれだけヤバいかってのを俺に吹き込んだのさ。このままじゃ、日本国民に犠牲者が出るから、悪いけど引いてくれってよ。俺もカタギに被害出るのもうまくねえし、サツがそこまで頭下げるならって引いた」


 なにそれ、なんなのその意味不明な展開。


 まるで、転生前のお父さんが全巻揃えてたゴ●ゴ13みたい。


「その後そこは、現地のハワイ系政治家が音頭取って日系移民とハワイ原住民の友情の証で、昔のハワイの王様の銅像がおっ立ってる。皮肉な話さ、どこがエムを利用したかモロわかりよ」


 ああ、多分それはハワイの人達みんなが関わってた事業で、日本の不動産屋やヤクザが来ちゃったから、エムという人が間に入ったんだろう。


 日系人も関わってるから、多分だけど日本政府も動いてたんだきっと。


「奴は今まで、自分の正体を掴ませた事はない。ハワイの件は、金になるからエムは出張ってきたのかもな。奴は中南米出身だろうという情報以外は、我々マフィアでも合衆国政府ですら奴の正体を追えなかった。候補に挙がった人物は何人かいるが、エムの正体を追った奴らは皆殺された。まさしく正体不明の怪物だ」


 すると、先生やロバートさんにイワネツさんが鼻で笑う。


「ふん、野郎と俺は直接電話口で何度か話した事がある」


 先生とロバートさんは、目を剝いてイワネツさんを見る。


「おい、それ本人かよ?」

「合衆国政府でも正体を探れない奴とお前が?」


「ああ、俺のヘロインやコカインのビジネスに不可欠だったからな。きっかけはロバート、お前の計らいで、拠点をモスクワからニューヨークに移した時だ。俺の噂を嗅ぎつけたのか、奴から接触してきたのさ。ソ連時代の静止衛星を使った衛星電話でだ。衛星電話ってのは、専用回線繋いで暗号化しちまえば盗聴されねえからよ。盗賊の掟、秘密をかわす時は暗号化せよだ」


 衛星電話って、確か災害時にすぐ通話出来るようにって言われる電話機だっけ?


 それを悪用して、闇のビジネス目的で、イワネツさん使ってたのか。


「1990年代時点での話だが、奴は若造の男だった。流ちょうな西海岸訛りの英語だったから、アメリカ出身かもな。スパニッシュも話せたぜ」


 どうやら、イワネツさん曰く、アメリカ人かもしれないという事らしい。


「やつから直接聞いたが、やつが使ってるMの由来は5つある。ネットのハンドルネームのようなもので、本名じゃねえのよ」


「やつがエムという理由まで、イワンコフ……君は引き出したのか? すごいな、合衆国政府や我々マフィオーソも知らない秘密を」


 ロバートさんめっちゃ驚いてる。


 ていうか、どうしてイワネツさんにエムの由来を教えたんだろう?


「奴は言っていた、俺は(Me)狂った(MAD)殺人者(Murder)母親(Mother)メキシコ(mexico)だと。奴のルーツにメキシコがあるのは間違いねえだろう。奴がメキシコの裏を仕切ってて、声の感じから、当時30前の若造だったか? どれだけこいつ金とコネ持ってるんだって不気味な野郎だったな」


 何それ、そんなヤバい人なの? 


 一国の裏社会を支配してて、イワネツさんからしてやばいって言われるくらい、フレイが魂の禁呪法を使ってこの世界に呼び出した男って。


「奴は怒っていた、アメリキーとその社会にな。自分達が苦しんだのはアメリカのせいで、自分たちメキシコが大陸の先住民なのに、なぜ白人共がでかい顔をしてるのだと。本当か嘘かは知らんが、俺は精霊と契約したのだとも言っていた。麻薬(ヤク)のやりすぎで、こいつボケてんじゃねえのかと思ったが、シミズの話では、その精霊とやらがテスカポリトカって野郎だろう。悪意の塊のような野郎だった」


 メキシコの犯罪者、なのだろうか?


