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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第四章 戦乙女は楽に勝利したい
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第129話 世界征服を目論む者

 異界とされたニュートピアは、かつて担当する神々、ニョルズ、フレイ、フレイアを失った事で、徐々に混乱をきたし始めてきた。


 ふとしたきっかけで、前世を思い出す人間が増え始め、元は地球世界での犯罪被害者や不慮の事件事故で命を落とし、魂に傷がついた者達が、今の世界情勢の混乱に乗じたため、騒乱状態となる。


 決定的になったのは、水晶玉の情報で英雄と呼ばれたマリーの前世が、エリザベスによって暴かれた事。


 彼女の前世の姿は引っ込み思案そうで、化粧気もなく、前髪で目元を隠していて地味なメガネをかけた、どこにでもいるような普通の女子高生である。


 記憶を取り戻した者達が、映像と情報を見てこう思った。


「魔法とこの生まれ変わった容姿と、生まれ持ったスキルというチートがあれば、この世界で好きなように出来る」


 今は世界を救う英雄とも呼ばれ、前世では普通の少女だった彼女の活躍ぶりを見た者達は、自分の欲望に忠実に行動し始める。 


 あるフランソワの村では、火の手が上がり男達は虐殺され、女達を自分の奴隷のようにはべらす、若者の姿があった。


「きゃあああああ」

「お父さん、お母さああああん」

「どうして、なんでこんなこと……」


 無残な光景に少女達が怯える中、少年は少女達を見て醜い笑みを浮かべる。


「ヒャーハッハッハ、魔法とかチートじゃんか! すげえぜ、前の世界で読んだ漫画みてえにチートで俺強えとか超やべえよ。いっそハーレムでも作ってやろうかなぁ! ひゃっひゃっひゃ」


 魔法を使って弱き者を虐げ始める者。


 一方ロレーヌの別の村では、領民を虐げる領主が、少女の魔法で嬲りものにされ、住人や騎士達は怯えた目で彼女を見る。


「あたしをこの世界で虐げた貴族なんか、あたしの魔法でやっつけてやるんだから。このチート魔法使ってあたしは魔法使いになる。そしてあたしは前の世界みたいに、殺されるのなんか嫌!」


 自分達を抑圧する者達に復讐する者。


 旧チーノ大皇国、大幻ウルハーンの辺境の村では、住民達を実験台にして首を捻る少女の姿があった。


「ウグゥ、体が痺れて……あぁ」


 少女は息絶えた老婆の様子を克明に記録し、魔法の斬撃で解剖をし始める。


「本で見た憧れの異世界スローライフ。生まれたこの未開な村で、現代知識使と魔法で、薬とか作って発展させための必要な犠牲。そして私は、みんなから認められて褒められたい。前の世界のお父さんやお母さん……褒めてくれたのなんか一度もなかったし」


 魔法と現代知識を使って、このニュートピアで、前世の夢を叶えようと願う者。


 そして、マリーが救ったはずの植民島オージーランドでも、定期的に来るヴィクトリーの商人を騙すため、土魔法で偽造通貨を作る少年も。


「この世界の未開な奴ら、物作りどころか数字弱い奴らばっかでチョロすぎて草。このチート魔法があれば、大金持ちとか余裕すぎっしょ。この島ネットみてえな水晶玉通信弱いし、俺の魔力で空飛べるし、大陸にでも行こうかな。騙しやすい馬鹿が多そうだし」


 このように、特に生まれ持った魔力が高いものほど、その兆候が顕著に出始め、自分が前世で受けた不条理を晴らすため、地球では使えなかった魔法を用いて、今度こそ人生の成功者になろうと暗躍し始める。


 後世の歴史で、死と混乱の一か月と呼ばれる、元最上級神オーディンが望む、戦乱と混乱の悪夢が始まった。


 この状況をほくそ笑む者が一人。


 ロレーヌ皇国皇太子として生を受け、フレイアの禁呪法により、魂を甦らせたかつての英雄ジークフリード、地球世界では匈奴王、恐怖の大王とも神の鞭とも呼ばれた、流行りのセビーロに身を包んだアッティラ。


