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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第三章 英雄達は楽ができない
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第117話 失楽園 後編

「エリザベス、いや絵里……あなたは何者だったの? どうしてこの世界に来たの?」


「……」


 彼女は顔を伏せて、その事について何も言いたくは無いようだが、喋ってもらう。


 前世で私があんなことになった理由も、突き止める。


 私はその時そんな感じで思っていた。


「どうして、前の世界をそんなに憎んでいるの? どうして……私をあの時いじめたの? 友達だと思っていたのにどうして……この世界でもあなたは、私に」


 私はエリザベス、いや絵里に語りかけながら、隙を探る。


 魔杖ギャラルホルンも、銃も、先生が貸し与えてくれたドスもない状態だったが、私には指輪の力と召喚魔法、それに魔法だって、先生達が教えてくれた格闘技術だってあるから、いくら彼女の魔力が化け物じみてても、戦える筈だと思っていた。


「……真里ちゃん、あなたはこんな経験した事ある? 今まで私も家族も日本人だと思っていたのに、特別永住者証明書というカードを、16歳の誕生日に渡された事」


「……え?」


 私は彼女が何を言ってるのか、よくわからなかったが、彼女は話を続ける。


「自分が竹田絵里って、生まれてからずっとみんなからそう呼ばれて来たのに、みんなと同じ日本人だと思っていたのに。薄っぺらいカード一枚に、今まで見た事も聞いた事もない本名、李絵里って名前で、住所も生年月日もよくわからない番号も書かれてて。大好きだった生まれ故郷の、楽園のような日本から、ある日突然外国人扱いされて管理されてたなんて経験ある? 今までテレビの報道でしか見た事も無ければ、その国の言葉なんか喋った事もない、私の本当の国籍が書かれてて……」


 彼女の前世は、世間一般に言われる在日外国人だったと言う事を知った私は、思わず絶句してしまう。


 ネットとかで色々言われてたけど、実際にそういう人に会って話した事がなかったし、その時の私は、彼女へどう答えればいいかわからなかった。


「先祖が昔、戦前の日本に連れて来られた人達で、国家から無慈悲に……お前を特別に住まわせてやってるんだって、許可証カード1枚に自分の存在をわからさせた事……あなたの人生であった?」


「ない……けど、あなたは私の質問に答えてない! それがどうして私に! 友達だと……思ってたのに……どうして!」


「……許せなかった。その時の私は、夏休み中の誕生日に、親から許可証と一緒に事実を打ち明けられて。けど、それでも頑張って勉強して、進学校に入ったから有名大学行って、日本社会から認められようって思ってた。なのに……友達のあなたが……ズル休みして、自分と違って恵まれた環境にいたのに……なんでって」


 ……そんな僻み妬みのようなくだらない理由で、私の前の人生をこいつはっ!


 まだだ、その先を知らなきゃ、このふざけた馬鹿女の心根を、隙をついて勝つために。


 そう、私は思っていたんだ……今思えば、彼女がなぜ私に自分の前世を打ち明けたのか、なぜここに現れたかを、私は全く考えていなかった。


「真理ちゃんが、あの事件で死んだあと……世間は大騒ぎになったのを覚えてる。経済産業省官僚が自分の妻と娘を殺して自殺した、猟奇事件って事で。進学校だったうちの高校では、何もしゃべるなってかん口令をひかれたけど、ある日……週刊誌に、私の事が名前を伏せられて載ったのよ。あの事件は在日外国人の少女Aが被害者の高山真理をいじめたから、事件が起きたって……」


「……そう」


「ネットのSNSアカウント使ってたら、こいつが元凶って言われて特定されて炎上したの。そして心ない誰かが私を……外人で在日だからって差別して……私は家にも学校にいられなくなった。そして、中卒の未成年だった私を雇ってくれるところなんか、コロナの中なくて。ネカフェで知り合った子から誘われて……ネットを使って、なんでもしてきた。私は……いつしかネットで活動して社会を憎む、大人たちが半グレと呼ぶ存在になった」


