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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第三章 英雄達は楽ができない
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第114話 ヴィクトリーの魔女 後編

「あ、返して欲しいですぅ! 私の剣」


 ミドガルズオムは、鞭を巻き付けたスルーズを遠心力で高空に放り投げ間合いを取り、フェンリルが口に咥えたオルトリンデの大剣クロス・ガードを放り投げる。


 するとミドガルズオムが鞭を大剣の柄に巻き付き、超高速で振り回し、フェンリルが高速移動で空中を駆けて回り、炎のブレスでコンビネーション攻撃を繰り出す。


「オホホホホ、返してやるでありんす。お死になんしワルキューレ」


「僕たちの縄張りにやってくるとは、いい度胸だワン! 魔狼獣炎(ガルムフラウマ)!」


 炎のブレスを吐いて攻撃していたフェンリルは、真っ青に燃える炎の狼の群れを分身したかのように生み出し、スルーズに襲いかかる。


「このワン公がああああ! 鍋で煮ちまうぞ!」


 体を電子化させて、狼達に大槌を振り下ろすスルーズもろとも、狂戦士化して理性を失ったフレックが空間が張り裂けそうな音波攻撃を繰り出し、彼女の肉体を精神を貫く攻撃に思わずスルーズの動きが止まった。


「フレックお前! アタシまで攻撃しやがって!!」


「死ねえええええええ! 黒いの! フレックに痛い思いさせた女!」


 ゴーレムの楽団を率いたフレックは、標的をエリザベスに定めて、楽団を引き連れてエリザベスの元へ高速移動し、意識もうろう状態のエリザベスは、無我夢中で空を飛び、距離を離そうとする。


「くっ、目眩が……吐き気も。なんとかあの小さい女の子から距離を取って、音波が向かう方向を逸らさないと、魔法も放てない」


 エリザベスは眼下の地上を見ると、フレックの音波攻撃で失神する者たちや、鼓膜が破れながら住人を避難させる騎士団の姿を見て、地上へ退避するのは無理だと悟り、高空へ逃れようとした時だった。


 エリザベスタワーの頂上で、全身鎧に身を包んだ白銀の騎士が、無言で剣を掲げると、フレックに倒されたモンスターの集団が、次々と甦りフレックに毒や炎のブレスで攻撃し始める。


「な!? これは……私が操ってる訳じゃないのに、あの子を攻撃し始めた。一体誰が……真里ちゃん?」


 エリザベスが周囲を見回すと、ゾンビ化したワイバーンに跨る、白骨死体のような騎士たちが、次々にフレックに突進していく。


「何アレ幽霊!? 心霊現象!?」


 エリザベスは困惑しつつも、どうすればこの戦闘に勝てるか思考を巡らせた。


 一方、武器を奪われたオルトリンデは、ロキの娘たちから大きく距離を離し、戦況を見つめる。


「これは、またあの謎のアンデッド軍団ですぅ。ブリュンヒルデお姉様に、救援要請を」


 水曜玉を手にしたオルトリンデに、ゾンビ化したワイバーンに跨った白骨騎士が剣を振り下ろす。


「来るなですぅ!」


 白骨騎士の剣を真剣白刃取りしたオルトリンデは、奪った剣で逆に骸骨の首をすっ飛ばした。


「剣があれば、戦えるですぅ! ワルキューレ一の剣技の使い手である私を馬鹿にするなでありますぅ!」


 オルトリンデは、ただの錆びた銅剣に見えるブロードソードに、天界魔法と心霊魔法を帯びた魔法剣にして、アンデッドの軍団を斬り伏せていくと、待ち構えていた白銀の騎士と一騎打ちを始める。


 ロキの娘たちと戦うスルーズは、大気中の電子をかき集めるだけではなく、空気中の水分を振動させて静電気を作り出し、持っていた大槌ミョルニルにテラボルト級の電気を纏わせて、必殺の一撃を繰り出そうとしている。


