第132話 勇者に学ぶ歴史の勉強
ごきげんよう、マリー・ロンディウム・ローズ・ヴィクトリーです。
ジッポンの戦いを終えた私は、騎士団と共に旧ノルド帝国、スカンザ共同体に活動拠点を移したの。
けど、私の目の前で行われてる光景はと言うと……。
「このガキャア! てめえの親分誰だ!? 白薔薇ってのは、どこのどいつだこのボケェ!!」
「ぎゃああああああああ! 何も知らないんです。助けてください、お願いですからあああ」
「知らねえだとこの野郎!? 小指詰めるか!? おう!?」
ヤクザな勇者に、仄暗い地下室に拉致されて、精神攻撃的な魔法をかけられながら、殴る蹴るされてる、正体不明の敵勢力、チート7の構成員。
黒ずくめで、なんかゲームキャラのようなファー付きの黒の皮ジャン着て、チャックが沢山ついたズボンを履く、私と同い年くらいの紫髪した顔立ちが整った男の子と、勇者のリンチに同行する私……。
なんか白目を剥きそうな状況だった。
それにこの人は、先生は弱ってる相手とか隙がある相手なら、冥界魔法で心も読める。
そのマサヨシ先生が、いまいち相手の情報を掴めないのだから、今までにないくらい不気味な組織だ。
「ど、どうして俺がこんな目にいいいい! ステータス最強なチートの存在になったのに、どうして……」
あ、先生が舌打ちして、右手でドス持って、左手で男の子の左手を押さえ付けた。
まさかこれ……。
「や、やめてください。もうしません、お願いですから勘弁して下さい、なんでもしますから」
「てめえなんでもするって言ったな! じゃあ指出せ小僧!」
無慈悲に先生は、男の子の左手の小指を切り落とした。
「ぎぃやあああああ、や、やめてって言ったのに! うええええええん」
指の切断面から血が吹き出し、おしっこ漏らして、年相応に男の子は泣き叫ぶ。
いや、おしっこだけじゃない……
なんかめっちゃ臭い。
これ脱糞しちゃった匂い、痛みと恐怖で脱糞したんだこいつ。
前の私だったら、思わず目を背ける残虐な光景だけど、目の前の彼がやった非道は、少年だからって到底許される事じゃなかった。
「指落としたくれえで、漏らして泣き入れやがって。てめえ、やめてくれって言った人達に何したか、わかってんのかよクソガキが!」
先生は指を切られて、泣き叫ぶ男の子の紫色の髪を掴んで、石造りの床に、何度も顔面を叩きつける。
「地球の日本みてえな、少年法とか児童福祉とか、この世界にはねえ! 罪なき人々に非道して、ヤクザなめやがって! ぶち殺すぞガキゴラァ!!」
先生がここまで激怒した発端は、二週間近く前の話。
正確には11日前に私は先生と再会した。
歴戦の勇者にして私の師匠、勇者マサヨシ。
「おう、マリー。すまねえな、おめえ一人に背負わせちまってよ」
「大丈夫です。私は先生の弟子で、世界を救う召喚術師になるつもりですし」
「へっ、言うようになったじゃねえか。それに前よりも精神が充実して、成長したか? 嬉しいぜ。まあ本気状態の俺が来た以上、もうワル共の好きにはさせねえからな」
やはり先生は勇者。
この人がいるだけで勇気が湧いてくる。
「それと先生、早速相談したい事が」
「おう、何だ?」
人払いをしてもらい、私は今まで起きた顛末の報告と、エリザベスの正体、そして彼女の救済の思いを告げる。
「だいたい事情はわかった。あのガキは、前世で在日か……」
先生は複雑そうな顔して、エリザベスの正体を聞くと、ある昔話をしてくれた。
先生得意な、ヤクザな例え話で。
「昔々、俺やおめえさんが生まれる前の話だ。江戸のおサムライさんの国から、天皇さんを頂点にする大日本帝国って言う名に変わった、新興の国があった。まあ、明治維新だとか、おめえさんも知ってんだろう?」
「はい、その辺は」
先生は、ヤクザな世界に例えて当時の世界情勢の話をする。