 半グレの李絵里……それが彼女の前世の正体。


「最初声をかけてくれた子も、同じ境遇の在日で、私と国籍が同じだった。その子の家は、親が金融をしててお金持ってた。その子も家出してて、コロナの状況にもうんざりしてたし、ネカフェ生活にも飽きたって言ってて。一緒に遊ばないかって、私を誘ってくれたのがきっかけだった」


 こうして、学校を辞めて家にも居場所が無くなった彼女が作ったのは、ヤクザでもマフィアでもギャングでもない、新しい概念で、メンバー間はほとんどお互いの顔さえ知らないという、インターネットを使った横のつながりの犯罪者集団の半グレ。


 その時の私は、こいつにむかむかしてて、だから何だって思ってた。


 自分勝手な犯罪者じゃないかって。


売春(ウリ)やりたい、クスリ欲しいって子達がいたら、マッチングアプリ利用したりして仲介料とった。その売り上げで、闇ネットの野球賭博もサッカー賭博の胴元もしたし、資金洗浄でやった仮想通貨や海外通貨で大儲けしたりして、親や大人たちは何も言わなかった。私のネットのフォロワーとトラブルになったヤクザな大人達も、街の不良達も、知り合いの知り合いを介して金さえ払ってれば、何も言わなかった」


 身勝手な犯罪者の独白だと私は思った。

 

 海外に拠点があるSNSとか利用して、ネット使って違法なビジネスだとか、賭博場開いて、お金儲けしてた小悪党だと。


「そして、私の周りにいた初期メンバーの子達は、みんな飽きっぽかったり、親や警察を怖がって……ほとんどいなくなっちゃった。残った私はフォロワー管理して、大人の組織みたいな暴力は使わないけど、さらにリスクの高い悪事に手を出していった」


 先生みたいに、暴力団って呼ばれてた人が、転生後に多くの世界や社会を救った人の生き様を間近で見て来たし、前世は悪って呼ばれてたけど、今はカッコイイ人達を直で見て来てて、目の前にいる絵里を正直馬鹿にした目で見た。

 

「オレオレ詐欺って、呼ばれる事も私がマニュアル作って……ネットで知り合った連中と、矛盾だらけの日本を作った年寄りから金を奪ってやったの。警察も最初はネットに疎かったみたいで、私を捕まえられなかったし。私は魔女になった気分で社会に復讐してて、ネットで配信された歌みたいに、うっせえ、うっせえって社会を憎んで」


「ふーん、あっそう。で?」


 私が素っ気ない返し方をすると、彼女の目から涙が溢れ始めて来た。


「スマホ1つで何でもできるって……思って、浮かれてた私は、密輸入にも関わるようになった。今まで会った事も話した事もなかった、共和国の工作員が、ネットのオフ会通じて私の素性を調べてて接触しに来たの」


 半グレってネットのオフ会やるんだ。


 私は思ったけど、これはきっとネットだけじゃなく、顔を合わせて人脈を深めるためにやった、オフ会という名の闇の社交会みたいなものだろう。


「彼は、自分の力を祖国に役立たせないかって言ってきた。私は日本と社会が憎かったし、お金も欲しくて。共和国に私は協力するようになり、別の人の戸籍でパスポート作って、初めて先祖の地へ行った……。けど、彼らが狙ってたのは私のお金だった。飢えた人達の助けになればと思ってたのに、独裁者や本物の上級国民達のお金に私の金は変わった」


 こうして彼女は、別のもっと悪い誰かに利用された。


 おそらくその後に彼女が待ち受けてた運命はきっと。


「私は、地上の楽園なんて喧伝されてた国が、報道されてた以上に、矛盾ばかりの国だって気がついた。私は、おかしいって思いながらも共和国に協力してて。共和国とアジア諸国を行き来して、共和国の人間達と、偽ブランド品とか金とかを影で密輸する活動をしてたの。けど……日本に戻ったら警察に捕まった。バレてて泳がされてたって気がついた。怖い大人の刑事たちに、関わってきたこと全部教えろって言われて……。その後は初犯で未成年、弁護士もいて証拠不十分だったし、家庭裁判で不処分になった」


