第112話 英雄達は楽ができない
後世ニュートピアに残る英雄伝説。
世界の同時期に、綺羅星の如く現れた、英雄と呼ぶ存在が同時多発的に生まれた中、特に後世の人々が魅了される伝説が、数多の伝説を残したとされる勇者‶威悪涅津″こと織部憲長による英雄伝説。
特に後世ジッポン人が魅了され、枕元で幼子に語り継ぐ伝説の中に、桶知多間の戦いが挙げられる。
様々な歴史的な資料、これに携わった当事者の記録や、マイナー武将の佐藤辰興が受けた残虐な処刑方法に恐れおののいた巳濃、後世では樹阜県と呼ばれる地に残る歴史資料や、‶勇者を受け継ぐもの″と呼ばれた武将たちが、その詳細を記録し、西方ナーロッパ側の歴史資料でも克明に記載されていた。
このため、荒唐無稽とも呼ばれた伝承が、イワネツ以外の織部軍の奮闘とナーロッパの救援が来た以外は、信じがたいことではあるがほぼ史実通りであったと、後世の歴史家が判断せざるを得ない、状況証拠を多く残す戦いであった。
それこそが単騎で10万もの大軍を破り、敵将今田元網を討ち取ったとされるもので、今田元網のその後のジッポンの行く末を予言して、歌を詠んだのではないかとも言われる辞世の句が、オカルト的な陰謀論でたびたび話題に上がる。
これにより東海一の弓手と呼ばれ、中世の戦国武将でもあり、優雅な歌人でもあった元網が詠む短歌や長歌の全てに未来予言的な意味があり、今田は実は預言者ではなかったのか? もしかしたらわざと織部憲長こと、勇者に討ち取られたのではないかと議論を呼ぶ合戦。
しかし、後世でも歴史学者からあり得ない話だと一笑に付され、記録にも残らぬ戦い、勇者の勝因の一つと呼ばれた天候不順の要因になったと伝承に残る、雷神と女神との戦いについて。
戦争の勝利で湧く織部軍の作った他国へのプロパガンダとも、戦の高揚感で生まれた集団幻覚ではないかと、不確定な伝説として歴史の片隅に追いやられた。
それがこれより行われる。
西方ナーロッパの英雄伝で数々の逸話が残る、ジロー・ヴィトー・デ・ロマーノ・カルロと、二人の武将の視点で書かれた、威悪涅津公記の主人公、己の正義を信じ、精力的で多忙、情誼が厚く、道理と規律を重んじ、圧倒的な強さを誇った英雄でもあったという勇者威悪涅津の戦いである。
「うらあああああヘナチン共、ぶっ殺してやるぜ! 雷神大槌」
天から雷が大量に降り注ぐが、鼻で笑った女神ヤミーは、巨大な魔法陣を幾重にも具現化すると、冥界魔法無間地獄の暗黒空間に、雷子のエネルギーを吸い取る。
「世界救済を幾度も経験した我の前に、その程度の魔法攻撃など無意味じゃ。ほれ大魔法を使った事で、今のお主は……」
全長3メートル以上の巨大な金棒、星砕きを手にしたヤミーはスルーズの前に一瞬で間合いを詰める。
「隙だらけじゃあ!」
スルーズの側頭部目掛けて、薙ぎ払うような強烈な一振りが繰り出され、あまりの威力に吹き飛ばされる。
「うあああああああ」
「スルーズ!」
救援に駆けつけてようとしたトールに、イワネツの左ジャブで機先が制され、右ストレートが顔面を打ち抜き、左フックが肝臓のある脇腹へと流れるように入るが、オーソドックスなボクシングの基本通りの戦いなど、トールは児戯にも等しいと鼻で笑う。
戦闘の申し子のトールにとっては、アマチュアでかじった程度のボクシング技術は、単調な攻撃であると余裕で見切りはじめる。
イワネツのパンチを避け始めて上背を利用して逆に圧力をかけ、タックルから組み付きで投げ飛ばそうとしたトールの側頭部に、見えない角度からパンチが入った。
ロシアンフックと呼ばれ、肩を内に回して腕をスイングする事で、体は正面を向いたまま腰を入れ、相手の視界の死角から攻撃出来る打ち方である。
