第126話 大魔王の召喚魔法
先生が不在の場合や、ヘイムダルの力をもっても勝てない相手の場合の切り札。
そう、先生は言っていた。
「俺がいない間、俺が認めた弟子のおめえさんに、俺の力の源流を、弱きを助け強きを挫く圧倒的な力を教えてやんよ」
と、私に許可してくれた禁忌の召喚魔法。
魔界にかつて君臨した最凶の盗賊王にして、大魔王阿修羅。
またの名をアースラと呼ばれ、先生の魂の源流に宿る、法と正義を司る最強の闘神だっという、修羅に生きた存在の召喚。
先生の魂の源流を切り離す事で、その影響は未知数だと言っていたが、やるしかない。
私の本来の召喚魔法で彼を呼び出す。
「出でよ大魔王、人々を苦しめ呪う悪しき神に、今こそ裁きを!」
私の生命力と魔法量が大量に消費され、時空そのものが歪み、禍々しい大きな魔法陣が具現化すると、光の文字で盗賊大魔王召喚の文字と共に、それは召喚された。
先生に顔が似てるけど腕が6本あって、黒に近い茶色の肌色をした半裸の男。
「うわぁ……マリーちゃん、でぇじやべぇ化物召喚したさぁ」
「なんだあの化物!? 何がどうなってやがるジロー」
大魔王阿修羅は、体に数々の黄金のマジックアイテムを装備して、真っ赤な袴姿をしていた。
おおよその身長が180センチの、黒髪をして鋼のような筋肉。
瞳は黒い炎のような煌めきを持つ、伝説の大魔王のエネルギー体が、周囲を見渡した後ニョルズを睨みつける。
「あ、あのアースラだと……あり得ない! 奴は人間になって死んだはずだ!」
ニョルズに、明確な殺意の念というか波動を送ってる。
「で、伝説の悪魔にして闘神だわさ! 元指定準3類のアースラ」
女神ヘルもめっちゃビビってる。
これが、神に敵対してきたとか言われる、大魔王の恐怖なのか。
「ふん、神っぽいのもいるようだが、俺様がアースラだ。ふざけた奴は俺がぶち殺す! なあ、てめえだよてめー、そこの水の鎧着たカス! てめえどっかで見たことあんよなあ? 悪魔な俺も引くくれえ悪さしてるようだが、滅ぼすぞコラ」
どういう方法かは知らないけども、多分この大魔王は、先生と同様相手の心も読めるようで、このニョルズの所業を看破してて、滅ぼそうと決意してるようだ。
すると、私と目が合った。
怖い、魂が凍てつくような強烈な殺意と圧力を感じる。
「なるほど、そういう事かい。大体の事情は記憶を盗ませてもらってわかった。そういや俺を呼び出したお嬢ちゃん、あのクソ野郎、チビのバサラはこっちの味方でいいんだな?」
大魔王はイワネツさんをバサラって呼んで6本のうちの右腕で指さしてるが、バサラ?
「はい、彼は味方です。あのニョルズは人々の祈りに耳を傾けず、滅ぼそうとした呪いの神、私達が倒すべき敵です」
「そうかい、わかった。ニョルズ、てめえ久しぶりだなあ? 神界と精霊との戦争で俺見て逃げ回ってたカスのくせに、調子乗ってるようじゃねえか? おうコラ? ぶち殺すぞこの野郎おおおおお!!」
間違いない、この人は先生の魂の源流。
口汚くて物凄い迫力、そしてエネルギー体なのに強烈な殺意と悪意がして……まるでもう一人の先生。
「ば、ばかな……なぜやつが、堕天して絶対悪と暴力の化身になった最悪の存在がワシの前に」
大魔王のエネルギー体が、ニョルズに6本の手で中指を立てた後、私の体に同化する。
するとヘイムダルの鎧が、燃え盛る赤黒い色の鎧に変質して背中の羽が4本腕に変わり、私の髪の色が黒く染まる。
同時に私の力は増し、肌も日サロで日焼けしたギャルのような色に変わり、私の杖ギャラルホルンが変質して真っ黒い柄に、光のナギナタのような形に変容していく。
融合が終わり、私の背中に7色の輝きが噴き出すようになると、あふれるばかりの力が湧いて、私と同化した阿修羅の激しい魂が囁く。
目の前にいる悪を許すな、悪しき魂を裁いてこの世界から消滅させろと。
「行くわよ!! 呪いの神ニョルズ!」
私は目の前の水の巨人化したニョルズに飛び込み、杖と言うか光のナギナタを思いっきり突き刺す。
どう戦えばいいのか、私の魂に融合した大魔王の思念体が教えてくれた。
この大魔王の力は、直接攻撃した相手の魔力を盗み取り、自分の魔力に変換してしまうという、恐ろしい力を持っている。
「これで、あんたは今までのように魔力を回復できない!」
