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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第三章 英雄達は楽ができない
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第119話 異界認定

 神界では創造神とオーディンを除く、各神域の名だたる神々と、男か女か判別がつかないが、人間ばかりか神々誰しもが惹かれるような容姿の、中性的な姿をした大天使長ミカエルが一堂に会し、マリーが転生した世界ニュートピアに対する対策会議を開いていた。


「それでは会議の議長を大天使長ミカエル殿とし、書記を務めさせていただくのはこのワシ、オリンポスの最上級神にして天空神ゼウス。まずは例の世界、ニュートピアの処遇に関して、皆職務に忙しい中、お集まりいただき感謝御礼を……」


「君、そないな形式的な挨拶はどうでもええねん。で? 君ら今回こないな大混乱を招いた、あのオーディンのボケの処遇……どないすんねん? ワイがロキ達クソボケもろとも、ささっと消したってもええんやで?」


 4つの腕を組んだ破壊神シヴァが、貧乏ゆすりしながら元凶への怒りを隠さず今回の事件に関しての責任の所在と、処遇を早く決めろと最上級神達に言い渡す。


「それを言えば破壊神シヴァ殿よ、ワシだって頭に来ておるのだ。あの化物を、祖父を殺した大逆者ティターンの主にしてオリンポスの恥さらし、クロノスを今度こそ我が手で! そしてセト! あんな戦闘狂の凶悪神を復活させるなど、あの化物共の復活の責任が、オーディンにあることは明白であろう!!」


 ニュートピアに復活したクロヌスことクロノス復活の責任は、オーディンにあるとゼウスは怒る。


「高天原の八百万の神々一同、オーディンの責任は大との意見、我が盟友の大黒天ならびに、帝釈天の異名を持つゼウス殿に同意見じゃ。はよう天之御中主神こと創造神様に、ご聖断をいただいとほうがよいのではないか? わらわの堪忍袋がキレぬうちに」


 神界の中でも最大勢力とされる、紅白の巫女服を着た美しい黒髪の天照大神が、こめかみに血管を浮かび上がらせて、自身が担当する日本からの転生者が多くいる、かの世界の魂を弄び、戦乱の世界へ変え、魂に辱めを与えたとしてオーディンに怒り心頭であった。


「エニアド神域のホルスです。我が叔父にして、ニブルヘルに封印されし戦嵐神セトが復活し、かの世界をわやくちゃにした責任は、ユグドラシルのオーディン神にあるかと思われます、大天使長殿」


 エニアド神域の最上級神、隼の仮面が特徴的なラーの異名を持つホルスは、責任の所在はオーディンにあると大天使長ミカエルを見やった。


「せや、せや。ほんで、大天使長な。アースラ……今はマサヨシ君やったな。彼の処遇やったか? 今回の天界の動きやけど、アホちゃうか? ワイは前々から口酸っぱく言うとったやろ? あのボケナス共は創造神はんの謀反の動きありと。今回の責任に関して、天界の責任も大やと思うんやが?」


「然り、アッカド代表マルドゥクもシヴァ神に同意見なり」


「太元及び、崑崙も同じく」


「アヌ及び娘イシュタルもシヴァに同意する。他にも4類に指定されし神界の反逆者は少なからずいる。あやつらが一斉に復活すれば、神界は奴らに復讐されるであろう。この際責任の所在ははっきりすべき、そして裁きを与えるべきかと」


「左様、そもそもシヴァ殿が出るまでもありますまい? このダグザが、まずは4類などと呼ばれる輩を粛清しましょうぞ。それにアヌ様の言うよう、早急に対処せねば、バロールめも復活させられるやもしれませぬし」


 神々が同意する中、破壊神と同格の権限を持つ、あらゆる次元宇宙の調整を天界と共に行う、秩序神と呼ばれる女神の集団、ヴィシュヌ、テミス三姉妹、豊受大神も会合に姿を現す。


「全次元宇宙の秩序を司る一柱ヴィシュヌですが、本件については破壊神の言う通り、天界の責任も大かと思われます、ミカエル君」


 神々から天界の責任問題を問われる中、大天使長ミカエルは閻魔大王を見やると、閻魔大王は挙手して、他の神々をじっと見据える。


「閻魔大王、ご意見をどうぞ」


「うむ、ミカエル殿、名だたる神々の皆様方。まずは我、閻魔大王ことヤマより、本件の中間報告を発表いたします。まず、かの世界は我が妹の尽力により、冥界の預かりと相成った。オーディン神と共犯たるフレイアへの法的処置も、シヴァ神ご協力のもとすでに済ませましたゆえ。復活せし4類対策については、ロキめの娘、ヘルも我らが神界の監督下に置きました」