体が神のままであったならば、さほどダメージは受けない攻撃であるが、彼の体は神界法違反で人間になっており全然意識していなかった角度からの攻撃で一瞬脳震盪を起こし、そのトールの隙をジローは見過ごさなかった。
「えいさあああああああ!」
イワネツの左後方から、瞬間移動じみた速さで、ジローの左と右の正拳突きが、ワン、ツーと滑り込むように入るが、いかに琉球空手だろうが伝統に裏打ちされた技術があろうが、打撃技である以上、ヒットポイントをずらし反転に出る事など、トールにとっては容易である。
だが、トールは間違いをおかす。
体力はある程度回復していたが、魔力をかなり消耗していた事に加えて、琉球空手を単なる打撃の武術であると思い込んだ間違いと、ジローのグローブがただの魔獣の皮グローブと勘違いした間違い。
琉球空手、もとは手と呼ばれる技術は、刀や槍に弓と鉄砲を持つ薩摩藩のサムライに対抗するために、武装を禁じられた琉球の人々が、自身や愛する者の尊厳を守る護身のために、琉球舞踊と中国拳法をミックスさせ、鍛え抜いた手足を武器化して対抗しようとした歴史があり、ジローのはめたベヒモスグローブは、その技を高めるためのマジックアイテム。
手や足を刀にし、指先や足先を槍に、前腕や肘と脛や膝を鈍器と化して、強大なサムライに対抗するために生み出したのが沖縄発祥の唐手、時代が下り空手道とも呼ばれた武術の本質である。
ジローは、ベヒモスグローブに風と土の魔力付与を施し、見た目は普通の攻撃であるが己の手先をまるで剣や槍、鈍器に硬質化させ次々とトールに繰り出していき、脇腹を右人差し指で突かれ悶絶したトールに、ジローは、左四本貫手を彼の下顎骨に引っ掛けて、手刀の間合いへ引き寄せた。
「くっ!」
思わず声を漏らしたトールの脳天目掛け、振り下ろされた右手刀をかろうじて首を傾けて避けるも、まるで刀の一撃を受けたかのようにトールの右耳が斬られ、地面に落ちる。
「~~~~~~~~~~っ!!」
予想外の威力と技に耳を両手で抑えたトールは、ありとあらゆる神の総合格闘技術を駆使してジローへダメージを与えようと拳を振るうが、剛柔流と呼ばれる守りの空手によりいなされる。
体捌きといなしにより、トールが上半身中心に意識が集中した隙をジローが見逃さず、崩し技の足払いが決まり、転倒したところをイワネツのサッカーボールキックのような渾身の蹴りが炸裂した。
「ハッハー! やっぱりお前とは最初に話をした時から思ってた。相性抜群だってよお!!」
「我もやん! ほれ」
ジローは、真っ赤なヒヒイロカネ製のスティック二本のうち一本をイワネツに渡しながら、二人同時にダウンしたトールを蹴りまくる。
「オラァ! 神野郎!! 寝てんじゃねえ!」
イワネツはスティックを横たわるトールの首に入れ、両手でスティック先端同士を持って、抱え上げながら首を絞めるように、持ち上げる。
「ナイスアシストやん! なあ!?」
スティックを右手に持ったジローは、トンファーに変えて、突く払うなどの縦横無尽の打撃をトールにヒットさせるが、体に電子を纏い、抑えつけるイワネツへ電撃を放つ。
「ぐおおおおおお、っこの!」
「イワネツ! 手ぃ離すさ! ちぇいさああ!」
ジローは反時計周りに空中で回転し、トールの側頭部に右の回転回し蹴りを打ち込んだ。
「ぬおおおおおおお!」
あまりの蹴りの威力でトールが吹き飛ばされ、たまらず空中に逃れると、次々と金属製武具を磁力で浮かせて、電磁力で加速させ、イワネツやジローに射出するも、ジローはズボンのベルトにスティックをしまい、魔力銃ウッズマンを入れ替わりに抜き、空中に逃れたトールへ連続で発砲する。