「うるあああああ、ワン公と蛇公! アタシ達を舐めやがって、吹き飛べ!」


 スルーズは父トールの得意技、兆電破壊(テラブレイク)を繰り出すと、白熱した雷が意思を持っているかの如く、フェンリルの生み出した無数の狼やミドガルズオムに纏わりついた瞬間、大爆発を起こし、二人のコンビネーションが崩れる。


「きゃあああああ、あの女強いでありんす、まるで雷神トール!」


「ミドガルズオム、僕の狼達が一瞬で消されたワン! お父様へ連絡を!」


 体を電子化したスルーズが、フェンリルに一気に間合いを詰めて、電荷した大槌の一撃を繰り出す。


「キャイン!」


 スルーズの一撃を受けて、フェンリルは高空へ弾き飛ばされた。


「フェンリル姉様!」


 ミドガルズオムは、鞭に巻きつけた大剣をフレイルのようにしてスルーズに切り付けようと振るうが、強烈な電磁力で大剣が吸い取られ、鞭ごとスルーズに掴まれた。


「なめんじゃねえぞ蛇女! 大昔の父上は汚ねえ手でお前に遅れをとったかもしれねえが、ワルキューレ最強のアタシに隙はねえ!」


 一気に鞭ごと体を引き寄せられ、スルーズの頭突きをもろにミドガルズオムは受ける羽目になった。


 一方エリザベスは、謎のアンデッド集団に援護される形になったが、狂戦士化したフレックに追い詰められ、高空を飛び回る。


「ダメ、隙がない。魔力の出力がハンパじゃないし。こんな相手どうすれば……いや音ならば!」


 エリザベスは、膨大な魔力で空中を飛び回り、自身の周りに土の魔力で、中を真空状態にした遮断壁を具現化させた。


「やはりだ、思った通りこれで音は遮断出来る。それとこれならどうかしら?」


 半狂乱になって音波攻撃を繰り出すフレックの周囲を、エリザベスが具現化させた反射材が取り囲み、超音波が反射してフレックの全身を振動させた。


「きゃあああああ、うるさい! うるさい! うるさいいいいいい!」


「自分の演奏が、ただの騒音だって気がついたかしら? それと……」


 音波攻撃を奏でた楽器の攻撃がもろにフレックに跳ね返り、大ダメージを与えて隙が出来る。


「今だ! 耀斑炎星(フレアスター)


 フレックの周囲の空間が揺らめき、電子の結界が反射板や楽団ごと包むと、空間が圧縮されて炎と風の渦が巻き起こり、大爆発を起こす。


 フレックは、あまりの威力で自身が召喚した演奏ゴーレムもろとも吹き飛ばされた。


「クソっ! フレック!! 邪魔だ雑魚共!」


 二人がかりでコンビネーション攻撃を繰り出したフェンリルとミドガルズオムを、スルーズは持っていたミニョルハンマーで殴り飛ばし、エリザベスに向かって光速で移動する。


「早い! この女っ!」


「死にやがれ召喚者!」


 スルーズはハンマーを振りかざし、エリザベスを殴り殺そうとした瞬間、右手ごとピンクのドレスを着た化粧姿の大男に掴まれてしまう。


「だめよ〜ん、ダメダメ。女の子がこんな危ない凶器持ってちゃあ」


「おっ、ぐっ……腕が動かねえ! なんだお前! 化物か!?」


 エリザベスが召喚した元最上級神のクロヌスだった。


「クロヌス……さん」


「危ないところだったわねーん、エリーちゃん。アタシが来たからには、もう大丈夫よーん。ね、ロキちゃ〜ん」


 クロヌスは市街地方向を見やると、エリザベスの魔法で失神したフレックをお姫様抱っこするように、ロキが姿を現した。


「うーん、エリザベスちゃんさあ、敵に接近されるマイナス10点、優柔不断マイナス10点、敵戦力一体無力化プラス50点の、30点ってところか。赤点ギリギリだね、それと」