「おお流石は閻魔大王」

「なかなかやるやんけ」

「うむ、よい仕事だ」

「仕事ができるな、新参者のヤマよ」


 かつて神々と敵対する大魔王であったが、数々の功績と優秀な眷属神と勇者を複数所有し、冥界神として辣腕を振るう閻魔大王に、最上級神達は賞賛を送る。


「しかし懸念事項が数点。かの世界救済に動いていた我が勇者の弟子が、ロキの勢力に敗北を喫した点。フレイアが呼び出した亡者の一部、そして悪に染まったかの世界の救世主2名の存在。それにヘルめが、かつて魔界最強とまで言われた、伝説の十二大将軍バサラめを勇者認定した件」


「なんやて!? あのボケ生きとったんか!」

「あの極悪無道のバサラだと!?」

「まことかヤマよ、あの暴力の権化が」


 魔界にかつて君臨した十二大将軍バサラ。


 極悪無道と呼ばれた暴力により、神界から最重要手配がかかり、幾多の神をも屠った指定3類の魔族の大帝であり、イワネツの魂奥底に潜む者である。


「かつて我が大魔王時代、伝説に聞いておった魔界史上最悪の十二代将軍が一体バサラ、全ての夜叉を統べる者。これは、かつて奴と地球世界で交戦経験のある、勇者ラーマによる見立てゆえ、相違ないかと。じゃが、やつは大幅に弱体化していたのと、神々との戦いや地球支配を放棄したと聞き及んでおる。なぜ復活したかは……我にもわかりませぬ」


 かつて魔界最悪とも呼ばれ、魔界のみならず神界にも単身戦いを挑むと暴力の限りを尽くし、魔神をも凌ぐ大悪魔の恐怖を思い出した神々は、頭を抱え出す。


「また、現在勾留中のフレイ並びにトールは黙秘中。天界の捜査に関して、主要のユグドラシル神域の神々は、オーディンを筆頭に黙秘権を行使されました。そればかりか、天界にて保釈申請まで通り、我が勇者2名が天界に逮捕されておる。ご説明を、ミカエル殿」


 憤怒の顔つきで睨みつける閻魔大王に、ミカエルは一礼して神々に説明を開始する。


「本件につきましては、天界の責任者にして大天使長の任に就く私ミカエルが、名だたる神々にまずは謝罪を持って説明させていただきます。まず、本件の主犯と目される、オーディンについて。彼は、ヴァルハラシステムを、元上級神のフレイアと共にユグドラシルに構築。このシステムは人間の負の感情、戦乱や犯罪被害者等の負の魂への救済の、天界に役立つためのシステムでした。そのシステム運営に、彼の娘や眷属神を天界に派遣することで、維持運営しておりました」 


 天界は、最上級神オーディンの協力の下で数々の次元世界で行われた、戦乱や犯罪被害者の魂の負の感情のエネルギーを吸収して、神界や天界にそのエネルギーをろ過するような形で還元する事を目的としたシステムである。


「しかしながら、これは現在我々の調査で分かった推測ですが、実態は神オーディン達ユグドラシル神域へのエネルギーの無断着服と、天界への影響力及び発言権を増すものであったと、我々天使は推測してます」


 シヴァ神が怒りに満ちた表情で、利き手の拳を握り、手の小指側の面を机に打ち付ける。


「なんやコラ? おどれらそないなもんを、今まで黙って見てたっちゅうことやんか。おうコラ? おまけに天界をスパイだらけにされおって! 前々から言うとったやろ、オドレら天使共の管理体制、どないなっとんじゃボケェ!!」


「然り、怠慢だ天界の! 世界の理を歪めた事への責任、お主ら天界にもとってもらうぞ!」


「もう少し前から手を打てなかったのか!?」


「わわら達は傷を負った、愛する日の本の子ら含む、哀れな人間の魂を癒すためにと聞いてたのじゃぞ! この嘘謀り、哀れな魂達と我ら最上級神全員への侮辱じゃ!」


 神々が怒り心頭となり、ミカエルへ怒号を浴びせる。


「申し訳ありません、当初は、傷ついた悲しき魂を癒すためでした。その為の世界が、人間達の理想郷として作られたかつてのニュートピア……今は亡き最上級神ヘイムダル殿が提唱し、彼亡きあとニョルズ、フレイ、フレイアが担当して、現在の状況に」