 確かに前の世界のネットで、私も興味本位で試したことあるけど、グロ画像メキシコってググると、吐き気を催すような信じがたいネット動画が流れて……おぇっぷ、思いだしたくない。


「メキシコ系か……合衆国内におけるラティーノともチカーノとも呼ばれる彼らの組織は、合衆国内の刑務所内にいる複数のボスたちが、合議制の元で組織化し、シャバのストリートギャング共を使いパシリにしてる」


「ほう? ロシアの盗賊(ヴォール)と成り立ちは同じって事か。なるほど、推測だが奴はアメリキーの裏と、本国のメキシコのカルテル両方に顔が効くような出自かもしれんな」


「ああ、そうかもしれん。彼らは独自の仁義と戒律を持っていて、西海岸、シカゴ、テキサスの派閥に分かれて勢力を築いていたな。我々東海岸サイドが西海岸やメキシコ国境でビジネスしたり、刑務所にいるイタリアの同胞とやり取りする時、よく彼らを仲介で使った」


 アメリカの一大ギャング組織が、どうやらメキシコ系のギャングだそうだ。


 ギャングって言うとよくB系なんて言われる、一昔前のヒップホップのイメージくらいしか転生前の私の頭の中にはなかったが、デリンジャーもそうだったように、米国でギャングと言ったら、日本で言う指定暴力団のような扱いらしい。


「彼らは義理堅くて、秘密も順守できる信頼がおけた連中だった。彼らは我々と同じカトリックでもあり、我々コーサノストラとは禁酒法時代から友好的な付き合いがある。我らが祖父世代とともに密造酒を売り捌いてたからな。であるならば、我々マフィオーソに本名が知れ渡ってないのは、なおさらおかしいぞ?」


「けっ、まるで幽霊みてえな野郎だな。そいつがメキシコってのもブラフなんじゃねえか?」


 先生達ですら正体を良くわかってないって不気味すぎるんだけど。


 わかってるのは、1990年代に若者で西海岸生まれの元メキシコ系アメリカ人って事なのかしら? 


 けど、それさえも不確定で、イワネツさんにも嘘の情報を言った可能性がある。


 そういえばテスカポリトカやフレイは、彼が人生を終えたような事を言ってた気がするし。


 あ、じゃあ。


「でも死んでるって事は、冥界の地獄とかに記録があるんじゃ?」


 私は女神ヤミーをちらりと見るが、首を横に振る。


「Mという男の記録は、冥界にも天界の死者の書にも記録がないのじゃ。考えられるとすれば、死の間際に魂召喚の禁呪法で冥界を経由せず、この世界の誰かに魂が乗り移ったかしか、考えられんわい」


 天界も冥界もMって男がわからないって、不気味すぎる。


「マリー、普通はよ、裏社会ってのは顔で飯食ってるんだ。俺も、ロバートの兄弟も、イワネツの野蛮野郎もそうだが、顔が利いて、名前が通ってなんぼなのよ。まあ政治家みてえなもんだね、名前と組織が看板になる。だが、エムって野郎は文字通り顔も本名も組織を持ってるのかも、何もかもがわからねえときてる」


「誰が野蛮野郎だお前、ぶっ殺すぞ。それで、やつは本名も素性も明かさず、興味本位で聞いたMの意味しか明かさなかった。実は、俺がアメリキーのFBIとかいう民警(サツ)からパクられたのも、エム絡みだ」


 イワネツさんが、アメリカで10年服役してたのもエムって奴が関係してる?


 どんなことが起きたんだろう……ちょっと聞くの怖い気がするけど。


「あの、イワネツさん。エム絡みってどんなことでFBIに」


「おう、俺とエムは麻薬ビジネスと盗品の密輸で組んでた。エムはロシア製の武器を欲しがってて、俺は奴のコカインが欲しかった。ロバート、お前んとのビジネスで絡んでた件でもあったんだぜ? トルコの山賊連中はお前も知ってるだろう?」


 トルコ? いきなりトルコに話が飛んだんだけど何でトルコ?


