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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第三章 英雄達は楽ができない
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第111話 Rising 後編

「なんてことトール様がこれほどの手傷を……肉体も人間にされて……もしかしてあのロキに何かされた? 女神ヘルは、まさか我らが父オーディンに恭順するふりをして、ロキと繋がっててあの悪魔の力を使い、我々を抹殺するつもりだったのかしら?」


「ええ、状況を見るにその可能性が高いわエイラ。そして、ヘルが名目上勇者にしたあの悪魔、何て力。まるで、あの凶悪な勇者マサヨシのような形態変化。力だけならたとえ男神相手でも圧倒するはずの、私達のスルーズと真っ向勝負をしてるし……あり得ない!」


 エイラとブリュンヒルデは気を失ったトールの体を回復魔法で治癒しながら、ワルキューレ最強と言われる戦神トールと、戦女神シフとの間に生まれ戦うために生れてきたような、スルーズの戦いを見つめ、織部の兵達も正座しながら状況を見守っている。


「ヘナチンのチビのくせに! あたしに力で張り合えるとかやるじゃねえか!」


「ほう? この俺をインポ呼ばわりとか糞生意気な女だぜ気に入った! この俺様のマグナム砲(プーシュカ)を試してやっていいんだぞ!!」


 手四つの体制で、頭一つほど体躯が違うスルーズに、イワネツは力で応える。


「んだコラ、チビのくせに! あたしに釣り合う男なんざ、親父以外存在しねえ!! 潰れちまえヘナチン野郎がああああああ!」


 スルーズは力だけなら父親のトールに匹敵するほどの膂力を持ってるが、一向に崩せないイワネツを20センチ以上も上回る上背を利用して崩してやろうと力を込め、握る指の力を強めて挟みつぶそうと全パワーを集中させる。


「何だ? お前いい女のくせに親父以外の男は知らねえのか? 一ついいことを教えてやるぜ、俺のチ●ポに屈しなかった女なんざ、この世に1人もいねえ!」


「な!?」


 古代魔界に君臨した古の大悪魔、十二夜叉大将軍の力を解放してさらに力を込めるイワネツの股間をスルーズが見つめると、衣装からそびえ立つテントのような股間のふくらみに、スルーズは気が動転した。


「なあ? メスガキのヘル……おっといけねえ秀子だったか? 俺の股間のマグナム砲(プーシュカ)に屈しなかった女が今までいなかったのは、お前が良く知ってるはずだろ!?」


「なあ!? あ、あ、あ、わらわはそんなこと覚えてないのだわ!」


 ヘルはイワネツを罪人として冥界の裁判所で裁いたときに、彼がソ連でかけられた裁判や刑期について、「法照らす」システムの事実確認に困惑し、冥界の書記官に命じて別室にてイワネツの色恋沙汰を吟味させたことを思い出す。


 イワネツはロシアが共産国家だったソ連時代、盗賊の掟で刑務所が家であると規定されるも、度重なる収容所生活を鬱陶しく思った策の一つが、医療機関と司法機関に関係する女性の情婦化であった。


 ソ連では、早くから革新的な思想として男女平等化を取り入れ、第二次大戦中も活躍した女性士官の数も多く、軍のみならず司法の世界に女性を多数採用したのがソ連であり、現在のロシア共和国においても、裁判官の3分の2が女性であると言われる。


 これはソ連における第二次大戦の影響により、男性が戦争に行ったら、残された女性達が工場で働いたり、トラクターを運転したり、アスファルトを敷いたりするしかなく、大戦で兵の死傷者数が天文学的な数値になった影響で若い男性の人口が減り、知識階層に行く男の割合が減った代わりに、ロシア人女性がインテリ層に進出する結果となった。


 女は嫁に入り貞淑な女性であるべきだという、帝政時代からの旧態依然の女性像は残っていたものの、ソ連は女性の社会進出を促すかのように、1960年から1967年にかけて旧スターリングラード、ボルゴグラードのママエフの丘にスターリングラード攻防戦を記念して巨像が建造された。


