第128話 勇者の帰還
私達は、装備品を持ってイワネツさんのお城を出て、ジローが先生の組織に連絡をとる。
「俺ぁだ。ジッポンの織部からスカンザに戻いくとぅ、飛行機飛ばちくぃらんがー? 明日の朝ここを発つさぁー。うん、気ーつけてぃ来い」
これで明日の朝にはジッポンから、私達の新たな拠点、旧ノルド領域のスカンザ共同体に帰ることができるはず。
「じゃあ空飛んで一気に、幕府のある釜倉まで行くぜ。準備出来たか?」
どうやらジッポンは、地球の日本史に少し似てて、日本でいう関東に幕府があって京都みたいなところには、ニョルズを信仰する天帝家と首都の中京。
そして南の宮崎県のようなところに、分裂した天帝家と、南側の幕府があるそうだ。
「はい、出来れば夕食の前に終わらせたいです」
「おっけーさぁ」
「それがしの具足も用意出来ました」
私達が返事をすると、イワネツさんは暴走族が着るような真っ赤な上着を纏い、オーラを解放して宙に浮く。
「ハラショー。クズ龍、全員に加護を与えろ! 龍飛翔だ」
ん? クズ龍?
イワネツさんは龍の力も持ってる?
すると私達に、魔法ではないなんらかの補助的な術のような何かがかかり、みんなが宙に浮く。
「あのー、これって魔法じゃないですよね?」
「おう、俺の体を乗っ取ろうとしたドラクロアってクズ龍をボコボコにぶちのめして、服従させて力を奪ってやった」
それ……先生が言ってた、九頭龍大神ドラクロア……。
先生が苦労して倒したっていう悪い奴を、あっさりこの人が倒しちゃったんだ。
「よおし、行くぞお前ら!」
マツ君の案内で、地平線が夕日で真っ赤になり、群青色をした空の方向……あれは富士山?
前世の懐かしい記憶が流れながら、日本で言う鎌倉みたいな所まで、音速を超えた速度で移動する。
「チッ、こんなもんはもうこのジッポンに必要ねえ。いや、待てよ……クックックいい事を思いついたぜ」
ちょ!? 無表情だったイワネツさんが、何か下を見てすっごい悪い顔で笑った。
普段はあんまり表情を変えない人が、すっごい悪そうな笑みを浮かべると、ほんと怖い。
「間もなく、幼少期の私が人質生活を送っていた釜倉幕府中枢。町そのものが堅牢な城塞都市の中心にある釜倉城です。そして城主は、原宗家を下克上で乗っ取った、征夷大将軍の東條氏時」
「ああ、あの陰気そうなジジイだろ? 俺の縄張りに、断りもなく軍を送って来やがって野蛮人が。俺が文明的な挨拶しねえとなあ」
文明的な挨拶かあ、確かにここは戦国時代っぽいし、現代的な挨拶やメールで挨拶とか無さそうだし。
それに、なんとなくここの風景、見た事があると思ったら、転生前に七五三だったっけ?