「あっそ、それで?」


「鑑別所から出た私は親に引き取られた。もう家に帰って来てくれって言われたけど、私はまたスマホで仕事続けて……遊び足りない、何か足りないって思って。困っちまうのは日本のせいって、クソだりぃ日本の大人達に反発して、お金欲しくて。普通の社会人になんか、なれなかった」


 馬鹿じゃないかこいつ。


 先生が言ってた通り……彼女の本質はガキ、子供なんだ。


 学生気分やゲーム気分で悪事に手を染めたけど、結局悪い大人や警察には通用しなかった。


 それに、自分勝手なのはあんたじゃないかって、その時の私は思ったけど、絵里は半べそになって、震えた声で話を続ける。


「けど、私が警察に喋ったって話が流れて、いつの間にか私、身バレしてた。怖い大人の不良達に手配されてたから日本から逃げて。家に迷惑かけたくないって感じで、第三国経由で共和国に身を寄せた。でも共和国の上長から、日本警察に祖国の情報を喋った反革命分子敵対者のスパイ扱いで私は捕まって。半日本人って差別され、強制収用されて私は……この世の地獄を経験して、死んで地獄に堕ちた」


 ……だから、彼女の魂は傷ついてこの世界に転生して、なぜか前世の記憶を持ったまま私の姉として、前世でもこの世界でも私のお母さんの子として、王女として生まれたのか。


「全部、私が悪いのよ……前世の事も、この世界のあなたの事も、そしてあの最低女神から騙された事も……みんな私が……」


「そうね、あんたのせいだ。私の前も今の人生も……。それにあんたは、騙されてる。あのエドワードに……」


 顔を伏せてた絵里は、キッと私を睨みつける。


 目の色は変わっても、その眼差し……全然変わってないと思い、私は思わずいじめられた時を思い出して、ビクッとなった。


「知ってる……私は彼の素性を全部! 彼が私を利用してるのも、本当はあなたに恋焦がれていたのも! ヴィクトリー人じゃなくて、亜人の国のスパイだって事も! この世界で、大好きだったお父様の暗殺に手を貸してた事も!」


 彼女は全て知っていた。

 

 自分が利用されていた事も、彼がルーシーランドからやって来た、悪の王子という事も。


「あのカリー港の戦いの後、私は調べた。彼は、この世界から差別されてた。彼の一族も、民族も、酷い扱いを受けてて。私は彼に前の人生の私の境遇と重なって、同情して……こんな世界を変えたいと思ってるの! それに真里ちゃんには、もう二度と戦って欲しくない!」


 こんな時、先生なら涙ながらにうったえてくる、彼女にどんな言葉をかけたんだろう?


 先生だったら、彼女の言い分を聞いてやり、交渉事や一定の妥協や、もしかしたら和解案とかにも移行したかもしれない。


 けど、この時の私は、水晶玉の陰険な情報工作と、目の前にいる絵里が身勝手な馬鹿女だと思い込んでいた。


 今にして思えば、エリザベス……いや絵里はただ、私に謝りに来たんだ。


 そして、私にもう戦ってほしくないって私を心配してて、己を悔やんでいたと思う。


 本来ならば、彼女の言い分や声に耳を貸して、ヴィクトリー王国の内政問題って感じで、色々経験豊富なオーウェン卿やレスター卿も交えて、話し合いとかできた筈なのに、私は責任ある立場なのに……激情に駆られて。


「何が……何が戦わなくてすむようによ! あんたに処刑されそうになって、国を追放されてから、私はずっと戦ってきた! 決着をつけるわ、ヴィクトリーの魔女! いえ、絵里!!」


 私情と怒りにかられた私は、魔力を高めて、彼女の顔面目掛けて、ジローから習った正拳突きで彼女の顔面を打ち抜く。


 髪の毛を両手で掴んで、膝蹴りを何度もくらわせる。


「あんたなんか被害者ぶって前の日本社会や、この世界でやった事へ、反省しない馬鹿女じゃないのよ! この半グレ! 自業自得の犯罪者! あんたがちゃんとしてれば、この世界の父は死なずに済んだ! 在日め!」