 ロキはスルーズの攻撃により、地面にめり込んで気を失った娘達を、風の魔力で浮き上がらせた。


「お前たち、揃いも揃って結構なまってるよね? 敵にやられるとかお父さん情けなくなるよ……ねえ!」


 ロキは、スルーズを睨むと空間が圧縮され、空間が元に戻る際の反発力を利用し、スルーズを吹き飛ばす超高等魔法を繰り出す。


「おいたはだーめよ!」


 宙を舞うスルーズに、クロヌスが一瞬で追いつくと、さらに前蹴りを繰り出して音速の速さでスルーズの体が吹っ飛ばされた。


「くっそおおおおお、ロキの他にも化物がいやがる。撤退だ、オルトリンデ! 分隊長命令!」


 オルトリンデは、空間ごと切り飛ばしても鎧が元に戻る白銀の騎士と激闘を繰り広げていたが、スルーズがクロヌスに容易く蹴り飛ばされた場面を見て、踵を返して撤退する。


「あらあら、人間達の街が壊されて、傷ついた子達多いじゃない。お仕置きが必要だなあ!」 


 人間達が傷つけられたことを悟ったクロヌスは鬼のような形相になり、その膨大な魔力に恐れをなして、スルーズはオルトリンデの前に飛ぶ。


「お、お姉様フレックが……」


「逃げろ今は! ロキの娘や召喚者だけならともかく、敵の力が桁違いだ!」


 ロキは、ニヤつきながらクロヌスに追い立てられるワルキューレ達を見送り、フレックを抱えたままエリザベスの前まで跳んだ。


「まあ、敵の一人を捕虜にしたし、及第点としておこうかな。じゃ、帰ろうか」


 ロキは視線を白銀の騎士に向けると、無言で騎士は空間から転移したかの如く姿を消す。


「ふうん、なるほど、そういうことか。本当に人間は面白い奴らばかりだね。ねえ、エリザベスちゃん?」


「?」


 意味も分からず小首を傾げたエリザベスだが、その騎士の姿を地上から見上げたアレクセイことエドワードは、困惑する。


「アレは……私が暗殺した賢王ジョージの甲冑!? 馬鹿な、彼は死んでるはず! あの金髪の小童のような化物といい、何が起きているのだ……この国で」


 エドワードは呟くと、極秘裏に銀の騎士の正体を掴むための調査を、侍従達に命令すると同時に、憔悴しきった表情になり、女神と崇めたフレックの発言を思い出す。


「雑種か……神からも私は……我らが民族は否定されるか」


 彼の心に、オーディンとワルキューレへの不信感も芽生え始めていた。


 その日の夜、密かにシシリー島に向かうための下準備をしているエリザベスに、ロキがワイングラス片手に現れ、エリザベスはノックくらいして入れと、内心思ったがいつもの事だと思い、ため息を吐いた。


「なんでしょう……えーと……」


「ロキでいいよ、僕と君の仲だ。そういえばエリザベスちゃん、なんか僕に隠し事してないかな?」


「!?」


 密かに決心してる、マリーが亡命するシシリー島行きがバレてると思ったエリザベスに対して、悪い顔でニヤけるロキが水晶玉を差し出す。


「これ、頑張った君へのご褒美。いつだか君、話してくれたじゃない? 君のいた地球の人間界で流行ってるって言う、スマホだっけ?」


「え!? 作ったんですかスマホを?」


 受け取ろうとしたエリザベスだったが、ロキは意地悪そうに笑うと、渡そうとした水晶玉を引っ込める。


「けど、僕に隠し事してるようだしー、君の前世の人生を聞かせてよ。生まれ変わって何をしてきたのかも全て話をしてくれないか?」


 ロキの申し出に彼女は困惑し、前世の話などしたくなかったので、一瞬ごまかそうと考えたが、ロキの赤い瞳が怪しく輝く。


「僕はね、神だろうが人だろうが騙しておちょくるのが好きなんだ。けどね、逆に騙されて嘘をつかれるのは嫌なわけ。それを、やった奴をぶっ殺したくなるわけじゃん? オーディン達ユグドラシルの連中みたいに。君は、僕に嘘とかついちゃだめだよ?」