家族でお参りした鶴岡八幡宮に似てる。
それにお城というよりも、広大な平屋建ての屋敷がいっぱいある感じで、私が知るお城とは全然違う感じがして、馬とかの他に、龍やキメラみたいな化物も飼われてて、これを見ると異世界なんだなここはって感じがした。
「あそこです。提灯の明かりに照らされた鶴亀宮が、東條将軍の居城。おそらく郎党達と軍議中かと思われます」
「ほうそうかマツ。ちょうどいいぜ」
何がちょうどいいのか、私にはわからなかったから、ジローと顔を見合わせると、イワネツさんはサングラスを外して、玉砂利が敷き詰められた日本庭園っぽいところに降り立ち、ズンズンと歩いていき、そのたびに砂利からざっざっと音が出る。
「何奴じゃ貴様ら!」
「ここは公方様の城じゃ!」
いつの間にか大量の忍者っぽい黒装束の人達がいっぱい出て来たけど、イワネツさんは彼らを無視して鶴亀宮と呼ばれる、大きな平屋建ての屋敷に向かっていく。
「であえーーーーー! 賊の侵入じゃあああ!」
「うるせえなあ。そうだよ、俺は盗賊で勇者だ阿保共」
たくさん集まって来た忍者達を、イワネツさんが瞬く間に殴り飛ばし、土足で大きな屋敷内に入ったイワネツさんが、警護のサムライ達を片っ端から殴り飛ばしていく。
蝋燭が灯った中を進むと、そこは畳の大広間で、私はサングラスを外すと、広間には昔のサムライのような、烏帽子を被って着物を着た年寄りの男達が10人。
皆ギョッとした顔でイワネツさんを見つめ、一段高い畳の上にあぐらに座る、煌びやかな衣装のスキンヘッドで口ひげを生やした、お年寄りのサムライの前に立つ。
「よう、将軍さんよお、イワネツだ。Добрый вечер」
「?」
えっと、室内だから翻訳用サングラス外しちゃってたけど、今なんて?
無作法だけど、ジッポン語やロシア語とかわからないしサングラスかけ直そ。
「こんばんはって言ってんだよ。俺様が挨拶してやってんのに、ちゃんと挨拶返してこいよクソボケ。お前、近隣諸国連合とか作って、俺の領地に勝手に入って来やがって、俺様をなめてるだろ?」
「……織部の……大うつけか」
お年寄りのサムライ、東條将軍が刀を手にかけようとした時、イワネツさんは腕ごと蹴飛ばして、刀を持った手があらぬ方向に曲がって……うぇ。
「〜〜〜〜〜っ!!」
東條将軍は声にならない声をあげて、腕を押さえて蹲ってしまった。
「貴様あああああ、よくも我らが……」
立ち上がろうとしたサムライに、イワネツさんが一気に詰め寄り、頭にゲンコツすると物凄い大きな打撃音がして、帽子が吹き飛んで頭と耳から血を流したサムライが白目になって昏倒する。
「うるせえよ阿呆。お前ら俺の領地に勝手に入った挙句、領民共殺したり、略奪しに来やがるとか盗賊なめやがって……ぶち殺すぞ屑ども!!!」
白目剥いたサムライを今度は足蹴にしまくって、物凄い怒鳴り声と圧力に、周りのサムライだけじゃなく、あまりに怖すぎて私も身動きが取れなくなる。
全然文明的な挨拶のやり方じゃないよこれ。
まるでヤクザやマフィアとかのやり口……。
あ、そういえばこの人、ロシアンマフィアだったっけ。
すると、イワネツさんが今度は腕を抑えて痛そうにしてる東條を、思いっきり蹴り始める。
「お前も、いつまでうずくまってんだジジイ! これくれえで痛そうにするとか、お前それでもサムライのトップのショーグンかオラァ!!」
相手がうずくまってるお年寄りなのに、全然容赦がないし、滅茶苦茶だこの人。
「や、やめろ!」
「我らが将軍様が……公方様が」
「我らが代わりに咎めを」
東條家のサムライ達が、イワネツ様に懇願してると、イワネツさんは物凄い恐ろしい形相で、東條家家臣団を見下ろした。
「じゃあお前ら、手をついて俺に平伏しろ! 犬みてえに服従のポーズをとれ!」
イワネツさんが、床の畳を指さして土下座しろと言ってきたので、東條家臣団全員が彼に向けて土下座するが、思いっきりイワネツさんが彼らを蹴飛ばし始めた。
「ちょ!?」
負けを認めたのにと、私とジローは彼の暴力を止めようとしたが、マツ君はその様子を黙って見てて、イワネツさんは物凄い圧力で家臣団を殴る蹴るする。
