第120話 誰がために
彼らヴィクトリーの騎士達の、織部国内での評判は芳しくない。
織部領民を始め、士分のものであっても、まるで自分達の使用人のように振る舞っているため、調整役になったロマーノのアントニオは、今日も胃痛がしながら外で彼らを宥めていた。
「騎士諸君、ロマーノ大使にしてラツィーオ侯爵である。どうかこれ以上、私を煩わせないでくれたまえ! ここはナーロッパじゃない! ナージア有数の軍事大国ジッポン。その中でも最強クラスの織部の国だ。頼むから、ジッポン人をそれ以上……侮辱や差別的な態度をするのは控えてほしい! 特に国主イワネツは……はっきりいって強さが人知を超えて、刺激していい相手じゃない。殺されるぞ……」
アントニオは、ジッポン人の恐ろしさを身をもって知っており、それ以上彼らを侮辱すると本当に殺されるぞと忠告する。
「黙れ! 弱小国のロマーノの地方役人!」
「我らの王女殿下は我らが守る!」
「こんな獣耳を生やした奴らや、黒髪の肌の黄色い奴ら、角を生やした奴らやトカゲのような目をした奴らなど、我らより劣った亜人ではないか!」
彼らの声が屋敷の中に響き渡り、マリーに精一杯の笑顔を向けるジローの心に激しい怒りが湧き起こる。
――調子乗ってる。
屋敷の外で騒ぎ立てるヴィクトリーの騎士団に、ジローの眉間に怒りジワが立った。
マリーの身を案じてという気持ちはわかるが、自分の兄弟分の国の民を下に見てる態度や、自分が仲間達や兄貴分に代わり、ナーロッパの代表であると告げて、彼女の身を案じて匿った、自分やマリーの面子を潰すような彼らの行いに腹が立ったのだ。
我慢も限界に達し、怒鳴りつけたあと制裁しようかと、その場を離れようとした時、イワネツが手で制する。
「待て、兄弟彼女が言葉を」
イワネツとジローに、今まで何もする気力もなかったであろう彼女は涙を流して、頭を下げていた。
「ご、ごめんなさい。私の国民が騎士が、不快にさせてごめんなさい……ごめんなさい」
「マリーちゃん……」
ジローも、顔を伏せて一筋の涙が溢れ落ちるのを見て、その瞬間イワネツの怒りが頂点に達した。
――こんな年端もいかない少女が、己の責任を果たして庇い立てしてやがるのに……外の連中は! 自分が主君だって責任感を持って、無理してでも自分の責任を感じてやがるのに……あいつらは彼女と、俺の兄弟分の心を踏み躙った! 畜生めら!
イワネツは怒りを悟られないよう、ニコリと微笑み、マリーの方を見る。
「心配しなくていい、ちょっとした話を、外の連中となるべく穏便に付けてくる。ジローちょっと一緒に来てくれるか? メスガ……秀子、この子を庭に連れ出して、なんだっけ? スルーズって子と一緒に来た犬や馬とかと遊ばせててくれ、頼む」
ヘルは、イワネツの心が何故か失ったはずの冥界魔法で読み取れたのに困惑しながらも、マリーを庭に連れ出し、心神耗弱状態になり記憶喪失になったワルキューレのスルーズ達がいる庭に出た。
そして、騒ぎ立てる屋敷前のヴィクトリー騎士達の前に、憤怒の表情のイワネツとジローが立つ。
「音を立てずにさらえ、こいつらうるせえ」
「うしぇーてるんも、てーげーんかいしぇー」
織部軍のサムライ達は、犬こと犬千代と猿ことヒデヨシが挙手した瞬間、総勢100名の騎士達があっという間に捕縛され、織部の国の再建中の伊東湾まで連れて行かれた。
「ここまでくりゃあ、お前らのうるせえ声があの子に届く事はねえだろ。おう、猿ぐつわ外せ猿」
港に拉致された騎士達が、織部軍に横一列に無理やり座らされ、一斉に猿ぐつわを外される。
「ご指名だから答えてやるが、俺はロマーノ連合王国ジローの兄弟分で、ジッポン織部国の当主、織部憲長……またの名をイワネツだ。お前ら、男のくせしやがって、シベリアにいるムクドリ共みてえにピーピーピーピー囀りやがって……うるせえんだよ馬鹿野郎!!!」
腹の底から響き渡るような、イワネツの恫喝と湧き上がるオーラに、その場にいたヴィクトリー騎士団は震え上がった。
