第127話 世界救済の道筋
この会合には、私とジロー、イワネツさん、そしてデリンジャーと龍さん、そしてあと二人参加してて、私は英語とかさっぱりなんで、翻訳用オーバルタイプのサングラスをかけた。
なんか、前世のファッション誌とかで見た、グッチのサングラスっぽくて、ちょっとおしゃれだしドレスに合う。
「ヘイ、ベイビー。その様子じゃ吹っ切れたみてえだな。ありがとうよジロー、それにイワネツ」
「私も嬉しいよ。ところで、そこの少年と少女は?」
私の傍には、ジッポンの三川の国で侍をしてる、狸耳と尻尾が特徴的な松平家康と名を改めた、ショタっ子が翻訳用サングラスを手に持って小首を傾げてた。
「よくぞ聞いてくれたのだわ。わらわこそ、このジッポンを救うためにやってきた、冥界の冥王にして二級審問官、女神ヘルだわさ。下郎共、控えるのだわ!」
ヘルという女神は、ドヤ顔してモデル立ちっぽいポーズをとってるけど、顔は可愛らしいけど、身長もスタイルも合ってないから、やめた方がいいと思う。
ていうか、冥界の女神ってこういう人……いやこういう神ばっかなのかな?
「馬鹿野郎!」
あ、後ろからイワネツさんが頭を引っ叩いた。
「メスガキ! 俺の兄弟達にふざけた事言ってんじゃあねえ! 殺すぞ!」
うん、初対面は優しそうなイケメンだと思ったけど、この人は普段からこんな感じなのか、人に暴力振るう事をなんとも思ってないようだし、やはりロシアなマフィアっぽい。
「痛いのだわチビ人間! わらわに対して相変わらず無礼なのだ……わ!」
「うぐぉっ!」
今度は女神に、イワネツさんが思いっきり引っ叩かれて……なんか首が今変な方向に曲がった。
まるで先生と、あの女神のやりとりみたい。
「女の子叩くの良くねえさぁ、兄弟。すりでぃ、マリーちゃん元に戻ったしー外道共への反撃開始さぁ」
全員が頷き、私はあの時シシリー島で何が起きたのか、彼らに話す。
エリザベスの正体、絵里の話も。
「なるほど、エリザベスの正体は高麗人の転生者……という事か。マリー君の時代の情勢はあまり詳しくないが、どうやら未来でもあそこは厄介な忌地のようだな」
「まあな龍。俺の生まれたソ連の、スターリンってクソ野郎が、日本の領土だった朝鮮半島の半分を、乗っ取って作った共産主義という名の王朝が北朝鮮だ。これとは別に西側が作った韓国に分かれたのさ。あそこともビジネスの都合上よく使ったが、なかなかしたたかな連中だったよ、南も北も」
元ロシアンマフィアだったイワネツさんの言う通り、北朝鮮と韓国は、昔の明治時代だっけ?
日本の植民地になったけど、現在も問題が多い国ではある。
多分、その辺の歴史は先生がいたら詳しそうなんだけど。
「なるほど、俺はアジアの事はよく知らねえが、要するに、そのノースコリアとか言うアジアの国出身のエリザベスは、なんの因果かまたマリーの前に現れたってわけか?」
「うん、彼女は前の世界、日本を憎んでた。自分が日本人だって思ってたら朝鮮籍で、先祖が昔の日本に連れてこられて、差別されたって恨みを持ってる」
ぶっちゃけて言うと、私も韓国といえば韓流アイドルとかキムチとか、たまに起きるらしい反日活動くらいしか知らないし、北朝鮮はミサイル発射とか核開発とか日本人拉致とか、怖いイメージしかない。
今まで日本人だって思って普通に生活してたら、いきなりそこの出身だとか言われたらアイデンティティって言うのかな?
