第141話 悪魔のケジメと神のケジメ 後編
「マサヨシよ、兄様から与えられた時間は1時間じゃ。その間に此奴に」
「おう、あとは俺とマリーに任せろ」
普段は外部からの面会や、ましてや囚神の房に入れる事はないそうだが、先生は特別に閻魔大王から許可されて、房の中のフレイと面会する。
白い粗雑な着物を着たフレイは、簡素な石造りの椅子に腰掛けて、石造りの机を挟んで先生が座り、私は先生の後ろに立つ。
「勇者か……」
「おう、根性なしのユングウィちゃんよお。俺がきた理由、わかるよな?」
「その名で私を呼ぶな。全て黙秘すると天界の大天使にも言ったはずだ。あと私はフレイという神名が……」
フレイが言い終わる前に、先生は立ち上がると彼の髪の毛を掴んだと思ったら、おもいっきり顔面を石机に叩きつける。
「てめえ、天使の取調べと勘違いしてやがんのか? これは取調べでもなんでもねえ、拷問だ。口の利き方気をつけろクソボケ。てめえのようなワルに、神権やら人権もクソもねえんだからよお」
……これから行うのは、人権もクソもない、ヤクザ的な拷問らしい。
「でよお、テスカポリトカだっけ? あの野郎うたいやがったぞ? オーディンとてめえが陰謀企てて人間ぶっ殺す計画をよお」
「黙秘する」
先生は舌打ちしながら、側にあった石の椅子を両手で持ち上げて、思いっきり振りかぶってフレイの頭に悪役レスラーみたいに振り下ろす。
「〜〜〜〜〜!!」
けたたましい警報が鳴り響き、頭部から出血したフレイ、そして先生の騒ぎを聞きつけた地獄の鬼達が駆けつける。
「おう、すまねえな兄弟ら。こいつ、滑って転んで椅子の角に頭ぶつけやがったんだ。単なる事故だから心配すんな」
いやバレバレの嘘とかつくの良くないと思う。
先生の顔にも着物にも、めっちゃ返り血とかついてるし。
「いや、私はこいつに殴られて……」
「ああ、事故ならしょうがないな、同志マサヨシよ。あまり我々を煩わせないでくれ。警報装置も切っておくぞ」
「!?」
ちょ!? 事故扱いにされてる。
怖いんですけど。
先生、地獄の鬼達と癒着しまくってるんですけど……。
「てめえ、一丁前にチンコロしてんじゃねえ!」
あ、鬼達がいなくなって先生思いっきり、フレイの顔面にパンチとかした。
怖すぎる、同席してる私が怖いんだけどこれ。
事故とか装った殺人事件とか起きそうだし。
「たくよお、てめえのせいで仕事中の兄弟らに、いらぬ手間かけちまったよ。まあいいか、仮にてめえがこの場で魂が消滅しても、事故って事で処理されっかもな」
事故で済まされるんだ……。
改めて思うけど、この人、敵に対して滅茶苦茶怖い。
いつの間にかドスとか持って、切先をフレイに突きつけてるし。
「き、貴様は狂ってるのか? 俺は神だぞ。邪神に認定されたそうだが、まだ未決で、一応被告神……」
先生は、ドスを一振りしてフレイのエルフみたいに尖った右耳を切り落とす。
「ぐぅお……」
「てめえヤクザなめてんのかよ。そういや思い出したよ。てめえが作った元はハイエルフだった、ジューって奴らな。尖った耳の部分切り落とさねえと、あの世界の社会じゃ人間として生きられねえんだと。可哀想によお……そう仕向けたのがてめえだ。てめえ、自分が何してきたかわかってんのかよ? ユングウィちゃんよお、おうコラ?」
「……」
「わかるかって聞いてんだよ! なめんじゃねえぞ俺様をよお!!」
今度は左耳を切り落とした。
「ぐあああああああ」
無茶苦茶だこれ、徹底的にフレイの心を折る気でいるんだ先生。
両耳を手で抑えてるフレイの、白くて粗雑な着物の襟首を掴んだ先生は、立ち上がって石畳に思いっきりフレイを投げ飛ばした。
「貴様……私をこの場で殺す気か……」
「あん? これくれえで死なねえよ。俺も前世の若い時、よく担当のサツから留置所の運動の時間、柔道場連れてかれて、投げ飛ばされたりバックドロップとかくらったけど、そんなもんじゃ死なねえから」
何それ、おまわりさん怖っ!