 エリザベスはこの世界の父、ジョージにしか話さなかった、自分の正体をロキに打ち明けた。


「なるほど、人間もなかなか複雑らしい。それで君は、この世界で理想を実現させたいわけか」


「ええ、けどまさかあの子が私の前世の罪が、精算したと思ったのに、なんで彼女が……うっ、真理ちゃん……ごめんなさい……わかってるの。私が……全部悪いって……うぅ……」


 エリザベスは、前世で絵里の名前だった時、自分が不登校に追い込み、結果殺されてしまった、かつての親友を思い出し、涙を流す。


 この事がきっかけで自身の人生も転落し、日本の社会を憎みながら命を落としてしまった事も思い出しながら。


「それで君は彼女に何を望むの? 恐れてるのは彼女からの復讐かな?」


「……いまさらあの世界でも、この世界でも私がした事を許してくれるとは思えない。だけど、せめて彼女が二度と危ない目に遭わないように……またかつてのように笑い合える関係にならないだろうけど、今度こそ彼女が救われて、私も死なないようにしたい」


 ロキは、本心を告白したエリザベスへニヤリと笑い水晶玉をエリザベスに差し出した。


「いいだろう。理由はどうあれ君がいなかったら、僕は刑務所に囚われたままだったし、仲間や家族とこの世界で楽しむ事も出来なかった。恩もあるし協力しよう、僕の言う通りまずはこれを使って」


「ええ、この新たな水晶玉の力で」


 こうしてエリザベスは、新たに水晶玉の力を得たのであった。



 彼女はその時の事を思い出しながら、水晶玉の力を使っている時、王座の間の扉が開く音がして、彼女は氷のような無表情に変わり、王座の間に護国卿エドワードが現れる。


「失礼します女王陛下、大陸の戦況は順調です。ホランド、シュビーツ、ロマーノは我々の影響下にあり、バブイール王国の内戦に乗じて大幻ウルハーン皇国とロレーヌ皇国が挟みうつよう侵攻。破竹の勢いで王都イースターへ進軍中。フランソワの防衛線においては、ロレーヌ軍突破も時間の問題かと」


 玉座の間にて世界地図を風の魔法で浮かせ、エドワードは大陸の戦況をレイピアで指し示すも、エリザベスは一瞥もしない。


「そう……それでマリーの行方は?」


「は! 女王陛下がシシリー誅伐後、例の黒髪の男の勢力と共に、亡命中かと思われますが……」


「見つかったか、見つけてないかを聞いてるのですよ? エドワード護国卿」


 エドワードことアレクセイは、最近のエリザベスが、どこか変わったと感じる。


 やや冷徹ながらも時には感情的でヒステリーな気質。


 頭脳に秀でてるが、自分の事を忠義溢れる騎士と思い込んでいた利用しやすい単純な女だと思っていたが、シシリーをヴィクトリー領にしてからというもの、まるで大部分の人間性を失ってしまった冷酷な魔女のような印象を受けて、一瞬ではあるが彼女に恐怖する。


「いえ、見つかっておりません」


「そう。ところで東の果てのジッポンとは、コネクションが出来そうかしら?」


 転生前に自分が生まれた日本のような形をした、見ただけで憎しみと吐き気を催すような、東の果ての島国をチラリと見た後、すぐに水晶玉の画面に向き直る。


「は! 彼の国の南北王朝には力が無く、我が国と交易を結べそうな候補を絞り込んだところ特に目を引く三つの勢力が。一人目は、南朝将軍クスノキと呼ばれる男。二人目は神ニョルズの司祭を取り仕切るケンニョと言われる男。三人目が北朝の有力武将、ノリナガともイワネツとも呼ばれる男です。この三人は敵同士ですし、どれか一つに絞った方が良いかと」