そして、彼らの怯えと主君を守りきれなかった後悔の念を感じたのは、ヒデヨシだった。
「親分、ちょっといいっすか?」
「なんだ猿?」
「へい、こいつらあれです。負け犬のヘタレの目をしてます。守るべき親分や姫さん助けられなかったヘタレの目です。体かけなきゃならねえ時に、根性引いたヘタレ共ですわ」
ヒデヨシがヴィクトリーの騎士達を指差しながら、彼らの今の性根を見抜く。
かつての自分もそうだったからだ。
言葉はわからなかったが、自分達が侮辱されたと思った騎士達がヒデヨシに一斉に睨みつけるが、逆にヒデヨシは以前は持ち合わせてなかった胆力が湧いてきて、俺はもうお前らのようなヘタレじゃないと、睨み返して魔力銃”多根が島”を向ける。
彼らは、かつてのヨーク騎士団としての、誇りも自信も失っていた。
自分達の師匠である、オーウェン卿がマサヨシに一騎討ちでやられたのを見て、我先に師の仇討ちを挑み、その後フランソワを舞台にともに冒険した歴戦の騎士のはずが、シシリー島を守護できず、自分達が慕っていた姫や、精神的な支柱である師のオーウェンと、元宮廷貴族の財務大臣レスターという大きな後ろ盾も失い、彼らの騎士としてのプライドや忠義も、自信も失われて彼らもまた心を病んでいた。
「なるほど、臆病者の目をしてるな、どいつもこいつも。あと、俺の大事な領民共と部下、侮辱しただろうお前ら? 何様だお前ら、ぶち殺すぞ雌犬!!!」
イワネツの覇気に圧倒されたヴィクトリーの騎士達は、せっかく主君共々助かったのに、異国の地で縛られた状態のまま殺されると恐怖する。
「おい、くぬ中っし一番爵位高いの、前に出るさぁ」
騎士達が見回す中、今は亡きレスター公爵家の嫡男、サー・ヘンリー・サックス・レスターと、オーウェン卿の養子にして一番弟子、サー・ジェームズ・ヨーク・ジョーンズの二人の若き騎士達が列から一歩前に出た。
「くぬ阿呆がああああ」
ジローはヒヒイロカネのスティックを、ヘンリーの鉄兜に思いっきり振り下ろすと、甲高い金属音と共に、頭から血を流して膝から崩れ落ちた彼を何度も足蹴にする。
「マリーちゃんぬ面子潰しやがってぃ! たっぴらかすんどおおおお!」
好きな女の面子を潰したと、ジローは怒り狂い、今度は隣に立つジェームズに前蹴りを入れると、鎧の胸甲がベッコリ凹み、苦しそうにうずくまると、ジローの後ろに立ったイワネツが彼の肩をポンポンと叩く。
そういえば、マリーの大事なヴィクトリーの騎士だったとジローは冷静さを取り戻し、踵を返してイワネツと並び立ち、騎士達に睨みを効かした。
「お前らぁ! あの子は心が壊れているのにも関わらず、俺に謝罪を述べやがったんだぞ! 自分達の国民が迷惑かけて申し訳ねえって。お前らよりも歳が下なのに、素晴らしい責任感だ。なのにお前らは……殺すぞクソボケ共!!」
マリーの顔を思い浮かべた彼らは、一斉にうなだれ、うずくまるジェームズの兜を、イワネツは無理やりはぎ取って放り投げると、彼の頭を右手で掴んで軽々持ち上げる。
自分達と頭一つ身長が低く、女性ほどしか身長が無いのに、全身鎧の騎士を軽々と片手で持ち上げたイワネツを見た彼らは、化物じみた膂力を持っていると恐怖した。
「おい、騎士っぽい格好してるガキ! 未熟な畜生! 俺が前世に生れたヨーロッパにはな、その昔ノブリスオブリージュ、高貴なるものには社会の模範として義務があると言われていた。かつてのロシアも、日本の武士道もそうだ。ソ連の盗賊の掟にも、未熟な若い盗賊には親方が模範を示し、教え導く義務があるという掟もあった。お前らにはそれがねえ! カス共!」
「黙れ……国を追われ師も殺され、守るべき領地も姫も……異国人に我々の気持ちなど。それでも主君を守ろうと……我らは……どうすればいいのだ、我らは我らの姫を守ろうと……」
「守れてねえだろ! 大馬鹿野郎!!」
並ばされた騎士団へ、ジェームズを放り投げると彼らの目に涙が溢れる。
