第121話 波の音
「オラァ! モタモタするな兵卒共!! 浜辺に大傘を設置せよ! 水魔法で冷やした飲み物はそこにまとめて置け! イワネツ様がここで海水浴をご所望だ!」
イワネツの部下にして、戦死した家老平井に代わり織部家臣の筆頭家老兼相談役に就任した武将鬼髭、柴木勝栄がふんどし姿で金棒を指揮棒代わりにして指示を出す。
マリーは、点滴を受けながらドレス姿でボーッと海を眺めており、傍に専属医師のように、オージーランド出身のペチャラがジローと揃いのポロシャツを着て、マリーと一緒に海を眺めていた。
「ワオーーーン」
「ブヒヒン、ブヒヒヒン」
マリーがバロンと名付けた閻魔大王側近の拒魔犬と、オーディンの軍馬だったスレイプニルが砂浜にゴロゴロと背中を擦りつけて砂浴びをし、幼児退行したワルキューレのスルーズが、犬千代の妻マツ子と浜辺で砂山を作っている。
「意味がわからないのだわ。なんでわらわが、こんな児戯に付き合わなきゃならないのかしら。チビ人間、あの男の考えることはよくわからないのだわ」
季節は冬に向かい、日差しがあるとはいえ秋の寒空で、褌一丁とパンツ一丁になった、両手を腰に当て、サングラスをかけたイワネツとジローを、日傘を差した浴衣姿のヘルは見つめていると、筆頭家老の鬼髭が、水魔法で冷やしたモチにあんこをかけた菓子を差し出す。
「まあ……悪くないのだわ。海、人間界……わらわは今まで何も知らなかった。美しさも、暖かさも、人間の生き方も」
ヘルは呟きながら、冥界暮らしで見たことも無かった海の色や波の音、そして浜辺にいる生き物たちをじっと見つめていた。
一方のイワネツとジローは、違和感を覚えながら二人して小首をかしげる。
「……おい、兄弟。なんか違う感じするし、致命的な何かが足りねえよなあ?」
「そうねー、浜辺に似合う水着ぬギャルおらんさぁ。それにちょっちゅ寒ーさん」
秋の木枯らしが吹きすさぶ中、二人は海を見つめる。
「……ああ。とりあえず、あそこの海域で地引網でもやらせて、神社の痕跡を探そうか」
なんか思ってたのと違うと思いながら、海底にある沈んだ島と神社を見つけ出すため、二人は海を眺め、ヒデヨシは鼻歌混じりに火にくべた鉄板を用意して、部下に取らせた海の幸や旬の野菜を焼く。
「犬ちゃんさあ、海っていえばバーベキューじゃん。とりあえず、このカキとしいたけ食い頃ね」
「ありがとう猿。懐かしいなあ、フランスで傭兵してた時、アルジェリアの仕事から帰った後、休暇取って基地の近くのコルシカの浜辺で、戦友達と似たような事したのを思い出すよ」
話しながら、海を見ないようにしている犬千代を見たヒデヨシは、犬千代が前世でロシアンマフィアのニコライという名だった時に、海で死んで心に傷が付いているのではないかと思った。
「ところで、猿。オレ達が捕虜にしたあのモトヤスだっけ? また収容所抜け出して、亡命してきたお姫様見てるけど、あいつなんなの?」
浜辺に流れ着いた流木を持って、マリーの方を時折チラ見しながら素振りしてる、三川の若き武将にして織部軍捕虜のタヌキ耳とタヌキの尻尾が特徴的な155センチの美少年、松原元康を見ながら棒に刺した椎茸を頬張り、犬千代は左手の人差し指で差した。
「さあ? あいつ逃げようと思えば自分の領地帰れる筈なのに、意味わかんねえな。夕方になったら何食わぬ顔で収容所に戻るけど。あのガキ、うちらに拉致られてる立場っての忘れてんのか?」
焼いた海老を頬張りながら、猿ことヒデヨシは、おそらく前の世界で後の徳川家康になるかもしれない元康を観察する。
流木で素振りしてる元康に、面白半分で食べ終わったカキの貝殻を投げつけると、振り向いた元康が流木で貝殻を木っ端微塵に粉砕した。
「ちょ!? 今の見た犬ちゃん? あいつなんかやべえ。棒切れ持つと超凄えぞ」
「ん? ああ、捕まえた時のあいつやばかったよ。剣術っていうの? 近接戦は無理だと思って部下達みんなが囲んで、ライフル向けてもあいつ全然ビビんなかった。しょうがないから俺が空挺降下して、空から後頭部に銃床振り下ろして、気絶させてから捕虜にしたよ」
「え?」
「え?」
後ろから道具持って不意打ちとか、不良の喧嘩でもあんまりやらねえし、空挺降下って何?
