第123話 世界を祟る者 後編
ジローとイワネツは、目の前のニョルズに向けてフットワークをとる。
かつて世界を創った神にして、世界を憎み呪いを放つ海神にして元上級神ニョルズ。
現在は祟神・如流頭となった悪意の塊に、立ち向かう。
「汝ら、神であるワシに歯向かう気か? お前達を創った生みの親に対して」
「調子こいてんじゃねえくそったれ! 女々しい野郎! 神の信念も無くしたクソのくせしやがって!! 俺はよお、お前みたいな規律もねえゴミ野郎を滅ぼすために、勇者になったあ!!」
「汝! 神であるワシに何たる暴言! 侮辱するかぁ!」
ニョルズは光の宝剣アマノムラクモと呼ばれる剣を持つと祟神の怨念の力を発動し、目の前の母子の体が光り輝くと、無数の鋭利な紙で出来た人形が周囲に大量に発生し、ジローとイワネツの周囲をとりまく。
「黙れ!! 女子供を道具にする規律もねえクソ野郎! 何が神だくだらねえ! 紙野郎に名前を変えちまえ! 俺は相手が誰だろうが、盗賊の信念で気にくわねえゴミ野郎から殴って奪う! もう、このジッポンにお前などいらねえ! 俺がこの国を強奪してやるからよお……お前はその剣置いて死ね、カス野郎」
イワネツは祈りを捧げるジッポン人を雑種呼ばわりし、尊厳を踏みにじった神の力など一切信じず、自身が最も信頼する己の五体と魂に力をと念ずると、筋肉がバンプアップして肥大化し、脳内のアドレナリンが一気に噴き出す。
「поеду!」
ニョルズに一気に間合いを詰めて跳躍すると、顔面を右フックで殴りつけた。
ジローは、自分や自分の兄貴分よりも手が早いと思いながら、現在の状況を冷静に考える。
自分も兄弟分のイワネツも防具や武器の類の装備を身に着けておらず、龍神とやらの加護が発動していたが、相手の攻撃や癖も定かではない状況。
「ちょっちゅ不利かむしりらんやー……が、なんくるないさー!!」
自身に纏わりつく、人形に対しジローは腰を捻転し、フィギュアスケート選手のように自身の体を回転させ、風の魔力で浮きながら次々と炎の回し蹴りを放つ、旋風脚を放つ。
一方、ニョルズと対峙するイワネツは自身の拳に違和感を覚え始める。
ニョルズの顔面を打ち抜いたはずだが、右フックの感触が水の中を泳いだような感触がして一瞬戸惑うも、ならばこれならどうだと、ジローが足に炎魔法を纏わせているように、自身の拳を白熱化させる。
「オラオラ紙野郎! くたばっちまえよ!」
ニョルズに拳を打ち付けた瞬間、水分が蒸発する感触がしたので、有効打であるとイワネツは判断し、何発も何発も拳を振るうが、衝撃と共に体に違和感を感じて、目線をちらりと下に向ける。
すると腹から光の筒状の物が飛び出していた事に気が付く。
「痴れ者が、それで攻撃のつもりか」
体を蒸気化して分身したニョルズが、イワネツの背後から腹部を剣で突き刺して貫いたのだ。
「イワネツー!」
ジローが壁を蹴って三角蹴りを放つが、霞と化したニョルズにかわされ、右足を切断された。
「あがっ! この野郎……」
すると、天井を飛び回った無数の人形は、怨念をこめてジローの体に纏わりつき、無数の斬撃を放つ。
「ジロー! クソ野郎!」
ジローに纏わりつく人形を炎魔法で焼き尽くし、ニョルズの顔面を殴りつけたが、逆に右手首の尺側手根屈筋と腱を光の剣で断ち切られる。
「ワシは、幾多の世界で戦いを見続けた戦神! 我が剣技は憎きオーディンをも超えた! いつか奴を殺すために今まで力を蓄えたのだ!」
イワネツは右腕を抑えて、距離をとるが無数の人形に纏わりつく。
「ぬおおおおおおおおおおおお」
ジローが受けた斬撃を自身もうける羽目になり、霞の様に瞬間移動したニョルズは、光の剣を鈍器の様にして後頭部に振り下ろし、あまりの威力でイワネツは膝を付くと、イワネツの顔面にニョルズの蹴りがさく裂する。
装備も武器もない圧倒的に不利な状況にジローは切断された右足を切断面にくっつけ、光の神ヘイムダルを思い浮かべて祈りを捧げながら、不得意な神霊魔法で回復を行う。
――くぬ神社自体ぬ、この野郎とぅ……あぬ親子ー結界ぬぐとーる魔法空間。状況的んかえー圧倒的に不利やん。ちゃーすん、こういう時ぃ……清水の兄貴やれーどう戦う?
