第13話 鉄火場のマリーの手本引き
……どうしてこうなった。
深夜の宮殿のホールに、ネアポリ中から男の人達が集まってきて会費を払い、金貨や銀貨も山のように集まり、まるでカジノ会場のようになってる。
勇者はネアポリのヤクザ、カモーリスターの顔役にゲームの説明をすると、顔役の人がすっごい嬉しそうな顔でうきうきとしながら、うんうんと勇者の言う事にうなずいてる。
「さすがですわ兄さん。俺達カモーリスターは、カード賭博には目がねえんで! しかしすげえ斬新なカード遊びっすね」
「そーだろう? 上がりはおめえらにもやるからよ、打ち合わせ通り頼むぜ。配当間違えんなよ」
ああ、悪い顔してるこの勇者。
すっごい悪い顔して、集まった人達を見た。
「じゃあ、マリーちゃん着替えてきて。ペチャラちゃんは、手伝ってやってくんね?」
私は勇者からの指示でポーカーフェイスのように、笑顔のまま椅子に座り男達の鉄火場を見つめている……ドレスの右半身はだけて着て、胸にペチャラが巻いてくれた包帯を巻き、なんか際どい姿で。
恥ずかしいし、眠いんですけど。
寝不足は美容の大敵なんですけど!
「お集りの旦那衆様方、このマリー様主催のカードゲーム大会にお集まりいただき、ありがとうございやす。私、名もなき従者ではありやすが、司会進行役の強力を務めさせていただきやす。今回は、マリー様考案のカードゲームで、血潮沸き立つ、旦那衆が喜ぶ遊び場を提供いたしやしょう!」
「うおおおおおおおおおおお!」
「マリー姫万歳! なんとお美しい!」
「カードゲームは大好きだあああああああ」
えーと、ゲームは好きなんですけど……。
何で私が考案? 意味わかんないって!
「それではルールを説明させていただきやす! 皆さまお持ちの大好きなカードから、1から6以外の6枚の数字のカードを全て抜いてください!」
この世界のカードゲームは、転生前のトランプに似る。
違うとしたら、1~13の52枚にジョーカーを入れた札ではなく、1~10までの40枚になる数字のカードに鬼札を入れた、バブイール王国が起源のポローンという名で呼ばれるカードゲームで、大人も子供もこのゲームに夢中だ。
「1から6以外の札を抜きやしたか? それでは話を続けやす。このゲームは手本引きという名の、最高の遊び! 胴元であるマリー姫が、1から6までのカードから、1枚引きやして、ハンカチで隠しやす。それを当てていただきやす」
え、すっごいシンプル。
それだったら、サイコロとかもあるし、そっちでやったほうが。
すると勇者は手彫りの木札、1から6のこの世界のローマ数字のような、数字が入った6枚を場に置く。
「しかあああし、それだけでは面白くありやせん。カードゲームには相応しくない! そこであたくしが、お集まりいただいた旦那衆達のゲームに相応しいやり方を実践しやす」
勇者はそう言うと、ござのように敷かれた白いテーブルクロスにまず、一枚の札を置いた。
「これが1点張りのスイチと言い、当たったら賭け金の5倍の配当です!」
そして勇者は、3種類の張り方で2枚のカードと賭け金を置く。
「この型は、それぞれケッタツ、サブロク、グニといいやす! それぞれ配当が違いやす、配当は以下の通りです」
勇者は、張り方と配当を紙に書いて、場に置いた。
今度は、3枚のカードを場に置き、5種類の張り方と賭け金を置く。
「この型はそれぞれ、ヤマポン、ボンウケ、ロクサンピン、ピンチュウ、クイチと申しやす。ここまで来ると、配当は下がって来やすが、確率的に安全なロクサンピンやクイチなら、あたれば元手以上の金が入りやす!」
最後に勇者は、4枚のカードを置いて、4種類の張り方と賭け金を置く。
「ソウダイ、キツ張り、安張り、箱張りでござんす。このゲームを、まずは様子見しようとお思いの旦那衆は、安張り、箱張りをお勧めしやす。そして勝負所になったら、カードを全員でめくる! いかがでしょう?」
うわ、張り方や配当が色々ルールで決められてて、ちょっと複雑。
要は、胴元が1から6までのカードを選んで、集まった人は、最大4枚のカードで、色んな張り方で胴元のカードを当てるゲームという事。
すると、集まった人たちから歓声が沸く。
「6枚しか使わねえけど、すげえ奥が深いカードだ!」
「マリー様は遊びの天才だ!」
「つまり胴元の6枚のカードを当てるため、俺達は自分の6枚のカードから選んで、色々な役で当てるってわけだろ? やべえ、おもしれえぞこれ」
いや、考えたの私じゃないですから。
隣で、ほくそ笑んでるヤクザな勇者ですから!