 自由の女神を超える高さ85メートルの、手に剣を持ち戦没者墓地や記念碑を守護するようにも見える、ワルキューレを模したかのような‶母なる祖国像″がそびえ立つなど、社会で女性たちが活躍したことで離婚率が世界でトップクラスに高くなった代りに、自立した優秀な女性が多いのが、かつて存在したソ連であり、現在のロシアでもある。


 そして世間一般で言われる、頭が良くてお固い女がイワネツの好みであり、こういった女性を屈服させて自分の愛人にすることを何よりも好んだ。


 盗賊(ヴォール)の掟で、妻子を持つことは許されないが、愛人や恋人は例外であったので、多数の恋人や愛人を作る。


 例えばソ連時代、抗争で機関銃を体に撃ち込まれたりして手傷を負ったイワネツは、担当の女医や看護師を次々に口説き落とし、偽りの精神鑑定書や診断書、医療記録を書くように働きかけ、事件の立件化を防ぐ。


 ペレストロイカと呼ばれたソ連改革時代になると、帝政時代の陪審制度が復活したため、イワネツ絡みの事件を担当する陪審員の身内に娘や妻がいるならば、もう不幸としか言えない。


 さらにイワネツは、陪審員の家族以外にも、自分を担当したモスクワ警察の女性警察幹部、女性裁判官や女性検事を口説いて自分の愛人にするなど、恐喝罪や強盗罪や殺人罪の立件を防ぐ一方、これによりソ連司法の腐敗を促すなど、稀代のプレイボーイでもあり稀代の悪でもあったのだ。


「我らが親方(パカーン)のチ●ポにはどんな女でも抗う事は出来ない」


 ソ連裏社会は、イワネツの行いと逸物の大きさに、皮肉と尊敬を込めて、帝政ロシア時代の怪僧の名とイワネツの縄張りにしていた繁華街の名前を合わせ、トゥヴェルスカヤのラスプーチンの二つ名で呼んだことがあった。


 狂戦士化したことで、あらゆる男神でも抗えないような力を持つトールの娘スルーズが、徐々にイワネツの力に押され始め、体制が崩れて背中に地面が付く。


「くそっ! なんだコイツの力! アタシの力が通用しない!」


「スケベな格好しやがってこのアマ、押し倒してわからせてやろうか!?」 


 このイワネツの一言に、狂戦士化したスルーズの、わずかに残ってる理性が怒りで消え去り、まるで猛獣のような顔になり、イワネツの肩に噛みつくと肉を噛み千切った。


「うおっ! ってえなあああああこのアマ!」


 頭突きを繰り出そうとしたイワネツに、スルーズは悪役レスラーが使う毒霧のように噛み千切った血と肉を吹きかけ、目潰しをする。


「くっ、このアマ!」


 視界を奪われたイワネツの鷲鼻を、スルーズは頭突きを放って、手四つの状態を振りほどく。


「うっらぁああああああ」


 イワネツの股間を思いっきりスルーズは右足で蹴り上げ、蹴った右足を地面に踏み込み間合いを一気に詰め、イワネツ目掛けて魔力と体重を乗せたショルダータックルを繰り出す。


「うぐぉ!」


 急所を攻撃されたのと、あまりのタックルの威力に魔人と化したイワネツは全身の骨や関節から音が鳴り、激痛と共にダウンを喫し、仰向けに横たわった。


「ち、チビ人間!」


 叫ぶヘルに、トールを回復し終えたワルキューレのブリュンヒルデとエイラが背後に立ち、首筋に当身を入れて気絶させ、エイラは土の魔法で金属の鎖を、ブリュンヒルデは天界の光魔法で相手を拘束するリングを具現化して、気を失ったヘルの体を縛り上げる。


 ワルキューレの乙女達は彼女の両脇を二人がかりで抱えるように身柄を拘束して、ヘルの神通力が無くなった事で、イワネツの魔人の効果が解けて、元のふんどし姿に戻ってしまう。