勝ち筋の見えてこない戦いに、ジローは思考を巡らせる。
自分と兄弟分がニョルズに勝つには、どうすればいいのか?
兄貴分である勇者マサヨシなら、どうすればこの状況を切り抜けるかと思い、左手の小指に装備した惚れた女とお揃いの召喚の指輪を見つめる。
頼りにしてる兄貴分マサヨシは天界に拘束されており、マリーも戦える状況ではなく、仲間の龍もデリンジャーもナーロッパの戦場で活動してるため、とてもじゃないが指輪の力で呼び出せる状況ではなかった為、考えた末に彼は決心した。
「あぬ女恐るしさんし……苦手やんしが、力借いんしかねーんさぁ」
ジローは指輪の召喚で、以前自身が敗北を喫した氷の賢者を呼び出した。
「ごきげんよう、マサヨシ様の下僕と、よくわからない誰か様」
儀式用の真っ白い装束を着た仁愛の世界の教王にして、賢者アレクシアが召喚される。
「おい、ジロー! 誰だこの白い衣装のプラチナブロンドな極上の超上玉は!? おい、女! どうやってここに来た!」
氷の賢者アレクシアは、一瞬でイワネツに間合いを詰めてボディーブローを放つと同時に、二人の体力を得意の神霊魔法で全回復させる。
「口の利き方に気を付けなさい、坊や。殺しますよ?」
激痛と同時に膝を付いた瞬間、体力を回復させたイワネツは、自身をゴミを見るような目で見下す賢者の銀色の瞳を覗き、冬のシベリアのような寒気を感じて、わけがわからねえとジローに振り返った。
一方、海辺では海底から凶悪な魔力反応と、自身が勇者にしたイワネツのオーラの波動を感じたヘルは、勇者が苦戦している事を察する。
「まずいのだわ、何か得体のしれぬ何者かの凶悪な波動と、あのチビ人間が何かと戦ってる」
空は今までの晴天が嘘のように暗雲が立ち込み始め、落雷と突風が吹き始め、ヘルは砂浜を駆けて、魚の味噌煮の大鍋を、離れた位置で見守る筆頭家老の柴木こと鬼髭の前に立つ。
「チビ……じゃない、兄様が何かと戦っているかしら。鬼髭、まずい状況なのだわさ」
鬼髭こと柴木も、空を仰ぐとただならぬ気配を察してヘルに頷く。
「かしこまりました秀子様。兵卒共! 戦闘態勢!! すみやかにイワネツ様の装備とジロー殿の武具を用意いたすのじゃ!」
織部軍が万が一の事態に備え、用意していた甲冑を身に着け始め、あわただしく兵たちが浜辺を駆けまわる中、パラソルに見立てた大傘のゴザに座るマリーを避難させるため、ペチャラが車椅子を用意する。
「マリー様、ここは危険であると大使のアントニオ様から連絡が」
するとマリーは、立ち込めた暗雲を見るとエリザベスこと絵里が召喚したセトによって、シシリー島が壊滅した光景を思い出し、震え上がる。
「やだ怖い……助けて、みんな……先生……」
近くにいた元康は、ペチャラにぺこりと頭を下げて、彼女と共に頬を赤らめながら恐怖に震えるマリーを車椅子に乗せる手助けを行う。
「かみなりさまー 落ちたー スルーズかみなりすきー」
「はいはい、早く避難しましょうねー」
犬千代の妻の松子が、海辺を眺めるワルキューレのスルーズの手を引き、織部軍精鋭部隊の赤母衣衆を指揮する夫の元まで駆け寄った。
「なんかヤバそうだからさ、お前そいつ連れて家に帰ってて。これから男の仕事だから」
松子に跪き、頬っぺたにキスする犬千代を見たヒデヨシは、俺も彼女欲しいなーとか思いながら、自身の部隊、愛羅武勇と名付けて、特攻服を身に纏ったヤンキーのようなガラの悪さが特徴な、味噌川周辺の川筋者達を集結させる。
「てめえら! 俺ら威悪涅津親衛隊、愛羅武勇の初陣だからよお! 来るべきジッポン全国制覇に向けてぇ、気合入れて夜露死苦ぅ!」
「夜露死苦!!」
転生前の青春時代、全日本同盟と言う名の連合暴走族時代を思い出し、海底から来るナニカとの戦いで、武功を上げて出世しようと、ヘタレと呼ばれたヒデヨシの目は活き活きとしながら、浜辺を見つめ、ヘルは自身の勇者の力を解放するよう念じた。
そして、怯えるマリーを車椅子に乗せて非難するペチャラが持つ水晶玉が振動し、彼女を想う彼らからの着信が入る。