「そんな……」
「なぜ!?」
「我らは負けを認めたのに……」
そうだよ、相手は負けを認めてるのにどうしてこんな暴力を。
「ふざけるなお前らっ! 俺の殺された領民共も、このジッポンの戦争で殺されていく民たちも、今みたいに親を、妻を、子を、友をどうか助けてくれって言って頭を下げたのに、無残に殺される様を生み出してたのがお前らこの国の中枢の一つ幕府だ!! 何が幕府だ、将軍だ、家老だ!! このジッポンにお前らなんかいらねえんだよクソ共!」
そうか、彼らがジッポン戦国時代の元凶の一つ。
諸国を統治できないで、あちこちで殺し合いが起きてるのも彼らの責任が大きい。
そして、犠牲になる町人や農民たちの無念を、イワネツさんは晴らそうとしてる。
「どいつもこいつも、しょぼくれたジジイ共が! 戦争にも来ねえくせに、無辜の民たちや若者らを大勢死なせるゴミ共。こんなところで、病院の待合室みてえにだべってやがってよお! イマダはその点、俺に面と向かって喧嘩しに来たから、あのホモ野郎は男として認めてやる。が、お前らはこんなことくれえでビビりやがって男じゃねえ!! しなびたチ●ポ全員切り取って、去勢してやるぞクソボケ共!」
私もジローも含めて将軍たちや家老全員が、イワネツさんの気迫で動けない中、振り下ろそうとする彼の拳をマツ君が止めた。
「織部殿、もうここらでご容赦を。彼らにはもはや抵抗する力はござらん」
イワネツさんはマツ君を一瞥して、東條将軍が座っていた場所をあごで合図するように指示すと、マツ君は意を決したかのように、一段高い畳の上に金属バットのような武器を持って座る。
「見ての通りだ阿呆共、ショーグンがこのざまで、フクショーグンがいない今、あそこに座った原家の血を引く、松原元康改め、松平家康がショーグンよ。文句のあるやつは?」
ちょ!?
目の前で新しい幕府政権が誕生しちゃった。
それも、マツ君こと家康が将軍になる、江戸幕府誕生しちゃったよこれ!
「へっへっへ、さすがー兄弟さー。この北朝の軍事勢力を全て手中に収めたさ」
いや、そうなんだけど……なにこれ、無茶苦茶すぎる。
東條家臣団が押し黙る中、東條氏時が衣装を脱ぎ捨て、年相応のしなびた体を晒す。
「もはやこれまで。350年続く幕府も我が代で終わり、元人質だった小童が将軍になるようでは、儂は責任を取って腹を召すしかあるまいて、ヌンッ!」
東條将軍が左手で短刀を持ってお腹に刃を突き刺したが……これ、切腹だ。
昔の日本のサムライでやってたことが、この世界でも行われてる。
あまりの凄惨な光景に、私達は皆固まってしまった。
「知らねえよジジイ、何がハラキリだ。野蛮な風習しやがって、勝手に死ねよ」
ちょおおおおおおおおおおおお。
イワネツさん、まさかの放置プレイ!?
おじいちゃん、あんなに痛がってお腹切ったのに、シカトしてる。
「だいたい、片手で腹なんか刺しても死なねえってんだ。兄弟、道具貸してくれ」
ジローは、魔力銃ウッズマンをイワネツさんに手渡すと、東條の前に放り投げた。
「おら、楽に死にてえなら口に咥えてぶっ放せよ。お前自身で人生の決着つけろ」
東條将軍は、迷った挙句銃を左手に取り、震えた手で銃把を握るとイワネツさんに銃口を向けた。
だが、弾丸は発射されずに彼はその場で固まり、脂汗を流し、ジローがため息を吐く。
「マリーちゃん、ウッズマンは魔力込めてスライド引かないと撃てねえさあ」
ぼそっと私に日本語でジローが私に呟き、東條将軍は力なくピストルを下げる。
「へっ! 生き意地汚え爺だ。臆病者で無責任なジジイ。なあ、マリー? お前は自分のせいで大勢死んで、救う事が出来なかったって思い悩んでいたのに、こんなジジイ見るとアホくさくなってくるよな?」
「……はい、卑怯者です。この人は、自分の責任から逃げ回って、おそらく今の切腹も只の責任回避のパフォーマンス」
すると、東條将軍はお腹に短刀が刺さったまま、うな垂れて涙を流す。
「ワシは……私は……思い出した……。私は、今みたいな状況で、責任を果たせず……」
日本語!?