ヤクザな人達って、捕まったら警察からそんな事されちゃうの!?
するとフレイが笑い出す。
「ククク、フフフ、ハッハッハッハ。まだお前は自分が人間気取りでいる気か? 人間も神も超えた逸脱者の化物め」
舌打ちした先生は、今度はフレイを掴むとマジでその場でバックドロップして、石造りの机ごとフレイを頭から叩き落とした。
「もうめんどくせえわ、おう外道コラ? 親分の沙汰が下る前に、ぶっ殺してやるから、東の果てにある大陸のメヒカって奴らの呪い解け」
「……」
沈黙するフレイに、今度は精神攻撃魔法を加えて、フレイの絶叫が房内に響く。
先生は、私にアゴで合図してくるが……。
えーと、私もこの凄惨な拷問に加われって事?
いや、違う。
多分……。
「記憶盗掘」
私は、アースラのスキルでフレイの記憶を盗み見た。
先生は冥界魔法で、相手の心を読み取ることができるが、精神防御した相手には通じない。
だから彼の心を拷問で折ろうとしたけど、やはりなかなかそれは難しくて、先生は私を通じて、フレイの記憶から呪いを解く手がかりを見つけ出そうとしてるんだ。
一番奥まで遡ると、これは地球のどこか?
これは、人間時代のフレイ? 産声をあげて泣く赤子?
「上出来だマリー。この房の壁で特別上映会だぜ、叙事詩」
先生は、壁に魔法陣を発動させたあと、冥界のおそらく最上級魔法を唱えたんだ。
彼は双子の兄として、雪深いどこかで産声上げて、成長すると敵対する部族や、巨大なマンモスとも弓や石で出来た剣、それに斧で戦う戦士。
近隣部族や敵対部族から、彼の名ユングウィは勇敢な戦士、または英雄とも呼ばれ多くの人が彼の元に集まって、広大な大地を領土に持つ王になる。
今みたいな綺麗なイケメンな感じじゃなくて、大柄で金髪の美丈夫で、顔に入れ墨して毛皮を着て、多くの人達がフレイに跪いてて、隣にはルイーダ?
いや違う、おそらくは人間だった時のフレイアだわ。
「フロージー部族長である私が宣言する! もはやこのラップランドの大地は、猛獣の襲撃や戦乱で幼児達が命を落とす、不毛の大地ではない! 神と精霊の名の元に、この王国に豊穣を!」
王であるフレイが宣言すると、周りで歓声に包まれて、人間時代の彼の記憶がどんどん溢れ出す。
彼は、地球のどこかで善政を敷く王であり、精霊の力なのか、現代では考えられないような、長寿で生きながらえていた。
文字通り神のような王として、ラップランドと呼ばれた地だけじゃなく、彼は、広大な大地を支配した、地球世界の白人種の最初期の王で間違いない。
各部族が今でいう爵位や官位を命ぜられ、彼に平伏し、なんでも相談しに来て、彼はそれに応えようと努力して……しかしいかに精霊の力も年月により年老いて行く。
あれは子供? 多分、彼の玄孫とかさらに先の子孫だろうか?
「ユングリンガルよ、私はもう長くはない。妹のフリックが女王に即位するが、お前は我が妹の摂政につき、人のための政を。我らと我らが民草の国を頼む」
「父上……古のラップランドの英雄。どうか民のためにも、もう少しこの世にいてくだされ。あなた様は、この国家群になくてはならぬのです。大叔母上のためにも何卒……」
「人は死ぬ、王とて同じ。だからこそ、人は人として精一杯、生を全うせねばならぬのだ。私は夢の中で神に出会った。部族神スカディ様と、我らが神オーディンの下、ヴァルハラに旅立つのだ。息子よ、あとを頼む」
彼はその後、昏睡状態になり……人間時代の年老いたフレイアと、彼の王子が涙に濡れて彼の体に縋り付く中、人間としての生を終えた。
多くの人々を幸福にした英雄と呼ばれるに相応しい人生だった。
フレイは、涙を流しながら人間時代の英雄だった記憶を思い出してるようで、先生はフレイを哀れみがこもった目で見つめた。
「思い出したかよ? 英雄ユングウィ。古代ヨーロッパ人の祖の一人だった、てめえの人生を」
「……」
私は、さらに神時代の彼の記憶を辿る。
これは、戦争?