「うむ、確かウルクオカラクリの奴らか? トルコ語で灰色の狼と名乗る連中で、アゼルバイジャンやEUの麻薬、人身売買、武器密輸ルートを仕切ってる民族主義的な秘密結社だったな。EU各地にメンバーが多い。私もEU絡みの美術品や資金洗浄と武器の密輸で使ってた。そこがどうしたんだ?」


「ああ、東側と西側のブツの交易地点で、俺とはソ連時代から交流の合った連中。だが、トルコ連中の顔役のイスメトっていただろ? その野郎が、俺やCIAなんかが対ソのアフガン戦争に関わってたアルカイダとかのイスラム原理主義にかぶれて、ブツの仲立ちの値上げとか問題になったじゃねえか。異教徒が我々を利用するならば、もっと金払えって俺とエムの邪魔になった」


 アルカイダとか出てきちゃったよ。


 スケールが大きすぎて、転生前女子高生だった私にとって、全然現実味がない話だ。


「あー、一時期問題になった例の件だったな。イスメトはアメリカに商談に来た時、自動車ごと爆破されて始末されたと聞いたが……やはり君が」


「えーと、アルカイダって中東のテロ組織ですよね? 同時多発テロを起こした」


「そうだ、私の縄張りのニューヨークに飛行機を突っ込んだファッキンテロリスト。しかし、あの事件には裏があってねマリー君。元々サウジの王族がイスラーム原理主義、ワッハーブだったからアルカイダを支援。サウジと同盟だった合衆国も、イラクのフセインを潰したくて仕方が無かったから、利用したのが一連の流れだった筈。話は戻るが、トルコの灰色狼は右派系極右だが、イスラム原理主義にもかぶれてたという話は、初耳だ」


 そうなんだ……私が生まれる前の話だけどそんな裏があったんだ。


 一方の先生は、ワールドワイドな話題の輪の中に入れず、貧乏ゆすりとかしながら聞いてて、やっぱりこの人って、なんていうか少し大人げない所がある。


「そのトルコ連中の原理主義化にも絡んでたのがエムだ。奴はアルカイダのイスラム過激派のブローカーもやってやがった。全てはアメリカ社会を貶めるための陰謀を、奴は俺のコネクションを利用して仕組んでたのさ。だが、トルコの連中のおつむにもヤキが回って、原理主義になっちまい、野郎のブローカー業で支障が出るなんざ思っても見なかっただろうよ」


「ああ、なるほど。それでイスメトが死んだ件につながるわけか。お前が殺したんじゃなかったのか?」


「いや、エムの依頼だ。俺はただ兵隊を用意しただけにすぎねえからな。やつは、悪意の塊のような野郎で、その狂気と言うか悪意が俺にも伝染して、俺も金や麻薬にしか興味が行かなくなった。知らず知らずにエムと言う野郎の掌で踊らされてるような……よ。女抱いてた俺の寝床にFBIが襲い掛かってきたのはそれから1か月後だ。国際刑事警察機構(インターポール)通じて、イスメトの一級殺人容疑って事で……擦り付けられてよ、まんまと奴に使われた」


 インターポールって……そんなのル●ン三世の銭形警部でしか聞いたことないよ。


 ともかく、話の流れ的に伝染する悪意のような男がエムと言う存在。


 悪意は、伝染するか。


「なるほどね、俺はそれに似たワルを叩き潰した事がある。確かに人間の悪意は……伝染する。まるで病原菌みてえによ、強烈な悪意だとかってのは人に乗り移るんだわ……仲間を求めてな。メフィストって名乗ってた大魔神ディアボロスの野郎や、呪術王、それにドラクロアなんかもそのたぐいだった。とにかくタチの悪いワルで、悪を成すための悪と言ったほうがいいな」


 私と先生の影響でかつての王子達、イワネツさんも含めて本来の人間性が呼び覚まされた善の連鎖ならば、エムと言う男はその真逆の負の連鎖のような人物。


 多分だけど、アレクセイ率いるジューと国際金融資本の補助をさせる目的や、南北アステカ大陸のメヒカと呼ばれる人々を率いらせるため、この世界で戦乱企てるテスカポリトカとオーディン側が選んだ、切り札的な男という事なのかな。