 混乱こそ、再びこの世界で自分が英雄として活躍できる世界になると、邪な思いで世界各国の情勢を収集していた。


「ふふ、昔の俺好みの世界になって来たな。強き者が生き残るような、愚かだが美しき弱肉強食の原理。俺が最初に生まれた世界の、草原の原理だ。これを平定するのが俺の英雄たる偉業。しかしそれ以上に俺が欲する者がいる。我が愛しのマリアンヌ……お前の魂は何処へ」


 彼は自室で水晶玉を操作しながら、かつての地球世界、アジアとヨーロッパを蹂躙して富を独占して来た事を思い出す。


 そして、自分が心の底から恋した女を前に憤死し、死後ヨーロッパの北欧で、広く信仰されていた女神に出会った事を。


「アタシあんたみたいな子、嫌いじゃないわ。アタシに協力するなら、また生まれ変わってもあの子に会わせたげる」


「本当か!? 美しき女神よ! 俺の愛する妃イルディゴにまた会わせてくれるのか!?」


「服従を誓いなさいアタシに、このフレイアに。救世主アッティラとして。そしてアタシを愛する、恋人になりなさい強き英雄よ」


 彼はこうしてフレイアに忠誠を誓う。


 生まれ変わった世界は、ニュートピア。


 古代ロマーノ帝国領ガリーア、フレイア神殿の孤児院にて齢5歳で、彼は自分が何者だったかを思い出す。


 フレイアの好みで、自分は前世とは違い華奢で赤い髪の女のような顔をして生まれ、成長するに従いより美しさを増し、齢16になる彼の容姿を代官が目をつけた。


 自分を所有物にしようとした代官を返り討ちにし、後のフランソワと呼ばれるガリーアの地を手に入れた事で、彼の第二の英雄伝説はスタートする。


「ロマーノ帝国だと? 我が女神フレイアの言う通りくだらぬな。俺がこの世界全てを征服してやろう。そういえば、今度の俺の名はジークだったか?」


 彼はジークと聞き、かつて自分が地球で滅した王国の、竜殺しの英雄伝説を思い浮かべた。


「ふふ、俺が滅したブルグント共や、配下に加えたゴートめらの英雄伝説、ジグムンドともジークフリードとも言ったか? ならばこの俺が、ジークフリードになってやる。再び俺が英雄になるために」


 彼の強さに反ロマーノの機運が高まり、後にナーロッパと呼ばれる地方が、彼の手により騒乱状態となった時だった。


「余はずっと君を見てきた。君に協力してあげよう」


 彼の前に、異空間が出現し、ある悪魔が声をかけてきたのだ。


「ほう、この俺の役に立つとは、悪魔のくせに殊勝な態度、褒めて使わそう。お前の名は?」


 次元を越えて、分身のエネルギー体でこの世界に姿を現した悪魔は、自分をこの世界に送り込んだフレイアよりも、神々しい輝きを持ち、中性的な美しい声をしている。


「ルシファー、天界ではそう呼ばれてました。いわゆる魔界の魔王という身分です、ジークフリード。君に秘められし力と、余の知識を君に授けましょう。余と契約を結べばという前提ですが」