「当時はよ、清って名前だった中国が、産業革命起こしてイケイケな英国から麻薬漬けにされたりして、アジア各国の縄張りが西欧諸国から荒らされていた。そんで、日本の幕府はアメリカに開国させられたが、その日本の縄張り狙ってたのがフランスやロシアよ。実際幕府に接触して武器売ってたのはフランスだからな。オランダは英国の勢いに負けて、落ち目だったみてえだし」
「はあ……」
「で、イケイケな英国は、フランスとかロシアと敵対してたってわけ。だから薩摩だとか長州って言う、反幕府の鉄砲玉みてえな奴らに倒幕させた。これは英国が、せっかく手に入れた中国を、フランスやロシアやアメリカにも荒らされねえようにする為と、日本の利権を手に入れるため。これが明治維新の真相よ。この辺、新撰組とか維新志士とか坂本龍馬さんが好きで、色々本で読んだから間違いねえ」
そうなのか。
明治維新って、漠然と中学の時に勉強したけど、外国勢力の介入があったんだ。
「で、英国の支援受けてた奴らや、フランスに留学してた幕府の若衆は気がついたのよ。今のサムライ中心の国じゃあ、工業化して大国になった欧米列強から日本が守れねえって。そんなもんで、外国勢力を利用してサムライの世を終わらした。この流れで生まれた大日本帝国、明治政府が目指したのが、不平等条約解消と縄張りの拡大だ」
いわゆる、西洋がやっていた植民地政策を、当時の日本もやるようになったって事か。
「日本は欧米から下に見られてたから、自分たちを認めさせようと躍起だったんだ。それで、当時の明治政府は、中国の子分の朝鮮に空気入れたのさ。こっちの舎弟になれば美味しいぞって。だが、台湾と琉球を日本に取られた、中華帝国の清がこれにブチ切れた。こうして起きたのが日清戦争、おめえも歴史で習ったろ?」
「はい」
そう、日清戦争は日本の圧勝だった。
後に義和団事件だっけ?
欧米列強も介入してきて、中華帝国は結局崩壊する事になったっけ。
「で、おめえ俺の舎弟になれって、朝鮮を大韓帝国って名前にして、チャイナから独立させた。だが独立した朝鮮が、今度はロシア側に寝返り始めた。まずいと思っただろうね、明治政府もバックについてる英国も」
「ああ、だいたいの流れがわかりました。朝鮮を取られるとまずいと思った日本と英国、そして朝鮮を奪おうとしたロシアの間で起きたのが……」
「そ、日露戦争だ。なんで日本が朝鮮を舎弟って形の独立国にしたかったのは、いわゆる緩衝国って言う名の日本の弾除けにしたかったわけ。あそこは地政学的要所ってやつで、中国とロシアに睨みを効かせられる要所なわけよ。そんで表向き無関係ですって、日本じゃなく朝鮮って看板出してれば、日本も中国もロシアも戦争になりにくいって感じのさ」
ん、ちょっと話が高度過ぎてついていけなくなってきたけど、えーと、なんでそれが戦争になりにくいんだろう。
「何故ですか? それが戦争にならない理由になるんですか?」
「極道の論理的には、日本、中国、ロシアって組織があるとしてだ。直で縄張り入って売打ったり、ガラス割りみてえな事すると、喧嘩になんだろ? だから、お互い喧嘩にならねえようにって役割で、舎弟の大韓帝国の看板を置くわけさ。そうすりゃあ、日本、中国、ロシアといったお互いの縄張りに、簡単に入る事はできねえ」
ああ、そういうことか。
つまり大国間の直接戦争が起きないようにするための、間に置かれた中間的な場所が朝鮮半島。
「そうよ、あとは敵対する中国やロシアが、舎弟分の縄張りに入ってきたら、喧嘩の大義名分に出来るだろ? 具合がやばくなったら、それは舎弟が勝手にやった事だからって、逃げも打てる」
原理はわかったけど、そんな役回りされた朝鮮の人達が、その、可哀想すぎる。
「で、日本はロシアに勝った。そんで舎弟の大韓帝国には、てめえ勝手に動きやがって、なめてんのか? みたいな話になるじゃねえか? それで、追い詰められた韓国人が、日本の首相暗殺する下手打ったわけだ」