「ご理解出来やしたか? それではこの賭場の胴元、マリー様がカードをハンカチで隠した時点で、ゲームスタートでございやす!」
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
えーと、なんか私置いてけぼりだけど、とりあえずやってみよう。
6枚のカードから、好きな数字のカードを引いて、ハンカチに隠して包んで見えなくして、置けばいいって事なのね。
私が6枚のカードをババ抜きのようにして眺めると、男達の視線が一気に向く。
これが、賭博の雰囲気?
怖い……私の一挙手一投足全てが見られてるような感じがして、欲望むき出しでこっちを見てる。
「怖いだろ? これが人間が勝負する時の欲よ」
小声で勇者が日本語で話しかけて来た。
「こういう時は、下っ腹に力入れて表情を崩さねえように、受けてやるのさ。これを胆力って言う」
……とりあえずやってみよう。
私は1のカードを取って、ハンカチで見えないように包んでその場に置いた。
そして笑顔をたやさず、お腹に力を入れる。
「入りました。どうぞ! さあ、張った張った!」
勇者が声を張り上げると、みんなが様々な形でカードを置いて賭け始める。
「揃いましたね! さあ揃いました! 手ェ切って、勝負!」
私はハンカチから1のカードを取り出して、勇者は木札で1を示す。
「胴元は一!」
「だああああああクソ!」
「スイチで貼れば良かった!」
「いや、次はケッタツで!」
うわぁ、すごい熱気。
カモリースターの人達が、チップ計算して客に配分したり、スイチで張って外した人達のチップを奪って行く。
そして私の取り分すっごい多いんだけど。
何これ? なんか……このゲーム楽しい!
「な? 賭場は主催側の胴元が儲かるようになってるのさ。次行ってみる?」
私は勇者にうなずいて、ゲームに没頭した。
この遊びは私が知ってる運ゲーの賭け事よりも、心理的なものに重点を置いている。
例えば、連続で数字を出した場合は相手に読まれやすいし、裏をかこうとすると、表情に出てしまう場合があるから、その都度勇者から、小声で日本語のアドバイスが入る。
「マリーちゃん、相手の目の動きを見るんだ。てめえの札が受かってる野郎は、目の色が違う。そいつから逃げるもよし、勝負するもよし。判断は君に任せるが、君は可愛いから、表情は笑顔のままでな。腹に力入れてよ、女優みてえに演技すんのよ。男をあざ笑う、華麗な悪女を想像してよ」
この勇者、やはりこういう経験を転生前からしてきてるんだ。
だから、怪物だろうと人間だろうと一歩も引かずに勝負に出れる。
彼のスキル、博徒の輝きは転生前から得ていたものかもしれない。
「そこの旦那さん、暗い顔をなすって賭け金尽きやしたか? しかしマリー様はお優しい。旦那さんのためにホレ、泣きの100リーラ」
勇者は負けがこんでる客に、チップを渡す。
すごい!
この鉄火場で、全員の顔色を伺って、トラブルや恨み事とかにならないように処理してるんだ。
「マリーちゃんそんでよ、この場に集まった奴らの表情や仕草、よーく見てみ? 色々わかるだろ? 賭けとは全身全霊の行為って言われる格言がある。君はこの世界で、上に立たなきゃダメなんだから、この賭博を自分の経験に活かすんだ」
勇者は、私に賭場の心構えというより、人間としての心構えを教えてくれる。
まるで、私がこの世界の父から受けるはずだった帝王教育を、代わりにこの勇者がやってくれてるみたいな感じがする。
それに普通に真面目な話をすると、普通にイケメンなんだよなあ、この人。
……ヤクザだけど。
「賭場の事を、ウチらは盆って言うんだ。それでお客さんへの配慮や、人の気持ちを推し量れねえ馬鹿の事を、盆に暗いやつと言う。略すとボンクラさ」
そうなんだ。
ボンクラの語源ってここから来てるのね。
そしてゲーム開始から二時間が経過した。
「旦那さん方、今宵の楽しいゲームも、そろそろお開きの時間でござんす! さあ、最後の大勝負! どかっと行って見よう!」
えー、もう少しこのゲームやりたいのに。
私はもう少し遊びたいと思いながら、ハンカチに3のカードを入れて隠し、場に置く。
この手本引き、お金儲け出来るけど楽ではないかな?