「ぐっ、ヘイムダルのヴァルキリーにして、大魔王の力を持つ化物め! なめるなあああああ!!」
海から水と電子で出来た無数の槍が高空に具現化し、私に向けて雨のように飛んでくる。
「化物はあんたよ。人々の祈りを無視し、自分の力を高めるために道具にしようとする邪悪だ! そして、これで相殺する!」
私が光のナギナタに念ずると、こいつから吸い取った魔力で、雨のような無数の水の槍に対抗するために、光で出来た剣を2本、4本、6本と加速度的に増やしていき、先生の得意技、無数の剣を生み出した。
「いっけええええ!」
降りそそぐ雨のような水の槍を、光の剣で相殺し、私は突き刺したナギナタに吸い取れと念じると、さらに無数の光の剣が上空に展開していき、海に向けて光の雨が降り注ぎ、海と同化したニョルズの魔法回復を封じる。
「くっ、我が魔力が吸い取られ……」
霞化して私のナギナタから逃れ、膝を付くようにニョルズが実体化していた。
「今よみんな! これで奴は回復できない!」
するとイワネツさんの体が光り輝き、オーラが溢れ出る。
「スパシーバ、Очаровательная、お前には盗賊の才能がある。そういえばフルネームを聞いてなかったな?」
「私のこの世界での名前は、マリー・ロンディウム・ローズ・ヴィクトリー。マリーって呼んでほしい」
イワネツさんは、振り返った後ニコリと私に微笑みかけ、目の前のニョルズに向き直る。
「アースラとバサラ……もはやこれまでか」
ニョルズは諦めの心境になったのか、膝をついて頭を下げる。
こいつは、最期の瞬間まで自分が何が悪くて何がいけない事かもわからずに、生を終えようとしているみたいだ。
こんな無責任なまま人を虐げておいて、自分が可哀想な運命って思っているこいつに私は無性に腹が立つ。
「逃げるな、無責任な馬鹿男。あなたが生み出した生命や世界に、今こそ責任を果たす時。それが世界を生み出した男の責任よ!」
私がニョルズに告げると、イワネツさんがニョルズの前に立ち、この世界を救うと決めた、先生のような気高い背中を私に見せる。
「さあ神野郎、処刑の時間だぜ? 最後にお前の信念を聞いておいてやる。お前の信念を、かつての想いを俺に述べてみろ」
「ワシの信念は、ワシが生み出した世界の生命と我が子であるヒトの繁栄だ。そしてあのオーディンを超えるここと……そのために、この地を……」
イワネツさんが己の五体に力を込めた瞬間、天高くオーラが噴出し、空を覆ってた雨雲が消え去った。
「そうか。俺の信念はどんな野郎が相手だろうが、気に入らねえ野郎は殴って奪う。そして多くの人々に希望を与えて、規律ある社会を目指す事。それが盗賊ヴァーツェスラブ・イワンコフが生まれ変わった、勇者イワネツの信念と正義だ!!」
もはやどちらの思いが強いが歴然のまま、最後の戦いが始まった。
日の当たる浜辺で、祟神と化したニョルズと、イワネツさんの一対一の一騎討ち。
ニョルズは、手に持った光と水の槍を長大化させ、最期の力を振り絞って立ち上がる。
周囲には、無数のモンスターを倒した騎士団やサムライの軍団が集まり、浜辺を取り囲み、海には私が放ったニョルズの回復を阻害する、アースラの光の剣が無数に降りそそぐ。
「ならばワシを、このニョルズを倒してみよ! この一撃にワシの力の全てを!」
ニョルズは残りの生命力と魔力を、全ての力に変えて天まで届く様な水と光と電子の槍の刃を振り下ろす。
「終焉の水撃」
イワネツさんは体をゴリラのような筋肉が膨れ上がり、避ける事もせずに両腕でニョルズの一撃を腕をバツ印のようにクロスさせて受け止めた。
「うおおおおおおおおおお!」
イワネツさんのオーラがとぐろを巻く蛇のように膨れ上がり、いやこれは蛇じゃなくて、9つの東洋竜のオーラに変わって、体を硬質化させてニョルズの光の槍を粉砕。
お互い全ての力を使い果たしたのか、ニョルズは再び膝を付き、イワネツさんは肩で息をしながら、肌の色も髪の色もオーラも元に戻り、両胸の襟骨の下に八芒星の入れ墨が汗で光って黒々と発色していた。
そして、ゆっくりとニョルズの前に歩み寄り、膝を付いた2メートル半を超えるニョルズと目線があい、ジッとイワネツさんは気迫を込めて睨みつける。
「神野郎、祟神・如流頭……最後に言い遺す言葉は?」