あ、それ確か初代総理大臣の伊藤博文。
伊藤博文暗殺事件か。
「そんな事もあって、朝鮮側が頭下げてきて子分になったわけさ。それが日韓併合だ。ついでに日露戦争の戦利品で、樺太併合したり、大連や旅順を手に入れたのさ。大日本帝国は中国とロシアに勝った大国。世界もビビる、イケイケで武闘派な、金ピカ極道になっちまったわけさ」
いや、大日本帝国を武闘派ヤクザ呼ばわりとか、その、どうなんだろう……軍国主義的な国になったけど、ヤクザとはちょっと違う気がする。
「だが、日本とロシアの仲裁に入ったアメリカって国が、日本やべえって話になったわけよ。満州国とかおったてたり、第一次大戦の結果、パラオだっけか? 南洋諸島を手に入れた日本は、超大国になった」
「はい、そしてあの敗戦を、日本は迎える事になるわけですね」
「まあな、端折り過ぎたがそんな感じさ。古今東西、喧嘩で負けた組織は悲惨なもんよ。北方諸島と樺太はソ連に、本州は米英に、沖縄とか奄美はアメリカ、台湾は中華民国に分割された。そして朝鮮は……」
そう、ここからが問題の確信。
彼女が前世で心を歪め、魂に傷がついた話。
「朝鮮はよ、アメリカが縄張りにしようとした。だが、これをよしとしなかったソ連が、北側を乗っ取って戦争になったのが、朝鮮戦争だ。そして日本本土では、朝鮮出身の奴らが騒乱を起こしたのさ。いわゆる三国人ってやつで、俺たちは日本人じゃなく戦勝国民だって名目でよ」
「なんでそんな事に!?」
「要因は3つあると俺は思う。一つは、日本から今まで下に見られてきた朝鮮人の怒りだ。朝鮮は古い国で半島に長年住んでた。こういった長年住んでる土地の奴らを縄張りにすんのは、徹底的に恐怖を植え付けるか、皆殺しにするしかねえ。それか、他所の遠方に所払いさせて、地元を忘れさせるかだ。極道の俺から見て、日本の占領政策が中途半端だったとしか言えねえし、朝鮮の奴らを甘く見てたのさ」
「差別……からの怒りですか」
先生は、唸りながらタバコを口に咥えて火を付ける。
「そんなに単純な話じゃねえ。どんな組織でもそうだが、新しく入った新参者は下に見られるだろ? で、古参はこっちが風上で、お前は風下って押さえつけなきゃならん。しかし日本はこれを中途半端にしちまった。朝鮮人を一応日本人って扱いにはしたが、心の中で日本が自分達を下に見ていたのが、朝鮮人に見透かされていたのさ。だから当時の日本はこっちが上の文明人だって、朝鮮人の国の制度を、何から何まで変えちまった」
「日本がそれだけの力があるんだって、彼らに見せつけたって事ですか」
「ああ、いい意味でも悪い意味でもね。それは朝鮮だけじゃなく、他の欧米列強や植民地化されたアジア諸国に見せる、世界に向けた大義名分よ。一応の建前で、人種差別撤廃とアジア開放をうたってからな。だが行き過ぎて、日本の東北地方が飢える中、朝鮮を優遇するくれえ資本をぶち込んじまったのさ。これが日本で2、26事件なんかが起きた要因でもあるんだが。そんな甘やかす事しちまったもんだから、心の中で奴らは、日本に感謝はするも、俺達をどこか下に見やがってと、愛憎入り混じった怒りが溜まっていたんだろうよ」
つまりは、日本の占領政策の失敗が、私の時代になっても尾を引いていたって事なのか。
「もし先生だったら、勇者的な観念で、どんな感じで大日本帝国は、その、朝鮮統治をすれば良かったんですか?」
「あん? 反論なんか一切させず、甘やかさず、徹底的に俺が上ってわからせるし、場合によっては痛い目に遭ってもらう。あとは人間的な面の成長を促す基本的な事を、徹底的に教育するね。でよ、ある程度教育したら、そいつら正業で金を稼がす。で、稼いだ金を俺様が少しばかりカスリ取る。単純だろ?」
怖っ! ヤクザな勇者怖!