「その3人のあなたの見解は?」


「はい! 南朝のクスノキは昨年、齢14にして将軍家を継ぎ、文武両道にして聡明かつ王への忠義が厚い人格者として知られます。ただ、南朝はジッポン内戦の影響でかつての影響力が無くなりつつあると。ケンニョという司祭は最もジッポンで影響力のある男です。が、保守的すぎて我々との交渉に応じるかどうか。今もっとも勢いがあるのはノリナガことイワネツかと。ジューの商人達の話によると、真偽不明ですが、北朝のサムライと呼ばれる勢力を全て敵に回すも撃退したらしく」


――何それ? まるで南北朝時代の楠木正成みたいな英雄と、戦国時代の本願寺の顕如のようなのがいて、ノリナガ? 織田信長みたいなのもいるって事? イワネツって何かしら?


 エリザベスは、織部憲長ことイワネツに興味を引かれ、さらに情報を得ようと考えた。


「そのノリナガってサムライ、なんでイワネツという名前が二つあるのかしら?」


「は、自分で自称しているようです。ジューの商人達の話では、聡明さを通り越して天才とも言われます。それと個人の武勇ではジッポン最強の男とも言われるとか。ただし、粗暴にして野卑な性格だそうで、うつけ……大馬鹿者と呼ばれているとか」


「……そう」


――多分だけど、私や真理ちゃん、それに大陸各国の彼らのようにおそらくは前世の記憶を持ってる転生者ね。その転生者がまるで織田信長のように、ジッポンを天下統一させようとしてる?


「わかりました。彼とコンタクトは取れるのかしら?」


「はい、こういう事もあろうかとエルゾ島の勢力と、ジューの商人達は手を結び、我々ヴィクトリーにも協力的です。またエルゾの血を引く越狐のウエスギもジューと懇意にあります」


 ナーロッパより東の果て、ルーシーランドのキエーフ王子であるアレクセイは、同族のジュー達を影で操るオーディンの使徒にして、救世主である。


 彼の目的は世界の破滅と、戦乱化。


 最上級神オーディンの目論みを忠実に果たそうとヴィクトリー王国に潜り込んだスパイであった。


「そう、彼らを通じて、急ぎノリナガと折衝を頼みますね、エドワード。いや……アレクセイ?」


「!?」


 自分の素性がこの女にバレてる。


 エドワードことアレクセイは、表情こそ変えなかったものの、心拍数が跳ね上がりじっとエリザベスを見つめるが、当の彼女は水晶玉の画面をいじったままだった。


「聞こえなかったかしら? アレクセイ。あなたには将来我が夫としても、ヴィクトリー王国の護国卿として期待しています。報告が終わったなら下がりなさい」


「御意、女王陛下」


 つまり、アレクセイの素性を知ったうえでエリザベスは、自身の護国卿とする事で、ルーシーランドを本拠地とする、ジューとエルゾを掌握していると仄かしたのだ。


 アレクセイは玉座の間を後にすると、拳を握りしめ、唇を噛み締めた。


――なぜバレた!? この国とあの女を利用していたと思っていたのに、もしや最初から私の方があの女に利用されていた!? あの金髪の化物に魅入られてから、何かがおかしいぞ!? このままではあの女に我が民族の悲願と世界への復讐が阻止される。


 神をも偽る事のできる頭脳明晰なアレクセイは、まるで童子のような姿をした、美しい金髪のある男を思い出し、自分の思惑が全て彼によって崩されているのではないかと考える。