よほど心が強くないと、めっちゃショック受けると思う。
「よくわかんねえけど、中国だろうが日本だろうがなんだろうが、アジア人はみんな同じだろ? 前世がアメリカンの俺から見たら、そんな感じにしか思えねえが」
「デリンジャーの言う通り、人種って言う括りならば、俺も別に気にならねえな。俺はスラヴって括りだが、親父の家系はグルジアだったし、大昔はアジアのタタール人の血だって入ってるだろう。だから俺の目も髪も黒だし背も低い。ガキの時はケツも青かった」
デリンジャーはある意味人種の坩堝のような国で育ったせいか、せいぜいが白人か黒人かそれ以外かのくくりしかないし、イワネツさんはご先祖に色々と血が混じってるが、ロシアのスラブ人という事になってる。
すると、龍さんは首を振る。
「欧羅巴ではどうか知らんがアジアでは、先祖を大事にする。私は前世では漢人の家系、生粋の泉州人で、多国的な船団を率いた。だが、やはり人種問題は色々と考えさせられる話だった。船団員同士で、殺し合いも発生した事もある」
「アジアでも色々あるってわけか。まあ俺の場合、親がドイツ系だったし、アングロなんちゃらとかゲルマンが主だった白人階層だが、イタリア系は下に見られてた部分があったな。黒人もインディアン達も奴隷にされてたし」
そう、アメリカは一概に自由とは言えない側面を持ってる。
そういえば、先生は転生した後にわかったことだが、お父さんがアメリカ人だったそうだ。
それが理由で周りよりも背が高くて、顔の彫りが少し深かったって言ってたっけか。
「だから私は、自由な海を目指したのだ。しかし人は、魂だけではなく血と育ち、風土と言葉と共同体で形成される。私の理想を実現するため、前の世界の息子にもそれで随分苦労をかけた。前の世界でもこちらでも、やはり自己のアイデンティティは重要なのだ。なあ? 琉球人のジロー?」
「そうねー、うれーあんかむ知りらんしぃ、亜細亜は出自にこだわるさぁ。俺ぁ琉球、唐人てぃ言われる中国だってぃ色々あん。日本人だってぃ、色々あるばー? 朝鮮は……琉球以上に不器用な人間ぬ多さんさ。あったーん大国から長年虐ぎらっとーたん。アイデンティティが歪められとーん悲しい奴らさー」
そう、先生はノルド帝国救済の時に言っていたっけ。
長年虐げられていた差別の恨みは消えないと。
おそらく絵里は、そういう地球時代の記憶を引きずって、あの悪の王子であるエドワードことアレクセイの問題を何とかしようと、考えているのだろう。
「奴らは、地理的にそうするしかない。俄罗斯が未来において大国であるならば、中華と俄罗斯、日本と……美国だったか? 奴らはどれかに寄生しなければ生きていけないだろう。それが小国としての運命だが、やつらの心根は私の時代でも歪んでいた。おそらく未来において奴らは更に心根を歪めているだろう。大国に付き従うしかなかった小国が、大国に囲まれて生きていくには、歪んだ性根を形成しなければ生き残れないのかもしれん。あの女は高麗の血が流れてたから、前世で心根が歪んでるのだ、魂もな」
龍さんは、彼が生まれた時代に高麗と呼ばれた人たちを見下してて、普段理知的な彼からは程遠い表情になってて……これが差別、なのだろう。
私は冷静でいられる状況ではなかったとはいえ、彼女に怒り狂い、彼女の気持ちを踏みにじってしまった時の顔と似てる、とても醜くて酷い顔だった。
だから私は……。
「けど、彼女は……自分で望んだ生まれじゃない。同じ日本で生まれて、同じ言葉を話して、同じ価値観で生きてきて、それが国家から自分は違うものだってされたから、彼女はおかしくなってしまった。そんな社会じゃ無ければ、私と彼女は友達のままで、前の世界でお互い死ぬことなんかなかったと思う」
「いや、違うねマリー君。どんな生まれだろうと、どんなことがあっても生き方が歪めばそういう事だ。それほどあの忌地、高麗は歪んでいる。エリザベスが前世のしがらみにとらわれるくらい、あの地は呪われ、妬みと嘘つきばかりの最低の奴らだ。私の故郷の泉州は、奴らの嘘で……いや、過去を辿れば中華と倭の友好を引き裂こうとしてきたのもあいつらだ! やつらは垃圾だ」
するとイワネツさんが特大の舌打ちをする。
「くだらねぇよ龍、そんなもんよお。女と女が共感しあい、男が男に惚れ、男が女に惚れるのは、肌の色と身分や出身か? 違うだろ? 俺がジローに男として惚れたのは、肌の色でも出身でもねえ。同じ男としてでけえ金玉持ってて、信念に共感できるかできねえかだ。男が女に惚れるのもそう、女のマ●コに違いなんてねえ。あるとすればこのイワネツ様が、その女の心に惚れて、気持ちいいか気持ち良くねえか、相性がいいかどうかの問題だ。そんなもんどうでもいい、病気がうつらなきゃよ」