「うむ、大天使長殿。あやつらの身勝手な争いのせいで……魂のあり方が歪められ、それを背後でけしかけたのはオーディン神じゃと、これまでの経緯で我は確信しとる。許せん! オーディンがやった事は魂への冒涜じゃ!」


「然り! 魂の尊厳は、神だろうが人だろうが獣であろうが、神聖不可侵である!」


「最上級神の地位を剥奪せよ!」


「せやったら君ら、はよう結論出せばええねん。ワイが消したるから」


 閻魔大王たち神々が憤ると、ミカエルは顔を伏せ怒りに震える。


「私だって許せません。人間を、魂を、そして我ら天界がここまでコケにされましたので。我ら天界が責任を取る形で、ユグドラシルに粛清を!」


 すると、会議室にスポットライトのような御光が差し込み、一同が頭を下げる。


「ごめんごめん、精霊界の会議に出席してて遅れちゃったけど、みんなご苦労様。それで大体の経緯は報告受けたけど、何これ? この状況……ねえミカエル?」


「申し訳ございません! 創造神様!」


 神々と大天使長全てが平伏す、全次元宇宙を統べる創造神が会議に出席する。


「もう面倒だから、オーディン呼んでくれる? この場で特別法廷開くからさ。こうなった全責任は僕にある。生みの親としての責任を果たす為、僕が彼らの処遇を決めよう」


「ははー、直ちに」


 スポットライトのような光に命じられた全神々は、空間転移の魔力を使い、今回の事件の元凶、オーディンを召還する。


 身長2メートル、筋骨隆々の全身を黒鉄の鎧に身を包み、白髪の長髪に左目に漆黒の眼帯をつけた神が現れ、光の前に片膝立ちで跪く。


「ユグドラシル神域、最高責任者にして最上級神、オーディン参りました。創造神様、私めに何かご用件があればなんなりとこのオーディンに……」


 しわがれた老人の声で伺いを立てる、オーディンに、立ち上がったシヴァが瞬間移動でオーディンの前に立つと、頭をおもいっきり踏みつけた。


「頭が高いんじゃボケ。偉くなったのう……いてこますぞコラ?」


 すると、シヴァの足が光により弾かれる。


「いいよ、破壊神。僕、そういうのは嫌いだから。なんで君がここに呼び出されたか、わかるよね?」


「……」


「創造神様の問いに答えなさい、オーディン神よ」


 シヴァ神が強烈な殺気を放つ横で、大天使長ミカエルと秩序神ヴィシュヌが腕を組んで見下ろす。


 すると、閻魔大王は自身の妹が得意としている特殊効果(スキル)を発動し、オーディンに真実しか話せないように魔力空間を展開する。


 閻魔大王と目が合ったミカエルが状況を察し、オーディンがおかしな真似をしないかどうか監視し、証言次第では逮捕する気でいた。


「おそれながら……創造神様。全ての祖であるあなた様に申し上げたいことがあります。私はブーリ最上級神と人間の娘より生まれし、ブル父神と巨人の姫から生まれた息子であり、戦神として生きてきました。神、巨人、人、全ての血が混じっております。私は全ての種族を代弁できる権利を有しております」


「そうだったね。で、なんで人間を苦しめたの? 僕は言ったはずだ君にも。神として全ての生命を慈しみ、愛するようにと」


 創造神や神々が知りたかったのは、“なぜ?“


 今回の事件を起こしたオーディンの動機。


 そして創造神の前に跪いたオーディンは、なぜ普段自身が内面をひた隠して、他の神々に接していたのに、自身が思った事を口に出してしまうのか、内心気が気ではなかったが、もはや是非も無しと諦めの境地になる。


 彼の心を読んだ閻魔大王やシヴァは、いつでもミカエルに味方が出来るよう、自身が持つ捕縛用の魔法道具(マジックアイテム)を手に持った。


「3つ、ございます。一つは己の力を高め、この次元宇宙で、全ての戦士達の理想の社会を作るために、人間を道具にしたのです」


「このガキ……っ!」


 殴り飛ばそうとしたシヴァを、ヴィシュヌが止める。


「我らが主よ、創造の神よ。二つ目の理由は世界には互いに争い、生存競争で戦わねば、己や共同体の存在理由を証明出来ないものが数多くいる。かくいう私もその一人……平和そのものである世界や天界から見放された修羅の人間界、即ち戦場という状態でしか生きる事ができない者達が、永久に戦場で生きる為の楽園(ヴァルハラ)……それを私は目指している」


