第138話 マリーが学ぶ戦術 後編
転生者の悪人……先生やみんなは転生前は悪だったけど、彼らは真逆の存在なのか。
私と同様、普通の一般人として生活していたが、何らかの理由で心が悪に染まった存在?
それとも魂の傷が作用して、悪になった者なのかしら。
「兄貴、ご存知かもしれませんが方針決まりやした。ええ、ジューの背後にいるのはルーシーランド王家の国際金融資本で、例のアレクセイという男以外にも陰謀企てとるようで。ただ、デリンジャーさんから懸念事項があると。ええ、わかりました。それで我らが二代目は、停戦を反故にして面子潰したホランドに落とし前つけると。はい、それと例の件については……」
そしてコルレドさんは、この事態を水晶玉でおそらく先生に報告しているようだった。
理由はどうあれ、私達が目標にしていたジューの黒幕の一人と思われる、ロッソスクードの当主が殺され、資金提供を受けていたロレーヌ皇国は混乱状態に陥っているという。
「その正体についてだが、二人はわかった。一人は天、ジッポン南朝天帝にしてダイゴと言う野郎だ。もう一人は、フランソワ中西部を我が物顔で悪辣な事してやがる、字は読めねえが十字架を名前に付けた†漆黒†って野郎」
ちょ!?
この厨二心溢れる名前、明らかに日本からの転生者だ。
ネトゲとかの迷惑地雷プレイヤーが名乗っちゃう、超ハズいHNだってそれ。
「その正体は俺のこの世界の縁戚にして、かつての王家継承権もある名家、サンクレーを根城とする旧大公家オルレアの跡取り。名を、ノワール・シャルル・ド・ヴァロワ・オルレア。歳が15のクソガキで、領民を人間とも思ってねえサイコ野郎」
怒気をにじませながら、デリンジャーは憤る。
そして私達の側で腕組してるロバートさんの翡翠のような瞳が一気に影を帯びて目元が険しくなり、こめかみにくっきりと血管が浮き出るくらい、この転生者はどうやら、やっちゃいけないような事をしてるみたい。
「他にもクソガキ連中がいるが、水晶玉通信で何か良からぬことを企んでそうな白薔薇って正体不明な野郎も現れた。俺の勘だが、こいつも地球世界から転生した野郎でほぼ間違いねえと思う」
うわぁ、これまたハズいネーミングきたこれ。
誰かは知らないけど、すごい厨くさい名前だ。
「ノワールについては、すでに俺の保安局の騎士団が、両親の身柄を拘束した。捜査も進み所業の全容がわかりつつあるが、こいつがぶっ殺したのは最低でも100人を超える。それも惨たらしいやり方で。俺はこいつを許せねえ」
デリンジャーはノワールと呼ばれる少年の犯した罪に、涙をにじませる。
そして、ジローも怒りを表す。
「そうやん、我ぬ魂やーん言ちょーん! 弱い者イジメー許せん。人間ぬ尊厳、想い踏みにじーる外道ーぶっ潰するぬが男の生き方やん」
ロバートさんも腕組を解き、怒りを表す。
「その通りだ! 悪とは弱者の尊厳を一方的に踏みにじる者! 多くの人々の想いを踏みにじり、自分を悪であると省みずに悪を成すファック野郎! こいつは、悪を快楽とみなす悪の中の悪だ! ミスター、一言こいつを邪魔だと呟いてほしい。そうすればあなたの意を汲んだ私が、こいつを消してくる」
だが、苦々しい顔をしてデリンジャーは首を横に振る。
「いや……殺しはルール違反だ。俺は、どんなにムカつく野郎だろうが、誰だろうが、これは俺の信念だ。こいつは俺の国の司法が裁きを下す。戦争中で国家非常事態中だが、俺が……決着をつけに行く」
ジローとロバートさんはうなずき合い、デリンジャーが悪を倒す決意をした時、先生と賢者アレクシアさんがこの場に姿を現す。
「その心配いらねえ、もうこいつは俺がカタに嵌めてる。報告で聞いたが、ジュー共の仕組みはわかったようだな。もう一人、俺の賢者を連れてきた。こいつがいれば大方の絵図は描ける」
「ごきげんよう、紳士の皆様。その方針について、わたくしに説明を」
私達は、アレクシアさんにこの場で決まった方針について説明する。
すると、彼女は私達が建てた作戦にある懸念を示した。
「ロキと言う破滅神の一派と、反逆神となったオーディン以外にも、最大の不確定要素があります。この世界の東の果てにあると言われる、旧魔界の軍勢。どのような戦力かはわかりませんし、内情が不明です。介入されれば、不測の事態に見舞われません」
「兄貴、あたしもそう思います。魔族ならまだしも、人間と魔族が混血した悪の魔人連中。かの者達の強さと狡猾さがハンパじゃないのは、兄貴もご存知でしょう?」
そう、ジークがかつて呼び出した悪魔の軍勢。
古代ローマの帝国を簒奪し、結果的に崩壊に導いた正体不明の勢力。
先生は唸った後でニヤリと悪い笑みを浮かべ、何かを思いついたようだった。
「あー、それなー。じゃあよお、今から行くわ」
「はあ?」
「え?」
「な!?」
はい!?