せっかくいいこと言ってるっぽいのに、例えがこの人、ちょっと下品すぎる。
一応女子もいるんですけど。
「そうねー」
「へっ、だな」
「そうだったな。だから私は前世の妻に、倭の国の日本人の妻に惚れた。すまない、私ともあろうものが冷静さを欠いていたよ」
龍さんは、私に頭を下げる。
「マ●コとチ●ポは世界共通よ。世の中はチ●ポがついてるかマ●コがあるか、お互いに愛し合えるかだ。そんなもんだろ、世の中はよ」
えーと、なんかイワネツさんの下品な例え話で男同士で頷いてるけど、松平君は小首傾げてるし、女神ヘルに至ってはドン引きした目で見てるし、意味わかんないし。
まあいい、話を続けよう。
「それで兄弟達、例の世界憲法設立の話だ。俺が提唱した人権だが、これを完成させるのにもう一つ確認しなきゃならねえ事がある。マリー、お前の信念はなんだ?」
私の……信念……。
「俺は、兄弟達の信念を確認したが、残りはお前だけだ。お前の信念を俺に聞かせてくれ」
私は、自分の「楽」という思いの他に、今まで出会った人達を思い出す。
植民地出身だけど、お医者さんになろうとしてるペチャラに、しがない軍人だったけど、出世して大使をしてるアントニオ侯、ネアポリなどの町を守るヤクザ達が護民官となって、社会的に認められる存在になった事。
自分たち以外を、人間として認めなかったフランソワ貴族達の身分制度を廃止した事や、ノルドに囚われた奴隷の人達を解放したりした事。
そして、私が守れなかった人達も、今ここにいる人たちも。
デリンジャーは、世界大恐慌とか家庭の事情が無ければ、凄い野球選手になってたかもしれないし、第二次大戦が無ければ、ジローはすごい武道家になってたかもしれないし、イワネツさんはオリンピック選手に、龍さんも戦争さえなければ家族を幸せにして自分の願った、自由貿易の夢をかなえる事が出来た。
そして先生も、戦後に母子家庭で生まれなければヤクザなんかやらずに、人のため社会の為、凄い人になったかもしれない……私も絵里も社会の歪みや、コロナさえなかったら……。
だから私は……。
「私が目指す世界は、私だけじゃなく、みんなが楽になって楽しい世界。人として最低限の生活が保障されて、身分問わずに好きな勉強が出来て、悪いこと以外はどんな職業も選択できる世界。そして好きなスポーツとかできたりもして、人によっていろんな選択がある社会にしたい。そして一度道を踏み外した人たちでも、正しい道に歩めるように。だから、その世界を邪魔する者や弱い人達をいじめたり、利用する悪い奴がいたら、排除する事もできる、弱者救済の制度を」
「身分の分け隔てなく、自らの生き方を尊重できる社会、この松平家康は感服いたします。そして力あるものこそ遵守せねばならない武士道、それこそがジッポンに必要なものです、わたくしの姫君」
松平家康君は、私の楽に賛同してくれ、イワネツさんは大きくうなずいた。
「ハラショー、選択の自由と、人間として生まれた最低限の保障と、人間の尊厳を奪うやつが出たら、排除できる制度……それがお前の目指す楽という信念。прекрасныиヘル!!」
「な、なんだわさ」
「お前、冥界の裁判官だろ? この場にいる全員の信念を法体系にして憲法を創れ! それが世界救済の道だ」
「任せるのだわ。わらわは法律のスペシャリストゆえ、人間界の憲法など簡単に作れるのだわ」
私達は、新しい国際法の枠組みを作ろうとしていた。
強きが弱者を虐げることがないように、皆が生まれ持った人権を尊重し合い、悪いこと以外、好きな事が出来る社会を作るために。
そして私は、彼女を……絵里の事も救いたい。
「私は、彼女の気持ちを今になって理解した。二度と魂が傷がつかない社会を、世界を求めているんだって。彼女は、どこか不器用だけど、それでも何とかしようって気持ちを感じた。だから……私は彼女を助けてあげたい。彼女を利用するロキからもアレクセイからも」
みんなは一堂に沈黙するが、デリンジャーは映像越しに手を上げる。
「オーライ、ベイビー。ローズデリンジャーギャング団はおめえと俺がリーダーだ。俺は共同代表としてお前の意見を尊重する。異を唱える者は?」
「うんなむんねえさー」