「クソ、あの金髪の子供のような化物め。もしや奴が私の素性を……」


「え? バラしてないよ。いやだなあ、僕は君の味方だよ?」


「!?」


 彼の目の前に、血塗れのロキが姿を現してニヤリと嫌な顔つきで嗤う。


「ちょっとお腹も減ったし、休みたいから、君の侍従達呼んできてよ。あと何かオーディンの事でわかった事は?」


「……いや、今のところはない。ただルーシーランドにいる、我らが女神様達が一時離れると言い残し、お隠れになった」


 ワルキューレ達は、イワネツとジローの活躍と、女神ヤミーの働きかけでこの世界から一時撤退を余儀なくされていた。


 当初、ワルキューレの中で歴戦と呼ばれる9人でロキ討伐に赴いたものの、一人は心神喪失状態に、一人はロキの捕虜に、二人は狂戦士化と負傷の影響で戦線離脱状態と、部隊が半壊状態に陥ってしまっている。


「ふーん、あっそう。オーディンと僕は義兄弟の契りを結んでてね、心配してるんだよ。また何かわかったら僕に教えてね」


 ロキは嘘は言ってない。


 オーディンとロキは太古の昔、互いに神と巨人の盟約で兄弟分の契りを交わしていた。


 アレクセイが指を鳴らすと侍従達が現れ、王の間よりも豪勢な貴賓室へロキを案内する。


 貴賓室でロキが、食事を待っていると彼の娘達が姿を表した。


「お父様、すごい怪我だワン」

「わっちの回復魔法で!」


 緑髪に魚鱗のような緑青の鎧に身を包んだミドガルズオムが、ロキの体力を回復させる。


「うん、久々にトールの馬鹿に会ってきてね。あいつ馬鹿だから、法令違反して人間になってやがんの。僕みたいに4類指定されて、神界登録簿から抹消されてなきゃ、二発撃ったらアウトなのにね」


「あらあら、相変わらずトール神は頭残念でありんすか? オホホホホ」


「クンクン」


 青髪のフェンリルは、懐かしい香りがして、何かを思い出そうとロキに鼻を近づける。


「ヘルちゃんだワン。僕の可愛い妹の匂いがするワン。お父様、この前もしかしてと思ったけど、ヘルちゃんもこっち来てる?」


「え、ヘルがこっち来てるでありんすか? わっちも離れ離れになって心配していんしたお父様」


 彼女達には、まだこの世界にヘルが来ている事をロキは伝えていなかった。


 なぜならばロキが考えるオーディンへの陰謀が整ってない状態で、彼女達へ妹の存在を告げると、妹恋しさに二人の娘が罠に嵌められ、自分の復讐計画がとん挫する可能性があったため。


 また自身の保護下に末娘を置いていない状態で、オーディンの勢力からの妨害が入った場合、再び姉妹同士が離れ離れになり、娘たちが悲しい思いをするという彼の親心から来ていた。