「俺は、転移の魔法を使える。今からその悪魔野郎どもの内情、探ってくるから。そんで隙があるなら俺の縄張りにする」
この時も思ったが、たまに先生は思いもよらない事を考えて、大胆な事を実行しようとする。
大胆不敵という四字熟語は、この人のためにある言葉なのかもしれない。
そして、こうと決めたらやり遂げる行動力と決断力が、普通の人よりも遥かに秀でていた。
「だってよお、そうだろう? 旧魔界は俺の縄張りよ。てことは、俺の縄張りだよなあ? 悪魔野郎どもの大陸は」
「マサヨシ様自らが出張らなくても。なんだったら、わたくしと阿修羅軍が行って、滅ぼしても……」
アレクシアさんが、大型拳銃を取り出して氷のような無表情になるが、先生が手を制して止める。
「いや、俺の遠い前世がどこの誰かってのを、わからせてくればいいじゃねえか。こいつらが仮にジッポンに喧嘩売ったら、イワネツの野郎に俺の縄張り奪われて……いや、違うな、ジッポンが混乱状態になるだろ? てなわけで、ちょっと何人か連れて行ってくるぜ」
……先生、イワネツさんに張り合って先に悪魔の大陸を奪う気だわ。
東の果てにある、悪魔が住まう恐ろしい大陸があるのに、まるでショッピング感覚で先生は楽しげに行こうとするけど。
ならば私は……。
「でしたら先生、私も先生の弟子です。この世界を救うってなれば、私も行きます」
「あん? おめえはここに残って……」
「先生も言ってたじゃないですか? 私がナーロッパにいない方がいいと。私も行って未知の大陸で自分がどれほど出来るか試したい。ダメですか?」
「チッ!」
賢者さんが思いっきり舌打ちして、なんか知らないけど私に銃を向けてきた。
「あなた、調子に乗りすぎじゃなくて? マサヨシ様が自分で行くと決めたならば、弟子であるあなたはマサヨシ様に従うのが道理でしょう?」
確かに師匠である先生の言う事に従うのが弟子だけど。
だが、私だってこの人の弟子だ。
「この世界で色んな人と出会い、別れを繰り返して、自分でも成長してきたって実感してる。だから、私もこの世界を救うために、みんなの役に立ちたい」
私が想いを伝えると、先生はややはにかんだ笑みを浮かべて、鼻を擦った。
「ふ……いいぜ、ついてきな。魔界の軍勢ってなれば、大義名分が立つメンツ揃えていく。それにこの世界、地球と似たような地理ならここから西にひたすら行けば、その大陸に行けるだろう? 俺様のカッコいい男っぷりを、お前らに見せてやるぜ」
「オーライ、シミーズ。東の果ての悪魔の大陸は、お前とマリーに任せていいんだな?」
「おう、任せろ。おめえさんは、引き続きナーロッパの情勢、特にロキ率いるヴィクトリー、ルーシーランドのアレクセイ、ロレーヌのジークのカスと、例の白薔薇の動向監視を頼む。やつら、俺の勘だと嫌な予感がしやがる」
デリンジャーは、先生と通信越しに目が合うと、彼もまた口元をやや釣り上げる不敵な笑みを浮かべたが、大胆不敵と言う言葉がこれほど似合う二人はいない。
「よおし、じゃあ久しぶりに悪魔野郎共と遊んでくるか」