「助かったぞ、ワルキューレ。我が妹達に娘よ! この俺をなめやがってええええ悪魔があああああ!」


 体力と意識が回復したトールは、エイラが転移魔法で連れ帰るまもなく、一気にイワネツまで駆け寄る。


 仰向けに横たわるイワネツの両脇に腕を入れて、背後から羽交い絞めするように持ち上げた後、魔法の電気ショックを食らわせながら腰を落とし、その場に無理やり立たせた。


「親父いいいいいいいいい! そのままそこ動くなああああああああ!」


 スルーズは父神同様に体に稲妻を纏い、上腕を魔法で金属化して直角に曲げて渾身の力を込め、肘を打ち下ろす打撃をイワネツの喉元に炸裂させる。


Axe Bomber(アックスボンバー)!」

「うごあ!」


 同時に彼女の必殺の電撃が炸裂し、あまりの威力に頸椎が粉々に損傷し、血を吐きながらイワネツはうな垂れるようにトールに羽交い絞めされたまま力無くうな垂れた。


「イワネツ様!」

「こやつらあああああ」

「親分!」


 正座を解いて加勢しようとした織部兵に、狂戦士化したスルーズは、纏った稲妻を解き放ち、全員を感電させて戦闘不能にする。


「ヘナチン共が! お前らじゃアタシを満足させるなんざ無理なんだよ!」


 トールに羽交い絞めにされたイワネツは、この状況に抗おうと策を練る。


 だがしかし、ワルキューレ達とトールには一切隙が無く、頸椎を損傷した影響により全身が麻痺状態になり、ため息を吐く。


「くそが……こんな規律も信念もねえ奴らに俺が倒されるのか」


 声帯が潰れて、風の魔力で空気を振動させ、かろうじてイワネツは声を発する。


「何が信念だ、邪悪な悪魔めが。貴様のような悪魔にやられ、行方をくらました臆病者のニョルズと、アホのフレイアの恥さらしが担当した、こんな出来損ないの世界も含め虫唾が走る。だがしかし、光栄に思うが良い。出来損ないの世界で生まれた業深き人間共の魂が、戦争の高揚感と共にヴァルハラに召され、ミッドガルズと呼ばれるすべての人間界の利益と、我らがユグドラシル全体の神の益になる事をな」


 イワネツはトールの吐き捨てるような言葉に、体の神経は麻痺して動けなかったが、血流が一気に沸騰したかのように巡り、蒼白の顔面が赤みを帯びた。


「ふざけんな……何が神だ! この世界の生きとし生けるものを、まるで道具みてえに弄びやがって。俺が悪魔(チョルト)だと? お前らが悪魔(チョルト)だ。人間を、この世界を何だと思ってやがる……こんな奴らばっかりだったから、ソ連があんなに悲しい事に、ジッポンも悲しい事になってたんだ……」

 

「黙れ! 父オーディンの命令は絶対! この世界の魂がヴァルハラに送られるのは絶対なのだ! お前の死も避けられん!」


 かつて盗賊と呼ばれたイワネツは、世界を救う勇者になることと、社会の表で輝く事で、この織部やジッポン、ひいては世界を救おうと決意していた。


 社会を壊すのではなく、自分が闇の住人になる事ではなく、自分も含めて今度こそ、人間が人間として生きていける社会を目指し、己の力で皆を喜ばしたいという想いもこのままでは果たせず、イワネツは目に涙を溜める。


「ハッ! わらわの勇者……チビ人間!?」


「抵抗しても無駄です女神ヘル、ご同行を」


「離すのだわ! わらわの勇者が!」


 ヘルは目を覚ますものの、拘束されて自分の神通力も発揮できず、イワネツは頸椎を損傷した影響で、体にもはや力が入らず自身の敗北が決定的になったと思い、悔し涙を流した。


「親父! そのままコイツ押さえてろ! アタシを馬鹿にしやがってチビのヘナチン野郎! そこに落ちてる神槌ミョルニルで、ドタマぁカチ割ってやる!」


「バカ娘! もう少し奇麗な言葉遣いをしろといつも言ってるだろうが! まったく誰に似やがったんだか……ワルキューレにして天界で留学させれば、もう少しお淑やかになると思ってたのに、バカ娘が」


 トールが思わず悪態をついたスルーズは、戦場に落ちていたトールのミョルニルを手に取ると、超大型の黄金のハンマーに変え、雷の力を最大出力にして両手持ちにした。


「いくぜえええ脳ミソぶちまけろおおおおお!」


пизда(ちくしょう )