 悪魔は魔王ルシファーと名乗り、彼に召喚魔法の才覚があるのと、その使い道を授ける。


「この力があれば俺は神も精霊も、お前のような悪魔であっても召喚できるのか?」


「そう、君に秘められた力だジークフリード。ためしに余の配下、パイモンを呼び出したまえ」


 ジークは、女神フレイアに与えられた膨大な魔力と生命力で、魔将パイモンを召喚する。


 美しい顔をした元天使の魔将パイモンは、ルシファーと呼ばれる悪魔のエネルギー体に跪く。


「サタン王国国防総省、魔王軍上級大将パイモンよ、この人間に手を貸してやりなさい」


「ははー、ルシファー様。それでは私の部下達も私の能力で呼び出しましょう。魔王軍四天王よ、我が前に! ベバル、アバラル、ラバル、バリム」


 魔将パイモンにより、4人の異形の姿をした堕天使達が呼び出され、ジークの前に姿を見せる。


 ジークフリードは、自身が得た召喚魔法の力に歓喜するも、このルシファーと名乗る魔王の真意が掴めず、訝しむ。


「彼はこの世界における、君の部下と考えてくれて構わない。今、余は魔界より離れられず、ある世界で神々に苦戦を強いられているのだ。余の臣民を、人間界に移住させる計画。それとは別の、我が宰相が考えた代替案がこの世界」


「?」


「君の力があれば、ゆくゆくはこの世界に余の臣下を送ることが出来るはず」


 ルシファーが考えていたのは、過酷な魔界から、魔族を移住させる移民化計画。


 人口過多と環境破壊、神々が送り込んでくる怪物という名のモンスターに怯える日々を過ごす、魔族達を救うための政策だった。


「なるほど、俺に協力するかわりにお前達のような悪魔を、ゆくゆくはこの世界に移住させよう、という事か」


「左様、我が魔族がこの地を支配する頃には、君はもう寿命を終え、この世界にはいないはず。この世界は醜い神々が争い合う世界である。それを君が奪い、君が世界を征服すれば、我々の移住がやりやすくなる」

 

 しかし、狡猾で残虐なこの大王アッティラが転生したジークは、この魔王が用済みとなった自分を、消す気であるのも看破してた。


――ふん、俺を利用してこの世界を征服する気だろう。悪魔風情が考える事など俺にはお見通しよ。


 であるならば、逆にこの悪魔を利用して女神フレイアの指令を達成させると同時に、世界征服の道具にしようと考えた。


 そして用が済んだら、自分の力で悪魔共も滅してやろうとも。


 女神フレイアからジークにもたさられた指令は、父神ニョルズの支配する世界を、フレイアが手にするための陰謀である。


「強大な力を持つ君には、我がサタン王国元帥の称号を与えよう。どうだろう? 余と君の利害は一致していると思うが?」


「ふふ、なるほど。ならば悪魔共よ、悪魔らしくこの世界を混沌とさせるため、地獄をこの世界に築きあげるのだ」


 そして彼は、後世でマリーが最初に唱えた、世界崩壊の大召喚を行った。


 こうしてこの世界は混沌とし、魔将パイモンは古代ロマーノ帝国を簒奪し、魔界のモンスターが覆う世界となる。


「ジーク、これは一体!? アタシのニュートピアが魔界のモンスターで覆い尽くされて……嫌よ! 前の世界みたいに、こんな……」


「我が神よ、麗しき女神フレイア。この世界に悪魔が現れたのです。討伐命令をこの私、ジークめに」


 この世界の伝承に残る、英雄ジークフリード伝説の始まりであった。


 魔神にも匹敵する強力な魔将パイモンにより、世界の守護神だったニョルズは敗走し、悪魔に支配された帝国ロマーノ領を、ジークはモンスター退治をしながら、領地を増やし、自身の影響力の拡大を図る。