先生は、一気に悪魔の大陸を制圧するために、特別編成を組んだ。
魔界のアースラが作った王国、阿修羅の軍勢と、サタナキアと呼ばれる空中艦隊で、ロキに気付かれないよう無線封鎖を行い、先生と女神ヤミーの力で、一気に軍艦でワープ飛行する。
今回の作戦には、先生と用心棒さんの組の本部長、ベリアルって女の子と、阿修羅王国女王マハーバリという強大な力を持つ魔族の女王、そして女神ヤミーと私、そしてワンコのバロン。
「お父様が、なぜこの人間の子に」
――お嬢ちゃん、娘のマハーバリだ。俺が国を継がせて、今はそこのマサヨシのガキが、リュミエール・ソレイユとかいう売春宿みてえな名前に変えた世界の議長で、自慢の娘よ。
この和服のようなドレスのような紅白の着物を着てる、黒髪の女の子っぽい感じなのが、魔界と呼ばれた世界全土を統べる女王様らしい。
先生曰く、この面子ならば魔界のどんな勢力でも平伏す大義名分が出来るそうだが、女の子ばっかだし、大丈夫なのかな?
「んじゃあ、行くぜ。とっとと終わらせるぞ!」
時刻は夕方前、一気に西の方角目掛けて艦隊は発進した。
「マサヨシよ、この大陸には神界魔法で結界が張られておる。我の魔力で打ち払ってやるわい!」
「おうヤミー、この艦隊を俺の魔力でワープさせる! さあ野郎ども……いけねえ、淑女のお嬢ちゃん達とちんちくりん、カチコミだぜ!」
「何で我だけレディじゃなく子ども扱いなんじゃ! ぐぬぬ、覚えておれ! 解除!」
女神ヤミーが結界を破り、先生の力で一瞬で目的地に到着すると、私達が搭乗する軍艦の戦闘指揮所の壁や床が、眼下を映し出すような感じで透明化した。
「ほう? こいつはなかなかだな。俺様の新しい縄張りにピッタリじゃねえか」
眼下の光景は朝日が差し込むビル群がそびえ立つ摩天楼で、巨大な12枚の羽を生やして王冠を被る、緑青の自由の女神のような巨大な銅像が立つ、近代的な感じの街並み。
そう、テレビで見た事ある感じの、まるでニューヨークのような大都市だった。
「おお、美味しそうなものがいっぱいありそうな街なのだ。地球の旅がベリアル懐かしいのだ」
「お主、それは禁則事項じゃ。うーむ、美味しそうなスイーツがたくさんありそうな街並みじゃ。眼下には、腐った外道の臭いがプンプンするがのう」
街の映像をズームさせると、黒い羽を生やして顔立ちが整った人々とか獣顔の人達とか、黒い影のような何者かによって、早朝に犬を散歩させるような感じで、鎖で繋がれた羽飾りを頭に付けた全裸の褐色の肌をした人間が、私達の軍艦を指差して何やら騒ぎ立てている様子。
なんていうか、ジッポンの人よりも異形というか、これが悪魔の国?
そしてこの大陸では……人間が家畜化されてる。
文化が全然私達人間と相容れない、吐き気を催すような悪魔の国だ。
「なかなか俺様をイラつかせてくれる悪魔野郎共じゃねえか。だが、調子に乗るのも今日で終わりよ。ここら一帯はもう俺の縄張りになるのが決定してるからな」
すると、こっちに何かがやってくるが、あれは戦闘機というかUFO!?