 創造神の光が赤みを帯びて、怒りを表した。


「それの何処が楽園なんだい? 君の考えの先にある思惑はなんだ?」


「生命体と魂の進化。それをあなたは望んでいた筈だ。戦場こそ、生存競争こそ人間や、神も進化する! そして全ての生命体に、平等に与えられた生の充足感! 闘いながら進歩し、神も人も進歩する莫大なエネルギーが、戦場という極限状態で得られると私は理解した! その先にあるのは、私が全てを司る、祖であり親たるあなたを超える事。それが戦神と呼ばれた私の子としての思い! そして3つ目は……」


「もういい……なるほど。君は僕を越えたい、そう思ったか。けど、その手段のために人間や精霊人、そしてかつて巨人と呼ばれた者達を、自分勝手な理由で道具にするなど、僕が認めると思ったの? 僕は、全ての生命を愛している。君は僕の期待を、裏切った」


 閻魔大王が、シヴァが、ミカエルがオーディンを拘束しようとした瞬間、オーディンの体が光り輝き、彼らから投げられた魔法道具(マジックアイテム)を粉砕した。


 それは悪に染まった邪神化ではなく、己の力を高めた神としての輝き。


「今まで私が、貴様ら程度の木端神や使用人風情に下手に出て、頭を下げていたのは、全てはワシの理想を実現するためだ! 創造神様、私はニュートピアと呼ばれた偽りの理想郷を、ワシが考える戦士達の楽園(ヴァルハラ)に変える。そして我らがユグドラシルは、あなた方全ての神々から独立する! おさらばです、我が主よ」


 オーディンは創造神にお辞儀をすると、転移の魔法で姿を消した。


 創造神に対する明確な謀反の宣告である。


「全神々よ、彼はどうやら僕から独立して、僕が生み出した尊き生命の光と魂の尊厳を弄び、自分の身勝手極まりない理想とやらを実現する気でいるようだ」


「は! 創造神様!」


 集まった全神々が、ラウンドテーブルから離れて、スポットライトのような光に跪き、命令を待つ。


「判決、オーディンは大逆神として4類に指定。これ以上、生命や魂を己が身勝手で弄ぶと言うのなら、彼の魂を消滅させる事を許可する」


「4類……ははー! 仰せのままに!!」


 4類とは、心が完全に悪に染まり邪神化した指定3類の神ではない。


 最上級神またはそれ以上の力を持った神のなかでも、重大な法令違反を行い、これら対象の神が、かつて存在した魔界に堕ちた場合、強大過ぎる力で悪影響を与える相当な理由が認められた時に指定される。


 4類に指定された神は、ニブルヘルと呼ばれる世界へ終身刑の措置、もしくは魂の消滅もある意味許可されるのが、いわゆる4類と呼ばれる大逆神指定である。


「なお、オーディンに標的にされたニュートピアに関しては、理を歪められ異界となりつつある。彼に……僕が認めた勇者マサヨシに、美しくも悲しい魂達の理想郷だったニュートピア、いや異界救済を正式に命ずる。よって君達の持てる力を用いて、かの勇者に手助けを施してほしい。あの悲しき世界を、生命と魂を救済してあげてくれないだろうか?」


「ははー! 直ちに!」


 ニュートピアは難度Uを超え、かつて存在した魔界、竜界と同様の措置、救済失敗はその世界の破壊すら認められる異界と認定された。



 一方、天界拘置所の煉獄では、大天使ウリエルの取調べが、連日勇者二人に行われており、二人は窓もなく、魔法も使えなくされた舎房生活13日目の朝を迎える。


「ロバートの兄弟、洗顔と歯磨き交代な。そろそろ調べの時間だわ。またあのクソボケの調べに行かなきゃなんねえからよ」


 自殺及び逃走防止のため、装備品と着物の帯を押収されたヤクザな勇者が、拘置所でも清潔さを互いに心掛ける、歯を磨き、髭を剃り上げ洗顔したばかりのマフィアな勇者に、自分と相性最悪な調官への悪態をつきながらトイレに向かう。