「空手ぃも、しに得意やしが、くまんピストルもイケるどおおおおお、ハッハッハー!」
「お、そのピストルは西側のコルトっぽくてなかなかいいな。こっちの多根が島もクラシックで悪くねえが、懐かしのAKとか俺も欲しいぜ! なあクソ野郎!」
イワネツは右手を指鉄砲の形にして、マシンガンのように連続で、トールや射出された武具へ無数のチャクラを撃ち出す。
まるで神話のような戦いに、見守る織部軍の兵達が、自分達と比べてレベルの高すぎる戦闘に呆然としながら見つめていた。
「猿、イワネツ様は当然なんだけど、うちらのビジネスパートナーになった、ロマーノ連合王国の王太子してるって言う沖縄のヤクザの人さ、めっちゃ強くない? ヤクザってやっぱりあんなに強い人いるの?」
「た、確かに喧嘩とか上手い人間は、何人か見てきたよ。相撲取り上がりや、総合上がりとかの人間もいたし。けど、あんな強い人見た事ねえって。沖縄じゃヤクザをアシバーて言うらしいけど、なんなんだよあの人」
アシバーとは、本土の組織、日本古来からの博徒や香具師、沖仲仕や労働派遣を仕切る手配師や口入屋業者が、戦後の闇市に生まれた愚連隊を吸収し、誕生した現代のヤクザともまた違う。
元々は琉球と呼ばれた時代、遊びに精通する者の事を意味し、歌、三線、踊りを嗜み、繁華街などの遊び場の取りまとめをする者がそもそもの発端。
時代が降り、第二次大戦を経て米軍の占領下で盛り場を仕切る空手使いの用心棒達と、戦果アギャーと呼ばれた義賊達で形成された歴史を持つ。
沖縄で理不尽な事をしでかす米軍、沖縄に入り込もうとする海外組織、本土の組織とも抗争を繰り広げていた沖縄の組織だったが、その中でもトップクラスの実力者だったのがアシバーのジロー、死後に流れ星と呼ばれ、伝説の遊び人と呼ばれた、抗争経験が沖縄一豊富な男の喧嘩である。
一方、スルーズと戦う女神ヤミーは焦りを感じていた。
元々大魔王クラスの力を持ち、これに加えて神として成長した自分が攻撃を加えても、倒れるどころか力と反応速度が増していく、戦いの申し子のようなスルーズの強さに、これ以上力を使いすぎると指輪の召喚時間が無くなり、トール親子を冥界送りにできる事が出来なくなるとも思い、戦いを眺めるヘルを睨みつける。
「何をぼさっと見ておるのじゃ、ヘルよ! お主も手伝わんか!」
「そ、そんなこと言っても、わらわには力が……」
ヘルは得意の冥界魔法をスルーズに放とうとしたが、全然具現化せずヤミーとスルーズの戦いの余波で飛んでくる雷をかわすのがやっとであった。
「があああああああああ! 死ねええええ!」
狂戦士化が長引いたことで、父親以外の動く者全てが敵に見えた彼女は、逃げ惑うヘルを標的に定め、狂犬のように歪んだ顔で真っすぐ向かってくる。
「い、いかん! ええい、何でもいいから力を使うのじゃ!」
「きゃあああああああああ」
ヘルが頭を抱えてうずくまった瞬間、彼女の体が光り輝き、透明ガラスのような直径2メートルの球体にヘルの体が包まれ、スルーズの体をはじく。
ヘルは宙を浮き、球体を中心に漆黒の胴体、長大な手足が次々と具現化していき、全長28メートルの首なしの巨人が姿を現す。
「な!? この力は?」
「やはりの……我の最初の冒険の時と同じ。我の場合は神と魔族の力のうち魔族の力を失ったが、こやつには神ともう一つの力、強大な巨人の力が眠っておったのじゃ」
土の強大な魔力で築き上げられた巨大な金属の巨人の胴体から、巨大な漆黒の頭蓋骨が飛び出すように出現し、眼窩が真っ赤に光り輝く全長30メートルの巨大な巨人が出現した。
「こ、これは……わらわは一体?」
ヒデヨシや犬千代は、突如平原に出現した漆黒の巨人を指差す。