多分、この船と同じ原理で魔導の力で飛ぶ、空飛ぶ円盤のような無数の飛行物体が、私達の艦隊を取り囲んだ。
「勇者様、戦闘機の軍旗確認! これは……我々サタナキア軍と同様の軍旗!? 敵勢力は旧サタン王国軍と思われます!!」
艦隊司令官の虎のようなライオンのような、悪魔将軍のライガーさんが私達に情報伝達する。
たしかサタン王国軍って……。
まさか先生が最初に戦った、例の魔皇ルシファー率いる悪魔の軍勢、魔王軍!?
「へっへっへ、好都合じゃねえか。野郎ら俺達の軍艦見て、ちびり上がってるぜ。マリー、楽に勝てる喧嘩のやり方のレッスンだ。よーく覚えとけ」
すると先生の思惑に応えるかのように、私の体から大魔王阿修羅の思念体が離れて、真っ青に光り輝く強大なエネルギー体になる。
「お館様、どうぞ」
漆黒の鎧に身を包む白髪で角を生やしてる、ガタイのいいめっちゃ強そうな老年の悪魔の人が、マイクを大魔王に差し出すと、まるでマイクパフォーマンスするような感じで、大魔王の思念体は椅子に腰掛けふんぞり返った。
「よお魔族共! 俺が誰だかわかるか!? 魔界を統一した阿修羅の大魔王アースラ様よ!! この艦隊には、俺とダチだったルシファーの軍勢と、マブダチのヤマの旧大閻魔王国のもんもいる。俺様の軍門に降れ! さもなきゃぶっ殺すぞ!!」
うん、すごいど真ん中にボール投げる感じの、ストレートな降伏勧告だ。
「お父様、もう少しこう手心と言うか……」
阿修羅国王のマハーバリさんが呟くと、しばらくしてUFOのような戦闘機が、チカチカと光出すが、まさかこっちに攻撃してくる気じゃ?
「勇者様! アースラ様! 戦闘機よりモールス信号。同胞ヨ、ワレラハ神ノ叛逆者デアル。ワレラガ主タル、ルシファーのアバラル合衆国空軍デアル。デンセツのサタン王国臣民イルナラバ、ソレを証明セヨ……だそうです」
「あん? 何が証明せよだ。魔界と呼ばれた世界を統べるこのアースラ様に、上から大物垂れやがってクソムカつくな。ルシファーならもういねえよっての。旅に出ちまったからよお、長い旅に。てわけで元ルシファー側近のベリアルだっけか? おめえが代理やれ」
アースラの思念体が、ポイっとマイクをベリアルって女の子に渡す。
「わかったのだ。あーあーあ、ベリアル歌うのだ! サタン王国の国歌斉唱なのだ!」
すると、眼下に向けて戦艦の音楽隊が、なんか荘厳な曲を奏で始めた。
「おお、見ゆるや 夜明けの明星♪
かの魔が堕ちる時〰我等が歓呼したもの♪
我~らが目にした〜神への叛逆♪
闇の〜魔界〜で〜 勇壮に翻りし〜♪
ああ♪ 我らの逆五芒星旗♪
神の叛逆者たるサタンの御旗〜♪
サタンー♪ サタンー♪ 神に〜呪いを〜♪
我ら〜魔族の祖国にー栄光を〜♪」
なんかめっちゃ荘厳な曲調だけど、思いっきり神様に喧嘩売ってるとしか思えないような、ロックな歌詞を、音程外しまくってベリアルちゃんが歌う。
すると眼下の悪魔な人達全員、人差し指と小指を立てて、両手でメロイックなサインを表す。
「うーむ、いつ聞いても腹が立つのう。滅してよかったわい」
眼下の悪魔達に女神ヤミーが、めっちゃ不快そうな顔つきになって呟いた。
うん、そりゃあ怒るでしょうよ。
女神の彼女にめっちゃ喧嘩売る歌だから。
するとUFOがまた、チカチカ光出す。
「勇者様、アースラ様! モールス信号です。ワレラ偉大ナル、サタンの僕ナリ。我ラガ大統領ノ、ブラックハウスマデ、エスコートスル。との回答でございます」
どうやらホワイトハウスじゃなくて、悪魔的なブラックハウスに案内してくれるようだ。
「一応警戒しとけおめえら。騙し討ちの可能性がある。まあ、やってくれた方がこいつらを、下僕にできる大義名分になるんだけどね。さあてマリー、俺が考えてる絵図、わかってきたかい?」
えーっと、なんだろう。
今は私に宿る大魔王アースラと、その娘で女王のマハーバリさんに、元サタン王国のベリアルちゃんに、大閻魔王国の大魔王だったという、閻魔大王の妹であり王族女神ヤミーと、元は魔界で百魔獣王と言う異名だったバロンもいて……導き出せる大義名分は、そうか!