けど、この人は私を育ててくれたし、子分の人達もみんな、人間的に成長してる。
育成みたいな能力が半端じゃないし、先生は本当は学校の先生とかした方が、ヤクザよりも向いてる気がした。
「まあ、実を言うと日本のカタギの大手企業も、似たような事を色んな途上国でやってるが……脱線しそうだから話を戻すぞ? 日本の過酷な植民地支配だったか? そんなもんねえ。むしろ甘やかせ過ぎだろ。子供に例えると、なんでも物を与えちまえば、甘ったれたクソガキになる。それと一緒だ」
「じゃあ、私が聞いてた、従軍慰安婦とか強制徴用とか、朝鮮虐殺ってのも……」
「ああ、それはだな。従軍慰安婦ってのは、ようは日本軍相手のパン助、言い方悪いが売春婦だ。中間業者、ブローカーが悪さしたかもしれねえが、日本軍が直接強制連行ってのは軍規違反だし、仮にあったとしても、記録にも残ってねえから立証は難しい。それに元々、後世のブン屋がウケを狙った話だしよ。強制徴用も、これは朝鮮人だけじゃなく当時の日本人も対象だった。で、虐殺なんか嘘だぜ? 人口が何倍にも増えてんだもん当時の朝鮮。だから過酷な日本支配ってのを煽った、別の奴がいるのさ」
嘘の情報を南北朝鮮の人たちも、戦後生れた私達も信じてしまっていたって事か。
じゃあどうして、日本と朝鮮の人たちが分断されることが、別の要因で起きていたのだろう。
「それで要因二つ目だ。アメリカの占領政策の影響ってやつよ。アメリカは、徹底的に敗戦国日本をこき下ろし、自分達が韓国の朝鮮人を統治しやすいようにしたわけだ。残虐な日本って敵を作れば、奴らの敵意が向かずに済むってよ。結果、日本本土で朝鮮人が俺達は戦勝国民だって暴れたり、竹島だっけか? 発足したばかりの韓国政府が日本の領土を奪って、漁民を拉致する事件が起きたわけ」
そうか、そんな感じで日本に住んでた日本人と韓国朝鮮人が分断されていったんだ。
戦勝国のアメリカによって。
「要因三つ目が、ソ連の影響。北朝鮮って国が出来たのは、ソ連って共産国が空気入れたわけだ。そして、日本本土で起きた朝鮮人の騒乱に、共産主義のアカ共も大きく関わってきた。在日は、米ソ二つの大国の影響で鉄砲玉みてえな扱いにあい、日本への怒りを利用されて、おかしくされちまったのさ。哀れな話だろ?」
日本の占領政策の失敗と敗戦、米ソの影響で絵里のような在日と呼ばれる人達が生まれたって事か。
「そして、日本全土で闇市とか作って暴れ回る三国人って呼ばれてた奴らや、愚連隊の与太者共。こいつらを俺の先人達、偉大な侠客の親分らが潰して影響下に置いたのさ。因果な話だぜ」
「てことは、先生の前世の組織にも、その影響で在日の人達がいたって事でもあるんですよね?」
「ああ、そうだよ。俺の舎弟にも子分にも、親が朝鮮出身の在日って奴らがいた」
前世のネットで見たことあるけど、やっぱり在日って呼ばれる人達に、ヤクザって多かったんだ。
「先生の時代、社会の表でも裏でも、差別ってあったんですか?」
「あったよ普通に。まあ半分自業自得みてえなところがあって、奴らが戦後暴れ過ぎたせいだ。朝鮮人は一般のカタギの会社から避けられて、就職できにくかったりな。それでパチンコや金融屋、芸能とかの分野や、テレビ関連のアングラっぽい分野に多いのさ。裏社会でも俺の若い時の時代、在日出身のヤクザもんは、極悪組本家の執行役や直参にはなれなかったし。なぜかわかるかい? 要因は俺の推測も混じるが3つだ」
なんだろう、絵里みたいに本国の工作員とかにされたり、日本のヤクザ組織が乗っ取られちゃうからかな?