「兄弟マサヨシ、聖ウリエル様にボケはないだろう。君が態度悪くすると、俺の処遇もキツくなるんだし、勘弁してくれ」


「んだよ、おめえさんの前世でカトリック信仰の対象だったかもしれねえけど、今回あっちの方が落ち度あるんから。いちいち気を使う必要ねえんだよ、サツ相手によお。カーーーーーッペ!」


 勇者マサヨシは用を足し終わったトイレに、思いっきり痰を吐いたあと、寝起きの挨拶がわりに、舎房の監視カメラに向けて思いっきりガンを飛ばす。


 モニター先の天使は、あまりの凶悪な顔つきに目を逸らし、特大のため息を吐く。


「気持ちはわかるが、あんまり向こうの心象を悪くしないでくれたまえ。あと朝の便所掃除は君が担当だからな」


 とはいうものの、前世は拘置所生活はおろか刑務所の経験も無い勇者ロバートにとっては、少年時代から鑑別所、少年院、少年刑務所、刑務所と、前世の人生の中で三分の一以上を牢で過ごした勇者マサヨシに、大いに助けられている。


 米国の場合、日本と比べてはるかに量刑が重く、ロバートのようなコーサノストラは捕まったが最後、終身刑を受けることから、司法機関をかわすために、組織を秘密結社化するしかなかった側面もあるため、彼の前世に逮捕歴は無かった。


「わかってんよ兄弟。で、俺が調べ行ってる間によ、いつも通りラーマの兄さんがこっちに差し入れていただいた本とか、好きに読んでてもらっていいからさ。調べ以外は暇だからな」


 二段ベッドの脇の机には、簡素な椅子の上に様々な書物が置かれていた。


 題名は、“基礎魔力錬成教本” “魔法弓応用問題集” “神界法判例集”‶世界救済理想立法集”“独裁者行動心理学“ “魔物生態図鑑”の獣篇、亡者篇、無機物篇、竜篇などなど。


「ミスターラーマには、私も世話になっているが……彼は、歴戦の勇者という事以外、私もよく知らんが何者なんだ?」


 雑巾を持ってトイレ掃除を始めたマサヨシは、ロバートに振り向く。


「ん? ああ、わかってのは、親分の最初の勇者で、俺やおめえさんをはるかに超える実績を持った、人格的にも優れ、伝説にして最強勇者の一人って事だ。実の兄弟じゃねえから、兄さん呼びとかやめろって言われてるがよ。ところで、このトイレ見てくれよ兄弟。ボロイ歯ブラシと歯磨き粉があればたいていのヨゴレは落ちんだよ。あとはよお、この雑巾でふやけたヨゴレを直接拭いてだな、ピカピカに……」


「よくわからんが、すごいな。あとその雑巾は、新しいものを貰ってくれ。それと、君はその手で顔を洗う気か?」


 ロバートが呟くようにマサヨシに告げた時、ノックの音がして房舎の扉が開いた。


「出ろ! 893番! 天界検事総長ウリエル大天使より取調べである!」


 新米女天使が被疑者対応マニュアル通り告げると、横の男天使が、白磁のような顔を真っ青にする。


ーーちょ!? 彼は基本通りやらなくていいのに


 などと新米天使に冷や汗をかく男天使に対し、マサヨシは思いっきり二人の天使にガンを飛ばす。


「朝っぱらからでけえ声で、人様を番号呼びすんじゃねえぞボケ。どうでもいいけど、洗顔とかまだなんだが?」


「ウリエル様がお待ちだ、早く準備しろ!」


「チッ、じゃあさっさと腰縄つけてくんね?」


 新米天使が、両手を差し出した勇者に光の手錠をはめると、手錠がキツすぎて思わずマサヨシは、しかめ面しながら舌打ちした。


「おいおまわりさんよ、痛えんだけど手錠(わっぱ)がよ。新米かコラ?」


「うるさい! 準備が出来たので黙って前を歩け!」


 新米天使が先導し、腰縄を男天使が持つ形で、マサヨシにぺこりと詫びながら、煉獄の取調べ室まで赴く。


「待っていたぞ、冥界の極悪勇者」


 取調室には、銀髪の長髪を七三分けにしたような大天使、ウリエルが腰掛けており、パソコンが置かれた机を挟んだ対面に、マサヨシは着席を促されて光の手錠が外された。


 逃走防止のため扉が閉まり、マサヨシは椅子にふんぞり返る。


「おう、大天使さんよお? 俺はいつまで房にぶち込まれて、取調べと称したおたくの暇潰しに付き合わなきゃならねえんだ。あとおたくのわけえ奴の教育がなってねえよバカヤロー」