大勢で賭けるから、緊張感がすごいし。
でも楽しいからいいか。
するとアントニオ男爵が、こっちに急いで駆け寄って来て、金貨とか入った大きい袋と、カード一枚を伏せて置く。
ああ、そういえばこの人もカードゲーム好きなんだっけ……。
「揃いましたね! さあ揃いました! 手ェ切って、勝負!」
私はハンカチから3のカードを取り出して、勇者は木札で3を示す。
「胴元は三!」
「だああああああそっちかあ!」
「よおしケッタツで当たり!」
「箱張りにするんじゃなかったあああ」
「なんだぁ、おれの4の札が外れちまった! さすがマリーちゃん。俺が惚れた女の子だけはあるね」
へ? なんかパリピ感全開の声が、ギャラリーからして……。
すると、勇者はピクリと警戒する顔付きになり、盆の客達も一斉にサッと引いて、全員が振り向いて、座ったまま頭を下げた。
「ああいい、楽にしててみんな。マリーちゃん……おっと、マリー王女殿下は、カードに夢中のようだ! こりゃあ結婚したら毎晩楽しいなあ、アッハッハ。ところで、アントニオからの報告だけど、ネアポリーノの馬鹿がやらかしたらしいね。どこいるかな?」
ヴィトー!?
来るの明後日……いや日付け変わったから明日じゃなかったの?
それにさっきのスイチは、アントニオ男爵が賭けたものじゃなく、ヴィトーが賭けたんだ。
「ちくしょう、俺の本気の賭けだったのに。マリーちゃん、いや俺の婚約者のマリー姫は運強いわ。予定切り上げて来ただけはあるね」
すると、勇者の表情が一瞬固くなる。
確かヴィトーは、勇者が転生前に知ってるかもって言ってたけど、やはりそうなのね。
「お、側にいるのはアレか? クズっぽい声してたマリーちゃんの家臣がおめえか? やっぱりなあ……お前どっかで見た事ある気がするんだよなあ」
「奇遇ですね、俺は思い出しましたぜ。お会いできて光栄です、ロマーノ様」
ヴィトーに頭を下げながら、勇者は私に日本語で小声でささやく。
「もしもやべえ状況になったら、俺が相手するから、隙を見て逃げろ。今の俺のレベルじゃ、もしかしたら勝てねえかもわかんねえ。俺やマリーちゃんが対峙してるのはそれほどの男だ」
やはり勇者は思い出したんだ。
転生前のヴィトーが何者なのかを。
この勇者が警戒する程の強さを、転生後も持ってるのかもしれない。
そしてヴィトーは、周りにいるカモリースターやネアポリ市民に頭を深々と下げた。
「すまねえおめえら! ネアポリーネの件はアントニオという家臣から聞いた。申し訳なかった! 今後このネアポリーネは俺の直轄領とし、減税を実施する! 本当に申し訳ねえ! これは俺からの気持ちだ!」
ヴィトーは、次々と何かの紙を、ネアポリ市民達に手渡して行く。
「今度シシリーって島に作る、ロマーノとフランソワで投資する、開発公社の株券だ。一株ずつやるから許してくれ」
株券?