「お前らには確固とした規律と信念がねえ! あのマリーという少女全てに背負わせて、今まで甘えてきやがったのがお前らだ!! 男のくせに泣き言垂れて甘えんな!! お前達の本来の信念は何だ!?」
騎士達は、イワネツの信念を示せという問いに、うなだれてボソボソと消えいるような泣き声で、かつてのヴィクトリー騎士の理想を呟く。
「ああ゛ぁ? 聞こえねえよ馬鹿野郎!! でけえ声で男らしく信念を述べろ!」
「我らヴィクトリーの騎士! 主君と民の盾に、剣とならん!!」
イワネツは、右手をピストルの形のようにして腕を上げると、背後の織部の兵が駆け足で矢印状の陣形に集結させ、全員が槍や魔力銃多根が島を掲げる。
「織部イワネツ一家! お前らの信念は!!」
「主君織部に御恩と奉公!! 規律と武士の誇りを重んじ、イワネツ様へ一生懸命!!」
全員が一糸乱れぬ兵の動きと、陣形を作った速さと集団行動の完成度に、ヴィクトリーの騎士達は、ここは東の果ての蛮族の国などではなく、よく訓練され鉄の規律を持ち、サムライと呼ばれる組織化された軍事集団である事を悟る。
「騎士とか能書き垂れるなら、うちの兵隊共みてえな規律ある行動とか、簡単にこなせるよな阿呆共!! 犬!」
「はい、親方」
「このヘタレ野郎らが、騎士とやらを名乗っても恥ずかしくねえ程度くらいに、鍛え上げてやれ! 一切手を抜くな!!」
「はい、親方。騎士諸君、イワネツ様の命令により、これより軍事訓練を開始する。следуй за мной!」
織部軍から手枷を外され、犬千代の言葉はわからなかったが軍特有の号令を聞き、これから軍事訓練に自分達も参加する事が言葉ではなく心でわかり、目の色が徐々に光を帯びていく。
「お、さすが犬ちゃん。前世の若い時に、ソ連軍精鋭隊員や、フランス外人部隊で鬼軍曹してただけはあるね。じゃあ俺は……あのお姫さんの警護に」
「何言ってんの? 君もこの前の戦闘で手柄上げて、部隊を任されたんだから、新任幹部として模範見せなきゃ。フクロウ殿にはオレから警護頼んでおくから、早くオレの黒母衣衆と赤母衣衆の対抗部隊の準備を、この騎士団達とやってよ。幹部の役目でしょ?」
「え?」
「え?」
ヒデヨシは、幹部になって煩わしい訓練から解放されたと思ったのに、何でまたキツイ訓練をしなきゃならないのという、呆気に取られた顔で犬千代を見るが、犬千代はせっかく新任幹部になったんだし、いいところを部下に見せないとなめられるよと思い、お互いがお互い顔を見合わせた。
そして港で軍事訓練が行われているのを、イワネツとジローが同時に煙草に火をつけて様子を眺める。
「こういう奴らには、小難しい能書きなんぞ垂れてるより、一旦頭空っぽにさせて、共通の目的を持って体使う運動させればいいのさ。そうすりゃやってる間は、ウダウダ余計な事を考えずに済む。こんな野蛮な戦争の世界じゃなきゃあ、軍事訓練なんかよりも、本当はスポーツとか武道とかやらせた方がいいんだけどよ」
イワネツは、前世で家で酔った父から殴られて、心を病んだ母から妄執される家庭環境だったが、スポーツスクールで同年代の子供達と、一緒に運動するのが何よりも楽しくて、劣悪な家庭環境を忘れさせていたことを思い出す。
ソ連のスポーツ振興の歴史は、1920~1930年代から始まり、ロシア革命とそれに続く内戦の数年間、何百万人もの子供たちが親を失い、路上で暮らすことを余儀なくされたため、少年犯罪は急速に増大していき、統制経済を嫌った元浮浪児の盗賊達が闇市で暗躍し、刑務所内でネットワークを作り勢力を拡大してきた。
そのため、ソ連当局はスポーツに対する大規模な宣伝を開始して、労働者が良好な健康状態を保ち、必要に応じて祖国を守ることができるよう、洗脳にも似た形でスポーツへの取り組みをプロパガンダとして利用していた背景がある。
「だからよー……俺ぁもガキぬ時、戦後間もない時は弟妹多くてぃ、面倒見に毎日慌てぃはーてぃやん。すりでぃ貧乏で色々苦労したさぁ。やしが、家でジーグイてぃるより……浜辺っし空手ぃの稽古してぃ……頭空っぷなちょーたんさ」