「当たりだ。組織の乗っ取りの可能性がまず一つ。あと二つは?」
なんだろう……わかんない。
「答えは、強制送還の可能性があるからだ。日韓基本条約とか日韓覚書ってのが結ばれる前、GHQは旧植民地民から日本国籍を剥奪して、在日の地位保障とかしてなかったのよ。だから悪さした在日に、強制送還をチラつかすのが、サツ連中の脅しだったわけ。そしてあともう一個が、元々うちらヤクザに敵対してた反目の流れだからさ。今は時代が変わって、基本的に在日だろうが何だろうが、体かけたり組に貢献して、上に立つに相応しい親分は相応しい地位になる」
そういうことか。
偉い親分とかが強制送還なんかされたら、組織ガタガタになっちゃうものね。
あ、だから絵里は「証明証」って呼び方してたのか、日本に住まわせるのを許可するカード。
「そうだ、特別永住許可ってやつな。ぶっちゃけて言うと朝鮮籍ってのは、それイコール北朝鮮ってわけじゃねえ。旧日本朝鮮籍って意味だ。だが韓国籍や日本国籍にかえてねえって事は、まあそう言う事よ。外国人登録証とか言ってたっけ? お前らはもう他所者だけど、昔日本人だったよしみで、特別に日本に住まわすのを許可するって感じさ」
「……酷いと思います。元々同じ日本人だったのに、その扱いは」
「まあなあ……おめえさんの言い分も一理ある。どっちかにすれば良かったのさ。在日全員を帰国か強制送還させるか、特別永住許可者に日本国籍を与えるかよ。それで思い出したが、印象深い前世の子分がいてな。金本って野郎で、俺と似たような境遇で渡世入りしたっけか。俺によく尽くしてくれた」
先生は自分の体験談を話し始める。
前の地球で子分だった人の話。
「最初に会ったのは、俺が19くれえの時だったかな? 俺の一つ年下だが、背が俺と同じ位でガッシリした、力道山みてえなガタイした野郎だ。そいつが、面倒みてくれって俺の最初の組に入ってきた。物覚えも早かったし、当時のおやっさんの盃も、結構早めに貰えてた。俺も歳が近かったから、いい話し相手だったよ。だが、ある日そいつは下手打ちをやらかす」
「下手打ち……ですか?」
「ああ、兄貴分に歯向かったのさ。陰でそいつ、俺の兄貴達にいじめられてたのよ。朝鮮だからってさ」
うわぁ、ヤクザな世界でもそんな子供っぽいイジメってあるんだ。
「まあ俺より上の世代は、三国人との抗争で切った張ったした兄貴らも多かった。そんで兄貴達に我慢の限界だったのか、もう烈火の如く怒り狂ってよお、ドスとか持ち出したんで当番だった俺が止めた。そしたら、その野郎なんて言ったと思う? マサ兄貴も俺を朝鮮って差別するんですか? やっぱ自分は朝鮮ですんで組抜けます、みてえなこと言ったのよ」
……結構根深そうな問題だ。
裏の世界でも、そういう在日問題みたいのもあったのか。
「それで、先生はどうしたんですか?」
「ああ、兄貴の俺にたてついたから、その場で殴る蹴るよ。当たり前だろ?」
いや、全然当たり前とかじゃないし。
ああ、兄貴分に歯向かったって先生にか。
すっごい暴力的な感じだけど、ヤクザだからある意味しょうがないのか。
「そうだな、しょうがねえ話さ。本来、事務所内でのゴタゴタはご法度だからよ、俺も指覚悟で、もうね、ボッコボコにしてやった。てめえくだらねえ事で、俺を煩わせやがって、殺すぞってな。で、首根っこ引っ掴んで神棚の前で金本を正座よ。俺はその時こう言った。あそこにおわす神様の御前で、おやっさんに盃貰った身分なのに、くだらねえ事言ってんじゃねえボケってな。そんで、おめえの魂はどっち向いてんだ!? 朝鮮か!? おめえ俺が面倒見したのに、この俺を無碍にして朝鮮をとるのか! とか、そんな事言ってやったのさ」
「はい」
「金本は、俺の目を見て涙声で、自分の魂は日本です。極道者の金本誠で、マサ兄貴の舎弟ですって、ハッキリ言った。で、それ見てた親分、おやっさんが、事務所内で何やってんだって、二人まとめてヤキくらった後、謹慎出て丸坊主さ」