神と巨人と呼ばれた神との、勢力争い?
そうかフレイは、人間時代の手腕を買われて即戦力として、神の派閥抗争に参加したんだ。
「やはり闘争はいい! 此度の貴様らとの戦、素晴らしいものとなろう。巨人共よ我らを愉しませよ、我が信頼するヘイムダルの名のもとに今宵もこの戦場、楽しませてもらう! フレイは我に続け!」
「はっ! オーディン様、それにニョルズ殿。フレイア、ヴァルキュリー達を率いて、奴らにルーンの魔力を宿した矢の一撃を!」
「はいお兄様、トール様とロキ様の最強タッグも間もなくこの戦場に! ヨトゥンの霜の巨人共! そして邪悪なる巨人王ファールバウティ、我らが最上級神ヘイムダルの名の下に、ユグドラシルに服従せよ!」
そうか、彼らはかつては仲間だったんだ。
ヘイムダルもロキもオーディンもニョルズも、互いを信頼してるように見える。
けど、彼らの中で一体何が?
場面が切り替わって、これはロキとフレイ?
「フレイさあ、最近のオーディンなんかムカつかない? あいつ色んな神々にへーこらして、僕らユグドラシルが他の神達からなめられてるように思うんだけどさ?」
「そんな事は……上級神ロキよ。オーディン様は我らのために」
「本当にそう思う? あいつさー、ヘイムダルの威光を笠に着て、巨人共や魔界相手にあちこちで戦争起こしては影響力の拡大やってたじゃん? 僕も喧嘩好きだしそれはいい。けど最近なんてあいつ、他の領域の神や創造神にいい含められて、詩と音楽が今後自分達の影響力を高めるとか言い出して、日和ってんじゃん? 戦闘馬鹿ばっかりのユグドラシルにそんなことできるわけないのに。他の神域の奴ら思いっきり馬鹿にしてるよ? うちらの事」
「それは……」
ロキは、オーディンに不信感を抱き始めてて、不満をフレイに口にしてた。
「だいたいあいつ、トールとか、ヘズとかヴィーザルとかヴァーリとか自分の息子達放っておいて、バルドルばっか気にかけてるでしょ? 僕さ、ああいうのは子供の教育によろしくないと思うよ。トールやヴィーザルは武功立ててるからいいけど、ヘズなんて生まれた時から目も見えないけど頑張ってんのに、あいつシカトしてんじゃん? 冷たすぎない?」
「……私が意見する立場ではありません」
そしてまた場面が切り替わって、これは……。
胸に矢が刺さって、横たわる神の姿。
美しく光り輝く美貌と白いまつ毛の美少年の男神。
これは殺人事件……いや殺神事件なのか。
「バルドルにミストルティンの矢が! なんて事。この弓は、フレイの弓だ!」
殺神事件で、フレイが疑われてる様子だが、フレイは全力で否定する。
「ち、違う。私はヘズ殿に弓を貸したのだ。オーディン様のように強くなりたいと彼が願ったから、ロキ様と一緒に弓の稽古をヘズ殿に」
フレイが指差す先に、神々が視線を移すと、震えた手で矢を持つ少年の男神と、ロキの姿があった。
「あーあ、ダメじゃん。いくらムカつくからって、自分のお兄ちゃんうっかり射抜いちゃさ。もうちょっと、上に向けて射てって言ったじゃん? せっかく僕が君に矢をプレゼントしたのにさ」
「……」
え? これは殺神じゃなく事故なのか?
それとも故意によるもの?
「あ、アタシの可愛いバルドルがああああ」
泣き叫ぶフレイア? まさかバルドルって死んだ神は、話の流れでオーディンとフレイアの息子?