彼は、今の状況で自分が前世で何者だったかを思い出した!?
私は、イワネツさんに右手で待ったをかけて彼の言葉に耳を傾ける。
「今でも時折、夢の彼方で思い出す。私は軍人だった、誉れある大日本帝国軍人、天皇陛下の臣下。私は……前世でも東條と言う名で……国を守れず、多くの若者達の命も守れず、無辜の老若男女を敵に鏖殺され……陛下が敗戦をご聖断なさったのを涙を流しながら……責任をとろうと自決したが、死ねなかったあああああああああ」
彼は……私でも名前を聞いたことがある軍人。
東條英機、それが転生前の彼の名前。
第二次大戦で戦争の指揮を執り、日本を敗戦に導いてしまった総理大臣。
そして戦後に東京裁判でA級戦犯と呼ばれ、占領軍に処刑された人。
「正義公道は我が国にあったのに……っ大東亜戦争で神國日本を守れず……国民を守れず……永久不滅の国家が……陛下の身姿を辱められ……死して護国の鎮護とならんと……生まれ変わった私は……更なる戦乱の世。神は、私をお許しにならなかったのだああああああ」
悲しい人だった。
前の世界で日本を守れず、国民を守れず、魂に傷がついてこのジッポンに転生した人。
「ジロー、マリー、こいつは?」
イワネツさんは、日本語が理解できず小首をかしげる。
「戦争から国を守れなかった悲しい人です……」
「そうね、戦に負けてぃ……我ぬ故郷てぃがろー多くぬ人間しぇー不幸なちゃる野郎さ」
私は、魂の中にいるアースラに呼び掛ける。
彼も先生と同じ力を持っているのなら、私が覚えている前世の記憶を見せてあげられる筈だ。
この人を退けるのは簡単だけど、私は勇者の弟子マリー。
この世界を救いに導くため生まれ変わったから、この人の魂を救う。
私は、東條元総理に手をかざすと前世の記憶を見せた。
「ご覧ください、元総理。あなたが守ろうとした後の世の日本と、東京の姿です。戦後復興から世界有数の国に発展した人々の営みを」
戦後復興した人々が行き交う東京の街並みを、幸せだった私の前の記憶。
NHKか何かでやってた、戦後日本の歩みだっけ?
商店街が出来て、鉄道が通り街が発展して、富士山を新幹線が通る映像や、東京オリンピック後にネオンが灯る繁華街や、渋谷のスクランブル交差点に行き交う人たち。
東京タワーが立ち、スカイツリーなんかも出来て発展していく東京の街並みの中、電車で彼女と、絵里と待ち合わせて一緒に学校に通った記憶。
「私は、あなた方ご先祖が守ってくださったから今の日本があると思ってる。私は、あなたが死んだ未来の令和からこの世界にやってきた日本人だった。だから、あなたは軽々しく責任とか口にせず、切腹とかしないでください。そして、この世界を守るため力を貸してください。それが、この世界に生まれ変わったあなたの責任です」
東條元総理は、私の記憶の東京に手を伸ばした後、うな垂れて静かに涙を流す。
「わ、私が前世で思い浮かべた未来が……子供達の声が……繁栄が……うっううううううううう……」
彼の魂が、救われた感触がして、私を見たマツ君がニコリと微笑む。
「私の記憶のような国にするため、このジッポンを救いましょう」
こうして、松平家康が幕府将軍になり、東條元総理は副将軍になった。
「すげえな、ジロー。あの子は、マリーは」
「そうだるー? 我が惚れた女さぁ」
「俺も惚れちまったぜ、いいかジロー?」
「どっちがあの子ー惚れさせるか、勝負さぁ兄弟」
私を見ながら、ジローとイワネツさんが英語で何やら話していた。
そしてイワネツさんは、将軍の席に着いたマツ君に片膝を付く。
「織部殿、新たな松平幕府の樹立を書状に致しますゆえ、中京におわす奥の院とミカド様に、お届け願います。それと、幕府より新たな官位、勇者と名乗ることを承認いたす!」
「承知した! この織部憲長こと勇者イワネツは、準備ができ次第、帝都中京へ赴く!」
金属バットのような武器、アマノムラクモがマツ君からイワネツさんに手渡される。
私達は、釜倉をマツ君と東條元総理に任せて帰ろうとする前に、イワネツさんの誘いで釜倉にある巨大な大仏様のようなニョルズ像の前に立った。
「くっくっく、ショーグンへの挨拶は終わったからよお、今度は中京に挨拶しねえと」
へ?