 スルーズが大槌を振りかぶり、前世と同様に頭を吹き飛ばされる運命なのかと、イワネツが覚悟を決めた瞬間だった。


 魔力が爆ぜる魔力銃特有の発砲音がして、スルーズの大槌が飛ばされ、地響きを立てて地面に落ちる。


「な!?」


 スルーズは辺りを見回すも、自身に発砲した者の姿が見えず、ワルキューレ達もトールも困惑した。


「くぬ外道(げれん)があああああああああ!」


 その時、右手に魔力銃ウッズマンを持つ突如黒い肌をした白シャツ姿の男が姿を現したと思ったら、気合を発し、イワネツを羽交い絞めしたトールの背後に立って、思いっきり魔力を込めた金的蹴りを放つ。


「~~~~〇✕△□くぁwせ&][&drftgyふじこlp」


 悶絶したトールが抱えたイワネツを離し崩れ落ちた。


「な!? お前は確か西方の!?」


 ブリュンヒルデが男の正体を看破した瞬間、突如ブリュンヒルデとエイラが突風に巻き上げられ、拘束されたヘルが地面に倒れる瞬間、突如現れたエルフの乙女たちがヘルを奪取し、大きく距離をとる。


「な! なんだお前らはああああああ!?」


 スルーズが狂戦士のオーラと魔力を高めた瞬間、空から大槌を持った炎の精霊巨人イフリートが降り立ち、大槌をカチ上げるように彼女を吹き飛ばした。


「無事が? イワネツー」


 黒い肌の伊達男が、イワネツの右手を握り起き上がらせて不得意な分野の魔法ではあるが、回復魔法でイワネツの体を回復させ、伊達男の声を聴いたイワネツは笑みを浮かべる。


「悪っさいびーん、うちなータイムやん。ちょっちゅ遅れたさー」


「いやそんな事はねえジロー、ロシアでもよくあることだ。会えてうれしいぜ友よ」


 二人は互いの手をがっしりと握り合い、男として互いに最も相性がいい相手であると、手を握りしめた両者は確認しあう。


 南国の島国、沖縄はうちなータイムと言われて時間間隔がおおらかであり、親兄弟の葬式以外は時間通りにならない、てーげー文化をジローは皮肉交じりに揶揄したのだが、奇しくも冬は雪に閉ざされるロシアにおいても時間間隔が比較的おおらかであり、他国との外交交渉などでも、外交官や大統領ですら遅刻するのがロシアの国民性である。


 桶多知間を異世界ヤクザの極悪組が取り囲み、ジローが遅れた理由でもある原因が姿を現した。


「おお、久しいのう! ドサンピンのチビ、いや今はお尋ね者じゃったのう? ヘルよ」 


 喪服のような漆黒の着物に身を包んだ冥界の女神ヤミーである。


「げっ! 女神ヤミー。お、お前こそチビだわさ! なぜお前が!?」


「お? 罪神のくせに威勢がいいのう? まあいいわい。おお、ここにおわすのは、我の先輩たるトール神とワルキューレじゃったかのう? 何をしておるのじゃ? 神域ユグドラシルには創造神様への反逆企図の疑いならびに、人類への虐殺企図疑惑と天界の捜査妨害で、同神域におる神々はオーディン神を筆頭に皆、保釈申請が通り謹慎中の筈じゃったのに」


 女神ヤミーは、いわゆる典型的な加虐思考を持ついわゆるドSと、自身の勇者から称されるほどのサディスト。


 彼女は、極悪組とジローの指輪の召喚で呼び出され、桶知多間の一部始終を全て垣間見ており、何が起きたかわかっていながら、ニヤついてトールとワルキューレ達にとぼけた素振りで声を掛けた。