「異論はない。だが、ロキかアレクセイが吹き込んだかはわからんが、あの女がとった手法は褒められたものじゃないな。私はそれに怒ってる」
すると、イワネツさんが手を上げる。
「デリンジャー、俺はロキと契約した以上、表立って賛同する事は出来ねえ。俺の盗賊の掟、契約を順守せよだ。だから、松平……チッ、発音しずらいからマツ、お前が決めろ」
タヌキ耳の家康、いやマツ君って私も呼ぼう。
彼は私を見て、手を上げた。
「かしこまりました織部殿。私は姫の一存に異存ござらん」
しばしの沈黙の後、みながこのマツ君に注目する。
「おう、説明まだだったな。このガキはジッポンで名門の原って一族のもんだ。俺がお前らと直接やり取りするのは、まずいと思ってよ。こいつはまだ年端がいかねえが、十分な器量と確固たる信念があると思ったから、表立って動けねえ俺の代わりにする」
「オーライ、マツ。じゃあお前は俺達の仲間だ。遠慮なく自分の意見を言ってもらって構わねえ。で、これからどうする? みんな」
するとイワネツさんが手を挙げる。
「おう、デリンジャー。この俺はマツと一緒に、これからショーグン諸国連合の戦争の落とし前をつけに行く。いい案を思いついてよ、口で説明する時間が惜しいから、ジロー、マリー、ちょっと付き合ってくれよ」
「やっさあ、戦の落とし所決めんとなー」
いい案を思いついたって、何する気だろうこの人……人殺しとかしないでくれるといいけど。
まあいいか、彼にも色々と助けてもらったし、協力しよう。
「はい、協力します。それが終わったら、私はナーロッパに帰ろうと思う。とりあえず、先生が帰ってくるだろう北の旧ノルド、スカンザに」
「シミーズが帰ってくるのか!?」
「うん、冥界の偉いワンコに聞いたら、ついさっき釈放されたみたいで、色々と用事を済ませてからこっちに来ると言ってた。一番偉い神様から、先生にこの世界の救済命令が出たみたい。だから先生が帰って来たら、一気に情勢が動くと思う。あとオーディンは、神界を追放処分になったって」
すると、ヘルが手を上げた。
「オーディンが追放って……ユグドラシル全体がまずいことになるのだわ。神々の戦争が始まるのだわ、おそらくロキ達やこの世界も巻き込んで」
「女神ヘル、それなら俺達が奴らをぶっ潰す! この世界を、これ以上ブルシットな神の好き勝手なんかにさせるか! 人間の尊厳を奪う奴らから、自由と権利を強奪してやろうぜ! なあ、みんな!」
「やっさー」
「そうだ」
「ええ」
「同感だ、ムカつく奴は殴って奪う。それが俺達盗賊の流儀だろ? そして俺達は義賊だ!」
私は、別に盗賊でもなんでもないけども……。
まあいいか、仲間達と人間らしい世界を取り戻すため、みんなで頑張るしかない。
「そんでシミーズが、抑えの要のストッパーだ。ゲームはそろそろ終盤。これ以上リードを拡げられる前に、シミーズが帰ってきてから反撃開始だ」
そう、状況を打開するには先生が帰って来た方がいい。
阿修羅の力も先生に借りた状態だし。
「そういやシミズとロバートの野郎も、絡んでやがったな。シミズとロバートは、西側の裏社会で有名な奴らだった。奴らとは前世でビジネス相手だったしな」
すると龍さんが手を挙げる。
「了解した。私は、私のやり方で、清水が帰ってくる前に、バブイールと、あの皇帝の生まれ変わりのハキーム王と、第一王子の李老船との決着を」
「国王んかいないるぬーが?」
「いや、もう王位なんぞどうでもいい。私は彼らに、私の存在を認めさせ、自由に世界で商売がうてるカンパニーを作る! 前世の船団や東インド会社を超える、世界的なカンパニーだ」
龍さんは、この世界の物流を取り仕切る、株式会社設立をするのが今の目的のようだ。
転生前、倭寇の大海賊で東インド会社設立に絡んでいた彼ならではの発想。
「オーライ、バブイールはお前に任せるぜ龍。それにシミーズが帰って来れば、百人力だ。やつの知恵と勇気があれば、この状況を打開できるはず。ローズ・デリンジャーギャング団再始動だぜ」
ジローは笑顔で立ち上がり、私に手を差し出したから、私も手を握り立ち上がり、イワネツさんも楽しげに立ち上がる。
「そうねー、兄貴がおればなんくるないさー。じゃあイワネツー、マリーちゃん、マツー早速」
「おう、まずは北朝を俺のものにしてやるぜ」
「某もよろしくお願いします、姫、織部殿、ジロー先生」
方針は決まった。
世界共通の憲法樹立。
ジッポンとバブイールの平定。
絵里を、エリザベスの心を救う。
そして先生の帰還をもって反撃開始だ。
次回、第三章ラストエピソードです