「うお!? マジ●ガーっぽいガ●ダムみてえなの出てきたああああ!」
「ОФИГЕТЬ! まるでフランスで兵隊してる時に見たグレンダ●ザーだ!」
スルーズは巨大な巨人を意に介さず、まるでロボットのコックピットのような胴体中央の球体に、何発も殴りつけ、その度に雷が巨人に落ちてきたため、球体の中にいたヘルは激しく揺さぶられる。
「く、くるなだわさ!」
ヘルの動きに連動したかのように巨大な右腕がスルーズを弾き飛ばし、巨人の目から先ほどスルーズが放った雷の魔法の電子が圧縮されてビーム状に発射され、ホーミングレーザーの様にスルーズに照射されるが、戦闘本能とでたらめな反応速度で、光速の攻撃をかわしていく。
「うるあああああああああ!」
スルーズは手にしていたミョルニルを超大化させ、直径3メートルの大槌に具現化させて漆黒の巨人に打撃を加えていくが、ヘルは自分が具現化した巨人が自身の思う通りに動くと気が付き、両手を広げてまるで飛び回る蚊虫の類を叩き潰すように両手を叩く。
同時に巨人も動きに連動し、スルーズの体を巨大な両掌で叩きつぶすかのような攻撃を繰り出し、あまりの一撃に空間と重力が圧縮されて、彼女に大ダメージを与えた。
「スルーズ!」
イワネツやジロー達と撃ち合っていたトールが、娘を庇い立つように前に現れる。
「もう、もうよいのだスルーズよ、父が父様が回復してやる。もうお前は頑張った、な? これ以上狂戦士化を使うとお前の心が壊れてしまう」
全身から出血し、もはや狂犬のようになり、トールは正気を失ったスルーズに当身を入れて気絶させ、回復するとイワネツがトールの前に立つ。
「お前は……自分の娘に親らしい愛情をかけてやれるのに……なんでなんだよ、なんでその愛情を神として人間達にかけてやれなかったんだ。そこのヘルだって、親と離れ離れになって、酷いざまになっていやがったってのに……なんでお前は、お前たちは今みたいな情を、他の奴らにかけてやれなかったんだ!」
「チビ人間……」
巨人のコックピットに乗ったヘルが、一筋の涙を流す。
「黙れええええええええ! 父オーディンの力を増すために、我らが担当する幾多の世界、人間界で戦闘のエネルギーを差し出す道具が人間だ! 悪魔の貴様が今更人間がどうの奇麗事を抜かすな!」
トールの前に、ヤミーが降り立ち金棒を差し向けた。
「我も魔界出身の元は魔族じゃったが神じゃ。我の兄様も魔族出身じゃが最上級神の任についておる。それなのにお主らは……なんで人間を虐げる! 自分の娘を庇い、他者をいたわる心を持っているのに、強大な力を持つ戦神なのに、なぜ神らしく世界の為己の力を使わんのじゃ! 他者に優しくできぬのじゃ! なぜ人間界を虐げる!!」
そして、アシバーのジローが女神ヤミーの傍らに立った。
「フレイっちゅうぽってかすーのようやん。あの野郎も、人間や自分が生み出した子を下にみてぃ、非道してぃたさー。何ー? 何ーでぃ、弱い者いじめするんどー? 何でぃ理不尽ぬ差別ーする?」
「……人間如きが、魔族の外様がこの俺、闘神トールに偉そうにものを言うな!!」
朝日を背にしたトールは、気を失ったスルーズを回復し終わると立ち上がり、大型バイクのような自身の戦車、タングリスニ&タングニョーストを呼び寄せて融合を果たし、同時に戦場に打ち捨てられていた武器という武器が次々と融合を果たしていき、全長30メートルの機械仕掛けの巨人が姿を現す。
人間になって力を落ちているが、最強クラスの闘神にして雷神トール切り札でもあり戦闘形態。
胸に二つのヘッドライトが光りを放ち、両腕両足に巨大な車輪が、背中に集合管とエンジンが搭載され、マフラーが二本差しでロケットのように火を噴き、鉄塊のような巨大な右手が合体すると、全長30メートル以上の神の大槌、トールハンマーが握られ緑青の電荷を帯びて光り輝いた。