一方、海底神社ではジローが呼び出した賢者が、決戦用大型魔力銃ソーコムを二丁持ちにし、魔力弾をプラズマ化させ、ニョルズと無数の人形へワルツを踊るようにクルクルと舞いながら銃撃を繰り返す。
「なんだあのズべ! あいつやべぇぞ!」
「清水の兄貴の女さぁ。イワネツー今やん! あぬ紙の妖怪らぁ足止まっちょーん隙にぃ!」
「おう! 光弾乱舞」
イワネツは両こぶしを握り締め、ニョルズに向けてチャクラを練った右手を指鉄砲の様に向け、左手で右手を支えるよう狙いを安定させると、炎の魔力と風の魔力も混ぜ合わせ、マシンガンの様に乱射する。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
たまらず、ニョルズは体を霧状にして避け始めるが、今度は光の散弾を放つ。
「今だ! お前を拘束してやる! 強制収容!!」
蒸気化したニョルズを、土の魔法で作った金属製の檻に封じ込めると、どこからともなく無数の紙人形の人形が現れ、イワネツの体に張り付き始めた。
「な!?」
「我が夫を離すのです!」
「父上を解放せよ」
母子の声がイワネツの頭の中に響き、呪詛の力で動きを止める。
そして拘束した檻は爆ぜ、中から出てきたニョルズが、イワネツへ唐竹割りのように一文字に剣で切りつける。
対するイワネツの攻撃は霞化するニョルズに当たらず、さらに呪詛の声がイワネツの精神を蝕んでいく。
「うふふ、なるほど、相手が水のエネルギー体であるならば話は早い……」
賢者は氷のような微笑でニョルズを嘲笑う。
いやな予感を感じたジローは、イワネツの体に纏わりつく人形に風を纏った裏拳を繰り出して吹き飛ばし、彼の体を抱えて宙に浮く。
「ジロー、すまねえ」
「上に脱出さぁ、しにヤベエ!」
「あん?」
賢者アレクシアは、魔力を集中させるとニョルズと母子が作り出した魔力空間の運動エネルギーが急速に低下していき、空間の水分が凍結し始めキラキラと光り出し、酸素すらも液化し始め物理法則が次々と狂いだす。
九頭龍大神の加護を受けていなければ、凍結と酸欠で気を失う程の禍々しい賢者の魔力が、空間を覆い始めて、イワネツとジローは何とも言えない悪寒を覚えて体中に鳥肌が立つ。
「やはり思った通りですね……彼はあの青虫を拘束しようとしたみたいですが、こうすればよいのです。時間すらも凍結させる、わたくしの最大出力、絶対零度!」
まるでガラスがひび割れを起こした異音と共に、空間はおろか時間すらも凍結させる、賢者アレクシアの絶対零度が発動する。
「な、なんだこりゃ! 朝のシベリアよりも寒いぞ!」
「おっかねえさぁ、日本昔話ぬ雪女やん」
最大出力の大魔法を使ったことで、賢者アレクシアの召喚時間が大幅に短縮され、あと10秒ほどで元の世界への帰還が始まろうとしていたが、彼女は高さ10メートルの本殿天井を指さす。
「この魔力空間を壊せば、哀れなアンデッドと化した母子の魂が天界へと召されるでしょう。それではごきげんよう」
賢者は、喚の効果が切れて元の世界へと還って行き、ジローとイワネツは今の助言の意味を理解してお互い顔を見合わせた。
「んちゃ、そういう事ぅがー」
「ああ、そういう事だな。ロシア生まれの俺でもここは寒いからよ、暖めてやるぜ」
イワネツは両拳を胸の前にぶつけて魔力を練る。
ジローは凍り付いて動けないニョルズから、風の魔力を応用して宝剣アマノムラクモを奪い取り、手にした瞬間、銅が酸化したような緑青色に輝く、野球で使う金属バットのような姿に変わる。
彼らの足元には、凍り付いたニョルズを守ろうと人形の形態を解除して、しがみつく母子の姿があった。
イワネツは母子を見つめ、祈りを捧げながら魔力と体内のチャクラを最大限に高めると、古の大悪魔、十二大将軍バサラの姿に変り、ジローは母子を見つめると、やり切れない思いで顔を伏せる。
「来世では、幸せにな……そして俺は、二度とお前達のような悲しい思いをする魂を生まねえために、このジッポンを、規律もねえ世界を救済してやる!! 吹き飛べ呪いの神殿! 陽光放射」
イワネツが右拳を突き上げた瞬間、眩い閃光が瞬き魔力空間そのものを破壊する、光と炎と風のエネルギーが発射された。