「FBIは、俺を足掛かりにしてエムの野郎を探ろうと、俺に司法取引を持ち掛けてきやがった。そんなもん知るかって黙秘だけどよ。裁判は計画性のある一級殺人か、それ以外かの二級殺人か無罪かが焦点になった。で、俺のイスメト邪魔くせえって言質が殺人に繋がったって事で、二級殺人で禁固10年よ。ロシアに強制送還された時、エムから連絡が来て、捜査官、裁判官、陪審員、弁護士に復讐したと連絡がきた。知るかアショール(クソボケ)って言って、奴とはそれっきりさ。最初から最後まで自分本位のクソ野郎だった」


「つまり、悪の中の悪と言う事か。1990年代後半から、メキシコの連中はどこかおかしかった。もともとメキシコ人は、気さくで家族想いで義理堅い。我々シチリアと似た気風だったが……凶暴性と露悪性がエムのせいで増幅されていたかもしれんな」


 伝染する悪意のエム。


 厄介な相手だけど、問題は、エムと南アステカ大陸をどうするか。


 北側の大陸は私と先生で救済したけど、その方向性も決まってない。


兄弟(フラテッロ)、エムがいるならば、その南アステカの大陸はかなりまずい状況だぞ」


「俺が言うのも何だが、エムは底が知れねえぞシミズ。どうする? 今から消しに行くのか? 多分テスカポリトカってゴミ野郎(ムラ―シ)がやられたことで、報復でお前を消す算段を付けてるだろうが」


 先生は、長考した後ニヤリと笑う。


「じゃあ封印かけちまえばいいじゃねえか、南のアステカ大陸ごとよお。こっちには俺やヤミーに、大精霊連中がテスカポリトカ対策で集まってるからどぎつい封印かけられるだろ。北のアステカ大陸は俺の縄張りだから防備を固めといて、あとは、準備が整ったら南アステカのテスカポリトカとエムを潰して、めでたく救済よ」