「さあ来い! この戦場が貴様らの死に場所だ!!」
雷の権化のような巨人と化したトールは、磁力で生まれた電子魔力と炎と風の魔力を調節して背中から噴出すると、冷や汗をかきながら戦場にいる全員が身構える中、イワネツは左手で戦闘態勢をとる面々を制する。
「ジロー、メスガキ共、手を出すな。こいつは……俺がわからしてやる! 人間の情や魂を侮辱する、規律もねえこいつにっ! 俺の力を、勇者の力と輝きを見せつける!!」
イワネツは現れた巨人に対して両手を胸の前で合掌して力を溜め、九頭龍大神ドラクロアを屈服させたような、光の力を両手に込め前方に突き出すと、頭の中に呪文が浮かぶ。
前世でロシア人だったイワネツには理解できないはずの呪文の羅列を詠唱して、チャクラを高めた。
「オン・バサラ・ダトバン、バザラ・キジャナン・アク、オン・バザラダダビシバリ・ウン・バジリニ、オン・ソキシマ・バザラジャナ・サンマヤ、ウン・サラバタタギャ・バサラダトバ・ドタラ・ホジャ・ソハランダ・サンマエイ・ウン……」
呪文を詠唱するイワネツを尻目に巨大な機械の巨人になったトールは、右手のトールハンマーに力を込めると、全身の歯車が回り出し、この星の大気にある電子はおろか、大気の電離層や宇宙空間の電子や素粒子を集め、手に持った大槌に力を込めた。
バイクの排気口のようなマフラーが、トールの魔力に反応して、ロケット噴射の様に高空まで一気に跳び、長大なハンマーを振りかざすように両手で担ぎ上げて構える。
「くらえ悪魔! 電子の光になり散華しよ! 全力全壊の終焉の電光」
ニュートピアと呼ばれる世界もろとも吹き飛ぶような、電子の光を帯びた巨人がイワネツまで一直線に落下した。
その瞬間、イワネツのチャクラ全てが解放されて、組み合わせた両拳が菫、青、緑、黄、オレンジ、真紅へと螺旋状に光り輝く。
「金剛光極」
イワネツの両拳から極太のチャクラが発射され、巨人化したトールの振り下ろす大槌に当たると、火花が飛び散り、高空で光り輝く。
「ぬおおおおおおおおお!」
「神野郎おおおおおお! ぶっ飛べ!!」
トールは全力でチャクラに抗い、速度が低下しながらイワネツ目掛けて地表に降りていくが、その時、横たわる自分の娘を見やる。
このままでは、娘もろとも地表ごと吹き飛ばしてしまうと悟った彼は、一瞬苦虫を噛み潰した顔つきになった後、諦めがついた顔になってため息を吐くと出力を急速に弱めた。
「ふ、やはり俺も親……まだまだ闘神として甘いか……」
「この織部は、ジッポンは俺が救うと決めた! お前が光に変わっちまえええええ!」
トールの隙をつき、チャクラの出力を限界まで高めると、巨人化したトールを再び高空まで押し上げ、ピカっと光り輝いた後、大爆発を起こす。
全ての力を使い果たし、意識不明の重体になったトールが地表に落下したのを見届けた女神ヤミーは、巨大な魔法陣を具現化し、冥界魔法"無間地獄“の牢にトールを放り込む。
「殺人罪と証人保護プログラム違反により、トール上級神、お主を無間地獄にて一時勾留じゃ。公判は追って沙汰するゆえ、それまで待っておれ」
イワネツは元の褌一丁の姿に戻り、自身の勝利を確信して安心したのか、その場で膝を突きそうになるが、踏み止まって朝日の方向へ拳を高く突き上げる。
「神野郎、俺の勝ちだ!」
「Ураааааааа!!」
イワネツの勝鬨に桶知多間は大歓声に包まれ、ジローがイワネツの肩に優しく左手を回し、右手の中指と親指をくっつけて、咥えると指笛を吹いた。
ヘルが具現化した巨人も消え去り、宙を浮いてドヤ顔で踏ん反りかえるヤミーが、ヘルを見下ろす。