「あーそうだね、トールが僕を殺しに来たのもそれに関係している。だから、お前達の可愛い妹に会うのは、もう少し待ってほしい」


「はい、わかりましたワン!」

「わかりんしたお父様」


 ロキが貴賓室で体力を回復している最中、勢いよく扉が開かれると、身長3メートルをを超えたピンクのドレスを着た巨人が姿を現す。


「まあ、ロキちゃんだいじょーぶ? 治してあげようかしら?」


 元オリンポス最上級神であり、大逆神の異名を持つクロヌスであった。


「せっかく僕に、ミドガルズオムが親孝行をしてるんだからいいよ」


「大丈夫ですわオネエ様」


 クロヌスは、娘達から慕われるロキを見て、羨ましそうに目を細める。


「ところでロキちゃん〜聞いた? セトのやつ今度は砂漠で行われてる戦場が見たいって言って、エリーちゃん困ってるって」


「はあ? あいつ久々の人間界だからってはっちゃけ過ぎでしょ。しょうがないやつだなあ、あのバトルマニアは」


 エリザベスはロキの刑務所仲間であり、古の上級神かつ残虐神とも悪神とも呼ばれる、強大な力を持つセトを呼び出していた。


 兄弟である最上級神を殺した罪で、ニブルヘルに封印されていた、邪悪さはロキを上回り、古代地球世界のエジプト王家が密かに信仰していた戦神である。


「とりあえず、セトには晩御飯までには帰って来てってアタシから伝えといたからーん。傷の手当て終わったら、ご飯にしましょ」


「ご飯の前に、お風呂入ってくるよ」


 そしてヴィクトリーより遥か東の島国、ジッポンでは、この10日間で起きた出来事を、イワネツが急遽用意させた屋敷の軒下で、呆けながら想いに耽ったマリーの姿があった。


 亡命貴族や亡命騎士達が声をかけるも返答がなく、心を病んでしまった彼女を見て、ジローはやるせない思いで彼女の姿を見つめていると、傍にイワネツが立ち、腕を肩に回す。


「よう、ジロー。今日もお前が連れて来たあの子の事、気にかけてるようだなあ?」


「ああ、兄弟(チョーデー)、心配するさー。彼女は俺ぁの……いや、くぬ世界の希望。すりとぅ俺ぁの好きな(いなぐ)さぁ」


 二人は煙草を口に咥えて同時に火を着ける。


「そうか……あの子は、心に傷を負ってるようだ兄弟(ブラート)。目を見ればわかる……俺のおふくろもそうだったしな」


 本来、国籍や人種が違う他組織に、自身の兄弟身内であるという称号をロシアンマフィアが与えるのは、よほどのことが無いとあり得ない。


 イワネツは、単なるビジネスパートナーであるならば同志、tovarisch(タヴァーリシ)呼ばわりして、己の内面を語る事が無ければ、冷酷なロシアンマフィアの顔になり、対外組織に少しの落ち度で違約金請求を始めとし、金絡みのトラブルとなれば、時には暗殺も辞さないほどの暴利をむさぼったことがある稀代の悪である。


 そのイワネツが、ビジネスパートナーではなく真の身内であり、兄弟と認めたというのは、本当の意味で自身の身内であるということを意味する。


 ロシアにおける盗賊の掟で結ばれた身内であるならば、兄弟分の身内は自分の身内であると保護をする義務が生じ、全身全霊を持ってその兄弟分関わる周りの人間を守る義理が生じる。


 そして、自分に対するジローの行いが、自信が困難な状況にあるのにも関わらず、友として自分を助け、敵対者や第三者にイワネツ自身の行いの正当性を訴える行為については、それが単なるビジネスパートナーの意味である同志ではなく、ロシアにおける兄弟家族と言う意味と道理を持つ。


 すなわちイワネツにとって、一人間として兄弟分として、人種や国を超え、一人の男としてジローを認めて惹かれ合い、互いに惚れ、ソ連やロシア時代そんな男など今まで自分の前に現れたことが無いと、孤高の皇帝とまで呼ばれた自分が、同等の男として彼を身内として尊重しているという事である。


「あぁ……そうさー。大抵の話ならー、なんくるないさー、てーげーでぃ終わる話だる? やしが、立ち上がいしぇー本人ぬ意思やん……だからよー……俺ぁ……」


「皆まで言わなくていい、兄弟(ブラート)。俺もよ、色々考えてるんだ。人間が人間として後ろ指差されずに正しい行いを出来る世の中にするために。人種や国家を超えて人間が人間として生きる為に、法と律がものを言う世界が必要だって……兄弟(ブラート)、俺達でその規範を作ろうぜ? 二度と悲しい思いをする魂がねえように」


「ああ、兄弟(チョーデー)(わん)仲間(シンカ)ぁ、(むる)でぃ、くぬ世界救おう! 二度と生まり変ーてぃく後悔するぐとーる世界ーじゃなく、皆が喜びーるしけー世界を。なあ? 兄弟(チョーデー)!」


 盗賊ではなく、人々の幸せを願う義賊として、彼らは多くの人々の幸福の為に誓い合う。


 自分たちが悲しい思いをした地球世界ではなく、真の人々の幸福と美しい明日の世界を夢見て。

次回、主人公の一人称の後、章ラスボス戦を経て第三章終了とします

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