前世で同い年だった二人は、少年時代を思い返しこの世界の本来のあるべき未来図を頭の中で描く。
戦争や人殺しの訓練などよりも、本来はスポーツや武道を通じて人間形成を育みながら、これを興行化して、地球世界本来のオリンピック精神の様に、国家や人種を超えた人と人とがより高みを目指す、本来のあるべき世界を思い浮かべて。
「そういや、あのお前と一緒に来た連中、俺の部下の報告だとシミズの組織の連中らしいな? 今奴らは何をしてやがんだ?」
「ああ、それねー。この世界の拠点……地球で言う所の北欧のスカンザ共同体てぃ所に戻って、兄貴の放免祝いぬ準備さぁ。今、兄貴とぅロバートは天界ぬ天使さんからパクられとーん。オーディンぬ陰謀でぃやー」
自分が前世で知る大物マフィアと大物ヤクザが、天界から逮捕されてるという話を聞いて、思わずイワネツは煙草の煙ごと吹き出し、むせ返りそうになった。
「マジか!? あいつら転生しても民警みてえなのからパクられてんのか? だが、あいつらパクるように仕向けたその、北欧神話に名前出てくるオーディンって野郎やべえな」
「うん、俺ぁの勘やしが……多分お前の、兄弟ぬ命んが狙っとーんとぅ思いさぁ」
イワネツは鼻で笑うと、織部の空を睨みつけるように仰ぎ見る。
来るなら来い、この世界を救うと決めた自分の邪魔をするのならば、神だろうが悪魔だろうが、勇者である自分が殴って全てを奪ってやると。
「そういやお前の浜辺で空手ってので思い出した。臨床心理学の本で読んだが、海を眺めるのもいいらしいぜ。タラソテラピーって言ってよ、波の音聞いて日の光浴びてゆっくりすれば心が癒されるらしい。俺もウラジオの海眺めながらブツの密輸したり、黒海見えるソチのリゾートで女共集めて楽しい思いしたなあ。あ、ソチの時は女共とよろしくシテる時に民警の機動部隊に急襲されてえらい目に遭ったっけか」
「うん、そうねー。海見ると気持ちが落ちちゅくんさー。じょーとーやん」
織部の名護矢港から南東は浜辺が広がり、古来より天然の入り江を利用した良港に恵まれ、沿岸漁業が発達。
この浜辺から隣国三川の間には、原丙合戦で紛失したとされるジッポン建国に纏わる伝説のアイテム、三種の神器アマノムラクモと呼ばれた刀が流れ着いたとされる伝説の島、陽間賀島が存在したという。
織部の神官と人々は、その島に初代天帝に加護を与えたとされる如流頭の神を祀り、アマノムラクモを御神体とした社を建てたが、200年ほど前に火山が噴火し、島ごと神社が海中に沈んだとされる、海底神社の伝説が残されていた。
「あの子を海でゆっくりさせてるついでに、ちょっと俺の宝探しに付き合ってくれよ。この前話した大義名分作りもそうだが、俺の盗賊心をワクワクさせるような宝が、海に眠ってるらしいのよ」
「うん、ゆたさんどー兄弟。ちょっちゅ、海水浴に一泳ぎじゅんさー」
二人は、マリーや手下達を連れて、海水浴に行く事を決める。
一方、ナーロッパ大陸中央。
中性的な赤髪の皇子、フレドリッヒの心と体を完全に乗っ取った、地球世界ではアッティラとも呼ばれ、ジークフリードの伝説を持つ男。
この世界で自身が女神フレイアと共に作り上げた水晶玉通信が、変質した事に戸惑うも、今日も副官にして長身の騎士、大公ヨハン・ベルン・フォン・フェルデナントを伴い、帝都ベルン郊外に建てたテントの中で軍議を行う。
彼は現在ロレーヌ皇国、クロイツベルンにて膠着状態になったバブイールとの対外戦争と、フランソワへの侵攻作戦の指揮を執っていた。
「ハーンとかいう奴らだったか? 存外使えん奴らだ。それに、その動物の仮面の男は何者か?」
「はっ! 殿下。報告によると、動物の面を被り、奇怪な格好をした褐色の男で、展開していた我が軍斥候及び、蛮族バブイールの精鋭兵、さらには東方チーノの蛮族の大群共を、単騎で屠り去ったそうです」
「ほう? つまりは戦場にどちらの勢力にも与しないような、化物じみた男が現れたと」
自分と戦った黒髪の男、マサヨシが暗躍しているのか?