「我はこれより、トール神の意識が回復次第、天界と共に事情聴取と勾留手続きがある。お主と勇者の事情聴取の日程は追って知らせる。よってヘルよ、我の代理として世界救済を担当せよ。上級神からの命令じゃ」
「言われなくても、わらわはもうユグドラシルには戻れないし、冥界神としてこの世界を救済して見せるのだわ。それにわらわの方が、胸とお尻と勇者の力が大きいのを、あなたに見せつけてやろうかしら」
「ぐぬぬ、相変わらずへらず口を叩きおる。まあいいわい、それと……」
ヤミーは、ムクリと立ち上がったスルーズを見やり、ヘルも一瞬身構えるが、様子がおかしいことに気がつく。
「お姉ちゃん達、だあれ? ここは何処? あたち、なんでここにいるの?」
スルーズは、狂戦士化が長引いた事で心が壊れ、ワルキューレとしての記憶も、任務も思い出せず、心神喪失状態となっていた。
「ああなっては、供述も見込めそうにないのう。もはや自分が何者じゃったかも覚えておらんようじゃ。当分お主が保護してやると良い。処遇は我が兄様と相談して決める」
「……わかったのだわ。あの女の身柄はわらわが責任を持って」
「うむ、それでは我は冥界に戻る。マサヨシの弟分よ、あとはよろしく頼む」
ジローは、イワネツと肩を組んだままヤミーに頷くと、指輪の召喚効果が切れて冥界に戻っていった。
「どうぞ回復薬です」
先程のスルーズの攻撃により、ダメージを負った織部軍の兵士達に、異世界ヤクザ極悪組のエルフの乙女達や、ドワーフ達が回復薬を配り回る。
「この戦場は、我らが女神ヤミー様と金城の叔父さん、ジロー・ヴィトー・デ・ロマーノ・カルロが預かりました。あなた方の身柄は責任を持って我らが保護します」
極悪組若頭ブロンドの羽織と、イフリート化を解いた舎弟頭ガイのマントに描かれる、菱に悪一文字の代紋を見てヒデヨシは仰天する。
自分がかつて所属していた日本最大の組織である、極悪組の代紋であったからだ。
「すいません、お兄いさん方とお姐さん方。その代紋、もしやと思いますが、極悪組の方々でございますか? あたくし末端でしたが、前世の地球で六代目極悪組清水正義大親分の枝の枝の枝のそのまた枝、中沢興行に所属いたしてやした。前の名前は、木下秀吉って言いやす」
日本語でヒデヨシがエルフのブロンドに声を掛けると、サッと右手を出し中腰の姿勢でエルフのブロンドが仁義の姿勢を取ると、極悪組全員が同様の姿勢をとり、一番前にドワーフのガイが腰を下ろして右手を差し出した。
「ご苦労様です先輩! これより手前の稼業仁義発しやす! 手前生国は仁愛の世界、鍛冶の槌の音鳴り響く炎の山脈ドワーフ王国にて産声を上げ、国王を正業にしております、姓はドゥヴェルク、名はガイ。稼業にあっては先代、勇者マサヨシ様より親子の盃を頂戴し、二代目ニコ・マサト・ササキを兄に持ち、舎弟衆の頭を務める、人呼んで実直のガイと発しやす! 男の中の男を目指す任侠道を追求する道の途中、まだまだ修行の身ではございますが以後お見知りおきを!」
「二代目極悪組お見知りおきを!」
異世界ヤクザ極悪組が一斉にヒデヨシの前に、仁義を切って整列する姿を見て、織部兵や前島犬千代こと犬含め、呆気にとられた。
――ちょ、この人ら今時仁義で返してきたよ……作法とかやり方とか、族上りの俺じゃよくわかんねえええええ。ていうか、清水の大親分も転生してたのかよ? 勇者ってファミコン? ド●クエ!? 意味わかんねええええええ。しかも、この人ら清水の大親分が作った組の直参とか最高幹部クラスっぽいし二代目!? 代替わりした!? 二代目が佐々木って名前だから転生者っぽいけどわけわかんねえし、何だこの状況!?