謹慎で丸坊主って……運動部の男子や不良の男子みたいな話だけど、それだけで済んだんだ。
「ああ、それだけで済んだ。本来は指詰めるくれえの下手打ちだがな。で、当時のおやっさんが組の兄貴達に、マサがこの野郎の面倒見するから、もう口出しすんなって事になったわけさ」
そうか、それでその金本って人は、先生に恩義を感じて尽くすようになったのか。
「それに、極道は血の問題じゃねえ。渡世の親兄弟に尽くして、魂が極道かどうかだ。何人だろうが関係ねえ話だろ?」
なるほど、ヤクザ組織は血縁じゃなく、親兄弟の契りを交わした人達で構成された集団か。
だから出身が何処だろうと、親分と子分。兄貴分と弟分や、兄弟と認め合えば、国籍なんかどうでもいい問題になるんだ。
「それ以降金本は、兄貴、兄貴って俺が何をするにもくっついて来やがったから、可愛がってやったよ。俺が極悪組の代継ぐ時も、子分としてヤスって奴と一緒に、一生懸命支えてくれた。多分、俺の時代の極道社会では、似たような事があちこちであったと思う」
そうか、だから在日って呼ばれる人達にヤクザが多かったのか。
親分子分って関係で、血よりも深い絆があったから、彼らは日本の暴力団と呼ばれたヤクザの型にはまったんだ。
「それに、家庭を持った在日のヤクザもんは、金本もそうだったが、自分がヤクザで韓国朝鮮籍だと、肩身の狭い思いさせるって籍を抜いてるのも多い。自分の子供は、日本で生まれた以上、日本国籍の日本人として生きていった方がいいってさ。実際在日連中も、普通に前科ねえやつは帰化しちまう奴らの方が多いらしいし」
「けどそうじゃない人達は、絵里のように本国から利用されたりする可能性があると」
「そりゃするだろうね。もう戦後75年にもなるから、南北朝鮮も日本も別々の国と文化になった。それで、日本に自分達の鉄砲玉みてえな奴らがいれば、利用するのは当然だろ? 日本にたかればカスリ取れるってなめてんだから」
そう、ヤクザな先生から見たら、謝罪と賠償云々とか反日する彼らに、譲歩して優遇すればいくらでもお金を取れるって思わせてしまったのが、現代の日本。
「ああ、典型的なヤクザのカモが日本だね。けど、世の中が俺みたいなヤクザを反社とかぬかして認めなくなったように、いずれ在日問題も無くなるだろう。どれくれえ先か知らんが、ほとんどが日本人になってると思う。南北の朝鮮も、引き際間違えてるから、そのうち日本から、手痛いしっぺ返しにあわされるだろうよ」
ああ、確かネットでは、ネトウヨって呼ばれた人達が、めっちゃ大勢出てきて、韓国朝鮮中国に反発するようになったっけ?
それにネットも世論の一つだから、それが政治にも影響され始め、私が死ぬ前の日本政府も、韓国への対応が、冷たくあしらうようになっていた。
「絵里ってガキも、逃げれば良かったのさ。あのガキは心のどっかで真面目なところがあったから、逃げ出せなかったんだろうよ。かわいそうなガキだ」
先生の話を聞いて確信した。
大事なのは出身でも、生まれた環境でも、人種でも国籍でもない……。
魂の在り方と生き方の問題。
「そうだぜ、人の運命は魂と生き方が決める。本来の朝鮮ってのはよ、歌や踊りや演劇とかのエンターテイメントの分野に向いている奴らさ。だが、歴史と環境から生き方を歪められて、あんな感じになっちまってる。それが、俺たちの転生前の地球世界で燻ってやがるが、それは地球が解決すべき問題。俺達がこの世界で、今解決すべきは、マリー……何だ?」
私は、一瞬目を閉じて考えると、進むべき光の道を見出す。
その光が導き出した答えは……。
「はい、先生。以前先生がおっしゃってました。迷ったら瞳を閉じて、信じるべき光が見えたら己が突き進む道であると。私は彼女も、道に迷う悲しい人々も、この世界を助けたい。それが私が見た光です」
私が意見を述べると、先生は大きく頷いた。
「よっしゃあ、早速会合だ。水晶玉で全員呼び出せ! 兄弟達、頼むぜ」
「了解した兄弟」
「あいよー、兄貴」
こうして、世界を救う私達の会合が先生を交えて行われる。
次回作戦会議