などとヒデヨシは思い、犬千代は戦争だから軍法に違反しなきゃ、どんな手使っても勝てばいいじゃない?
という顔をしてお互い顔を見合わせた。
「まあ、やばいのはあのお二方だよね。もうすぐ冬なのにロシアの時みたく海で泳ぐ気だよ。それにイワネツ様は当然だけど、あの沖縄のジローって人の体付きがやばい」
イワネツは優男風の顔に似合わず、ミスオタチン異常により、体重が90キロを超えて筋肥大化しており、まるでレスラーのような筋肉だったのに対し、ジローの筋肉は一切の無駄な脂肪がついていないような、一流アスリートのような肉体をしている。
「あぁ……あの人ブルースリーより、いかついガタイしてんよね。犬ちゃんもガタイいいけど、あの人ら人間の体付きしてねえ……」
などと二人が話しながら食材を焼いており、ぼーっと海を眺めるマリーに対して、ジローとイワネツはニコリと笑いながら手を振ると、素振りをしていた元康が、自分が惚れた姫に対して手を出そうとしてると嫉妬心を燃やして、流木を持って二人に迫る。
「なんだコイツ?」
「何ー? 近所の子供が?」
すると、元康は流木を剣に見立て、イワネツに飛びかかった。
「なんだこのガキ?」
イワネツは瞬時に組みついて、元康を砂浜に放り投げると、スルーズの作った砂山に頭から突っ込む。
泣きべそをかく彼女を尻目に、今度はジローに飛びかかるも、足払いをかけられて砂浜に転倒する。
「くぬ悪餓鬼! スルーズてぃ子に詫びてぃくい!!」
自らの磨いた剣技が二人に全然通じず、唇を噛み締めた元康は二人にペコリと一礼すると、マツ子に頭を撫でられて慰められてるスルーズの元へ行き、ペコリと一礼した後、また素振りを始めた元康を見たジローは、にこりと笑う。
「何ーやん、そういうくとぅがー」
「あ?」
怪訝な顔をするイワネツに、ジローはウインクして、素振りをする元康の前に立つ。
「すりぃ、終わったら稽古してぃやるさー。武道しーていんだる?」
ジローをちらりと見た元康は、その体つきと自分の剣技を退けた技を見て、一流の武芸家であると悟り、素振りの速さを増す。
「かたじけない、異国の人」
「ジローでいいさぁ、名前は?」
イワネツは、ジローと元康のやり取りを見てフッと笑う。
自分の心根が優しい兄弟分は、今のような感じで第二次大戦最大の激戦地の一つ、沖縄戦後に親を失い、孤児になった子供達を面倒見して弟分子分にしていき、自分の組織を作ったのだなと悟った。
「地引網やジローのトレーニングはまだ時間がかかりそうだな、どれ、じゃあカウンセリングの続きか」
浜辺を見ながら、時折自分が守らねばならなかったシシリー島を思い出し、涙が流れていたマリーの前に、フンドシ姿のイワネツが現れる。
「辛い目に遭ったみてえだな……ドクター、ちょっと席を外してくれるか?」
イワネツはペチャラに声をかけて、パラソルの中でマリーと二人きりになる。
波の音を聞きながら、イワネツは彼女が何か言うのを辛抱強く待っていた。
だが、一向に言葉を発しようとしないマリーを見たイワネツは、海を見ながら自身の事を彼女に独り言のように呟き始める。
「俺もな……前世では周囲は不死身のイワネツ、規律ある泥棒と呼ばれてきたが、俺は……強い男、男の中の男であると証明するために、散々酷い所業やってきた。闇の盗賊社会は俺に賞賛を贈るが……俺の心は悲鳴を上げていたんだ」
イワネツは、前世を思い出す。
裏社会の皇帝と呼ばれ、ソ連の盗賊組織どころか、ペレストロイカ時代は軍や共産党の高官達ですらヘロインと自分の暴力を頼りに、腐敗が進んでいき、ソ連崩壊と同時に自分を含めて多くの人々の心を壊してしまった事を。