「お、おいこれは……ジロー、メスガキ女神が二人に増えやがったぞ! お前この状況は?」


「黙ってみてろさー、回復んかい専念しぇー。これなー、全部俺ぁが兄貴と描いた絵図さー。世界救済とぅ、冥界のぐたちきぬ丸く収まいん為んかいさぁ」


 ニヤリと悪い笑みを浮かべながら、ジローはイワネツの体力を回復する。


「め、女神ヤミー上級神、これはその……」


 彼女たちワルキューレはロキ討伐の切り札として、保釈後に逃走防止で軟禁中だったユグドラシルの神を、神界法の抜け道である召喚魔法を使い、この世界に呼び出した。


 だが、この戦場で行ったトール神の行いは、ヘルが指摘した通り殺人罪に該当するなど、明確な法律違反を行っており、これに味方するワルキューレ達は勇者抹殺の殺人ほう助となる。


「まあその件はとりあえず置いとくが、ヘルよ、お主、いいざまじゃのう? どうじゃ、助けてほしいか? んー、せっかく世界を救済するという女神らしい使命感もあることじゃし、聞いてやってもいいのじゃぞ? 例えばそうじゃのー、我に対して、お願いしますお助け下さい、上級神ヤミー様と申してみよ」


「なぁ!?」


 この危機的状況で、マウントとってきたこの女とヘルは思い、ヤミーは意地悪そうに笑う。


「ほれ、世界を救うのじゃろ? 勇者と。であるならば上級神たる我に、頭を下げて許可を取るのが筋道じゃろう?」


 少し前のヘルであったら、自分よりも年下で、かつては外様の魔族で役職にもついてなかったヤミーから、このような物言いをされれば言い争いになっていたが、今の彼女はこの悲しくも美しい世界を救うと決めていた。


「お願いしますお助け下さい、上級神閻魔王様。わらわと勇者にご助力を」


 自身を拘束していた魔法効果が、エルフ達によって解除され、立ち上がったヘルは顔を伏せてペコリと頭をヤミーに下げて懇願する。


「あははははは、しょうがないのう、では司法取引じゃ。お主の不正アクセス禁止法違反及び情報漏洩罪に関しては、起訴猶予してやる代わりに、先程の違反行為含め、破滅神ロキと最上級神オーディンの違法行為に関して、我に供述せよ。そこの勇者も証人で」


 司法取引制度。


 冥界の審問官でもあり、司法神であるヤミーが持ちかけたこの制度は、対象者が犯罪事実を認めるかわりに、より大きな組織犯罪を摘発するため、証言させる事で刑の減刑、または起訴猶予する制度。


 例えば複数の神々による不正行為や、派遣された勇者や救世主が立ち向かう相手が、組織力を持つ強大な敵だった場合に適用される。


「わかった、わらわは冥王ヘルの名で、司法取引に応じるのだわ」


「うむ。となると、証人保護プログラムが適用され、世界救済の女神と勇者が対象となるならば、この世界は我、冥界神の預かりになる。のう? トール上級神とワルキューレよ」


 証人保護プログラムは、組織犯罪の嫌疑があると判断された場合、証人となる対象者を守護する制度であり、神界法に基づき世界救済の女神と勇者を証人保護する事により、この世界の担当は女神ヤミーとなった。


 勇者マサヨシと、アシバーのジローがヤミーに吹き込んだ陰謀である。


 また、ジローの目から見て勇者イワネツと女神ヘルが、オーディンの命令のままに私利私欲で世界で好き勝手するならば討伐する対象。


 本気で世界救済を願い、勇者としての光と魂に目覚めていたら、味方側に引き入れようという、世界を救う陰謀である。


(わん)は人間としてぃ、我が友イワネツ、女神ヘルは勇者として女神として正しき心と強さを持ってると私は思いますー。あんすくとぅ、(けー)れーさぁ! 役立たじぬクソ汚れ(しにはごー)!!」


「ジロー……」


 仲間、身内と思ったら、命がけで守るのがアシバーと呼ばれた遊び人の矜持。


 ジローの啖呵に、イワネツは男として惚れて魅了される。


「ふざけおって現地人に冥界の上級神! それでは先程の我らに対する、貴様らの乱暴狼藉はどう説明するのだ!」


「おおトール上級神、それについては正当防衛じゃ。お主達が女神ヘルに逮捕監禁罪ならびに、そこに勇者に傷害行為と殺人を行おうとしたから、急迫不正の侵害に対し、自分または他人の生命・権利を防衛するため、やむを得ずにした行為じゃろう? それと……」