「ここにいるのは、旧魔界の顔役たち。彼らが魔界の勢力ならば、ひれ伏すだろう顔役を集めて、服従を迫るという戦術ですね。つまり、相手が戦闘する気も起きないようにするための策」
「そうだ。花札だと五光、トランプだとロイヤルストレートフラッシュ、麻雀で言うと役満級の面子を揃えたわけさ。極道の喧嘩でもそうだが、代紋の威光が強ければ、格が違いすぎてドンパチすら起きねえわけよ」
先生は言う。
ヤクザな世界でも国家戦略においても、戦わずして勝つのが最善手であり、孫子の兵法に通じるものであるとの教えを私に授けてくれた。
「これが相手に一番楽して勝つ方法だ。相手に格の違いを見せつければ、ドスや鉄砲使わなくても相手の心を挫く事ができちまうのさ。これが真の強者の戦い方だ。一方、弱者の戦い方というものもある。ランチェスターの法則って知ってるかい?」
「いえ、知りません」
すると先生は、紙とペンでフローチャートのような図を描く。
強者の戦略とは
広域戦→広範囲に戦線を拡大する。
確率戦→勝率を上げるため数で攻める。
遠隔戦→敵と距離を置いて司令部を置く。
総合戦→圧倒的な物量で押し潰す。
誘導作戦→相手をこちらの意のままにする。
「まず、この世界に俺は自身の組織や軍を送り込んで、一気に勝負をつける仕掛けをしている。この悪魔野郎共を、俺の勢力下に置くのもその仕掛けよ。わかるよな?」
「はい」
「言うなら、転生前の俺がいた組織の得意分野さ。これは情報連絡網を整備して、ドンパチがあれば日本全国何処へでも、一気に報復できるよう、鉄砲玉を送り込めるようにするのさ。しかし、数が多いだけのボンクラばっかだと、相手に付け入る隙を与える。強者の隙を突くのが弱者の戦略だ」
弱者の戦略とは
局地戦→限定条件下と限定地域での戦闘
一騎打ち戦略→相手の強者を一対一で葬り去る
接近戦→首魁同士互いに近接して戦う白兵戦
一点集中主義→限定戦闘下に戦力を集中させる
陽動戦→本来の目的を隠して相手の隙をつく
なるほど、つまりは強大な相手と戦うための方法という事か。
「そういう事だ。局地戦ってのは、ようは戦場を限定する事。一騎打ち戦略ってのは、相手の親分や幹部とサシで喧嘩する事。接近戦は、文字通り相手の懐入って直接戦闘よ。一点集中主義ってのは、局地戦に全てを懸けて戦力を集中させる。陽動戦ってのは、ようはゲリラとかテロとかしまくって、真意を強者に掴まれねえようにする。俺はどっちかというと、転生後は弱者の戦略が得意だ」
ああ、まあ確かにそうだよね。
強大な悪の組織や魔王軍とか、そんなのばっかり相手にしていたようだし。
「だがしかし、今回の俺の敵は複数の独立勢力がいて、そいつらペテンが回りやがる。俺も何度も経験した事だが、弱者救済のために戦ってきたつもりが、いつの間にか分断とかされて、裏切りなんかで調略され、逆転されちまう事は避けてえわけだ。だから、今回の戦いは万全を期す」
「というと……」
「おう、よく物を知らねえ馬鹿は二元論で考えやがるが、両方やっちまえばいいのよ。時には強者を、時は弱者をとね。言うなら、今回はその予行演習さ」
先生が呼び出した軍勢ならば、圧倒的な物量による制圧が可能で、圧倒的な個の力を持つ先生がいれば、弱者の戦略も取れるという事だそうだが、両立させるのは結構難しそうな気がするけど。
「よおし、そろそろ目的地だ。何がブラックハウスだバカヤロー。俺好みの金ピカな別荘に変えてやんよ」
私達の艦隊は大きな空港に着陸し、ライガー将軍とベリアルちゃんが、音楽隊と一緒にタラップを降りて先頭を歩くと、漆黒の制服に身を包む悪魔の兵士たちが一斉に敬礼する。
「連合艦隊司令長官大将のライガーである。我らの要人の出迎えご苦労!」
「は! 大将閣下、それと……」
「ベリアルなのだ。お前達の大統領に会わせるのだ」
「???」
あれ? 反応がいまいちだ……あんまり知名度ない?