ロマーノ王国って株取引してるんだ。
投資や事業を色々してるって聞いてたけど。
「その株券一枚有れば、おめえらに定期的に配当金が入ってくる。どうか俺、ヴィトー・デ・ロマーノ・カルロの名に免じて許してくれねえか」
するとこの場の全員がヴィトーに拍手と、称賛の歓声を送るが、勇者はスッと立ち上がり、みるみるうちに、怒りの顔に豹変してヴィトーを見やる。
「てめえ……どうしょうもねえ、カス野郎に転生しやがって……何が詫びだこの野郎ぉ! おめえ最初っからネアポリーノとか言う小物を泳がしてて、後で因縁つけて縄張り奪う気だったろ!」
勇者の顔付きが、恐ろしいヤクザ の顔になる。
「なんだぁおめー? この俺を誰だと……」
「知ってんだよてめえの事は! おうコラ? 転生前の、前世の兄貴分なめやがって。それでその株券の、開発先のシシリーの領主手懐けてて、言う事聞かねえ住人をよお。てめえはフランソワとか言う国と一緒にやっちまう腹積りだろ? 調子いい事ペラつきやがって、いい加減にしとけこの外道!」
え……そんな。
あんなに感じの良さそうだったヴィトーが、まさか国の人々を苦しめてた張本人。
勇者がこの前話した、人の善意につけ込む悪。
それがこのヴィトーなのね……許せない。
「なんなんだよおめえ。前世がどうとか、俺の直轄地の市民や、マリー姫の前で侮辱しやがって! 俺に兄なんていねえ、何様だお前!」
ヴィトーが困惑しながら、勇者にマスケット銃を小型にしたピストルを向けた。
「なんだぁコラ? 兄貴分にチャカ向けやがって、このボケ! 図星突かれたってツラしてんな? その株券も、ネアポリ市民を金で操るためのもんだろ? てめえ人間をなんだと思ってんだ! 金城!!」
金城?
ヴィトーの転生前の名前が、金城とか言う人なのか……そして勇者の弟分だった人。
そして勇者の物凄い剣幕に、ヴィトーの黒い肌の顔色が見る見るうちに、悪くなっていく
転生前の記憶はないだろうけど、魂の何処かで、この勇者の事を覚えてるんだ。
「舎弟として世話してやった俺様を忘れるとは、いい度胸じゃねえか? てめえの欲にカタギ使って、極道の矜持も記憶と共に忘れやがって! いいぜ、そのチャカで俺を弾いてみろよ! オラぁ! マリーちゃんの前で撃ってみろコラ!!」
すると、ヴィトーは泣きそうな顔で私を見る。
だけど私はもうヴィトーの顔なんて見たくもなかったから、顔を背けた。
人々を苦しめる男なんてサイテー、絶対に許せない!
そして私は横目で見ると、勇者の方を向きながら、ヴィトーはピストルを構え、涙を流し始めてた。
「なんなんだよ……お前……誰なんだよ? オレァおめえなんか知らねえ!」
いけない! 私のスキル絶対防御で勇者を守らなきゃ!
私は思い、ヴィトーが指を引き金にかけた瞬間、勇者はヴィトーに一瞬で詰め寄って殴り飛ばした。
「これくれえで泣き入れやがって、この野郎。一緒に府中の刑務所にアカオチし、兄弟の契りを結んだのが俺だ。地元と女と自由を愛する、俺が惚れたアシバーのジローよ! 性根が腐ったヴィトーじゃなく、てめえの本当の心根を、男気を思い出させてやる!」
勇者は、自分が殴り飛ばしたヴィトーの前に立ち、見下ろすように言う。
その目には涙があふれていた。
「マリー姫の戦士様、俺達を愚弄したヴィトーに制裁を与えて下せえ!」
カモリースターから、勇者にナイフとライフルが投げ渡され、勇者は右手にナイフ、左手にライフルを手に受け取る。
「私も戦う! こんな人に嫁ごうなんて思ってた、私が馬鹿だった!」
勇者から教えられた魔法と、召喚術で、そしてこの鉄火場で身につけた胆力で、私も悪と戦いたい。
私が召喚術で変えてしまった、この世界の為に。
「さあ喧嘩しようぜ、ヴィトー・デ・ロマーノ・カルロ! いや元沖縄琉道連合会筆頭理事、金城組の金城二郎!!」
「俺はそんな名前じゃねえ! 俺はヴィトー・デ・ロマーノ・カルロだ! この国の王にして、ナーロッパの支配者になる男だ!!」
金城二郎。
それが転生前の彼の名前。
二つ名は、アシバーのジロー。
後で知ったが、ヴィトーの転生前は沖縄県出身のヤクザだった。
そして、沖縄の南国でアシバーと言われる、ヤクザに生きてヤクザに死んで、魂に傷がついた悲しい人だった。
悪いヤクザが、女子高生に手本引きを教える話でした。
次回、ボス戦です。