ジークフリードは思い、情報が少なすぎると感じ、続報が入るまではバブイールへの進軍部隊を補佐させる目的で、老齢の魔女トレンドゥーラを水晶玉の通信で呼びだす。
「お呼びでしょうか殿下」
「うむ、お前の黒魔道士達を使い、バブイールにて情報収集せよ。戦は情報が要、お前には期待している」
「ははー殿下。ところで、マリア猊下が宮殿へ姿を見せぬのかと、殿下を恋しがり……」
ジークフリードは、思わず舌打ちしそうになったのを堪えて、今は戦時中であると返信して通信を切った。
「ふん、あの女官ばかりの宮殿など軟派過ぎて戻る気も起きん。ところでフェルデナントよ、あのヴィクトリーに潜り込んだという、エドワードとか言うスレイヴをどう見る?」
ジークフリード騎士団長にして副官のフェルデナントは、ヴィクトリーに潜り込んだジューの首魁アレクセイこと、護国卿エドワードについて露骨に嫌な顔をしながら、主君でもあり自身が敬愛する皇太子に本音をぶちまける。
「あやつは信用なりませぬ殿下。利用する分にはいいですが、奴こそ此度の戦乱の首謀者。そのやり口は、男でも騎士でもありませぬな。特にマリー姫を貶めたような手法、私は吐き気を催します」
ジークフリードは実直に応えたフェルデナントを、やはり男らしく優秀な部下であると頷く。
地球時代は、匈奴王または恐怖の大王フン族のアッティラと呼ばれた彼は、地球時代も転生後にジークフリードと名乗り英雄を演じていた時も、狡猾で奸計に富み、残忍ではあったが、男らしさを良しとする気風に溢れていた。
また自身が信奉していた女神フレイアを倒した事や、自分を瀕死の重傷に追い詰めたマリーについて、彼はその時の事をさほど恨んではいない。
むしろ、強き力を持つ彼女を強引に自身の妻としてやる事で、自分が英雄としてこの世界を支配することが容易になると思っており、その自分の妻にする予定の彼女を貶めたヴィクトリーの情報操作に、嫌悪感を覚えていたのだ。
その悪辣な情報操作をした首魁が、ジューと呼ばれスレイヴとも呼ばれたハイエルフの子孫、アレクセイことエドワードであると目星をつけていた。
「うむ、その通りだフェルデナント。どうやって水晶玉通信を改変したかは知らぬが、あんな悪辣な情報操作で、かの姫を貶めるような手法など女の腐ったような奴だ。今から奴の性根を確認し、再び我が帝国を復活させるため、我が覇道に利用出来るか見極めようか」
この水晶玉の新機能は、ロキがエリザベスと生み出した機能であったが、表向きはジューと呼ばれる商人集団かつハイエルフの末裔達の発見となっており、ジークフリードは、エドワードことアレクセイに水晶玉通信を試みた。
ヴィクトリーの護国卿でもあり、今回の大戦を企てたアレクセイは、エリザベスがシシリー討伐後、密かに心惹かれた少女マリーを侮辱するような情報が水晶玉通信に溢れ返っているのを見て、心を痛める。
「こんな、なぜマリー姫を……彼女は違う! この世界の薄汚いヒト共め! 滅ぼしてやるぞ!!」
マリーを揶揄する情報が溢れかえったのを見たエドワードは、思わずこの世界の人間達に抱いた本音を呟き、最初にマリーを侮辱した書き込みを見つけ、ありとあらゆる情報を頭の中で思い描く。
「あの女……エリザベスか……だからやつは私に、マリー姫を探せと。姫が、彼女が殺される……」
頭脳明晰な彼は自分に勝手に好意を抱く、若き女王の口調であると悟った。