すると、剣を持った別の男神が従者を二人連れて、風のような速さでロキ達に斬りかかり、弓を持ったヘズって神を斬り殺した。
「この盲目の出来損ないが! よくもバルドルを! お前もだロキ! 悪神め、もう我慢の限界だ!」
「そういう言い方ってないよね? それにヴァーリお前、何で僕に剣とか向けてんの? ヘズに弓を教えてた僕が悪いみたいじゃんか。兄弟分のオーディンの息子だからって殺すよ?」
一瞬でロキに返り討ちにされ、騒ぎを聞き駆けつけたオーディンが、絶句してその場で膝をつく。
「わ、ワシの息子達があああああああ」
慟哭するオーディンから場面が切り替わり、今度はロキ抜きでの、ヘイムダルを交えた神々の会合が開かれて、フレイはオーディンに詰問されていた。
「フレイよ、ロキがワシへの不満を口にして、あの事件が起きた事、間違い無いのだな?」
「はい、オーディン様。その後、ヘズ殿と弓の稽古で……あの事件が」
「うむ、ロキの謀反と見ても良いな」
「……」
うわぁ、擦りつけてるよフレイ。
全ての責任をロキだけに擦りつけて、その場をやり過ごす気だ。
「あやつは……もとは我らと敵対する巨人族の王子だった。奴は、最近図に乗り始めて悪戯と称した嫌がらせを、お前達も受けていた事も知っている。もはや奴を、このままのさばらせるわけにはいかぬ!」
「早合点は良くない、オーディン。この件は最上級神である私ヘイムダルが預かる。勝手な私闘は禁ずるものとします」
「息子を殺されたのだぞ! 最愛の息子バルドルを! ヘズも死に、ヴァーリも意識不明の重体に!! それにもう手遅れだヘイムダル! ワシは見せしめとして、あやつの妻を殺し、娘共も幽閉処分としたのだからな!!」
「オーディン、君はなんてことを……僕の了解も得ずに勝手な」
すると、転移の魔法を使ったのか、会合の場に無表情のロキが現れた。
「あーあ、なんか僕抜きでお友達会みたいの開いてるけどさ、なんなのお前ら? よってたかって僕と僕の家族を殺す相談でもしてたのかな? ねえオーディンの兄弟?」
「ロキ!?」
オーディンは、ロキの魔法で吹き飛ばされ、ヘイムダルも何かのマジックアイテムで拘束される。
「今の話、全部聞かせてもらった。フレイお前さ、目をかけてやったのに、なんでそんな嘘つくの? まるで僕のせいみたいじゃないか」
「ロキ様……」
「まあいいや、ところでお前らさ、僕に不満あるようだけど、僕からもお前らに不満あるんだよね。ねえ? 臆病者のオーディンさ」
「貴様あああああ、よくもワシを臆病者などと」
ロキが魔法を使い、血塗れになったオーディンに、さらに何かの攻撃魔法で追い討ちし始める。
怒ってるんだ。
自分の家族が殺されたから。
「うるさいよ臆病者のくせに。ムカつくんなら、僕に直接喧嘩を挑めばいいじゃない? 人の妻を勝手に殺して娘達攫うとか、臆病者の所業じゃん? あと、バルドルの母親だったフレイアさ、お前元人間だから下に見られたくないからって、すぐ股とか開いちゃうヤリ●ンだよね」
「!?」
「ま、このヤリマ●の馬鹿女、上級神の地位狙ってるらしいし、ここにいる全員、あ、ヘイムダルとヴィーザルは違うか。そこにいる嘘つきフレイも含めて全員と……」
「やめておおおお、アンタなんなの一体!?」
ロキは満面な笑みを浮かべて、露悪的な彼の独壇場が始まり、次々と神々が弱みや秘密を暴露されて罵倒され始めていく。
「次はニョルズね。お前そういえばガキの時に巨人族から人質にされてた時、小便無理やり飲まされていじめられてたんだっけ? ざっこ」
「!? 貴様なぜそのことを」
「え? だってやらせたの王子だった僕だもん。ウケるでしょ? その時の動画、ここで公開しようか?」
うわぁ……性格悪すぎる。
「こ、殺す! 絶対にお前を殺してやるぞ!」
「うん、いいよいつでも来なよ。あとオーディンはヴァンとアースの抗争で、親族をお前に殺された件、まだ根に持ってるよ。せいぜい、気をつける事だね」
「!?」