「ジークフリード元帥閣下、モンスターを倒す事で、この世界の人心を得ようとするわけですか」


「そういうわけだパイモンよ。そしてお前らは、この世界に混沌を生み出すのだ」


 女神フレイアに悟られないよう、戦うフリをしながら、パイモンとお互い情報交換を行い、彼は次第に世界を救う英雄ジークと呼ばれることとなる。


 彼は、四方を海に囲まれ、ロマーノに虐げられてきた植民島ケトルに赴き、騎士団を率いる年老いた王に謁見する。


「英雄ジークフリードよ。我が騎士団は、弱き民の盾となり、剣となるそなたに手を貸そう」


 ジークは、騎士というこの世界の武装集団をいたく気に入っていた。


 弱者を守るという、理想に殉じる青臭さが多少鼻につくが、そのために男として自らを鍛えるという、ストイックさに感銘を受けたのだ。


 ジークもまた、地球世界でアッティラと呼ばれた時から、男らしさを良しとした気風であったためである。


「誉高き騎士王殿、このジークめはあなた方に協力出来るとは光栄の至り」


「うむ、それと英雄よ……ワシももう余命幾ばくもないのじゃ。我が娘を、そなたなら幸せに出来るだろう。娶ってはくれぬか?」


 そしてこの植民島の騎士団を手に入れるもう一つの目的は、自身の妃の生まれ変わり、この世界ではマリアンヌと呼ばれた彼女を手に入れるため。


「ジーク様、不思議です。あなた様とは、以前お会いした事があったような」


 ジークは、頬を染めて自分を眺める彼女の姿を見ると涙が流れ落ち、その場に跪く。


「ああ、私は……いや俺は君に会うために、この世界に。どうか俺の妻になって欲しい。我が愛しの人よ」


 ジークは、前世から恋焦がれた妻を手に入れ、年老いた王より、国を譲られてロマーノから虐げられし植民島を、ジークフリード帝国と改名。


 妻の腹に宿った自分の子を、ジークは妻とともにさすりながら甘い生活に浸っていたが、長くは続かなかった。


「ジーク! アタシの英雄ジーク! 酷いのよ、ユングヴィ、いやフレイお兄様ったら。今更アタシの事を批判し始めて。この地に精霊人の帝国が攻めてくるの! やっつけなさい、ジーク!」


 そんな身勝手な。


 自分には愛する妃と、生まれてくる我が子がいるのにと思うが、その心を読んだフレイアは情念に歪んだ顔をした。


「いいのかしら? アタシとの関係、あの人間のマリアンヌって子にバラしても。あなたを愛してるから、さぞや嘆き悲しむでしょうね。女ってね、男に愛されたいの。自分だけ見てほしいの! だからアンタ、私の命令と家族のどっちを取るの!?」


 ジークは、衣を脱ぎ捨てたフレイアを抱き寄せ、頭の中で自分が最も愛する妻と子にすまぬと詫びながら、フレイアの体を抱いた。


「何故ですかジーク!? どうして私を封印に……」


 自分に付き従う、召喚した精霊ウンディーネを、女神フレイアの命令で封印する。


「許せ、我が精霊ウンディーヌよ。我が神フレイア様に、俺は逆らえんのだ」


 その後ジークは騎士団を率いて、北ナーロッパのノルド帝国に侵攻する。


 神フレイとエルダーエルフが支配するノルド帝国との戦争の末、ヨハンと名乗る年老いた皇帝を討伐し、ノルド帝国にヒト種の恐怖を植え付ける。


 しかしその代償として、騎士団は半壊し自身も精霊魔法の効果により、再生能力でも治癒しない傷を、左手を失う深傷を負う。


 戦争に勝利し、自身の帝国に戻ると、待っていたのは妻との別れであった。


「ジーク様、生まれてくる我らが子には美しい世界を。人々が互いに虐げあう醜い世界ではなく、安定を私達の子孫に」


 出産のショックで愛する妻は息を引き取る。


 子供は男児だった。


 ジークは、ノルド帝国との戦いで負った怪我の後遺症で、片手では子を抱けず、右手で優しく撫でる。


 彼は生まれ変わる前、マリアンヌの前世イルディゴ以外は、心の底から前世の子供や女に愛情を持った事などない。


 女は戦利品、生まれた男子は跡取りでもあるが、ライバルでもあり、一個の男でもあり、自分を脅かすのならば、子供でも殺すのが騎馬民族の掟。


 だが、自分が愛した女が産んだこの世界の子は、愛しの妻が残した妻の半身のようであるとジークは思い、生まれた男児に、古の大英雄にして憧れのアレクサンダー大王にあやかる名でもあり、前世と同様の息子の名を授け、自身の名、薔薇のように美しかった妻を讃え、エラクサンダー・ジーク・ローズと名付ける。