けど、魔王軍侵攻して千年以上経ってて合衆国らしいし、もう元の魔王国と違った感じになってるから、魔皇ルシファーの側近と言っても、この悪魔達はわからないか。
「無礼者! 今は一線を退いておられるが、元サタン王国司法総監のベリアル様だ! お前らこの方が現役であったならば、今の非礼は死を持って償わされるぞ!」
「はっ! 失礼しました、どうぞ総監閣下!」
えーと、どう見ても可愛らしい水着着た女の子にしか見えないんだけど、そんなに凶悪だったのかしら彼女。
「凶悪なんてもんじゃねえよ。こいつがうちら側に着いたのは、俺の子分らの尽力があったからだ。俺の可愛い子分達の、最大の功績の一つと言っていい。ルシファー側近最強のこいつが寝返ったのは」
先生がボソッと私に耳打ちするけど、一度戦闘見て滅茶苦茶強いって思ったけど、実力的に魔王軍ナンバー2だったのか。
「いや、もう何人かルシファーには側近がいた。一番厄介な奴が今でも俺と敵対状況だ。こいつがこの大陸に絡んでたら、めんどくせえ事態になったが、今のところはその可能性は低そうだ」
二階に上がり、気味の悪い絵画が掲げられた長い廊下を歩くと、召使の影のような悪魔達が大きな観音開きの扉をあけると、そこは趣味の悪い執務室。
執務室には、首輪をつけられ、四つ這いで全裸の可愛らしい10代少女を伏せていた。
その露悪趣味に、私含めた女性陣は一気に表情が凍り付き、先生は表情を変えないが、心はおそらく怒りに満ちてるはず。
首輪の少女の傍らで、真っ黒い4枚の羽を付けた、黒いタキシード姿で髪の毛を七三分けにした、身長170センチの青白い肌の中年男が私達を出迎える。
「魔界の君主の皆様方、ようこそお越し下さった。私は、サタン王国植民政府第3代アバラル合衆国大統領バリムと申します。王国時代は、国防総省空軍所属の中将の任についておりました。この千年間、初代にして今は亡き我らの上級大将パイモン閣下も、4軍より選抜された四天王リーダーのアバラルも、100年前に現地人に暗殺された2代大統領のべバルも、どれほどベリアル様をはじめとした本国からの迎えを待ち望んでいたか」
首輪に繋がれた少女は、先生の方を見てうっとりした顔ですり寄ろうとするも、悪魔の大統領バリムが携えた首輪を引き寄せられ、首を絞められたのか両手で首輪を掻きむしる。
「こらっ! めっ! スー! 失礼いたしました皆様方。このメス人間は血統証付きで、普段おとなしいのですが。齢13をこの前迎え、盛り始めたようなので、そろそろ去勢せねば」
……酷い、この悪魔は、いやこの大陸では人間は完全に人間の尊厳が奪われてしまって。
これが、先生達が命懸けで戦ってきた魔王軍の悪魔。
人間を家畜化し、神に仇なす悪魔の軍団。
私の目から涙が自然ににじみ出て、先生の顔は氷のような無表情と化して悪魔をじっと見据えている。
「おお、さすがは魔界の君主のお歴々、容姿の整ったオスとメスを首輪もつけずに服まで着させるとは。なかなかにファッション性もありますし、我が植民地でも流行るかもしれませぬな、ハッハッハ」
侮辱……だこれは。
私と先生のみならず、人類すべての、悪魔からの侮辱。
許せない、こいつ。
女神ヤミーが顔を真っ赤にして飛び掛かろうとするのを、先生が手を制して止める。