見抜いてたんだ。
その後、ニョルズとオーディンが敵対関係になるのをロキは。
「次はヘイムダルね。お前、最上級神とか調子乗ってるけど、知ってるよ。常に自分を光で照らして、睡眠時間まで削りながら、内心冷や汗もので僕らを監視してるストーカーて事。お前、実はユグドラシルの運営じゃなく監視目的で僕らのトップになったんじゃないかな? そんな事を命令できるのは、一人しかいないけどさ」
――ロキは私の正体を、何処かで気が付いていた節があった。彼の頭脳はそれほどまでに秀でていた。
私の魂にヘイムダルが囁いた。
「あっはっは、お前達のその顔! 超ツボだよねえ。そんじゃヘイムダルさ、囚われた娘達を取り戻して、お前たち焼くから。楽しみに待っててよ」
その場を去ろうとしたロキに、オーディンが肩で息して立ち塞がる。
「調子に乗りおって! 知ってるぞ、ワシが殺したお前の妻の秘密を! 貴様は神界法を違反して……」
ロキのストレートパンチを、モロにくらったオーディンが吹っ飛ばされて、その場で失神した。
「この場にいないトールもいたら、さぞ楽しかったんだけど、まあいいや。じゃあね、みんな。次会ったら殺し合いだから」
――そして、あの神々の戦争が起きました。トール神達闘神が、ロキを捕らえた筈でしたが、それは彼の罠だった。監禁場所の娘達を救出後、娘達の力を解放。巨人スルトの力をも解放し、ユグドラシルは燃やし尽くされ、私も魂を消失するほどの闘いが繰り広げられました。
私の中のヘイムダルは、悲しげに呟く。
――ロキは、あのシヴァの化物や、大天使長だったルシファー、神時代の俺、マルドゥクとゼウスが一斉に叩き潰さねえと封印できねえくれえ、やべえ奴だった。あいつの魔力もさることながら、怖いのは知能だ。とにかく悪知恵が働く化物。多人数で反撃の余地も与えねえくれえボコボコにしねえと封印できなかったからな。
アースラは、怒り狂ったロキの強さを思い出して私に告げる。
その後は、ユグドラシルは創造神と言う一番偉い神様に修復されるも、身内同士で内部抗争をしたという事から、オーディンは長年上級神の職に甘んじ、他の神々から軽んじられた。
「もっと力を! 力が無ければならぬのだフレイ! お前はバルドルが死んだとき、お前も当事者の一人でロキに罪を擦り付けようとしていたのは、ワシも気が付いておったわ。お前のせいであのラグナロクは起きたのだ。お前の嘘偽りのせいで」
「……面目ございませぬ」
「失敗に目を瞑ってやるかわりに、ワシの為だけに行動せよ。ワシの言う通り事を運べ。さすればお前を引き立ててやろう、我が側近として」
「……」
こうして、彼はオーディンに絶対的な服従を強いられたのか。
だから、オーディンの言うことを何でも聞いて、意志のない意気地なしに。
「へっ、悪い極道が使う手だぜ。てめえに落ち度があったんだから、目を瞑ってやるかわりに、てめえは俺の言う事を聞けって奴さ。これで主従関係になると、逆らうのが難しい。お前、あの時のお前の悪さを目を瞑ってやったのにって、恫喝入れれば意のままに操れんのさ。素直な奴なら特に」
その後、あらゆる世界で、神と精霊と悪魔の大戦が繰り広げられ、フレイはその戦いで一定の成功を収め、彼はその功績である世界を担当する。
その世界は、精霊種の楽園のような世界で、彼の手腕によって生み出された、様々な精霊達や、エルフ、ドワーフ、ホビット達が幸せそうに暮らす世界、花が咲き乱れる楽園のようなアルフランド。
彼は自分の世界を満足そうに運営するが、そこに現れたのはオーディンだった。
「うむ、なかなか素晴らしい世界だなフレイよ。そういえば、お前の妹が世界を担当したがっていたな。なあ、我が愛人のフレイアよ」
「お兄様だけ世界を担当するなんて、酷いわ。アタシだってワルキューレを経て上級神になったんだから、その世界でアタシ好みの人間の世界にしたい」