挨拶って、何する気なんだこの人。
すると、羽織ってた上着を脱いで筋骨隆々でゴリラのような裸体を晒し、両胸の襟骨の下に入った八芒星の黒々とした入れ墨が、真っ白に光り輝く。
ペッと唾を書状に吐きかけて大仏に張り付けると、約10メートルあって、重さ120トンはありそうな金属製の像にイワネツさんは組み付いた。
「ジロー、マリー、危ねえからちょっと下がってろ」
えっと、まさかこの人。
すると、イワネツさんの筋肉が膨れ上がって巨大像を一気に持ち上げる。
「ちょ!? え、えええええええ!」
「はえー、でぇじやっけーなパワーさぁ」
私達は急いでその場から離れ、イワネツさんは像を持ち上げたまま、ハンマー投げの選手のようにその場を回転し始めた。
「うおおおおおおおおおおおりゃああああ!! 偉大な金メダリスト、セルゲイ・リトビノフを超えた金メダル投げだああああああああ!!」
大仏は、音速を超えて空中で白熱し、西の空の方向へ投げ飛ばされていった。
「Давай‼」
ハンマー投げの選手みたいに、大きな掛け声とともに、空の彼方に消えていった像にイワネツさんは咆哮する。
「さすが兄弟、ハンマー投げでも金メダルさあ」
「うわ、あれ日本で言う京都みたいなところに投げ飛ばしたの? きっと酷いことになってる……」
こうして、私達はジッポンでとりあえずやるべきことを終え、織部に戻る。
大きなヒノキ風呂みたいな大浴場で体を洗ってると、お風呂には先客がいた。
冥界の女神ヘル、すっごい奇麗なお肌して陶磁器みたいに色が白い。
あれ、お化粧してるんじゃなくて素の肌の色なんだろうか?
ちょっとうらやましい、胸やお尻は……そのあれだけど。
「人間! 今、わらわの胸とお尻を小さいと思ったかしら?」
うわ、この女神はあのヤミーみたいに心が読めるんだ。
まあ、確かに……ほんの少し女神ヤミーよりも胸やお尻は大きいと思うけど。
そのー、1センチ位。
「おほほ、やはりわらわの方が、あのドチビ上級神よりも大きいのだわ」
女神なのに、すごい不毛な争いをしてるけど、まあいいか。
「えーと、女神様。この世界の情勢ですけど……今後どうなるんでしょう?」
「わらわは遺憾ながら、あのドチビに証人保護プログラムで護られてる身なのだわ。それに、わらわのあのチビ勇者のみならず、冥界最強とも呼ばれる、あのドチビの勇者も来るとしたら……複数の勇者が投入される可能性があるかしら」
うげ、それはそれでめんどくさい事態になりそうだ。
「拒魔犬公の話によると、そういった不穏な動きがあり、閻魔大王ことヤマが神々を説得しているとの話だわさ。そしてこの世界が異界認定されたって言う話も」
「異界?」
「そう、天界は世界の救済難度に応じてランク付けしてるらしいのだけど、異界認定は創造神が認定する、創造神の意にそぐわない、最悪を超えた別世界を意味するのだわ。例えばかつて存在した魔界の様に、言うなればランク外といえばいいのかしら?」
ちょ、そんな……。
一番偉い神様から、世界の理から外れてる認定されてるよこの世界。
「まあ、そんな世界に救済命令が下るのは、勇者の中でも限られてるのだわ。対応可能な勇者は、どれも歴戦かつ半神半人の最強クラスの勇者ばかりで、大半は功績を認められ引退済みも多いかしら。上級神になってるヘラクレス殿のような男神もいるのだけど、引退した筈の勇者が、こぞってこの世界に来る可能性もあるのだわ」
他の勇者さんはどんな人か知らないけど、絶対イワネツさんや先生と縄張りがどうのこうのになって、揉めるよそれ。
「異界救済ともなると、介入してきそうなのは、ゼウス天空神所有にして歴代最強と言われる上級神ヘラクレス、ヴィシュヌ秩序神預かりとなった光の勇者ラーマ、天照大神所有の炎の勇者ヤマトタケル、アヌ天地大神所有の冥界神にして土の勇者ビルガメス。この4人の殿堂入り勇者が候補かと思われるのだわ」
ちょ!? それどこぞのソシャゲのFG●!?