 あ、なるほど。


 この北アステカを私達の拠点の一つとして確保。


 南アステカは、邪神テスカポリトカ含む強力なモンスターとかエム達に、この世界を荒らさせないためにも、彼らを一時的に封印するという事ね。


「情報足りねえ中で、敵が手ぐすね引いて待ってる所に、わざわざ行くかってんだボケ。いつどこでどう戦うかは、俺が決めさせてもらうぜ」


 というわけで私達は北アステカ大陸に戻り、大精霊にして元老の一人ケツァルコアトルさん達に、南アステカ大陸封印の依頼する。


 メヒコと呼ばれたテスカポリトカが作った彼らは、ケツァルコアトルさん達精霊が、魔法で作った衣服を身につけてて、精霊達に忠誠を誓っている。


 元サタン王国のバリム達は、阿修羅王国やサタナキア軍から武装解除されていた。


「テスカポリトカは、精霊力が極めて高い、闇の精霊です。封印には我々精霊神と神の力が必要。我々が手と手を繋ぎ合わせ、封印の魔力を」


 ケツァルコアトルさん達が提唱した封印魔法のもと、人間形態になった精霊達が次々と、手を繋ぎ合わせて魔力を高めていく。


「よおし、あとは精霊さんと俺とヤミーやマリーが手を繋ぎ合わせて、めでたく封印だぜ」


 先生が私の手を握ろうとしたが、女神ヤミーがあいだに割って入った。


「仕方ない奴じゃのう、マサヨシめ。どれ、我が手を繋いでやろうかのう」


 彼女、顔めっちゃ赤らめてるけど、そうだったわ、彼女は先生のこと好きなんだった。


「あ? 俺は弟子のマリーと手を繋ぐから、おめえは水精霊のトラロックさんかケツァルコアトルさんの左手側に回ってマリーに……」


「なんじゃとおっ! 我と手を繋ぎ合わせたくないのかお主!」


 ……この女神、ワガママな女の子っぽくてちょっと面倒臭いし、先生めっちゃ舌打ちした。


「あ、じゃあ私がケツァルコアトルさんとヤミー様の手を握るんで、ヤミー様は先生の手を握って、先生はお隣の水の大精霊さんに」


「いや、おめえが水精霊トラロックさんの手を握って、俺の右手握れよ。で、俺がヤミーとケツァルコアトルさんの間に入るから」


 水精霊さんは、人間形態だとワニのような爬虫類顔で、すごい手がぬめってそう……。


 私は思い切って手を握ると、ぬちゃっとした感触して……こう思うのも失礼だけどちょっと気色悪い。


「人間の女の子? あたし保湿クリーム塗ったばっかでごめんね。乾燥すると、皮膚がすぐひび割れちゃうの。お肌弱くて」


「あ、いえ大丈夫です」


 なんだ保湿クリームか、精霊もそういうお肌のケアに気を使ってるのね。


 私は先生の手を握って魔力を高めた。


「悪しき者へ封印を! 大光封(リュズセリャド)


 みんなで輪になって、封印の魔力を高めていき、極大魔法を唱えた。


「よっしゃあ! これにてひとまず一件落着よ」


 すると、私からアースラの魂が分離する。


「この大陸は、阿修羅の縄張りだ。マハーバリ、キマリス、お前らであの人間どもと元サタン王国の奴らを面倒見てやれ」


「はい、お父様」

「御意」


 そして、ケツァルコアトルさんの姿を見たアースラは、めっちゃ怖がって私の体に戻る。


「おや? なんかムカつく悪魔の気配がしましたね? んー気のせいかなぁ?」


――っぶねえ。昔の大戦でいいケツしてるから揉ませろって、手を出してあいつに無茶苦茶攻撃されたんだよ。なんであのおっかねえ女がここに……。


 そんな、セクハラおやじみたいな事してやられたんだから、自業自得じゃないかなってドン引きした私は思いながら、北アステカの大地を見る。


 時刻は夕方で、美しい夕日がブラックハウス跡地を照らし出して、先生は感慨深く煙草を一服してる。


 その西日が差した方角は、摩天楼がそびえたつ魔族の都市じゃなく、コスモスが咲く広大な草原地帯で、川が流れてる。


 精霊に祝福された動物達が寝床に戻り、虫の音が聞こえてきて、蜻蛉の集団が空を舞ってて、大自然がひたすら広がってる美しい大地。


「おめえさんを連れてきて良かった。博徒な俺の勘は良くあたんだ。おめえがいなかったら、あのワルのテスカポリトカの絵図も、フレイが真っ当な心を取り戻す事もなかったろうぜ」


「はい」


 先生は煙を吐き出すと、タバコを右手でつまみ、真っ赤な美しい夕日を指す。


「見な、おめえさんが守って救った人々の大地だマリー。どうだい、いいもんだろう? ワルを倒して人を救うってのはよお」


 夕日が沈む大地と、心地よい風が私達に吹き、麦畑の穂先が揺れて……私は初めて、救済という二文字を実感した。


「はい、私もいつか先生のように、偉大な勇者の道を歩んでみたいです」


「へっ、花の蕾みてえなおめえがそれを成すには、もう少し勉強しなきゃな。さあ、戻るぜスカンザに。子分や兄弟達が待ってる」


 私達が空飛ぶ戦艦に戻ろうとした時、私と戦ったスーと呼ばれた女の子が、私の手を握って見つめてくる。


「ついてくる気だぜ? この子。どうすんだい? マリー」


 私は女の子の目を見てニコリと微笑んだ。


「行こう、あなたも! みんなで世界を救おう!」


 スーも私の笑みに微笑みで返す。


 こうして、強力な精霊魔法の使い手のメヒコの戦士、スーが私の仲間になってくれた。


 それが、ロキ、オーディン、テスカポリトカ、のちに現れるゼブルと名乗る性悪女に、あの最悪のエムの陰謀と、邪悪な思惑を狂わせるきっかけになるとは、その時は思ってもみなかったんだ。

次話で主人公の回想は終わります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