――まさか、あの女と金髪の小僧のような化物が企てた陰謀か!? あの冷血女……エリザベスはマリー姫を貶めて殺す気だ。どうにか、どうにかしてエリザベスよりも先に、彼女の安否を確認して……彼女を、姫を隠さなければ。
ぎこちない人差し指の操作で、世界中にいる自分の手下のようなハイエルフの末裔達に、必死でマリーの行方を探させていた時、ジークフリードの魂を取り戻したロレーヌの皇太子から連絡が入った。
「……私です、ジークフリード様」
「久しいな、スレイヴよ。お前のおかげで今は亡き我が女神、フレイア様の復讐戦争は順調に進んでいる。ところで、私の転生体が恋し、前世の我が妻とそっくりな、あの美しき女戦士でもあるマリー姫、彼女を貶めたのはお前の仕業か? スレイヴよ」
――私じゃない! あの冷血女の仕業だ! 私が彼女を…… エカチェリーナに瓜二つで、我が妹と同じく心根が優しい彼女を貶める事なんか!
エドワードは、フレドリッヒ皇太子も、記憶を取り戻したジークフリードも、マリーに好意を抱いていたことを思い出す。
自分が万一、エリザベスの仕業であると口走ったが瞬間、人類側の最強戦力であるこの男から祖国を滅ぼされると感じて口を紡ぐ。
「その沈黙、肯定と俺はみたが……まあ良い、スレイヴよ。そういえば貴様の拠点は今も不毛な大地、ルーシーランドであったか? なるほど、この現世で私の母となった我が子孫、マリアが勝手にエリザベスと言う小娘と交易を結んだが、俺はお前の思惑など見通しておるのだスレイヴよ。その事をよく肝に銘じておくのだな」
通信が切れて、頭脳明晰なエドワードことアレクセイは額に脂汗をかいて動悸がし始めた。
――滅ぼされる……奴は、私達ルーシーを滅ぼすか意のままにする気だ。奴は前のジークフリード帝国時代の様に散々使いつぶした後、奴隷に再び貶めたようにして……
すると、水晶玉を向けてあざ笑うようにロキが姿を現した。
「ふふ、グッド。いい顔してるね君はー。んーなかなか僕を満足させてくれるような、何とも言えない表情させてクックック」
――こいつは、悪魔だ。全て私は、この化物の掌の上に転がされてるのだ。
エドワードは、すぐに表情をポーカーフェイスに戻して、ロキと対峙する。
「まあいいや、君もこんなに苦労してるのに、僕の兄弟分のオーディンは御子として選んだ君を捨て置くなんて、まったくあいつもしょうがない奴だ。そういえばエリザベスちゃんがさ、ジッポンだっけ? 東の果てにある国とコンタクトとりたいって言ってたの僕も聞いてるの。僕ね、実はそこのイワネツってのとこの前契約したんだ。彼なら、今の君の状況を何とかしてくれるかもねえ……うふふふ」
――こいつ!? どうやってあの暴虐と非道の国ジッポンのイワネツとコネクションを……
エドワードは思いながら、思考を巡らせた。
「ロキ、あなたは彼がどんな男なのかを知って……」
「うん知ってるよ、あいつは大昔、最強の悪魔って呼ばれた男さ。僕も少ししか話を聞いたことないけど、彼なら……多分君の故郷を救えるんじゃないかな? エルゾって君の同族を使おうとしてるけど、僕は彼のダイレクトな連絡先知ってるよ? それと……君が探してる彼女の居場所もね」
「!?」
ロキはニタニタと笑うと、水晶玉の番号を書いたメモを渡す。
「さあ、連絡してみるといい。彼が直接連絡に出るはずだ」
エドワードは、思い悩んだ後ジッポンのイワネツに連絡を取る。
一方のロキは、人間はやはり面白い奴らばかりだと思い、嗤いながら様子を見ていた。
続きます