フレイの死後、様々な善政を行い人々から慕われて女神になったフレイアは、ラグナロクと第何次までやったかわからないくらい、地球も戦場の一つになったという、神と精霊と悪魔の戦場にされた世界を経て、心を病んでいた。
「何よコレ、男が不細工ばっかりしか生まれないじゃない。お兄様、お兄様の精霊種と交配させて美しい人間が生れるようにして!」
「しかし、フレイアよ。異なる種族同士でいきなり接触すると、私と同様、地球世界を経験したお前も知っての通り、諍いが……」
「言う通りにして! アタシ、こんなブサイクたち大っ嫌いだから!」
人間と精霊種が混血していき、徐々に各種族間で容貌の違いで争いがおこるようになる。
そこで、オーディンが二人にある提案をした。
「ふむ、いい具合に多様性が生れたではないか。そういえばフレイよ、あの大戦で心に傷を負った精霊界の英雄がおったの? あやつに世界を担当するよう、テスカポリトカをはじめとした精霊の元老に働きかけておる。そやつ、お前達の世界で王として世界を運営させてみよ」
「だがしかし、フューリーは心が幼く、人間の信仰も失われて心と体の傷もまだ回復……わかりましたオーディン様」
フューリーに、こんな過去があったなんて。
今は明るい性格になってあんな感じだけど、死んだ目のような彼女を、フレイはアルフランドの世界の運営を手伝わせたが、うまくいかなかった。
「なんで、くっさい人間ばかり増やしてるのよこの世界! あたしを嫌った人間達なんて担当するの嫌よ!」
「はあ? アンタはアタシが生み出した人間に文句あるわけ!? なによ、クソガキ精霊! 人間に嫌われたって言ってたけど、あんたが無能で頭おかしかったんでしょ? 悪魔を多く殺した英雄って言われてるくせにただのガキじゃない? だからあんたは人間に嫌われたのよ」
「……黙れ。アタシだって人間の事大好きで、地球での戦いで悪魔から護りたいって思って……」
「けどあんたは人間から嫌われた! あんたなんか英雄と言うのは名ばかりの落ちこぼれじゃない、人間に嫌われた落ちこぼれの精霊」
戦争で心に傷を負ったのに、フレイアからいじめられて、フューリーの心は音を立てて崩れた。
「やめろ妹よ、大体貴様は私の世界に、なぜこんな……」
「決まってるでしょ? オーディンがそう決めたのよ。けど、もうこの世界飽きちゃった。男はエルフと混血させても、たまに不細工生れるし。アタシのお気に入りの子をドワーフの英雄に嫁がせたら、不細工ばっか生まれるし、こんな世界もういいわ」
そして楽園のような世界は、心が完全に壊れたフューリーによってこの世の地獄に変わっていく。
「オーディン様、私の世界が! 私の子供たちの世界が戦乱の世界に、こんな……」
フレイは、オーディンに今までの事を報告するが、それを聞いたオ-ディンは笑い声をあげた。
「フハハハハハ、素晴らしい! 我らが望む闘争の世界になったではないか。フレイよ、お主が生み出した眷属のエルフとドワーフだったか? 争わせて更なる混沌の世界に変えるのだ。混沌と闘争こそが、我らがユグドラシルが目指すもの! この闘争のエネルギー、我らが益とするためこの前改築したヴァルハラのエネルギーとしよう! 喜べ、フレイよ……この闘争は我らユグドラシル全体の益となる」
「……フフ、ハハハ、素晴らしいお言葉。このフレイめは、オーディン様のお役に立てて何より」
酷い! こんな、酷すぎる。
平和な世界が、オーディンによって地獄と化した世界を、生み出したフレイも笑って、こんな……。
「てめええええええええええええ、がああああああああああああああ!!」
先生が涙を流してブチ切れ始め、目の前のフレイを殴る蹴るし始めた。
「ふざけんじゃねえぞおおおおおおおおこの野郎! 俺が救うまで、あいつらはどんな目に遭ってきたかわかってんのか!! あいつらが今までどんな苦しみを受けて来たのか……てめえはっ!!」
そうか……あれは先生が最初に救済した世界。
人間としての仁義が失われた、地獄をも超えた凄惨な世界。