私でも知ってる星五つっぽい、やばい勇者ばっかりだ。
「やばいなんてものじゃないのだわ、ある意味神の力さえも超える逸脱者の化物達。遺憾ながら、今の現役最強はあのチビのヤミー所有の勇者かもしれないけど、オーディンも新たに加わった4類とも呼ばれる大逆神討伐では、彼らが駆り出されることがあるかもしれないのだわ」
どうなってしまうんだろう、この世界。
まあいいわ、たとえ何があろうとこの世界は私とみんなと、先生が守る。
「それと、イワネツさんからも聞いたけど……ロキは女神様の保護を望んでるって……」
「……あんな奴、親でもなんでもないのだわ。最悪の大逆神にしてわらわが倒す破滅神ロキなのだわ」
なんか複雑っぽい感じだし、お風呂のぼせそうだし体拭いてご飯食べに行こうかな。
彼女は、おそらく何らかの事情で父親であるロキを憎んでいて、対するロキは、たぶん彼女に親としての情や、未練があるのかもしれない。
このあたり、どうすればいいのか先生にアドバイスを求めたほうがいいかも。
彼女を、絵里をどうすれば救えるかも先生に。
浴場から出て着替えた私は、イワネツさんの屋敷で宴会と言う名のパーティに参加する。
宴会場で、ジローが三味線のような沖縄の楽器、三線を奏でて陽気な歌を披露し、歌声と音色に合わせてイワネツさんが私がイメージするロシアのコサックダンスとは全然違う、独特なロシア式の踊りを踊って、宴会場の人達を喜ばす。
身体能力が滅茶苦茶高くて体幹がしっかりしているのか、ダンスのレベルが高くてびっくりしたっけ。
出てきた料理は、魚の味噌煮に野菜が入ったちょっと濃いめのお味噌汁、鯛の天ぷらに、大盛ご飯と野菜の漬物、そしてメインディッシュのアワビの味噌焼き。
転生前の日本の食事を思い出して、懐かしくて涙が出てきそうになる。
ヴィクトリーの騎士達も、ペチャラも、アントニオさんも楽しげに宴会に参加して、みんなで料理と催し物を見て夜は過ぎて行った。
そして、別れの朝。
ジッポンの武士団が全員整列して、私達が乗る船を見送る。
「マリー、ジロー、お前がまたここに来るときは、もうちっと掃除して奇麗にかたずけておくからよ。Пока!」
「兄弟、にふぇーでーびる。またんちゃーびーさぁ!」
「ええ、また今度!」
船には、先生の組織の皆さんが整列してて、ヴィクトリーの騎士達やペチャラも乗り込む。
スカンザ共同体には、避難してきたシシリー島の人達や、彼ら騎士団の家族もいる。
あとは、先生の帰還を持って再始動だ。
「ああ……やっと帰れるぞ文明的なナーロッパに。ここの食事は悪くないが、もう危険な目に遭わずにすむ。ジロー様がロマーノを奪還した暁には、俺の領地が待ってるんだ。そして貴族令嬢とも結婚し、でかい庭付きの屋敷で幸せな家庭を……成功者として新たな生活が……」
「アントニオーも、またんちゃーびーさぁ! 連絡係の大使としてぃ、立派に勤め果たすさぁ」
「ファッ!?」
どうやら、アントニオさんは居残りらしい。
ものっすごく落胆した表情で、涙を流しながら手を振ってる。