「ソ連を潰すために、人々に心を、光を取り戻すために、闇の中で足掻いてきた。俺がソ連を潰すために選んだ手段が麻薬、ヘロインだ。こいつで共産党の奴らを思うようにしちまい、麻薬を自分の力にしたと思っていた。だがいつしか俺は白い粉に支配されちまい、俺自身もこのヘロインの虜にされた」
いつしか彼自身が重度のヘロイン中毒者となり、ソ連を滅ぼす目的の金儲けが手段ではなくなっていた。
ヘロインは一度手を出したが最後、快楽と引き換えに、死を覚悟するほどの禁断症状が待ち受けるために、生きてる間はヘロインを続けなければならないという、まさにドラッグの女帝とも言えるほどタチが悪い薬物である。
イワネツはルーブルや米ドルを稼ぎ、服用するヘロインの為に、金儲けと欲望自体が目的となってしまったのだ。
「俺は本当は心が弱かった。自由の国アメリカに行きてえって思ったのも、俺が壊しちまったソ連、いや人々の姿が見るのが嫌だったからって現実逃避が本音だ。俺が蔓延させた麻薬で、誇りある盗賊達が麻薬欲しさに盗賊の仁義を無くし、殺し合いする混乱を生み出しちまって、薬物中毒者になった俺の心は、ヤクの快楽で笑みを浮かべながら、泣き喚くガキのように悲鳴を上げてたのさ」
イワネツは海を見ながら、ずり下がった翻訳機能付きのサングラスを人差し指でかけ直し、流れ落ちる涙を隠す。
「俺の前世の親父はアル中で死んだ。おふくろは心が壊れちまって、施設行きになって死んだ。俺も、ヘロインでボケちまってかつての人間としての想いも無くしちまってた」
通常の房ならば脱走の恐れがあったため、イワネツはアメリカの医療刑務所を経て、セキュリティレベルMAXの監獄、ADXフローレンス刑務所に収監。
出所後、強制送還されたロシアは、彼の居場所はすでに無くなっていた。
孤独に苛まれた彼は、ヘロインをまた服用し始める。
「ロシアに戻った時、アメリカの刑務所病院で気が狂うくらいの禁断症状を経て、ぬけたはずのヘロインにまたどっぷり漬かってよ。無敵で不死身の肉体も老いとヤクで痩せちまい、俺が俺じゃあなくなっちまって……心が死んじまってたんだ」
自分が半ば支配していた筈の組織、旧KGB出身の男が大統領になり、モスクワの街並みは、西側の情報であふれかえっていたのだ。
かつて盗賊と呼ばれたロシアの裏組織は、盗賊であるという自負も、入れ墨を体に入れる事をやめて、レケッチール、マフィアを自称するようになる。
「だから、闘争が必要だった。俺が欲するヘロインを支配するルートも」
組織形態も完全なシンジケート、秘密主義のマフィアのようになっており、彼らはイワネツに表面上は敬意は示すが、影では古いタイプの老いぼれた盗賊、盗みと暴力しか出来ないような、ヘロイン中毒のジジイ呼ばわりされており、彼はその事に気が付き、規律ある盗賊の名誉を取り戻そうとした。
「ロシアにはチェチェンって呼ばれる奴らがいて、奴らは元はソ連から人間らしさを奪われていた奴らだった。俺が以前縄張りにしてたニューヨーク。ワールドトレードセンタービルに、カミカゼよろしく飛行機で突っ込んだ奴らと、イスラムネットワークでつながっていやがったのさ」
2001年アメリカ同時多発テロ事件よりも前、ロシアはテロの脅威に晒されていた。
1990年11月にチェチェン・イングーシ自治共和国のソ連邦からの独立を宣言。
1991年5月にチェチェン・イングーシ共和国に改名し、同年10月に共和国と連邦政府の間で、ソ連邦からの独立は認めないまでも共和国をチェチェン共和国とイングーシ共和国に分割することで同意すると、翌11月に当選したばかりのチェチェン共和国初代大統領ジョハル・ドゥダエフがソ連邦からの独立とチェチェン・イチケリア共和国の建国を宣言した。