先生は、ドスを手にしてフレイの首を掻き切ろうとしたので、全力で私が止めた。
「離せ! あいつらの仇をとってやるんだ! 俺があいつらの!!」
「冷静になってください、先生! 今、この場でフレイを殺したら、救うはずの人達も救えなくなる!」
先生はドスを落として、その場で泣き崩れた。
「あいつらが……あの世界の奴らが何をしたって言うんだ。精一杯生きてきたあいつらを……てめえ、てめえこの野郎……外道……」
そして映像は、魔王軍が侵攻してきて地獄のような世界に変り……。
私が転生した世界の映像に切り替わった。
フレイは、脱力して涙を流しながら放心状態になっている。
私は、勇者の弟子として彼に問わねばならないことがある。
今までの事の経緯と真相を見て、私が為すべきことを。
「フレイ、いやユングウィ、聞いてください。あなたは……人間時代は人々を救って人の為に生きてきた。けど、あなたは、今のあなたはかつて英雄と呼ばれた人間だったあなたを、昔の自分を誇る事が出来る神でしたか?」
「私は……」
「思い出してください、人々を救いに導いた英雄ユングウィ。あなたは、そんな事をするために神になったのですか? 自分に嘘をつき、ごまかし続けて、人を虐げ、悪に墜ちた今の自分を、人間として生を終えた英雄ユングヴィに誇る事が出来ますか?」
長い沈黙だった。
私は彼の、神フレイとしてではなく、人間の英雄ユングウィの魂に賭ける。
この非道に、かつての人間時代の彼ならば、きっとこれは違うと声を大にして言うはずだと。
「私は、様々な人々の生き方を、神と名乗る者達のケジメを見てきました。前世で私を殺した父が、人の心を取り戻した瞬間を、前世で悪と呼ばれた人たちが気高き魂を覚醒させるのを、前世で英雄と呼ばれた人が悪に墜ちたのも。魔王と言われた者が人や世界を救うのも、神と呼ばれた者が地獄に落ち、人を呪い祟った神が、最期に人々に救いを望んで魂を消滅させたことを……私は見てきた」
私の目に涙が溢れ出てきて、彼の人間性を取り戻させるために問いかける。
「あなたはケジメをつけるべきだ。今までの事を、オーディンの陰謀に加担したことも、神以前に、人間だったものとして、人々の幸福を祈った者としての」
フレイは涙を流し続け、謁見時間が間もなく終わろうとした時、フレイが口を開く。
「証言する……私に、保護証神プログラムを。私は、こんな事に加担するために神になったんじゃあない。オーディンの企みについて、側近だった私が証言する……私はこれ以上、自分の気持ちに嘘をつきたくない……」
鉄格子の外から拍手が聞こえてきた。
「大儀であった、マサヨシの弟子よ。我が担当となり、フレイの身柄を預かろう」
女神ヤミーは、今までの一部始終を何らかの手段で見ていたようだった。
フレイは、冥界の証人保護プログラムでオーディンの件に関する一連の陰謀についての、証神となった。
「ヘイムダルのヴァルキリーよ……私は、一連の全てが終わったら、許されるならばもう一度人間としてやり直したい。今度こそ、道を誤らぬように、今度こそ自分に嘘をつかないためにも。そして……メヒカと呼ばれる者達の呪いは解いた」
フレイに人間としての意識が、ユングウィの誇りが戻ったような感じがした。
「もう一つ、私はお前たちに伝えなければならない。神造兵器たるメヒカを率いる者として、私はヘル同様、地球世界で最悪の犯罪者と呼ばれる男を、魂召喚で呼び出した。名をエム……強き魂と我らが闘神が魅了される、人生そのものが戦いで生き、戦いに死んだ男」
エム……それがテスカポリトカが言った私達への切り札になるかもしれない者の名。
先生は、その名を聞いて顔を真っ青に青ざめる。
「マリー、すぐにロバートとイワネツで会合を開くぞ。その話が本当なら、オーディン共は、とんでもねえ化物をこの世界に呼び出した」
フレイが人間ユングウィとしてのケジメをつけたその日、私達は最悪の人間がこの世界に転生した事を知る。
エムと呼ばれる男については、次話軽く触れます