「我が妻が遺した我が子、そして我が子孫と俺の騎士共が繁栄するためには、もうあの悪魔は用済みだな」


 ジークは女神フレイアの加護を受け、かつて契約した魔将パイモンを呼び出すと、不意打ちで切り掛かる。


「き、貴様……我らを」

「貴様はもう用済みだ。死ね悪魔め」


 激怒した堕天使パイモンと、片手ながら死闘を演じ、これを打ち破るも自身の再生力を司る魔力が尽き、ジークは仰向けで倒れた。


「二度めの人生は……悪くなかったな。愛しの妃を愛してやることができた。我が子エラクが、いずれ俺の優秀な配下、騎士共を率いて大陸を統一するはず。だが世界征服が出来なかったのが悔やまれる……今度生まれ変わったら、俺こそが世界を我が手に……。憧れのアレクサンダー大王のように、世界を……」


 戦闘に加わったフレイアは、自身の加勢虚しく息絶えたジークを見つめ、女神らしく優しく微笑み瞼を閉じた。


 そして自身の使命を、完全に果たしたジークの亡骸に縋りつき、涙を流す。


「ルシファー様、魔王軍分遣隊の連絡が途絶えました。おそらく神々の介入があったかと」


「宰相ベルゼバブ、本作戦の断念をルキフゲに告げなさい。神々め、またしても余の邪魔を……あの人間も魔界からモンスターを減らす事以外は、存外使えませんでしたね」


 自身の配下と連絡が取れなくなったルシファーは、女神フレイアを甘く見ていたと悟り、作戦の放棄を決定する。


 主君を奪われて、怒りに燃える騎士団の軍勢や、復讐に燃えるフレイアに率いられたバブイールとチーノ大皇国の大軍勢が、モンスターと魔王軍四天王を圧倒し、大陸東の海へと追いやった。


「クソッ! あの女神のせいで、サタン王国本国との連絡が取れなくなった」


「人間共めええええ、よくも我らが大将閣下を卑怯な騙し討ちにいいいいい」


 魔王軍は、東の大陸に撤退し、フレイアは悪魔達がこの大陸に容易に入って来れないよう、封印魔法を施す。


「アタシからあの世界を奪った悪魔共! 今度の世界では、アタシとジークが勝利よ! 神界魔法の封印(ズィーゲル)で、この世界の大陸から悪魔やモンスターを追放してやる!」


 これが英雄ジーク伝説の真相。


 動機は不純であったが、悪魔からの侵攻を退けて愛する女性に再び出会い、己と妻の子の繁栄を祈った男の一生であった。


 そして、かつての超大国ロマーノ帝国瓦解後、ジークフリード帝国も、ヴィクトリー、フランソワ、ロレーヌに分離し現在に至る。


「さて、必要な情報収集は済ましたな。バブイールの侵攻作戦は、王都を簒奪すれば終わるはず。俺が行って、仮面の謎の男とやらも片付けてやるか」


 彼は、眠りにつくと不思議な夢を見る。


 地球世界のどこかの少年の夢。


「おい、ボサボサ頭! チビで飛び級の陰キャ(ナード)野郎! お前みたいな運動音痴、見てるとムカつんだよファゴット!」


 自分が腰掛けている机に、後ろから丸めたノートの切れ端が投げつけられ、無礼者と激昂するも体が動けない状態。


 そこはどこかの学校の教室。


 絡んでくる、大柄で年上の少年を無視して、数学の方程式を解きながら、成功者を夢見る10代の少年。


 赤毛で黒縁メガネ、チェックのシャツに濃紺ジーパンを履く白人の少年は、帰宅途中に少年たちに足をかけられて転倒し、ひび割れた眼鏡姿のままバスに乗る。


 バスから降りて、芝生と一軒家が立ち並ぶ住宅街をリュックサックを背負い孤独に歩く姿をジークは見た。


 家に帰ると、親に帰宅も告げず自身の部屋に閉じこもり、ジークには理解できない動く絵や、少女の絵をうっとりと見つめながら、今度は目の前の箱を操作して遊戯に没頭し始める。