1991年12月のソビエト連邦の崩壊後のロシア連邦政府もチェチェン・イチケリア共和国の存在を拒絶し、1994年12月にロシア連邦大統領ボリス・エリツィンはチェチェンの連邦からの独立を阻止するため4万のロシア連邦軍を派遣し第一次チェチェン紛争に突入する。
以降チェチェンの独立運動は続き、ゲリラ化したチェチェン独立派勢力はアルカーイダ等の国外のイスラーム過激派勢力と結びつき、数々のテロ事件が実行され、祖国独立を保つためにチェチェンのマフィアが、ロシア組織に抗争を仕掛ける。
「俺がアメリカの刑務所から帰ると、ロシアは奴らのテロに悩まされていた。だが奴らにビジネスチャンスを見出した俺は奴らを通じて、アメリキー共に荒らされてた、黄金の三日月地帯を手に入れようとしたのさ」
黄金の三日月地帯とは、アフガニスタンのニームルーズ州、パキスタンのバローチスターン州・連邦直轄部族地域、イランの国境が交錯する地帯で、アフガニスタン東部のジャラーラーバードから南部のカンダハールを経て南西部のザランジ南方へと続く三日月形の国境地帯の事を言う。
その地域は、ヘロインの原材料となるケシの栽培が盛んで、ケシの栽培は主に東部のジャラーラーバードで行われており、その生産量は2005年には4100トン、作付面積で10万ヘクタールを超え、世界シェアの85%以上にまで拡大しているとされ、この他テロ組織の武器調達にも用いられていたため、イスラムテロ組織やチェチェンマフィア、トルコマフィア達の収入源となっていた。
こうしてヘロインは、トルコを経由して一大消費地ヨーロッパに、主に陸路で運ばれる。
トルコ国境からギリシャ、ブルガリアに抜け、バルカン半島を通る「バルカンルート」と呼ばれ、シルクロードならぬドラッグルートである。
一方、同じルートを西から東へ、ヨーロッパからは合成麻薬がトルコを通ってアジア、中東に渡っていくのだ。
「EUとか作りやがり、ロシアをヨーロッパと認めずに排除して差別しやがる西側の気取った奴らを、俺はヘロインで支配し、ロシアの裏の皇帝として再び君臨するつもりでいていたんだ。トルコの連中には顔が効いてたから、俺はチェチェンの盗賊共を傘下にする事を決めた。老いていたとはいえ、奴らを力で屈服させ、バルカンルートと呼ばれるヤクの密売ルートを手に入れたんだ」
ロシアマフィアと、チェチェンマフィアの抗争は熾烈さを極め、チェチェンマフィアはロシアとの独立戦争のために、イスラム組織から武器を調達。
多数のチェチェンマフィアをロシアの大都市に結集させ、市街地でバズーカ攻撃や、自動車爆破、イスラムテロのように自爆攻撃を敢行。
対するロシアンマフィアは、軍と癒着していたため、軍用銃火器並びに装甲車に改造したジープやレンジローバー、日本のSUV車を用意してロシア各地で抗争という名の、夜の市街戦を展開。
抗争経験豊富なモスクワのイワネツや、サンプトペテルブルグの顔役達が指揮を執り、チェチェン紛争と同様、ロシア側の有利な形で手打ちが行われ、規律ある盗賊が過去のものでない事を、彼は現代的なマフィアになったロシア組織に証明してみせたのだ。
「だが俺は……人々の心と光を取り戻す事も忘れちまい、力と麻薬と権力に溺れていた。ガキの時に夢見た人々の希望に、オリンピック選手になろうとした俺の心は死んでいた。そんな男の末路は、軍用ライフルでバーン! モスクワのレストランから出た俺は、頭を吹っ飛ばされちまってたよ」
イワネツはその後モスクワ市街で、軍用ライフルで頭部を狙撃されて暗殺された。