 私は、世界を救う英雄として、言ってはいけない一線を越えてしまった。


 人間社会や、人としての生き方を愛する先生が聞いたら、平手打ちされるであろう、差別発言をして……。


 髪の毛を引っ張ったまま、彼女を合気の応用で引き倒して、馬乗りになって何度も何度もグーで殴りつける。


「死ね! 死んじゃえ魔女め! お前さえいなければ、前世であんな事にならずに……お前さえいなければ!」


「やめて真里ちゃん!」


 彼女は密着した状態で、周囲に理科の実験で嗅いだ事があるような、何か刺激臭がする薬品の霧を充満させていき、鼻の粘膜がヒリヒリして私は目が開けられなくなる。


「ガス!?」

非對稱(ヒドラジン)!」


 火花が飛んだ瞬間、私と彼女と医務室ごと大爆発が発生して、城の一部が崩れ落ちると、今度は周囲の空間が歪みだして、まるで圧力がかかった感じがして、私は身動きが取れなくなった。


耀斑炎星(フレアスター)


「まずい、何か来る、バリア張らなきゃ!」

 

 瞬間的に熱風が圧縮された空間に吹き荒れ、いや、魔力付与(エンチャント)したサラマンダーの精霊眼で確認したら、電磁バリアみたいなのが私の周囲に張られて、この空間の微粒子、原子核などが熱と風で反応して……やばい!


絶対防御(プロテクト)


 日に一度のスキル、絶対防御を使ってエリザベスの空間圧縮からの原子爆発魔法をガードした。


 私を覆ってた空間が爆発して、周囲がプラズマ化してるのだろうか? 


 液化どころか気化して光を放って、なんて馬鹿げた威力だこの魔法。


「やめて真里ちゃん! 私……あなたがもう、英雄とか呼ばれて戦わなくていいように! それに、ただ謝りたくて……」


「うるさいわよ! 何様よ馬鹿女! 私を殺そうとしたくせに、外国人犯罪者!」


 目潰しされた目を水精霊力(ウンディーネ)で洗い流し、カラドリウスの羽を具現化させて高空を一気に跳ぶ。


 すると、私のすぐ下のエリス火山の上で絵里が魔力を高めていたから、音速を超えた速度で空を飛び、時間操作(クイックタイム)で私の周囲の時間を操作して、一気に間合いを詰める。


「やめて! 真里ちゃんまで私を差別しないで!」


 空間がまた歪み始め、あの凶悪な炎魔法の波動を感じ、私はさらに体を加速させて、デリンジャーの得意なマシンガンをイメージして、光の魔法の連射と範囲攻撃を詠唱し始めると、私が避けた空間が次々と原子爆発していく。


虹星(スターライト)極光(レインボー)


 私から距離を取ろうとした絵里だったが、7色の尾を引くような光の追尾弾に翻弄され、動きが止まったところに、向けて面の攻撃魔法!


光焔万丈(ライトブリンガー)


 光熱により物質が電離する際の、範囲を定めた爆発魔法でダメージを当てて、彼女の目の前まで間合いを詰めた。


「ひっ! そんな怖い顔で私を見ないで!! 私を差別した大人達みたいに、そんな顔しないで! 流金鑠石(ロックブレスト)


 地面から無数の岩や小石が浮き、絵里をガードする様に舞い上がった瞬間、電磁力を帯びると、真っ赤に白熱した岩や石が、意思を持ってるかのように、音速を超える速度で私に向かって飛んでくる。


「運動エネルギーなら……その動きを止める! 賢者さん、技を借ります……絶対零度(アブソリュートゼロ)