ヒデヨシはわけがわからず、とりあえず腰を落として右手を差し出した。
「先輩、ここはひとつお手を上げなすって」
「い、いえいえ、そちら様こそお手をお上げなすって」
「では、お互いの手を同時に上げましょう」
見よう見まねでヒデヨシは、ドワーフのガイの動きの通りに右手を上げて元の姿勢に戻る。
犬千代はなんとなくであるが、これは古来から続く日本のヤクザ達の、身分と人となりを相手に伝える、コミュニケーション的な一種の儀式であるのかなと思い、興味深く見つめていると、エルフのブロンドがガイの傍らに立った。
「僕は若頭のブロンドと申します。先ほど我らが舎弟頭が仁義を切った通り、僕らは地球出身のマサヨシの親父さんから盃をいただきました。ここで会ったのも何かのご縁で、僕らの先輩にあたりますし、我らが二代目親分にも、初代にして相談役でもある親父さんに話を通します。よろしければ我らが極悪組直参として復帰なさるのはどうでしょう?」
まさかのヘッドハンティングに、ヒデヨシは動揺した。
かつて5次団体の末席に所属していた自分にとって、世界は違うが本家若頭から復縁どころか直参として迎えられるという話に、一瞬目を丸くしたが、笑顔で頭を下げる。
「ありがたい申し出です。が、自分、もう付いていく親分がおりやすんで、せっかくのお話はなかったことに」
ヒデヨシはジローと肩を組み合い、ドワーフが差し出した火酒を一気飲みするイワネツの方へ右手を差し示す。
「あの方こそ俺の親方。この世界で出会った圧倒的な強さと魅力を持つ、俺の親方を裏切れませんので」
このやり取りに、犬千代こと元はロシアンマフィア末端幹部のニコライの名だった男は、ニコリと微笑み、ヒデヨシの側まで来ると力強く肩を組んだ。
「彼は、オレの良き友達でこっちの組織の者です。そちらへ一定の敬意を払いますが、オレ達ヴラトヴァと親方は、いつでもどこでも誰とでも喧嘩上等ですので、勝手な引き抜き行為はご遠慮ください」
「失礼しました。我らがかつての先輩への敬意を払い、この話はなかったことで」
異世界のヤクザが一斉に頭を下げたことで、織部軍の兵たちが一挙にヒデヨシに注目し、彼の評価が新参者から、自分達を助けに来た正体不明の軍勢に頭を下げさせた凄い男と認識される。
結果、ヒデヨシの意図したものではなかったが、ヒデヨシの下についてみようと考える兵士が出始め、彼はこの世界で立身出世への階段を上っていくのだった。
ジローは、イワネツの口に煙草を咥えさせ、自分も煙草を咥えると、指先に炎魔法を具現化させて二人同時に煙草に火をつける。
「すまねえな、ジロー。デリンジャーって野郎から聞いたが、西側も大変なのに来てくれてよ」
「あー、俺ぁのロマーノが敵に占領されてぃ、慌てぃはーてぃさ。ちょっちゅこっちに身柄かわちんてぃくれない?」
「マジか? やべえなそれは。別にいいが、何が起きたんだ向こうで」
ジローは、西方ナーロッパで起きてる状況を簡潔に説明する。
「すりとぅイワネツー、くぬ平原ー空港代わりにしてぃ、物資の引渡しさー。とりあえず、金になりそうなのと武器持って来たさー。あと、こっちで滞在させる人らの面倒見頼むー」
「ああ、うちで責任を持って面倒みてやる。それと、あの駕籠の中に、お前が言う重要人物が?」
イワネツは、着陸した飛行機から、項垂れて降りて来たヴィクトリー亡命貴族と騎士団が運ぶ、ヴィクトリー王家の紋章が入った椅子駕籠を、煙草を持った手でさす。
その椅子駕籠の中には、ナーロッパの戦場で自信を喪失し、もはや自分が目指す楽という概念すら見失い、無言のまま目を伏せて運ぶがままになった、マリーの姿があった。
「そうさー。彼女の心根を弄んだ悪い野郎から、一旦離してぃやりたくてぃなー。俺ぁ、彼女の心を弄んだ外道共、許せん。くぬ地でちょっちゅ休んだあとー、外道共への反撃開始さー」
ジローは、マリーの今の姿をみて悲しげに呟くと、西方の空を睨みつける。
主人公マリーは打ちのめされ、人事不詳となってしまいました。
次回は世界情勢をやってから彼女がなぜ今の状況になってしまったのかを描いて、第三章終了とします