私とジローは、輸送機の中のVIPルーム、すっごい豪華な部屋まで案内されて、ジローは昨日のお酒も残ってるのか、席に着くといびきを立てて寝込み、私はワンコのバロンを抱いて窓の外にある、小さくなったジッポン諸島を眺めながら、新たな拠点へと向かう。
このジッポンで体験した事、学んだことや体験を、日記帳に付けながら。
すると、飛行機が突如暗黒空間に包まれ、敵の攻撃かと焦った私達だったが、いつの間にかワープしたかのように、小雪がちらつく夜のノルド領域、クリスタニアに到着していた。
「これは一体……」
輸送機が着陸し、私達が空港っぽい広間に降り立つと、マサトさんや、ブロンドさん、ガイさん達主力メンバーが整列してて、着物姿をしてる私達が良く知るヤクザな人が怒鳴り散らしてて、傍らに漆黒のスーツを着たマフィアな人も一緒にいる。
「てめえらがいながら、何やってんだこのボンクラ共が!!」
「親父……すまねえ……」
全員にゲンコツしまわってるけど、傍らに着物を着た少女もいて、私は彼らの帰還を実感する。
「すまねえですんだら、サツや極道はいらねえんだよボケェ! 指詰めるかゴラァ!!」
「兄弟、その辺で勘弁してやりたまえ。おお、帰ってきたようだな」
着物の人はこっちに振り返ると、はにかんだ笑みを浮かべて、駆け寄った私の頭に優しく手を置き撫でた後、ジローの方を見る。
「てめえもだよ馬鹿野郎! てめえが付いていながらこのザマは何だコラ? おう、金城?」
「わっさいびーん……兄貴」
すると、私の手からワンコのバロンが離れて、先生に唸り声を上げる。
「貴様……それは私に対しても言ってるのか? 偉くなったな、マサヨシよ」
「げっ、兄貴! ご、ご苦労様です!!」
バロンは先生のお尻にがぶりと噛みつく。
「ぎゃああああああ、痛えです! か、勘弁してくだせえ兄貴!!」
「勘弁ならぬ! その言葉貴様にそっくり返してやるわ! 貴様がいながらどうなっておるこの状況は!!」
いや、この状況こそどうなってるんだろう。
「うむ、我の魔法で飛行機を移動させてやったのじゃ。それに爺やめ、よっぽどマサヨシに会うのを首を長くして待ってたようじゃのう、プークスクス」
そしてそれを見つめる女神も、口に手を当ててなんか意地悪そうに笑ってるし……。
バロンは、先生のお尻にクリティカルダメージを与えた後、女神ヤミーに抱き着いた。
まあいいか。
「ただいま帰りました、マサヨシ先生」
「おう、俺もただいまだ。俺の可愛い弟子マリー」
そして、私達は企図せず敵の陰謀を打ち砕いていたのを、後で知ることになる。
一つは、バブイールの陰謀で龍さんが死んだと思われていた事。
一つは、私達がイワネツさんを仲間にした事。
悪のジークに乗っ取られた彼の意識が、まだ生きてた事。
私がアースラの力を借りていたことも。
最後の一つは、私がジッポンに滞在していると敵勢力皆が勘違いした事。
これらが絡み合い、私達の反撃が始まろうとしていた。
これを持ちまして第三章終了といたします。
次回はキャラ紹介と各勢力の解説です。
ご覧になった方々、ありがとうございました。