 ウンディーネの魔力を限界まで高めて、空気中を極低温状態にする事によって、物質の熱振動を一瞬だけゼロにし、私の攻撃やエリザベスの動きすらも止めた。


「く、空気中の、この辺りのエネルギーをゼロにした!? さ、寒い。まるで冬の共和国の強制収容所みたいに……寒くて」


「今だあああああああ」


 私は絵里の至近距離まで接近して、風の魔力で何回転も全身を縦に回転させ、ジローのような踵落としを彼女の脳天目掛けて、振り下ろした。


「……っいっ!?」


 彼女の動きが止まった事を確認して、左の刻み突きを当て、怯んだ絵里に頭突きを放つ。


 幾多の戦いで私は、様々な経験を得て相手の力量やクセを見る事が出来ているようだった。


 彼女は、絵里は半グレだけど、暴力沙汰や命のやり取りの戦いを、全然経験していない。


 戦闘前の状態確認(ステータス)を見て、レベルを見てもわかったけど、全然戦闘や喧嘩に慣れていないから、接近戦ならジローや龍さんから習った技でこいつを倒せる!


「真理ちゃん……もうやめて! 私っ!」


 私はみんなから習った近接技を、絵里の体に次々と叩き込む。


「やめてって言って、あなたやめてくれなかったじゃない! 机にお葬式用のお花置いたり!」


 肘打ちで彼女のアゴを打ち抜ぬく。


「女子だけじゃなく、男子にも言いふらして、無視させるようにしたり!」


 彼女の胸の中央へ、心臓を一瞬止めるような中国拳法の掌底突きを放つ。


「私のLINEに、誹謗中傷ばっかり送ってきて!」


 握りこぶしに中指の第二関節を突出させた中高一本拳と言う技を使い、拳を左右に振るフックやストレートと言う技で、彼女のこめかみ、鼻の下の人中、眉間へ攻撃を加える。


「私を、あんなに追い込んだくせに! この世界でも私をいじめて、日本人じゃないからそんな事が出来るんだ!」


 私は右手の5本の指を曲げた状態で魔力を込めて硬直化させ、絵里の頬を引っ掻くように加撃する、ジローから習った「熊手」を使い、往復ビンタするように攻撃した。


「やめて……真理ちゃん、私が悪かったってわかってる。けど私、真理ちゃんを、日本やあの国関係なく、ネットでつながった子達なんかじゃなく、初めて心からの友達って思ってたから、私……」


「うるさい! 死ね魔女!」


 彼女が何かを言い終わる前に、彼女の頭頂部に打ち降ろす肘打ちを繰り出し、風の魔法で彼女を加速させて、地面へ叩きつけた。


 すると、オーウェン卿率いる元ヴィクトリー近衛師団のヨーク騎士団や、財務官僚だったレスター卿と亡命貴族達率いる緑色のリボンを体に巻き付けた、シッスル騎士団が現れ、私に杖と魔力銃ルガーを渡す。


「魔女エリザベスよ、あなたの治世は今日で終わりを告げる」


「左様、我らは栄えあるヴィクトリーの騎士、我らレスター家のシッスル騎士団也! お覚悟を、エリザベス・ロンディウム・ジーク・ローズ・ヴィクトリー……いや、魔女よ!!」


 エリザベス、いや絵里は周囲を見渡して、顔を伏せて涙を流し、私もシシリー島の大地に降り立った。


「あんたから、ヴィクトリーを取り戻す……絵里、いやエリザベス!!」


 すると、彼女の魔力が一気に高まり、周囲の空間がまるで暗黒のような感じになって、みんなが絵里へ身構えた。


「なんで、みんな差別するの! 私は……差別や可哀そうな人たちを生み出さないように、あの女神に頼んで転生したのに! なんで、みんな私を否定するのよ!! 私、あたしは……あああああああああああああ!」


 そう、エリザベスこと絵里が私同様召喚魔法を使えるって冷静に考えればわかる筈。


 なのに、私は彼女に酷い言葉を浴びせて、彼女の心を考えてあげなくて、リーダーとしての冷静さを欠いてて、最悪の事態を迎えることとなる。


 エリザベスの膨大なMPが一気に100以下になったと思ったら、シシリー島へ暗雲が立ち込め、戦嵐神召喚の光の文字と共に、それは召喚された。


 豚のような、(バク)のような真っ黒い仮面をかぶった、身長170センチ位の半裸の男。


 身につけてるのは金の装飾品? 