 

 女神ヤミーは目の前に無間地獄の暗黒空間を発現させ、右手を入れると全長3メートルはある巨大な金棒、星砕きを取り出し、トール達へ差し向けた。


「ふざけとるのはお主らじゃろうが!! 世界救済など嘘偽りで戦争を起こし、多くの魂と戦争で生じるエネルギーを、自分達のために使うなど言語道断じゃ! 先程の映像も全て記録化したわい」


 ジローは、魔法の水晶玉を懐から出す。


「だからよー……さっさと失しれー! 馬鹿野郎(ふらーひゃー)ら!」


――はめられた。


 血の気が引いたブリュンヒルデとエイラは、同時に思い、顔を見合わせる。


 ユグドラシルは、他ならぬオーディンが選んだ救世主、アレクセイ・イゴール・ルーシーの思惑に事が進んでおり、それを塗り替えるために、冥界の閻魔大王の勢力が正式に、この世界救済の女神をヘルにして、勇者をイワネツにしてしまったという事。


「撤退です、ワルキューレ。隊長たるブリュンヒルデが命じます。トール上級神もここは引きましょう。我々は、冥界と天界と神界を敵に回す事はできない……」


「ふざけるな! こやつに我らは侮辱されたのぞ! もう知るものか! 目の前にいる痴れ者を、雷神トールとして討伐してくれん!」


「姉貴! アタシから戦場を取り上げようって言っても無駄だ! こいつらぶっ殺す!」


――そういえば、この親子揃いも揃って人の話を聞かないタイプだった。


 ブリュンヒルデとエイラは顔を見合わせ、一泊置いたあとため息を吐いて頷きあった。


「そ、それでは、我々ユグドラシル及び、ワルキューレとは一切関係ない、トール親子と冥界神の私闘という事で願います。エイラ、撤退を」


「け、けど姉様……処置しましたわ」


 転移の魔法で二人は撤退して、残るはトールとスルーズのみ。


 桶知多間に朝日が差し込み、力を解放させたジローはポロシャツを脱ぎさり、体に、二対一組の沖縄の守り神シーサーの入れ墨が入り、ヘルの祈りでイワネツの盗賊の星の入れ墨が輝く。


さあ(とー)喧嘩(おーえー)すっさあ! 神やるはじしが、ワルキューレはじしが、俺達(わったー)や止みらりらねい!!」


 ジローは、トールに向き直ると、半身の体制となり、アゴを引き、右腕は脇を締めて緩く拳を握り、左手を突き出すようにして腰を落とすと、軽快なステップを踏む。


「ふざけおって、我ら親子に徒手空拳で戦う気か?」


「さっさとおっぱじめようぜ! みんなアタシがぶっ潰してやんからよお! 親父!!」


 イワネツの体も古の大悪魔、十二大将軍が身に纏う、煌びやかな衣装に変わり、神も怯えるような気迫でトールとスルーズを睨みつける。


「ジロー、お前の武器も拳か?」


「ああーそうさー! 空手ぃさ! わじわじーすん外道(げれん)は、くぬ拳で拳骨(めーごー)さあ!!」


「空手とはハラショー、それに俺もだ。ムカつくクソ野郎(チョールト)は、とりあえず殴るのが俺の流儀よ!」


 イワネツもソ連の少年時代、スポーツスクールで習った柔道と同様、将来オリンピックメダルも取れるだろうと呼ばれたボクシング、アゴを引き、右構えのオーソドックス・スタイルでフットワークを刻む。


「勇者と英雄よ! 雷神トールならびにワルキューレのスルーズは、我の証人保護プログラム規定越権行為として、冥界へ引っ立てる! 思う存分戦うがよい!」


「な!? チビ女神! わらわの勇者に勝手に仕切るのだわさ。それに、なぜか知らないのだけど、わらわに消えた神の力が……」


「ああ、それはじゃな、お主の今までの力の大半が……来るぞ! 皆の者!」


 日の出と共に、桶知多間の平原で行われる、後世のこの世界にも語り継がれることのない、最後の闘いが始まろうとしている。

次回でイワネツ編は一旦終了します

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