ニョルズは敗北を悟ったような顔して、周囲の人々の顔を見つめた後、悲しげな顔になって、最期の最後で自分が犯した過ちを悟った感じの顔つきになる。
「この地に……呪いではなく心からの祝福を、救済を我が子らに……」
涙を流して呟いたニョルズに、イワネツさんが右拳を振りかぶる。
「ハラショー、その願い俺が叶えてやる」
右拳が、ダイヤモンドの様に変質して光り輝き、渾身の力を込めて膝をついたニョルズの鎧ごと貫く、強烈なボディーブローをイワネツさんが繰り出した。
腕をニョルズの体から引き抜くと、荒魂と化したニョルズの光り輝く水晶玉のような魂を握り締め、右手で砕く。
ニョルズの体が光に包まれて、完全に消滅した。
私達はこの地を呪う神ニョルズに勝利し、以降はイワネツさんの伝説として、「神を殺した男」とも「魔王ノリナガ」などの異名で呼ばれることとなる。
「聞け織部の俺の領民共よ! このジッポンを虐げ、この地を呪った神、如流頭は滅びた! ツァラトゥストラはかく語りき、神は死んだ!! 俺が殺したからだ! もう、このジッポンを虐げる虚構によって、栄養・健康・住居といった人生の重大事が軽んじられてきた時代は終わる。これからは人間の時代、法と秩序と正義が支配する時代だ!!」
「Ураааааааа!」
周囲は歓声を上げて、ジローは私の肩に手を置き、空から日の光がイワネツさんに注ぎ込み、虹が生れて、海鳥たちが飛び交っていた。
彼こそが、私達の切り札……この世界を救済に導くため、史上最悪のアウトローから生まれ変わった、勇者イワネツ。
「ちょ!? チビ人間! 何を言ってるのかしら!? 神はまだ生きてるだわさ! わらわは……」
ヘルは何かつぶやいてるけど、先生は言っていた。
神を失った世界、指針が無くなった社会は混乱して遅からず滅びる事になると。
その時、イワネツさんが冥界の神、ヘルを指さす。
「それと俺の生き別れの妹、秀子は死者の審判を司る神、ヘルの化身よ! 俺と心ある者が制定する、法と掟を破るものは、最終的に地獄の審判で焼かれるであろう!」
「Урааааа‼︎ 化身様‼︎」
そうか、そういう事か。
ニョルズと言う神がいなくなった今、彼女を神としてとってかわらせれば、今後はこの世界の神は彼女になる、そういう事だろう。
「ま、まあいいだわさ。思慮の浅いチビ人間にしてはよくやったかしら、褒めて遣わすのだわ」
「あ゛ぁ? お前メスガキのくせにこの俺様を下に見やがって、調子こくと殺すぞ!」
「ひっ、その恐ろしい顔でわらわを見るなだわ!」
なんか、先生とあの冥界の女神ヤミーのコンビみたいだ。
それと……お腹すいた。
元のドレス姿に戻ると思いっきり、私のお腹の音が鳴って周囲が大爆笑し、避難してたペチャラが涙目で私に抱き着き、私のジッポンの戦いは終える事となる。
「へっ、なんかわかんねえがこっちの世界も面白そうだ。お嬢ちゃん、あの人間のガキ、マサヨシが帰ってくるまで少し体にいさせてもらう。いいな? 死んだはずのヘイムダル」
「君とまた会えるとはね、アースラ。いいだろう、僕が許可しよう」
私の脳内で、神と大魔王が会話していた。
そして、私は彼について驚愕の情報を得る。
「人間のお嬢ちゃん、今はイワネツって名乗る存在、油断すんな。奴は、神時代の俺ですら取り逃した史上最悪の魔族だった。その名を、十二大将軍の一人バサラ。他の十二大将軍は神の力に屈し、服従したのに対し、奴はたった一人で神と戦い続けて突然姿を消した魔界の大帝だ」
「……なぜ彼が人間になったかはわからない。だが、彼にはかつて極悪無道とも呼ばれた強烈な悪の波動は感じなかった。ヴァルキリーよ、僕の千里眼をもってしても彼の出現は読めなかったが、もしかしたら君の思う切り札になるかもしれないよ」
彼は、大魔王どころか魔帝とも呼ばれる存在だったらしい。
なぜ彼が人間になったのかは、私にもよくわからなかったが、彼が取り戻したという人間としての生き方、彼の正義に賭けてみようと思う。
その日の夕方、私達は水晶玉の暗号通信を使って通話する。
「みんな、心配かけてごめんなさい。私は、みんなが言う一歩を踏み出すことができた」
みんなの前で頭を下げる。
私の無事を知らせるのと、このニュートピアを救うための会合を開始した。
主人公達が第三章ラスボスを倒し、次号とエピローグを終えて第4章へ