 いや、あれ全部が強力なマジックアイテムの数々で、吐き気を催すくらいの魔力反応を感じた。


 右手に神杖と左手に♀のマークみたいなマジックアイテムを持つ、まるで古代エジプトからやって来たような褐色の男が召喚される。


「いいいいいいいいいっやはああああああ! 娑婆に出られたあああああ! 最っっ高な気分じゃけええええええ! ヒャッハァアアアアアアアアア!」


 召喚されし者、セト。


 マスクしてて表情わからないけど、めっちゃテンション高かったのを覚えてる。


 すると、宙に浮いた無表情のロキが姿を現して、魔力と体力を消耗して悲しげに私を見つめるエリザベスの頭をそっと撫でる。


「あー、紹介しよう。僕のニブルヘル時代の刑務所仲間で、セトって言うんだ。セトさ、せっかく来てもらって悪いんだけどさ、召喚者のこの子の力になってあげて」


「ああ? たいぎぃのうロキ。後にせいや、せっかく刑務所から出られたんじゃけぇ……ん? ほう? 人間共が何やら争いよるみたいじゃのう。おなご同士が喧嘩しとるようだが、なんじゃあの金髪の娘の後ろにおる武器持った人間共。おい、このセトと喧嘩するのか? ねぶっとるとこの土地丸ごと滅ぼすでぇ?」


 セトのステータス見たけど、文字化けしてて規格外の強さを持っていることがわかり、思わず冷や汗が流れ出すして、無表情に私をロキが見つめる。


「ヘイムダルの力を持ったヴァルキリーだっけ? 喧嘩自体は別にいい。けど君さ、さっきエリザベスちゃんになんて言ったっけ? けっこう酷いこと言ってた気がするけどさ」


「それは……」


 私は絵里の方を見るが、彼女は目を伏せて怯えた目で涙を流していた。


「ねえ、セトさ。僕ら基本的にどんな奴だろうと喧嘩上等だけどさ、身分や出自でマウント取って喧嘩する奴ってムカつくよね?」


「あーそれなー。神々や人間共じゃろうが悪魔じゃろうが、戦争てなぁ定められたルールと、大義名分ってぇのがある。よう人間共は、たいぎぃ理由で戦争を起こして、わしに力添えをって祈りやがったのう。やれ何とか族は、劣った劣等人種がどうの、どうでもええくだらん理由付けして。じゃけえ、どうでもええ戦争起こすボケは、逆に天罰くれちゃった。おどれら人間に、優性も劣性もねえじゃろカスがってよー」


 マスク姿の男の私を見つめる視線が、マスク越しでもわかるくらい見下した感じになり、無表情だったロキが、邪悪に歪んだ顔で私を見て嗤い、思わず怖気を感じる。


「これ、これなんだけどさ、今は怯えた顔してるけど、エリザベスちゃんに罵りながら攻撃する言動とか、顔を見てよ」


 ロキが持つ水晶玉の映像には、さっきの私達の戦闘が空に映し出され、絵里を罵ってる私の顔をドアップで拡大する。


 ……自分のものとは思えないほど、情念に歪んでて、私が今までみんなや先生と倒して来た、悪党達そのものの、醜い顔付きになった私の顔を見て、騎士団もドン引きして私を見た。


「うわぁ……引くわぁ。なんじゃこのおなご、いびせえ顔しやがって」


「でしょ、いやあ人間って面白いよね。前の世界で友達だった子に、ここまで酷い感じに喧嘩出来るなんてさ。お? ぷっ、ククク、今の顔はいい! その何とも言えない顔付きグッド!」