イワネツは波の音とともに、自分の前世の人生を、心が壊れた少女に打ち明けて、この世界に生まれ変わった理由も呟き始める。
「俺はあの世で、10万とかいう刑を受けた。地獄で魂を焼かれながら俺はあそこにいるガキ、ヘルに導かれ、この戦乱渦巻くジッポンに転生した。そこで俺は、再び皇帝として君臨するために、多くの人間を殺して暴利をむさぼってたのさ。だが、全ての行いと業は俺に返ってきて、周辺国は俺をぶっ殺す気に躍起になり、俺のせいで気を病んだ親父は死んじまい、育ての親も、許嫁の姫を戦争で失った……」
転生前の話と、転生後の話を語り終えた時、イワネツは隣にいる少女の顔を見ると、静かに涙を流していたのを見た。
「優しい子だな。俺の事で泣く事はねえさ、お嬢さん。それに俺は再び光を取り戻したんだ、人間としての生き方を、誇りを、この悲しい世界を救うための己の正義を。規律ある盗賊として俺は、この世界の人々の尊厳を奪おうとする奴らから、逆に人間の世界を勇者として奪い返す。それに俺には、仲間が、兄弟がいる。ジロー、デリンジャー、龍、あいつらと共に。あいつらだってお前に惚れて……」
「私にはその資格なんかない……守れなかった。私を護ろうとしてくれた人達も、自分の居場所も、私をお姫様って慕ってくれた人達も、前の世界で友達だった子の心も……」
マリーが消え入りそうな声で呟くと、イワネツはジローから貰った煙草を咥えて炎魔法で火をつけて、煙を吐き出す。
「お嬢さん、覚えておくといい。猫にいつまでもカーニバルが続くとは限らない、太齋もまたやってくる。ロシアの古い諺で、人生いいことばかりではない、悪いこともあるという意味よ。だが、その悲しみの涙は、目の前にある海じゃねえ。いつかはすっかり飲み干せる筈だ。ここには、お前を傷つける奴はいねえ、ゆっくりしていけ。お前は若い、人生を諦めるにはまだ早い」
イワネツは、ようやく自分に心を開き始めてくれたと思い、少女と共に海を眺めながら対話しようとした時だった。
「イワネツ様、通信です。話をしたいという異国の男からの連絡です」
神妙な顔をした鬼髭こと柴木が水晶玉を差し出すと、イワネツはニコリとマリーに微笑みかけてパラソルから離れた。
「おう、いい感じで女の子と話をしてやがんのに、かけてきた奴は誰だ?」
「ははー! ヒンダス語でヴィクトリー王国のものと名乗っていました。不敬にもイワネツ様を指名し、話をしたいと」
「あ゛?」
イワネツは、浜辺で元康相手に組手稽古を教えていたジローを呼び、通信先に出る。
「俺だ。お前はどこの野郎で、名前は何という? ヴィクトリー王国だと聞いたが?」
「……私の名は、護国卿エドワード・マクスウェルと申します。あなたがジッポンオリベの国主、オリベノリナガ、又の名をイワネツか?」
ジローは憤怒の表情になり、イワネツにそっと耳打ちした。
「この野郎が世界戦争の黒幕さぁ。ジューと呼ばれるもんの親玉でぃ、マリーちゃんを悲しい目に遭わせたクソ汚れでぃ、オーディンの手先やん」
イワネツはジローに頷き、水晶玉の音声通信を続ける。
「いかにも俺がイワネツだが? お前の目的はなんだ? 俺は今忙しい。つまらん話やくだらねえ話なら通信を切るぞ」
「我らの女王陛下が交易を望んでおられる。いわゆる商談というものだ。話だけでも聞いて欲しいのですが?」
「ほうそうか、ビジネス希望か。何が欲しい? 金か? ブツか? それとも女か?」
女という単語に、水晶玉の通信が沈黙する。
「なるほど、女が欲しいのか? そういや俺もこの前、極上物を手に入れてよ、金髪で目がグリーンでたまんねえよ。売っぱらうのも、ちともったいねえし、この俺の女にしてやっても……」