「私も、魔界一の大国と呼ばれた阿修羅王国の名を耳にいたしてました。我が主ルシファーの盟友国であることは存じ上げませんでしたが、ここはどうぞ一つ良しなに……」
「おおそうだな、ルシファーとはダチだったから考えてやるよ。で、お前はここにいる奴らや阿修羅の下に着くのか?」
大魔王の思念体が、6つの腕を組みながら悪魔大統領バリムに服従を誓わせようとすると、バリムは、ベリアルちゃんとライガー将軍の方をちらりと見る。
「お前、なんかムカつく顔して偉そうだけど、勝手にしろなのだ」
「ベリアル様に同じ!」
ベリアルちゃんも、マハーバリさんも嫌悪の表情でこの悪魔を蔑んだ顔付で見てるけど、彼女たちの気持ちがわからないのか、バリムは揉み手をしながらアースラの思念体に頭を下げた。
「もちろんでございます、はい。我らがルシファー様の盟友である、伝説の阿修羅王国の下で働けるとは光栄の限りです。我々植民地政府は一生懸命、なんでもあなた様方のために」
すると、黒目から一切の光が無くなった先生がニヤリと笑う。
「てめえ、今なんでもするって言ったよなあ?」
ああ、ヤクザな先生に絶対に言っちゃいけないセリフだそれ。
先生が凶悪そのものの表情に変り、バリムの前に立つ。
「おお、この人間はしゃべれるのか? アースラ様に飼われた人間のオスよ、何か芸でもしてくれるのか? ホレ、お手」
先生がバリムの前に跪いて、首を横に傾けた瞬間、物凄い速さで手を差し出したバリムの4本の指を噛み千切った。
「へ……ぎぃ、ぎゃああああああああああああああああああああああ!」
悪魔バリムは右手を左手で抑えながら、絶叫し、先生は噛みちぎった指をぺっとカーペットの床に吐き捨てる。
「飼われてんじゃねえ、俺がアースラを飼ってやってんだよクソボケ!」
先生は阿修羅刀を漆黒の木刀に変えて帯から抜くと、ヤキと言う名のリンチを行使し始めた。
「てめえ、俺が誰かわかってんのか悪魔野郎! もうサタン王国なんざ存在しねえんだよ、魔界もよ! 俺様が全部変えてやったからな、俺は勇者だクソボケ! 勇者であるマサヨシ様を畜生呼ばわりしやがって、ぶち殺すぞ悪魔野郎!!」
「ゆ、勇者!? そ、そんなあああああああああああああああ!」
バリムが先生の木刀でボコボコにされ、悲鳴を聞いて駆け付けてきた魔力銃を手にする悪魔兵が集まってくるが、ベリアルちゃんやマハーバリさんが、魔力で制止させる。
「そういや、転生する前のガキの時、サツや地元のヤクザもんからも、東海一の狂犬マサって呼ばれてたのを思い出したぜ。なあ? 悪魔野郎っ!」
先生が高々と木刀を振り上げた瞬間、全裸の女の子が先生に飛びついた。
「うーーーーあう、あう、あうあーーー」
庇ってるんだ、この悪魔を。
愛玩動物のようにされて、こんな酷い扱いを受けてるのに、暴力はダメだと、そんな事は望んでいないと言わんばかりに。
この大陸の人類は、人としての生き方も、想いも、文字や言葉や文化も文明も奪われ、心優しい人々で抗えないんだ、主従関係を持った悪魔に。
ならば……私が抗う!
勇者の弟子の私が、この非道を正す!
「先生、私にやらせてください。人々の想いを、生き方も、尊厳を踏みにじる悪から、人間の生き方を取り戻すのが勇者マサヨシの弟子、マリーです」
私は、目の前の邪悪に神杖ギャラルホルンを構えた。
「勇者の弟子として、この非道の大陸は、私が救う!」
次回バトル回です