「口の利き方に気をつけろ暴力団。いくら創造神様のお気に入りかつ、こちらの落ち度があるとはいえ、貴様は逮捕された身なのだぞ……ん? ちょっと待て」


 ウリエルの天界パソコンにメールが届き、内容に驚愕したウリエルは、自身の上司ミカエルに通信を開始する。


「確認しましたが、今すぐ釈放でよろしいので? はい、創造神様が……了解しました。極悪勇者よ、貴様は直ちに閻魔大王殿の元へ出頭せよ! お前の力が必要であるとミカエル様と創造神様からの命令だ」


 マサヨシは、空間転移で閻魔大王の元へ赴き、その場で正座する。


「ご苦労じゃった我が勇者よ。事は緊急を要する、お主の頭に我の情報を送る」


 閻魔大王がマサヨシに手をかざすと、現在のニュートピアが異界認定された件と、オーディンへの討伐命令、そして復活した4類の大逆神の情報と、現在のマリー達の情報。


 自分が弟子として娘のように可愛がっていたマリーの心が壊れた事と、剣を教えてきたオーウェン卿ことクルスの死に、怒りが極限まで達する。


「ふざけやがってえええええええ! 外道共がああああ! 親分、自分ならすぐにでも喧嘩できますぜ! 命令してください、クソボケ共全員の(たま)とってきやすんで! 特にセトとか言うカス! ぶっ殺してやる!!」


「うむ、その前に準備と根回しが必要じゃ。それと、ヘルが勇者にしたイワネツに関して驚愕の情報がわかった。かつての奴を知る、勇者ラーマの元へ赴き、必要な伝達事項を受けよ。それと4類の大逆神と縁が深い神々にも、筋道を通すのじゃ」


「わかりやした!」


 弟子をやられて怒りに燃える、侠客の勇者マサヨシが、創造神の命令により世界救済に乗り出した。



 そしてニュートピア東の果ての島国ジッポンの臨時大使館とした織部屋敷では、ジロー立ち会いのもと、勇者イワネツは心が壊れたマリーに向き合う。


 同席したヘルは、マリーを見つめながら、なぜ自分が失った筈の神の魔力が残っているのか、親である巨人族の王子だったロキの力が具現化し、女神ヤミーの言う通り、神界法違反で神の力を失った筈ではと自問自答するが、答えが導き出せなかった。


「マリーちゃん、俺ぁの親友にして兄弟(ちょーでー)連れてきたさー」


 ジローが右手を上げて笑顔でマリーに告げるも、ビクッとした後すぐに自分と目を逸らした彼女を見て、ジローは笑顔のまま泣きそうになった。


「なあ、お嬢さん(ヂェーブシカ)。俺の名はイワネツって言って、ジローと兄弟分になったお前の味方だ。ここは俺の国で、ここにお前を傷つける者はいねえ。お前に何があったんだ?」


 イワネツは、ジローがかけてる多機能サングラスのスペアの中から、前世で愛用していたティアドロップタイプをかけて、自身の言葉を翻訳させる。


 イワネツは、1990年代に活動拠点にしていたアメリカで約10年間服役していた間、様々な資格を通信教育でとっていた。


 そのうちの一つが、臨床心理学。


 いわゆる、心理カウンセラーと呼ばれる技術も身につけていたのだ。


 マリーは、無言のままイワネツを見つめて、何か言葉を発しようとしたが顔を伏せ、屋敷の外では、亡命してきたヴィクトリーの若い騎士達が、イキリ立ち、自分達の主君に勝手な事をするなと、屋敷に押し掛けようと投石までしている。


「こんな訳のわからん所に連れてきおって!」


「木と紙で出来たような貧相な家に殿下を!」


「何がサムライだ亜人め! 国主は顔を出せ!」


 言葉はわからなかったが、自身の姿を侮辱されてると感じた織部軍のサムライ達は、イワネツの許可が下ればすぐにでも殺してやるのにと思いながら屋敷の警護にあたり、全権大使を任じられたアントニオが割って入る様相になった。

第三章の終盤。

心が壊れてしまった主人公が、心を取り戻して立ち上がるまでのお話です

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