 嗤うロキは水晶玉を私に向けると、シャッター音がして私の画像が勝手に撮られた。


 私は、自分が今まで倒してきた悪い奴そのものの顔つきをしていたことにショックを受け、メンタルがボロボロにされていく。


「そういえば、その鎧はヘイムダルの。クックック、ほうか戦乙女ってぇやつか。ええぞ、ワシが相手になっちゃろう。愉しめそうじゃのう戦乙女?」


 セトが私に向けてクルクルとバトンを持った新体操選手の様に片手で回すと、槍術の様に持っている杖を構える。


「い、いかん! マリー姫殿下をお守りするのだ!」

「騎士達よ、あの化物をとめるのだ!」


 オーウェン卿とレスター卿が、セトを攻撃するよう騎士達に命令を下した瞬間、セトが杖をただ一振りしただけで、おそらく風の斬撃で彼らの首がポトリとその場に落ちる。


「たいぎんじゃボケ! 誰に対して道具向けてきよるんじゃ!」


「う、うわあああああああああああああああああああ!」


 私は彼らが殺されたことで、完全に冷静さを欠いて杖を持ってセトに全速力で突っ込む。


 ギャラルホルンのパワーをマックスにして、セトに対して炎の槍を突くが、逆にいなされて、喉、お腹をカウンターで突かれて、今まで戦った相手とは格闘能力が段違いで、近接能力がフレイと同等かそれ以上と感じる。


時間停止(ストップ)


 以前用心棒さんが戦いでやっていたように、天界魔法で時を止めてセトの後ろに回り込み、背後から思いっきり頭をフルスイングするつもりで、ギャラルホルンを振り下ろす。


 時間が元に戻り、私の手に確かな手ごたえを感じた瞬間、セトの体が砂のように崩れ落ちて風斬り音が聞こえてきたと思ったら、逆に私がセトの杖の攻撃で吹き飛ばされた。


「ま、負けるかあああああああああ」


 私は風の魔力とステータスを魔法で高めて、セトの素早さに対応しようとするが、瞬間移動のようにかわされたり、土の魔法で作った砂の分身みたいなのを次々と作り出し、私の攻撃をことごとく空振りさせていく。


「くそ、強い……。風と土魔法のエキスパートだ」


 セトは私に急接近して、杖を振るってきたので、いなしてカウンターをしようとしたら、突風が吹いたと同時に私から大きく距離を離す。


「ほう、少しはやるようじゃのう。ちぃーとばかり、マジでやっちゃるか」


 セトは左手に持った♀マークのマジックアイテムをぐるぐる回すと、直径2メートルはありそうな、真っ赤に光り輝くプラズマを作り出す。


境界火焔(アンクウベデト)


「このままじゃ……シシリー島に直撃して、私が守るべき島が……みんなが!」


 絵里と戦った時、魔力をかなり消耗し、なおかつ絶対防御を使ったのは最大の失策だったと思う。


 私は全魔力を込めて、天界魔法のバリアを張った。


 物凄い勢いで真っ赤な火の粉をまき散らしながら、光の速さで飛んでくるプラズマ火球の威力でバリアごと吹き飛ばされた瞬間、私の体がシシリー島の大地奥深くまでめり込み、大爆発を起こす。


「きゃああああああああああああああああ!」


 一瞬ステータスで自分の状態を見たら、HPが一桁台にされて、手足も動かせず島の火山が大噴火を起こして、高空まで吹き飛ばされ……ヘイムダルの黄金鎧が粉砕され……


「ワオオオオオオオオオン!」


 神獣と化したバロンに助けられて、私の意識がそこで途切れる。


「……いい……これ以上……真理ちゃんを……」

「……ってさ……セト……さすがに再起不能……」

「ぶち……けぇ……ほいじゃあのう戦乙女」


 薄れゆく意識の中、騎士達が動けなくなった私の体を、担架だろうか……


 どこかへ運んでいる感じがして、私はどうなったんだっけ。


 私は、重たい瞼を開けて島内を見た瞬間、あちこち火山が爆発してて、楽園のようだった守るべきシシリー島が、美しい島が地獄絵図のようになって……


 ジローが私を呼ぶ声がしたと思ったけど、私の心がポキリと折れたような感じがして……


 それ以上私は考える事をやめた。

こうして主人公は心を折られて深い傷を負い、初の敗北を喫しました

次回は、再びジッポンに舞台を移します

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