「ふざけるなよ貴様。彼女が、ヴィクトリーの薔薇姫が、お前のところにいるのはわかってるのだ。もしも彼女に指一本触れてみろ、私は貴様を……」
「ほう、なるほど? お前はここにヴィクトリーの姫君がいるのを知ってるってわけか? 迂闊だなあ、ヴィクトリーのエドワード、いやアレクセイだったか?」
イワネツはジローの方を向いて、ニヤリと極悪な笑みを浮かべる。
わざとカマをかけて、相手が何を目的にしているのか、イワネツは引き出したのだ。
「貴様……私の事をどこまで知っている」
「いいじゃねえかよ、そんな事は。お前、俺をナーロッパから東の果てにいる蛮族だと思って、なめてたか? クックック。そういえばお前のところのジューとは、いい感じでビジネスさせて貰ったが、最近アガリが少なくてダメだな、なめてるのか俺を? ああ、どっかの間抜けのせいで、世界大戦なんか起きやがったから、お陰でチーノとの貿易もパーよ。お前、どう落とし前つけてくれんだ? ルーシーの大将」
「……」
エドワードは無言になり、イワネツは史上最悪とまで言われたロシアンマフィアの恫喝を始める。
ヤクザな勇者マサヨシは、恫喝を織り交ぜながら、自身がドスを振るえる大義名分を着実に作るのに対し、イワネツの恫喝は、ロシアンマフィアは違う。
明確に殺意を伝えて、屈服するか死かを相手に迫り、服従を求めるのだ。
「何を黙ってんだ小僧。この俺に喧嘩売ってんのか? 馬鹿野郎、Я убью тебя сука!!!」
隣で聞いてるジローも、思わず身構えてしまうほどの怒気と殺気だった。
「おら! 何か言え小僧!! 俺はお前に商売を邪魔されてハーンとかいうゴミクズまとめて、お前を殺してやるって言ってんだよ! 間抜け野郎! そうか、わかった、じゃあ俺がモノにしたあのマリーを……」
「……何が望みだ貴様。貴様は一体なんだ、なんなんだ貴様は。頼む、あの姫は、マリー姫は……」
「なんだ馬鹿野郎、俺をなめてやがるんだなクサレ! 俺のビジネスを邪魔しやがった、ハーンとかいう野郎もろとも、お前のチ●ポ切り取って、クソと一緒にお前を豚の餌にしてやるぜ! 俺はよお、やるって言ったら必ずやる! 楽しみに待ってろよ、豚野郎!!!」
イワネツは一方的に通信を切ると、引き気味のジローに向けて満面の笑みを浮かべる。
「これでこのクソボケ、このジッポンにハーン共を仕向けてくる筈だ。俺はよお、兄弟達が惚れてるあの優しい子を、追い込んだやつを許さねえ。今度はあのクサレが追い込まれる番だ」
イワネツが天を仰ぎ見てジューとハーンに宣戦布告する一方、深夜のヴィクトリー王国では、水晶玉からしてきた波の音と共に聞こえてきた、イワネツの恫喝にエドワードことアレクセイは震え上がる。
「な、なんなんだあいつはああああ! 悪魔だ、全部私の素性から何まで把握されていた! くそ、いいだろう悪魔め! ジッポンにいる我が同胞エルゾも差し向け、同時に貴様をあの残虐かつ悪逆無道なハーン共を侵攻させ、殺してやる! そして、彼女を、マリー姫を私が保護して……」
カメラのシャッター音が、エドワードの自室でしたと同時に、最高に素晴らしい変顔を撮れたと嗤うロキと、エリザベスが彼をジッと見ていた。
「あら、エドワード護国卿……いえアレクセイ、あなたはマリーを見つけ出してくれたのですね」
「はうあ!? エリザベス……様?」
エドワード、いやアレクセイは水晶玉が右手からポロリと落ち、端正な鼻筋から一筋の鼻水が流れ出る。
「うん、いい! 今の表情グッド」
ロキは水晶玉の画面を親指で押し、今のアレクセイの顔の画像を収めた。
続きます