伊東湾で海底火山が噴火したような大爆発が生じ、巨大なキノコ雲が上がる。
マリーはその光景を見ると、シシリー島での記憶がフラッシュバックして過呼吸状態になった。
「いや、もういや……こんなところにいたくない! 誰か……」
ペチャラは水晶玉の通信をONにすると、二人の男からの通話が繋がり、映像化する。
国土防衛のためにろくに睡眠をとっておらず、ダークブラウンのオーダースーツがよれてシワだらけになり、目に隈が出来たデリンジャーの姿と、毒は完治したが、後遺症で髪の毛が全て白髪化した龍の姿だった。
「ヘイ、ベイビー俺だ! そっちで困った事ねえか? マリー」
「何だその軽薄な挨拶は、もう少し慎め友よ。ご無沙汰だったなマリー君」
デリンジャーと龍からの通信にマリーは沈黙する。
彼女の心は、魂が引き裂かれるような傷を負い、まだ癒えていない。
「その様子じゃ……まだ本調子じゃねえみてえだな。すまねえ、お前を助けるって言ってたのに、てめえのケツに火がついちまって、クルスやシシリー島の事については残念だった。俺は……」
「皆まで言うな友よ。私は今、王都イースタンにいて、私を取り巻く前世の因縁に……今こそ終止符を打つために……」
「聞きたくない……もう、誰かが死んだり、何かを失う事はいや」
マリーの拒絶に二人の男は沈黙するが、デリンジャーは通信先から不敵な笑みを浮かべ、帽子をくいっと上げる。
「俺達は死なねえさマリー。英雄ってのはよお、そう簡単にくたばらねえ、なあ?」
「ふ、英雄か。飛鳥尽きて良弓蔵められ、狡兎死して走狗烹らる……昔の中華の故事だ。時代や民衆や国とは勝手なもので、価値があるときは英雄などと持て囃し、時代から必要なくなれば簡単に捨てられるだったかな? まさか生まれ変わっても似たような経験をするとは私も思わなかったが、私はまだ生きている。君もだ」
一回り以上年が離れてはいたが、惚れた少女に龍は微笑みかけて言った、まだ生きていると。
「俺もよ、前世で人殺しはご法度だなんて言ってたのに、サツをぶっ殺しちまったり、次々と仲間たちも死んでよ。最期はお前の知っての通りだったが、お前のおかげで俺は……この世界で本当になりたかったものになれたんだ」
「そして私も、君が助けた我が友ジョンとジローがいなければ、今も道を見失ったままだっただろう。おそらくは、ジローが助けたジッポンにいる彼もだ」
「ああ、俺達の新しい仲間、兄弟分のイワネツだ。マリー、お前が全部道筋をつけてくれたんだ。お前がいなかったら俺達は……」
マリーは両手で目を抑えて首を激しく横に振る。
「私は、あなた達が思う女の子じゃない……だって私は、この世界に転生する前は、こんな可愛い顔してなかったし、生まれ変わった動機だって、楽に生きて楽な生活したくて、お姫様とかやってみたいって理由で」
「いいじゃねえか、そんな事はもう。シシリー島の事は残念だったし、死んだやつは生まれ変わりがあるかもしれねえが、命が元通りになる事はねえ。人は来た道ばかりを気にするが、これからどこへ向かうかが大切だ、違うかい?」
「千里之行 始於足下。千里もある遠い道のりであっても、まず踏み出した第一歩から始まる。老子が残した故事だったか? 君が私達に新しい道の一歩を歩ませてくれた。もし、今の君が一歩を踏み出せないのなら、今の私達の話を思い出してくれ」
マリーがうつむきながら涙を流し、車いすに座った状態から立ち上がり、異変を起こしている海を見つめると、巨大な水柱が立ち上り、全長数キロにもなる水の巨人のようなものが姿を現す。
「この薄汚れた島々の愚か者共があああああああ、よくも我が神殿をおおおおおおおおおお! お前達を生み出したのはこのニョルズなのにいいいいいいい! ワシから何もかも奪う気かあああ!!」
熱海神社を破壊され、魔力が暴走した祟神・如流頭の姿と、兄弟分から金属バットのような宝剣アマノムラクモを手渡され、目の前の悪を滅ぼさんとする浜辺に降り立った勇者の後姿だった。
次回は主人公の一人称視点に戻ります。