――なんだこの小僧? 男らしさのかけらもない、自堕落な腰抜けではないか。なぜやり返さない、女々しい小僧め


「フレッド、ご飯置いておくわね。たまにはご飯をママと一緒に食べて……」


「うるさい! 話しかけるな僕に! 僕は12歳でハイスクールに入った天才だぞ!」


――この小僧、母に向かって。自分の母にしか強気になれんのか、甘やかされた小僧


 ジークは夢の中で少年を観察した。


 頭の出来は悪くはないが、消極的で引っ込み思案、ナイーブすぎる少年をイラついた思いで見つめる。


 そして、ある日の学校で事件が起きた。


 突如トレンチコートの少年数人が、親のライフルや散弾銃を手にして、校内で自分達をいじめるリア充(ジョッグ)達に復讐を始めたのだ。


「逃げろおおおお、陰キャ共(ナーズ)が銃を持って喧嘩しに来やがった!!」

「きゃああああああ」

「オーマイガッ」


 高校内は地獄絵図になり、男も女も関係なく、銃弾を浴びせられる。


「お前は、フットボールと弱い者いじめしかできないファックユー!」


 フレッドと呼ばれた少年をいじめていた、大柄な少年が目の前で頭を撃ち抜かれ、殺される。


 ゲームとは違い、血が飛び散り割れた頭から脳漿が流れ出す光景と失禁と血の匂いの悪臭に、少年は気が動転してパニックになった。


「次は野球部のリア充(ジョッグ)野郎、血祭りにあげてやる。クイーンビーも一緒にな!」


 銃を乱射した少年たちは、フレッドと呼ばれる少年にピストルを手渡す。


「さあやっちまえ、フレッド! お前も俺達と同じだろ。俺達を見返してやるんだ!!」


 フレッドと呼ばれた少年は、銃を手にしてクラスのマドンナ、チアリーダー部に所属し、自分にも気さくに声をかけてくる、金髪で緑の目をした小柄の少女を見る。


 少年の初恋の少女だった。


「さあ、やれよフレッド! 男を見せろお前の!」


 フレッドは、少女を庇うように立ち、ライフルを構える少年たちに、震えた手でピストルを向ける。


「僕は、お前たち人殺しとは違う! 僕は……天才でヒーローだ!!」


 彼はアニメのヒーローのように引き金を引くも、放った銃弾は彼が得意なFPSゲームのようにはいかなかった。


 構えもデタラメで、引き金をガク引きした結果、銃を持った少年達に当たらず、逆にライフル掃射を受けて、初恋の少女と共に体を蜂の巣にされる。


 薄れゆく意識の中、警官隊が突入して犯人の少年一人が自殺、一人は射殺、もう一人が拘束されたのを見た少年は、自分が余計な真似をしなければ、自分と彼女がこんな目に遭わずに済んだのにと、魂に傷を負って静かに瞳を閉じた。


――僕は……ヒーローに、英雄になりたかった。生まれ変わったら、今度こそ大好きな女の子を守れる、強い騎士に、英雄に……


 とあるアメリカ中西部のハイスクールで起きた、少年達による乱射事件の被害者、フレドリック・マイヤーズ14歳の人生の最後であった。


 涙を流して、英雄ジークと呼ばれた男は目を覚ます。


「ふ、軟弱な腰抜けかと思ったが、なかなかどうして男らしい小僧だ。喜べ我が依代の小僧、この世界の子孫フレドリッヒよ。俺がお前に男というものを見せてやろう。世界征服を目指す俺の男をな」


 この世界に転生した、フレドリッヒ・ジーク・フォン・ロレーヌの前世の姿を思い返して、アッティラは独言ちた。

私は、筆者である私は社会を担うはずの子供への犯罪を許せません。

子供が子供らしく生きていける世の中にするのは、洋の東西問わず大人の責任だと思います

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